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「こんにちは、豪炎寺先生」
ひょこりと顔を見せた少女に、勝也は瞳を丸くした。
覚えているより僅かに身長は伸び、長かった髪は随分と短くなって居たが見間違うはずもない。
二年前、一時期毎日のように顔を合わせていた少女に、僅かに表情を緩めた。
「久し振りだね」
言葉遣いが柔らかくなるのは、癖のようなものだ。
病院に来る子供は大なり小なり問題がある。
そんな子供相手に厳しい態度をするほど、勝也は冷酷になれなかった。
まして目の前の相手の過去は壮絶なものだった。
同じ娘を持つ親として、優しくしたい相手と認識するほどに。
「今は、円堂さんと呼んだ方がいいかい?」
「うん」
「家には帰らないのかな?」
「うん。俺は、もうあの家に居る資格はないから」
どこか泣き出しそうな顔で笑う少女───円堂に、眼鏡の奥で瞳を細める。
親として、子供にこんなことを言われたら、自分はどれほど衝撃を受けるか。
顔見知りである彼女の父親を想い、緩く首を振る。
どう思おうがその問題はデリケート過ぎて口を挟むラインはとうに過ぎてしまっていた。
自分と息子の関係がそうであるように、捩れに捩れ他人がしゃしゃりでる隙間はない。
深すぎる円堂の傷と闇を覚えているだけに、医者としてもそれは出来なかった。
「今日はどうしたんだい?」
「検診とお見舞い。───久し振りに夕香ちゃんに会ったよ」
「そうか。・・・夕香も喜ぶだろう」
「そうかな?」
「ああ。夕香は君を慕っていたからな」
そっか、と嬉しげに顔を綻ばせた円堂は、普通の中学生に見えた。
確か年齢は息子とほとんど変わらなかった。
いつも大人びた表情しか見てなかったから気がつかなかったが、もしかしたらこちらが素なのかもしれない。
それならこの二年間が彼女に与えた影響は随分と良いものだったのだろう。
専門医として彼女の掛かりつけだった勝也は、医者としても喜ばしいことだと目元を和ませた。
「俺ね、雷門に転入したんだ」
「雷門・・・だと?」
「うん。そんでね、『豪炎寺修也』と一緒のクラスになった」
「君は確か修也よりも年上だと思ったが?」
「向こうで一年ダブっちゃったんだ。ずっとサッカーやってたら、気がついたら留年だよ。父さんに合わせる顔がないね」
「───君の父さんなら、それでも君が元気なら嬉しいと思うよ」
「そうかな?・・・俺には、わからないや」
「そうか」
「きっと豪炎寺もそうだ。先生の気持ちなんて、わからない。だから雨の中一人で空を見上げてたんだね」
「・・・何?」
聞き捨てならない台詞に、瞳を眇めて目の前の少女を見る。
僅かに顎を引くだけで、昔はしていなかった眼鏡が反射し、その表情が読めなくなった。
そう言えば感情を隠すのが上手い子だったと思い出し、ひっそりと眉を顰めると唇がゆるりと孤を描いた。
「俺ね、豪炎寺と友達になったんだ」
「修也と?」
「そう。俺豪炎寺のサッカーが好きだ。サッカーが好きだって全身で訴えるプレイが好きだ」
「っ」
羨望が滲む声に何と返していいか判らず、ぐっと唇を噛み締める。
彼女の言葉の意味が理解できるだけに、勝也は余計なことはするなと糾弾できない。
息子はサッカーを止めたはずだった。
だが最近はまたトレーニングをし、サッカーを始めたとフクから報告も受けている。
サッカーを振り切るために転校した先で皮肉にもサッカーを始める切欠を手に入れたのかと、原因になったであろう少女を眺めれば、短くなった髪を揺らして小首を傾げた。
「豪炎寺は夕香ちゃんの事故を自分の所為だと悔やんでる。本当は、そんなことないのに」
「君に何が判る?」
「何が判る?俺だからこそ判るんだよ、先生」
囁きに似た言葉に、机の上で拳を握り締めた。
ぎりぎりと力を強めれば、掌に爪が食い込み鋭い痛みが全身に駆け巡る。
それでも緩めれば子供相手に本気で怒鳴ってしまいそうな自分が居て、必死に冷静になれと繰り返した。
円堂の言葉が真理だと、知っているからこそ冷静にならなければならない。
落ち着こうと深呼吸を繰り返す勝也を見詰めていた円堂は、勝也が落ち着いたのを見計らってまた口を開いた。
「俺が豪炎寺の逃げ場になってもいい?」
「・・・・・・」
「このままじゃ豪炎寺は潰れるよ。サッカーとあなたの間に押し潰されて、自分自身を消してしまう。あなたもそれは望んでいないはずだ」
「・・・・・・」
「俺の家、広くて寂しいんです。友達が一緒に居てくれるけど、それでも無駄に広さがある。あの家を与えてくれた父さんに感謝してるけど、分を過ぎた扱いは息苦しいんだ。だから、豪炎寺を貸してください」
真っ直ぐな瞳をして、子供はぺこりと頭を下げた。
「お帰りなさい、父さん」
早いとは言いがたい時間に家に帰れば、自分も帰宅したばかりだと言わんばかりの態度で玄関で靴を脱いでいた息子に瞳を眇める。
気まずそうに僅かに視線を逸らした息子は、涼やかな瞳を伏せて来るべき怒りに堪えるよう拳を握る。
その表情は昔サッカーをプレイしていたときの笑顔と雲泥の差があり、いつの間にこんな感情を抑える子供になってしまったのかと眉を寄せた。
『このままじゃ豪炎寺は潰れるよ』
静かな眼差しで淡々と訴えた少女は、どんな気持ちでそれを口にしたのか。
他人の感情を完全に理解できるなどと思ってない。
それは理解したいと願う人間の錯覚でしかないだろうし、全てを理解してもらおうという考え自体が傲慢だ。
けれど口に出しがたい想いは実在し、あけすけにするには勝也は年を取りすぎていた。
嘆息すると、大げさなくらいに体を震わせた息子から視線を離す。
「修也。最近、帰りが遅いらしいな」
「すみません」
「謝れと言っているわけではない」
「はい」
「───はぁ、まあいい。成績が落ちなければ干渉しない。遅くなろうがどうしようが好きにすればいい」
「・・・はい」
酷く辛そうな顔をして俯く息子の脇を通り抜け、もの言いたげなフクを無視してリビングへと向かった。
どうせ行き場所なんてわかっている。
少女のもとならきっと修也にも悪い影響はないだろう。
『俺豪炎寺のサッカーが好きだ。サッカーが好きだって全身で訴えるプレイが好きだ』
淡々とした口調と裏腹に熱の篭った声。
自分とて同じ想いを抱えていたのは嘘じゃないのに、思い出せないくらい昔に感じるのは、きっと誰より愛した人が隣に居ないからなのだろう。
ひょこりと顔を見せた少女に、勝也は瞳を丸くした。
覚えているより僅かに身長は伸び、長かった髪は随分と短くなって居たが見間違うはずもない。
二年前、一時期毎日のように顔を合わせていた少女に、僅かに表情を緩めた。
「久し振りだね」
言葉遣いが柔らかくなるのは、癖のようなものだ。
病院に来る子供は大なり小なり問題がある。
そんな子供相手に厳しい態度をするほど、勝也は冷酷になれなかった。
まして目の前の相手の過去は壮絶なものだった。
同じ娘を持つ親として、優しくしたい相手と認識するほどに。
「今は、円堂さんと呼んだ方がいいかい?」
「うん」
「家には帰らないのかな?」
「うん。俺は、もうあの家に居る資格はないから」
どこか泣き出しそうな顔で笑う少女───円堂に、眼鏡の奥で瞳を細める。
親として、子供にこんなことを言われたら、自分はどれほど衝撃を受けるか。
顔見知りである彼女の父親を想い、緩く首を振る。
どう思おうがその問題はデリケート過ぎて口を挟むラインはとうに過ぎてしまっていた。
自分と息子の関係がそうであるように、捩れに捩れ他人がしゃしゃりでる隙間はない。
深すぎる円堂の傷と闇を覚えているだけに、医者としてもそれは出来なかった。
「今日はどうしたんだい?」
「検診とお見舞い。───久し振りに夕香ちゃんに会ったよ」
「そうか。・・・夕香も喜ぶだろう」
「そうかな?」
「ああ。夕香は君を慕っていたからな」
そっか、と嬉しげに顔を綻ばせた円堂は、普通の中学生に見えた。
確か年齢は息子とほとんど変わらなかった。
いつも大人びた表情しか見てなかったから気がつかなかったが、もしかしたらこちらが素なのかもしれない。
それならこの二年間が彼女に与えた影響は随分と良いものだったのだろう。
専門医として彼女の掛かりつけだった勝也は、医者としても喜ばしいことだと目元を和ませた。
「俺ね、雷門に転入したんだ」
「雷門・・・だと?」
「うん。そんでね、『豪炎寺修也』と一緒のクラスになった」
「君は確か修也よりも年上だと思ったが?」
「向こうで一年ダブっちゃったんだ。ずっとサッカーやってたら、気がついたら留年だよ。父さんに合わせる顔がないね」
「───君の父さんなら、それでも君が元気なら嬉しいと思うよ」
「そうかな?・・・俺には、わからないや」
「そうか」
「きっと豪炎寺もそうだ。先生の気持ちなんて、わからない。だから雨の中一人で空を見上げてたんだね」
「・・・何?」
聞き捨てならない台詞に、瞳を眇めて目の前の少女を見る。
僅かに顎を引くだけで、昔はしていなかった眼鏡が反射し、その表情が読めなくなった。
そう言えば感情を隠すのが上手い子だったと思い出し、ひっそりと眉を顰めると唇がゆるりと孤を描いた。
「俺ね、豪炎寺と友達になったんだ」
「修也と?」
「そう。俺豪炎寺のサッカーが好きだ。サッカーが好きだって全身で訴えるプレイが好きだ」
「っ」
羨望が滲む声に何と返していいか判らず、ぐっと唇を噛み締める。
彼女の言葉の意味が理解できるだけに、勝也は余計なことはするなと糾弾できない。
息子はサッカーを止めたはずだった。
だが最近はまたトレーニングをし、サッカーを始めたとフクから報告も受けている。
サッカーを振り切るために転校した先で皮肉にもサッカーを始める切欠を手に入れたのかと、原因になったであろう少女を眺めれば、短くなった髪を揺らして小首を傾げた。
「豪炎寺は夕香ちゃんの事故を自分の所為だと悔やんでる。本当は、そんなことないのに」
「君に何が判る?」
「何が判る?俺だからこそ判るんだよ、先生」
囁きに似た言葉に、机の上で拳を握り締めた。
ぎりぎりと力を強めれば、掌に爪が食い込み鋭い痛みが全身に駆け巡る。
それでも緩めれば子供相手に本気で怒鳴ってしまいそうな自分が居て、必死に冷静になれと繰り返した。
円堂の言葉が真理だと、知っているからこそ冷静にならなければならない。
落ち着こうと深呼吸を繰り返す勝也を見詰めていた円堂は、勝也が落ち着いたのを見計らってまた口を開いた。
「俺が豪炎寺の逃げ場になってもいい?」
「・・・・・・」
「このままじゃ豪炎寺は潰れるよ。サッカーとあなたの間に押し潰されて、自分自身を消してしまう。あなたもそれは望んでいないはずだ」
「・・・・・・」
「俺の家、広くて寂しいんです。友達が一緒に居てくれるけど、それでも無駄に広さがある。あの家を与えてくれた父さんに感謝してるけど、分を過ぎた扱いは息苦しいんだ。だから、豪炎寺を貸してください」
真っ直ぐな瞳をして、子供はぺこりと頭を下げた。
「お帰りなさい、父さん」
早いとは言いがたい時間に家に帰れば、自分も帰宅したばかりだと言わんばかりの態度で玄関で靴を脱いでいた息子に瞳を眇める。
気まずそうに僅かに視線を逸らした息子は、涼やかな瞳を伏せて来るべき怒りに堪えるよう拳を握る。
その表情は昔サッカーをプレイしていたときの笑顔と雲泥の差があり、いつの間にこんな感情を抑える子供になってしまったのかと眉を寄せた。
『このままじゃ豪炎寺は潰れるよ』
静かな眼差しで淡々と訴えた少女は、どんな気持ちでそれを口にしたのか。
他人の感情を完全に理解できるなどと思ってない。
それは理解したいと願う人間の錯覚でしかないだろうし、全てを理解してもらおうという考え自体が傲慢だ。
けれど口に出しがたい想いは実在し、あけすけにするには勝也は年を取りすぎていた。
嘆息すると、大げさなくらいに体を震わせた息子から視線を離す。
「修也。最近、帰りが遅いらしいな」
「すみません」
「謝れと言っているわけではない」
「はい」
「───はぁ、まあいい。成績が落ちなければ干渉しない。遅くなろうがどうしようが好きにすればいい」
「・・・はい」
酷く辛そうな顔をして俯く息子の脇を通り抜け、もの言いたげなフクを無視してリビングへと向かった。
どうせ行き場所なんてわかっている。
少女のもとならきっと修也にも悪い影響はないだろう。
『俺豪炎寺のサッカーが好きだ。サッカーが好きだって全身で訴えるプレイが好きだ』
淡々とした口調と裏腹に熱の篭った声。
自分とて同じ想いを抱えていたのは嘘じゃないのに、思い出せないくらい昔に感じるのは、きっと誰より愛した人が隣に居ないからなのだろう。
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