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奏でられる音の響きに背筋がぞくぞくとした。
その曲は東金にとってよく聞き覚えがあるものであり、春先からずっと引き込んでいた曲でもあった。
アレンジは違うし曲調も違う。
背筋を昇る怖気は底知れない迫力があり、とても自分が奏でた曲と同じとは思えなかった。

こくり、と自然と喉がなる。
壇上に立つ二人は息が合ったテンポでそれぞれの音を引き立てる。
同じヴァイオリンを弾いてるからこそ弾き手の実力差が顕著に現れるはずだが、全く似ていない音を講堂に響かせる彼らの実力は甲乙つけがたいほど素晴らしい。
そして認め難いと考えるのすら驕りであると、自身の根本を叩き折られそうなくらいに、高校生では実力があるはずの東金の音とは全く違った。

好戦的な光を瞳に宿した衛藤と、どこまでも澄んだ色をした瞳の日野。
個性は違うが、紛れもなく彼らは世界のトップに立つ演奏者達だった。


「───彼らの演奏はどうだね、東金君」
「っ!?」


いつの間にか引き込まれていたらしく、唐突に声を掛けられ無様にも体を揺らす。
視線だけやれば、この場において唯一スーツ姿で居た大人の男が静かな瞳でこちらを眺めていた。
東金は、彼が誰であるか知っていた。
少し癖のある黒髪に、冷酷にも見える丹精に整った顔立ち。
出来る男として有名な、星奏学院の理事長吉羅。

長い足を組んで静かに耳を澄ませる様子は絵になる大人の男だった。


「・・・大したものだと、思います」
「そうか」


目上の人間に対する敬語を使いつつ、渋々と認めた言葉に吉羅は小さく笑う。
馬鹿にされたと感じるのは被害妄想か、それとも自身の言い方が悪いと認めているからか。
些か居心地が悪くなって視線を逸らすと、離れた場所で音に聞き入るかなでが目に入り、少しだけ苛立ちが増す。

今壇上で演奏している曲は、先ほど二人が演奏した曲とは違うが、今回の大会で東金が演奏した曲だった。
底知れぬ迫力と、何処か狂喜を思わせる死への旋律。
自分たちの演奏も決して悪くなかった。けれど、この曲は『悪くない』どころではない。
何が違うか明確に口に出来ないのに、とにかく根本にある『何か』が決定的に違った。

壇上に立つ二人は、華やかな男と、派手さはないのにそんな彼に自然と並ぶ女の姿。
二人ともお互いの演奏を知り尽くし、そしてどこをどう補えば自分たちの音がよりよくなるかを判っている。
部外者である東金がそう感じるくらい、呼吸をするのと同じくらいの自然さで彼らは音を響かせた。
そう言えば、と思い出す。
新進気鋭と名を馳せる彼らは同じ学校を卒業し、幾度も海外遠征と共にしていたと雑誌で読んだ。
公私含め親しい間柄であるのは間違いなく、もしかしたら、音が惹き合う理由もそこにあるかもしれない、などと野暮なことが頭を巡る。


「すみませんでした」
「・・・どうした?」
「俺は、彼女の演奏を聞きもしないで貶した。彼女は俺よりも優れた弾き手であるにも関わらず、それを判断するチャンスすら与えなかった。フェアとは呼べない態度です」
「まあ、あの場合は仕方なかっただろう。あいつが先走って日野さんの準備すら待たなかったのだから。音楽に対して誠実ではなかったと思うから彼女も反論しなかった」
「・・・それでも、彼女の所為ではなかった筈です」
「それを気にする女性なら、今また誘われて君たちの前で演奏していないさ」


小さく笑った彼を見て、もしかしたら、とある思いが脳裏に浮かぶ。
彼女を見詰める吉羅の視線を注意深く観察し、徐々に確信を深めていった。
酷く静かで冷静な眼差し。
感情を読み取らせない大人な人だと思うのに、ふとした瞬間彼の瞳に熱が過ぎる。
それはきっと、そういう意味なのだろう。
他人の恋愛ごとに口を突っ込む趣味はないが、あまりの意外性に内心で驚く。
そして視線は自然と自分の想い人へと向かった。

きらきらと瞳を輝かせ日野の演奏を耳にするかなでは、彼女のファンを自称した時と同じ笑顔を讃えている。
憧れ、羨望、尊敬。眩しげに目を細め目尻を赤く染めきらきらしい眼差しを向ける彼女は、まるで恋する乙女のようで、そう考えて相手が女性だというのに嫉妬する自分の狭量さに苦笑する。


「この選曲はあてつけではなく賞賛だろう。君たちの演奏をあいつは気に入り、だからこそ彼女との最高の演奏を目の前で奏でて見せた。遠まわしでわかりにくい好意だが、受け取ってやってくれたまえ」
「・・・はい」
「ああ、だが。当然彼女に対する失言への意趣返しだろう。実力差を明確にし、プライドを叩き折ろうとするとは・・・まだまだ子供だな」
「・・・・・・」


それを当て付けと言わずして何という。
喉元まで出掛かった言葉を気力で飲み干すと、東金はやや引きつった表情で隣の男を見た。

静かな微笑みだと思っていたものが、実は全く笑っていなかったのだと気付き、一枚も二枚も上手を行く大人に、子供らしく苦笑した。
目上の男だと思い敬語を使ったが、彼になら本当の意味でそれを使ってしまいそうだった。

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