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■将軍&神楽
振り上げた腕を下ろすだけで事は足りた。それだけで、目の前の無力な人間は事切れるだろう事を経験上知っていた。躊躇などする訳がないと思っていた。目の前で、彼の命令で──自分の父親は、殺されたのだから。
『・・・・・・月が綺麗だな』
天守閣に登った神楽は、何気ない言葉に返事をした。
『そうアルネ』
淡々とした、感情の篭っていない声。彼との会合はもう何度目か覚えていなかった。初めて二人きりで話したのは、父親が殺された夜だった。以前会った事のある青年は、相変わらず感情の読めない表情で、淡々とした声音で神楽に声をかけて来た。無視できるはずのそれに言葉を返したのは、気まぐれに他ならない。
極上の衣を纏い、極上の教育を受け、極上の食に埋もれ、極上の暮らしを営む。それが、彼──将軍だった。
神楽は彼のことを知らなかった。父を殺した男。江戸の象徴。知っている情報はそれだけで、それ以上はない。神楽の父を殺す命令を与えた男が、神楽の父に直接手を下したわけではない。それでも彼の指示で父は死んだ。
初めて二人きりで会った日に何をしたかは、あまり覚えていない。しかと耳にしたはずの彼の言葉も、視界に映っていた彼の姿さえも、彼がどんな表情でどんな感情を含んでいたのかも。ただ、今と変わらず熱の篭らない声で話しかけてきたのを覚えている。
天守閣の上に胡座をかいていた神楽に、彼は当たり前に声をかけた。まるで自分がそこにいるのを知っていたかのように。待ち受けていたかのようなタイミングで、。何も映さない表情からは彼の感情は読み取れず、その意図を計れない。
それまで神楽は前に一度だけ会った時の、もっさりブリーフのイメージしかなかった。興味も関心も無く、このまま通り過ぎていく人間。固体として意識していたかどうかすらも怪しい。自分にとって意味のある存在ではなく、ただ通り過ぎていく背景のような人。
その認識を改めたわけではないが、父の死後神楽は何度も彼に会いに来た。おかしなことに理由は復讐するためではなく、ただ話をしたかったから。
雨の日に。
晴れた日に。
風の強い日に。
気が向いた時、決まって深夜の12時に彼女は天守閣に登る。神楽が出向いた日には、彼はいつもそこにいた。ぽつん、と。世界中に信頼できる人間はいないとでも言うように、ただ一人供を付けることすらせずに。
殺す事はたやすい筈だった。神楽が傘を一閃させればそれだけで彼は命を落とす。それは造作もなく甘い誘惑。一度も心が動かなかったかと問われれば、否だ。直接でなくとも彼は父を殺した人間。ふとした瞬間に殺意は芽生える。世間話にもならない話の最中であったり、部下を語る表情であったり、唯一の肉親である妹の話題であったり。硬い中にも見受けられる柔らかな雰囲気に苛立ったのは、数少なくない。
だが、手を出したのは一度きり。高杉の命令が出たあの時だけだった。
いつもと同じように黒のチャイナドレスを身に着けた彼女は、天守閣で彼を待った。思えば、この数ヶ月の会合で初めて彼を待った。いつもの時間よりも一時間早く空に駆け、闇に紛れるのは造作も無い。もし──もし、嘗ての最強と名高いお庭番集がいれば、まだ話も違っただろうに。
口の端を持ち上げ、月を見上げて息を気配を存在を殺し。ただ、獲物が現れるのを只管に。
『・・・珍しいことがあるものだ』
遅れて現れた彼は、いつものように神楽を視界に入れず正面だけを向いていた。
『何がアルか?』
『先に来ている』
誰が、とは問わなくてもわかる。だが、少しだけその言葉に驚いた。
『・・・月が、綺麗だな』
感嘆を含めた声に、つられるように月を見た。青白く光る月は、神楽の一番好きな色。
『そうアルネ』
思わず素直に返事をすると、下でくぐもった声が聞こえた。それが笑い声だったと認識し、驚きと同時に眉をしかめて意識を集中する。
『・・・どうしたアルか?』
『いや。初めて此処で会った時も同じ台詞を言っていた』
『・・・・・・』
『少しだけ、懐かしくなっただけだ』
無防備すぎる背中を見せ、将軍は呟く。縁に手を乗せ、彼は月を見上げた。手に入らぬものに焦がれるような眼差しは、寂寥感に溢れていた。初めて見る表情に眉が寄る。今更、今更躊躇う理由などないはずなのに。
『・・・・・・殺すか?』
前置きのない言葉だった。驚く事も無くそれを受け止める。気がついていることも知っていた。彼の瞳は何も映してないようで、きちんと見るべきものを見ている。江戸のシンボルにして最高の傀儡。それでも目は開き耳は聞こえ感情はある。
『殺すアル』
神楽が誰かを判っていても、彼はいつも無防備だった。背を向け、隙だらけの格好で神楽を誘っていた。初めはそれが油断させる為の手かと思っていたのだけれど、違うと気がついたのは割りと最近だ。彼は、ずっと『待って』いた。
ジャンプ一つで身を立て直すと、足元の瓦が小さく音を立てた。不安定な天守閣の上、半身になると傘を構える。瞬き一つで感情を消し、迷いや惑いは振り払う。己で決断し、実行したいと望んだ。もうこの手は、洗っても落ちないほどに赤に濡れている。
躊躇う事無く天守閣から飛び降りると、将軍がいる場所に一息で距離を縮める。傘を引き振りかぶる。だがその瞬間、スローモーションのように振り返った彼と目が合った。
『!?』
その顔に浮かぶ表情に、神楽の手は一瞬ぶれた。
彼は、そう、悲しそうな顔で、それでも少しだけ幸せそうに微笑んでいた。
『グハァっ!!!!』
悲鳴はそれほどの大きさではなかった。だが、それは致命的なミスだった。彼の声に気がついたお庭番が、何処からとも無く現れる。手裏剣を避けつつ、彼を楯に取ろうかと視線をさまよわせた。血の海に倒れこんだ彼は、それでも神楽を見上げていた。視線が絡んだのは一瞬。硬く瞼を瞑り、振り切るために息を吐き出す。握っていた傘の柄を、強く、強く掴んだ。
決断は一瞬だった。その場で身を翻し、城の最上階から飛び降りる。人間ならひとたまりもないだろうが、神楽は夜兎だ。宙で体制を直しつつ、所々に足を着け減速する。手近な屋根に着地し、気が緩んだ瞬間を狙われた。
着地から足を伸ばし飛び上がろうとした時の、無防備になった体に熱が走る。撃たれたのだと理解できたが足を止めるつもりはなかった。此処で捕まるわけには行かない。意識を切り替え逃げると決めたら後は楽だ。只管に、前だけを向いて走り去る。
──この日の為に、高杉が様々な場所でテロを起こしている事を思い出したのは、歌舞伎町に差し掛かった直後だった。
あの日と似た月を見上げ、神楽は一人静かに佇む。彼女はこれから高杉の課したペナルティを一人で請け負わなくてはならなかった。
殺戮目標であった男は、きっと一命を取り留めたに違いない。月を見上げる神楽には、今でも将軍を殺せなかった理由はつかめない。
振り上げた腕を下ろすだけで事は足りた。それだけで、目の前の無力な人間は事切れるだろう事を経験上知っていた。躊躇などする訳がないと思っていた。目の前で、彼の命令で──自分の父親は、殺されたのだから。
『・・・・・・月が綺麗だな』
天守閣に登った神楽は、何気ない言葉に返事をした。
『そうアルネ』
淡々とした、感情の篭っていない声。彼との会合はもう何度目か覚えていなかった。初めて二人きりで話したのは、父親が殺された夜だった。以前会った事のある青年は、相変わらず感情の読めない表情で、淡々とした声音で神楽に声をかけて来た。無視できるはずのそれに言葉を返したのは、気まぐれに他ならない。
極上の衣を纏い、極上の教育を受け、極上の食に埋もれ、極上の暮らしを営む。それが、彼──将軍だった。
神楽は彼のことを知らなかった。父を殺した男。江戸の象徴。知っている情報はそれだけで、それ以上はない。神楽の父を殺す命令を与えた男が、神楽の父に直接手を下したわけではない。それでも彼の指示で父は死んだ。
初めて二人きりで会った日に何をしたかは、あまり覚えていない。しかと耳にしたはずの彼の言葉も、視界に映っていた彼の姿さえも、彼がどんな表情でどんな感情を含んでいたのかも。ただ、今と変わらず熱の篭らない声で話しかけてきたのを覚えている。
天守閣の上に胡座をかいていた神楽に、彼は当たり前に声をかけた。まるで自分がそこにいるのを知っていたかのように。待ち受けていたかのようなタイミングで、。何も映さない表情からは彼の感情は読み取れず、その意図を計れない。
それまで神楽は前に一度だけ会った時の、もっさりブリーフのイメージしかなかった。興味も関心も無く、このまま通り過ぎていく人間。固体として意識していたかどうかすらも怪しい。自分にとって意味のある存在ではなく、ただ通り過ぎていく背景のような人。
その認識を改めたわけではないが、父の死後神楽は何度も彼に会いに来た。おかしなことに理由は復讐するためではなく、ただ話をしたかったから。
雨の日に。
晴れた日に。
風の強い日に。
気が向いた時、決まって深夜の12時に彼女は天守閣に登る。神楽が出向いた日には、彼はいつもそこにいた。ぽつん、と。世界中に信頼できる人間はいないとでも言うように、ただ一人供を付けることすらせずに。
殺す事はたやすい筈だった。神楽が傘を一閃させればそれだけで彼は命を落とす。それは造作もなく甘い誘惑。一度も心が動かなかったかと問われれば、否だ。直接でなくとも彼は父を殺した人間。ふとした瞬間に殺意は芽生える。世間話にもならない話の最中であったり、部下を語る表情であったり、唯一の肉親である妹の話題であったり。硬い中にも見受けられる柔らかな雰囲気に苛立ったのは、数少なくない。
だが、手を出したのは一度きり。高杉の命令が出たあの時だけだった。
いつもと同じように黒のチャイナドレスを身に着けた彼女は、天守閣で彼を待った。思えば、この数ヶ月の会合で初めて彼を待った。いつもの時間よりも一時間早く空に駆け、闇に紛れるのは造作も無い。もし──もし、嘗ての最強と名高いお庭番集がいれば、まだ話も違っただろうに。
口の端を持ち上げ、月を見上げて息を気配を存在を殺し。ただ、獲物が現れるのを只管に。
『・・・珍しいことがあるものだ』
遅れて現れた彼は、いつものように神楽を視界に入れず正面だけを向いていた。
『何がアルか?』
『先に来ている』
誰が、とは問わなくてもわかる。だが、少しだけその言葉に驚いた。
『・・・月が、綺麗だな』
感嘆を含めた声に、つられるように月を見た。青白く光る月は、神楽の一番好きな色。
『そうアルネ』
思わず素直に返事をすると、下でくぐもった声が聞こえた。それが笑い声だったと認識し、驚きと同時に眉をしかめて意識を集中する。
『・・・どうしたアルか?』
『いや。初めて此処で会った時も同じ台詞を言っていた』
『・・・・・・』
『少しだけ、懐かしくなっただけだ』
無防備すぎる背中を見せ、将軍は呟く。縁に手を乗せ、彼は月を見上げた。手に入らぬものに焦がれるような眼差しは、寂寥感に溢れていた。初めて見る表情に眉が寄る。今更、今更躊躇う理由などないはずなのに。
『・・・・・・殺すか?』
前置きのない言葉だった。驚く事も無くそれを受け止める。気がついていることも知っていた。彼の瞳は何も映してないようで、きちんと見るべきものを見ている。江戸のシンボルにして最高の傀儡。それでも目は開き耳は聞こえ感情はある。
『殺すアル』
神楽が誰かを判っていても、彼はいつも無防備だった。背を向け、隙だらけの格好で神楽を誘っていた。初めはそれが油断させる為の手かと思っていたのだけれど、違うと気がついたのは割りと最近だ。彼は、ずっと『待って』いた。
ジャンプ一つで身を立て直すと、足元の瓦が小さく音を立てた。不安定な天守閣の上、半身になると傘を構える。瞬き一つで感情を消し、迷いや惑いは振り払う。己で決断し、実行したいと望んだ。もうこの手は、洗っても落ちないほどに赤に濡れている。
躊躇う事無く天守閣から飛び降りると、将軍がいる場所に一息で距離を縮める。傘を引き振りかぶる。だがその瞬間、スローモーションのように振り返った彼と目が合った。
『!?』
その顔に浮かぶ表情に、神楽の手は一瞬ぶれた。
彼は、そう、悲しそうな顔で、それでも少しだけ幸せそうに微笑んでいた。
『グハァっ!!!!』
悲鳴はそれほどの大きさではなかった。だが、それは致命的なミスだった。彼の声に気がついたお庭番が、何処からとも無く現れる。手裏剣を避けつつ、彼を楯に取ろうかと視線をさまよわせた。血の海に倒れこんだ彼は、それでも神楽を見上げていた。視線が絡んだのは一瞬。硬く瞼を瞑り、振り切るために息を吐き出す。握っていた傘の柄を、強く、強く掴んだ。
決断は一瞬だった。その場で身を翻し、城の最上階から飛び降りる。人間ならひとたまりもないだろうが、神楽は夜兎だ。宙で体制を直しつつ、所々に足を着け減速する。手近な屋根に着地し、気が緩んだ瞬間を狙われた。
着地から足を伸ばし飛び上がろうとした時の、無防備になった体に熱が走る。撃たれたのだと理解できたが足を止めるつもりはなかった。此処で捕まるわけには行かない。意識を切り替え逃げると決めたら後は楽だ。只管に、前だけを向いて走り去る。
──この日の為に、高杉が様々な場所でテロを起こしている事を思い出したのは、歌舞伎町に差し掛かった直後だった。
あの日と似た月を見上げ、神楽は一人静かに佇む。彼女はこれから高杉の課したペナルティを一人で請け負わなくてはならなかった。
殺戮目標であった男は、きっと一命を取り留めたに違いない。月を見上げる神楽には、今でも将軍を殺せなかった理由はつかめない。
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