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「・・・やめてよ!」
聞こえた声に琥一に向いていた視線を彷徨わせる。
一流大学の校門の壁に凭れていた琥一は、不機嫌そうに眉を寄せた。そうすると、髪型も相俟ってちょっと一般人には見えない。
普段なら笑ってやるところだが、琉夏もきっと人のことを言えない顔になっているに違いない。
「やめてって言ってるでしょ!」
今度は先程よりももう少しはっきりと聞こえた。
声の主には嫌というほど心当たりがあり、こんな風に荒げている場面を幾度か見たことがあるので状況はすぐに把握できた。
だが把握できたからといって慣れるわけではない。苛立ち舌打すると、壁から背を離した琥一が先に動いた。
ちらり、と視線を寄越してきた彼に小さく頷くと、ポケットに手を入れて歩く。少しだけ気だるげに、けど雰囲気は険悪に。ここら辺は昔取った杵柄で簡単に行えた。
見据える先には一人の華奢な女性と、彼女を囲う数人の男。
いかにもチャラ男系の奴らに、頭は良くても馬鹿な奴はやっぱりいるんだなとどこか冷静な頭で考えた。
今日の冬姫の装いは女の子らしいガーリーな装いだ。きっと大学の構内で勉強している彼女は、知的で大人しい美女に見えたことだろう。
だがその中身は意外と苛烈で意地っ張りであると、琉夏も琥一も知っている。
ナンパも嫌いだし、そもそも見知らぬ人間に馴れ馴れしくされるのも嫌いな冬姫だ。今の表情だって嫌悪をあれだけ前面に出しているのに、男たちは何故気がつかないのだろう。
冬姫に触れる男たちにも、それを見て見ぬ振りして通り過ぎる人達にも苛立ちを抱きながら琉夏は歩を進めた。
隣に立つ琥一は先ほどから一切口を開いていないが、隣に居る琉夏にまで怒気が伝わってきて、止まれるかな?とちらりと脳裏に過ぎったが、手段を考える前に冬姫の傍までついてしまった。
男たちに体を向けている冬姫は、まだこちらに気づいていない。
「だから、私には予定があるの。幼馴染と一緒にご飯を食べに行くんだから!」
「なら、その幼馴染も一緒でいいって」
「そうそう。そっちの方が合コンも盛り上がるだろうしー」
「・・・だってさ、コウ。どうする?」
「そうだな。もちろん、テメェらの奢りなんだろうな?」
「・・・え?」
振り返ろうとした冬姫の肩に腕を置き、所有を主張する。琥一の長い腕は、彼女の腰へと回っていた。
冬姫を見てニヤニヤと笑っていた男たちは、漸く二人の存在に気がついたらしく、大きく目を見開いている。
間抜け面、とぼそりと呟けば、元々見れたもんじゃねえだろと即効で帰ってきて、そうだねと肩を竦めた。
「琉夏君、琥一君」
首を逸らして顔を上げた冬姫が、琉夏と琥一を認めてホッと息を漏らした。
腕に掛かる重さが増し、身を預けた冬姫を護るように二人は前に出る。
すると怯えたように男たちは一歩後ろへ下がると、震える声を発した。
「・・・も、もしかして桜井兄弟?」
「桜井兄弟?何だそれ?」
「有名なのか?」
「知らないなら黙ってろよ!」
「え?桜井兄弟って、あの桜井兄弟?」
ぼそぼそと聞こえる声に、にんまりと笑う。悪名を知っていた輩が居てくれてとても嬉しい。これで簡単に厄介払いが出来る。
視線だけで隣を見れば、同じような表情をした兄と目が合った。それだけで意思疎通が出来、結論は簡単に出る。
「桜井兄弟がどれを言ってんのかしらねぇが、ピアスの桜井兄弟なら俺らだな」
「今となったら少しばかり恥ずかしい呼び名だけどね。───前より大人しくなったつもりだったけど、大切な幼馴染に手を出されたら昔のヤンチャ時代が懐かしくなってくるな。ねぇ、コウ」
「そうだな。俺ら、自分のもんに手を出されるの嫌いだしなぁ」
ゆったりとした口調でわざとらしく告げる。腕の中の冬姫の体がぴくり、と震えたがそれ以上の反応はなかった。
聡い彼女はどういうつもりでの発言か悟ってくれたようだが、それでもきっとあとで怒られるかもしれない。何しろ、今の発言で彼女へアプローチをかける男は激減したに違いないから。
自分たちとしてはいい虫除けだと思うが、大学で彼氏を作るつもりだったのなら諦めてもらうしかない。もっとも、そんな暴挙は最初から許す気はないけど。
「どうする?ルカ」
「どうしようか?」
「すすすす、すんませんでした!」
自分たちを知っていたらしい一人の男が回れ右をして駆け出す。それを唖然と見送った残りのメンバーも、その勢いに釣られてわれ先にと走り出した。
「うーわ。蜘蛛の子を散らしたみたいだな。コウが怖い顔をするからだ」
「何言ってやがる。お前だって相当だったろうが」
追い払われた悪い虫を眺めていると、不意に腕に激痛が走った。
「いてぇ!」
「イタっ」
兄も同じタイミングで声を発し、視線を落とせば腕の上に小さな白い掌。ぎゅぎゅと抓られる腕に、情けなく眉を下げる。
「腕、放して。まだギャラリーは居るんだよ」
「判ってるって。ねぇ、コウ」
「おう。だから、やってんだ」
「もう!二人とも」
ぷくっと頬を膨らませて口癖を出した幼馴染に、痛む腕をそのままにクスクスと笑う。変わらないこの子がとても愛しい。
他の誰かに譲るなど、一切考えられないほどに。
「怒るなよ、冬姫。飯、食いに行くんだろう?」
「今日はバイキングだから食べ放題だよ。ソフトクリーム自分で作れるんだって。凄くない?」
「それは凄いけど。・・・でも、このままじゃ歩けないよ」
「そうか?」
「そうかな?」
「そうだよ!もう、早く放して」
ぎろり、と睨みつけられてこれ以上機嫌が悪くならない内にと、渋々手を放す。
慌てて距離を取った冬姫が周りを見渡せば、数人のギャラリーはすぐさま散った。きっと週末の休みを挟んだ月曜日には、噂は尾ひれをつけて出回っているに違いない。
眉間に皺を寄せてため息を吐いた冬姫は、恨めしそうな視線を向けてくるが口笛を吹いて視線を逸らす。
もう一度ため息が聞こえ視線を戻すと、仕方がないと艶やかな苦笑を見せた冬姫は二人の手をきゅっと握った。
「な!?」
自分から無意識にするならともかく、相手からの接触に弱い琥一が声を上げ手を引こうとするが、寸前で動きが止まる。
強面を赤く染め、どうしたものかと眉を下げる姿は、言ってしまうと可愛らしい。
琉夏は琥一よりももう少し素直だったので、握られた手をすぐさま握り返した。
「助けてくれてありがとう。二人とも、王子様みたいだったよ」
悪戯っぽく告げられ、琥一は目を伏せ、琉夏は笑った。
二人の大事なお姫様を真ん中にして、手を繋いで歩くのはとても気分がいいものだった。
聞こえた声に琥一に向いていた視線を彷徨わせる。
一流大学の校門の壁に凭れていた琥一は、不機嫌そうに眉を寄せた。そうすると、髪型も相俟ってちょっと一般人には見えない。
普段なら笑ってやるところだが、琉夏もきっと人のことを言えない顔になっているに違いない。
「やめてって言ってるでしょ!」
今度は先程よりももう少しはっきりと聞こえた。
声の主には嫌というほど心当たりがあり、こんな風に荒げている場面を幾度か見たことがあるので状況はすぐに把握できた。
だが把握できたからといって慣れるわけではない。苛立ち舌打すると、壁から背を離した琥一が先に動いた。
ちらり、と視線を寄越してきた彼に小さく頷くと、ポケットに手を入れて歩く。少しだけ気だるげに、けど雰囲気は険悪に。ここら辺は昔取った杵柄で簡単に行えた。
見据える先には一人の華奢な女性と、彼女を囲う数人の男。
いかにもチャラ男系の奴らに、頭は良くても馬鹿な奴はやっぱりいるんだなとどこか冷静な頭で考えた。
今日の冬姫の装いは女の子らしいガーリーな装いだ。きっと大学の構内で勉強している彼女は、知的で大人しい美女に見えたことだろう。
だがその中身は意外と苛烈で意地っ張りであると、琉夏も琥一も知っている。
ナンパも嫌いだし、そもそも見知らぬ人間に馴れ馴れしくされるのも嫌いな冬姫だ。今の表情だって嫌悪をあれだけ前面に出しているのに、男たちは何故気がつかないのだろう。
冬姫に触れる男たちにも、それを見て見ぬ振りして通り過ぎる人達にも苛立ちを抱きながら琉夏は歩を進めた。
隣に立つ琥一は先ほどから一切口を開いていないが、隣に居る琉夏にまで怒気が伝わってきて、止まれるかな?とちらりと脳裏に過ぎったが、手段を考える前に冬姫の傍までついてしまった。
男たちに体を向けている冬姫は、まだこちらに気づいていない。
「だから、私には予定があるの。幼馴染と一緒にご飯を食べに行くんだから!」
「なら、その幼馴染も一緒でいいって」
「そうそう。そっちの方が合コンも盛り上がるだろうしー」
「・・・だってさ、コウ。どうする?」
「そうだな。もちろん、テメェらの奢りなんだろうな?」
「・・・え?」
振り返ろうとした冬姫の肩に腕を置き、所有を主張する。琥一の長い腕は、彼女の腰へと回っていた。
冬姫を見てニヤニヤと笑っていた男たちは、漸く二人の存在に気がついたらしく、大きく目を見開いている。
間抜け面、とぼそりと呟けば、元々見れたもんじゃねえだろと即効で帰ってきて、そうだねと肩を竦めた。
「琉夏君、琥一君」
首を逸らして顔を上げた冬姫が、琉夏と琥一を認めてホッと息を漏らした。
腕に掛かる重さが増し、身を預けた冬姫を護るように二人は前に出る。
すると怯えたように男たちは一歩後ろへ下がると、震える声を発した。
「・・・も、もしかして桜井兄弟?」
「桜井兄弟?何だそれ?」
「有名なのか?」
「知らないなら黙ってろよ!」
「え?桜井兄弟って、あの桜井兄弟?」
ぼそぼそと聞こえる声に、にんまりと笑う。悪名を知っていた輩が居てくれてとても嬉しい。これで簡単に厄介払いが出来る。
視線だけで隣を見れば、同じような表情をした兄と目が合った。それだけで意思疎通が出来、結論は簡単に出る。
「桜井兄弟がどれを言ってんのかしらねぇが、ピアスの桜井兄弟なら俺らだな」
「今となったら少しばかり恥ずかしい呼び名だけどね。───前より大人しくなったつもりだったけど、大切な幼馴染に手を出されたら昔のヤンチャ時代が懐かしくなってくるな。ねぇ、コウ」
「そうだな。俺ら、自分のもんに手を出されるの嫌いだしなぁ」
ゆったりとした口調でわざとらしく告げる。腕の中の冬姫の体がぴくり、と震えたがそれ以上の反応はなかった。
聡い彼女はどういうつもりでの発言か悟ってくれたようだが、それでもきっとあとで怒られるかもしれない。何しろ、今の発言で彼女へアプローチをかける男は激減したに違いないから。
自分たちとしてはいい虫除けだと思うが、大学で彼氏を作るつもりだったのなら諦めてもらうしかない。もっとも、そんな暴挙は最初から許す気はないけど。
「どうする?ルカ」
「どうしようか?」
「すすすす、すんませんでした!」
自分たちを知っていたらしい一人の男が回れ右をして駆け出す。それを唖然と見送った残りのメンバーも、その勢いに釣られてわれ先にと走り出した。
「うーわ。蜘蛛の子を散らしたみたいだな。コウが怖い顔をするからだ」
「何言ってやがる。お前だって相当だったろうが」
追い払われた悪い虫を眺めていると、不意に腕に激痛が走った。
「いてぇ!」
「イタっ」
兄も同じタイミングで声を発し、視線を落とせば腕の上に小さな白い掌。ぎゅぎゅと抓られる腕に、情けなく眉を下げる。
「腕、放して。まだギャラリーは居るんだよ」
「判ってるって。ねぇ、コウ」
「おう。だから、やってんだ」
「もう!二人とも」
ぷくっと頬を膨らませて口癖を出した幼馴染に、痛む腕をそのままにクスクスと笑う。変わらないこの子がとても愛しい。
他の誰かに譲るなど、一切考えられないほどに。
「怒るなよ、冬姫。飯、食いに行くんだろう?」
「今日はバイキングだから食べ放題だよ。ソフトクリーム自分で作れるんだって。凄くない?」
「それは凄いけど。・・・でも、このままじゃ歩けないよ」
「そうか?」
「そうかな?」
「そうだよ!もう、早く放して」
ぎろり、と睨みつけられてこれ以上機嫌が悪くならない内にと、渋々手を放す。
慌てて距離を取った冬姫が周りを見渡せば、数人のギャラリーはすぐさま散った。きっと週末の休みを挟んだ月曜日には、噂は尾ひれをつけて出回っているに違いない。
眉間に皺を寄せてため息を吐いた冬姫は、恨めしそうな視線を向けてくるが口笛を吹いて視線を逸らす。
もう一度ため息が聞こえ視線を戻すと、仕方がないと艶やかな苦笑を見せた冬姫は二人の手をきゅっと握った。
「な!?」
自分から無意識にするならともかく、相手からの接触に弱い琥一が声を上げ手を引こうとするが、寸前で動きが止まる。
強面を赤く染め、どうしたものかと眉を下げる姿は、言ってしまうと可愛らしい。
琉夏は琥一よりももう少し素直だったので、握られた手をすぐさま握り返した。
「助けてくれてありがとう。二人とも、王子様みたいだったよ」
悪戯っぽく告げられ、琥一は目を伏せ、琉夏は笑った。
二人の大事なお姫様を真ん中にして、手を繋いで歩くのはとても気分がいいものだった。
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通い慣れた道を、防具と竹刀を持って歩く。
小学校低学年の身でありながらすでに結構な上背のリズヴァーンは、夏も近づいてきたというのにストールを顔半分に巻いていた。
雨が降ると未だに痛むその場所には、家族を失った証がくっきりと残っている。
その証を知らぬものは学校にも道場にもいないが、見て気分がいいものではないだろうとずっとそうしていた。
幾人か通り過ぎる顔見知りに挨拶をしながら真っ直ぐに歩く。
角を曲がって見えてきた場所が、リズヴァーンが現在住んでいる家だった。
指をインターホンに伸ばそうとして、暫し躊躇う。
きっとこの家の玄関は今日も開いている。外部からの侵入者であるリズヴァーンのために、開放されている。
だからこそ、躊躇うのだ。この家は以前はきちんと鍵は閉められていたのを、知っているから。
この家はリズヴァーンの親戚の家だ。少し遠い場所にあったここには、数ヶ月に一度の単位で遊びに来ていた。家族みんながどこか暢気な気質を持ち、暖かで優しい。
そんな場所に異分子が紛れ込んでいいか、未だにリズヴァーンには判らない。
ドアノブに手を伸ばし、躊躇っていると。
「おかえり!リズおにいちゃん!」
勢い良く開いたドアを慌てて避ける。そして僅かな後に高い子供特有の声が響き、どんと腰元に衝撃が走る。
誰かなんて確かめなくても判った。
「望美」
「えへへー。きょうものんがいちばんにわかったんだよ!」
凄いでしょ。誉めて。とばかりに目を輝かせる、低い位置にある頭に手を載せる。
リズヴァーンが帰ってきた喜びを隠さず、もし尻尾があったなら千切れんばかりに振っているのが目に浮かぶ。
何故か理解し難いが、この小さな少女はリズヴァーンが好きらしい。それも、赤ん坊の頃から筋金入りだ。彼女の母親曰く、『一目惚れってやつかしら?』らしい。だが、赤ん坊にそんな機微がわかるとは思えないので、きっと単純に気に入ってくれているのだろう。
クラスメイトが忌避の眼差しで眺めるこの金色の髪も青い瞳も、彼女にとってはこの上なく美しいものらしいから。
腕を広げて待ち構えている望美は、自分が拒絶されると考えていない。
全幅の信頼で、リズヴァーンに抱き上げられるのを待っている。
愛されるのを当然とした少女に、リズヴァーンは小さく笑うと防具を肩に掛けなおした。
そして柔らかく小さな体を抱き上げると、顔の辺りまで持ち上げる。
「おかえりなさい、リズおにいちゃん」
もう一度。今度は近い距離に少し照れたように、望美は告げる。
両手を伸ばしリズヴァーンの頬に当てると、嬉しげに顔を摺り寄せてきた。
そうして自分は今日も安心する。
望美は自分を必要としていると。自分はここにいていいのだと。
きっといつかはなくなるかもしれないこの習慣は、リズヴァーンがこの家に馴染むまでは少なくとも続くのだろう。
子供らしい石鹸の香りに、目元が緩んだ。
「ただいま、望美」
柔らかな頬から離れ額をこつりと合わせる。
くすくすと笑い体を震わせた望美は、腕を伸ばしてリズヴァーンの首を引き寄せた。
落とさぬようにもう一度位置を変え、ぽんと背中を叩く。
「ただいま」
今度こそ躊躇なくドアノブを捻れば、家の奥からおかえりなさいの声が響いた。
小学校低学年の身でありながらすでに結構な上背のリズヴァーンは、夏も近づいてきたというのにストールを顔半分に巻いていた。
雨が降ると未だに痛むその場所には、家族を失った証がくっきりと残っている。
その証を知らぬものは学校にも道場にもいないが、見て気分がいいものではないだろうとずっとそうしていた。
幾人か通り過ぎる顔見知りに挨拶をしながら真っ直ぐに歩く。
角を曲がって見えてきた場所が、リズヴァーンが現在住んでいる家だった。
指をインターホンに伸ばそうとして、暫し躊躇う。
きっとこの家の玄関は今日も開いている。外部からの侵入者であるリズヴァーンのために、開放されている。
だからこそ、躊躇うのだ。この家は以前はきちんと鍵は閉められていたのを、知っているから。
この家はリズヴァーンの親戚の家だ。少し遠い場所にあったここには、数ヶ月に一度の単位で遊びに来ていた。家族みんながどこか暢気な気質を持ち、暖かで優しい。
そんな場所に異分子が紛れ込んでいいか、未だにリズヴァーンには判らない。
ドアノブに手を伸ばし、躊躇っていると。
「おかえり!リズおにいちゃん!」
勢い良く開いたドアを慌てて避ける。そして僅かな後に高い子供特有の声が響き、どんと腰元に衝撃が走る。
誰かなんて確かめなくても判った。
「望美」
「えへへー。きょうものんがいちばんにわかったんだよ!」
凄いでしょ。誉めて。とばかりに目を輝かせる、低い位置にある頭に手を載せる。
リズヴァーンが帰ってきた喜びを隠さず、もし尻尾があったなら千切れんばかりに振っているのが目に浮かぶ。
何故か理解し難いが、この小さな少女はリズヴァーンが好きらしい。それも、赤ん坊の頃から筋金入りだ。彼女の母親曰く、『一目惚れってやつかしら?』らしい。だが、赤ん坊にそんな機微がわかるとは思えないので、きっと単純に気に入ってくれているのだろう。
クラスメイトが忌避の眼差しで眺めるこの金色の髪も青い瞳も、彼女にとってはこの上なく美しいものらしいから。
腕を広げて待ち構えている望美は、自分が拒絶されると考えていない。
全幅の信頼で、リズヴァーンに抱き上げられるのを待っている。
愛されるのを当然とした少女に、リズヴァーンは小さく笑うと防具を肩に掛けなおした。
そして柔らかく小さな体を抱き上げると、顔の辺りまで持ち上げる。
「おかえりなさい、リズおにいちゃん」
もう一度。今度は近い距離に少し照れたように、望美は告げる。
両手を伸ばしリズヴァーンの頬に当てると、嬉しげに顔を摺り寄せてきた。
そうして自分は今日も安心する。
望美は自分を必要としていると。自分はここにいていいのだと。
きっといつかはなくなるかもしれないこの習慣は、リズヴァーンがこの家に馴染むまでは少なくとも続くのだろう。
子供らしい石鹸の香りに、目元が緩んだ。
「ただいま、望美」
柔らかな頬から離れ額をこつりと合わせる。
くすくすと笑い体を震わせた望美は、腕を伸ばしてリズヴァーンの首を引き寄せた。
落とさぬようにもう一度位置を変え、ぽんと背中を叩く。
「ただいま」
今度こそ躊躇なくドアノブを捻れば、家の奥からおかえりなさいの声が響いた。
いつもより少し遅い時間。
別に待ち合わせをしてるわけではないけれど、教会までの子供にとっては短くない距離を琥一は疾走していた。
約束なんてしていない。
家はそれほど遠くないけれど、学区が違う彼女とは学校が違うから、だから仕方ないと心の内で小さく呟く。それは誰に対する言い訳かわかっていたけれど、琥一は敢えて目を瞑る。
幾つかの曲がり角を曲がれば、漸く目的地が見えてきた。
上下する肩を落ち着けさせるために足を止め深呼吸を繰り返す。額から滲み出る汗を拭うと、秘密の入り口へと足を踏み入れた。
サクラソウの季節も終わってしまったその場所は、瑞々しい緑が広がる。さくさくと音を立てて分け入ると、小さな花が咲き乱れる場所に少女は一人ぽつんと座り込んでいた。
「おい」
「!コウ君!」
一人で花を摘んでいた少女───冬姫は、顔を上げると嬉しそうにぱっと顔を輝かせて微笑む。
学校ではガキ大将である琥一を見てこんなに全開な笑顔を向けてくる女はいないから比較できないが、こんなに綺麗に笑う少女はおそらくクラス内にはいないだろう。
大人しく綺麗な顔をした琉夏と二人で並ぶと、まるで人形のように可愛らしい。以前冬姫をつれて家に帰った際、母親がまあまあと頬を染めてカメラを持参する程度には、しっくりと来ている。
そこまで考えて何となく苦々しい気持ちになり、舌打すると冬姫へと距離を詰めた。
「今日は、ルカは来ないんだ」
「・・・?どうして?」
「ルカは風邪を引いたんだ。今、家で母さんが面倒見てる。俺は、移るといけないからって家を追い出された」
「そう」
悲しそうに冬姫の眉が下がる。
それを見て琥一は掌を握り締めた。
判っているはずだった。冬姫は琉夏と遊ぶのが好きで、琥一はそのおまけに過ぎない。
誰にも執着しない琉夏が唯一傍にと望む相手。伸ばされた手を冬姫はいつも躊躇なく掴んだ。
いつの間にか琥一と琉夏の間に入り込んでいた少女は、いつの間にか弟の特別になっていた。否、気づかなかっただけで、それは始めからそうだったのかもしれない。
きゅと唇を噛み締めると、近づいた距離から一歩離れる。
何となくこれ以上近づいてはいけない気がして、二歩、三歩と距離を置いた。
だがそんな琥一を不思議そうに眺めた冬姫は、こてりと首を傾げる。
「コウ君?」
「・・・だから、ここで待ってても、今日はルカは来ないからな」
「うん。判った。じゃあ、今日は二人で何しようか」
サクランボのようにぷくりと赤い唇から出た言葉に、琥一は目を見張った。
驚き動けないでいると焦れたのか、座っていた場所から立ち上がると、広げたばかりの距離を呆気なく縮められる。無くなっていくそれを黙ってみていた琥一は、自分よりもさらに小さな柔らかい掌に手を握られ、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
女の子どころか男ですら怖がる琥一の手を掴んだ少女は、無邪気に微笑み優しく引っ張る。
迷いも躊躇いもない仕草に戸惑いを覚えたが、逆らうなんて出来なくて、他の人間に対してだったらあっさりと振り払えるはずの掌をじっと見詰めた。
「そうだ!ルカ君に花を持っていってあげようよ」
「花?」
「お見舞いの時には花を贈るものなんだよ。ねぇ、一緒に摘もう」
普段琥一がする遊びには耐えられなさそうな小さな体。
運動神経は悪くないが、少女はやはり自分とは違う生き物だった。
「ルカ君はどんな花が好きかな」
にこにこと微笑む冬姫からの話題は、いつもと変わらず琉夏のものだったけれど、それは当然で必要なことだった。
「───お前が贈るなら、何だっていいだろ」
握られた掌に少し力を入れて告げれば、丸い目を益々丸くした少女は、次いで大きく破顔した。
「ふふふ。私と、コウ君からなら、だよ」
仕方がないなと言わんばかりの表情で人差し指を振った冬姫の勝ち誇った顔に苦笑する。
ばぁかと言い指先で額を弾けば、恨めしそうに見上げられた。
小さな掌を握ったまま花を探す。
随分と暑くなった気温で、額に汗が滲んだ。
もうすぐ、夏が来る。
別に待ち合わせをしてるわけではないけれど、教会までの子供にとっては短くない距離を琥一は疾走していた。
約束なんてしていない。
家はそれほど遠くないけれど、学区が違う彼女とは学校が違うから、だから仕方ないと心の内で小さく呟く。それは誰に対する言い訳かわかっていたけれど、琥一は敢えて目を瞑る。
幾つかの曲がり角を曲がれば、漸く目的地が見えてきた。
上下する肩を落ち着けさせるために足を止め深呼吸を繰り返す。額から滲み出る汗を拭うと、秘密の入り口へと足を踏み入れた。
サクラソウの季節も終わってしまったその場所は、瑞々しい緑が広がる。さくさくと音を立てて分け入ると、小さな花が咲き乱れる場所に少女は一人ぽつんと座り込んでいた。
「おい」
「!コウ君!」
一人で花を摘んでいた少女───冬姫は、顔を上げると嬉しそうにぱっと顔を輝かせて微笑む。
学校ではガキ大将である琥一を見てこんなに全開な笑顔を向けてくる女はいないから比較できないが、こんなに綺麗に笑う少女はおそらくクラス内にはいないだろう。
大人しく綺麗な顔をした琉夏と二人で並ぶと、まるで人形のように可愛らしい。以前冬姫をつれて家に帰った際、母親がまあまあと頬を染めてカメラを持参する程度には、しっくりと来ている。
そこまで考えて何となく苦々しい気持ちになり、舌打すると冬姫へと距離を詰めた。
「今日は、ルカは来ないんだ」
「・・・?どうして?」
「ルカは風邪を引いたんだ。今、家で母さんが面倒見てる。俺は、移るといけないからって家を追い出された」
「そう」
悲しそうに冬姫の眉が下がる。
それを見て琥一は掌を握り締めた。
判っているはずだった。冬姫は琉夏と遊ぶのが好きで、琥一はそのおまけに過ぎない。
誰にも執着しない琉夏が唯一傍にと望む相手。伸ばされた手を冬姫はいつも躊躇なく掴んだ。
いつの間にか琥一と琉夏の間に入り込んでいた少女は、いつの間にか弟の特別になっていた。否、気づかなかっただけで、それは始めからそうだったのかもしれない。
きゅと唇を噛み締めると、近づいた距離から一歩離れる。
何となくこれ以上近づいてはいけない気がして、二歩、三歩と距離を置いた。
だがそんな琥一を不思議そうに眺めた冬姫は、こてりと首を傾げる。
「コウ君?」
「・・・だから、ここで待ってても、今日はルカは来ないからな」
「うん。判った。じゃあ、今日は二人で何しようか」
サクランボのようにぷくりと赤い唇から出た言葉に、琥一は目を見張った。
驚き動けないでいると焦れたのか、座っていた場所から立ち上がると、広げたばかりの距離を呆気なく縮められる。無くなっていくそれを黙ってみていた琥一は、自分よりもさらに小さな柔らかい掌に手を握られ、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
女の子どころか男ですら怖がる琥一の手を掴んだ少女は、無邪気に微笑み優しく引っ張る。
迷いも躊躇いもない仕草に戸惑いを覚えたが、逆らうなんて出来なくて、他の人間に対してだったらあっさりと振り払えるはずの掌をじっと見詰めた。
「そうだ!ルカ君に花を持っていってあげようよ」
「花?」
「お見舞いの時には花を贈るものなんだよ。ねぇ、一緒に摘もう」
普段琥一がする遊びには耐えられなさそうな小さな体。
運動神経は悪くないが、少女はやはり自分とは違う生き物だった。
「ルカ君はどんな花が好きかな」
にこにこと微笑む冬姫からの話題は、いつもと変わらず琉夏のものだったけれど、それは当然で必要なことだった。
「───お前が贈るなら、何だっていいだろ」
握られた掌に少し力を入れて告げれば、丸い目を益々丸くした少女は、次いで大きく破顔した。
「ふふふ。私と、コウ君からなら、だよ」
仕方がないなと言わんばかりの表情で人差し指を振った冬姫の勝ち誇った顔に苦笑する。
ばぁかと言い指先で額を弾けば、恨めしそうに見上げられた。
小さな掌を握ったまま花を探す。
随分と暑くなった気温で、額に汗が滲んだ。
もうすぐ、夏が来る。
真夏の太陽の暑さに負けて、琉夏はぐったりと体を傾ける。
三人で遊びに来たボーリングはとても楽しかったが、それ以上に体力を消費した。
別に琉夏は体力値が少ないわけではないが、暑さが苦手だった。
生まれた環境が影響しているのかもしれない。
外に出た瞬間どっと吹き出る汗をぐいっと拭う。
少し長めの髪が鬱陶しく、小さく舌打ちをした。
三人分のお金を託された琥一が会計を担っているが、まだ暫く出て来そうにない。
やはりもう少し待てばよかったと、早計に外に出た自分の浅知恵を怨んだが今更戻るのも億劫だった。
隣にいる冬姫が、眩しい日差しを避けるように手を翳して太陽を見る。
大きな瞳が眇められ、ぷくりと美味しそうな唇から『あつい』と漏れた。
その言葉に少し笑う。
一切汗を掻いてなく涼しげに見えても、やはり冬姫も暑いらしい。
今日はプリントTシャツにショートパンツと涼しげな格好だが、風も吹いていなければむしろ肌を露出させた分だけ暑いのかもしれない。
すらりと伸びる白く長い足と存在を主張する胸に視線を留める男を睨み払ってから、所有を主張するように腕を伸ばして背中に覆い被さった。
「暑い」
「・・・私も暑い。琉夏君が抱きつくから余計に暑くなった」
「でも、髪を結んでるから俺よりも涼しそうに見える」
「髪?・・・ああ、そうか。琉夏君結構長いもんねえ」
腕の中に素直に納まったままの冬姫は、首を上げて下から琉夏の顔を覗きこむと眉を寄せた。
唇に手を当て思案すると、にこり、と徐に微笑む。
無防備な笑顔に内心で怯んでいると、するりと腕の中から逃げられ唇を尖らせた。
だがそんな琉夏の気持ちなど気にせず近くにあったベンチに向かった彼女は、ここに座ってと指を指す。
そして鞄を探るとワンポイントの小花がついたゴムと櫛を手にとってにこりと微笑んだ。
それを見て冬姫が何をしたいか察した琉夏は、促されるままにベンチに座る。
待ち構えていた小さな手が、するりと自分の髪へと手を通し擽ったさに首を竦めた。
「動かないの」
「はーい」
器用に動く手は手早く琉夏の髪を纏めていく。
「・・・おい。何してんだ」
「あ、琥一くん。おかえりー」
「おう。んで?人に会計を任せたお前らは往来の中何してんだ?」
「琉夏君が暑い暑いって言うから髪を結んでるの。・・・ほら、出来た」
「・・・・・」
背後の会話の後、琥一が無言になった。
首筋は先程より随分と涼しくなり、首だけ向けておかえりと笑うと、何処か複雑な表情で眉を寄せる。
「お前、それはねぇだろう」
「え?そう?可愛くない?」
「コイツ、一応男子高校生だぞ?それなのに小花のついたヘアゴムって」
「えー?いいじゃん。俺には似合ってるでしょ」
「似合ってるから微妙なんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔でうんざりと呟く琥一に、冬姫と顔を見合わせるとくすくすと笑う。
「でもこれ冬姫とおそろいだし」
「あぁん?」
低い声で唸った琥一が冬姫を見る。
きっと視線の先にはこれと色違いの花柄のゴムが映っているだろう。
琥一は人の外見には些か鈍い部分があるので、きっと気づかなかったに違いない。
「サンキュ、冬姫」
「どういたしまして」
涼しくなったのとお揃いの品で自分を飾っているのとが合わさり上機嫌になった琉夏は、元気良くベンチから立ち上がった。
こちらを鋭い眼差しで見詰める琥一にも、へらりと笑いかける。
帰るまでに、この存外に独占欲が強い兄の言をかわし、ヘアゴムを手に入れる理由を作らなきゃと脳をフル回転させた。
三人で遊びに来たボーリングはとても楽しかったが、それ以上に体力を消費した。
別に琉夏は体力値が少ないわけではないが、暑さが苦手だった。
生まれた環境が影響しているのかもしれない。
外に出た瞬間どっと吹き出る汗をぐいっと拭う。
少し長めの髪が鬱陶しく、小さく舌打ちをした。
三人分のお金を託された琥一が会計を担っているが、まだ暫く出て来そうにない。
やはりもう少し待てばよかったと、早計に外に出た自分の浅知恵を怨んだが今更戻るのも億劫だった。
隣にいる冬姫が、眩しい日差しを避けるように手を翳して太陽を見る。
大きな瞳が眇められ、ぷくりと美味しそうな唇から『あつい』と漏れた。
その言葉に少し笑う。
一切汗を掻いてなく涼しげに見えても、やはり冬姫も暑いらしい。
今日はプリントTシャツにショートパンツと涼しげな格好だが、風も吹いていなければむしろ肌を露出させた分だけ暑いのかもしれない。
すらりと伸びる白く長い足と存在を主張する胸に視線を留める男を睨み払ってから、所有を主張するように腕を伸ばして背中に覆い被さった。
「暑い」
「・・・私も暑い。琉夏君が抱きつくから余計に暑くなった」
「でも、髪を結んでるから俺よりも涼しそうに見える」
「髪?・・・ああ、そうか。琉夏君結構長いもんねえ」
腕の中に素直に納まったままの冬姫は、首を上げて下から琉夏の顔を覗きこむと眉を寄せた。
唇に手を当て思案すると、にこり、と徐に微笑む。
無防備な笑顔に内心で怯んでいると、するりと腕の中から逃げられ唇を尖らせた。
だがそんな琉夏の気持ちなど気にせず近くにあったベンチに向かった彼女は、ここに座ってと指を指す。
そして鞄を探るとワンポイントの小花がついたゴムと櫛を手にとってにこりと微笑んだ。
それを見て冬姫が何をしたいか察した琉夏は、促されるままにベンチに座る。
待ち構えていた小さな手が、するりと自分の髪へと手を通し擽ったさに首を竦めた。
「動かないの」
「はーい」
器用に動く手は手早く琉夏の髪を纏めていく。
「・・・おい。何してんだ」
「あ、琥一くん。おかえりー」
「おう。んで?人に会計を任せたお前らは往来の中何してんだ?」
「琉夏君が暑い暑いって言うから髪を結んでるの。・・・ほら、出来た」
「・・・・・」
背後の会話の後、琥一が無言になった。
首筋は先程より随分と涼しくなり、首だけ向けておかえりと笑うと、何処か複雑な表情で眉を寄せる。
「お前、それはねぇだろう」
「え?そう?可愛くない?」
「コイツ、一応男子高校生だぞ?それなのに小花のついたヘアゴムって」
「えー?いいじゃん。俺には似合ってるでしょ」
「似合ってるから微妙なんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔でうんざりと呟く琥一に、冬姫と顔を見合わせるとくすくすと笑う。
「でもこれ冬姫とおそろいだし」
「あぁん?」
低い声で唸った琥一が冬姫を見る。
きっと視線の先にはこれと色違いの花柄のゴムが映っているだろう。
琥一は人の外見には些か鈍い部分があるので、きっと気づかなかったに違いない。
「サンキュ、冬姫」
「どういたしまして」
涼しくなったのとお揃いの品で自分を飾っているのとが合わさり上機嫌になった琉夏は、元気良くベンチから立ち上がった。
こちらを鋭い眼差しで見詰める琥一にも、へらりと笑いかける。
帰るまでに、この存外に独占欲が強い兄の言をかわし、ヘアゴムを手に入れる理由を作らなきゃと脳をフル回転させた。
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