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--お題サイト:afaikさまより--


■あ 朝焼けの裾を引っぱって【響也】


深い眠りに落ちていたはずなのに、ぱちりといきなり目が覚めて、上半身を起こしつつ頭を掻く。
何かとてもいい夢を見ていた気がしたが、生憎と思い出せなかった。
夏の終わりを告げるヒグラシの声が開けられた窓から聞こえてくる。
くあっと一つ欠伸をすると、響也は立ち上がって窓辺まで歩いていった。

しゃっと軽快な音を立てカーテンが引かれる。
薄っすらと感じていた紅色に近い光が室内を照らし、思わず目を眇めた。
寝起きの瞳には痛いくらいに眩しい太陽は、心に秘めた想い人を何故か髣髴とさせ、あんなに静かなもんじゃねえな、と苦笑しながら呟く。
一度思い出してしまうとどんどんと思考が少女に締められ、重傷だなと首を振った。

会いたい、と思ったところで、ねぼすけな幼馴染が目を覚ましているはずがない。
大体夏の日の出は早いので、この時間に起きだしているほうが不思議だろう。
早起きな至誠館の面々の声だってまだ聞こえないし、絶対に起きているはずがない。

そう考える思考と裏腹に、主の意思を無視した腕が携帯電話に伸びる。


「あー・・・絶対、怒るよな」


判っていながら止まらない。
静かな部屋に響く呼び出し音に、第一声はどうしようかと首を捻った。


■い 椅子に残った温もりは【律】


食堂に入り、ぷりぷりと頬を膨らませている幼馴染と、頭を掻きながら必死に何か言い訳している弟を見つけ、律は首を傾げた。
普段から何かと仲がいい二人のじゃれ合いと少しだけ空気が違っている。
珍しく唇を尖らせながらも一方的に謝罪している様子の響也は、キッチンへかなでが姿を消すと同じようについていった。


「おはよう、如月」
「おはよう。・・・東金、あれはどうかしたのか?」
「ああ。何でもお前の弟が常識はずれの時間に小日向の携帯へモーニングコールをしたらしい。おかげで睡眠を邪魔された小日向がご立腹ってわけだ」
「そうか」


確かに、若干寝起きの悪いかなでなら睡眠を邪魔されるとむくれるくらいはするだろう。
本気で怒っているようには見えなかったし、どうせ何か手伝いをさせてチャラにするのだろう。
放っておいても大丈夫だ。

そう結論付けたのに勝手に体が動いた。


「何処に行く気だ?」
「───仲裁をしてくる」
「ふうん?」


物言いたげに腕を組んで鼻を鳴らした東金を無視すると、徐々に大きくなる遣り取りに耳を済ませた。
下手な言い訳だと自分でも判っているので、自然と浮かぶ苦笑は堪え切れなかった。


■し 神域でないかと思えるような【東金】


学生寮の庭でヴァイオリンを取り出したかなでに、たまたま通りかかった東金は足を止めた。
朝一から幼馴染と喧嘩をしその兄に仲裁されたかなでの機嫌はもうすっかり元通りらしく、愛器を手に取り微笑んでいる。
まろい頬に浮かぶ無邪気な笑みに、こちらまで釣られて微笑んでしまう。
小さくて華奢なかなではどちらかと言わなくとも童顔で、つい構いたくなる雰囲気を発していた。
だがその衝動を何とか堪えると、柱に背を凭れさせて傍観する。
すると予想通り、そのままヴァイオリンを構えたかなでは、手早く調律を済ますとすっと姿勢を正した。


「───やはり、いい音だな」


うっとりと鳴り響く音に酔いしれながら誰ともなしに囁く。
見た目は子供子供した雰囲気なのに、演奏するとがらりと印象は変わった。
金色に輝くオーラを放ちながら、滑らかに柔らかに、柔軟な少女そのものの演奏をするかなでは美しい。
内面から放たれる美、とても言うのだろうか。
地味だ地味だといい続けていた過去が嘘のような輝きは眩しく、そして少しだけ悔しい。

彼女を繋いでいた鎖は、今回の大会で完全に断ち切れたのだろう。
演奏するのを怖がっているように見えたのに、伸び伸びと気持ち良さそうに奏でられるヴァイオリンは耳に心地よくいつまでも聞いていたいと思わせる。

いつの間にか一曲が引き終わり、夢幻の世界が断ち切られた。
かなでのマエストロフィールドは圧倒的な世界観を持っている。
本人が無意識なところが怖いが、それも含めて東金はかなでを欲していた。


「───全く。演奏するごとにライバルを惹き付けるなんて性質が悪い相手に惚れたものだ」


自嘲気味に囁くと、先に惚れた方が負けかと嘯き柱から体を離した。


■て 低気圧が残していったもの【土岐】


柔らかな調べが止まり、自然と瞼が持ち上がる。
あちらからは死角になっていたのか、寮の木陰でチェアに寝転んでいた土岐はのっそりと身を起こした。

きょろきょろと視線を動かすが、もうヴァイオリンを奏でていた主の姿はなく、一つ嘆息する。
どうやら思ったよりも長い時間まどろんでいたらしい。
緩く首を振りながら一つ欠伸を漏らす。

随分と贅沢な時間を過ごしたな、ともう一度瞼を閉じながら夏の温い風を頬に感じる。
気持ち悪いばかりだった夏の暑さも終わりだと思えばなんとなく物悲しい。

ヒグラシの鳴く声に耳を顰めつつ、緩く呼吸を繰り返す。
輝かしい夏は時期に終わりを向かえ、夢のような時間は幕を下ろす。


「こんなに嵌まるつもりはなかったんやけどねぇ」


出来てしまった執着は自分でも驚くほど強く、本音で言えば想いの強さが少しだけ怖い。
本気で誰かを好きになるのも、これほど求めるのも初めてで、変化する自分に戸惑いを覚えた。
けれど。


「小日向ちゃんを特別に想わない自分を思い出せないなんて、どうかしとるわ」


苦笑しながら零れた本音に、自分自身で納得する。
恋はするものじゃなく落ちるものだと名言を残した誰かに、拍手したい気分だった。


■る 流転する万物の中の一片【火積】


ひょこひょこと門を出て行く山吹色の髪に、火積は目を瞬かせた。
買い物袋を確認しながらちょろちょろと歩く姿はまるで小動物そのものだ。
小さくて華奢で、守りたくなる存在は、財布を片手に楽しげに笑っている。
何が楽しいのか知らないが、常に笑顔が絶えない少女に、うっかりといつの間にか伝染していたのに気がついて火積は苦笑した。

どうにもペースを乱される相手だが、もう慣れた。
抗おうにもかなでは独特のペースでこちらを巻き込んでくるので、逆らいようがないと言うのが本音だ。
怖くはないのか、と問うてもどうしてだと問い返されるくらいだ。
見た目以上に強心臓で、肝が据わっている。

普通、かなでみたいに小さくてかわいい少女は火積の外見を見て怯えたり怯んだりするものだが、彼女にはそれが理解できないらしい。
思えば最初から今と同じ態度で、見た目で判断しない彼女のだからこそここまで入れ込んだのだろうと自分を分析する。
のっぴきならないところまで落とされてから自覚した想いは、鎖のように火積を束縛した。
今ではかなでを心配するのは日常になってしまっていて、これからどうするんだ俺は、と自嘲する毎日を送っている。
何しろずっと一緒にいられる星奏の面々とは違い、火積はもうすぐ自分の故郷に帰る。
そうすれば会うのは難しく、もしかしたらひと夏過ごしただけの自分は忘れられてしまうかもしれない。
けどそうなったとしてもずっと彼女を想い続ける自信があり、強すぎる想いの行き場に困っていた。


「・・・ああ、もう本当に」


少しばかし距離を置こうと考えていたのに、目の前で小石に躓いた姿に思わず駆け出す。
どうにも放っておけない。
無意識に火積の庇護欲を煽る少女の元まで辿り着かねば、この不安な気持ちは消えないのだ。

離れてからのことは離れてから考えればいい。
無限ループに陥りがちな思考を無理やりに留めると、座り込むかなでを助けるべく全力を出した。

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