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目をまん丸に見開いたルキアは、怒り心頭とばかりに顔を赤らめたままの一護を横目で眺めながら味噌汁を一口啜った。
ちなみに本日の味噌汁の具はわかめと豆腐と油揚げ。
朽木家でも定番のそれは素材こそ差があるだろうが十分に美味で、ほんのりと表情を崩す。
テッサイの作る料理はとても美味で、家庭的な温かさがルキアの好みである。
だがルキアが料理に舌鼓を打ち喜んでいる間も、何が不機嫌なのか隣に座る少年は怒りを和らげることはない。
しかしながらその怒りの矛先である男は、一切気にした様子もなくへらへらと扇子の影で笑っている。
威嚇の声を上げる一護など、あの男にとっては子猫も同然なのだろう。
何しろ存在する長さも積んだ経験も違いすぎる。
一泡噴かせるのはルキアから見ても小童に過ぎない一護では難しい。
浦原の余裕もあってか、本来なら険悪になりかねない空気も、どこか和やかな雰囲気で納まっていた。
「っつうかさ、一体なんだったんだよ浦原さん」
怒りをどうにか押し込めた声で、唸るように一護が質問した。
その質問にひょいと片眉を上げた浦原は飄々と答えた。
「単なる実験すよ」
「実験?んなもんで、俺は記憶を変えられたのかよ!」
「ええ。───黒崎さん、以前も朽木さんの記憶を失った際に彼女を思い出しましたよね?それは何回試しても同じ結果かどうかを知りたかったんす」
「どうして?」
「さぁ?どうしてでしょうね」
一護の言葉に答えているフリをして、ルキアに言葉を聞かせている浦原に、唇を噛み締めた。
お椀を持つ手が震え、気を抜けば動揺しているのを一護に知られてしまいそうで、深呼吸して気を静める。
浦原は、一護の言を信じるなら、彼の記憶を消した。
それはルキアに関してだけなのか、それとも死神全てに関してなのか判らないが、少なくとも自分のことは消したのだろう。
しかしながら一護は記憶を取り戻した。
いつかと同じように、彼だけ。
違和感は感じていたのだ。
ここに来て手伝いを始めてから同級生も何人か顔をだしているのに、親しかったはずの浅野たちもルキアを知らない人間を見る眼で見ていた。
浦原が何かしたのだろうとは思っていたが、まさか一護の記憶まで弄ると思ってなかった。
どんな魂胆があるのかと思えば、全てルキアのためだったというのか。
「さて、黒崎さん。どうしてあなたは毎回朽木さんの記憶を取り戻せるんでしょうね?やはり、朽木さんの力を分けてもらったからだと思いますか?」
その問いは、一護に向けられているようで、ルキアに向けられたもの。
ぎりっと奥歯を噛み締め、聞きたくないと瞼を強く瞑った。
何も知らない一護は、自分の思うままを答えるに違いない。
ルキアが恐れ、懼れる言葉を。
「はぁ?確かに、俺はルキアとこいつがくれた力で繋がってるかもしんねぇけど、それが決定的な理由じゃないよ」
「ほう。それなら、あなたは何故彼女を思い出せたんですか?」
「俺と、こいつには絆がある。例え表面だけ削り取られようと、上辺だけ書き換えられようと、奥底にあるものはなくならない。だから、何があっても俺はルキアを忘れない」
一護の声は、ルキアには何処か遠く響いた。
喜ぶべきなのだろう、本来なら。
しかし今のルキアには、その言葉は決定的な傷として残った。
(なら、私を思い出せない恋次は、私を思い出そうと望まないあいつは、私との絆はないということなのか)
泣きたくなる想いを隠し、ルキアはしょっぱくなった味噌汁で喉を潤した。
ちなみに本日の味噌汁の具はわかめと豆腐と油揚げ。
朽木家でも定番のそれは素材こそ差があるだろうが十分に美味で、ほんのりと表情を崩す。
テッサイの作る料理はとても美味で、家庭的な温かさがルキアの好みである。
だがルキアが料理に舌鼓を打ち喜んでいる間も、何が不機嫌なのか隣に座る少年は怒りを和らげることはない。
しかしながらその怒りの矛先である男は、一切気にした様子もなくへらへらと扇子の影で笑っている。
威嚇の声を上げる一護など、あの男にとっては子猫も同然なのだろう。
何しろ存在する長さも積んだ経験も違いすぎる。
一泡噴かせるのはルキアから見ても小童に過ぎない一護では難しい。
浦原の余裕もあってか、本来なら険悪になりかねない空気も、どこか和やかな雰囲気で納まっていた。
「っつうかさ、一体なんだったんだよ浦原さん」
怒りをどうにか押し込めた声で、唸るように一護が質問した。
その質問にひょいと片眉を上げた浦原は飄々と答えた。
「単なる実験すよ」
「実験?んなもんで、俺は記憶を変えられたのかよ!」
「ええ。───黒崎さん、以前も朽木さんの記憶を失った際に彼女を思い出しましたよね?それは何回試しても同じ結果かどうかを知りたかったんす」
「どうして?」
「さぁ?どうしてでしょうね」
一護の言葉に答えているフリをして、ルキアに言葉を聞かせている浦原に、唇を噛み締めた。
お椀を持つ手が震え、気を抜けば動揺しているのを一護に知られてしまいそうで、深呼吸して気を静める。
浦原は、一護の言を信じるなら、彼の記憶を消した。
それはルキアに関してだけなのか、それとも死神全てに関してなのか判らないが、少なくとも自分のことは消したのだろう。
しかしながら一護は記憶を取り戻した。
いつかと同じように、彼だけ。
違和感は感じていたのだ。
ここに来て手伝いを始めてから同級生も何人か顔をだしているのに、親しかったはずの浅野たちもルキアを知らない人間を見る眼で見ていた。
浦原が何かしたのだろうとは思っていたが、まさか一護の記憶まで弄ると思ってなかった。
どんな魂胆があるのかと思えば、全てルキアのためだったというのか。
「さて、黒崎さん。どうしてあなたは毎回朽木さんの記憶を取り戻せるんでしょうね?やはり、朽木さんの力を分けてもらったからだと思いますか?」
その問いは、一護に向けられているようで、ルキアに向けられたもの。
ぎりっと奥歯を噛み締め、聞きたくないと瞼を強く瞑った。
何も知らない一護は、自分の思うままを答えるに違いない。
ルキアが恐れ、懼れる言葉を。
「はぁ?確かに、俺はルキアとこいつがくれた力で繋がってるかもしんねぇけど、それが決定的な理由じゃないよ」
「ほう。それなら、あなたは何故彼女を思い出せたんですか?」
「俺と、こいつには絆がある。例え表面だけ削り取られようと、上辺だけ書き換えられようと、奥底にあるものはなくならない。だから、何があっても俺はルキアを忘れない」
一護の声は、ルキアには何処か遠く響いた。
喜ぶべきなのだろう、本来なら。
しかし今のルキアには、その言葉は決定的な傷として残った。
(なら、私を思い出せない恋次は、私を思い出そうと望まないあいつは、私との絆はないということなのか)
泣きたくなる想いを隠し、ルキアはしょっぱくなった味噌汁で喉を潤した。
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澄み渡る音を響かせるフルートが奏でるのは、とても重苦しい曲調。
重厚であり深みがあるが、苦渋すら感じる重さに火積はそっと眉根を寄せる。
演奏している男は腰元まで髪を伸ばした優男に見えるのに、どこからこんな腹に響く音を出すのだろうか。
この音は聞いているだけで胸が締め付けられる。
苦しくて切なくて悲しくて恋しい。
そう、恋しいのだ。
「───この音が気に入ったか?」
「え?」
いきなり声をかけられ、集中していた意識が途切れる。
声の主は隣に座っていた短髪の男で、唐突なことに目を瞬かせた。
先ほどピアノを弾いて見せたこの男───確か、土浦といった───は、今弾いているような火積好みの曲を弾く男だったはずだ。
彼の雰囲気にも似合い、違和感も感じなかった。
「俺は、この音が好きです」
苦しくて苦しくて、漸く想いを吐き出した───そんな、重い音。
けれどそれは火積好みで、恋しさを秘めたこの音はとても・・・自分の想いに重なった。
正直な感想を告げれば、少し苦笑した土浦は視線を舞台に戻す。
「この音、普段の柚木先輩なら出さないんだぜ?あの人が得意なのは、静かで清らかな雰囲気の曲だ」
あの人の、見た目どおりにな。
どこか苦々しく告げられた言葉は、納得がいくものだった。
先ほどまで奏でていた音は涼やかで軽やかで、彼自身みたいな音だったのだから。
だが、それなら何故、と疑問も沸く。
その曲調こそ彼の得意であるならば、何故正反対とも言える曲を彼女の隣で奏でているのだろうか。
もっと優しく美しい恋の音だってあるのだろうに。
そう、火積は鈍いといわれるが、ここまであからさまであればその曲に秘められた想いくらいは感じられる。
口に出して言うよりも、ずっと判りやすい『愛してる』の想い。
それは自分が使うにはまだ重たいけれど、彼にはとてもよく似合うのに。
疑問がそのまま顔に表れていたのだろうか。
判りにくいといわれる火積の表情を読んだ土浦は、情けなく眉を下げて笑った。
精悍な面立ちに似合わぬ表情に、微かに目を見開き驚きを表すと、男は益々笑みを深めた。
「先輩たちの音ってさ、割とあからさまだろ?隠してないし、隠す気もないから」
「・・・そうっすか」
自分にはまだそれは出来ないと、若干頬を染めながら頷く。
「香穂だってさ、知ってるんだぜ?先輩たちの気持ち」
「え?」
「俺たちがどんな想いをあいつに向けてるか、あいつはしっかり理解してる。だってそうだろ?素人にすら駄々漏れの感情だ。プロのあいつに隠せる訳がない」
「・・・・・・」
道理だ、と納得する。
そうだろう。
音楽に携わるプロが、こんな駄々漏れの感情に気づかないはずがない。
自分に向かう音を間違えるはずがない。
その言葉を胸に舞台にもう一度視線を上げるが、しかしながらヴァイオリンを奏でる彼女には火積の十分の一も動揺は見られず至って気持ち良さそうに曲を奏でるだけだった。
没頭している彼女の音は大層素晴らしく、さすが世界でもトップクラスの精鋭だと感心してしまう。
彼女に比べれば冥加の音ですらまだ素人だと断じれるほどに、その実力は圧倒的だ。
彼女の系統は、かなでと似ている気がする。
優しく柔らかくしなやかで強かだ。
彼女が音を奏でるたびに金色の何かが視界を覆うような気がして、疲れているのかと眉間を押さえる。
金色の光が彼女を祝福するように包んで見えるなんて、きっと気のせいに違いない。
そんな火積の様子を微笑してみていた土浦は、ゆっくりと口を開く。
「香穂は先輩たちの音が誰に向かってるか良く知ってる。それでも先輩たちの音に応えない。───何でか判るか?」
「・・・いいえ」
「あいつは、もう別の相手に恋してるからだよ」
切ない想いを隠さずに、焦がれるように日野を見詰める土浦を見て、火積は息を飲み込んだ。
その表情に、気づいてしまった。
目の前の、この男も、どうしようもないほど彼女に恋をしているのだろ。
息を呑む火積に少し笑って見せた土浦は、後悔はするなと一言告げた。
「香穂は、音楽に恋してる。それも一方通行じゃなく、両想いだ。見ろよ、あの音。ファータたちが喜んであいつを祝福してる」
「ファー・・・タ?」
「音楽の妖精だよ。あーあ・・・ったく、一度の恋愛で終わらせるんじゃなく、いい加減こっちも見ろっての!頑固者め!」
ふてくされたような声は、大人びた彼よりもむしろ自分たちにこそ相応しいものだろうに、何故か違和感は全くない。
拗ねた眼差しをそれでも一途に向ける土浦は、こちらをみないまま唇を開いた。
「お前は、精々後悔しないようにしろよ。逃した魚が大きかったと、後で気づいても後悔は先に立たないからな」
暗に言われた内容に、為す術もなく火積は赤面した。
重厚であり深みがあるが、苦渋すら感じる重さに火積はそっと眉根を寄せる。
演奏している男は腰元まで髪を伸ばした優男に見えるのに、どこからこんな腹に響く音を出すのだろうか。
この音は聞いているだけで胸が締め付けられる。
苦しくて切なくて悲しくて恋しい。
そう、恋しいのだ。
「───この音が気に入ったか?」
「え?」
いきなり声をかけられ、集中していた意識が途切れる。
声の主は隣に座っていた短髪の男で、唐突なことに目を瞬かせた。
先ほどピアノを弾いて見せたこの男───確か、土浦といった───は、今弾いているような火積好みの曲を弾く男だったはずだ。
彼の雰囲気にも似合い、違和感も感じなかった。
「俺は、この音が好きです」
苦しくて苦しくて、漸く想いを吐き出した───そんな、重い音。
けれどそれは火積好みで、恋しさを秘めたこの音はとても・・・自分の想いに重なった。
正直な感想を告げれば、少し苦笑した土浦は視線を舞台に戻す。
「この音、普段の柚木先輩なら出さないんだぜ?あの人が得意なのは、静かで清らかな雰囲気の曲だ」
あの人の、見た目どおりにな。
どこか苦々しく告げられた言葉は、納得がいくものだった。
先ほどまで奏でていた音は涼やかで軽やかで、彼自身みたいな音だったのだから。
だが、それなら何故、と疑問も沸く。
その曲調こそ彼の得意であるならば、何故正反対とも言える曲を彼女の隣で奏でているのだろうか。
もっと優しく美しい恋の音だってあるのだろうに。
そう、火積は鈍いといわれるが、ここまであからさまであればその曲に秘められた想いくらいは感じられる。
口に出して言うよりも、ずっと判りやすい『愛してる』の想い。
それは自分が使うにはまだ重たいけれど、彼にはとてもよく似合うのに。
疑問がそのまま顔に表れていたのだろうか。
判りにくいといわれる火積の表情を読んだ土浦は、情けなく眉を下げて笑った。
精悍な面立ちに似合わぬ表情に、微かに目を見開き驚きを表すと、男は益々笑みを深めた。
「先輩たちの音ってさ、割とあからさまだろ?隠してないし、隠す気もないから」
「・・・そうっすか」
自分にはまだそれは出来ないと、若干頬を染めながら頷く。
「香穂だってさ、知ってるんだぜ?先輩たちの気持ち」
「え?」
「俺たちがどんな想いをあいつに向けてるか、あいつはしっかり理解してる。だってそうだろ?素人にすら駄々漏れの感情だ。プロのあいつに隠せる訳がない」
「・・・・・・」
道理だ、と納得する。
そうだろう。
音楽に携わるプロが、こんな駄々漏れの感情に気づかないはずがない。
自分に向かう音を間違えるはずがない。
その言葉を胸に舞台にもう一度視線を上げるが、しかしながらヴァイオリンを奏でる彼女には火積の十分の一も動揺は見られず至って気持ち良さそうに曲を奏でるだけだった。
没頭している彼女の音は大層素晴らしく、さすが世界でもトップクラスの精鋭だと感心してしまう。
彼女に比べれば冥加の音ですらまだ素人だと断じれるほどに、その実力は圧倒的だ。
彼女の系統は、かなでと似ている気がする。
優しく柔らかくしなやかで強かだ。
彼女が音を奏でるたびに金色の何かが視界を覆うような気がして、疲れているのかと眉間を押さえる。
金色の光が彼女を祝福するように包んで見えるなんて、きっと気のせいに違いない。
そんな火積の様子を微笑してみていた土浦は、ゆっくりと口を開く。
「香穂は先輩たちの音が誰に向かってるか良く知ってる。それでも先輩たちの音に応えない。───何でか判るか?」
「・・・いいえ」
「あいつは、もう別の相手に恋してるからだよ」
切ない想いを隠さずに、焦がれるように日野を見詰める土浦を見て、火積は息を飲み込んだ。
その表情に、気づいてしまった。
目の前の、この男も、どうしようもないほど彼女に恋をしているのだろ。
息を呑む火積に少し笑って見せた土浦は、後悔はするなと一言告げた。
「香穂は、音楽に恋してる。それも一方通行じゃなく、両想いだ。見ろよ、あの音。ファータたちが喜んであいつを祝福してる」
「ファー・・・タ?」
「音楽の妖精だよ。あーあ・・・ったく、一度の恋愛で終わらせるんじゃなく、いい加減こっちも見ろっての!頑固者め!」
ふてくされたような声は、大人びた彼よりもむしろ自分たちにこそ相応しいものだろうに、何故か違和感は全くない。
拗ねた眼差しをそれでも一途に向ける土浦は、こちらをみないまま唇を開いた。
「お前は、精々後悔しないようにしろよ。逃した魚が大きかったと、後で気づいても後悔は先に立たないからな」
暗に言われた内容に、為す術もなく火積は赤面した。
■高杉&神楽
「随分と派手にやられたもんだな。──酢昆布食うか、じゃじゃ馬姫?」
聞こえた声に、ゆっくりと瞼を持ち上げた。ぼんやりとした視界に映ったのは白い天井。背中に当たる硬い感触は安物のベッドかとあたりを付けた。数度瞬きを繰り返し、意識を浮上させていく。
聞こえた声は、ここ数ヶ月で随分と耳に馴染んだもので、それに安堵の息を吐く。どうやら最悪の事態は避けられたらしい自分の悪運にふつふつと笑いがこみ上げたが、その震動が傷に触りくっと息を詰まらせた。
ゆるりと視線だけを動かすと、包帯を巻いた隻眼と目が合う。にいっと、口が裂けるんじゃないかと思わせる笑みを見せた男は、機嫌がいいのか悪いのか判断しかねた。
「死に損ねたな、神楽ァ」
死にかけた鼠をいたぶる猫のような眼差しで神楽をねっとりと眺める。視線に形があったらそれは随分と粘着質なものになっただろう。上品な女物の衣を粋に着こなし、胸元から出した煙管を吹かして紫煙を吐き出す。色の滲んだ白いカーテンよりも白い煙が神楽の上を漂った。それを神楽が厭うているのを知りつつの行為に、じっとりと眉を寄せる。神楽の拒絶を判ってるだろうに、性質の悪い笑みを浮かべた男はさらに息を吸い込んだ。美味そうに吸う意味が判らないが、止めるつもりはないと理解すると睨みつけるのも止める。無駄な体力は残っておらず、疲れることはしたくなかった。
ツキン、と体の奥が痛んだような気がしたが、最後に覚えている時よりは随分と上等な体の具合にベッドに投げ出していた手を胸の辺りまで持ち上げる。握って開いてを数度繰り返すと、手に感覚がゆっくりと戻ってきた。どうやら夜兎の優秀な肉体は神楽の意思に忠実に働いているらしい。
瞬きすらしないで体の様子を確かめた神楽は、無造作に上半身を起こす。痛みは消えてなくとも十分に我慢の範囲内で、意識の外に切り捨てられた。
「ここは何処アルか?」
「オレの隠れ家の一つだよ。ウサギが一人で遊びに出かけて帰ってこないから散歩がてら探しに行ったらぐったりとしてたからな」
「──放っておけば良かったアル」
「そう言うと思ったぜ。だから助けてやったんだ」
「嫌がらせアルか?」
「そうだ。お前は、助けられたくもなかったのに、よりにもよってこのオレに助けられたんだ」
「・・・ありがとう、とでも言って欲しいのカ?弱っているお姫様を助けるのは下郎の役目アル。私に触れただけでもありがたく思えヨ」
「お前こそ、天下の高杉晋助にお姫様抱っこなんてされたんだ。子々孫々まで崇め奉れ」
「ケッ。寝言は寝てから言えヨ、片目」
心底嫌そうな顔をして神楽はベッドから降りた。どのような治療を施したのかは判らないが、いつの間にか着替えていた白い襦袢を捲れば体の傷は桃色の肉が盛り上がりすっかりと塞がっている。大きくは無いが形の良い乳房から細く滑らかな腰の曲線に到るまで数箇所ある傷に新たな一つが追加されたが、全く気にならない。にたにたとだらしない表情で神楽の裸を眺める男と同じくらいには。
夜兎の特色である日に焼けない真白な肌。染み一つ無いそこに刻まれた傷跡は、どれもこれも夜兎の能力をもってしても回復し切れなかった深手だ。女の体に傷なんて、と思うような感傷はとうに捨てた。そんな甘い考えで復讐は成り立たない。
下着姿の体を隠す事もなく神楽は高杉の前に立った。視線を隠さず舐めるように神楽の肢体を見つめた高杉は、口角を上げ喜悦を示す。女性として完成されてない未成熟なそれを、愉しそうに眺める男に神楽は眉根を寄せた。
「何ジロジロ見てんだヨ。ただで見るなんて百年早いネ。私の肌が見たけりゃ、ラーメン10杯持って来いヨ。ちなみに全部大盛りで頼むアル」
「・・・腹、減ってんのか?」
「当然ネ。今が何時か知らないけど、腹時計は正確に時を刻んでいるアル」
言い切った神楽に、高杉は楽しそうに咽喉を鳴らした。
「はッ・・・まあ、いい。メシ食いに連れてってやるよ。ああ、服は着ろよ?そんなカッコじゃ猥褻物陳列罪で捕まるからな」
「ああん?どういう意味だコルァ?私の肌を見たならセクハラで周りが先に捕まるアル」
低い声で返しながらも、神楽は律義にベッド脇に置いてあった服を手に取った。喪服を思い起こさせるような真新しい黒のチャイナ服は相変わらず神楽の体にピッタリだ。スリットが長めに入り、動けば下着が見えそうだったが、少し眉根を寄せるだけで抵抗せずに身につけた。
チャイナ服に着替えると、それまで黙っていた晋助は煙を舌で弄び吐き出すとゆったりと唇を持ち上げた。怠惰な獣が獲物を見つけたときのように、獰猛で剣呑な微笑。産毛も逆立つその笑みに、けれど無表情で神楽は真っ直ぐと視線を返す。
「神楽」
「・・・何アルか?」
「あれだけのチャンスをモノに出来なかったんだ。──お前、ペナルティ決定な」
「・・・・・・」
先程までと同じ口調で、格段に楽しそうに高杉は口にした。悪戯を思いついた子供のような笑顔は幼げですらあるが、その内容は想像していた通りで苦虫を噛み潰した気分になる。遊び半分で告げられたペナルティの言葉の重みに気づかない神楽ではない。
桜色の唇をかみ締めた神楽は、それでも反論せず無言で傍に置いてあった傘に手を伸ばした。
「随分と派手にやられたもんだな。──酢昆布食うか、じゃじゃ馬姫?」
聞こえた声に、ゆっくりと瞼を持ち上げた。ぼんやりとした視界に映ったのは白い天井。背中に当たる硬い感触は安物のベッドかとあたりを付けた。数度瞬きを繰り返し、意識を浮上させていく。
聞こえた声は、ここ数ヶ月で随分と耳に馴染んだもので、それに安堵の息を吐く。どうやら最悪の事態は避けられたらしい自分の悪運にふつふつと笑いがこみ上げたが、その震動が傷に触りくっと息を詰まらせた。
ゆるりと視線だけを動かすと、包帯を巻いた隻眼と目が合う。にいっと、口が裂けるんじゃないかと思わせる笑みを見せた男は、機嫌がいいのか悪いのか判断しかねた。
「死に損ねたな、神楽ァ」
死にかけた鼠をいたぶる猫のような眼差しで神楽をねっとりと眺める。視線に形があったらそれは随分と粘着質なものになっただろう。上品な女物の衣を粋に着こなし、胸元から出した煙管を吹かして紫煙を吐き出す。色の滲んだ白いカーテンよりも白い煙が神楽の上を漂った。それを神楽が厭うているのを知りつつの行為に、じっとりと眉を寄せる。神楽の拒絶を判ってるだろうに、性質の悪い笑みを浮かべた男はさらに息を吸い込んだ。美味そうに吸う意味が判らないが、止めるつもりはないと理解すると睨みつけるのも止める。無駄な体力は残っておらず、疲れることはしたくなかった。
ツキン、と体の奥が痛んだような気がしたが、最後に覚えている時よりは随分と上等な体の具合にベッドに投げ出していた手を胸の辺りまで持ち上げる。握って開いてを数度繰り返すと、手に感覚がゆっくりと戻ってきた。どうやら夜兎の優秀な肉体は神楽の意思に忠実に働いているらしい。
瞬きすらしないで体の様子を確かめた神楽は、無造作に上半身を起こす。痛みは消えてなくとも十分に我慢の範囲内で、意識の外に切り捨てられた。
「ここは何処アルか?」
「オレの隠れ家の一つだよ。ウサギが一人で遊びに出かけて帰ってこないから散歩がてら探しに行ったらぐったりとしてたからな」
「──放っておけば良かったアル」
「そう言うと思ったぜ。だから助けてやったんだ」
「嫌がらせアルか?」
「そうだ。お前は、助けられたくもなかったのに、よりにもよってこのオレに助けられたんだ」
「・・・ありがとう、とでも言って欲しいのカ?弱っているお姫様を助けるのは下郎の役目アル。私に触れただけでもありがたく思えヨ」
「お前こそ、天下の高杉晋助にお姫様抱っこなんてされたんだ。子々孫々まで崇め奉れ」
「ケッ。寝言は寝てから言えヨ、片目」
心底嫌そうな顔をして神楽はベッドから降りた。どのような治療を施したのかは判らないが、いつの間にか着替えていた白い襦袢を捲れば体の傷は桃色の肉が盛り上がりすっかりと塞がっている。大きくは無いが形の良い乳房から細く滑らかな腰の曲線に到るまで数箇所ある傷に新たな一つが追加されたが、全く気にならない。にたにたとだらしない表情で神楽の裸を眺める男と同じくらいには。
夜兎の特色である日に焼けない真白な肌。染み一つ無いそこに刻まれた傷跡は、どれもこれも夜兎の能力をもってしても回復し切れなかった深手だ。女の体に傷なんて、と思うような感傷はとうに捨てた。そんな甘い考えで復讐は成り立たない。
下着姿の体を隠す事もなく神楽は高杉の前に立った。視線を隠さず舐めるように神楽の肢体を見つめた高杉は、口角を上げ喜悦を示す。女性として完成されてない未成熟なそれを、愉しそうに眺める男に神楽は眉根を寄せた。
「何ジロジロ見てんだヨ。ただで見るなんて百年早いネ。私の肌が見たけりゃ、ラーメン10杯持って来いヨ。ちなみに全部大盛りで頼むアル」
「・・・腹、減ってんのか?」
「当然ネ。今が何時か知らないけど、腹時計は正確に時を刻んでいるアル」
言い切った神楽に、高杉は楽しそうに咽喉を鳴らした。
「はッ・・・まあ、いい。メシ食いに連れてってやるよ。ああ、服は着ろよ?そんなカッコじゃ猥褻物陳列罪で捕まるからな」
「ああん?どういう意味だコルァ?私の肌を見たならセクハラで周りが先に捕まるアル」
低い声で返しながらも、神楽は律義にベッド脇に置いてあった服を手に取った。喪服を思い起こさせるような真新しい黒のチャイナ服は相変わらず神楽の体にピッタリだ。スリットが長めに入り、動けば下着が見えそうだったが、少し眉根を寄せるだけで抵抗せずに身につけた。
チャイナ服に着替えると、それまで黙っていた晋助は煙を舌で弄び吐き出すとゆったりと唇を持ち上げた。怠惰な獣が獲物を見つけたときのように、獰猛で剣呑な微笑。産毛も逆立つその笑みに、けれど無表情で神楽は真っ直ぐと視線を返す。
「神楽」
「・・・何アルか?」
「あれだけのチャンスをモノに出来なかったんだ。──お前、ペナルティ決定な」
「・・・・・・」
先程までと同じ口調で、格段に楽しそうに高杉は口にした。悪戯を思いついた子供のような笑顔は幼げですらあるが、その内容は想像していた通りで苦虫を噛み潰した気分になる。遊び半分で告げられたペナルティの言葉の重みに気づかない神楽ではない。
桜色の唇をかみ締めた神楽は、それでも反論せず無言で傍に置いてあった傘に手を伸ばした。
■将軍&神楽
振り上げた腕を下ろすだけで事は足りた。それだけで、目の前の無力な人間は事切れるだろう事を経験上知っていた。躊躇などする訳がないと思っていた。目の前で、彼の命令で──自分の父親は、殺されたのだから。
『・・・・・・月が綺麗だな』
天守閣に登った神楽は、何気ない言葉に返事をした。
『そうアルネ』
淡々とした、感情の篭っていない声。彼との会合はもう何度目か覚えていなかった。初めて二人きりで話したのは、父親が殺された夜だった。以前会った事のある青年は、相変わらず感情の読めない表情で、淡々とした声音で神楽に声をかけて来た。無視できるはずのそれに言葉を返したのは、気まぐれに他ならない。
極上の衣を纏い、極上の教育を受け、極上の食に埋もれ、極上の暮らしを営む。それが、彼──将軍だった。
神楽は彼のことを知らなかった。父を殺した男。江戸の象徴。知っている情報はそれだけで、それ以上はない。神楽の父を殺す命令を与えた男が、神楽の父に直接手を下したわけではない。それでも彼の指示で父は死んだ。
初めて二人きりで会った日に何をしたかは、あまり覚えていない。しかと耳にしたはずの彼の言葉も、視界に映っていた彼の姿さえも、彼がどんな表情でどんな感情を含んでいたのかも。ただ、今と変わらず熱の篭らない声で話しかけてきたのを覚えている。
天守閣の上に胡座をかいていた神楽に、彼は当たり前に声をかけた。まるで自分がそこにいるのを知っていたかのように。待ち受けていたかのようなタイミングで、。何も映さない表情からは彼の感情は読み取れず、その意図を計れない。
それまで神楽は前に一度だけ会った時の、もっさりブリーフのイメージしかなかった。興味も関心も無く、このまま通り過ぎていく人間。固体として意識していたかどうかすらも怪しい。自分にとって意味のある存在ではなく、ただ通り過ぎていく背景のような人。
その認識を改めたわけではないが、父の死後神楽は何度も彼に会いに来た。おかしなことに理由は復讐するためではなく、ただ話をしたかったから。
雨の日に。
晴れた日に。
風の強い日に。
気が向いた時、決まって深夜の12時に彼女は天守閣に登る。神楽が出向いた日には、彼はいつもそこにいた。ぽつん、と。世界中に信頼できる人間はいないとでも言うように、ただ一人供を付けることすらせずに。
殺す事はたやすい筈だった。神楽が傘を一閃させればそれだけで彼は命を落とす。それは造作もなく甘い誘惑。一度も心が動かなかったかと問われれば、否だ。直接でなくとも彼は父を殺した人間。ふとした瞬間に殺意は芽生える。世間話にもならない話の最中であったり、部下を語る表情であったり、唯一の肉親である妹の話題であったり。硬い中にも見受けられる柔らかな雰囲気に苛立ったのは、数少なくない。
だが、手を出したのは一度きり。高杉の命令が出たあの時だけだった。
いつもと同じように黒のチャイナドレスを身に着けた彼女は、天守閣で彼を待った。思えば、この数ヶ月の会合で初めて彼を待った。いつもの時間よりも一時間早く空に駆け、闇に紛れるのは造作も無い。もし──もし、嘗ての最強と名高いお庭番集がいれば、まだ話も違っただろうに。
口の端を持ち上げ、月を見上げて息を気配を存在を殺し。ただ、獲物が現れるのを只管に。
『・・・珍しいことがあるものだ』
遅れて現れた彼は、いつものように神楽を視界に入れず正面だけを向いていた。
『何がアルか?』
『先に来ている』
誰が、とは問わなくてもわかる。だが、少しだけその言葉に驚いた。
『・・・月が、綺麗だな』
感嘆を含めた声に、つられるように月を見た。青白く光る月は、神楽の一番好きな色。
『そうアルネ』
思わず素直に返事をすると、下でくぐもった声が聞こえた。それが笑い声だったと認識し、驚きと同時に眉をしかめて意識を集中する。
『・・・どうしたアルか?』
『いや。初めて此処で会った時も同じ台詞を言っていた』
『・・・・・・』
『少しだけ、懐かしくなっただけだ』
無防備すぎる背中を見せ、将軍は呟く。縁に手を乗せ、彼は月を見上げた。手に入らぬものに焦がれるような眼差しは、寂寥感に溢れていた。初めて見る表情に眉が寄る。今更、今更躊躇う理由などないはずなのに。
『・・・・・・殺すか?』
前置きのない言葉だった。驚く事も無くそれを受け止める。気がついていることも知っていた。彼の瞳は何も映してないようで、きちんと見るべきものを見ている。江戸のシンボルにして最高の傀儡。それでも目は開き耳は聞こえ感情はある。
『殺すアル』
神楽が誰かを判っていても、彼はいつも無防備だった。背を向け、隙だらけの格好で神楽を誘っていた。初めはそれが油断させる為の手かと思っていたのだけれど、違うと気がついたのは割りと最近だ。彼は、ずっと『待って』いた。
ジャンプ一つで身を立て直すと、足元の瓦が小さく音を立てた。不安定な天守閣の上、半身になると傘を構える。瞬き一つで感情を消し、迷いや惑いは振り払う。己で決断し、実行したいと望んだ。もうこの手は、洗っても落ちないほどに赤に濡れている。
躊躇う事無く天守閣から飛び降りると、将軍がいる場所に一息で距離を縮める。傘を引き振りかぶる。だがその瞬間、スローモーションのように振り返った彼と目が合った。
『!?』
その顔に浮かぶ表情に、神楽の手は一瞬ぶれた。
彼は、そう、悲しそうな顔で、それでも少しだけ幸せそうに微笑んでいた。
『グハァっ!!!!』
悲鳴はそれほどの大きさではなかった。だが、それは致命的なミスだった。彼の声に気がついたお庭番が、何処からとも無く現れる。手裏剣を避けつつ、彼を楯に取ろうかと視線をさまよわせた。血の海に倒れこんだ彼は、それでも神楽を見上げていた。視線が絡んだのは一瞬。硬く瞼を瞑り、振り切るために息を吐き出す。握っていた傘の柄を、強く、強く掴んだ。
決断は一瞬だった。その場で身を翻し、城の最上階から飛び降りる。人間ならひとたまりもないだろうが、神楽は夜兎だ。宙で体制を直しつつ、所々に足を着け減速する。手近な屋根に着地し、気が緩んだ瞬間を狙われた。
着地から足を伸ばし飛び上がろうとした時の、無防備になった体に熱が走る。撃たれたのだと理解できたが足を止めるつもりはなかった。此処で捕まるわけには行かない。意識を切り替え逃げると決めたら後は楽だ。只管に、前だけを向いて走り去る。
──この日の為に、高杉が様々な場所でテロを起こしている事を思い出したのは、歌舞伎町に差し掛かった直後だった。
あの日と似た月を見上げ、神楽は一人静かに佇む。彼女はこれから高杉の課したペナルティを一人で請け負わなくてはならなかった。
殺戮目標であった男は、きっと一命を取り留めたに違いない。月を見上げる神楽には、今でも将軍を殺せなかった理由はつかめない。
振り上げた腕を下ろすだけで事は足りた。それだけで、目の前の無力な人間は事切れるだろう事を経験上知っていた。躊躇などする訳がないと思っていた。目の前で、彼の命令で──自分の父親は、殺されたのだから。
『・・・・・・月が綺麗だな』
天守閣に登った神楽は、何気ない言葉に返事をした。
『そうアルネ』
淡々とした、感情の篭っていない声。彼との会合はもう何度目か覚えていなかった。初めて二人きりで話したのは、父親が殺された夜だった。以前会った事のある青年は、相変わらず感情の読めない表情で、淡々とした声音で神楽に声をかけて来た。無視できるはずのそれに言葉を返したのは、気まぐれに他ならない。
極上の衣を纏い、極上の教育を受け、極上の食に埋もれ、極上の暮らしを営む。それが、彼──将軍だった。
神楽は彼のことを知らなかった。父を殺した男。江戸の象徴。知っている情報はそれだけで、それ以上はない。神楽の父を殺す命令を与えた男が、神楽の父に直接手を下したわけではない。それでも彼の指示で父は死んだ。
初めて二人きりで会った日に何をしたかは、あまり覚えていない。しかと耳にしたはずの彼の言葉も、視界に映っていた彼の姿さえも、彼がどんな表情でどんな感情を含んでいたのかも。ただ、今と変わらず熱の篭らない声で話しかけてきたのを覚えている。
天守閣の上に胡座をかいていた神楽に、彼は当たり前に声をかけた。まるで自分がそこにいるのを知っていたかのように。待ち受けていたかのようなタイミングで、。何も映さない表情からは彼の感情は読み取れず、その意図を計れない。
それまで神楽は前に一度だけ会った時の、もっさりブリーフのイメージしかなかった。興味も関心も無く、このまま通り過ぎていく人間。固体として意識していたかどうかすらも怪しい。自分にとって意味のある存在ではなく、ただ通り過ぎていく背景のような人。
その認識を改めたわけではないが、父の死後神楽は何度も彼に会いに来た。おかしなことに理由は復讐するためではなく、ただ話をしたかったから。
雨の日に。
晴れた日に。
風の強い日に。
気が向いた時、決まって深夜の12時に彼女は天守閣に登る。神楽が出向いた日には、彼はいつもそこにいた。ぽつん、と。世界中に信頼できる人間はいないとでも言うように、ただ一人供を付けることすらせずに。
殺す事はたやすい筈だった。神楽が傘を一閃させればそれだけで彼は命を落とす。それは造作もなく甘い誘惑。一度も心が動かなかったかと問われれば、否だ。直接でなくとも彼は父を殺した人間。ふとした瞬間に殺意は芽生える。世間話にもならない話の最中であったり、部下を語る表情であったり、唯一の肉親である妹の話題であったり。硬い中にも見受けられる柔らかな雰囲気に苛立ったのは、数少なくない。
だが、手を出したのは一度きり。高杉の命令が出たあの時だけだった。
いつもと同じように黒のチャイナドレスを身に着けた彼女は、天守閣で彼を待った。思えば、この数ヶ月の会合で初めて彼を待った。いつもの時間よりも一時間早く空に駆け、闇に紛れるのは造作も無い。もし──もし、嘗ての最強と名高いお庭番集がいれば、まだ話も違っただろうに。
口の端を持ち上げ、月を見上げて息を気配を存在を殺し。ただ、獲物が現れるのを只管に。
『・・・珍しいことがあるものだ』
遅れて現れた彼は、いつものように神楽を視界に入れず正面だけを向いていた。
『何がアルか?』
『先に来ている』
誰が、とは問わなくてもわかる。だが、少しだけその言葉に驚いた。
『・・・月が、綺麗だな』
感嘆を含めた声に、つられるように月を見た。青白く光る月は、神楽の一番好きな色。
『そうアルネ』
思わず素直に返事をすると、下でくぐもった声が聞こえた。それが笑い声だったと認識し、驚きと同時に眉をしかめて意識を集中する。
『・・・どうしたアルか?』
『いや。初めて此処で会った時も同じ台詞を言っていた』
『・・・・・・』
『少しだけ、懐かしくなっただけだ』
無防備すぎる背中を見せ、将軍は呟く。縁に手を乗せ、彼は月を見上げた。手に入らぬものに焦がれるような眼差しは、寂寥感に溢れていた。初めて見る表情に眉が寄る。今更、今更躊躇う理由などないはずなのに。
『・・・・・・殺すか?』
前置きのない言葉だった。驚く事も無くそれを受け止める。気がついていることも知っていた。彼の瞳は何も映してないようで、きちんと見るべきものを見ている。江戸のシンボルにして最高の傀儡。それでも目は開き耳は聞こえ感情はある。
『殺すアル』
神楽が誰かを判っていても、彼はいつも無防備だった。背を向け、隙だらけの格好で神楽を誘っていた。初めはそれが油断させる為の手かと思っていたのだけれど、違うと気がついたのは割りと最近だ。彼は、ずっと『待って』いた。
ジャンプ一つで身を立て直すと、足元の瓦が小さく音を立てた。不安定な天守閣の上、半身になると傘を構える。瞬き一つで感情を消し、迷いや惑いは振り払う。己で決断し、実行したいと望んだ。もうこの手は、洗っても落ちないほどに赤に濡れている。
躊躇う事無く天守閣から飛び降りると、将軍がいる場所に一息で距離を縮める。傘を引き振りかぶる。だがその瞬間、スローモーションのように振り返った彼と目が合った。
『!?』
その顔に浮かぶ表情に、神楽の手は一瞬ぶれた。
彼は、そう、悲しそうな顔で、それでも少しだけ幸せそうに微笑んでいた。
『グハァっ!!!!』
悲鳴はそれほどの大きさではなかった。だが、それは致命的なミスだった。彼の声に気がついたお庭番が、何処からとも無く現れる。手裏剣を避けつつ、彼を楯に取ろうかと視線をさまよわせた。血の海に倒れこんだ彼は、それでも神楽を見上げていた。視線が絡んだのは一瞬。硬く瞼を瞑り、振り切るために息を吐き出す。握っていた傘の柄を、強く、強く掴んだ。
決断は一瞬だった。その場で身を翻し、城の最上階から飛び降りる。人間ならひとたまりもないだろうが、神楽は夜兎だ。宙で体制を直しつつ、所々に足を着け減速する。手近な屋根に着地し、気が緩んだ瞬間を狙われた。
着地から足を伸ばし飛び上がろうとした時の、無防備になった体に熱が走る。撃たれたのだと理解できたが足を止めるつもりはなかった。此処で捕まるわけには行かない。意識を切り替え逃げると決めたら後は楽だ。只管に、前だけを向いて走り去る。
──この日の為に、高杉が様々な場所でテロを起こしている事を思い出したのは、歌舞伎町に差し掛かった直後だった。
あの日と似た月を見上げ、神楽は一人静かに佇む。彼女はこれから高杉の課したペナルティを一人で請け負わなくてはならなかった。
殺戮目標であった男は、きっと一命を取り留めたに違いない。月を見上げる神楽には、今でも将軍を殺せなかった理由はつかめない。
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
「おれの仲間に、手を出したな?」
たった一人で現れたその人は、野蛮な海賊に囲まれても怯むことなく正面を見ていた。
季節外れの麦藁帽子に、デニムのパンツと赤いベスト。
春島のここには少々涼しすぎるだろう格好の彼は、けれど寒さは感じていないようだった。
精悍な顔つきのその人は、目尻に傷痕があり、細身であるのに筋肉質な、しなやかな獣を思わせる男だった。
百人近い敵の中にただ一人乗り込んだ男は、自分を手当てしてくれた獣に視線をやると一つ頷く。
「迎えに来たぞ、チョッパー」
「うん・・・信じてた、ルフィ」
「当たり前だ」
自分を威嚇する敵の存在すら関係ないとばかりに、彼は獣の傍に寄ると彼の手錠を外した。
触れても居ないのに何故か壊れた手錠に、子供は大きく目を見張る。
そして手錠を解かれた獣が、くたり、と身を崩し小さな狸の姿になったのにもっと驚いた。
その狸の頭をひと撫ですると、優しく彼は地面に置く。
柔らかい手つきはこの場に居る誰もが持たぬもので、慈愛と温かさに溢れていた。
どくどくと心臓が逸る。
何故か判らないが、彼から目が放せなかった。
首から提げていた麦藁帽子を片手で被ると、彼はもう一度正面へと向き直る。
その瞳に先ほどまでの優しさは欠片もなく、ただ怒りに染まった色だけが燃えている。
ぞくりと背筋を駆け抜けるものは、それでも恐怖ではなかった。
「お前、おれの仲間に手を出したな」
疑問系であるくせに、確信に満ちた声。
凄まじい怒りに恐怖を感じてもおかしくないのに、不思議と彼を綺麗だと思えた。
「ぎゃははは!何だ、その化け物か?海楼石をつけても馬鹿みたいに屑どもの治療をしてたみたいだがな、痛めつけがたりなかったかぁ?」
「体ばかり頑丈な奴だったなぁ!殴っても蹴っても無抵抗で、鞭打っても悲鳴一つ上げねぇ面白みがねぇ化け物だ!」
「そんな屑どもを庇っても、何も見返りはねぇのにな!」
笑い合う下卑る声。
心理的に受け付けないその声は、紛れもなく自分たちを治療してくれた狸を嘲笑するもので、考えるよりも先に体が動いた。
「あんたたちが・・・あんたたちが、狸さんを笑う権利なんてない!狸さんは、凄く強いんだから!私達のために我慢してくれたんだから!」
恐怖よりも怒りが先に来た。
こんなことは今まで一度もなかった。
けれど、自分たちを助けようとしてくれた彼を、馬鹿にされたくなかった。
だが怒りは持続せず、近くに居た男に振り上げられた手により叩き飛ばされる。
がつんと床に頭をぶつけ、衝撃で視界がぶれた。
そして髪を掴まれ引き上げられると、光るナイフが目に入る。
自分を見る男の瞳に、記憶がフラッシュバックした。
そう、以前顔に傷をつけられた時も、男は自分を笑って傷つけた。
低い笑い声に、身が竦んで動けなくなる。
助けての声も出せぬまま、兇刃が自分へと近づくのを瞬きせずに見詰めていた。
だが、恐れていた瞬間は、ついに訪れることはなかった。
「何、くだらねぇことやってんだ」
怒りに満ちた声は、先ほど自分を掴んでいた男のものとは違った。
自分よりも僅かに高い体温。
直接頬に当たる肌は、自分を護るように胸に抱いた、あの麦藁帽子の男のものだった。
子供といえども体重がある自分を、片手で軽々と抱き上げた男は、心配そうに顔を覗きこんでくる。
何故かその些細な行動で心臓が跳ね上がり、あっという間に顔が赤くなった。
「大丈夫か?」
「・・・うん」
「なら、いい。───チョッパーを庇ってくれて、ありがとな」
地面に自分を下ろすと、彼はそのままくしゃりと頭を撫でてくれた。
それがとても心地よく、自然と涙が溢れてしまう。
懇願は、無意識の内に囁かれた。
「助けて。───お願い、私達を助けて」
「・・・ああ。まかせろ」
くしゃり、と子供みたいな顔で笑った彼は、本当に、最高に格好よかった。
結論から言うと、戦いの結末は呆気ないもので、あれほど恐怖していた存在はただ一人の彼により制圧された。
縛られた海賊達は、彼自身が信用していると太鼓判を押した海軍へと引き渡される手はずとなり、それまでは村の復興のために役立たされた。
救いの手を差し伸べてくれたヒーローは、世界に名を馳せる海賊王で、村の復興のためにと一月もの間力と知恵と技術を授けてくれた。
そして、今日。
海賊達の引渡しが決まったその日に、彼らは旅立つ。
何も奪うことなく、何も欲することなく、陽気で最強の海賊達は、海へと出てしまう。
自分の前に立つその人を、じっと見詰めた。
あの日と同じに、麦藁帽子とベストをの彼は、ししししっと楽しそうに、子供よりも無邪気に笑う。
その笑顔がとても好き。
きっと、彼が思うよりもずっと。
一緒に畑仕事をしてくれた。
一緒に料理をしてくれた。
一緒に狩りをしてくれた。
一緒に山で遊んでくれた。
一緒に海に遊びに行って、彼はぶくぶくと溺れていた。
傷がある自分を恥ずかしく思っていたのに、彼は可愛いと笑ってくれた。
胸の前できゅっと手を組み、必死の思いで顔を上げる。
自分は彼について行けない。
少なくとも、今の自分は彼に相応しくないと理解する分別はある。
けど、それでも。
想いを伝えていけないと、神様だって決めれない。
「ルフィ!!」
「んー?どした?」
「私、いつかあなたを追いかけるわ!───もっともっと綺麗になって、あなた好みの料理が作れる女になって!今よりもっと、強くなるから、だから、そしたら・・・っ」
離れていく船。
サニー号の縁に体を凭れ掛け、こちらを眺める黒々とした瞳を見据えて、とっておきの想いを告げる。
「私を、ルフィのお嫁さんにして!」
『ええー!!?』
周りに居た村人達から、絶叫が上がる。
海賊の嫁になりたいなんて、正気の沙汰じゃないと声が上がる。
彼の仲間のチョッパーも、同じように叫んでる。
けれど他の面々は苦笑するに留めてるので、きっと知っていたに違いない。
そして、肝心の彼はと言うと。
少しだけ黒い瞳を丸くすると、やはりしししと首を竦めて笑った。
「十年だ!」
「え?」
「お前が本気だって言うなら、十年だけ待ってやる。その間におれに追いつけたら、考えてやるよ!」
ぱぁ、とその言葉に表情が華やぐ。
端から相手にされないと思っていただけに、喜びが湧き上がった。
彼は約束を破らない。
確約はくれなくとも、それで十分だと思えた。
だから。
「うん!ルフィ、待ってて!私、絶対に追いつくから」
「なら、約束の証だ。これやるよ!」
船の上から投げられたのは、彼が身に纏っていた赤いベストの切れ端。
丁度腕に三周するくらいの長さのそれを、慌ててはしりと抱きしめた。
「髪、伸ばせよ!きっと似合うから」
「うん!・・・ルフィ、またね!」
「おう、またな!」
にっと笑った彼は、手を振ると未練なく踵を返す。
遠方に海軍の船が見えたことを狙撃手が教えたからだった。
マストを巻くと、沖から十分に離れた場所で船は止まる。
「じゃーなー!元気でいろよ!」
最後に聞こえたのは、やはり笑いを含んだ声で、それに泣きながら頷いた。
空を飛んだ船は、それきりあっという間に姿を消した。
その後、ルフィたちが救った島には髑髏に麦わらの旗が掲げられるようになる。
それは彼らが自分たちの恩を一生忘れまいとする想いの現れであり、同時に何かあっても必ず彼らの助けになるという誓いの表れでもあった。
その後海賊王に恋した少女の物語はまだまだ刻まれていくのだが、同じように彼を慕う相手が世界中にいることなど、少女はまだ知らなかった。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
「おれの仲間に、手を出したな?」
たった一人で現れたその人は、野蛮な海賊に囲まれても怯むことなく正面を見ていた。
季節外れの麦藁帽子に、デニムのパンツと赤いベスト。
春島のここには少々涼しすぎるだろう格好の彼は、けれど寒さは感じていないようだった。
精悍な顔つきのその人は、目尻に傷痕があり、細身であるのに筋肉質な、しなやかな獣を思わせる男だった。
百人近い敵の中にただ一人乗り込んだ男は、自分を手当てしてくれた獣に視線をやると一つ頷く。
「迎えに来たぞ、チョッパー」
「うん・・・信じてた、ルフィ」
「当たり前だ」
自分を威嚇する敵の存在すら関係ないとばかりに、彼は獣の傍に寄ると彼の手錠を外した。
触れても居ないのに何故か壊れた手錠に、子供は大きく目を見張る。
そして手錠を解かれた獣が、くたり、と身を崩し小さな狸の姿になったのにもっと驚いた。
その狸の頭をひと撫ですると、優しく彼は地面に置く。
柔らかい手つきはこの場に居る誰もが持たぬもので、慈愛と温かさに溢れていた。
どくどくと心臓が逸る。
何故か判らないが、彼から目が放せなかった。
首から提げていた麦藁帽子を片手で被ると、彼はもう一度正面へと向き直る。
その瞳に先ほどまでの優しさは欠片もなく、ただ怒りに染まった色だけが燃えている。
ぞくりと背筋を駆け抜けるものは、それでも恐怖ではなかった。
「お前、おれの仲間に手を出したな」
疑問系であるくせに、確信に満ちた声。
凄まじい怒りに恐怖を感じてもおかしくないのに、不思議と彼を綺麗だと思えた。
「ぎゃははは!何だ、その化け物か?海楼石をつけても馬鹿みたいに屑どもの治療をしてたみたいだがな、痛めつけがたりなかったかぁ?」
「体ばかり頑丈な奴だったなぁ!殴っても蹴っても無抵抗で、鞭打っても悲鳴一つ上げねぇ面白みがねぇ化け物だ!」
「そんな屑どもを庇っても、何も見返りはねぇのにな!」
笑い合う下卑る声。
心理的に受け付けないその声は、紛れもなく自分たちを治療してくれた狸を嘲笑するもので、考えるよりも先に体が動いた。
「あんたたちが・・・あんたたちが、狸さんを笑う権利なんてない!狸さんは、凄く強いんだから!私達のために我慢してくれたんだから!」
恐怖よりも怒りが先に来た。
こんなことは今まで一度もなかった。
けれど、自分たちを助けようとしてくれた彼を、馬鹿にされたくなかった。
だが怒りは持続せず、近くに居た男に振り上げられた手により叩き飛ばされる。
がつんと床に頭をぶつけ、衝撃で視界がぶれた。
そして髪を掴まれ引き上げられると、光るナイフが目に入る。
自分を見る男の瞳に、記憶がフラッシュバックした。
そう、以前顔に傷をつけられた時も、男は自分を笑って傷つけた。
低い笑い声に、身が竦んで動けなくなる。
助けての声も出せぬまま、兇刃が自分へと近づくのを瞬きせずに見詰めていた。
だが、恐れていた瞬間は、ついに訪れることはなかった。
「何、くだらねぇことやってんだ」
怒りに満ちた声は、先ほど自分を掴んでいた男のものとは違った。
自分よりも僅かに高い体温。
直接頬に当たる肌は、自分を護るように胸に抱いた、あの麦藁帽子の男のものだった。
子供といえども体重がある自分を、片手で軽々と抱き上げた男は、心配そうに顔を覗きこんでくる。
何故かその些細な行動で心臓が跳ね上がり、あっという間に顔が赤くなった。
「大丈夫か?」
「・・・うん」
「なら、いい。───チョッパーを庇ってくれて、ありがとな」
地面に自分を下ろすと、彼はそのままくしゃりと頭を撫でてくれた。
それがとても心地よく、自然と涙が溢れてしまう。
懇願は、無意識の内に囁かれた。
「助けて。───お願い、私達を助けて」
「・・・ああ。まかせろ」
くしゃり、と子供みたいな顔で笑った彼は、本当に、最高に格好よかった。
結論から言うと、戦いの結末は呆気ないもので、あれほど恐怖していた存在はただ一人の彼により制圧された。
縛られた海賊達は、彼自身が信用していると太鼓判を押した海軍へと引き渡される手はずとなり、それまでは村の復興のために役立たされた。
救いの手を差し伸べてくれたヒーローは、世界に名を馳せる海賊王で、村の復興のためにと一月もの間力と知恵と技術を授けてくれた。
そして、今日。
海賊達の引渡しが決まったその日に、彼らは旅立つ。
何も奪うことなく、何も欲することなく、陽気で最強の海賊達は、海へと出てしまう。
自分の前に立つその人を、じっと見詰めた。
あの日と同じに、麦藁帽子とベストをの彼は、ししししっと楽しそうに、子供よりも無邪気に笑う。
その笑顔がとても好き。
きっと、彼が思うよりもずっと。
一緒に畑仕事をしてくれた。
一緒に料理をしてくれた。
一緒に狩りをしてくれた。
一緒に山で遊んでくれた。
一緒に海に遊びに行って、彼はぶくぶくと溺れていた。
傷がある自分を恥ずかしく思っていたのに、彼は可愛いと笑ってくれた。
胸の前できゅっと手を組み、必死の思いで顔を上げる。
自分は彼について行けない。
少なくとも、今の自分は彼に相応しくないと理解する分別はある。
けど、それでも。
想いを伝えていけないと、神様だって決めれない。
「ルフィ!!」
「んー?どした?」
「私、いつかあなたを追いかけるわ!───もっともっと綺麗になって、あなた好みの料理が作れる女になって!今よりもっと、強くなるから、だから、そしたら・・・っ」
離れていく船。
サニー号の縁に体を凭れ掛け、こちらを眺める黒々とした瞳を見据えて、とっておきの想いを告げる。
「私を、ルフィのお嫁さんにして!」
『ええー!!?』
周りに居た村人達から、絶叫が上がる。
海賊の嫁になりたいなんて、正気の沙汰じゃないと声が上がる。
彼の仲間のチョッパーも、同じように叫んでる。
けれど他の面々は苦笑するに留めてるので、きっと知っていたに違いない。
そして、肝心の彼はと言うと。
少しだけ黒い瞳を丸くすると、やはりしししと首を竦めて笑った。
「十年だ!」
「え?」
「お前が本気だって言うなら、十年だけ待ってやる。その間におれに追いつけたら、考えてやるよ!」
ぱぁ、とその言葉に表情が華やぐ。
端から相手にされないと思っていただけに、喜びが湧き上がった。
彼は約束を破らない。
確約はくれなくとも、それで十分だと思えた。
だから。
「うん!ルフィ、待ってて!私、絶対に追いつくから」
「なら、約束の証だ。これやるよ!」
船の上から投げられたのは、彼が身に纏っていた赤いベストの切れ端。
丁度腕に三周するくらいの長さのそれを、慌ててはしりと抱きしめた。
「髪、伸ばせよ!きっと似合うから」
「うん!・・・ルフィ、またね!」
「おう、またな!」
にっと笑った彼は、手を振ると未練なく踵を返す。
遠方に海軍の船が見えたことを狙撃手が教えたからだった。
マストを巻くと、沖から十分に離れた場所で船は止まる。
「じゃーなー!元気でいろよ!」
最後に聞こえたのは、やはり笑いを含んだ声で、それに泣きながら頷いた。
空を飛んだ船は、それきりあっという間に姿を消した。
その後、ルフィたちが救った島には髑髏に麦わらの旗が掲げられるようになる。
それは彼らが自分たちの恩を一生忘れまいとする想いの現れであり、同時に何かあっても必ず彼らの助けになるという誓いの表れでもあった。
その後海賊王に恋した少女の物語はまだまだ刻まれていくのだが、同じように彼を慕う相手が世界中にいることなど、少女はまだ知らなかった。
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