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「なぁ、コウ」

病室の窓から夕焼けを見送る琉夏が、ここではない何処かに意識を飛ばしつつ口を開く。
琥一に話しかけているくせに、彼は自分の反応など欠片も求めていない。むしろそれは独り言に近いかもしれない。

呼びかけておいて黙り込んだ弟をじっと見詰める。
今の彼は、地に足がついていないように見え、少しだけ心配だった。
それもこれも原因はハッキリしている。
琉夏が定まらない目で遠くを見るのも、自分の心が何故か波打ち落ち着かないのも、一人の少女の所為だった。

大迫から聞いたらしく、学校をサボってまで見舞いに来た冬姫。
琉夏も琥一も教えるつもりはなかったので、彼女の登場に心底驚いた。
知った彼女が心配するのは目に見えていたし、傷だらけでお説教は勘弁してもらいたかったが、それも仕方ないと睨みつけてくる大きな黒みがかった瞳に覚悟を決めたのに、冬姫は想像していなかった行動に出た。

涙腺が決壊したように、大粒の涙をぼろぼろと零すという暴挙に出たのだ。

涙を拭こうと伸ばした腕は拒絶され、泣いてる彼女をただ見ているだけしか出来ないのには心底参った。
それこそ殴られてあちこち痛む体より、心の方が締め付けられるように痛かった。
一緒に映画を見たり、本を読んでいて泣いたりするのは幾度も見てきたけれど、泣かせたのは初めてだった。
華奢な体を縮めて泣き顔を隠さず、唇を微かに噛み締めてそれでも堪えきれないと涙を零す生き物が、愛しくて仕方なかった。
溢れる感情に蓋は出来ず、泣いてる彼女が恋しかった。

「俺さ、凄い酷い奴だ」

もう、何も言わないかと思えるくらい間を空けて、琉夏がポツリと呟いた。
どうやら話は先ほどから続いているらしく、窓の外を見たままだった弟は、琥一へと視線を向けた。
夕日に照らされた表情は今にも泣き出しそうで、なのに切なく喜びを湛えていた。

「俺、冬姫が泣いてくれて、可哀想だと思ったのに、悪いと心から思ったのに、でも凄く嬉しかった。───俺たちのために泣いてくれるのが、嬉しくて仕方なかったんだ」

敬謙なクリスチャンが懺悔するときはきっとこんな顔をしているのかもしれない。
琉夏は、涙を零さず泣いている。
琥一は、黙ってそれを眺めた。

「俺はやったことに後悔してない。何度選択肢があっても何度だって同じことを選ぶ。───でも、もう冬姫は絶対にあんな顔で泣かせたりしない」

ベッドの上で足を伸ばし、病院用のパジャマの胸をぎゅっと掴んだ。
神ではなく、仏でもなく、きっとそれは、冬姫にだけ向けた宣誓に違いない。
静かに決意を固めた琉夏に、琥一も頷いた。

「ああ。・・・俺もだ」

悲しみと苦しさで顔を一杯にして、静かに涙を零した彼女へ琥一も懺悔する。
彼とて弟と同じだった。
切ないと悲しいと疼く胸の奥では、自分たちのために涙を零す少女への歓喜が紛れもなく存在していた。

琉夏と同じように夕日を見詰める。
きっと彼女はそろそろ家に着いた頃だろう。
その頬を涙が濡らしていないか、それだけがとても心配だった。

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