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澄み渡る音を響かせるフルートが奏でるのは、とても重苦しい曲調。
重厚であり深みがあるが、苦渋すら感じる重さに火積はそっと眉根を寄せる。
演奏している男は腰元まで髪を伸ばした優男に見えるのに、どこからこんな腹に響く音を出すのだろうか。
この音は聞いているだけで胸が締め付けられる。
苦しくて切なくて悲しくて恋しい。

そう、恋しいのだ。

「───この音が気に入ったか?」
「え?」

いきなり声をかけられ、集中していた意識が途切れる。
声の主は隣に座っていた短髪の男で、唐突なことに目を瞬かせた。
先ほどピアノを弾いて見せたこの男───確か、土浦といった───は、今弾いているような火積好みの曲を弾く男だったはずだ。
彼の雰囲気にも似合い、違和感も感じなかった。

「俺は、この音が好きです」

苦しくて苦しくて、漸く想いを吐き出した───そんな、重い音。
けれどそれは火積好みで、恋しさを秘めたこの音はとても・・・自分の想いに重なった。

正直な感想を告げれば、少し苦笑した土浦は視線を舞台に戻す。

「この音、普段の柚木先輩なら出さないんだぜ?あの人が得意なのは、静かで清らかな雰囲気の曲だ」

あの人の、見た目どおりにな。

どこか苦々しく告げられた言葉は、納得がいくものだった。
先ほどまで奏でていた音は涼やかで軽やかで、彼自身みたいな音だったのだから。
だが、それなら何故、と疑問も沸く。
その曲調こそ彼の得意であるならば、何故正反対とも言える曲を彼女の隣で奏でているのだろうか。
もっと優しく美しい恋の音だってあるのだろうに。

そう、火積は鈍いといわれるが、ここまであからさまであればその曲に秘められた想いくらいは感じられる。
口に出して言うよりも、ずっと判りやすい『愛してる』の想い。
それは自分が使うにはまだ重たいけれど、彼にはとてもよく似合うのに。

疑問がそのまま顔に表れていたのだろうか。
判りにくいといわれる火積の表情を読んだ土浦は、情けなく眉を下げて笑った。
精悍な面立ちに似合わぬ表情に、微かに目を見開き驚きを表すと、男は益々笑みを深めた。

「先輩たちの音ってさ、割とあからさまだろ?隠してないし、隠す気もないから」
「・・・そうっすか」

自分にはまだそれは出来ないと、若干頬を染めながら頷く。

「香穂だってさ、知ってるんだぜ?先輩たちの気持ち」
「え?」
「俺たちがどんな想いをあいつに向けてるか、あいつはしっかり理解してる。だってそうだろ?素人にすら駄々漏れの感情だ。プロのあいつに隠せる訳がない」
「・・・・・・」

道理だ、と納得する。
そうだろう。
音楽に携わるプロが、こんな駄々漏れの感情に気づかないはずがない。
自分に向かう音を間違えるはずがない。

その言葉を胸に舞台にもう一度視線を上げるが、しかしながらヴァイオリンを奏でる彼女には火積の十分の一も動揺は見られず至って気持ち良さそうに曲を奏でるだけだった。
没頭している彼女の音は大層素晴らしく、さすが世界でもトップクラスの精鋭だと感心してしまう。
彼女に比べれば冥加の音ですらまだ素人だと断じれるほどに、その実力は圧倒的だ。

彼女の系統は、かなでと似ている気がする。
優しく柔らかくしなやかで強かだ。
彼女が音を奏でるたびに金色の何かが視界を覆うような気がして、疲れているのかと眉間を押さえる。
金色の光が彼女を祝福するように包んで見えるなんて、きっと気のせいに違いない。
そんな火積の様子を微笑してみていた土浦は、ゆっくりと口を開く。

「香穂は先輩たちの音が誰に向かってるか良く知ってる。それでも先輩たちの音に応えない。───何でか判るか?」
「・・・いいえ」
「あいつは、もう別の相手に恋してるからだよ」

切ない想いを隠さずに、焦がれるように日野を見詰める土浦を見て、火積は息を飲み込んだ。
その表情に、気づいてしまった。
目の前の、この男も、どうしようもないほど彼女に恋をしているのだろ。
息を呑む火積に少し笑って見せた土浦は、後悔はするなと一言告げた。

「香穂は、音楽に恋してる。それも一方通行じゃなく、両想いだ。見ろよ、あの音。ファータたちが喜んであいつを祝福してる」
「ファー・・・タ?」
「音楽の妖精だよ。あーあ・・・ったく、一度の恋愛で終わらせるんじゃなく、いい加減こっちも見ろっての!頑固者め!」

ふてくされたような声は、大人びた彼よりもむしろ自分たちにこそ相応しいものだろうに、何故か違和感は全くない。
拗ねた眼差しをそれでも一途に向ける土浦は、こちらをみないまま唇を開いた。

「お前は、精々後悔しないようにしろよ。逃した魚が大きかったと、後で気づいても後悔は先に立たないからな」

暗に言われた内容に、為す術もなく火積は赤面した。

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