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体の一点に篭った熱を発散したく、代わりに暑い息を吐く。
しかしながら新たに吸い込んだ冷たい空気も体内に取り込まれたと同時に熱に変わり、琥一はじとりと眉を寄せた。
楽しそうに笑って目元を赤く染め上げた冬姫が、琥一の上から顔を覗き込む。
今にも吐息が触れそうな距離に、頭の奥がくらくらした。

「大丈夫だよ、琥一君。私がしてあげるから」

甘ったるい、語尾にハートでもついてるんじゃないかと思える声。
鼓動を早めた心臓を押さえきれず、堪え切れなくてその白く細い腕を掴んだ。
琥一の手で掴むと一回りしても尚余る華奢な体つきは、それでもふわりと柔らかい。

「この、悪魔めがっ」

みっともないだろうが赤く染まった顔を隠す余裕もなく、琥一は目の前の可憐な女に吐き捨てた。




「いい加減観念しなよ」

琥一の部屋で我が物顔でベッドに横掛けになった冬姫が顔を覗きこんでくる。
肩を少し超える髪が琥一の顔に掛かり擽ったいのと、距離の近さに眉間にぎゅっと皺を寄せた。
今部屋に親が入ってきたら、喜び勇んで勘違いするだろう。
何もしていない自分に向かい、責任を取れと嬉々として命じるに違いない。
実際に襲われているように見えるのが琥一だとしても、責められるのは絶対に自分だ。

ここぞとばかりに輝かしい笑顔を見せる冬姫が憎たらしい。
それを可愛いと思ってしまう自分は色々な意味で末期だ。
ちくしょう、と小さく呟くと、何か言ったと鼻先をつままれた。

「この、不義理者が」
「何言ってるの。義理堅いからここにいるんじゃない」
「何処がだ。お前本当は俺が嫌いだろ。絶対そうに違いねぇ」
「どうしたの、琥一君。そんなわけないじゃない」

目を丸くして驚きを表現した冬姫をきりきりと睨み付けた。
力が入らない腕を気力で持ち上げ髪を指先だけで握る。
一層近くなった距離に緊張しないのは、もう色々と麻痺しているからだろう。

「なら、どうして。熱を出した俺の見舞い品が座薬なんつーとんでもないもんなんだよ!!」

低く掠れた声で精一杯の力で叫べば、当然に咳き込み涙目になった。
ひゅーひゅーと荒い呼吸を繰り返すこと、白い手が宥めるように髪をかき上げた。
うっすら瞳を開ければ心配そうに眉根を寄せた女の姿。
心動かされそうになったが忘れてはならない。
この女は見舞いの品に『座薬』をセレクトする女だ。

緩みがちな警戒心を必死で締めなおし、視線に力を篭めると心外そうに肩を竦めて額に浮いた汗を拭いだす。

「言っておくけど、これは琥一君のお母さんに頼まれたから買ってきたんだよ」
「おふくろが?」
「そう。病院もいや、薬もいや。なら最終手段に訴えるわよって」
「・・・おふくろが?」
「そう」

さらに低く掠れた声に、自分でもこんな声が出せるのかと驚きつつ、自身の母親への不信感が猛烈に高まる。
よりによって身内以外にそんなものを頼むものか。
しかしながらそれ以前に気になる事が出来た。

「どうしておふくろがお前に連絡するんだよ」
「この間携帯のメール覚えたいからってアドレス交換したの。毎日メールしてるよ」
「メル友かよ」
「うん」

苦々しく突っ込めばあっさり肯定された。
自分の母親と幼馴染が仲がいいのは知っていたが、ここまでとは知らなかった。
だがよくよく考えれば、フリーパスに近い状態で桜井家に出入りしている冬姫だ。
晩御飯を一緒に作っている姿も何度か見かけていたし、父親もでれでれとその姿を見ていた。
思い出せば、母は息子ではなく娘が欲しかったと言ってなかったか。
その内普通に二人で遊びに出かけそうだと今から頭が痛くなる。

「あんまり心配かけたら駄目だよ」
「・・・・・・」
「幾ら薬の苦いのや注射の針が苦手でも、我慢しなきゃ」
「!?お前、それ誰に・・・っ」
「あ、やっぱそうなんだ。意外な弱点だね」

しまったと瞼をきつく閉じる。
頭痛が酷くて閉じた瞼の裏がちかちかと白く光った。

カマをかけられたのも癪だが、よりにもよって冬姫にばれるなどとは。
世界で誰よりも格好つけたい相手なのに、なんと情けない。
ちなみに世界で二番目に格好つけていたい相手は、シュールな弟だ。
弟も油断ならない勘の持ち主だが、彼女とて大差ないと忘れていた自分が迂闊だった。

「座薬なんていくらなんでもおかしすぎるしね。おば様も気づいてると思うよ」
「・・・そうかよ」

ならば変なヒントを冬姫に出さず、一生胸に閉まっていてくれればよかったのに。
逆恨みに近い感情が胸の奥から沸きあがる。
だが額に置かれた白い手に意識を戻し、瞼を開ければ苦笑した綺麗な顔が近くにあった。
先ほどまでより緊張しないのは、きっと色々と吹っ飛んでしまったからだろう。
何かする気力も薄く、ただ体の節々が痛み暑さに布団を蹴り上げたかった。

「粉薬が嫌ならオブラート買ってきたよ。これで飲めば苦くないから」
「喉に張り付くから嫌だ」
「座薬がいいの?」
「───・・・・・・飲めばいいんだろ、飲めば!」

力ない目で精一杯睨みつける。
だが悔しい事に相手の上位は変わらず、熱を出したままの体では抵抗もままならないのが現実だった。

「飲めばいいんだよ、飲めば。でもその前におかゆね。食べれそう?」
「いらない」
「判った。じゃあ、冷やして食べさせてあげるね」
「っ、自分で食える!」
「良かった。じゃあ、おば様から貰ってくるから大人しく待っててね。食べれる分だけでいいから、少しでもお腹に入れること。飲み物はスポーツ飲料とお茶どっちがいい?」
「茶」
「了解。いい子で待っててね」

ふわり、と先ほどまでの意地の悪さが何処かに残るものではなく、琥一の好きな無邪気な子供っぽい笑顔。
それに、眉を下げると琥一も苦笑した。

結局のところ、琥一が熱を出したと聞き、大学をサボってまで駆けつけてくれた彼女に喜びが沸かないのではないのだ。
琉夏がバイトで居ない今は彼女を独占できる滅多にないチャンスで、罪悪感を感じないでもないがそれがやっぱり嬉しい。
熱を出した琥一を甲斐甲斐しく甘やかす冬姫にくすぐったさを感じないわけではないが、たまにはそれもいいだろう。

「熱が下がったら」
「ん?」
「二人で、何処か出かけようぜ」

ドアノブに手を掛けた冬姫に言えば、くすくすと彼女は笑った。

「もちろん。だから早く元気になってね」

スカートを揺らして部屋を出て行った彼女を見送ると、布団を顔の上まで被る。
今更ながらに色々とこみ上げてきて、顔がかっかと熱かった。
布団の上を手で探り目的のものを掴むとベッドの隙間に挟み込む。
座薬の件を冗談だと言っていたが、万が一帰ってきた琉夏に知れたらことだ。
琥一を付きっ切りで看病していたと知ったら、あれでいて焼き餅妬きな弟に何をされるかわからない。

早く治って遊びに行きたい気持ちともう少し甘やかされたいと望む気持ち。
どちらが強いか、熱に湯だった頭では判断できなかった。

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