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指折り数えて待ち望んだ朝は、予想だにしない目覚めで始まった。


「Ciao!有人。Ciao,ciao!」


ぱん、と耳元でした炸裂音に目を白黒させて慌てて上半身を起こすと、ぎゅっと何かに抱きつかれた。
一瞬で暗くなった視界と押さえつけられた体に条件反射で抵抗しかけ、ほのかに香る甘い匂いに動きを止める。
咲き誇る花のように鮮やかで、それでいてしつこくないこの香りの持ち主を有人は一人しか知らない。
痛いくらいの抱擁がとかれてゆっくりと顔を上げると、吐息が触れるほどの近い距離に栗色の大きな瞳があり、有人はぱっと微笑んだ。


「姉さん!」
「よ、有人!メリークリスマス!」


にっと笑った守は、ノンフレームの眼鏡を外すと有人の頬へリップ音を立てて口付けた。
柔らかな感触に頬が自然と赤くなる。
興奮で瞳が潤み、何故か知らないが泣きたくなった。

サンタに願った贈り物は、最新のゲームでも珍しい模型でも真新しいサッカーぼるでもない。
クリスマス当日の朝に約束どおり帰ってきてくれた姉は何よりも最高のプレゼント。
連日連夜国を跨いでパーティーめぐりだった守は、確か昨日までは許婚のエドガーの自国であるイギリスに居たはずだ。
先回日本で会ったときにクリスマスプレゼントは何がいいと聞かれたので、正直に『姉さんがいい』と言ったのだが、ちゃんと彼女のスケジュールを把握してからにすればよかった。
何しろここ十日で六回はパーティーに出ているだろう守は、鬼道の娘としての役割と、バルチナス財閥の跡取りの許婚としての役割が重なりヨーロッパとアジアを行き来している。
いくらタフな姉でも疲れないはずがない。
クリスマスパーティと銘打っても所詮は社交の場だ。飲んで騒いで羽目を外すものではなく、節度と品を保ちつつ情報交換するのが本来の目的になる。
鬼道財閥の本拠地である日本のパーティーに四回顔を出しただけで気力が萎えたのだから、彼女の疲れはもっと酷いだろう。
眉が下がり情けない表情になった有人にもう一度口付けると、また遠慮のない力で抱き込まれた。


「姉さん、苦しい」
「んー、苦しいか。そりゃよかった。生きてる証拠だ」
「姉さん!」
「嫌か?」
「・・・嫌じゃない、けど」
「ならいいだろ」


痛いくらいの力で抱きしめられるのはいつものことだが、何か違和感を感じた。
いつもなら抱きしめる間も絶えず話をしているのに、今日に限って口を開かない。
姉に抱擁されるのは大好きだが、一体どうしてしまったのか。
飛びついた守の勢いでベッドのシーツは乱れたままだし、毛布は変な形で足に挟まっている。
きっと守が部屋に入った時点で着けてくれたのだろうヒーターのお陰で寒くはないが、時計が見えないから時間の感覚がわからない。

どれくらいそうしていたのだろう。
守の手がゆっくりと有人の頭へと伸び、幾度も繰り返し撫で始めた。


「有人はあったかいな」
「?何を唐突に」
「こうして腕に抱いてるとさ、じんわりと温もりが伝わってくる。お前の方が俺より体温が高いんだよな」
「・・・姉さん、擽ったい」


頬を摺り寄せられ、目を眇める。
守にしては珍しい触れるか触れないかのスキンシップは羽毛で頬を撫でられるようで擽ったい。
思わず首を竦めると逃げるなとばかりに体を抱く腕に力が入った。


「姉さん、どうかしたのか?変だ」
「変?そうか?───もしかしたら、時差で寝ぼけてるのかも。ヨーロッパと日本じゃ半日は違うからなぁ」
「寝ぼける?姉さんが?俺より遥かに寝起きがいいのに?」
「俺だって寝ぼけるときはあるさ。有人は抱き枕代わり」
「俺が姉さんの抱き枕?」
「そう、有人は俺だけの抱き枕ー」


ぐいっと体が押されてベッドに沈み込む。
幸い着地点は柔らかなウォーターベッドだったので痛みは感じないが、また視界が真っ暗になってしまった。
時間は大丈夫だろうか、と頭のどこかが考えるが抗うなんて選択肢はない。

もしかしたら、甘えられてるのだろうか。
ぎゅうぎゅうと有人を抱きしめる守は言葉の変わりに想いを欲している気がした。
やっぱり時差など関係なく疲れているんだろう。


「姉さんが望むなら、俺はずっと抱き枕でもいい」
「マジで?ずっとってどれくらいの間?」
「姉さんが満足するまで」
「んじゃ、今日一日は離れないな」
「判った」


迷いなく頷くと、顔を離した守はまじまじと有人を見詰めて、眉を下げて笑った。
その笑顔が酷く哀しそうに見えて思わず自分からもひしっと抱きつく。
くっついたことでじんわりとした熱が伝染し、布団の中に居るより暖かくなって、またうとうとと眠気が催す。


「なぁ有人。お前は居なくなったりしないよな?」
「・・・どうしたんだ?」
「お前は俺が帰る場所で待っててくれるよな?俺が何処に行ったとしても、『おかえり』って今日みたいに抱きしめ返してくれるよな?」


半分以上眠りに落ちている状態で問いかけられ、うっすらと瞼を持ち上げて守の顔を覗き見た。
けれど視認する前に少しだけ固い掌に視界を遮られ、ぐっと眉間に皺を寄せる。
暗くなったことで意識が落ちる速度が加速し、睡魔が急激に襲ってきた。
有人にとって守の存在は強い睡眠剤のようなものだ。
誰よりも何よりも信頼し、安心できる存在の傍に居ることで心の警戒心が緩む。
この家に引き取られたときから彼女に抱きしめられて眠るのに慣れさせられた。
抵抗する隙もなく眠りに落ちるのは最早条件反射に近い。
それでも残っている意識でこれだけは、と鈍い舌を必死に動かす。


「・・・とう、ぜんだ。ねえさんがかえってくるのは、おれのとこで、おれはおかえりって、ねえさんにぎゅってだきつくんだ」
「そっか。当然か」
「うん・・・。ねえさん、ねむい」
「寝ていいよ。時間がきたら起こしてやる。子守唄は必要か」
「・・・うん」
「よし来た」


一度離れた体に眉根を寄せると、柔らかな布団と共に温もりが戻ってきた。
目の前にある温もりに頬を寄せると、甘えん坊だなと苦笑と共に優しい手が髪を梳く。


「Ninna nanna mamma tienimi con te・・・」


甘やかな声音が耳朶を震わす。
遠い異国の子守唄は、優しく可愛らしい音だった。


「・・・傍に居なくてもいいからさ、お前は生きてよ有人」


ゆったりとした気持ちで眠りに落ちる最中、温もりを分け合う距離に居ながら泣きそうな守の声を聞いた気がした。

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