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まるで光に包まれているようだ。
否、光を発している、の方が正確だろうか。

目の前で音楽を奏でる幼馴染と、尊敬するヴァイオリニストを前に律は思う。
かなでが弾く『愛の挨拶』を聞くのは何年ぶりだろう。
あの日、彼女の演奏が変わってしまった日。
あれを最後に、律は長い間この曲を聴いていなかった。


「ああ、もう。悔しくなるくらいに、いい音で弾くね」


ふと聞こえた声に、視線を隣にやる。
淡い微苦笑を浮かべた青年、王崎は眼鏡のつるを指先で押し上げると、じっと日野を見詰めていた。
その眼差しは鈍いと言われる律でも判るほど、複雑な色が混じっている。


「王崎さん?」
「ああ、ごめん。折角聞いていたのに邪魔をしてしまって」
「いえ・・・」


優しげな風貌で微笑む人に首を振る。
彼も星奏学院の出身だが、同じく世界を巡る相手として日野の技術に嫉妬でもしたのだろうか。
律からしたら二人の演奏はそれぞれ甲乙つけがたく、彼の演奏には彼のよさがあるように感じたのだけれど。
じっと見詰めていると、視線から意味を読み取ったのか、笑みを深めた王崎が声を顰めて聞いてきた。


「僕の言葉、気になるの?」
「少しだけ」
「ふふ、如月君は正直だな。でも、君にならわかるかと思ってたよ。小日向さんのあの演奏を聞いても、君は何も感じないの?」


柔らかく問いかけられ、瞳を丸くする。
改めてかなでに向き直り音を聞くが、素晴らしいの一言だ。
律は昔から、かなでの弾く伸びやかで活き活きとした音が大好きで、今回の優勝も彼女なしでは成し遂げられなかっただろうと考えている。
奏者として置いていかれるのは少しだけ悔しいが、かなでが羽を広げて飛び立つ様は見ていて気持ちがいい。


「・・・すみません。俺には判らないみたいです」
「そう」


律の言葉に気分を害すでもなく頷いた王崎は、すっと視線を舞台へ映した。


「ねえ、如月君」
「はい」
「鈍いのは罪だよ。後で気付いても、後悔してもしきれない。君にとって小日向さんは特別なんでしょう?」
「・・・・・・」


ぱちり、と一つ瞬きする。
確かにかなでは特別だが、突然何を言い出すのか。
訳がわからず戸惑っていると、再び王崎がこちらを向いた。


「星奏学院に伝わるヴァイオリンロマンス。君もここの学園の生徒なら一度くらいは聞いたことあるよね?」
「・・・はい」
「もし、もしも、だよ?あの話が噂じゃなく真実だったらどうする?この学校には音楽を愛する妖精が居て、彼らが想いを運ぶ手助けをしたとしたら、彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?」


いきなりの言葉に面食らう。
妖精など、御伽噺の中の生き物だ。
実際三年間この学校に通ったが律は一度も妖精なんてみたことない。

優しい音が響きを増し、かなでへと視線を戻す。
丁度佳境に入った曲は彼女達を中心に輝くマエストロフィールドを展開してた。
香穂子のそれが輝く太陽なら、かなでのそれは優しげな日向。
発する光の種類は違っても、それぞれが眩しく温かい。
技術面も情緒面でも日野の演奏の方が秀でていたが、どうしてか律はかなでの演奏を好んだ。


『彼らが想いを運ぶ手助けをしたとしたら、彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?』


脳裏に先ほどの王崎の言葉が繰り返される。
どういう意味だと眉間に皺を寄せ考え込んでいると、不躾にドアが開けられる音が響いた。


「・・・冥加?」


彼らしくなく息を乱し、呼吸を荒げたままで舞台の一点を食い入るように見詰めている。
身だしなみに気を使うくせに、くしゃくしゃになった髪も直す余裕はなさそうだった。


『彼女の音は誰に届くんだろうって、考えたりしない?』


再び浮かんだ言葉に、じとりと眉を寄せる。
ざらりとしたいやな感情が胸の奥から溢れそうで、ぐっとベストを握った。


「ああ、やっぱり。君は来てしまうんだね───月森君」


哀切を含んだ声が聞こえた気がしたが、最早それを気にする余裕は律にはなかった。

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