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いつもより少し遅い時間。
別に待ち合わせをしてるわけではないけれど、教会までの子供にとっては短くない距離を琥一は疾走していた。
約束なんてしていない。
家はそれほど遠くないけれど、学区が違う彼女とは学校が違うから、だから仕方ないと心の内で小さく呟く。それは誰に対する言い訳かわかっていたけれど、琥一は敢えて目を瞑る。

幾つかの曲がり角を曲がれば、漸く目的地が見えてきた。
上下する肩を落ち着けさせるために足を止め深呼吸を繰り返す。額から滲み出る汗を拭うと、秘密の入り口へと足を踏み入れた。

サクラソウの季節も終わってしまったその場所は、瑞々しい緑が広がる。さくさくと音を立てて分け入ると、小さな花が咲き乱れる場所に少女は一人ぽつんと座り込んでいた。

「おい」
「!コウ君!」

一人で花を摘んでいた少女───冬姫は、顔を上げると嬉しそうにぱっと顔を輝かせて微笑む。
学校ではガキ大将である琥一を見てこんなに全開な笑顔を向けてくる女はいないから比較できないが、こんなに綺麗に笑う少女はおそらくクラス内にはいないだろう。
大人しく綺麗な顔をした琉夏と二人で並ぶと、まるで人形のように可愛らしい。以前冬姫をつれて家に帰った際、母親がまあまあと頬を染めてカメラを持参する程度には、しっくりと来ている。
そこまで考えて何となく苦々しい気持ちになり、舌打すると冬姫へと距離を詰めた。

「今日は、ルカは来ないんだ」
「・・・?どうして?」
「ルカは風邪を引いたんだ。今、家で母さんが面倒見てる。俺は、移るといけないからって家を追い出された」
「そう」

悲しそうに冬姫の眉が下がる。
それを見て琥一は掌を握り締めた。
判っているはずだった。冬姫は琉夏と遊ぶのが好きで、琥一はそのおまけに過ぎない。
誰にも執着しない琉夏が唯一傍にと望む相手。伸ばされた手を冬姫はいつも躊躇なく掴んだ。
いつの間にか琥一と琉夏の間に入り込んでいた少女は、いつの間にか弟の特別になっていた。否、気づかなかっただけで、それは始めからそうだったのかもしれない。
きゅと唇を噛み締めると、近づいた距離から一歩離れる。
何となくこれ以上近づいてはいけない気がして、二歩、三歩と距離を置いた。
だがそんな琥一を不思議そうに眺めた冬姫は、こてりと首を傾げる。

「コウ君?」
「・・・だから、ここで待ってても、今日はルカは来ないからな」
「うん。判った。じゃあ、今日は二人で何しようか」

サクランボのようにぷくりと赤い唇から出た言葉に、琥一は目を見張った。
驚き動けないでいると焦れたのか、座っていた場所から立ち上がると、広げたばかりの距離を呆気なく縮められる。無くなっていくそれを黙ってみていた琥一は、自分よりもさらに小さな柔らかい掌に手を握られ、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
女の子どころか男ですら怖がる琥一の手を掴んだ少女は、無邪気に微笑み優しく引っ張る。
迷いも躊躇いもない仕草に戸惑いを覚えたが、逆らうなんて出来なくて、他の人間に対してだったらあっさりと振り払えるはずの掌をじっと見詰めた。

「そうだ!ルカ君に花を持っていってあげようよ」
「花?」
「お見舞いの時には花を贈るものなんだよ。ねぇ、一緒に摘もう」

普段琥一がする遊びには耐えられなさそうな小さな体。
運動神経は悪くないが、少女はやはり自分とは違う生き物だった。

「ルカ君はどんな花が好きかな」

にこにこと微笑む冬姫からの話題は、いつもと変わらず琉夏のものだったけれど、それは当然で必要なことだった。

「───お前が贈るなら、何だっていいだろ」

握られた掌に少し力を入れて告げれば、丸い目を益々丸くした少女は、次いで大きく破顔した。

「ふふふ。私と、コウ君からなら、だよ」

仕方がないなと言わんばかりの表情で人差し指を振った冬姫の勝ち誇った顔に苦笑する。
ばぁかと言い指先で額を弾けば、恨めしそうに見上げられた。

小さな掌を握ったまま花を探す。
随分と暑くなった気温で、額に汗が滲んだ。
もうすぐ、夏が来る。

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