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「・・・まもねえ、なかないで」


河原の土手に膝を抱えて座る少女の背中に、一郎太は手を伸ばす。
栗色のツインテールが青空に上る太陽に照らされ色を濃くする。
可愛らしい小花柄のスカートにレースのカーディガンを着た少女は、膝に押し付けていた顔をゆるりと持ち上げこちらを振り返る。
いつだって好奇心に輝いている大きな瞳から、涙は零れていなかった。
けど無感情な瞳に、一郎太のほうが泣きたくなる。
すると優しい掌が頭に置かれ、くしゃりと撫でられた。


「ないてないよ。わたしがないてないのに、どうしてちろたがなくの?」
「まもねえがないてないから。だから、ぼくがなくんだ」


ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
一郎太はどうして彼女がここにいるか知っていた。

彼女───円堂守は、一郎太の家の隣に住む一つ年上の少女だ。
母親同士も仲が良く、生まれたときからの付き合いだ。
物心付いて最初に呼んだのは母親ではなく、彼女の名前だというのだから一郎太の守への懐きぶりは並みじゃないのが知れる。
体が弱く外に友達がいない一郎太にとって、守は唯一の友達で、家族であり特別な相手だった。
ずっとずっと誰よりも守を見ている自信がある。
だからこそ何故彼女が一人でこんな場所にいるか理由を知っていた。


「サッカーが、したいの?」
「・・・・・・」
「まもねえ、サッカーがしたいんだね?」


誰も居ない土手に一人で座っているのは、守が彼女の母親と喧嘩したときだ。
守は女の子なのに何故かサッカーをしたがって、寛容であるはずの彼女の母親は唯一娘にそれを赦さなかった。
女の子らしい可愛い服を着せ、女の子らしくなるようにと料理を教え、手芸や家の手伝いをさせた。
活発な守は要領も飲み込みもよく教えられた何もかもをみるみる吸収し、後をついて周る一郎太の相手もしてくれた。
何でも出来る守は、けれど何にも執着しなかった。
彼女が執着するのは、唯一サッカーのみ。

聞きわけがいい守が母親に逆らってでも欲するものは、それでも決して与えられない。
母親と言い合いになり家を出た守は、河原の土手からサッカーをする小学生を眺めては一人でぼうっと時間を過ごす。
そして夕日が沈みかけ彼らが帰路につく頃に家に帰り、母親に詫びるのだ。

『我侭を言って、ごめん!』と。

いっそ泣いてくれればいいのにと願う一郎太の心を他所に、優しげな笑みを浮かべて。
何もかも諦めて、普段より少しだけ明るい声を出して。

だから一郎太は努力した。
いつだって一郎太に優しくしてくれる、大好きな守のために。


「ねえ、まもねえ。ぼくがまもねえにサッカーをあげる」
「・・・ちろた?」
「こっち、きて」


ぐいっと手を引いて歩き出す。
目的地はここからそう遠くない場所だが、子供の足では時間が掛かる。
一郎太は上がる息を抑えて、それでも懸命に守の手を引いた。


「・・・てっとうひろば?」
「うん。こっち」


鉄塔広場のすぐ下には小さいながらも湖があり、その脇に森が広がっている。
少しだけ奥まった場所にある大きな木の根元にある穴に手を突っ込むと、一抱えほどある大きさのそれを取り出した。
ちょっとついていた汚れを手で取ると、にこりと微笑んで両手で差し出す。


「はい、まもねえ」
「はいって・・・ちろた、これ」
「サッカーボールだよ!ぼくからまもねえへの、プレゼント!まもねえ、サッカーしたいんでしょ?」
「・・・ありがとう、ちろた。すごくうれしい」
「なら」
「でもだめだよ。わたしがサッカーをしたらかあさんが」
「ちがうよ、まもねえ。ぼくがサッカーをしたくて、まもねえはぼくにつきあうんだ。ねえ、まもねえ。いつもみたいにぼくとあそぼ?」


栗色の瞳が大きく見開かれ、そのまま一粒涙が零れた。
瞬き一つで涙を隠し、一郎太の大好きな太陽みたいな笑顔が現れる。
差し出したボールを特別な宝のように胸に抱えた守に、一郎太も嬉しくて笑った。
一生懸命母親を手伝って溜めたおこずかいは全部消えてしまったけれど、望み以上に喜んでくれたから後悔はない。


「ありがとう、ちろた!」


ぎゅっとボールを抱きしめて笑う守は、片手を開けて一郎太に差し出した。


「な、ちろた。サッカーしよう!!」


零れんばかりの笑顔を振りまく守の手は、一郎太より少しだけ大きくて、暖かかった。

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