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ゆっくりと浮上する意識に蓬生はほっと胸を撫で下ろす。
 見たくないのに見ていた映像は徐々に薄れ、意識も自分のものであると把握できた。
 瞼越しに透ける光りを意識して、自分の意思で呼吸する。指先から確かめるように力を篭め、動かせるのを確信してから瞼を持ち上げた。
 そこは菩提樹寮の庭で、蓬生が居たのははお気に入りの昼寝ポイント。滅多に邪魔が入らず、尚且つ直射日光を避けられ風が吹くその場所は、この寮に来てから何度も利用していた。
 数度瞬きを繰り返し視力を取り戻せば、見上げた空は茜色に染まっている。時折黒い影が羽ばたき横切っていくのを目を細めて眺め、ふっと身体の力を抜いた。

「随分けったいな夢を見たなぁ」

 吐息と共に言葉を漏らす。
 身体の位置を調整し寝転びやすい体勢に変わると、頭の後ろに腕を指しこんだ。角度が変われば僅かに景色の見え方も変わる。ゆったりと流れる雲は心地よさそうで、羨ましいと呟いた。

「俺が見るにしては夢一杯の内容やったわ」

 いい年をして、と苦笑する。
 夢の中の蓬生は所謂『悪魔』と呼ばれる生き物で、笑えることに所在地は奈落。強大な力を持ち、それに伴う永い生を過ごしてきた彼は知識も余裕もたっぷりと持った、蝙蝠と酷似した大きな羽を持つ不思議な生き物だった。

「ファンタジーや」

 ぼそり、と呟き眉を寄せる。天使と悪魔が居て、ついでに魔法(らしきもの?)も使えた。意識を集中するだけでその場に居ながら遠くのものを感知できたり、結界を張って不要な者をシャットアウトしたり。
 けれどその夢は希望溢れる夢じゃなかった。

「ロミオとジュリエットより酷いわ」

 苦虫を百匹以上噛み潰したような口調で呟く。顎に手をやり、思い出そうとしなくともくっきりと脳に刻みこまれた記憶を回想した。
 蓬生は力ある悪魔だった。誰にも執着せず、享楽的で快楽主義。縛られず気ままに生きて、たまに暇なら天使の相手を片手間にこなす、そんなマイペースな悪魔だった。
 性格は何処か変わっていて、悪魔の癖に日光浴が嫌いじゃなく、境目と呼ばれる土地で悪魔にとって害悪にしかならない天上の光りを浴びて昼寝する豪胆な部分も持っていた。
 好奇心旺盛で興味があるものには手を出さずに居られない。けれど厭きっぽいので興味が尽きればすぐに捨てる、そんな自分勝手で子供っぽい部分も持ち合わせていた。少しだけ、自分と似ているかもしれない。
 その天使に興味を持ったのも好奇心からだった。彼女は幼く天使らしくないとろさを持ち、素直で面白かった。からかえばからかうほど反応するそれを、蓬生───否、『彼』は気に入った。
 壷に入るというものなのだろう。彼女の存在自体が彼の好奇心を刺激し、また構いたいと想わせる不思議な力を持っていた。
 幼く見えるのに力は強大。とろくさくても何処までも真っ直ぐ。ちょっと苛めれば固まって、彼が髪を引っ張っても頬を突付いても、彼の知るどの天使よりも美しい胡粉色の羽を弄繰り回しても中々硬直が解けなかった。驚いた小動物みたいな反応がまた彼の悪戯心を擽り、もっともっとと彼女を望ませた。
 彼の知る天使は取り澄ました端正な顔で人を踏みにじり、矜持ばかりが高く面白みのない存在だったが彼女だけは別だった。ころころ変わる表情も、人懐こい性格も、天使らしからぬもので気に入っていた。
 秘密の場所、と銘打ったその場所に、彼女はいつでも愛用の仕事道具を持ってきていた。それは彼女が季節を変えるのに必要なもので、奏でれば望み通りに四季を移ろわせた。
 柔らかな暖かい曲を奏でれば心地よい春に。鮮烈で刺激的な曲を奏でれば日差しの強い夏に。ゆったりとした穏やかな曲を奏でれば紅葉の秋に。冴え冴えと背筋が凍るような曲を奏でれば凛とした空気の冬に。
 彼女の心一つで季節は変わり、始めは操れなかった力もコントロールを覚え繊細な操作を覚えた。一本の木に春を、隣の木には冬を、といった風に同時に季節を変える方法も学んだ。学習能力の高い彼女は、努力かな性質もあり、たった一年で見違えるほど力の使い方が上手くなった。
 あの日、あの男が来るまで、彼は確かに楽しんでいた。
 日常が崩れるのは簡単だ。気に食わない男の来訪で彼の心は悪魔らしい色を取り戻した。即ち独占欲と執着心。奪われる前に束縛してしまえと、彼の心は囁いた。
 おかしな事に、その日まで彼は彼女をどうこうしたいと思っていなかった。ただ、二人きりの時間が特別で、その時間がずっと続けばいいと暢気にも考えていた。奪われるなど考えたこともなく、ついでに間抜けにも彼女には彼女の交友範囲があるのをうっかりと忘れていた。
 その男の存在は、彼にとっては寝耳に水で、油断していた心には刺激が強すぎた。構えてなかった分衝撃は強く、そしてそれが見知った相手であったのも余計に良くなかった。
 独占する方法はもとより持ち得ていた。彼は力が強い悪魔で、その手腕で今まで何人もの天使を堕としてきたのだから。彼が厭きるまでの短い時間を共に過ごした経験もあるので、どうやって面倒を見ればいいかも知っていた。
 力づくで邪魔な存在を捻じ伏せ、彼女へと力を注ぐ瞬間背筋を駆けたのは紛れもない快楽。自分の一部を強制的に注入し、自分のものへと創り変える。それは性欲を伴わない快感。真っ白なものを濁らすのは、震えるほどに楽しく愉しい。それは誰も踏み込んでいない雪に足跡をつけるのと似ているかもしれない。

「あかん。俺、才能あるかもしれんわ」

 綺麗なものを崩すのは面白い。それが自分のお気に入りで、且つ代えが利かない物なら尚更。額に手を当てると息を吐き出す。
 驚き丸くなった目も、微かに強張る身体も、強制的に変えられる苦痛に歪んだ表情も、唇を塞がれてる所為でくぐもっていた声も、何もかもが彼をそそった。
 この綺麗な生き物が自分の物になる。
 頭にあったのはその一点のみ。

「世の中は、上手く行かんもんやね」

 だが、彼の望みは叶わなかった。
 強大に見えた彼女の力。それは確かに元々のキャパシティもあったのだろうけど、実際は数多の天使のものだった。魂にまで掛かる神が施した呪縛。同僚であった彼らが、汚されない為にと施した呪い。
 幾重にも厳重に巻き付けられたそれは、数が多すぎて認知するには難しく、気づいたときには全てが遅かった。
 長時間外にいたから、という理由だけではなく顔を青くする。思い出してもなまじのホラー映画より薄気味悪い映像が脳裏に繰り返され、こみ上げる吐き気に口を覆った。
 彼が目にしたのは、お気に入りの彼女が解けて行く瞬間。平和な時代に生きる蓬生が目にするには刺激が強すぎたそれは、戦時中の核を受けた日本人がああだったのかもしれないと想像させた。
 髪が抜け、眼孔が剥き出しになり、皮膚は爛れ指から蕩け落ちる。美しく可憐だった面影はそこになく、何もする事が出来ない内に全てが消える。
 気がついたときには魂の片鱗すら見つけられなくなっていた。

「───俺は、あの天使が怒声を上げた気持ちも判る」

 彼は、何故あの時天使が堕ちたのか判っていなかったが、むしろそれが蓬生には不思議だ。天使は明らかに彼女に懸想していた。言っていたではないか。『博愛主義者の唯一の例外』だと。彼とて同じだったのに。そこまで考え嘆息する。
 否。彼は同じではなかった。
 彼は彼自身の感情を理解してなかった。『愛する』なんて単語、悪魔の辞書にはなかったに違いない。
 会えると思うだけで胸を躍らせるのも、そこに居るだけで気持ちが緩んだのも、一緒にある時間が代えの利かないものだったのも、全部その一言に集約できたはずなのに。自分と縁がないと思い込んでいた先入観から、彼は最後まで気づかなかった。

「嫌、違うか。彼は、最後の最後で気づいたんや」

 残留思念だけの身体もない姿になって、最後に最後にこう望んだ。『生きたい』と。もう一度だけ、彼女に会うために、生きたいと願った。それは悪魔にしては純粋で、混じり気がない必死の願い。神でもなく魔王でもなく、他の何かに祈りを捧げて。

「あれは、夢や」

 自分と酷似したもう一人を想い、蓬生は一粒の涙を零す。
 己の手で消滅させたと理解したのは、最後に消える僅かな時間。
 後悔が胸にせり上がり、同時に酷い満足感が巣食う。他の誰かではなく、自分が彼女を滅ぼしたと、独占できたと悦んだ。
 救い様のない馬鹿だ。自分の手を取ってくれずとも、他の誰の手も取らない彼女に嬉しいと思うなど。後追い自殺までしでかすなら、何故別の手段を考えられなかったのか。知らない、なんて理由にならない。彼の行動は何処までも自分勝手で、自分本意だ。

「ああ・・・嫌やな」

 何が嫌って、彼の気持ちがわかる自分か嫌だ。

「鳴かぬなら、殺してしまえ不如帰」

 有名な唄だ。自分はもっと気が長い方だと思っていたが、本来の性質にはこちらの方がしっくりとくる。
 消滅していく彼女を助けようとしなかったのは、手段がなかったからではなく───。

「あれ?蓬生さん?」

 聞こえてきた声に、現実へ変える。
 驚きに数度瞬きし回りを見渡せば、随分と闇の色が濃くなった庭に一つの華奢な影があった。
 右手に荷物を抱えた姿に蓬生は息を呑む。

「・・・小日向ちゃん?」
「はい。───おやすみでしたか?」
「嫌、起きとったよ。ちょうど目が覚めて涼しかったから風に当たってたんや」
「ああ、そうですね。日が暮れてきたし、風も昼に比べると随分涼しいですし。気持ちいいですもんね」

 柔らかな声。楽しげな口調は夢の中の人物と被る。
 見た目も全く同じその少女は、警戒心もなく蓬生へと近づいた。相変わらず色々と鈍そうだ。
 くすり、と笑う。
 やっぱり彼と自分は違う。

「なぁ、小日向ちゃん」
「はい?」
「こっちに来てや。ちょっと頭が痛いんよ。癒してくれる?」
「え?大丈夫ですか?部屋に入った方がいいんじゃ」
「ええの、ええの。小日向ちゃんが撫でてくれれば気分が和らぐから」
「私が、ですか?」

 きょとりと大きな目を瞬かせたかなでは、けれど促せばおずおずと小さな掌で蓬生の頭を撫でた。近づいた距離で彼女の香りが鼻を擽る。柑橘系のコロンをつけているらしく、少しだけ甘酸っぱい。
 伝わる体温に蓬生はゆっくりと身体の力を抜いた。
 かなでは彼女と違い、自分は彼とは違う。
 もう一度かみ締めるように考え息を吐き出す。

「───なぁ、小日向ちゃん」
「はい?」
「俺、ウサギになってしまいそうや」
「ウサギ?」
「小日向ちゃんが居ないと寂しくて死んでしまうかも。───せやから、俺を一人にせんといてね?」
「・・・ふふ、変な蓬生さん」
「変でもええわ。なぁ、返事は?」
「はい。蓬生さんが安心するまで、ずっとずっと傍に居ますよ」

 それはきっと蓬生が望む意味合いではないけれど、その言葉に酷く安堵する。

「俺は、あんたのようにならん」

 ぼそり、と呟くと温もりに目を閉じた。
 蓬生は彼と違い、この胸に巣食う感情を理解している。

「───俺は、あんたみたいにならん」

 いつか、彼女がこの腕から出ていってしまっても。
 夢の中の出来事を鮮明に思い出し、眉間に皺を刻んだ。
 満足そうに笑った彼が、脳裏からは消えなかった。

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