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はっと瞼を持ち上げ青い空を脳が認識し、そこで初めて吐息を漏らす。
 未だ働かない脳を叱咤し腕を突いて上半身を持ち上げると、軽く頭を振って瞬きを繰り返した。

「夢・・・か」

 夢だとするなら、随分とリアリティのある夢を見たものだ。苦く笑い、額に浮かぶ汗を拭った。
 深呼吸して周りを見渡せば、そこは見慣れた森の広場。本で読んだ中世のヨーロッパ的な建物も、映画の中みたいな服を纏い、くるくるな髪型をした人間もいない。
 大地が居るのは星奏学院の敷地内で、今はコンクールの最中だ。午前中最終セレクションの練習をして、そして、日頃の受験勉強や副部長としての仕事に疲れ何時の間にか眠ってしまっていたらしい。

「・・・嫌な夢を見たもんだな」

 じとり、と不機嫌に眉を寄せた大地は顎に手をやり首を傾げる。
 舞台設定は日本ではなく、ヨーロッパの何処かの方がイメージに近かった。
 自分はどこぞの名家の跡取り息子で、妹を溺愛する兄だった。そして気狂いにも程があるが、実の妹に懸想する男でもあった。夢の中の自分は可愛がっていた妹に対し、異性に対する劣情を抱いていたのだ。
 そこまで思い出すと、額に手を置き空を仰ぐ。
 夢の中の妹の顔は、大地にとって良く知るもので、なんと名前まで一緒だった。

「・・・かなで、ね」

 現実では面と向かって呼んだことがない名前。それを夢の中の大地は、特別な感情を込めて、愛しさを隠さず連呼していた。それこそ、悪友が気づいてしまうくらいに。
 眉間の皺を深くして、不機嫌そうに唇を尖らせる。

「・・・何であいつなんだ」

 鮮明に残る記憶に、大地の機嫌は下降した。
 夢の中の大地が愛した女性を横から掻っ攫ったのは、現実世界でもとても馴染みがある、相性の悪い男だった。
 確かに大地は色々な意味で極端に相性の悪い彼を認めている。だがそれとこれとは別だろう。勝手に人の夢に現れたと思えば、かなでを掻っ攫い、挙句の果てに──。

「最悪だ」

 夢の結末を思い出し、苦虫を百万匹は噛み潰したような顔をする。
 最愛の人は、呆気なくも簡単に奪われた。
 幸せを祈り身を引いたはずなのに、まだ二十歳前の若さで儚くなった。渡したくなかったのに、自分の手では守れぬからと小さな掌を離したのは、死んでしまうのを見届けるためではなかった。
 傲岸不遜な笑みを浮かべいつでも余裕を保っていた男の、最初で最後の謝罪は大地を奈落の底へと叩き落とした。あれは最悪だ。謝ればすむ問題ではない。
 何せ彼は──大地の最愛を道連れに、自殺なんてしやがった。
 現実世界での彼を思い浮かべれば、何となく追い詰められれば同じことをしそうな気がして益々眉間に皺が寄る。それでも恋愛関係がない限りはそんなことは有り得ないと、信じたいところだけれど。

「妹、ねぇ」

 出会った頃は、確かにそんな風に見ていた気もする。
 何しろ彼女は小さく華奢で大きな瞳にふくふくとしたほっぺをしていて、雰囲気も見た目も何処か幼く、『可愛らしい』という単語がこれ以上ないくらい似合う小動物系の女の子だったのだから。
 思わず手を伸ばし、かいぐりかいぐりしたくなる衝動に逆らうことなく行動に移した自分を、今でも大地は責められない。
 抱く感情が親愛から恋愛に変わっても、ぎゅうぎゅうに抱きしめ頬擦りし腕の中に抱きしめて放したくない欲求は常にある。髪を掻き混ぜ膨らんだ頬を突付き、可愛いを連呼して甘やかしたい。
 大地は淡く苦笑した。この感情は、夢に見た彼と一切変わりなく、だからこそ必要以上に感情輸入してしまったのかもしれない。

「愛してる。愛してたんだ、世界中の誰よりも、か」

 吐き出す声は血の滲む叫びで、瞼を閉じるだけでその悲しみを再現できる。
 かなでの訃報を聞いた『彼』からは、世界の全てが色褪せた。置いていかれた子供がなければきっとすぐにでも後を追ったと、確信を篭めて断言できる。それくらい、彼にとって妹は全てだったのだ。
 何事もスマートにこなし、余裕を持ち、距離を測る。出来ることと出来ないことを明確に理解した彼は、だからこそ自分のすべきことを把握していた。
 幼い頃から女性にもて、そつなく誰の相手も出来た彼は、逆に言えば誰にも関心がなかった。
 彼の心には常に春の日差しのように微笑む一人が居て、その子を中心に世界は回転していた。

『お兄様』

 鮮やかな微笑みは華やかなものではないけれど、彼の心をこの上なく癒した。疲れているとき、苛立つとき、悔しいとき、悲しみに沈むとき、彼女だけが使える魔法はいつでも彼の心を解した。

『お兄様』

 兄である自分とは違い彼女は男性との付き合いはほとんどなかった。誰にでもまっすぐに当たる妹に恋をする存在は数多あったけれど、手放すには惜しすぎて彼は少しでも長く彼女と居るために努力していた。

『お兄様』

 その存在は唯一で、汚したくなく傷つけたくなかった。愛らしい顔がいつでも微笑んでいる様をずっと見守っていきたかった。

 だから──彼は己の劣情を心の奥にしまいこんだ。
 幾度も自分のものにしたいと望んだ。
 幾夜も閉じ込めて監禁してしまおうかと悩んだ。
 自覚してから血の繋がりを怨まない日はなく、同時にこれ以上ない繋がりを齎すそれに常に感謝の念を捧げた。
 彼の狂気は彼自身が誰よりも理解して、彼の愛は誰よりも彼自身が知っていた。

「馬鹿な男だ」

 その全てを体験した上で大地は呟く。
 守りたいと願う存在を守りきることも出来ず、別の男に手渡したからと距離を置き、そして情報を得るのを怠け、結果彼女は彼の腕から飛び立ったのだ。

「君は手を放すべきじゃなかったんだ」

 ひっそりと眉を寄せ、自分と同じ顔をした男を思う。
 彼は何から何まで大地と酷似していた。考え方も能力も行動も、彼女への想いも何もかも。けれど同時に決定的に違う部分もある。

「君は結局、女としての彼女ではなく、妹としての彼女を選んだんだよ」

 そうでなくば手を放せるはずがない。同じ思考を持つからこそ断言できる。そしてそれこそが大地と彼の最大の違いだとも。

「俺は、君の二の舞にはならない」

 うっそりとした微笑を唇に乗せる。
 つ、と視線をずらせば、こちらに向かい歩いてくる華奢な姿が垣間見えた。

「君はもし、夢で警告をくれたのならば。──俺は、ちゃんと選んでみせる」

 血の繋がりというタブーは大地とかなでの間にない。
 彼が最大の誇りとし、そして最大の壁として見ていた要因はないのだ。

「ひなちゃん」

 まだ会って一月も経っていないのに、これ以上なく大地の心を縛る名を舌に乗せれば、極上のスイーツを食べたときのような甘さが胸の奥に充満する。

 ゆっくりと瞼を閉じれば思い起こせる。
 陽だまりの午後、微笑み手を繋いだ頃の優しい記憶が。
 小さな少女の掌を握り、胸を熱くした少年の感情が。
 だが、それは『榊大地』には必要がない思い出で、振り切るのに躊躇はない。

「ひなちゃん!」

 今度は少し大きめの声で呼びかければ、自分の名を呼ぶ声にきょろきょろと視線を彷徨わせたかなでは、こちらを向くとふわり、と微笑んだ。
 その笑みがどれ位夢の中のものと似ていようと、大地は心動かされない。ああ、だが。

「君が禁忌を気にして『俺』になったのなら、『俺』は必ず君の『願い』を叶えるよ」

 嬉しそうに駆け寄るかなでに目を細め、夢の中のもう一人へと宣言する。
 彼と違い、今はまだ名前で呼べないけれど、自分は彼女を苗字で呼ぶ資格がある男だから。夢の中の彼が欲し、望んだ立場に居るものだから。

「こんにちは、大地先輩。休憩中でしたか?」
「うん。ご飯を食べて寝ちゃってたみたいだ。──ねぇ、ひなちゃん」
「はい?」
「この後もし時間があるなら、俺と一緒に練習しない?今無性に君の音と合わせたい気分なんだ」

 目を丸くしたかなでは、こくりと頷く。
 その愛らしい仕草に目を細め、大地は掌を彼女の頭に置くとゆるゆると撫でた。出会った頃は抵抗していたのに、今ではすっかり慣れたものだ。
 無防備な様子に喉を震わす。

「ねぇ、ひなちゃん」
「はい?」
「俺は、君が好きだよ」

 長い腕を回して囁けば、ぼんと顔中が赤くなる。兄であったときには得られなかった反応に、大地の唇は弧を描いた。
 そう、自分と彼は似ていても違う。彼の言葉に彼女は照れても、こんな反応返してくれなかった。
 赤面するかなでに大地は満足気に頷くと、僅かに抵抗する体をそのまま腕に閉じ込める。小さな檻に囚われた姿に胸が高鳴り、ずっとこのままでいれればいいのにと詮無い事を考えた。

「俺は君が好きだよ、ひなちゃん」

 だから、俺を好きになって。他の誰かを選ぶのではなく、今度こそ俺自身を。
 沸き起こる希求は何処までも深く大地の心に根付いている。

「大好きだ」

 夢の中と同じように、けれど夢の中よりも一層艶やかに微笑んだ大地は、自分を意識してくれる娘に、幸せそうに擦り寄った。

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