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風の立つ
--お題サイト:afaikさまより--
■か 鍵は持ったのかい、もう私は開けてやれないよ
春先は巣立ちの季節だと、昔可愛い弟分に教えてもらった。
十代目のためにと用意されたボンゴレ邸に出来た桜並木をゆったりと歩きながら、桃色の花弁を舞い散らせる桜を見てゆっくりと顔を綻ばせる。
確か、教えてもらったのも同じように桜が舞う季節だったと思う。
オーダーメイドのクラシコイタリアのスーツを纏うディーノは、腹心の部下を控えさせ口角を持ち上げた。
この桜は今日即位する新たな同胞のために、現ドン・ボンゴレが植えたものだ。
盛りは過ぎて散り始めたこの桃色の花弁は、繊細さも儚さも感じさせるのに、幽玄な美しさも心に刻む。
日本には刹那の美を愛する心や、滅び行くものへの美しさを愛でる心があるらしいが、目の前の木々はまさしくそれを体現していた。
掌をすっと差し出せば、触れそうで触れれない桜色がはらはらと風に乗り悪戯に避けていく。
手を動かしても風の動きで流れる花弁は、掴まれることを望んでいるように見えるのに、こちらの心を誘うだけ誘って気ままに自由を満喫する。
戯れに手を伸ばしても掴み取れないそれに苦笑すると、黒のスーツの襟元を指先で払ったディーノは、黙って付き従う部下を振り返らず口を開いた。
「早いもんだと思わないか、ロマーリオ」
「そうか?俺は結構長かった気がするがな」
「そうか。・・・俺は、もう何十年とあいつと一緒に居た気がするよ。何でだろうなぁ」
「きっとそれだけ過ごした時間が濃密だったってことだろ」
くつくつと喉を震わせるロマーリオを横目で見ると、何故か誇らしげに小鼻を膨らませ胸を張る男が映った。
目を見開き、ついで細めたディーノは顔を正面へと向ける。
この場からは見えないが、敷地の奥には彼の弟分がいるはずで、その周りには成長した彼の腹心たちが控えているはずだった。
ずっと待っていたと伝えたら、小動物のように繊細な心を持つ弟分はどんな顔をするのだろう。
昔よく見た情けなくも眉を下げ大きな瞳を潤ませて何かを訴えるように見上げてくるのだろうか。
随分と大人びてきたが、身長の面ではとうとう自分に追いつかなかった弟分のそんな表情は、最近では随分と減ってしまったけれど、それはとても可愛らしいに違いない。
猫かわいがりしすぎだとリボーンにも注意されたが、弟を可愛がりたいのは兄の性(さが)。
見た目も中身も可愛い彼に尽くしたいと思って何が悪い。
今まではずっとそう思っていたけれど、これからはそれも変わってくる。
「行くぜ、ボス。ボンゴレの晴れ舞台、協定ファミリーとして俺たちが一番傍で見なくてどうするよ」
「そうだな」
これから差し出すのは自分より上に立つ男への忠誠。
血の掟を組む男との対面であり、一つの家族としてその器を計るべき場でもある。
瞳の色を濃くし表情を改めたディーノは、空に手を伸ばすと無造作に握った。
その掌には、先ほどまでは捉えられなかったはずの桜が一片。
「行くか」
単なる弟分から変わる関係は、様々な変化を自分と彼にもたらすだろう。
甘やかすだけの付き合いは、今日これから絶たれる。
それが悲しいのか嬉しいのか、何とも複雑な気分で、ざわめく気持ちを強制的に振り払った。
■ぜ 全部が過ぎていったとしても、風は君から吹くだろう
「助けに来た」
一介の同盟ファミリーの援助に現れたのは、マフィア界にこの人ありと言われる男だった。
体中を血に染めたまま鞭を握り締めるディーノは、唖然と口を開き目の前の男を見詰める。
自分よりも頭半分は低い場所にある琥珀色の瞳。
限りなく金色に近づいた茶髪はふわふわと爆風に揺れ、死ぬ気の炎を額に宿し月明かりに照らされた彼は、まるで一枚の絵画のように美しかった。
男として決して体格がいいわけでもないのに、気圧されるような迫力が全身から滲み出ている。
年よりも若い見目に反した絶対的な気迫を彼は有していた。
白いスーツに緋色のシャツ、黒のネクタイを結んだ彼の背後には、種類は違えど何れも見目美しい男たちが六人控えている。
いずれも黒のスーツに白いシャツを纏う彼らは、それぞれ種類の違う武器を持ち優雅なまでに静かにそこに居た。
彼らは『彼』の守護者達。
ただ一人に忠誠を誓い、命を捧げる強き者達。
今にも途切れそうな意識を繋ぎ、倒れ伏す部下を庇って戦っていたディーノは、その秀麗な顔を歪めた。
「何で来た、ツナ!!」
ついて出た言葉は咄嗟のものだったからこその本心。
同盟を組んでいたはずのファミリーに裏切られたのはディーノの手落ちで、今死に掛けているのも自分の甘さ。
圧倒的不利な現状にあり、会合に連れてきた部下は全員が半死半生の重態。
ボスであるディーノを餌に自分のファミリーを利用しようとした男たちは、兵力の差を見せしめるように数を用意しディーノを取り囲んでいた。
彼らの手には最近着目されている匣兵器が握られている。
死ぬ気の炎を利用する相手を前に戦うのは初めてで、エンツィオもいない状態で鞭と銃しか持っていないディーノには勝算も見出せない。
助けを望まなかったわけじゃない。
自分自身ではなく、自分のファミリーを助けて欲しいと神に祈った。
けれど。
「俺はっ、お前に助けて欲しいと望んでいない!!」
目の前に君臨する綱吉に、叫んだ言葉は本心だった。
こんなみっともない姿見せたくなかった。
けれどそんな薄っぺらい矜持以前に、こんな得体の知れない敵を相手に彼の身を危険に晒したくなかった。
彼の命は自分の命以上に尊い。
護るべき部下とは違う意味で、綱吉は特別だ。
彼は偉大なるボンゴレファミリーのドンで、同盟ファミリーの長として守らなくてはいけない男。
そして、それ以上に。
沢田綱吉という存在自体が、ディーノにとって掛け替えがない存在だった。
握り締める鞭に掌から滲んだ血が伝う。
恐ろしいのは、彼が目の前で失われる可能性そのもの。
マフィアにしては甘すぎる感情で、当たり前の想い。
「・・・隼人、武。行け」
「はっ」
「了解」
「ツナ!!」
魂からの叫びはあっさりと無視された。
ディーノから視線を逸らさぬまま、腹心の名の名を呼び端的な命令を下した彼は、変わらずそこに君臨する。
名を呼ばれた二人はそれぞれの武器を手に前に出た。
中距離をカバーする獄寺はダイナマイトを操りディーノの周りの敵に攻撃する。
刀を持った山本は、獄寺の攻撃に足を止めた男たちに音もなく詰め寄り斬りかかった。
「了平、ランボ」
「まかせろ」
「行きます!」
標的を変えた敵が自分へと向かうのを見越していたのだろう。
声を上げれずにいるディーノの前で動いたランボは、自身の武器を装着すると泣きそうな顔で敵の前へと突進する。
雷を迸らせるランボが固まっていた敵を片付けるのを見届けた了平が、拳を固め駆け出した。
「恭弥、骸」
「・・・判ってるよ」
「任せなさい」
群れる敵の中に何食わぬ顔で入り込んだ雲雀がトンファーからギミックを出して沈めて行き、そんな彼にちらりと視線を向けた骸がシュールな笑みを浮かべ三叉槍を構える。
ディーノの傍を離れ敵の首魁を獲りに行った獄寺と山本の代わりとばかりに、最強の二人が傍に来た。
うっかりと油断すれば自分へと向けられそうな殺気に息を呑み、ディーノは身を竦ませる。
「何で来た恭弥。お前は、ツナを護るべきじゃないのか!」
「・・・五月蝿いよ、あなた」
「六道骸!今からでもいい、戻ってツナを守れ!あの二人では守りが甘すぎる!」
「黙りなさい。マフィア如きが僕に命令しないで下さい。それに先ほどからツナツナと馴れ馴れしいんですよ、あなた」
「・・・何?」
「あそこに居るのを誰だと思っているんですか?ボンゴレ十世ですよ?あなた如き一介のマフィアが愛称を呼んで良いとでも?あなたは、ボンゴレを馬鹿にしているのですか?それとも自分の立場を理解していないのですか?」
「っ」
静かな声に篭められた皮肉はとてもわかりやすいもので、だからこそディーノは顔を青ざめた。
言われるでもなく理解してなければいけない立場の差を、忘れた自分を信じたくない。
自分の立場がどんなもので、自分の行動次第で家族にすら危険が迫るのに、甘さを指摘され息が苦しい。
黙り込んだディーノを横目で見た雲雀は、何の感情も見せない冷めた目をしていた。
彼を自分の弟子として長い時間が経ったのに、未だに彼の瞳は無機物を眺めるようなものだ。
彼にも責められるのかと体を強張らしたディーノだったが、それは違った。
「黙りなよ、パイナポー。これは『綱吉』からのお願いでしょ。君だって納得してこの場に居るんだから責めるのはお門違いだ」
「・・・何ですか雲雀君。君、もしかして彼を庇う気ですか?美しい師弟愛というものですか」
「ふん。師弟愛なんて欠片もないよ。師弟関係になった記憶もないしね。・・・僕は、綱吉のためにこの場に居る。彼がボンゴレの信頼厚いキャバッローネの長じゃなきゃ助けない」
「僕はそもそもマフィアを助けたくないです」
「それでも君は動いたんだ。・・・あまり文句があるなら君の中のもう一人に代わってもらえばいい」
「クロームを危険に晒せと言うんですか?最悪ですね、君」
「君になんと言われようと平気だよ」
「堕ちろ。そして巡れ」
「お前が堕ちろ」
何と言われても平気と言ったその直後に、雲雀は骸めがけてトンファーを振り回した。
手加減なしの一撃に唖然とするディーノの前で、敵そっちのけの戦いが始まる。
片や最強と名高い雲の守護者。
片や最凶と名高い霧の守護者。
何もかもを巻き込んで始まった戦いは、先ほどまでディーノが繰り広げていたそれの比ではない。
すぐ傍を通り過ぎた幻惑の蔦に正気に帰ると慌てて鞭を操った。
あれが当たれば重傷者だけでなく死者も出る。
必死に死に物狂いで鞭を操っていると、不意に体感温度が低くなった。
なんだと首を巡らせば、独特の構えを見せた綱吉の姿。
彼を映した瞬間に空気が悲鳴を上げ、周りを飛んでいた土くれや植物の根が凍りついた。
軋む音を立てて動かなくなったそれらを横目に、激しい戦いの中でも汚れ一つないスーツを着た彼は悠然と歩いてくる。
動けずに居るディーノの三歩程前に来ると、震えるほどの覇気を纏っていた筈の綱吉は、ふにゃりと表情を崩した。
その笑顔は、中学時代から彼が見せる、親しい人間にだけ対するもので、それを見た瞬間に、不覚にも泣きたくなった。
「ボンゴレではなく、沢田綱吉として。助けに来ちゃいました、ディーノさん」
自分の立場を知っているくせに、全てを背負ったままもう一つの顔で微笑む彼はいつの間にこんなに大きくなっていたのだろう。
抱きしめれば簡単に腕を回しきれるのに、その細い体に秘められた力も強さもぴか一で、彼はあのリボーンの『最高傑作』だったのを思い出す。
「さあ、帰りましょうか」
ボンゴレとしてではなく駆けつけた彼に従うのは、たった六人。
彼自身が誰より信じ、誰より誇る六人の守護者。
伸ばされた掌を無意識で掴むと、予想よりも強い力で引き寄せられた。
もたれた体は揺るがずにそこにあった。
■の 望まないでもないのだと、わかると堕ちてゆけなくて
「ディーノさんは、怖くなかったですか?」
きょろきょろとした小動物めいた大きな瞳で見上げてきた。
柔らかな茶色な髪がふわふわ揺れ、思わず掌でくしゃくしゃに掻き混ぜる。
情けなく眉を下げやめてくださいと声を上げる綱吉は可愛く、小型犬を思わせた。
膝の上に乗せて思い切り甘やかしたい気持ちをどうにか押さえ込む。
実際にそんなことしたら腕の中の綱吉はその幼い顔立ちを真っ赤に染め上げ困惑に染まり大層愛らしいだろうが、同時にどこからか自分たちを見ているだろう元・家庭教師に銃殺されるに決まっている。
あれで居て漆黒の死神はある意味目の前の弟分には過保護だ。
うずうずと疼く掌を拳を握ることで堪え、彼の質問に首を傾げると手櫛で髪を整えた綱吉は、その琥珀色の瞳でディーノを見詰める。
「怖いって、何がだ?」
「ボスになることです」
おずおずと、それでもはっきりと口に上らせた疑問に、何故今自分が彼と二人きりにさせられたのかおぼろげながら理解した。
綱吉の家に遊びに来れば、大抵邪魔しに来る彼の自称右腕候補達や、騒がしくも可愛らしいちびっ子たち、そして愛らしい見た目に反した嗜虐性を持つ赤ん坊の姿があるはずなのに、今日に限って誰も居ないのはきっとリボーンの計らいなのだろう。
正座した太ももの上で握られた拳は震え、この質問に綱吉がどれほど勇気を振り絞ったかが伺える。
顎に手をやりそれを眺めながら、ディーノは舌で唇を濡らす。
彼の言葉に明確な返事をやれるのは、彼の知り合いではディーノだけだろう。
同級生にも彼と同じ立場の人間が居たと思うが、綱吉が知りたいのはボスの存在の重さだ。
ならば彼が心底望む疑問への回答も、ディーノしか持っていない。
しかしながら、ディーノは知っていた。
ディーノが持つ答えはあくまでディーノのものであり、綱吉が持つべきものではない。
綱吉の問いには浅い部分でしか答えられず、本当の意味で彼がそれを理解するのはディーノと同じ立場に彼が立ってからだろう。
それはきっと、まだ暫くは先で、だからこそディーノは暫し迷った。
「なぁ、ツナ」
「はい」
「俺は、お前の質問に俺の答えしかやれない。それはお前が導き出すのとはきっと違うし、お前が欲しいものではないと思う。───口先だけのものを、それでもお前は聞きたいか?」
「・・・はい。本当は、判ってるんです。リボーンにも言われました。ディーノさんの覚悟はディーノさんだけのもので、上澄だけ掬っても理解できるはずがないって。でも、それでもいいんです。俺は、ディーノさんの答えが聞きたい」
瞳の中に隠しきれない恐怖を抱き、恐れを露に綱吉は問う。
そんな彼を前に、すっと目を細めたディーノは一つため息を落とした。
静か過ぎる部屋に響いたその音は存外に大きく、綱吉がびくりと肩を震わせる。
落ち着かせるために頭を撫で、幼子に言い聞かせる優しさを含んだ声を出した。
「怖かった。正直に言えば今でも怖い。怖くない日なんてないし、怖くならない日もないんだろう。俺の場合、一生怖いままだろうな」
「ディーノさんほど凄い人でも?」
「俺は凄くなんてないさ。ボスをしてても俺は俺でしかない。護るために強くなろうと思っちゃあいるが、満足するには程遠い。それでも、何が足らなくとも家族を護るのがボスの務めだ。少なくとも俺はそう思うから、怖くとも踏ん張ってる。見栄と虚勢で立てるほど甘い地位じゃないが、それがなければ立っていられないな」
へらりと笑って見せれば、彼は泣きそうに顔を歪めた。
近い将来、ディーノの言葉の意味を本当に理解せざるを得ないであろう少年を哀れと思う気持ちはある。
心優しく小動物のように震える彼は、平和と平穏を好み戦いなど厭う性格だった。
それでも、と思ってしまう。
それでも彼は自分以上にいいボスになると予感がする。
狂気と正気の紙一重のこの場所に、彼が立つ日が楽しみだ。
■た 断ち切ったはずのものを、なびかせながら歩いていた
近いと思い込んでいた立ち位置は、遙か遠いと思い知らされた。
遠くに見える顔(かんばせ)を横目で見つつ、耳に嵌るイヤホンをさりげなく直す。
直接声すら届かない、それがディーノと綱吉の距離。
良くある錯覚だと、手元の書類を流しながら他の同盟ファミリーの発言を頭に叩き込む。
キャバッローネも同盟ファミリーの一つだが、自分より彼に近い立場の同僚はまだまだ居た。
ボンゴレの帝王として彼が君臨してから早一年。
渡航してから早数年。
リボーンにより鍛えられた綱吉の人心掌握術は突出した威力を持ち、彼をサポートする守護者の存在も併せ現在ではボンゴレに巣食う古狸ですら動かす術を持っている。
ブラッド・オブ・ボンゴレ。
一人一人突出した力を持つ守護者だけにならず、独立部隊と称しているが、XANXUSですら彼の下に居る。
その価値を理解しているのは、彼自身よりもむしろ彼の周りに居る他人だろう。
琥珀色した印象的な瞳を伏せ目がちにして座っている綱吉は、その場に存在するだけで視線を集めた。
オーラの色が違うとでも言うのだろうか。
静かに発言するでもなく居るだけで、彼は誰よりも帝王で、マフィア界に君臨するボンゴレの支配者だった。
視線を向けられるだけで同盟ファミリーの面々は身を竦ませる。
一年前、彼が君臨したばかりの日には、子供だの情けないジャポネーゼだのと口にしていた彼らなのに、今その言葉を言える人間は何人に減っただろうか。
もし今もそんな減らず口が叩けるなら、それは余程本質が見えない愚か者か、親愛を持って彼自身を可愛がる相手だけだろう。
その場に存在するだけで身が引き締まる思いがする。
それは古参だろうが若手だろうが変わらない。
大小あれどマフィアのファミリーを束ねる存在を眼差し一つで押さえ込む。
それがディーノの恩師であるリボーンが綱吉に叩き込んだ帝王学。
彼自身が最高傑作と称して憚らない、『ドン・ボンゴレ』。
漆黒の死神はダメツナと有名な弟分をスパルタ教育でたたき上げ、誰の前に出しても自慢できるボスを作り上げた。
美しく優雅で残酷で賢い。身内には懐広く、家族のためなら心血を惜しまない。
傲慢なまでに望みが高く、また何を置いてもそれを叶えたいと思わせる魅力を持つ。
つまるところ、リボーンが作り出した『ボンゴレ十世』は、類を見ない強力な力を持ち、この人にならと思わせる強烈な求心力を持ち、血を流さずに戦うための頭脳を持ち、残酷さすら優雅と思わせる美しさを持った。
尊敬するボス。敬愛するドン・ボンゴレ。
彼の家族は彼を中心になりたっており、その小さな見本が守護者で、もう少し拡大した縮図がこの同盟ファミリーの会合だった。
そして、ディーノの立ち位置は彼の味方でありながら、並べば距離が出来る中堅どころのファミリーの長。
時々夢を見ていたのかもしれないと思う。
中学時代の彼は自分に近く、可愛い弟でしかなかった。
甘やかすための特権を持っており、窘めるための距離の近さだった。
柔らかい髪の感触も、潤んだ琥珀色の瞳も、マイク越しじゃない通りの良い声も覚えているが、今は幻に近い。
この一年直接話したこともなければ、それ以前に目を合せた記憶すらない。
彼の居場所はディーノを持ってしても遠く、並び立つのは望めない格の違いがあった。
考えながらも同時に進行していく会議内容を頭に叩き込む。
書類の隙間からちらりと視線を上げれば、遙か遠くの琥珀色の瞳と視線が絡んだ気がして、青少年のように胸が高鳴ったのはディーノだけの秘密だった。
■つ 包まれながら、吹き抜けてゆこうと思います
「何をする気だ、ツナ」
二年前、目の前に居る部屋の主から直々に教えてもらった抜け道を利用し彼の部屋に入り込んだ。
時計はとうに真夜中を回っているけれど、スーツ姿で紅茶を用意していた綱吉は、琥珀色の瞳を細めるとディーノに向き合う。
自分も仕事場から直接来たので同じようにスーツ姿だが、白と黒という対照的な色合いだ。
綱吉のスーツに白が多いのはリボーンの趣味だと言っていたが、確かに黒よりも似合っていた。
クラシコイタリアのスーツは胸元を厚く見せるために腰元を引き絞っているが、しっかりと筋肉が付いているにも関わらず細い綱吉が着ると華奢で儚げな印象をもたらす。
ディーノと並ぶとまるで大人と子供。
ドン・ボンゴレで居ないときの彼は幼く、昔相手にしていた子供がそのまま大きくなった印象を与えた。
けれど一度異変が起これば彼は誰よりも大きな器である、ボンゴレの覇王へと姿を変える。
どちらも綱吉に違いないのに、同じ人間とは思えないほど違っていた。
現在の綱吉はただの沢田綱吉だ。
ディーノにとって可愛い弟分で、大事で守ってやりたい存在。
出来るなら小さくした綱吉を空き瓶に詰めて、どこへ行くにも携帯していたいと望むほど彼に対して過保護である自覚があった。
ドン・ボンゴレでいる彼の足元には膝を付いて、靴にキスを贈り忠誠を誓っても良いと思えるほど同じボスとして心酔していたが、『綱吉』に対しては激甘な兄貴でしかない。
だからこそ、ディーノは彼が綱吉で居るこの場所へ飛び込んだ。
特攻をかけたはずだが、アポなし訪問にも関わらず動きは見透かされている。
慌てず騒がず茶菓子を用意する弟分に促されるままソファに腰掛けたディーノは、深く息を吐き出した。
「驚かないのか?」
「ええ。そろそろだと思ってましたから」
「・・・そうか」
綺麗に整えられた金髪をくしゃくしゃと手でかき乱したディーノは、息を吐き出し淹れられた紅茶を口にする。
まるで部屋に入るタイミングすら知っていたのではないかと思えるくらいに、その紅茶の温度は用度良く、味も香も抜群だった。
同じように目の前の一人掛けのソファに腰を下ろした綱吉も紅茶を啜る。
ほんわりと笑った笑顔はいつもと変わらないのに、目の下の隈と青白い肌が彼の本当の気持ちを代弁しているように見えた。
「俺には、何もないのか?」
「・・・直球ですね」
「ああ。俺は今弟分の沢田綱吉に会いに来てるんだ。遠慮はいらないだろう?」
「そうですね・・・そうだった。あなたは俺の兄貴分だった」
くしゃり、と泣きそうな顔をした綱吉は、それでも笑った。
顰められた眉で眉間に皺が刻まれて、大きな瞳は潤んでいる。
かさついた肌に青白い顔色。隈までこさえて扱けた体で、それでもまだ笑っていた。
不意に胸が詰まり目の前の青年を腕に抱きしめたくて堪らなくなる。
それは衝動に近く、長年押さえ込んできた欲求でもあった。
けれどディーノの手が届く前に素早く立ち上がった彼は、甘やかされるのを拒絶した。
判っている。
ここで手を差し伸べたなら、一番大事なものが折れて立てなくなるかもしれないって事くらい。
何故ならディーノも彼と同じくらい、心に傷を負っていたから。
「俺を甘やかそうとしないで下さい、ディーノさん」
「ツナ」
「あなたは確かに俺の兄貴分だ。リボーンが居ない今でも。でもあいつがこの場に居たら、俺たちは銃殺されますよ。『甘えるな、駄目ツナ。甘やかすな、ヘタレ』って」
「・・・」
「傷の舐めあいをしている時じゃないんです。俺は、そんなことしてる時間はない」
真っ青な顔をして今にも倒れそうな面持ちで、それでも綱吉は言い切った。
唇を噛み締めて差し伸べた手を下ろすと拳を握る。
リボーンは居ない。
その言葉に受ける衝撃は、ディーノとて綱吉と代わらない。
二人が最強と信じていた家庭教師は、『負けた』のだ。
「リボーンは俺に教えてくれました。何があっても家族を守れと。あいつが居ても居なくても、俺はそれを実行しなくちゃならない。仇討ちを考える前に、復讐を企てる前に、俺は俺の家族を護る」
言い切った綱吉の瞳に宿る光は強い。
彼を甘えさせることで自分が甘えようとしていたことに、ディーノは瞬間気づいてしまった。
泣きたかったのも縋りつきたかったのもディーノの方だ。
最強と信じていた師の訃報に、絶望し何もかもを投げ捨てたかったのもディーノだった。
目の前に立つ弟分は両足を踏みしめ立っていたのに、一緒に絶望してくれるのを望んでいたなんて、何て愚かなのだろう。
彼はもう自分が何をすべきか見定めていて、だからこそディーノを迎えたのだと直感してしまっていたのに。
唇を噛み締めて俯けば、自分よりも小さな掌が頭を撫でる。
昔も幾度かしてもらった行為だが、幼子に対するようなそれは優しくディーノの心を解そうとした。
「大丈夫です、ディーノさん。俺たちは絶対に負けたりしない。俺たちの家庭教師はリボーンで、あいつ以上に強い奴は絶対にいない。あいつは、帰ってきます。戦いが終わった後、ひょっこりとニヒルな笑顔を浮かべて。『あんなのにいつまで手間かかってんだ、ヘナチョコどもが』ってね」
口にする彼はどこまでそれを信じているのだろうか。
思わず真っ直ぐに琥珀色の瞳を見詰めるが、そこに偽りや嘘はみつけられなかった。
ならば本心からそれを口にするのだろうか。
状況的証拠から彼の生存は限りなくゼロに近いのに、それでも信じているのだろうか。
信じているのだろう。
綱吉とリボーンの絆は、自分が持つものよりずっと強く揺ぎ無い。
その彼が言うのなら、リボーンは帰ってくるのだ。
そう、信じられた。
「だから、ディーノさんも俺を信じてください。俺は絶対に勝ちます。あなたも絶対に負けないで」
負けないでという言葉の裏に、死なないでと聞こえたのは錯覚だろうか。
泣きそうな気持ちで頷けば、やっぱり彼はふわりと笑った。
自分と彼の絆も、深く強いものであれと望んだ。
■風の立つ
「さて、そろそろ反撃の狼煙を上げる頃合か」
久しぶりに湧き上がる戦いへの欲求で、ディーノは好戦的に口の端を持ち上げた。
ぱしりと鞭を打ち鳴らせば、背後に控える腹心が楽しそうに声を上げて笑う。
彼の笑い声を聞いたのはいつ以来だろう。
思い出せないことに愕然とするよりも先に、これからは幾らでもまた聞けると微笑んだ。
「聞いたか、ボス。現れたボンゴレは十年前の姿らしい。随分と懐かしいじゃねぇか」
「ああ、聞いたさ。懐かしいし早く会いたいもんだ」
昂揚する感情。
彼が死んだと報告を受けてから、反撃する気も根こそぎ奪われていたのに、何と単純なものだろう。
負けぬための戦いは、いつか彼が言った通りに勝つための戦いへと色を変えつつある。
「恭弥が面倒を見てるんだってよ。それであいつ、最近そわそわしていたのか」
「ボンゴレが死んだと聞いても動揺を見せねぇのはおかしいと思ってたが、ああいうことだったんだな。ボス、あいつはきっと全部をしってたに違いねぇ」
「そうだな。知ってたなら教えろと言いたいところだが、まあ、いい。今はあいつが帰ってきたことだけで十分だ」
噛み締めるように吐き出した想いは本心で、それだけで十分にディーノの心は焚き付けられる。
「あんたの家庭教師も来たらしいぞ」
「ツナの策略の一つだろうな。自分の家庭教師も巻き込むなんて、全く食えない策士だよ、俺の弟分は」
「嬉しいだろ」
「・・・まあ、な」
頬を指先で掻き囁く。
嬉しくないわけがない。
彼ら二人はディーノにとって、ファミリーの面々とは違う家族だ。
綱吉やリボーンに感じる絆は自分のファミリーに対するものと違っても、その強さは変わらない。
だから嬉しくて当たり前なのだ。
「ツナを信じて良かった」
吐息交じりの囁きは本心であるが故に重い。
綱吉がミルフィオーレの銃弾に斃れたと聞いたとき、嘘だと直感で断じた。
遺体を見たし守護者達の嘆きや絶望も目にしたのに、ありえないと信じられた。
綱吉は勝つと宣言した。
それはファミリーへの誓いで、リボーンへの誓いで、ディーノへの誓いだった。
むかしからここぞという場所で強い彼は、期待を裏切ったことは一度もない。
だからディーノは遺体を目にしても信じられたのだ。
「さて、行くか。ボス」
「ああ」
指に嵌めている指輪を確認し、鞭を仕舞う。
周りに斃れている敵はもう眼中になく、今はただ弟分をどう助けるかだけを考えていた。
きっと弟分には自分の手助けが必要で、助けられるだけの知恵と経験は持っていると自負していた。
それを叩き込んだのは誰よりも恐ろしい家庭教師で、綱吉が信頼する男だった。
だからこそ早くと急く心を宥め状況を読み一番必要な時に駆けつけると決めていた。
反撃の狼煙が上がる。
風が立つ大地に足を踏みしめて、艶やかに笑うと心は空を映したように澄んでいった。
--お題サイト:afaikさまより--
■か 鍵は持ったのかい、もう私は開けてやれないよ
春先は巣立ちの季節だと、昔可愛い弟分に教えてもらった。
十代目のためにと用意されたボンゴレ邸に出来た桜並木をゆったりと歩きながら、桃色の花弁を舞い散らせる桜を見てゆっくりと顔を綻ばせる。
確か、教えてもらったのも同じように桜が舞う季節だったと思う。
オーダーメイドのクラシコイタリアのスーツを纏うディーノは、腹心の部下を控えさせ口角を持ち上げた。
この桜は今日即位する新たな同胞のために、現ドン・ボンゴレが植えたものだ。
盛りは過ぎて散り始めたこの桃色の花弁は、繊細さも儚さも感じさせるのに、幽玄な美しさも心に刻む。
日本には刹那の美を愛する心や、滅び行くものへの美しさを愛でる心があるらしいが、目の前の木々はまさしくそれを体現していた。
掌をすっと差し出せば、触れそうで触れれない桜色がはらはらと風に乗り悪戯に避けていく。
手を動かしても風の動きで流れる花弁は、掴まれることを望んでいるように見えるのに、こちらの心を誘うだけ誘って気ままに自由を満喫する。
戯れに手を伸ばしても掴み取れないそれに苦笑すると、黒のスーツの襟元を指先で払ったディーノは、黙って付き従う部下を振り返らず口を開いた。
「早いもんだと思わないか、ロマーリオ」
「そうか?俺は結構長かった気がするがな」
「そうか。・・・俺は、もう何十年とあいつと一緒に居た気がするよ。何でだろうなぁ」
「きっとそれだけ過ごした時間が濃密だったってことだろ」
くつくつと喉を震わせるロマーリオを横目で見ると、何故か誇らしげに小鼻を膨らませ胸を張る男が映った。
目を見開き、ついで細めたディーノは顔を正面へと向ける。
この場からは見えないが、敷地の奥には彼の弟分がいるはずで、その周りには成長した彼の腹心たちが控えているはずだった。
ずっと待っていたと伝えたら、小動物のように繊細な心を持つ弟分はどんな顔をするのだろう。
昔よく見た情けなくも眉を下げ大きな瞳を潤ませて何かを訴えるように見上げてくるのだろうか。
随分と大人びてきたが、身長の面ではとうとう自分に追いつかなかった弟分のそんな表情は、最近では随分と減ってしまったけれど、それはとても可愛らしいに違いない。
猫かわいがりしすぎだとリボーンにも注意されたが、弟を可愛がりたいのは兄の性(さが)。
見た目も中身も可愛い彼に尽くしたいと思って何が悪い。
今まではずっとそう思っていたけれど、これからはそれも変わってくる。
「行くぜ、ボス。ボンゴレの晴れ舞台、協定ファミリーとして俺たちが一番傍で見なくてどうするよ」
「そうだな」
これから差し出すのは自分より上に立つ男への忠誠。
血の掟を組む男との対面であり、一つの家族としてその器を計るべき場でもある。
瞳の色を濃くし表情を改めたディーノは、空に手を伸ばすと無造作に握った。
その掌には、先ほどまでは捉えられなかったはずの桜が一片。
「行くか」
単なる弟分から変わる関係は、様々な変化を自分と彼にもたらすだろう。
甘やかすだけの付き合いは、今日これから絶たれる。
それが悲しいのか嬉しいのか、何とも複雑な気分で、ざわめく気持ちを強制的に振り払った。
■ぜ 全部が過ぎていったとしても、風は君から吹くだろう
「助けに来た」
一介の同盟ファミリーの援助に現れたのは、マフィア界にこの人ありと言われる男だった。
体中を血に染めたまま鞭を握り締めるディーノは、唖然と口を開き目の前の男を見詰める。
自分よりも頭半分は低い場所にある琥珀色の瞳。
限りなく金色に近づいた茶髪はふわふわと爆風に揺れ、死ぬ気の炎を額に宿し月明かりに照らされた彼は、まるで一枚の絵画のように美しかった。
男として決して体格がいいわけでもないのに、気圧されるような迫力が全身から滲み出ている。
年よりも若い見目に反した絶対的な気迫を彼は有していた。
白いスーツに緋色のシャツ、黒のネクタイを結んだ彼の背後には、種類は違えど何れも見目美しい男たちが六人控えている。
いずれも黒のスーツに白いシャツを纏う彼らは、それぞれ種類の違う武器を持ち優雅なまでに静かにそこに居た。
彼らは『彼』の守護者達。
ただ一人に忠誠を誓い、命を捧げる強き者達。
今にも途切れそうな意識を繋ぎ、倒れ伏す部下を庇って戦っていたディーノは、その秀麗な顔を歪めた。
「何で来た、ツナ!!」
ついて出た言葉は咄嗟のものだったからこその本心。
同盟を組んでいたはずのファミリーに裏切られたのはディーノの手落ちで、今死に掛けているのも自分の甘さ。
圧倒的不利な現状にあり、会合に連れてきた部下は全員が半死半生の重態。
ボスであるディーノを餌に自分のファミリーを利用しようとした男たちは、兵力の差を見せしめるように数を用意しディーノを取り囲んでいた。
彼らの手には最近着目されている匣兵器が握られている。
死ぬ気の炎を利用する相手を前に戦うのは初めてで、エンツィオもいない状態で鞭と銃しか持っていないディーノには勝算も見出せない。
助けを望まなかったわけじゃない。
自分自身ではなく、自分のファミリーを助けて欲しいと神に祈った。
けれど。
「俺はっ、お前に助けて欲しいと望んでいない!!」
目の前に君臨する綱吉に、叫んだ言葉は本心だった。
こんなみっともない姿見せたくなかった。
けれどそんな薄っぺらい矜持以前に、こんな得体の知れない敵を相手に彼の身を危険に晒したくなかった。
彼の命は自分の命以上に尊い。
護るべき部下とは違う意味で、綱吉は特別だ。
彼は偉大なるボンゴレファミリーのドンで、同盟ファミリーの長として守らなくてはいけない男。
そして、それ以上に。
沢田綱吉という存在自体が、ディーノにとって掛け替えがない存在だった。
握り締める鞭に掌から滲んだ血が伝う。
恐ろしいのは、彼が目の前で失われる可能性そのもの。
マフィアにしては甘すぎる感情で、当たり前の想い。
「・・・隼人、武。行け」
「はっ」
「了解」
「ツナ!!」
魂からの叫びはあっさりと無視された。
ディーノから視線を逸らさぬまま、腹心の名の名を呼び端的な命令を下した彼は、変わらずそこに君臨する。
名を呼ばれた二人はそれぞれの武器を手に前に出た。
中距離をカバーする獄寺はダイナマイトを操りディーノの周りの敵に攻撃する。
刀を持った山本は、獄寺の攻撃に足を止めた男たちに音もなく詰め寄り斬りかかった。
「了平、ランボ」
「まかせろ」
「行きます!」
標的を変えた敵が自分へと向かうのを見越していたのだろう。
声を上げれずにいるディーノの前で動いたランボは、自身の武器を装着すると泣きそうな顔で敵の前へと突進する。
雷を迸らせるランボが固まっていた敵を片付けるのを見届けた了平が、拳を固め駆け出した。
「恭弥、骸」
「・・・判ってるよ」
「任せなさい」
群れる敵の中に何食わぬ顔で入り込んだ雲雀がトンファーからギミックを出して沈めて行き、そんな彼にちらりと視線を向けた骸がシュールな笑みを浮かべ三叉槍を構える。
ディーノの傍を離れ敵の首魁を獲りに行った獄寺と山本の代わりとばかりに、最強の二人が傍に来た。
うっかりと油断すれば自分へと向けられそうな殺気に息を呑み、ディーノは身を竦ませる。
「何で来た恭弥。お前は、ツナを護るべきじゃないのか!」
「・・・五月蝿いよ、あなた」
「六道骸!今からでもいい、戻ってツナを守れ!あの二人では守りが甘すぎる!」
「黙りなさい。マフィア如きが僕に命令しないで下さい。それに先ほどからツナツナと馴れ馴れしいんですよ、あなた」
「・・・何?」
「あそこに居るのを誰だと思っているんですか?ボンゴレ十世ですよ?あなた如き一介のマフィアが愛称を呼んで良いとでも?あなたは、ボンゴレを馬鹿にしているのですか?それとも自分の立場を理解していないのですか?」
「っ」
静かな声に篭められた皮肉はとてもわかりやすいもので、だからこそディーノは顔を青ざめた。
言われるでもなく理解してなければいけない立場の差を、忘れた自分を信じたくない。
自分の立場がどんなもので、自分の行動次第で家族にすら危険が迫るのに、甘さを指摘され息が苦しい。
黙り込んだディーノを横目で見た雲雀は、何の感情も見せない冷めた目をしていた。
彼を自分の弟子として長い時間が経ったのに、未だに彼の瞳は無機物を眺めるようなものだ。
彼にも責められるのかと体を強張らしたディーノだったが、それは違った。
「黙りなよ、パイナポー。これは『綱吉』からのお願いでしょ。君だって納得してこの場に居るんだから責めるのはお門違いだ」
「・・・何ですか雲雀君。君、もしかして彼を庇う気ですか?美しい師弟愛というものですか」
「ふん。師弟愛なんて欠片もないよ。師弟関係になった記憶もないしね。・・・僕は、綱吉のためにこの場に居る。彼がボンゴレの信頼厚いキャバッローネの長じゃなきゃ助けない」
「僕はそもそもマフィアを助けたくないです」
「それでも君は動いたんだ。・・・あまり文句があるなら君の中のもう一人に代わってもらえばいい」
「クロームを危険に晒せと言うんですか?最悪ですね、君」
「君になんと言われようと平気だよ」
「堕ちろ。そして巡れ」
「お前が堕ちろ」
何と言われても平気と言ったその直後に、雲雀は骸めがけてトンファーを振り回した。
手加減なしの一撃に唖然とするディーノの前で、敵そっちのけの戦いが始まる。
片や最強と名高い雲の守護者。
片や最凶と名高い霧の守護者。
何もかもを巻き込んで始まった戦いは、先ほどまでディーノが繰り広げていたそれの比ではない。
すぐ傍を通り過ぎた幻惑の蔦に正気に帰ると慌てて鞭を操った。
あれが当たれば重傷者だけでなく死者も出る。
必死に死に物狂いで鞭を操っていると、不意に体感温度が低くなった。
なんだと首を巡らせば、独特の構えを見せた綱吉の姿。
彼を映した瞬間に空気が悲鳴を上げ、周りを飛んでいた土くれや植物の根が凍りついた。
軋む音を立てて動かなくなったそれらを横目に、激しい戦いの中でも汚れ一つないスーツを着た彼は悠然と歩いてくる。
動けずに居るディーノの三歩程前に来ると、震えるほどの覇気を纏っていた筈の綱吉は、ふにゃりと表情を崩した。
その笑顔は、中学時代から彼が見せる、親しい人間にだけ対するもので、それを見た瞬間に、不覚にも泣きたくなった。
「ボンゴレではなく、沢田綱吉として。助けに来ちゃいました、ディーノさん」
自分の立場を知っているくせに、全てを背負ったままもう一つの顔で微笑む彼はいつの間にこんなに大きくなっていたのだろう。
抱きしめれば簡単に腕を回しきれるのに、その細い体に秘められた力も強さもぴか一で、彼はあのリボーンの『最高傑作』だったのを思い出す。
「さあ、帰りましょうか」
ボンゴレとしてではなく駆けつけた彼に従うのは、たった六人。
彼自身が誰より信じ、誰より誇る六人の守護者。
伸ばされた掌を無意識で掴むと、予想よりも強い力で引き寄せられた。
もたれた体は揺るがずにそこにあった。
■の 望まないでもないのだと、わかると堕ちてゆけなくて
「ディーノさんは、怖くなかったですか?」
きょろきょろとした小動物めいた大きな瞳で見上げてきた。
柔らかな茶色な髪がふわふわ揺れ、思わず掌でくしゃくしゃに掻き混ぜる。
情けなく眉を下げやめてくださいと声を上げる綱吉は可愛く、小型犬を思わせた。
膝の上に乗せて思い切り甘やかしたい気持ちをどうにか押さえ込む。
実際にそんなことしたら腕の中の綱吉はその幼い顔立ちを真っ赤に染め上げ困惑に染まり大層愛らしいだろうが、同時にどこからか自分たちを見ているだろう元・家庭教師に銃殺されるに決まっている。
あれで居て漆黒の死神はある意味目の前の弟分には過保護だ。
うずうずと疼く掌を拳を握ることで堪え、彼の質問に首を傾げると手櫛で髪を整えた綱吉は、その琥珀色の瞳でディーノを見詰める。
「怖いって、何がだ?」
「ボスになることです」
おずおずと、それでもはっきりと口に上らせた疑問に、何故今自分が彼と二人きりにさせられたのかおぼろげながら理解した。
綱吉の家に遊びに来れば、大抵邪魔しに来る彼の自称右腕候補達や、騒がしくも可愛らしいちびっ子たち、そして愛らしい見た目に反した嗜虐性を持つ赤ん坊の姿があるはずなのに、今日に限って誰も居ないのはきっとリボーンの計らいなのだろう。
正座した太ももの上で握られた拳は震え、この質問に綱吉がどれほど勇気を振り絞ったかが伺える。
顎に手をやりそれを眺めながら、ディーノは舌で唇を濡らす。
彼の言葉に明確な返事をやれるのは、彼の知り合いではディーノだけだろう。
同級生にも彼と同じ立場の人間が居たと思うが、綱吉が知りたいのはボスの存在の重さだ。
ならば彼が心底望む疑問への回答も、ディーノしか持っていない。
しかしながら、ディーノは知っていた。
ディーノが持つ答えはあくまでディーノのものであり、綱吉が持つべきものではない。
綱吉の問いには浅い部分でしか答えられず、本当の意味で彼がそれを理解するのはディーノと同じ立場に彼が立ってからだろう。
それはきっと、まだ暫くは先で、だからこそディーノは暫し迷った。
「なぁ、ツナ」
「はい」
「俺は、お前の質問に俺の答えしかやれない。それはお前が導き出すのとはきっと違うし、お前が欲しいものではないと思う。───口先だけのものを、それでもお前は聞きたいか?」
「・・・はい。本当は、判ってるんです。リボーンにも言われました。ディーノさんの覚悟はディーノさんだけのもので、上澄だけ掬っても理解できるはずがないって。でも、それでもいいんです。俺は、ディーノさんの答えが聞きたい」
瞳の中に隠しきれない恐怖を抱き、恐れを露に綱吉は問う。
そんな彼を前に、すっと目を細めたディーノは一つため息を落とした。
静か過ぎる部屋に響いたその音は存外に大きく、綱吉がびくりと肩を震わせる。
落ち着かせるために頭を撫で、幼子に言い聞かせる優しさを含んだ声を出した。
「怖かった。正直に言えば今でも怖い。怖くない日なんてないし、怖くならない日もないんだろう。俺の場合、一生怖いままだろうな」
「ディーノさんほど凄い人でも?」
「俺は凄くなんてないさ。ボスをしてても俺は俺でしかない。護るために強くなろうと思っちゃあいるが、満足するには程遠い。それでも、何が足らなくとも家族を護るのがボスの務めだ。少なくとも俺はそう思うから、怖くとも踏ん張ってる。見栄と虚勢で立てるほど甘い地位じゃないが、それがなければ立っていられないな」
へらりと笑って見せれば、彼は泣きそうに顔を歪めた。
近い将来、ディーノの言葉の意味を本当に理解せざるを得ないであろう少年を哀れと思う気持ちはある。
心優しく小動物のように震える彼は、平和と平穏を好み戦いなど厭う性格だった。
それでも、と思ってしまう。
それでも彼は自分以上にいいボスになると予感がする。
狂気と正気の紙一重のこの場所に、彼が立つ日が楽しみだ。
■た 断ち切ったはずのものを、なびかせながら歩いていた
近いと思い込んでいた立ち位置は、遙か遠いと思い知らされた。
遠くに見える顔(かんばせ)を横目で見つつ、耳に嵌るイヤホンをさりげなく直す。
直接声すら届かない、それがディーノと綱吉の距離。
良くある錯覚だと、手元の書類を流しながら他の同盟ファミリーの発言を頭に叩き込む。
キャバッローネも同盟ファミリーの一つだが、自分より彼に近い立場の同僚はまだまだ居た。
ボンゴレの帝王として彼が君臨してから早一年。
渡航してから早数年。
リボーンにより鍛えられた綱吉の人心掌握術は突出した威力を持ち、彼をサポートする守護者の存在も併せ現在ではボンゴレに巣食う古狸ですら動かす術を持っている。
ブラッド・オブ・ボンゴレ。
一人一人突出した力を持つ守護者だけにならず、独立部隊と称しているが、XANXUSですら彼の下に居る。
その価値を理解しているのは、彼自身よりもむしろ彼の周りに居る他人だろう。
琥珀色した印象的な瞳を伏せ目がちにして座っている綱吉は、その場に存在するだけで視線を集めた。
オーラの色が違うとでも言うのだろうか。
静かに発言するでもなく居るだけで、彼は誰よりも帝王で、マフィア界に君臨するボンゴレの支配者だった。
視線を向けられるだけで同盟ファミリーの面々は身を竦ませる。
一年前、彼が君臨したばかりの日には、子供だの情けないジャポネーゼだのと口にしていた彼らなのに、今その言葉を言える人間は何人に減っただろうか。
もし今もそんな減らず口が叩けるなら、それは余程本質が見えない愚か者か、親愛を持って彼自身を可愛がる相手だけだろう。
その場に存在するだけで身が引き締まる思いがする。
それは古参だろうが若手だろうが変わらない。
大小あれどマフィアのファミリーを束ねる存在を眼差し一つで押さえ込む。
それがディーノの恩師であるリボーンが綱吉に叩き込んだ帝王学。
彼自身が最高傑作と称して憚らない、『ドン・ボンゴレ』。
漆黒の死神はダメツナと有名な弟分をスパルタ教育でたたき上げ、誰の前に出しても自慢できるボスを作り上げた。
美しく優雅で残酷で賢い。身内には懐広く、家族のためなら心血を惜しまない。
傲慢なまでに望みが高く、また何を置いてもそれを叶えたいと思わせる魅力を持つ。
つまるところ、リボーンが作り出した『ボンゴレ十世』は、類を見ない強力な力を持ち、この人にならと思わせる強烈な求心力を持ち、血を流さずに戦うための頭脳を持ち、残酷さすら優雅と思わせる美しさを持った。
尊敬するボス。敬愛するドン・ボンゴレ。
彼の家族は彼を中心になりたっており、その小さな見本が守護者で、もう少し拡大した縮図がこの同盟ファミリーの会合だった。
そして、ディーノの立ち位置は彼の味方でありながら、並べば距離が出来る中堅どころのファミリーの長。
時々夢を見ていたのかもしれないと思う。
中学時代の彼は自分に近く、可愛い弟でしかなかった。
甘やかすための特権を持っており、窘めるための距離の近さだった。
柔らかい髪の感触も、潤んだ琥珀色の瞳も、マイク越しじゃない通りの良い声も覚えているが、今は幻に近い。
この一年直接話したこともなければ、それ以前に目を合せた記憶すらない。
彼の居場所はディーノを持ってしても遠く、並び立つのは望めない格の違いがあった。
考えながらも同時に進行していく会議内容を頭に叩き込む。
書類の隙間からちらりと視線を上げれば、遙か遠くの琥珀色の瞳と視線が絡んだ気がして、青少年のように胸が高鳴ったのはディーノだけの秘密だった。
■つ 包まれながら、吹き抜けてゆこうと思います
「何をする気だ、ツナ」
二年前、目の前に居る部屋の主から直々に教えてもらった抜け道を利用し彼の部屋に入り込んだ。
時計はとうに真夜中を回っているけれど、スーツ姿で紅茶を用意していた綱吉は、琥珀色の瞳を細めるとディーノに向き合う。
自分も仕事場から直接来たので同じようにスーツ姿だが、白と黒という対照的な色合いだ。
綱吉のスーツに白が多いのはリボーンの趣味だと言っていたが、確かに黒よりも似合っていた。
クラシコイタリアのスーツは胸元を厚く見せるために腰元を引き絞っているが、しっかりと筋肉が付いているにも関わらず細い綱吉が着ると華奢で儚げな印象をもたらす。
ディーノと並ぶとまるで大人と子供。
ドン・ボンゴレで居ないときの彼は幼く、昔相手にしていた子供がそのまま大きくなった印象を与えた。
けれど一度異変が起これば彼は誰よりも大きな器である、ボンゴレの覇王へと姿を変える。
どちらも綱吉に違いないのに、同じ人間とは思えないほど違っていた。
現在の綱吉はただの沢田綱吉だ。
ディーノにとって可愛い弟分で、大事で守ってやりたい存在。
出来るなら小さくした綱吉を空き瓶に詰めて、どこへ行くにも携帯していたいと望むほど彼に対して過保護である自覚があった。
ドン・ボンゴレでいる彼の足元には膝を付いて、靴にキスを贈り忠誠を誓っても良いと思えるほど同じボスとして心酔していたが、『綱吉』に対しては激甘な兄貴でしかない。
だからこそ、ディーノは彼が綱吉で居るこの場所へ飛び込んだ。
特攻をかけたはずだが、アポなし訪問にも関わらず動きは見透かされている。
慌てず騒がず茶菓子を用意する弟分に促されるままソファに腰掛けたディーノは、深く息を吐き出した。
「驚かないのか?」
「ええ。そろそろだと思ってましたから」
「・・・そうか」
綺麗に整えられた金髪をくしゃくしゃと手でかき乱したディーノは、息を吐き出し淹れられた紅茶を口にする。
まるで部屋に入るタイミングすら知っていたのではないかと思えるくらいに、その紅茶の温度は用度良く、味も香も抜群だった。
同じように目の前の一人掛けのソファに腰を下ろした綱吉も紅茶を啜る。
ほんわりと笑った笑顔はいつもと変わらないのに、目の下の隈と青白い肌が彼の本当の気持ちを代弁しているように見えた。
「俺には、何もないのか?」
「・・・直球ですね」
「ああ。俺は今弟分の沢田綱吉に会いに来てるんだ。遠慮はいらないだろう?」
「そうですね・・・そうだった。あなたは俺の兄貴分だった」
くしゃり、と泣きそうな顔をした綱吉は、それでも笑った。
顰められた眉で眉間に皺が刻まれて、大きな瞳は潤んでいる。
かさついた肌に青白い顔色。隈までこさえて扱けた体で、それでもまだ笑っていた。
不意に胸が詰まり目の前の青年を腕に抱きしめたくて堪らなくなる。
それは衝動に近く、長年押さえ込んできた欲求でもあった。
けれどディーノの手が届く前に素早く立ち上がった彼は、甘やかされるのを拒絶した。
判っている。
ここで手を差し伸べたなら、一番大事なものが折れて立てなくなるかもしれないって事くらい。
何故ならディーノも彼と同じくらい、心に傷を負っていたから。
「俺を甘やかそうとしないで下さい、ディーノさん」
「ツナ」
「あなたは確かに俺の兄貴分だ。リボーンが居ない今でも。でもあいつがこの場に居たら、俺たちは銃殺されますよ。『甘えるな、駄目ツナ。甘やかすな、ヘタレ』って」
「・・・」
「傷の舐めあいをしている時じゃないんです。俺は、そんなことしてる時間はない」
真っ青な顔をして今にも倒れそうな面持ちで、それでも綱吉は言い切った。
唇を噛み締めて差し伸べた手を下ろすと拳を握る。
リボーンは居ない。
その言葉に受ける衝撃は、ディーノとて綱吉と代わらない。
二人が最強と信じていた家庭教師は、『負けた』のだ。
「リボーンは俺に教えてくれました。何があっても家族を守れと。あいつが居ても居なくても、俺はそれを実行しなくちゃならない。仇討ちを考える前に、復讐を企てる前に、俺は俺の家族を護る」
言い切った綱吉の瞳に宿る光は強い。
彼を甘えさせることで自分が甘えようとしていたことに、ディーノは瞬間気づいてしまった。
泣きたかったのも縋りつきたかったのもディーノの方だ。
最強と信じていた師の訃報に、絶望し何もかもを投げ捨てたかったのもディーノだった。
目の前に立つ弟分は両足を踏みしめ立っていたのに、一緒に絶望してくれるのを望んでいたなんて、何て愚かなのだろう。
彼はもう自分が何をすべきか見定めていて、だからこそディーノを迎えたのだと直感してしまっていたのに。
唇を噛み締めて俯けば、自分よりも小さな掌が頭を撫でる。
昔も幾度かしてもらった行為だが、幼子に対するようなそれは優しくディーノの心を解そうとした。
「大丈夫です、ディーノさん。俺たちは絶対に負けたりしない。俺たちの家庭教師はリボーンで、あいつ以上に強い奴は絶対にいない。あいつは、帰ってきます。戦いが終わった後、ひょっこりとニヒルな笑顔を浮かべて。『あんなのにいつまで手間かかってんだ、ヘナチョコどもが』ってね」
口にする彼はどこまでそれを信じているのだろうか。
思わず真っ直ぐに琥珀色の瞳を見詰めるが、そこに偽りや嘘はみつけられなかった。
ならば本心からそれを口にするのだろうか。
状況的証拠から彼の生存は限りなくゼロに近いのに、それでも信じているのだろうか。
信じているのだろう。
綱吉とリボーンの絆は、自分が持つものよりずっと強く揺ぎ無い。
その彼が言うのなら、リボーンは帰ってくるのだ。
そう、信じられた。
「だから、ディーノさんも俺を信じてください。俺は絶対に勝ちます。あなたも絶対に負けないで」
負けないでという言葉の裏に、死なないでと聞こえたのは錯覚だろうか。
泣きそうな気持ちで頷けば、やっぱり彼はふわりと笑った。
自分と彼の絆も、深く強いものであれと望んだ。
■風の立つ
「さて、そろそろ反撃の狼煙を上げる頃合か」
久しぶりに湧き上がる戦いへの欲求で、ディーノは好戦的に口の端を持ち上げた。
ぱしりと鞭を打ち鳴らせば、背後に控える腹心が楽しそうに声を上げて笑う。
彼の笑い声を聞いたのはいつ以来だろう。
思い出せないことに愕然とするよりも先に、これからは幾らでもまた聞けると微笑んだ。
「聞いたか、ボス。現れたボンゴレは十年前の姿らしい。随分と懐かしいじゃねぇか」
「ああ、聞いたさ。懐かしいし早く会いたいもんだ」
昂揚する感情。
彼が死んだと報告を受けてから、反撃する気も根こそぎ奪われていたのに、何と単純なものだろう。
負けぬための戦いは、いつか彼が言った通りに勝つための戦いへと色を変えつつある。
「恭弥が面倒を見てるんだってよ。それであいつ、最近そわそわしていたのか」
「ボンゴレが死んだと聞いても動揺を見せねぇのはおかしいと思ってたが、ああいうことだったんだな。ボス、あいつはきっと全部をしってたに違いねぇ」
「そうだな。知ってたなら教えろと言いたいところだが、まあ、いい。今はあいつが帰ってきたことだけで十分だ」
噛み締めるように吐き出した想いは本心で、それだけで十分にディーノの心は焚き付けられる。
「あんたの家庭教師も来たらしいぞ」
「ツナの策略の一つだろうな。自分の家庭教師も巻き込むなんて、全く食えない策士だよ、俺の弟分は」
「嬉しいだろ」
「・・・まあ、な」
頬を指先で掻き囁く。
嬉しくないわけがない。
彼ら二人はディーノにとって、ファミリーの面々とは違う家族だ。
綱吉やリボーンに感じる絆は自分のファミリーに対するものと違っても、その強さは変わらない。
だから嬉しくて当たり前なのだ。
「ツナを信じて良かった」
吐息交じりの囁きは本心であるが故に重い。
綱吉がミルフィオーレの銃弾に斃れたと聞いたとき、嘘だと直感で断じた。
遺体を見たし守護者達の嘆きや絶望も目にしたのに、ありえないと信じられた。
綱吉は勝つと宣言した。
それはファミリーへの誓いで、リボーンへの誓いで、ディーノへの誓いだった。
むかしからここぞという場所で強い彼は、期待を裏切ったことは一度もない。
だからディーノは遺体を目にしても信じられたのだ。
「さて、行くか。ボス」
「ああ」
指に嵌めている指輪を確認し、鞭を仕舞う。
周りに斃れている敵はもう眼中になく、今はただ弟分をどう助けるかだけを考えていた。
きっと弟分には自分の手助けが必要で、助けられるだけの知恵と経験は持っていると自負していた。
それを叩き込んだのは誰よりも恐ろしい家庭教師で、綱吉が信頼する男だった。
だからこそ早くと急く心を宥め状況を読み一番必要な時に駆けつけると決めていた。
反撃の狼煙が上がる。
風が立つ大地に足を踏みしめて、艶やかに笑うと心は空を映したように澄んでいった。
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