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その日、守はとてもご機嫌だった。
朝三時まで寝ずに弟と一緒のベッドで語り明かすほど上機嫌だった。
晴れ渡る空を見て、うーんと大きく伸びをする。
日が昇ってから少しの時間しか経ってないようだが、朝の練習には丁度いい時間だ。


「ほら、起きろ有人」
「ん・・・」
「寝坊したら遊園地行けないぞー」
「っ!?」


キングサイズのベッドの真ん中で眠っていた弟の耳元に囁くと、音が出るほどの勢いで上半身を起こした有人はぱちぱちと綺麗なルビーアイを瞬かせた。
寝起きのためドレッドヘアが若干乱れているのがまた可愛らしい。
パジャマ姿できょろきょろと周りを見渡した彼は、居るのが自分の部屋じゃないと気がつくときょとりとこちらを見上げてきた。


「おはよ、有人。俺は練習行ってくるからその間に自分の部屋に行って身支度整えておけよ」
「・・・俺も一緒に練習に行く。どれだけ上達したか、まだ見てもらってない」
「そ?んじゃ顔洗って着替えてから中庭に降りてきな。早くしないと一人でジョギングに行っちゃうぜ?」
「!?わかった!」


唐突に覚醒したらしい有人は、首が取れそうな勢いで頷くと守の部屋から自分の部屋へ通じるドアを潜る。
と思ったら、顔だけだしてこちらを覗いた。
どうしたのかと首を傾げると照れくさそうにはにかんで笑う。


「・・・おはよう、姉さん」


挨拶するためだけに戻ってきた弟に、可愛いなあと相貌を崩した。
スケジュールを調整して無理やりもぎ取った一日の休日は、どうにも楽しそうなものになりそうだった。




息が切れる。こんな全力で公の場を走るのは、鬼道の家に来てから初めてかもしれない。
上下する肩を深呼吸して宥めながら、ぎゅっと繋がれた手の先を見る。
そこには普段のお嬢様ルックではなく、サッカーをしているときのようなボーイッシュな格好をした姉が居て、視線に気づいたらしい彼女と眼が合った。
黒のフード付きのジャケットに、同色のジーパン。さらに有人とお揃いのキャップを被った守は、長い髪を隠している所為か少年のようだ。
色違いの赤いジャケットと黒のジーパンの組み合わせの有人は、一般人と同じような兄弟らしいお揃いの格好に面映くて笑った。
守も有人も鬼道の家に属するものとして普段はイメージに合った服装を着せられる。
特にお嬢様らしい格好を好む父親の趣味のお陰で守はほとんどが女の子らしいフェミニンなワンピースなどで過ごすことがほとんどだ。
サッカーをしている時以外はズボンなど穿く機会もほとんどないが、それにしては妙に着こなしているのが気になった。
突っ込んだところでかわされるのが判っているから敢えて問わないが、自分が知らない守がいると思うと少し悔しい。
逆に今目の前で笑っている守は、有人だけのものだからとても嬉しかった。

鬼道の家に来たばかりの時分は、いつだって守は傍に居てくれた。
亡くした両親を想い苦しいときも、離れた妹を想い涙を零すときも、鬼道家の息子として失敗してしまったときも、単純に寂しくて仕方ないときも、楽しいときも嬉しいときも、いつだって一緒に過ごしてくれた。
守が家に居てくれるときは家庭教師ではなく彼女が直々に勉強を教えてくれ、サッカーだって空いてる時間にみてくれた。
有人よりずっと先を歩いている人は、手を差し伸べればいつだって声なき声に気づいてくれる。
鬼道家という枠の中に居ても何処までも自由な人は、破天荒でもとても優しい。


「ははっ、やったな有人」
「ああ。やったな、姉さん」


にかっと笑う守に微笑み返す。
物心付いて初めて遊びに来た遊園地。
まるでパーティ会場のど真ん中のように人ごみの溢れる中、二人きりで手を繋ぐ。
鬼道家の子供として相応しくないが、同伴者として名乗りを上げた影山を振り切って得た自由に、腹の底から笑いがこみ上げた。
父に知られたらただじゃすまない。まだ子供の自分たちには必ず付き人が居て、それが当然なのに、公の場で二人で逃げてしまった。
普段なら絶対にしない暴挙だが、今はただただ楽しくて仕方ない。

入り口で貰ったパンフレットを開いて何処から行くか、どう攻略すれば一番効率がいいか、考えるのが楽しくて仕方ない。
年相応な子供らしい態度で話に相槌を打っていると、不意に姉が背負っていたリュックからカメラを二つ取り出した。
最新のデジカメでなく、昔良く売られていた使い捨てのカメラに、きょとりと目を瞬かせる。
覚えている限りだと確か守は去年の誕生日にどこぞの企業の社長から最新型のデジカメを受け取っていたはずだ。
なのに何故態々と問えば、破顔した彼女はあっさりと理由を教えてくれた。


「失敗するのもいい思い出になるだろ。気にいるまで撮りなおすのもいいだろうが、今この瞬間が二度と来ないのと同じで、やり直せないこれがいい」
「そういうものか?」
「そういうものだ。いいものを撮ろうって思えるだろ?ほれ、こっちは有人のね」
「・・・いつ買ったんだ、これは?」
「さっき、総帥が入園券買ってるときー」


言われてみれば、確かに。トイレに行きたいとお供をつけて少しの間姿を消していたのを思い出し、ぽんと手を打った。
抜け目がないと言うか、要領がいいと言うべきか。
判断に迷うところだが全く悪びれない様子は呆れるよりも感心してしまう。
受け取ったそれをまじまじと見れば、使い方を教えてくれた。


「最大容量は二十七枚。シャッターチャンスを逃すんじゃないぞ」
「判った」


生真面目に頷くと、いい子だと頭を撫でられた。
大好きな姉との二人きりの一日は、始まったばかりだった。




「よし、次はお化け屋敷行くぞ」
「・・・・・・」


にかっと真夏の太陽みたいな笑顔で言われ、ついに来たかと身を強張らせる。
絶対に外せないスポットとパンフレットのお勧め欄にあっただけあり、目の前に建つわざとぼろぼろに作られた建物にごくりと喉を鳴らした。
洋風ではなくテレビで見る時代劇に出てきそうな和風のそれは、何故か衝立の奥から髪を乱した日本人形が血を流してこちらを見ている。
つい一昨日までなら子供だましだと笑えただろうが、黄昏時の魔術か実際に目にするとインパクトが違った。
目玉にするだけあり異常に緻密な作りで、時折隅から顔を覗かす顔の焼け爛れた女のお化けも気味が悪い。
入りたくない、と思うのは昨日姉から聞いた話も絶対に影響していた。

お化け屋敷なんか子供だましで怖くない、と言い放った有人に、同じベッドで寝ていた守がとっておきの怪談を聞かせたのだ。
和洋折衷中華もござれと博識な彼女の知識を披露され、あまりに臨場感ある語りに聞き入った自分を殴り飛ばしたい。
せめてあの予備知識がなければ、ここまで恐怖を感じなかったろうに。

拳を握り締めて動かない有人に、にこりと微笑んだ守が手を差し伸べる。


「俺たちの順番が来たぞ」
「・・・・・・」


結局嫌だの一言が言えなくて、ジェットコースターやバイキング、コーヒーカップを上回る恐怖体験をさせられ軽いトラウマになったのは絶対に姉には言えない秘密だ。
散々声なき悲鳴を上げ続けて疲れきった有人を待っていたのは笑いをかみ殺したような歪な表情の守で、カメラにばっちりと顔を写される。
不貞腐れると軽い謝罪とソフトクリームが手渡され、甘ったるいそれに少しだけ気分が向上した。
普段の有人はそこまで甘いものが好きなわけじゃないが、場所が違うと味わいも違う。
チョコとバニラのミックスソフトを平らげているところもぱちりと収められ、軽く瞬きを繰り返した。


「時間的にも次で最後だな」
「・・・もうか?」
「そう。楽しい時間は終るのが早くて残念だな。でも限られた時間だからこそ一瞬一瞬が楽しいんだ。最後まで全力で楽しむぞ、有人」


強い瞳に見惚れてしまう。
幼い頃から有人の先を歩く守は、いつだって格好いい。
どんな苦境でも楽しみに変え、笑顔を保てる強い人だ。
容姿は飛びぬけた美人じゃないが、愛くるしい顔立ちは内面の輝きから美しさが滲み出る、そんな人。
明るくて豪快で奔放で優しくて器が大きくて、笑いながら洋々とずっと前を走るくせに、それでも気がつけば隣に居てくれる。
鬼道家の長子としての重圧なんて欠片も感じさせないで、器用になんだってこなして笑い続ける大きな人。
大好きで、自慢の最高の姉は有人を瞳に映して嬉しそうに微笑んだ。


「最後は定番の観覧車。一周五分だってさ」
「そうか。観覧車なんて初めてだ」
「初めてか。そりゃ楽しまなきゃ損だな」
「ああ」


誘う守に、ふうわりと微笑んだ。
彼女が居ない間は眉間に刻まれることが多い皺も、一緒なら浮かぶことはない。
一瞬、一瞬を特別にする守は、世界で一番の魔法使いだ。
どんなときでも有人に笑顔を与えてくれる、最高の。


「観覧車が終ったらさ、土産を買いに行こうな」
「土産・・・?」
「そう。父さんと総帥と、フィディオとエドガーとあと、チームメイトと」
「ああ」
「あと、お前の大事な妹に」
「・・・姉さん」
「いつか迎えに行くんだろう?その時に渡してやれよ。いっぱいいっぱい土産話も準備して、いっぱいいっぱい話さなきゃな」


当たり前の顔で頭を撫でる守に、不意に視界が潤んだ。
いつだって心の片隅に居る大切な妹。
名前を呼ぶことすら今では躊躇われる妹の話を唯一共有してくれる姉に、こくりと頷いた。
どんなに離れていても彼女が大丈夫といってくれるなら大丈夫だ。
妹と共に、また昔のように暮らす夢を笑わずにいてくれる守のためにも、いつか再会したときに胸を張って話せる思い出を作りたかった。

妹が貰われていった家庭は優しく温かな両親が作り出す一般家庭と聞いた。
きっと連絡一つしない兄を心配する彼女には、笑って話せる思い出こそが何より安堵させるだろうから。

いつか来るその日のために。
こちらを見詰める栗色の瞳に微笑み返すと、有人は彼女にしか見せない無防備な笑顔をみせた。


出来上がったアルバムはピンボケしたものも多数あったけれど、何より掛け替えのない宝物。
本当は途中から今日の二人きりの時間が全部仕組まれたものだったことや、部下が隠れて後をつけてきたこと、姉の携帯にGPSの機能が付いていて何処にいても居場所が知れることなどに気づいていたけれど、一生口にすることはないだろう。
作られた時間が特別だというのに、嘘はなかったのだから。

拍手[6回]

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どんなふうにわらっていたか、どんなふうにいきていたか
--お題サイト:afaikさまより--



「極限にめでたいな、沢田!」
「そうですね」

眉を下げ情けない顔で笑う彼の頭をがしがしとかき乱す。
最後に覚えているのは過去の綱吉であるから、つい彼と比較してしまう。
例えば変わっていないと思い込んでいた髪は、こんなに綺麗な金に近い色をしていたのだとか。
例えば大きな琥珀色の瞳が、昔よりも色が濃くなり底知れない迫力を有していたのだとか。
例えば小さいとばかりに思い込んでいた体だったが、華奢であっても随分と鍛えられ身長も伸びていたのだとか。
例えば男にしては甘ったるいテノールが、昔は本当に女の子みたいな可愛いものだったのだとか。
他にも色々と比べて出る相違点に、やはり彼も成長していたのかと思うと、なんだか胸の奥がぽっと暖かくなりとても楽しく愉快だ。

「すみませんでした、了平さん」
「ん?何がだ?」
「過去の俺たちをフォローして下さったと聞きました。俺は貴方に何も説明しなかったのに、最後まで残った貴方は『俺にとって』最良の選択をしてくれた。混乱し、動揺して当たり前の状況で、それでも導いてくれた。本当に、すみませんでした」

深々と頭を下げる綱吉に、了平は苦笑した。
何故彼は謝罪をするのだろう。自分は当たり前のことを当たり前にしただけだというのに。
それとも、これは何か意味を二重に含んだ遠まわしなものなのだろうか。
雲を除いた守護者全員を謀り、更にそれを謝罪する気がさらさらない上に、時間が巻き戻せても自分たちに協力を仰ごうとせず同じ手を使うと決めているのを言外に仄めかしているのだろうか。
晴の守護者を名乗る男として、了平の矜持が傷ついてるとでも思っているのだろうか。
だとした、随分と見縊られたものだ。

ゆるりと口角を持ち上げ、ひっそりと笑う。
了平とてマフィアの端くれ。自分を魅せる笑い方くらい知っている。
普段陽気な青年に見えるらしい自分が、雰囲気を変えると随分とギャップが酷いらしい。
それはもう、獄寺の叱責に慣れている彼の部下が顔を青褪めるほどに。山本のしごきに慣れている彼の部下が、怯えから身を竦ませるほどに。

「俺に作戦を話さないのは構わん。俺は馬鹿だから聞いたところで理解出来んかもしれぬし、そもそも長い話を延々と聞かされるの自体が苦痛だ。だからお前が俺に話をしていないのは気にしておらん」
「・・・はい」
「だがな、沢田。見縊ってくれるな。俺は、『お前自身』が選んだ晴の守護者だ。俺にだって誇りがある。お前に信頼されていないなどと、俺が欠片でも思っていると考えるな」

彼の話の端々から感じた感謝は、了平にとって侮辱に近い。
感謝される謂れはないのだ。了平は彼の守護者で大空を照らす日輪の銘を頂く者だ。
彼の行く道を照らすのは自分の役目であり、誇りなのだ。

「俺は確かに馬鹿だが、侮辱してくれるな。お前がどんな選択をしても、俺はお前の日輪でいる。お前がどんな道を選んでもお前の道を照らし続ける。それが俺の誇りだ。話を通さなくても構わない。だが俺の信頼を疑うな」

瞬きせずに琥珀色の瞳を一直線に見つめれば、ふっと情けなく眉を下げた彼が見慣れた淡い苦笑を浮かべた。
それはとても懐かしいもので、けれど時間としては最近まで見ていたもの。

彼の笑顔が好きだ。情けなく見えるが何もかもを包み込む暖かさを持っているから。
彼の生き方が好きだ。迷い、惑いながらも重たい荷物を下ろすのを選ばず、一歩ずつ前に進むから。
彼の覚悟が好きだ。いっそ潔いほどに守るものを区別して、家族のためなら悪魔になれる強さがあるから。
彼の姿が好きだ。幼く見える容姿であるのに、いざという時誰よりも覇王足らしめる凛とした美しさがあるから。
彼の強さが好きだ。悲壮な決意を胸に背負い、何かを成す恐ろしさを知りながら迷わず振るわれる拳は素晴らしい。

綱吉が綱吉らしく生きるために、了平は存在する。彼の手伝いをするためだけに、この場に立っているのだから。

「俺を疑うな、沢田。俺は何があってもお前を信じる。この拳を捧げる相手は他の誰でもなく、お前だけなのだから」

守るために強くなった綱吉を、護りたいからこの場所に居る。
彼の強さに秘められた壮絶な覚悟に惹かれたから、了平は彼の守護者で居るのだ。

「利用してくれていい。好きに使ってくれていい。だから、頼むから。自分で決めた選択肢で、俺に謝罪だけはするな」

泣きそうな笑顔で頷いた彼に、了平は笑った。
それは酷く暖かく優しい笑顔で、久し振りに浮かべる本物の笑顔だった。

「おかえり、沢田」
「ただいま、了平さん」

無条件に親愛と敬愛が籠められた笑顔が、綱吉が居なくなってから一度も浮かべられなかったなんて、彼は一生知らなくていい。
ただそこで、澄み渡った青空で居てくれれば、了平は満足だった。

拍手[22回]

23日の拍手のお返事です。
お返事は続きからお願いしますw

拍手[3回]

「お、円堂。今日は一人なのか?」
「そ。漸くリカを巻いてきたところ」
「何だぁ?あいつ、まだお前の好みを探ってんのか?」
「まぁね。てか、もういい加減諦めればいいのにねぇ」


かかかっと笑う綱海の横を陣取ると、持っていたパンをテーブルに置く。
夕食を摂っていた綱海は、珍しい形のパンに目を丸くすると、好奇心で瞳を輝かせた。
奪われる前にさっさと食べてしまおうと口を開くと、一口齧る。
懐かしいイタリアのパンに目を細め租借し、羨ましそうに見ている綱海に笑った。


「それ、美味そうだな」
「美味いよ」
「一口くれよ」
「嫌だ。お前の一口は色々と想像できるから許可できない」
「えー?何ちっせぇこと言ってだよ、円堂!男なら海のように懐広くなれ」
「俺女だし。そして心はミジンコ並みに小さい」
「嘘!嘘だって、円堂様!どうかこの俺に一口お恵みあれっ」
「ふ・・・しょうがないな、綱海。食いかけを恵んでやろう」
「やりっ、サンキュ!・・・うま!これウマっ!何だこれ?」
「フォカッチャのサンドイッチ。美味いだろ?味わって食えよ~」
「おう!・・・てか、こんだけしかないのか?」
「あと三つある。しかしこれらは全て俺の腹の中に入る予定だ」
「三つあるんだろ?一個くれ」
「いやだ」


残りのパンをかけて綱海と争っていると、すぐ近くのテーブルから聞こえよがしにため息が吐かれた。
ちらり、と視線をやれば、呆れと苛立ちを混ぜたような視線を不動が向けている。
皿の上には数個のミニトマト。
それを食べるでもなく箸で転がしながら舌打ちした彼は、うんざりしているという想いを隠さぬまま元々悪い目つきを更に剣呑に細めた。

苛立ちを露にした不動に食堂に居た他の面々の視線も集まる。
先ほどまでは騒がしかったのに、気がつけば室内は静まり返っていた。
針を落としても音が響きそうな静寂の中、不動がトレイを押しのける。

隣で自分のトレイの上の野菜を突いていた綱海が柳眉を顰めたが、それでもすぐに動く気はないらしく何も言わずに様子を見ていた。
年下組みなら堪忍袋の緒が切れてもうとっくに噛み付いているのにさすが綱海と言ったところか。
笊の目は粗いが観察眼は割りとある彼に微笑みかけると、円堂は不動を見詰めた。


「つかよ、五月蝿いんだけど。食事くらい静かに取れないわけ?」
「悪いな、不動」
「悪いと思ってんなら静かにしろよ。この間から食事時にギャーギャー騒いで迷惑なんだけど」
「この間から?・・・ああ、リカのあれか。何、不動君。毎回律儀に聞いてたわけ?」
「別に聞きたくて聞いてたわけじゃねぇよ。お前の声が馬鹿五月蝿いから聞こえてくるんだ」
「へぇー」


にたり、と自分でも性質が悪いだろうと思える笑みを浮かべ、ライオンが身を起こすようにのったりと席から立ち上がる。
隣の綱海がほどほどにしとけよ、なんて呆れ交じりに忠告をしたがそれに返事はしなかった。
あれでいて察しがいい綱海は返事がないのが返事と理解するだろうと判っていたからこそ余計な手間を省いた円堂は、隣のテーブルまで歩くと不動の隣に立ちテーブルに手を置く。
ぐっと顔を近づければ、不動本人ではなく周りがざわめいた。


「どしたの、不動君。不機嫌じゃない」
「別に、俺はいつもこんな感じだ」
「でもこーんな顔してるぞ」
「ぶっ!!円堂、マジ似てるぞ!!」


眉間に皺を寄せて眼光鋭く睨み付けてきた円堂に、隣でご飯を食べていたはずの綱海が手を打って笑った。
彼には馬鹿うけしている物真似だが、他のイナズマジャパンのメンバーは静まり返っている。
息を潜めて動向を見守る彼らは、不動がこんな悪ふざけを許容するはずないと思っており、その考えは確かに当たっていた。
空気を読めないのか読む気がないのか判らない二人組みを前に、がたりとわざとらしく音を立てて不動が椅子から立ち上がる。
怒りで瞳をきらきらと輝かせる不動に、守はにへらと笑った。


「Che carino!」


鬼道以外はどこの言葉か理解できない言語で叫ぶと、子猫のように毛を逆立てる不動に飛び掛った。
殴り合いの喧嘩でも始まるのかと体を浮かしかけたメンバーは、次の円堂の行動にきょとんと目を丸くする。
隣でその様子をご飯を食べながら至近距離で観察する綱海と、言葉の意味が理解できた鬼道だけは驚きよりも呆れを多大に含んだ眼差しを向けていた。
もっとも、呆れにプラスして同情の色を浮かべる綱海とは違い、鬼道の眼差しに含まれていたのは嫉妬だったけれど。
それすら気づいていて敢えて無視する円堂は、すりすりすりと不動を抱きしめ頬を摺り寄せる。
まるでペットを溺愛する飼い主が親馬鹿ぶりを発揮しているような光景に、ぽかんとイナズマジャパンの面々は口を開けた。


「何だよ、妬いてんのか不動~。超可愛い!!」
「やめろ、放せ!抱きつくな、擦り寄るな、抱き込むな!!」
「心配しなくても俺は不動も大好きだ!」
「誰も心配なんかしてねえよ!気持ち悪いこと言うな!てか、顔近いんだよ!はーなーれーろー!!!」
「ふはははははは!この、ツンツンしちゃって、マジ愛いやつめ」
「こーのーくーそーおーんーなぁー!馬鹿力発揮してないで、とっととどっか行けぇ!」


まるでコントか何かのようだ。
嫌がる不動の体を嬉々として抱きしめる円堂は、ゴールキーパーの腕力を存分に発揮しているらしい。
どれだけもがいてもホールドは解けず、もがき続ける不動の顔だけが怒りや何やらで赤く染まる。
楽しんでるのは円堂だけで不動は全力で嫌がっていた。力みすぎて湯気が出るんじゃないかと見ている人間に思わせるほどに。


「円堂ー、そこそこで止めねえとお前のシンパが凄いことになってんぞー」


綱海が暢気な声で忠告を促すと、指先で一方を指した。
そこには鬼道、風丸、ヒロト、吹雪、立向居と仲間の中でも特に円堂に心酔しているメンバーがどす黒いオーラを背負って不動を睨み据えていた。
色々なものが浮き上がるほど恐ろしい光景だが、そんな中でも平静を保った円堂は、楽しそうに目を細めた。


「だってしょうがないじゃん。こいつが可愛いのがいけないんだ」
「っ、俺は可愛くねえ!!」


円堂以外の誰しもが納得するだろう叫びは、抱きしめる本人には通じなかった。
散々甚振られた後でさらに鬼道たちの呼び出しを受けた不動は、当分自分から円堂に関わろうとしなかったという。
もっとも彼が相手にしている人物は、少しばかり避けられる程度で引き下がる相手ではなかったことだけ特筆しておこう。

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