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誰にでも失恋の一度や二度は経験があると思う。
初恋は実らないと世間でも評判だし、初めての恋が永遠に続く、なんて幻想を抱いてるわけでもない。
でも、それでも。
恋している間は、それが永遠に続くと思っていたいのは、誰だって同じ。




「アリス」

耳を震わすテノールの声。
滑らかで聞きよいそれは、アリスが覚えている人のものと酷似していて、今すぐに耳を塞ぎ逃げ出したい気に駆られる。
こちらを見詰める瞳の色は覚えているものと同じで、日に照らされて艶めく黒髪も同じ。
眼も鼻も口も上手に配置された端整な顔も、一瞬見ただけなら勘違いしてしまいそうだ。

「アリス」

もう一度名を呼ばれ、持っていたティーカップを机に置いた。
このままでは、震える手が紅茶入りのそれを支えきれる自信がなく、瞳を伏せた。

「アリス?」

訝しげに上がる語尾に普段篭められる皮肉はなく、止めてと懇願しそうになる。
今すぐ逃げ出したくて仕方ないが、安っぽい矜持がそれを許さなかった。

何故今更と思う心と、忘れれるはずがないと訴える心。
交互に現れる想いに、苦しくて切なくて泣きたくなる。
彼は、『彼』じゃない。
違うと知ってる。
似ているだけの赤の他人。

「どうしたんだ?アリス」

そうでなければ、あの顔であの声で、アリスを、アリスだけを案じる声を出すはずがない。
『彼』が、アリスを見るわけがないのだ。

「アリス?」

伸ばされた手を、振り払う。
マナー違反と知りつつ、音を立てて椅子から立ち上がると慌てて距離を取った。
こちらを見詰める瞳は疑問符が浮かび、払われた手を空いた手で押さえた。
趣味の悪いシルクハットに、彼が好まなかった黒い衣服。
掛けていた眼鏡もない。
浮かんでいた柔和な笑みも、柔らかで穏やかな雰囲気も。
違う、彼は、『彼』ではない。
そんなの判っているのに。

「・・・アリス」

眉間にくっきりと皺を寄せ、アリスの名を呼ぶあの人は誰だ。
こちらに手を伸ばそうとするあの男は、誰。

「っ、アリス」

頬を熱い何かが伝う。
それを見た彼が慌てたようにこちらへと距離を詰めようとし、ひゅっと喉が震えた。

「来ないでっ!!」

語尾が掠れ、全身で放った言葉に彼の体が固まりついた。
瞳を大きく見開き、唖然とした表情で。
初めて見る間抜けな姿に、少しだけ笑う余裕が出来た。
そう。
彼は、『彼』ではない。

「・・・ごめんなさい。今日は帰るわ、『ブラッド』」

最後の涙がぽろりと零れ、顎を伝って地に落ちた。

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