×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
日本へ帰ってきたのは数ヶ月ぶりだった。
ここ数年で住み慣れたウィーンの下宿から贈られてきたはがきを目を細めて眺める。
懐かしい思い出のある土地に帰ってきたとき、泊まるのはあの古びた寮ではなく、仕事の取引相手が予約してくれる高級ホテルへと変わったのはいつからだったろう。
少なくとも数年前から、頼む前から用意されている。
支払いをしようと思ったら断られ、マネージャーが管理しているから気にするなと注意を受けた。
今では大分その扱いに慣れたとはいえ、居心地がいいものではない。
せめて感謝の気持ちとして、お気に入りのお菓子などを差し入れている。
プロのヴァイオリニストとして働くようになってから、休みはあってなきようなもので、お菓子作りなどからも少し縁が遠くなった。
広すぎるホテルの一室を見渡し一つためを落とす。
いつもよりも寂寥感が強いのは、きっと今日持ちかけられた話の所為だろう。
『ねぇ、小日向さん。もし決まった相手がいないのなら、僕の息子に会ってみない?』
かなでからすれば突拍子もない話しを告げたのは、最近懇意にしてもらっているコンダクターだった。
同じ日本出身というので良く話しかけてくれる彼は、髪に白いものが混じり始めたもののダンディな魅力に溢れる寛厚な人物だ。
流石に長年海外でもまれただけあり、彼は穏やかながらも押しが強い。
笑顔の圧力に負けたのだが、怨むには彼が人が良すぎた。
「・・・結婚か」
自分には関係ないと思ってずっと過ごして来た。
だがどれだけ自分は変わらないと思っても、時は確実に過ぎていく。
胸の奥にあるのは、輝かしく褪せない夏の思い出。
泣いて笑って喧嘩して。今よりも随分と未熟だったけど、あれほど楽しい時間はなかった。
仕事用のブラウスとスカートを脱ぎ、クローゼットを開ける。
一月は泊まる予定のこの部屋には衣装もきっちりと仕舞われていた。
すっと視線を滑らし、黒のシルクのシャツに、同色のパンツを取り出す。
昔なら選ばなかった落ち着いた服装に、ああ、やはり変わってるんだなと自然と口元に苦笑が浮かんだ。
「・・・早く、準備しなきゃね」
メールで約束を交わした相手と会うのも数ヶ月ぶりだ。
髪をアップにし、淡い桃色の口紅をつけた。
彼は元気にしているだろうか。
今でも眉間に皺を寄せ、難しい顔で仕事をこなしているのだろうか。
思い出すと胸がぽっと温かくなりくすくすと自然と笑みが零れた。
学園の理事として働く彼の実績は遠くウィーンにまで響いている。
交換留学制度を確立させた彼には尊敬の念が止まない。
「冥加さんも、いつか結婚するのかな?」
ぽつり、と無意識の内に言葉が突いて出た。
いつか彼の隣に立つ人物は誰か判らないけれど、きっと彼と並んでも見劣りしない綺麗で上品な人なのだろう。
その時自分は笑顔でおめでとうと言えるのだろうか。
胸を指す痛みは、彼と離れてから常に付きまとうもので、何時の頃からかそれを上手にいなす術を覚えた。
何故胸が痛むのか、涙が零れそうになるのか、それを追求する気はない。
きっと理由を知ってしまえば自分は変わってしまうと、本能的に悟っていた。
準備が整うと一つ深呼吸する。
鞄を手に持つと、ルームキーを片手にノブを捻った。
部屋を出る前に、一度だけ振り返り見た室内は、がらんとして寒々しい。
これが新進気鋭と呼ばれるヴァイオリニストになるために、かなでが払った代償だった。
振り切るように瞼を瞑り、静かに部屋のドアを閉じた。
『そう言えば。今度私お見合いするんです』
『・・・・・・』
人生の転機は、すぐそこまで迫っていた。
ここ数年で住み慣れたウィーンの下宿から贈られてきたはがきを目を細めて眺める。
懐かしい思い出のある土地に帰ってきたとき、泊まるのはあの古びた寮ではなく、仕事の取引相手が予約してくれる高級ホテルへと変わったのはいつからだったろう。
少なくとも数年前から、頼む前から用意されている。
支払いをしようと思ったら断られ、マネージャーが管理しているから気にするなと注意を受けた。
今では大分その扱いに慣れたとはいえ、居心地がいいものではない。
せめて感謝の気持ちとして、お気に入りのお菓子などを差し入れている。
プロのヴァイオリニストとして働くようになってから、休みはあってなきようなもので、お菓子作りなどからも少し縁が遠くなった。
広すぎるホテルの一室を見渡し一つためを落とす。
いつもよりも寂寥感が強いのは、きっと今日持ちかけられた話の所為だろう。
『ねぇ、小日向さん。もし決まった相手がいないのなら、僕の息子に会ってみない?』
かなでからすれば突拍子もない話しを告げたのは、最近懇意にしてもらっているコンダクターだった。
同じ日本出身というので良く話しかけてくれる彼は、髪に白いものが混じり始めたもののダンディな魅力に溢れる寛厚な人物だ。
流石に長年海外でもまれただけあり、彼は穏やかながらも押しが強い。
笑顔の圧力に負けたのだが、怨むには彼が人が良すぎた。
「・・・結婚か」
自分には関係ないと思ってずっと過ごして来た。
だがどれだけ自分は変わらないと思っても、時は確実に過ぎていく。
胸の奥にあるのは、輝かしく褪せない夏の思い出。
泣いて笑って喧嘩して。今よりも随分と未熟だったけど、あれほど楽しい時間はなかった。
仕事用のブラウスとスカートを脱ぎ、クローゼットを開ける。
一月は泊まる予定のこの部屋には衣装もきっちりと仕舞われていた。
すっと視線を滑らし、黒のシルクのシャツに、同色のパンツを取り出す。
昔なら選ばなかった落ち着いた服装に、ああ、やはり変わってるんだなと自然と口元に苦笑が浮かんだ。
「・・・早く、準備しなきゃね」
メールで約束を交わした相手と会うのも数ヶ月ぶりだ。
髪をアップにし、淡い桃色の口紅をつけた。
彼は元気にしているだろうか。
今でも眉間に皺を寄せ、難しい顔で仕事をこなしているのだろうか。
思い出すと胸がぽっと温かくなりくすくすと自然と笑みが零れた。
学園の理事として働く彼の実績は遠くウィーンにまで響いている。
交換留学制度を確立させた彼には尊敬の念が止まない。
「冥加さんも、いつか結婚するのかな?」
ぽつり、と無意識の内に言葉が突いて出た。
いつか彼の隣に立つ人物は誰か判らないけれど、きっと彼と並んでも見劣りしない綺麗で上品な人なのだろう。
その時自分は笑顔でおめでとうと言えるのだろうか。
胸を指す痛みは、彼と離れてから常に付きまとうもので、何時の頃からかそれを上手にいなす術を覚えた。
何故胸が痛むのか、涙が零れそうになるのか、それを追求する気はない。
きっと理由を知ってしまえば自分は変わってしまうと、本能的に悟っていた。
準備が整うと一つ深呼吸する。
鞄を手に持つと、ルームキーを片手にノブを捻った。
部屋を出る前に、一度だけ振り返り見た室内は、がらんとして寒々しい。
これが新進気鋭と呼ばれるヴァイオリニストになるために、かなでが払った代償だった。
振り切るように瞼を瞑り、静かに部屋のドアを閉じた。
『そう言えば。今度私お見合いするんです』
『・・・・・・』
人生の転機は、すぐそこまで迫っていた。
PR
更新内容
|
(06/28)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(03/31)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/24)
(03/24)
(03/24)
(03/23)
(03/14)
(03/14)
(03/13)
(03/13)
(03/13)
(03/11)
(03/10)
(03/08)
カテゴリー
|
リンク
|
フリーエリア
|