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大海賊な彼ら-ある船長の場合- のオマケです。

*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。





覚えているのは、真っ暗な場所。
外から聞こえる悲鳴に耳を両手で塞ぎ、必死に小さくなって、嗚咽が漏れれば居場所がばれると声を堪えて泣いていた。
何故そうなったか判らなかった。
昼間ではいつもと変わらない日常が流れていて、今日も一日が終わって明日が始まるはずだった。

唐突に始まった海賊の侵略行為は、平和な村では防戦どころかなす術もないまま一方的に陵辱されていった。
両親に無理やり地下の収納庫に押し入れられると、すぐさま家のドアが開く音がした。
叫ぶ母の声に、詰る父の声。
家の入り口が開けられたおかげで外の世界の音が先程よりも明確になり、誰のものか判らぬ悲鳴が塞いだ耳の奥まで刺さる。
気絶してしまいたかった。
意識を失って、目を覚ましたら何もかも夢だったと思いたかった。

けれどそう簡単に意識など失えず、震える体とひくつく呼吸を必死に宥め、息を殺して両親の帰りを待った。


どれくらい時間が過ぎたのだろう。
まだ一分ほどしか経っていない気がするし、何日も閉じこめられている気がする。
暗闇は感覚を狂わし、心すら麻痺してきた。
段々と悲鳴にも心が動かなくなり、早く時間が過ぎて欲しいとだけ祈る。

体を抱え込み胎児のように丸くなって怯えていると、不意に光が世界に射した。

始めに認識したのは赤。
彼の纏う色に目を見張り、恐怖で息が喉に張り付く。
早まる鼓動を必死に宥めながら、同時に酷く安堵した。
この男が賊の一人であるならば、悪夢は終わるかもしれないと。
自分のような抵抗する力も持たない子供は、彼にとって簡単に殺せるだろう。
収束する世界を享受すれば、地獄のような今から逃げ出せる。
従順に自分を差し出すべく瞼を閉じかけ───彼の後ろから見えた姿に息を飲み込んだ。

彼の肩に圧し掛かるようにしている男、それは先ほど自分をこの場所に押し込めた父親だった。
体中血だらけで、口から吐血までしている父は、麦藁帽子を被った男の無造作な行為で自分の前に差し出される。
血濡れの父の瞳がこちらを見て、驚きで丸くなったかと思うと、透明な雫を静かに流し、そのままことりと顔を伏せた。


「あ・・・あぁ・・・あぁぁぁあああああぁぁあああ!!!」


ギリギリで繋がっていた精神が崩壊する。
血が沸騰したように熱く、目の前で倒れた父に縋り付く。
胸に刺さるナイフから血が滴り、手を汚したが気にならない。
まだ温かさが残る体から魂が抜けていくのに涙が零れた。
短い腕で必死にその体を抱きしめ、ただただ悲鳴を上げて泣く。

口が自然に動いて何かを叫んでいるが、自分でも何を言ってるか判らない。
それは目の前の彼に生き返って欲しいと望む願いであり、置いていった彼に向かっての怨嗟であり、彼が自分を守ろうとしての結果を呪う叫びだった。
喉も涸れよと叫び続け、全ての意識が染まっていく。
先ほどまで死んでも良いと思っていたのに、もうそんな想いは欠片も残って居ない。


「お前が殺したのか!!?」


問いかけると、黒々とした瞳を僅かに丸くした男はこてりと首を傾げた。
地獄と称するに相応しいこの地においてその仕草は酷く浮いていて、益々怒りを煽る要素となった。

男の第一印象を赤だと思った。
何故だったか、今はわかる。

目の前の彼は赤いベストを着ているが、それ以上に真っ赤な血に濡れていた。
彼には見える部分には傷はなく、そうすると結論は一つしか思いつかない。

あれは、胸元にべたりと付着するあの色は、父の生きた証に違いないと。
怒りで恐怖は吹き飛び、収納庫に隠される前に渡された唯一の武器を手に忍ばせる。


「お前なんか・・・お前なんか、死ねばいい!!」


ぐさり、と手に感触が伝わる。
驚いて目を丸めた男は、ナイフを体に埋め込みながら何も抵抗してこない。
その様に馬鹿にされているのかと更に力を篭めてナイフを抉るように動かすと、漸く動いた男がナイフを握る手の上に掌を重ねた。
苛立ち睨みあげると、何が面白いのか男は緩く口角を上げる。

人を刺したのは初めてだが、罪悪感は一切沸かなかった。
涙を零しながら睨み続けると、不意に体がぞくりとして身動きが取れなくなる。

いつの間に居たのか、男の背後に緑色の髪をした隻眼の男が立っており、きつい瞳をこちらに向けていた。
睨み付ける視線に篭められたのは、きっと殺気というものだろう。
先ほどまで忘れていた恐怖が体を這い上がり、ナイフを掴んだままの手が震え始める。

私は、一体何をしているのだろう。

震え怯えながら、それでもナイフを掴んだ手は離せない。
まるで自分を繋ぎとめるものがそれしかないように縋り付く自分の前で、彼らは暢気に会話をしている。
麦藁帽子の男の言葉に嫌な顔をした隻眼の男は、すいっと視線を外した。
お前など視界に入れる価値すらないと言外に言われた気分だが、体の重圧がなくなり恐怖から開放された。

呼吸も忘れていたために息が苦しく、深呼吸を繰り返していると、麦藁帽子の男がこちらを覗き込んでくる。
唾でも飛ばしてやりたいが、生憎喉はからからに渇いていて無理そうだった。
黙って睨んでいると、男は不意に破顔した。
つい今しがたまで纏っていた、何処か無邪気な雰囲気を一新し、危険な香り漂う男臭い笑い方。
優しさを一切感じさせぬ、嘲りを含んだ嫌な笑顔。
歯軋りすると唇まで噛んでしまったのか、鉄錆び臭い味が口内に広がる。
苛立つ様子は伝わっているだろうに、益々笑みを深めた男は初めてこちらに向けて言葉を発した。


「おれの名はモンキー・D・ルフィ。海賊王だ」


その言葉に、息を呑む。
世界中でその顔を知らずとも、その名を知らぬものはない。
海賊の中の海賊と歌われる最強の男。
世界の海を股にかけ、誰よりも海を自由に進む男。
それがこの目の前の男だと言うのか。

目の前が絶望で暗くなる。
父親の敵はとんでもなく雲の上の存在で、それでも諦めるなど出来ない。
向けられる視線を正面から受け止め、殺してやると泣き喚く。


「そうか。・・・なら、ここまで昇って来い。お前がおれを殺しに来るまで、おれはここで待っててやるよ」


子供の戯言と一笑に帰すことも出来るくせに、嘲りを篭めた笑みのまま男は言った。

そうしてそれが、生きる指針となった。

刻まれたのは鮮やかな嘲笑。
忘れ得ぬのは緋色の体。
そして───そして、抱き上げられた腕の温もり。





「本当に、行くのかい?」


心配そうに顔を歪めてこちらを見るのは、あの日親を失った子供達を集めた孤児院のシスターだ。
ふっくらとした体つきと溢れんばかりの愛情を子供に与えてくれた。
親が居ない寂しさを感じさせないくらいに毎日が笑いに満ちていて、共に育った兄弟は血が繋がらないが血よりも濃い絆がある。
いつも太陽のように笑っているシスターが顔を曇らせるのに胸が痛まないではないが、もうずっと前から決めていた。


「うん。私は海軍に入る。そして───そうして、この手で海賊王を捕まえる。海賊の中の海賊と呼ばれ蛮行を繰り返し私の村のような存在を増やしてる。そんなの絶対に赦せない」
「でも、海賊王は噂ほど悪いお人じゃ」
「何言ってるの!?村を荒らしたのが誰か忘れたの!?私の父さんも母さんも海賊に殺された!私は、私の手で海賊王を絶対に殺す。一生かかってもいい。そのためなら何だって犠牲にする。あの日の宣言どおり、あいつは未だにあの高みに存在するわ。少しの犠牲も失くすために、私が必ず殺してやる。そうして父さんと母さんの敵をとるんだ!!」


言葉は悲鳴に近い。
何も聞きたくないと両手で耳を押さえ、哀しそうに目を伏せるシスターを睨む。
他の誰にも邪魔されたくなかった。
これは自分で立てた生きるための楔。
あの日を最後に姿を見ていない海賊王、『モンキー・D・ルフィ』。
黒髪黒目の細身の青年でどこか飄々とした雰囲気を纏う人。
涙を零す自分に向かい、嘲りを隠さず追って来いと誘った男。

何度も何度も夢に見た。
赤に塗れたあの日の夢を。
血濡れの父に、見つからなかった母。
家は燃え焦げ臭さが漂い耳を塞いでも消えない叫び声。
そんな悪夢の中でも笑う男は、麦藁帽子を指先で持ち上げにいと口角を持ち上げる。

目が覚める度に心臓が早鐘を打ち、夢の中でも笑う男に憎しみが沸く。
頬を伝う涙は止めどなく溢れ、震える手を握り復讐の日を待った。


「私はあいつを殺すために生きてきた。そうしてあいつを殺すために生きていく」
「───そんなの、誰も望んじゃいないよ。この村で普通に暮らせばいい。恋人を作って結婚して子供生んで・・・そうして暮らすのがあんたの両親も望む未来じゃないのかい?」
「・・・ごめんなさい、シスター」


緩く首を振り謝ると、今にも泣きそうな顔になった。
そんな顔をさせたいわけじゃない。何年も母と愛した人なのだ。
それでもこれだけは譲れない。

黙り込んだシスターから一歩離れると、ゆっくりと顔を上げる。
あの地獄の日から彼女の新しい家になった建築物は、素朴でありながら村の何より頑丈な造りをしていた。
いつの間にか出来ていた建築物は初めは避難場所として使われていたが、村が復興してくると徐々に村人達は自身の家へと帰っていった。
それでも何か有事の際にはこの孤児院は避難場所になっている。
村ではついぞ見かけない技法で建てられたここは、村でも特別な場所だった。


「私は行くよ、お母さん」
「・・・・・」
「また生きて会えるよう、頑張るから」
「───いつか」
「え?」
「いつかあんたが真実を受け止められるようになるのを、私は心から祈ってるよ。・・・いってらっしゃい、私の娘」


きゅうっと抱き込まれ、今から捨てる未来に、一粒だけ涙を零した。





「・・・久しぶりだね、海賊王」
「んー?」


十年ぶりに顔を見た男は、間抜けな顔でこてりと首を傾げる。
覚えているよりも少しだけ年を経ているが、相変わらず何処か飄々とした雰囲気の男だ。
海軍の軍艦に囲まれながらも余裕を失わない男に、ぎりりと歯軋りする。
世界の海を自由に駆ける彼自身の船の船首に胡坐を掻いてこちらを眺める男に焦りは欠片もなく、むしろ余裕たっぷりだ。
少し離れた場所にはあの日恐怖した緑頭。そして海賊王を挟んで反対側には煙草を咥える金髪の男。
麦わら海賊団の双璧の、海賊狩りのロロノア・ゾロと、黒足のサンジの登場に海軍の兵がざわめく。

世界で最弱と名高い東の海で遭遇したまさかの大敵に、同僚達は息を呑んで怯んでいる。
自分自身まだ大佐へ昇進したばかりで、まさかこんなに早く彼に見(まみ)えると思ってなかった。
この体が震えるのは恐怖のためではない。
漸く目にした宿敵への歓喜と、震えるほどの興奮によるものだ。


「私を覚えてる?それとも、数多く潰した内の村の生き残りなんて覚えてないかしら」
「あーん?ルフィ、何だ?あのお嬢さんと知り合いなのか?」
「知り合い?」
「・・・ルフィ。あいつ、あん時の餓鬼じゃねぇか?お前にナイフ埋め込んだ」
「おお!思い出した!いやぁ、懐かしいなお前!元気にしてたか?」
「っ・・・ふざけるな!!」


ひらひらとこちらに向かって手を振る男に絶叫する。
無邪気にも見える笑顔が憎い。
全てを黒く塗りつぶして壊してしまいたいほどに。


「海賊王『モンキー・D・ルフィ』!私はお前に一騎打ちを申し込む!」
「・・・ヒュー。ルフィに一騎打ちを申し込むなんて、あのお嬢さん何もんだ?」
「さてな。被害者になるんだろうよ、あの馬鹿に踊らされる」
「何知ってやがる、ミドリ頭」
「お前に言う義理はねぇよ。・・・ともあれ一騎打ちだ。なら、おれらの出番はねぇな」
「だな。おーい、海兵さんたちよ!そっちも聞いただろ?これは一騎打ちだ。うちの船長そっちにやるからよ、手を出すなんてダセェ真似、してくれんなよ」


怯えもないゆったりとした口調で声を掛けてきた黒足は、その言葉どおりに海賊王を寄越した。
一人で甲板に降り立つ海賊王の姿に、部下達は立ち竦む。
この場で一番階位が高いのは自分だ。ならば、彼らを護るのも自分の仕事。
そして目の前の男を殺すチャンスに手は出されたくない。


「一騎打ちかぁ。何かすげぇ久しぶりだな。まさか東の海で申し込まれると思わなかったぞ」
「・・・五月蝿い。確かに東の海は最弱の海と呼ばれている。でも、最弱の海に強い者が居ないわけじゃない」
「しししっ、確かにその通りだ。よし、じゃ一騎打ちは受ける。おれが勝ってもお前の仲間には手をださねぇよ」
「なら、私が勝ってもお前の仲間には手を出さないと誓おう。私が殺したいのは、お前だけだ」
「はぁ、お前おれに勝つつもりでいんのか。すげぇな。ちっとは強くなったのか?」
「馬鹿にするな!お前を殺すために鍛錬は欠かしたことはない!」
「捕らえる、じゃなく殺すか。どうやら、何も変わってねぇみたいだな」


のんびりと彼自身の呼び名に由来する麦藁帽子を被りなおすと、体を正面に向ける。
あの日と同じ緋色のベスト。目に焼きつく記憶に、血が沸騰した。

両手に腰に差していた大振りのナイフを持つと片方は順手、片方は逆手に構える。
独特の構えは自力で開発したもので、選んだ武器はあの日を忘れないためのもの。
憎しみに心を染めながら、冷静になれと何度も呟く。


「あの日から一日たりともお前の顔を忘れた日はなかったわ。今日こそこの恨み晴らしてみせる」
「しししっ。御託はいいからさっさと来いよ」
「っ、死ねぇ!!」


叫びは祈り。
心からの願い。
二振りのナイフを握り、一気に距離を詰める。
余裕の笑みを崩さない海賊王は、凶器を前に笑ったまま。
その笑顔すら憎々しく、ナイフを握る手に力を篭める。

まずは一撃。
喉笛を狙い左手のナイフを振る、しかしあっさりと避けられ、右手のナイフで進行方向を突いたがそれも躱された。
右、左、左、右、右、左。
息をつかせぬ猛攻を掛けながらも、一撃も掠らずのらりくらりと避けられる。


「余裕ぶってるつもりか!!」
「ぶってんじゃねえ。実際、余裕なんだよ。何だ、思ったより成長してねぇな。相変わらず弱いままだ」
「っ、舐めるな!」


避けられたナイフを瞬時に逆手に持ち代えると眼球を狙う。
笑顔でそれを眺める男へあと少しで届くと思った瞬間、信じられない重圧が体に掛かった。


「これしきの覇気も跳ね返せねぇのか?この十年、何してたんだお前」
「・・・・・・」
「本気でおれを追う気があるのか?この程度でおれを殺せると?」
「・・・ぅ・・・」
「甘いな。サンジがナミたちに作る手作りスイーツより甘ぇ」


訳がわからない比較をした男は、倒れこんだままの自分の前でしゃがみ込む。
玩具を見つけた子供みたいな笑顔で、手から離れたナイフを拾った。
そのまま鮮やかな手つきで弄ぶと、刀身に手を触れ刃を砕く。
海兵になってからずっと愛用していた武器の末路に目を見開いたままでいると、折れた刀身を握った彼は硬い木で出来てるはずの甲板がバターか何かじゃないかと思えるほどあっさりとそれを根元まで突き刺した。
首筋すれすれの部分にささるそれに、息を呑む。
体中の毛穴が開いて一気に汗が吹き出た。


「勝負あり、だな。景品はこいつでいいよ」


彼を殺すと決めた日から伸ばし続けた髪が、無骨な掌の上で弄ばれる。
まるで、自分の気持ちを軽く扱われるようで屈辱に涙が歪んだ。


「泣いてたっておれは死にゃしねぇよ」
「・・・ぅ、っぇ・・・」
「じゃーな、クソガキ。次会うときにはもう少しマシな成長しとけよ」


無防備に晒されたその背中は、こんなに近いのに全く手が届かない。




久方ぶりに踏んだ故郷の土は、あれほどの悪夢が染み付いているにも拘らずやはり懐かしい。
親友の結婚式に出るためにドレスアップし、慣れない女の格好で居ると、最高に綺麗な笑顔を浮かべた親友が嬉しそうに近寄ってくる。


「来てくれないかと思ったわ!」
「あはは、そんな薄情な真似する訳ないじゃない!家族の結婚式よ?」


彼女もあの悪夢の日に両親を失くした子供の一人だ。
海兵になり敵討ちをすべく進んだ私と違い、彼女は村に残って幸せを掴んだ。
彼女の隣に並ぶのは顔立ちこそ冴えないが心優しい青年で、昔から彼女に何かあると飛んできて慰めるような人だった。
初恋がそのまま結婚になった幸せなカップルに、心が揺れないとは正直言えない。

鍛えられた私のものより華奢な体を腕に抱き込む。
細く柔らかい感触は、自分が持ち得ぬものだった。
同じようにハグを返してくれた彼女は、瞳を潤ませてこちらを見上げる。
男みたいに身長があるこちらと違い、彼女はとても小さい。


「ねぇ。貴女も村に戻ってきなさいよ。シスターだって寂しがってるわ」
「・・・それは無理よ。私は海賊王を」
「もう、いい加減に目を覚ましなさい!」


滅多に声を荒げぬ親友の叫びに目を見開く。
怒りに頬を紅潮させ、悔しげに唇を噛んで。細い手に腕を掴まれるとがくがくと体を揺さぶられた。


「海賊王様は何も悪くないわ!」
「何を」
「彼らは襲われていた私達を助けてくださった!私達の家である孤児院を建ててくださったのも彼らよ!飢えないよう当面の食料を下さったのも、病気が蔓延しないよう薬を下さったのも、自分たちの危険を顧みずに海軍へ救難信号を送って下さったのも、私達の家族の墓を作って下さったのも、生き残りの皆が生きていけるよう手配して下さったのも、全部、全部海賊王様たちがして下さったことよ!貴女にナイフで刺されながらも、貴女を安全な場所まで連れてきて下さったのも、それを黙ってろと私達に言ったのも、全部全部海賊王様よ!それなのに貴女は───っ」
「止めて!!」


抱かれていた腕を振り払い、慌てて距離を取る。
もう、聞きたくなかった。
それなのに、親友は首を振ると詰め寄った。


「止めない!いい加減現実を見なさい!海賊王様が貴女のご両親を殺したはずがないわ!あの方はそんなことする人じゃない。もう二度と村が襲われないように自らの旗を掲げる許可をくれた。海賊も海軍も簡単に手出しできないよう、私達を庇護して下さった!いい加減海賊王様を敵と憎むのは止めなさい!本当は判ってるんでしょう!?」


彼女の叫びは容赦ない。
心の奥深くに閉ざして見ないようにしていた真実を暴き出す。

本当は、ずっと昔に気付いていた。

あの日、父親は自分を見て微笑んだ。
海賊王が敵ならば、あんな顔をするはずがないのだ。
命を懸けて守った娘を敵の前に残して笑って死ぬ人じゃない。

本当は、ずっと判っていた。

雨の中今にも自殺しようとしていた自分に、彼が生きる標をくれたこと。
向けられた憎悪も殺意も何もかも飲み込んで、彼は悠然と笑っていた。
おれを追いかけろと、生きる目的を残してくれた。

本当は、ずっと知っていた。

この村に立てられる海賊旗の意味を。
髑髏に麦わらのマークに自分の村が守られていたことを。

一夜の地獄の後に、残るのは苦しい生活のはずだった。
家も家族も失って、男も女も子供も怪我をして、それでも海軍が来るまで生き延びれたのは、何処からか手配された薬と保存食のおかげだった。
雨風凌げる家があった。先を工面する財宝があった。
そんなものが、何処からともなく沸いて出ることないくらい、そんなのとっくに判っていた。

でも、それを認めれば全てが崩れる。
今まで選んできた人生全てが、全部全部消えてしまう。


「だって、私にはもうそれしか手段がない!生きて、生きて生きて生きて、強くなった私を見てもらう手段が何もない!あの人を憎んでた!殺したいほど憎んでた!そうじゃなければ自分の足で立てなかった!あの人の優しさに甘えて憎む以外に私は生きる術をもてなかったの!」
「・・・っ」
「私は海賊王を追いかける。生涯かけて追い続ける。そのためなら、平穏な人生も幸せな家庭も全部全部要らないわ。私が追いつくまであの人はあそこで待っててくれる。何度だって私は向かってく。いつか───いつか、この手が届くまで、一生懸けて彼を追うわ」


涙が頬を伝って落ちる。
涙を流すのは、あの日海賊王に敗れて以来だ。
あんなに一方的に負けると思っていなかった。一太刀だけでも浴びせれるものと信じてた。
それは驕りに過ぎなくて、いつかと同じで彼はうんと高い場所で、こちらを見て笑うだけ。

『追いかけて来い』と誘ってそのまま背を向けるだけ。


「いくら恩があったとしても、彼は所詮海賊よ。そして私は海兵なの。───私はこの手で必ず彼を追い詰める」


そして───そうして、遙かな先で、もしこの手が届くことがあったなら、そんな未来を掴めたのなら。


「あの高みまで私は上る。彼に並ぶ存在に、私はかならずなってみせる」
「・・・それって」
「何?」
「それって、まるで熱烈な片想いみたいね」


泣きそうな顔で笑った親友は、もう一度私を抱きしめた。
腕の中の温もりは私の捨てた全てを持っている。
後悔なんてしない。
選んだのは、高みで笑う残酷な男。
生半可な努力じゃ辿り着かないその場所で、早く来いと手招く人。

必ず追いついてみせる。
待っていると笑ったあの人を捕まえる。

そうして、もし、奇跡が起こったなら。
この複雑な想いにも、名前をつけることが出来るのかもしれない。

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