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舞踏会は好きじゃない。
社交界デビューを強制的にさせられてから幾度も経験しているが、きっとこの無駄に煌びやかで腹芸を好む世界に慣れる日は来ないだろう。
一応のパートナーである将臣も先ほどまでは一緒に居たが、今は離れた場所で社交に励んでいる。
春日の家に仕えているとはいえ、将臣の家も立派に爵位を持っている。
精悍な顔つきに長男であり跡取り息子でもある彼は、目をつけておいて悪い物件ではない。
おしゃべり雀が群がる姿に、順調だと微笑む。
派手なドレスに身を包み、扇子で口元を隠しつつ清楚な姿を演じようとする彼女達が、どれ程口が軽いか理解している望美にとって彼に群がる彼女達はとても都合が良い。
橘家の招待は意外だったが、元々何処かのパーティに潜り込む予定だったのだ。
これを利用しない手はない。

自分に群がる男どもを器用に躱し、壁へと視線を走らせる。
暫くして目的の人物を見つけると、持っていたグラスを空にしてその人へ近づいた。

「こんばんは」
「こんばんは、お嬢様。いかがなさいましたか?」
「おかわりを頂きに伺ったの。今飲んだこれと同じ飲み物を頂けるかしら?」
「───あの、申し訳ございません。そちらは何が入っていたでしょうか?」
「あら、全部飲み干してしまったから判らないわ。赤いのだけは覚えているのだけれど」
「ならば数種類ご用意してまいります。お待ちいただけますか?」
「ええ。手間を掛けてごめんなさい」
「いいえ!すぐに戻りますので、少々失礼致します」

頭を下げたメイドを見送ると、壁の花となっていた彼女の隣に並ぶ。
視線はちらりとも向けず、正面を向き扇子で口元を隠した。

「こんばんは、あかねさん」
「───こんばんは、望美様」

彼女も心得たもので、視線を真っ直ぐに向けたまま唇を隠すように僅かに俯き言葉を発する。
友雅の執着を見れば彼女がメイド服のままなのは意外だ。
てっきり着飾らせ自分の隣で愛でるかと思ったのだが。

女性が一番集まっている場所に目をやれば、そこには彼女の主が居た。
如才なく笑顔で全てを躱しているように見えるが、時折こちらに視線が向くのが面白い。
あの食えない橘卿が誰か一人を気にする日が来るなど思いもよらなかった。
一瞬視線が絡んだ気がし、瞳を眇める。
次の瞬間には別の方向に友雅が視線を送るのを見て、その先を辿ると目的を果たすべく望美は口を開いた。

「明日、あの場所でもう一度仕切り直ししませんか?」
「え?」
「時間は鐘が一つ鳴る時。待ってます」

返事を聞く前に壁から背を離す。
視線の端で執事服を纏う髪を高い場所で結い上げた体格のいい青年がこちらへ向かってくるのが見え、淑女らしく微笑みかける。
それに一瞬目を丸くした彼は、執事らしく頭を下げた。

「遅くなりまして申し訳ございません、お嬢さま。お持ちいたしました!」
「あら、ありがとう。───ああ、これよ。丁寧にありがとう。貴女の主人である橘様の教育が宜しいのね。わたくしからもしっかりとお礼を申し上げておくわ」
「そんなっ、ありがたき幸せにございます」

笑顔を向けるとメイドはほんわりと頬を染め上げた。
受け取ったグラス一つを手に、さっさとその場を後にする。
髪型とドレスの雰囲気で遠目には望美が誰だったかすぐに判明はしないだろう。

数歩歩き、傍に居た青年に微笑みかけると、すぐに近寄ってきた。
ついでに彼の周りの青年達にも笑いかけ、さっさと防御壁を作る。

囲われる視界の中、執事服の彼があかねの元に辿り着くのが見えたが。
彼女しか見えてない彼に、力関係を把握すると得たい情報を一つ増やした。

拍手[5回]

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誰にでも失恋の一度や二度は経験があると思う。
初恋は実らないと世間でも評判だし、初めての恋が永遠に続く、なんて幻想を抱いてるわけでもない。
でも、それでも。
恋している間は、それが永遠に続くと思っていたいのは、誰だって同じ。




「アリス」

耳を震わすテノールの声。
滑らかで聞きよいそれは、アリスが覚えている人のものと酷似していて、今すぐに耳を塞ぎ逃げ出したい気に駆られる。
こちらを見詰める瞳の色は覚えているものと同じで、日に照らされて艶めく黒髪も同じ。
眼も鼻も口も上手に配置された端整な顔も、一瞬見ただけなら勘違いしてしまいそうだ。

「アリス」

もう一度名を呼ばれ、持っていたティーカップを机に置いた。
このままでは、震える手が紅茶入りのそれを支えきれる自信がなく、瞳を伏せた。

「アリス?」

訝しげに上がる語尾に普段篭められる皮肉はなく、止めてと懇願しそうになる。
今すぐ逃げ出したくて仕方ないが、安っぽい矜持がそれを許さなかった。

何故今更と思う心と、忘れれるはずがないと訴える心。
交互に現れる想いに、苦しくて切なくて泣きたくなる。
彼は、『彼』じゃない。
違うと知ってる。
似ているだけの赤の他人。

「どうしたんだ?アリス」

そうでなければ、あの顔であの声で、アリスを、アリスだけを案じる声を出すはずがない。
『彼』が、アリスを見るわけがないのだ。

「アリス?」

伸ばされた手を、振り払う。
マナー違反と知りつつ、音を立てて椅子から立ち上がると慌てて距離を取った。
こちらを見詰める瞳は疑問符が浮かび、払われた手を空いた手で押さえた。
趣味の悪いシルクハットに、彼が好まなかった黒い衣服。
掛けていた眼鏡もない。
浮かんでいた柔和な笑みも、柔らかで穏やかな雰囲気も。
違う、彼は、『彼』ではない。
そんなの判っているのに。

「・・・アリス」

眉間にくっきりと皺を寄せ、アリスの名を呼ぶあの人は誰だ。
こちらに手を伸ばそうとするあの男は、誰。

「っ、アリス」

頬を熱い何かが伝う。
それを見た彼が慌てたようにこちらへと距離を詰めようとし、ひゅっと喉が震えた。

「来ないでっ!!」

語尾が掠れ、全身で放った言葉に彼の体が固まりついた。
瞳を大きく見開き、唖然とした表情で。
初めて見る間抜けな姿に、少しだけ笑う余裕が出来た。
そう。
彼は、『彼』ではない。

「・・・ごめんなさい。今日は帰るわ、『ブラッド』」

最後の涙がぽろりと零れ、顎を伝って地に落ちた。

拍手[17回]

【2日目】


獄寺隼人は現在幸せの真っ只中にいる。
どれ位幸せかというと、大の甘党である偉大なるボンゴレ十世が、極上スイーツバイキングの店を貸切にして可愛い女の子と可愛い子供を侍らしつつ、極甘ココアと特製チーズケーキを頬張りながら麗らかな一日を気合で捥ぎ取ったときと同じくらいに幸せである。
天国の雲の上を裸足でスキップしている気分だ。ちなみ敬うべき天使は膝の上にいる。

ふわふわの癖毛を揺らしながら、獄寺制作の等身大ナッツ人形(獄寺が誇る十代目コレクションアニマル匣シリーズの一つ)を抱き静かにしているウーノはうっとり見惚れてしまうほど可愛い。
ちなみに今日の彼のスタイルは黒の死神モードだ。
リボーンが愛用しているスーツをイメージした一品で、室内だからしていないがきっちりとボルサリーノも用意してある。
ちゃんとリボーンの銃に似せた玩具も渡してあるし、写真会も行った。
獄寺のマル秘十代目シリーズ(これはコレクションの中でも特別)に新たに頁が追加され、ほくほくとしている。
敬愛する十代目のための仕事を、彼の分身とも言える炎で構成されたウーノを膝に抱きこなす幸せ。
綱吉を中心として生きている獄寺にしか理解できない領域だろうが、普段はしかめっ面で仕事をしているはずの彼の顔がゆるゆるに緩む程度に彼は幸せオーラを垂れ流していた。

「詰まらなくありませんか、ウーノさん」
「・・・・・・」

言葉を話す代わりにふるふると頭を振って否定を表した彼に、獄寺の可愛過ぎるだろうゲージ振り切れそうになる。
だが鼻血を噴いて引かれるのは遠慮したいので気力で血流を押さえ込んだ。
最早人とは思えない域に達しているが、ある意味獄寺らしいとも言えよう。

「お腹、空きませんか」
「・・・・・・」
「ご飯食べます?」
「・・・・・・」

こくり、と頷く姿にぱっと輝かしい笑みを浮かべる。
実は、朝方綱吉のために作ったチーズケーキを特別に一切れだけあげようとしたら拒絶され密かに落ち込んでいたのだ。
リボーンに言われた言葉を忘れたわけではなかったが、これだけ似ているのだから嗜好も同じではないかと思いついての安易な行動に密かにダメージを受けていた。
見た目は同じだがウーノの感情表現は綱吉よりも控えめだ。
出会った当初からくるくる表情が変わる綱吉とは違い、彼の炎で作られた子供は常に眉を下げこちらの表情を伺っている。
それは中学生の頃行き過ぎた獄寺の行動に怯えた綱吉を思い出し、少しだけ切なくなるけれど、でもそれ以上に守ってやらねばと決意を固くさせた。

「はい。俺の炎です」
「・・・・・・」
「美味しいですか?」

獄寺が指輪から灯した炎に口をつけるウーノは、とても可愛らしい。
一般的に見て特別に容姿が秀でた子供というわけではないが、獄寺にとっては何よりも特別な顔立ちをしていた。
はむはむと無言で炎を咀嚼する姿をビデオに納めたいが、ビデオを取るには席を立たねばならず、人を使おうにも部下は部屋から追い出してあった。
自業自得の結果に明日からは場所を移動させようと固く誓い、せめても目に焼き付けようと咀嚼する子供をじっと見詰める。
可愛い、愛しい、特別。
それはこの子供を見て別の人物を投影しているに他ならないと獄寺はきちんと自覚している。
だが彼の分身である以上、獄寺にとってこの子供は愛しい存在だった。
出していた炎から体を離したウーノが、不意に顔を上げる。

「もういいんですか?」

こくり、と頷いた子供は、獄寺の瞳を真っ直ぐと見つめてその桜色の唇を開いた。

「・・・ありがとう、隼人」

その声は、彼が良く知っているもので。
絶対に聞き違えることなどないと、断言できる相手のもので。

「え、ええええ!!?」

ぼん、と瞬時に顔を赤らめた獄寺は、呼ばれた名に暫く身動きが取れなかった。

拍手[7回]

「こんにちは。日野香穂子です。宜しく」

朗らかに微笑んだ日野と名乗る彼女は、この場で知らぬものが居ぬ位に有名な人だった。
否、正確に言えばこの学園で知らぬものも居なければ、全国の音楽学校に通う人間で知らぬものも居ないだろう。
それくらいに目の前の女性は有名で、稀有な存在だった。

取られたキャスケットから溢れ出た赤髪は染めたものではなく純粋な色をしていて、見事な輝きを持っている。
かなでよりも高い位置にある顔立ちは整っており、笑うと自分とそんなに変わらない年代に見えた。
人懐っこそうな好奇心旺盛な瞳に、柔らかそうな白い肌。視線を胸に落とし、その後自分の胸へとやり、かなでは少しだけ落ち込んだ。
千秋や蓬生と違うけれど、彼女はとても華やかな雰囲気で、でも纏うのは朗らかで温かみのある気配。

「日野・・・香穂子、だと?」

掠れた声は千秋が発したもので、珍しくも彼の瞳はまん丸に見開かれていた。
それも仕方ない。何せ相手は日野香穂子だ。
衛藤桐也、王崎信武、そしてもう一人のヴァイオリニストと名を並べる新進気鋭の音楽家だ。
華やかで艶やかな衛藤の音。
穏やかで優しい王崎の音。
どちらも世界で人気を博し、尊敬しているがかなでが一番に好きで憧れているのは、目の前の女性の奏でる音だ。

彼女が操る楽器から繰り出される音は、まるで光り輝いていた。
太陽のように全てを包み何もかもを許容する。それでいて斬新で艶やかでコケティッシュ。
音楽を楽しみ音楽を愛しむ、そして音楽に愛された女性。
尊敬し憧れる人の登場に、かなでの瞳はきらきらと輝く。

「あ、あの!」
「ん?何?」
「私、小日向かなでっていいます!ファンです!サインください!」
「ええ!?でも、私今書くもの持ってないし・・・」

慌てたように目をまん丸にして告げる彼女に、情けなく眉を下げると、間に誰かが入った。
ぱちぱちと目を瞬き、それが幼馴染の背だと気がつくと首を傾げる。

「律くん?」
「・・・俺のサインペンでよければお貸しします。そして俺にもサインを下さい」

言い切った彼に不意に思い出した。
そう言えば、律はかなでに負けず劣らず彼女のファンであったのを。
ペンどころか手にノートを持っている彼の周到さに唖然とし、そして負けるものかと自分も何か書けるものを探す。
鞄をあさり出てきたティッシュやハンカチに絶望したかなでは最終手段に訴えた。

「私は、背中にサインください!」

ファンとは得てして奇妙な行動を取ってしまうものである。
あははは、と苦笑した彼女にしっかりサインペンを握らす幼馴染と顔を見合わせ、二人は静かに頷きあった。

拍手[31回]

*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。






「馬鹿な子達」

どん、と音が聞こえそうなくらいに色濃い覇気を纏ったルフィを見てロビンは呟く。
彼の強すぎる覇気に呷られ、長く艶やかな黒髪がふわりと揺れた。
それを片手でかきあげて耳の後ろに掛けると、瞬きせずに目の前の馬鹿な人間の末路を見届けるべく腕を組み楽な体勢になった。

先ほどまでにやにやとだらしない顔をしていた男たちは、心なしか青ざめ体を震わせ始める。
だが今更遅い。彼らは眠れる獅子の尾を踏んだ。
目を覚ました獣は自身が納得するまで動きを止めはしない。
普段は明るく陽気な彼だが忘れてはいけない。
どんなに間が抜けて見えようと、子供っぽく振舞おうと、馬鹿で騙されやすかろうと、彼は、モンキー・D・ルフィは海賊王だ。
海賊の中の海賊であり、他の何物にもなりえない。

我侭でどこまでも自分の意思に忠実な、海賊王。

「───何でナミが泣いてんだ」
「・・・っヒ」

静かな声。
それは普段の彼から考えられない位に、低く怒りを抑えた声。
彼の怒りが自分に向かわないのを理解していても、ロビンの背筋を寒いものが過ぎった。

敵対していた男たちの意識は今にも途切れそうで、ナミを拘束している男も首筋に当てた刃が定まらないほど震えている。
いけないと察し、能力を使うとナイフを叩き落した。
囚われていたナミが顔を上げロビンと瞳が合う。
頬に濡れた痕があり、体に出来た傷に目を眇める。
服は破れ抵抗の跡が生々しい。
海賊であってもナミは女だ。女だからこそされる辱めもある。

「・・・ルフィ」
「大丈夫だ、ナミ。もう大丈夫だ。おれが助けに来たからな」
「ルフィ」

走り寄ったナミがルフィの首筋に抱きついた。
白く細い腕にも傷があり、紐で縛られたのかくっきりとした赤が残っていた。
それを見て舌打したルフィは、ナミの背を宥めるように撫でるとオレンジ色の頭を自分の肩口へと押し付ける。

「大丈夫だ。おれたちの船へ帰ろう」
「ん・・・ルフィ」

暗示を掛けられたようにルフィの言葉を聞いたナミから力が抜ける。
その体を抱き上げると、ルフィはロビンへと歩いてきた。
未だに彼の怒りは収まっていないらしく、ゆらゆらと怒りで背景が霞む。
しかしながら仲間に手を出されたロビンも彼の気持ちは良く理解できたので、手を伸ばして彼女を受け取った。

「ロビン」
「何?」
「ナミは、大丈夫か?」
「・・・大丈夫よ。必死に抵抗したんでしょうね。体の表面に傷はあるけど、下着はつけたままし変な痕跡はないわ。後で一応チョッパーに確認してもらうけど、何かされていたら多分貴方でも拒絶されていると思う」
「そうか。体に残りそうな傷は?」
「それも大丈夫だと思う。見た限りではチョッパーが治せる範囲だわ」
「そっか」

ルフィが安堵を息を吐き、肩の力を抜く。
ロビンを見詰める瞳も普段の落ち着きを取り戻し、怒りは鎮火していないものの、それでも制御できる程度に戻ってくれたらしい。

判りやすい激高と、その制御までの過程に苦笑が漏れる。
ルフィは、ナミが泣くのを極端に厭うた。
まるで彼女の笑顔を護るために行動しているのではないかと思えるときもある。
彼がどうしてそうするのかロビンは知らないが、それが恋愛感情からでないのは理解していた。
恋をしているには瞳に熱が足りない。
想い焦がれる相手を見詰める色を、彼は宿していないし、そんな姿は彼女だけではなく他の誰に対しても向けていない。
彼に焦がれる女は多く、男ですら惚れるのに、それでも彼が同じ色を宿して誰かを見詰めたのは見たことがなかった。
否、一度だけ、あった。
その時は、ルフィの瞳を向けられる相手に酷く胸を妬かれ、苦しく悔しい想いをさせられた。
ルフィは、自分たちのものなのに、と。
物思いに耽っていると、もう一度ルフィに呼びかけられ慌てて意識を戻す。

「何?」
「これ、持っててくれ」

頭に乗せられたのは、彼が宝物にしている麦藁帽子。
彼の象徴とも言える、彼の特別。

それを頭にかぶせられ、見えなくなった視界でも離れる気配にホッとした。
きっと暗闇で見えなかっただろうが、今の自分の顔は出来れば誰にも見せたくない。
顔が熱く、体中が熱を発しているようだ。
ナミの体を支えているために使えない両腕の変わりに、能力を利用し麦藁帽子が落ちないように目深に被る。

ロビンはナミほど感情のふり幅が大きくない。
それは決して感情がないのではなく、彼女ほど感情表現が豊かではないだけの話で、昔に比べれば今は十分に豊かになっている。
だが、それでも。
ロビンを赤面させるなんて荒業、海賊王である彼にしか為し得ない偉業だろう。

かさり、とちくちくした感触をしたそれに手を添える。
僅かな温もりは先ほどまでこれをしていたルフィの体温の残りだろう。
お日様の香を存分にしみこませたそれは、ルフィと同じ香がした。

「───ずるいわ」

こちらを振り返らずに戦闘しているだろう彼に、ぽそりと呟く。
ルフィはナミを特別に扱う。
ナミが泣かされるのを嫌い、弱い彼女を護ろうと動く。
ロビンはナミほど弱くないので、彼女よりも彼に護られる回数は極端に少ない。
それを不満に思った事はないしこれからもそうだと思う。
この強さがあるからこそある程度彼についていけるのを誇りに思っているし、味わうスリルはとても楽しい。
ロビンはナミが好きだ。
つんとした態度を取りながらも、ルフィを心配し信じ慕う彼女を可愛いと思っている。
素直じゃない態度でも好意は漏れ、天邪鬼な猫のようにじゃれる姿は面白い。
いざという時泣き喚くだけでなく凛と背を伸ばし立ち向かう姿は格好いいし、同じ女として尊敬する。
彼女はルフィを護るためには、何よりも強い盾であろうとするから。
微笑ましく思いながらも、痛む胸に気づかぬわけではない。

ロビンはルフィが好きだ。ナミが、彼を好きという意味と同じ意味で。
それを口にする気もないし今の関係を壊すつもりはないが、彼女を羨ましく思うのも事実だった。
ナミを泣かせた男たちにルフィは激怒する。
自分が泣いても同じように怒ってくれるか、それを時々知りたくなる。
残念ながらロビンが涙を流す機会は彼によりほぼ奪われている状態なので、未だに確かめるには到っていないけれど。

「ずるいわ」

怒りのままに敵とみなした雑魚どもを叩き伏せていく海賊王に、ぽつりと呟く。
いつも彼女が預かるはずの麦藁帽子を預けられた。
それだけで、胸が押さえきれないくらいに高鳴る。
十代の子供でもないのに、感情が抑えきれないくらいに気持ちが高ぶる。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
彼が、海賊王になった今でも、この帽子を自分の特別な人間にしか触れさせないのを知っているから、嬉しくて幸せで仕方ない。

「私はあなたの特別。───でも、特別じゃないのも知ってるのに」

ナミもそうだ。
サンジもウソップもチョッパーもフランキーもブルックも知ってる。
唯一自他共に認める相棒のゾロがどう考えているかは知らないが、『仲間』という特別を持っている自分たちは、『仲間』であるからこそ特別になりえないのを理解していた。
それなのに。

「たったこれだけの仕草で、期待したくなってしまうわ」

泣きたくなるくらい甘ったるい想い。
叶わないと知っていて、失えない気持ち。

次々と消えていく気配を前に、麦藁帽子で顔を隠しながらロビンは少しだけ泣いた。

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