×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「こら、有人。動いちゃ駄目だろ」
「・・・ごめん」
長い髪を梳る姉の言葉に、有人はそわそわと落ち着かなく動いていた体を止める。
だがまた暫くしてうずうずと動き出し、頭上から笑いを堪えた吐息が漏れる音が聞こえて身を竦めた。
きゅっと後頭部が引っ張られる感覚の後、掌を置くようにして撫でられる。
慈しむような優しい仕草は覚えてる頃と何も変わらず、安堵に肩の力を抜いた。
「ほれ、おしまい。こっち向いてみ」
「ん」
「久々にしては綺麗に纏まってるな。うん、俺の有人は凄く可愛い」
色取り取りの花が咲き乱れる庭園のような甘い香りを身に纏わせた人は、ぎゅうぎゅうと無遠慮に有人の体を抱きしめる。
パーティー用にとサイドを残しアップに纏められた髪型や、折角ドレスアップした服が着崩れてしまうのではないかと心配したが、守相手ではそれも不要かと遠慮ない力を享受した。
ただ愛しさを伝える抱擁は今となっては無条件に与えてくれる人は守だけで、唯一無二の存在にはにかむように笑いかける。
有人の笑顔に益々笑みを深めると、公式の場で掛けることが多いノンフレームの眼鏡もない状態で頬を擦り合わせた。
「一月ぶりか。元気にしてたか、有人」
「ああ。姉さんが居ない間もちゃんと勉強してたし、サッカーだって練習して上手くなった」
「そうか。頑張ってるんだな」
頬にそっと手を当てられ、暖かな温もりに瞼を綴じで浸る。
鬼道有人が甘えれる場所はこの腕の中だけで、甘えたいと思える人もこの人だけだ。
試合が終わり、可愛い娘の勝利に内々でパーティを開くと宣言した父の言葉に兄弟揃ってドレスアップしているが、公の場に出るほど大袈裟なものではない。
普段を考えれば本当に微々たる規模のパーティは、出席者は守のチームメイトと相手チームからの有志、あとは彼女の許婚であるエドガーくらいだ。
単なるホームパーティなので屋上にコックを呼ぶ形の立食でのものとされた。
集まる人間が大人でなく子供が多いのも理由に上げられるが、窓からも続々と集まる姿が確認できる。
その中に夏休み中に親しくなった相手を見つけ、有人は姉に知られぬようむっと剣呑な眼差しを向けた。
白いワイシャツの上に黒のベストを纏う彼の名はフィディオ・アルデナ。
イタリアのラテンの血を濃く継いだ、陽気で気持ちがいいさっぱりした美少年だ。
きゅっと上がる凛々しい眉や、海よりも濃い蒼い瞳。回転の早い頭に、抜群のサッカーの才能。
守がイタリアへ渡ってから出来た最初の友人だと紹介されたが、彼の視線はそれだけじゃない熱が篭っているように見えた。
幼くとも無駄に他人と関わる経験を積んだ有人は、そこらの大人よりも観察眼があると自負している。
あんな焦がれるような眼差しを向ける相手が単なる友人であるはずがない。
決して鈍い人じゃないのにそれに反応しない守にも不安が募った。
何しろそれまで彼女にあからさまに好意を寄せる相手なんてエドガー以外に知らなかったし、知る必要もないと思っていた。
エドガーは有人が知り合う以前からの守の知人であり、彼らの関係は一応理解している。
鬼道の娘である以上どれだけ嫌だと抗っても結婚は宿命として義務付けられているし、義務以上の感情で彼女を支えようとする彼の態度も評価していた。
公式の場で並んで立つ二人に苛立ちは沸いても、嫌だと癇癪を起こして姉を独占したくなろうとも、理解できる以上理性で制御できた。
鬼道財閥と並ぶバルチナス財閥の跡取りにして、容姿端麗、冷静沈着、文武両道の彼は、常に自分を研磨し続ける男だ。
凄く凄く悔しいけれど。お互いの立場も苦渋も理解し合える全てにおいて姉の隣に並んでも遜色ない完璧な許婚。
けれどフィディオは違う。
自分たちと違う世界に生きていて、違う面で守の傍に立っている。
有人や守やエドガーの世界とは違う世界を見ていて、それを承知で彼女の隣で笑っている。
それが言いようなく有人の心を不安で覆い、息が出来ないほどの嫉妬で苦しめた。
ぎゅっと手が白くなるほど拳を握れば、眉間に指先が押し当てられる。
ぐりぐりと押される感触に瞬きして目の前にあるものに焦点を合わせれば、にこりと笑う姉の顔が至近距離にありかっと顔が熱を持った。
「ね、姉さん?」
「眉間の皺。すぐに難しい顔するのはお前の癖だな。考えるのはいいが考え過ぎるなって言ったの、忘れたのか?」
「忘れてはない。俺が姉さんの言葉を忘れるはずがない」
「ならなんだ?俺の言葉を無視するほど、重要な何かがあったのか?」
「・・・・・・」
小首を傾げる守に複雑な思いを伝える術を持たなくて、きゅっと唇をへの字に曲げると頬を両手で押さえられた。
どうするのかと上目遣いに見上げれば、身に着ける淡い桜色のドレスが似合わない乱暴な仕草で頭を上下左右へとシャッフルされる。
がくがくと揺れ動く視界にふらふらになると、楽しそうな笑い声が二人きりの室内に響いた。
「何するんだ、姉さん!」
「はははははっ、有人ふらふらだな!」
「当然だ!あんなことされれば三半規管が混乱する!」
「まーた小難しいこと言ってるよ、このチビ」
千鳥足でバランスを取っていると、発言が気に入らなかったらしい守の手によりまた視界がシャッフルされる。
先ほどまでの思考は粉々に砕け散り何を考えていたかすら忘れてしまった。
そうすると極限状態に追い込まれた精神だけが残り、思考となんの関連もなく強く残った思いをついぽろりと口にする。
「遊園地のコーヒーカップを全力で回すとこうなるのか?」
「ん?有人遊園地行きたいの?」
倒れる寸前で両腕に抱きこまれ、上から見下ろしてくる栗色の瞳に瞬きを返す。
まじまじと見詰める守に返したのは反射だった。
「行きたい。俺は姉さんと行ってみたい」
物心付いてから実の両親と出かけた回数は限られていて、遊園地なんて行ったかどうかすら覚えてない。
養子として貰われた先の鬼道家は資産家だが、だからこそ遊園地などと縁はなかった。
お金持ちと言えば裕福な暮らしをしていると世間は考えがちだが、それに付属する責任と義務がある。
毎日勉強やお稽古事で過ごすのは嫌じゃないが、たまには普通の家庭のように思い切り遊びたい。
自由を得れないのは姉である守も同じはずだが、もしかして彼女は遊園地に行ったことはあるのだろうか。
普通に考えると不可能なのに彼女ならあるいはと思わせる何かがあり、興奮に瞳を輝かせて顔を近づけた。
勢いに驚き瞳を丸くしていた守は、珍しく年相応に好奇心を発揮してきらきらと期待の眼差しを向ける有人に笑う。
いつものように声を上げてではなく、二人きりのときだけ見せる酷く優しい目をして微笑すると、こつりと額を突き合わせた。
「それなら、姉さんと一緒に行くか?」
「本当か?でも、俺は明日には家に帰るんだぞ?」
「だから次に俺が日本に帰ったらの話だよ。実は今回試合で優勝したら一つだけ頼みを聞いてくれるって『総帥』と約束してたんだ」
「『総帥』?」
「お前を鬼道の家に連れてきた男だよ。背が高くてひょろっとしてて、顎が長くてサングラスしてる奴」
「・・・姉さんの恩師の?」
「そう!そんで顔は出してないけど今のお前の練習メニュー考えてる人」
いつもサングラスを掛けてスーツを着こなす男を脳裏にかべるときゅっと眉根を寄せた。
確かに知っているが、親しい相手ではない。
守の恩師として日本に居る間は付きっ切りで技術を教えているが、直接話をしたのは施設に入って以来ほとんどなかった。
姉と一緒に練習しているときに動きを指摘されるくらいで、普段の練習メニューを彼に組み立てられていたのすら初耳だった。
鬼道の家に来訪しても得体の知れない笑みを浮かべる男を苦手としていたのだが、守は彼に懐いている。
大人に甘えないこの人が甘えに近い態度を取るくらいだ、もしかしたらいい人なのだろうか。
影山への評価をどうすべきか悩む有人に、くすりと微笑んだ守は頭一つ高い位置から背を屈めて顔を覗きこむと、ちゅっと音を立てて頬に口付けた。
「姉さん!?」
「だーかーら、癖になるっつってんだろ。にこってしろ、にこって」
「・・・姉さん」
「俺の可愛い自慢の弟。世界で一番愛してやるからいつもにこにこ笑ってな。日本でも言うだろ?笑う門には福来るって。いっぱい笑っていっぱい幸せになってくれ」
不意打ちのキスになす術もなく赤くなっていると、それ以上に甘ったるい言葉に撃沈した。
元々スキンシップの激しい人だったけれど、イタリアに来てから益々磨きがかかった気がする。
もっともそれが発揮されるのはごく一部の親しい人間に対してと知っているが、それでも不安が募ってしまう。
自分を抱きしめる守の背中に腕を回してぎゅうっと抱きつくと、どうしたんだと更に甘やかそうと優しい声が降ってきた。
「俺は、姉さんが一緒ならいつだって幸せだし笑顔でいれる。だから、ずっと傍に居てくれ」
「───あー、もう。可愛いな、コンチクショウが」
抱きしめた力以上で抱きしめ返され、息苦しさにくうと喉を鳴らす。
荒っぽい口調で可愛いと告げられながら困ったように眉を下げる。
今日はきっちりと化粧をしていなくてよかった。そうじゃなければリップと違い色鮮やかな口紅が顔についてるところだ。
例えリップじゃなく口紅つきでも姉のキスを拒絶できない自分を知る有人は、ほうっと吐息を漏らした。
-おまけ-
「マモル?まだ準備は出来ないのか?───っ、マモル!はしたない真似はやめなさいっ」
ノック二回のあと、部屋の主の小さな返事の後に何気なくドアを潜る。
部屋の主との付き合いもあり、鍵も貰っているが、最低限の礼儀を尽くしたエドガーはすぐさま己の配慮を後悔した。
中に居たのは子供が二人。
淡いピンク色のプリンセスドレスを着て髪をアップに纏めた守と、彼女の弟の有人。
仲がいい兄弟の彼らが二人で居るのはいつも同じだが、その体勢はいただけなかった。
頭一つ分ほど低い弟の頭を胸に抱きこみ機嫌よさげに笑う守にエドガーはきりきりと眉を吊り上げる。
公の場では完璧な令嬢を演じて見せるくせに、素の彼女は奔放で弟を溺愛する姉でしかなかった。
許婚としての嫉妬心と、令嬢としての彼女への配慮から思わず口をついて出た言葉に、守は形のいい眉を顰める。
「何処がはしたないんだよ、失礼な。普段からはしたない妄想ばっかりしてるからそんな言葉がすぐに出てくるんじゃないのか?」
「そんなわけないだろう!私を誰だと思っているんだ」
「誰って、俺の許婚のむっつりエドガー」
「むっつりじゃない!」
「じゃ、オープンエドガー」
「変な修飾語をつけるのは止せ!」
つん、と形のいい顎を逸らした姉の腕の中で大人しくしている弟の有人と眼が合う。
口の端を緩く持ち上げどこか勝ち誇った表情をする彼に、エドガーの神経は益々逆撫でされた。
仲がよすぎる兄弟を持つ許婚を持つと、本当に苦労が耐えないものだ。
「・・・ごめん」
長い髪を梳る姉の言葉に、有人はそわそわと落ち着かなく動いていた体を止める。
だがまた暫くしてうずうずと動き出し、頭上から笑いを堪えた吐息が漏れる音が聞こえて身を竦めた。
きゅっと後頭部が引っ張られる感覚の後、掌を置くようにして撫でられる。
慈しむような優しい仕草は覚えてる頃と何も変わらず、安堵に肩の力を抜いた。
「ほれ、おしまい。こっち向いてみ」
「ん」
「久々にしては綺麗に纏まってるな。うん、俺の有人は凄く可愛い」
色取り取りの花が咲き乱れる庭園のような甘い香りを身に纏わせた人は、ぎゅうぎゅうと無遠慮に有人の体を抱きしめる。
パーティー用にとサイドを残しアップに纏められた髪型や、折角ドレスアップした服が着崩れてしまうのではないかと心配したが、守相手ではそれも不要かと遠慮ない力を享受した。
ただ愛しさを伝える抱擁は今となっては無条件に与えてくれる人は守だけで、唯一無二の存在にはにかむように笑いかける。
有人の笑顔に益々笑みを深めると、公式の場で掛けることが多いノンフレームの眼鏡もない状態で頬を擦り合わせた。
「一月ぶりか。元気にしてたか、有人」
「ああ。姉さんが居ない間もちゃんと勉強してたし、サッカーだって練習して上手くなった」
「そうか。頑張ってるんだな」
頬にそっと手を当てられ、暖かな温もりに瞼を綴じで浸る。
鬼道有人が甘えれる場所はこの腕の中だけで、甘えたいと思える人もこの人だけだ。
試合が終わり、可愛い娘の勝利に内々でパーティを開くと宣言した父の言葉に兄弟揃ってドレスアップしているが、公の場に出るほど大袈裟なものではない。
普段を考えれば本当に微々たる規模のパーティは、出席者は守のチームメイトと相手チームからの有志、あとは彼女の許婚であるエドガーくらいだ。
単なるホームパーティなので屋上にコックを呼ぶ形の立食でのものとされた。
集まる人間が大人でなく子供が多いのも理由に上げられるが、窓からも続々と集まる姿が確認できる。
その中に夏休み中に親しくなった相手を見つけ、有人は姉に知られぬようむっと剣呑な眼差しを向けた。
白いワイシャツの上に黒のベストを纏う彼の名はフィディオ・アルデナ。
イタリアのラテンの血を濃く継いだ、陽気で気持ちがいいさっぱりした美少年だ。
きゅっと上がる凛々しい眉や、海よりも濃い蒼い瞳。回転の早い頭に、抜群のサッカーの才能。
守がイタリアへ渡ってから出来た最初の友人だと紹介されたが、彼の視線はそれだけじゃない熱が篭っているように見えた。
幼くとも無駄に他人と関わる経験を積んだ有人は、そこらの大人よりも観察眼があると自負している。
あんな焦がれるような眼差しを向ける相手が単なる友人であるはずがない。
決して鈍い人じゃないのにそれに反応しない守にも不安が募った。
何しろそれまで彼女にあからさまに好意を寄せる相手なんてエドガー以外に知らなかったし、知る必要もないと思っていた。
エドガーは有人が知り合う以前からの守の知人であり、彼らの関係は一応理解している。
鬼道の娘である以上どれだけ嫌だと抗っても結婚は宿命として義務付けられているし、義務以上の感情で彼女を支えようとする彼の態度も評価していた。
公式の場で並んで立つ二人に苛立ちは沸いても、嫌だと癇癪を起こして姉を独占したくなろうとも、理解できる以上理性で制御できた。
鬼道財閥と並ぶバルチナス財閥の跡取りにして、容姿端麗、冷静沈着、文武両道の彼は、常に自分を研磨し続ける男だ。
凄く凄く悔しいけれど。お互いの立場も苦渋も理解し合える全てにおいて姉の隣に並んでも遜色ない完璧な許婚。
けれどフィディオは違う。
自分たちと違う世界に生きていて、違う面で守の傍に立っている。
有人や守やエドガーの世界とは違う世界を見ていて、それを承知で彼女の隣で笑っている。
それが言いようなく有人の心を不安で覆い、息が出来ないほどの嫉妬で苦しめた。
ぎゅっと手が白くなるほど拳を握れば、眉間に指先が押し当てられる。
ぐりぐりと押される感触に瞬きして目の前にあるものに焦点を合わせれば、にこりと笑う姉の顔が至近距離にありかっと顔が熱を持った。
「ね、姉さん?」
「眉間の皺。すぐに難しい顔するのはお前の癖だな。考えるのはいいが考え過ぎるなって言ったの、忘れたのか?」
「忘れてはない。俺が姉さんの言葉を忘れるはずがない」
「ならなんだ?俺の言葉を無視するほど、重要な何かがあったのか?」
「・・・・・・」
小首を傾げる守に複雑な思いを伝える術を持たなくて、きゅっと唇をへの字に曲げると頬を両手で押さえられた。
どうするのかと上目遣いに見上げれば、身に着ける淡い桜色のドレスが似合わない乱暴な仕草で頭を上下左右へとシャッフルされる。
がくがくと揺れ動く視界にふらふらになると、楽しそうな笑い声が二人きりの室内に響いた。
「何するんだ、姉さん!」
「はははははっ、有人ふらふらだな!」
「当然だ!あんなことされれば三半規管が混乱する!」
「まーた小難しいこと言ってるよ、このチビ」
千鳥足でバランスを取っていると、発言が気に入らなかったらしい守の手によりまた視界がシャッフルされる。
先ほどまでの思考は粉々に砕け散り何を考えていたかすら忘れてしまった。
そうすると極限状態に追い込まれた精神だけが残り、思考となんの関連もなく強く残った思いをついぽろりと口にする。
「遊園地のコーヒーカップを全力で回すとこうなるのか?」
「ん?有人遊園地行きたいの?」
倒れる寸前で両腕に抱きこまれ、上から見下ろしてくる栗色の瞳に瞬きを返す。
まじまじと見詰める守に返したのは反射だった。
「行きたい。俺は姉さんと行ってみたい」
物心付いてから実の両親と出かけた回数は限られていて、遊園地なんて行ったかどうかすら覚えてない。
養子として貰われた先の鬼道家は資産家だが、だからこそ遊園地などと縁はなかった。
お金持ちと言えば裕福な暮らしをしていると世間は考えがちだが、それに付属する責任と義務がある。
毎日勉強やお稽古事で過ごすのは嫌じゃないが、たまには普通の家庭のように思い切り遊びたい。
自由を得れないのは姉である守も同じはずだが、もしかして彼女は遊園地に行ったことはあるのだろうか。
普通に考えると不可能なのに彼女ならあるいはと思わせる何かがあり、興奮に瞳を輝かせて顔を近づけた。
勢いに驚き瞳を丸くしていた守は、珍しく年相応に好奇心を発揮してきらきらと期待の眼差しを向ける有人に笑う。
いつものように声を上げてではなく、二人きりのときだけ見せる酷く優しい目をして微笑すると、こつりと額を突き合わせた。
「それなら、姉さんと一緒に行くか?」
「本当か?でも、俺は明日には家に帰るんだぞ?」
「だから次に俺が日本に帰ったらの話だよ。実は今回試合で優勝したら一つだけ頼みを聞いてくれるって『総帥』と約束してたんだ」
「『総帥』?」
「お前を鬼道の家に連れてきた男だよ。背が高くてひょろっとしてて、顎が長くてサングラスしてる奴」
「・・・姉さんの恩師の?」
「そう!そんで顔は出してないけど今のお前の練習メニュー考えてる人」
いつもサングラスを掛けてスーツを着こなす男を脳裏にかべるときゅっと眉根を寄せた。
確かに知っているが、親しい相手ではない。
守の恩師として日本に居る間は付きっ切りで技術を教えているが、直接話をしたのは施設に入って以来ほとんどなかった。
姉と一緒に練習しているときに動きを指摘されるくらいで、普段の練習メニューを彼に組み立てられていたのすら初耳だった。
鬼道の家に来訪しても得体の知れない笑みを浮かべる男を苦手としていたのだが、守は彼に懐いている。
大人に甘えないこの人が甘えに近い態度を取るくらいだ、もしかしたらいい人なのだろうか。
影山への評価をどうすべきか悩む有人に、くすりと微笑んだ守は頭一つ高い位置から背を屈めて顔を覗きこむと、ちゅっと音を立てて頬に口付けた。
「姉さん!?」
「だーかーら、癖になるっつってんだろ。にこってしろ、にこって」
「・・・姉さん」
「俺の可愛い自慢の弟。世界で一番愛してやるからいつもにこにこ笑ってな。日本でも言うだろ?笑う門には福来るって。いっぱい笑っていっぱい幸せになってくれ」
不意打ちのキスになす術もなく赤くなっていると、それ以上に甘ったるい言葉に撃沈した。
元々スキンシップの激しい人だったけれど、イタリアに来てから益々磨きがかかった気がする。
もっともそれが発揮されるのはごく一部の親しい人間に対してと知っているが、それでも不安が募ってしまう。
自分を抱きしめる守の背中に腕を回してぎゅうっと抱きつくと、どうしたんだと更に甘やかそうと優しい声が降ってきた。
「俺は、姉さんが一緒ならいつだって幸せだし笑顔でいれる。だから、ずっと傍に居てくれ」
「───あー、もう。可愛いな、コンチクショウが」
抱きしめた力以上で抱きしめ返され、息苦しさにくうと喉を鳴らす。
荒っぽい口調で可愛いと告げられながら困ったように眉を下げる。
今日はきっちりと化粧をしていなくてよかった。そうじゃなければリップと違い色鮮やかな口紅が顔についてるところだ。
例えリップじゃなく口紅つきでも姉のキスを拒絶できない自分を知る有人は、ほうっと吐息を漏らした。
-おまけ-
「マモル?まだ準備は出来ないのか?───っ、マモル!はしたない真似はやめなさいっ」
ノック二回のあと、部屋の主の小さな返事の後に何気なくドアを潜る。
部屋の主との付き合いもあり、鍵も貰っているが、最低限の礼儀を尽くしたエドガーはすぐさま己の配慮を後悔した。
中に居たのは子供が二人。
淡いピンク色のプリンセスドレスを着て髪をアップに纏めた守と、彼女の弟の有人。
仲がいい兄弟の彼らが二人で居るのはいつも同じだが、その体勢はいただけなかった。
頭一つ分ほど低い弟の頭を胸に抱きこみ機嫌よさげに笑う守にエドガーはきりきりと眉を吊り上げる。
公の場では完璧な令嬢を演じて見せるくせに、素の彼女は奔放で弟を溺愛する姉でしかなかった。
許婚としての嫉妬心と、令嬢としての彼女への配慮から思わず口をついて出た言葉に、守は形のいい眉を顰める。
「何処がはしたないんだよ、失礼な。普段からはしたない妄想ばっかりしてるからそんな言葉がすぐに出てくるんじゃないのか?」
「そんなわけないだろう!私を誰だと思っているんだ」
「誰って、俺の許婚のむっつりエドガー」
「むっつりじゃない!」
「じゃ、オープンエドガー」
「変な修飾語をつけるのは止せ!」
つん、と形のいい顎を逸らした姉の腕の中で大人しくしている弟の有人と眼が合う。
口の端を緩く持ち上げどこか勝ち誇った表情をする彼に、エドガーの神経は益々逆撫でされた。
仲がよすぎる兄弟を持つ許婚を持つと、本当に苦労が耐えないものだ。
PR
更新内容
|
(06/28)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(03/31)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/24)
(03/24)
(03/24)
(03/23)
(03/14)
(03/14)
(03/13)
(03/13)
(03/13)
(03/11)
(03/10)
(03/08)
カテゴリー
|
リンク
|
フリーエリア
|