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「私がいき遅れたら絶対に二人の所為だ」
今は懐かしい体育座りで琥一のベッドを占拠する冬姫に、琉夏は目を瞬かせる。
困ったように頭を掻いて助けを求める兄の視線に、こてり、と首を傾げた。
高校卒業後三年間住処にしていたWestBeachを引き払ったのは今年の四月。
実家に戻った兄弟二人は、現在は各々の道を歩きつつもよくお互いの部屋を行き来する。
そして身内以外で唯一彼ら二人の部屋を自由に出入り出来る特権を持つ女性が、現在琉夏の唯一の兄を参らせているらしい。
基本的に琥一の眉を情けなく下げれるのは冬姫くらいなものだ。
両親公認で兄弟の片思いの相手と認識されてる冬姫は、ある意味桜井家の権力者で同時に父母のお気に入りだった。
どれ位気に入られているかというと、部屋の主が居ようが居まいが部屋の中に案内された挙句お茶菓子まで用意されるくらい気に入られている。
琉夏としては疲れて帰ってきた先で待ち受ける冬姫は誕生日に贈られるプレゼントに等しく、琥一にとってはお化け屋敷で受け取るびっくり箱と同じ感覚らしい。
だが勝手に部屋に入られたとしても、これほど琥一が困っている姿を見たのは初めてだ。
もしかしたら、健全な男なら必ず持っているバイブルでも見つかったのかもしれない。
「・・・何、ニヤニヤ笑ってやがんだ」
「べっつにー?」
「別にっつー顔じゃねぇだろ。お前、こいつなんとかしろ」
「へ?コウのバイブルが見つかったんじゃないの?」
「バイブル?」
「健全な男なら持ってるあれだよ」
「───っ!?アホ!こいつの言葉聞いてなかったのか!『二人の所為だ』っつってたろうが!!」
普段なら照れずにする遣り取りだが、間に冬姫が居るのを意識してか琥一の顔が赤くなる。
勢いよく頭を叩かれ、衝撃で視界がぶれた。
結構な痛みに頭を押さえてしゃがみ込んだ琉夏の背中を、さらに足蹴にしつつ琥一が口を開く。
「家に帰ったらこいつがベッドを占拠しててよ。もうかれこれ一時間ずっとこんな感じだ」
「ずるい、コウ。据え膳じゃん」
「お前の頭にはそれしかないのか!」
踏まれていた背中の圧力が増し、ぐえっと変な声が漏れた。
男として到って普通の思考だと思うが彼の気に召さなかったらしい。
散々踏みつけられた後しゃがみ込んだ琥一が、内緒話をするような距離で耳に囁きかける。
「おい、ルカ。理由を聞き出せ」
「え?一時間もあんな状態なのに、コウ何も聞いてないの?」
「・・・ウルセー。何か言ったら泣きそうで、下手に聞けなかったんだよ」
「・・・・・・」
ヘタレ、という文字が脳裏で点滅したが、兄の沽券に触るだろうと心の内に収める。
代わりに肩を竦めると、体育座りした膝に頭を埋める冬姫へと近づくと、ベッドに足を掛け隣に並んだ。
「おい、ルカ」
威嚇するように声を上げた琥一を無視すると、頭を冬姫に預ける。
ふわっと甘い香がして、癒されるなぁと口元が緩んだ。
「ね、冬姫。どうしたの?」
「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だ」
くぐもった声が聞こえる。
聞き取り辛いが泣いてるわけではなさそうなので、琉夏は話を続けることにした。
「どうしてそんなこと言うんだ?」
「───今日、大学で告白された」
「何!!」
話を促した琉夏より先に反応した琥一は、いきり立ってベッドまでの距離を詰めると琉夏とは反対隣に座る。
眉間に皺がくっきりと寄せられて、その表情は現役時代と何も変わらない。
一般人が見たら尻尾を巻いて逃げ出す顔だが、その余裕のなさを笑う気は琉夏にはなかった。
「誰?」
「え?」
「誰に告白されたんだ?」
「大学の、同級生。学科は別だけど、友達が私と同じゼミを取ってるんだって」
「どんな男だ?」
「───覚えてない」
「覚えてない?」
「あんまり、見た目は印象に残らない感じの人だった」
冬姫の言葉は残酷だ。
告白した相手からすれば、付き合いたいと思えるくらい好いていたのに、彼女の中には覚えておく価値がないと言ってるのと同然だった。
けれどその冷たさを滲ませる言葉に安堵する琉夏が居る。
そしてきっと、琥一も同じ気持ちだ。
先ほどまできりきりと釣り上がっていた眉は、気が緩んだとばかりに普段通りに戻っている。
琉夏の視線に気づくと気まずそうに頭を掻いて視線を逸らした。
「見た目が印象に残らなかったけど、言葉は印象に残った」
「・・・何て言ったの?」
「私、理想が高すぎるんだって。『お前みたいにお高くとまった女、絶対にいき遅れるね。見た目だけじゃん』って言われた」
「んだとぉ?」
「冬姫。そいつ、何処に居るんだ?俺がお前に土下座させてやる」
「俺が、じゃなく俺らが、だ」
冬姫の見た目しか見てなかったくせに、その男はなんて暴言を吐くのだろう。
一瞬で沸点を超えた怒りに、目の前が真っ白になる。
幼馴染を傷つけられた怒りで、琥一も犬歯を剥き出しにして物騒な顔で嗤った。
今にも盗んだバイクで駆け抜けそうだ。
そうなったら琉夏も便乗させてもらおう。
密かに決めて唇を噛むと、ついっと服の裾が引っ張られた。
「仕返し、しなくていいから」
「・・・・・・」
「琉夏君と琥一君が張り合うほど、いい男じゃなかったよ」
「・・・そうかよ」
「うん。だから、あんな男と対等にならないで」
「判った。冬姫がそう言うなら」
立ち掛けていた腰をもう一度ベッドへ据える。
掴まれた裾はそのままだ。
琥一も同じ状態らしく、無碍に振り払えないらしい。
居心地悪そうに腰を落ち着けた。
「私って見た目だけ?」
「ううん。俺は冬姫の見た目も好きだけど、中身がもっと好き」
「私ってお高くとまってる?」
「いいや。んなら俺たちと付き合いが続いてねぇだろ」
「───やっぱり、私がいき遅れるたら二人の所為だ」
服を掴んでいた手が離れ、二人の手をきゅっと握った。
男と比べると遥かに弱い力だが、縋りつくようなそれを振り払う気にはならない。
壊さないよう気をつけて握り返せば、漸く冬姫の顔が上がった。
少しだけ目元が赤く、その姿に胸が締め付けられる。
ここに来る前に泣いていたのかもしれない。
まだ見ぬ男に苛立ちを募らせると、同じ心境の琥一が苛立たしげに舌打した。
そんな琉夏と琥一を交互に見ると、冬姫は一つため息を吐く。
そしてゆっくりと、花が綻ぶように綺麗な微笑みを見せた。
「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だよ。───だって、私の理想って二人が基準だもの」
構える間もなく落とされた核爆弾に、意味を理解した男二人が、瞬く間に顔を赤らめたのは一拍置いてすぐだった。
今は懐かしい体育座りで琥一のベッドを占拠する冬姫に、琉夏は目を瞬かせる。
困ったように頭を掻いて助けを求める兄の視線に、こてり、と首を傾げた。
高校卒業後三年間住処にしていたWestBeachを引き払ったのは今年の四月。
実家に戻った兄弟二人は、現在は各々の道を歩きつつもよくお互いの部屋を行き来する。
そして身内以外で唯一彼ら二人の部屋を自由に出入り出来る特権を持つ女性が、現在琉夏の唯一の兄を参らせているらしい。
基本的に琥一の眉を情けなく下げれるのは冬姫くらいなものだ。
両親公認で兄弟の片思いの相手と認識されてる冬姫は、ある意味桜井家の権力者で同時に父母のお気に入りだった。
どれ位気に入られているかというと、部屋の主が居ようが居まいが部屋の中に案内された挙句お茶菓子まで用意されるくらい気に入られている。
琉夏としては疲れて帰ってきた先で待ち受ける冬姫は誕生日に贈られるプレゼントに等しく、琥一にとってはお化け屋敷で受け取るびっくり箱と同じ感覚らしい。
だが勝手に部屋に入られたとしても、これほど琥一が困っている姿を見たのは初めてだ。
もしかしたら、健全な男なら必ず持っているバイブルでも見つかったのかもしれない。
「・・・何、ニヤニヤ笑ってやがんだ」
「べっつにー?」
「別にっつー顔じゃねぇだろ。お前、こいつなんとかしろ」
「へ?コウのバイブルが見つかったんじゃないの?」
「バイブル?」
「健全な男なら持ってるあれだよ」
「───っ!?アホ!こいつの言葉聞いてなかったのか!『二人の所為だ』っつってたろうが!!」
普段なら照れずにする遣り取りだが、間に冬姫が居るのを意識してか琥一の顔が赤くなる。
勢いよく頭を叩かれ、衝撃で視界がぶれた。
結構な痛みに頭を押さえてしゃがみ込んだ琉夏の背中を、さらに足蹴にしつつ琥一が口を開く。
「家に帰ったらこいつがベッドを占拠しててよ。もうかれこれ一時間ずっとこんな感じだ」
「ずるい、コウ。据え膳じゃん」
「お前の頭にはそれしかないのか!」
踏まれていた背中の圧力が増し、ぐえっと変な声が漏れた。
男として到って普通の思考だと思うが彼の気に召さなかったらしい。
散々踏みつけられた後しゃがみ込んだ琥一が、内緒話をするような距離で耳に囁きかける。
「おい、ルカ。理由を聞き出せ」
「え?一時間もあんな状態なのに、コウ何も聞いてないの?」
「・・・ウルセー。何か言ったら泣きそうで、下手に聞けなかったんだよ」
「・・・・・・」
ヘタレ、という文字が脳裏で点滅したが、兄の沽券に触るだろうと心の内に収める。
代わりに肩を竦めると、体育座りした膝に頭を埋める冬姫へと近づくと、ベッドに足を掛け隣に並んだ。
「おい、ルカ」
威嚇するように声を上げた琥一を無視すると、頭を冬姫に預ける。
ふわっと甘い香がして、癒されるなぁと口元が緩んだ。
「ね、冬姫。どうしたの?」
「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だ」
くぐもった声が聞こえる。
聞き取り辛いが泣いてるわけではなさそうなので、琉夏は話を続けることにした。
「どうしてそんなこと言うんだ?」
「───今日、大学で告白された」
「何!!」
話を促した琉夏より先に反応した琥一は、いきり立ってベッドまでの距離を詰めると琉夏とは反対隣に座る。
眉間に皺がくっきりと寄せられて、その表情は現役時代と何も変わらない。
一般人が見たら尻尾を巻いて逃げ出す顔だが、その余裕のなさを笑う気は琉夏にはなかった。
「誰?」
「え?」
「誰に告白されたんだ?」
「大学の、同級生。学科は別だけど、友達が私と同じゼミを取ってるんだって」
「どんな男だ?」
「───覚えてない」
「覚えてない?」
「あんまり、見た目は印象に残らない感じの人だった」
冬姫の言葉は残酷だ。
告白した相手からすれば、付き合いたいと思えるくらい好いていたのに、彼女の中には覚えておく価値がないと言ってるのと同然だった。
けれどその冷たさを滲ませる言葉に安堵する琉夏が居る。
そしてきっと、琥一も同じ気持ちだ。
先ほどまできりきりと釣り上がっていた眉は、気が緩んだとばかりに普段通りに戻っている。
琉夏の視線に気づくと気まずそうに頭を掻いて視線を逸らした。
「見た目が印象に残らなかったけど、言葉は印象に残った」
「・・・何て言ったの?」
「私、理想が高すぎるんだって。『お前みたいにお高くとまった女、絶対にいき遅れるね。見た目だけじゃん』って言われた」
「んだとぉ?」
「冬姫。そいつ、何処に居るんだ?俺がお前に土下座させてやる」
「俺が、じゃなく俺らが、だ」
冬姫の見た目しか見てなかったくせに、その男はなんて暴言を吐くのだろう。
一瞬で沸点を超えた怒りに、目の前が真っ白になる。
幼馴染を傷つけられた怒りで、琥一も犬歯を剥き出しにして物騒な顔で嗤った。
今にも盗んだバイクで駆け抜けそうだ。
そうなったら琉夏も便乗させてもらおう。
密かに決めて唇を噛むと、ついっと服の裾が引っ張られた。
「仕返し、しなくていいから」
「・・・・・・」
「琉夏君と琥一君が張り合うほど、いい男じゃなかったよ」
「・・・そうかよ」
「うん。だから、あんな男と対等にならないで」
「判った。冬姫がそう言うなら」
立ち掛けていた腰をもう一度ベッドへ据える。
掴まれた裾はそのままだ。
琥一も同じ状態らしく、無碍に振り払えないらしい。
居心地悪そうに腰を落ち着けた。
「私って見た目だけ?」
「ううん。俺は冬姫の見た目も好きだけど、中身がもっと好き」
「私ってお高くとまってる?」
「いいや。んなら俺たちと付き合いが続いてねぇだろ」
「───やっぱり、私がいき遅れるたら二人の所為だ」
服を掴んでいた手が離れ、二人の手をきゅっと握った。
男と比べると遥かに弱い力だが、縋りつくようなそれを振り払う気にはならない。
壊さないよう気をつけて握り返せば、漸く冬姫の顔が上がった。
少しだけ目元が赤く、その姿に胸が締め付けられる。
ここに来る前に泣いていたのかもしれない。
まだ見ぬ男に苛立ちを募らせると、同じ心境の琥一が苛立たしげに舌打した。
そんな琉夏と琥一を交互に見ると、冬姫は一つため息を吐く。
そしてゆっくりと、花が綻ぶように綺麗な微笑みを見せた。
「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だよ。───だって、私の理想って二人が基準だもの」
構える間もなく落とされた核爆弾に、意味を理解した男二人が、瞬く間に顔を赤らめたのは一拍置いてすぐだった。
>>yui様
初めましてyui様。
管理人の国高と申します。
トライアングル・ラブへの感想、ありがとうございますww
凄く、凄く嬉しいです!
本編から抜け出ただなんて、そんな誉め言葉恐縮です。
始めはバンビをどんなイメージにしようか悩んだのですが、お気に召してくださったようで幸いです。
私の理想の具現なので共感してくださるなんてもしかして同士!?と変な笑いが止まりません(笑)
ニーナたちのお話を気に入ってくださいましたか!
私は根性足りないことに、何回プレイしても嵐くんの誘いを断れないので絶対的に柔道部ですw
そうすると新名君も絡めやすくて、これからもどんどんと登場させたいです。
新名君に言わせた台詞は私の願望ですが、やっぱり桜井兄弟はあんなイメージですよね★
逆に先輩コンビの出現率が落ちそうですが、紺野先輩はGS1の尽の級友ですし、設楽先輩は桜井兄弟の幼馴染ですし、出せたらな~と野望はでっかく持っていますw
またお時間がございましたら是非遊びにいらして下さいww
Web拍手、ありがとうございました!!
初めましてyui様。
管理人の国高と申します。
トライアングル・ラブへの感想、ありがとうございますww
凄く、凄く嬉しいです!
本編から抜け出ただなんて、そんな誉め言葉恐縮です。
始めはバンビをどんなイメージにしようか悩んだのですが、お気に召してくださったようで幸いです。
私の理想の具現なので共感してくださるなんてもしかして同士!?と変な笑いが止まりません(笑)
ニーナたちのお話を気に入ってくださいましたか!
私は根性足りないことに、何回プレイしても嵐くんの誘いを断れないので絶対的に柔道部ですw
そうすると新名君も絡めやすくて、これからもどんどんと登場させたいです。
新名君に言わせた台詞は私の願望ですが、やっぱり桜井兄弟はあんなイメージですよね★
逆に先輩コンビの出現率が落ちそうですが、紺野先輩はGS1の尽の級友ですし、設楽先輩は桜井兄弟の幼馴染ですし、出せたらな~と野望はでっかく持っていますw
またお時間がございましたら是非遊びにいらして下さいww
Web拍手、ありがとうございました!!
ただいま、と響いた声に、将臣は敏感に反応した。
少し前まではお昼寝の時間に目が覚める、なんてなかったのに。
「・・・・・・」
目を擦りつつむっと唇を尖らす。
隣を見れば、寝つきがよく寝起きが悪い望美がすうすうと気持ち良さそうに眠っている。
無邪気で可愛らしい寝顔を晒す彼女の隣には、いつも通り望美の居る方向へ体を向けてしっかりと彼女の手を握り寝息を立てる弟の姿。
望美が大好きな譲は、望美と一緒に出来るお昼寝タイムも大好きだ。
共に過ごせない時には泣き叫び、ちょっとした騒動になるが、代わりにこの時間さえ過ごせば機嫌よくいる。
単純だと思うけれど、そんな単純さは嫌いじゃなかった。
望美を共有するのは好きじゃないが弟だけは許せる。
───だが、言い換えれば。弟以外は許せない。
こちらに近づいてくる足音に敏感に反応すると、布団を巻くり立ち上がる。
そして部屋唯一の入り口へと足を向けると、ひょいとジャンプしてノブを捻った。
廊下へ顔を出しきょろきょろと当たりを見渡し、見つけた人物に眉をきりきり吊り上げると、素早く部屋の外へ出てドアを閉めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
向かって来た人物を睨み上げれば、相手は情けなく眉を下げた。
「・・・どいてくれないか、将臣」
「やだ」
「何故だ」
「おれが、のんにリズにいちゃんをあわせたくないから」
「どうして」
「のん、リズにいちゃんがいると、すぐそっちにいっちまうもん。いつもはおれとずっといっしょなのに」
「・・・」
「のんはおれのだぞ!にいちゃんのじゃねえ!」
肩を怒らせ威嚇する。
傍から見れば子猫が毛を逆立てるのに等しい光景だが、本人は到って本気だ。
本気だからこそ困り果て、リズヴァーンは眉尻を下げる。
「私は、将臣から望美を奪うつもりはない」
「そんなのしってる。・・・しってるから、いやなんだろ!」
それは子供じみた執着欲。
自分のものを取られたくないと、単純に訴えている。
「のんは、おれとゆずるのだ」
こんなに本気で訴えているのに、何も言い返さないリズヴァーンが嫌いだ。
彼だって望美を必要としてるのに、将臣は気がついていた。
リズヴァーンはいい人だ。
優しく丁寧で嘘を吐かない誠実な人。
そんなの判ってる。
でも将臣の中の嫌な感情が納まらないのだ。
本当は、こんなの嫌なのに。
視界がぼやけ始め、唇を噛んで俯いた。
慰めるように頭に大きな手が置かれ、ゆっくりと頭が撫でられる。
それを黙って享受するのが将臣にとって精一杯だった。
本当は、将臣だってリズヴァーンが好きだった。
少し前まではお昼寝の時間に目が覚める、なんてなかったのに。
「・・・・・・」
目を擦りつつむっと唇を尖らす。
隣を見れば、寝つきがよく寝起きが悪い望美がすうすうと気持ち良さそうに眠っている。
無邪気で可愛らしい寝顔を晒す彼女の隣には、いつも通り望美の居る方向へ体を向けてしっかりと彼女の手を握り寝息を立てる弟の姿。
望美が大好きな譲は、望美と一緒に出来るお昼寝タイムも大好きだ。
共に過ごせない時には泣き叫び、ちょっとした騒動になるが、代わりにこの時間さえ過ごせば機嫌よくいる。
単純だと思うけれど、そんな単純さは嫌いじゃなかった。
望美を共有するのは好きじゃないが弟だけは許せる。
───だが、言い換えれば。弟以外は許せない。
こちらに近づいてくる足音に敏感に反応すると、布団を巻くり立ち上がる。
そして部屋唯一の入り口へと足を向けると、ひょいとジャンプしてノブを捻った。
廊下へ顔を出しきょろきょろと当たりを見渡し、見つけた人物に眉をきりきり吊り上げると、素早く部屋の外へ出てドアを閉めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
向かって来た人物を睨み上げれば、相手は情けなく眉を下げた。
「・・・どいてくれないか、将臣」
「やだ」
「何故だ」
「おれが、のんにリズにいちゃんをあわせたくないから」
「どうして」
「のん、リズにいちゃんがいると、すぐそっちにいっちまうもん。いつもはおれとずっといっしょなのに」
「・・・」
「のんはおれのだぞ!にいちゃんのじゃねえ!」
肩を怒らせ威嚇する。
傍から見れば子猫が毛を逆立てるのに等しい光景だが、本人は到って本気だ。
本気だからこそ困り果て、リズヴァーンは眉尻を下げる。
「私は、将臣から望美を奪うつもりはない」
「そんなのしってる。・・・しってるから、いやなんだろ!」
それは子供じみた執着欲。
自分のものを取られたくないと、単純に訴えている。
「のんは、おれとゆずるのだ」
こんなに本気で訴えているのに、何も言い返さないリズヴァーンが嫌いだ。
彼だって望美を必要としてるのに、将臣は気がついていた。
リズヴァーンはいい人だ。
優しく丁寧で嘘を吐かない誠実な人。
そんなの判ってる。
でも将臣の中の嫌な感情が納まらないのだ。
本当は、こんなの嫌なのに。
視界がぼやけ始め、唇を噛んで俯いた。
慰めるように頭に大きな手が置かれ、ゆっくりと頭が撫でられる。
それを黙って享受するのが将臣にとって精一杯だった。
本当は、将臣だってリズヴァーンが好きだった。
*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
夜の帳が深くなる時間、波に揺られながら慣れたキッチンの中を動き回る。
明日の朝食と昼食の下拵えをすべく玉葱を微塵切りにしていく。
朝食にパンを出すために捏ねた生地は発酵中で、挟もうと思っているローストビーフはタレにつけて冷蔵庫の中に仕舞ってある。
他にも卵サンド、フルーツサンドを作る予定だが、それはまた明日にしようと決め包丁を止めた。
どれだけ集中していても、絶対に気づく気配がドアの向こうに現れたからだ。
手早く包丁をふき取りエプロンの裾で手を拭く。
腰に手を当て振り返れば、丁度いいタイミングでドアが開いた。
「よう、サンジー!メシくれ!」
「メシくれ!じゃねぇよ!お前晩飯たらふく食ったろうが!」
「もう消化しちまったよ。肉くれ、肉。肉が食いてぇ!」
「アホ!こっちも食料配分っつーもんがあるんだよ!サンドイッチ作ってやるから待ってろ」
「肉か!?」
「ハムとチーズだ。文句言うなよ。作ってやるだけありがたいと思え」
先ほど発酵させていたものではなく、焼いたばかりのパンを手に取るとキッチンに置いておいたチーズとハムを手早く挟みトマトソースで炒めたキャベツを挟む。
マヨネーズも塗り、皿に手早く盛っていった。
「食べても良いか」
「ちったぁ我慢できねぇのか?」
「だってサンジのメシ、マジで美味ぇんだもん!」
「・・・そうかよ。ほれ、一皿目出来上がりだ」
「うひょー!やっぱ美味そうだ!」
「バーカ。美味そうじゃなくて美味いんだよ」
カウンターに座ったルフィの前に、小山になった皿をどんと置けば、涎を垂らさんばかりの笑顔を浮かべた。
キラキラしい笑顔に顔を俯け僅かに口角を上げる。
緩んだ表情などこの奔放な船長に見せるのは癪だった。
───例え、彼のために予め焼きたてのパンを準備していようとも。
例え、始めから食料計算をして、ハムとチーズを捻出していようとも。
それを悟られるには、サンジの低くないプライドが疼く。
今度は同じ材料でもホットサンドにし、味付けも僅かに変える。
それも小山にして並べれば、先に出した一皿を丁度食べ終わったルフィと目が合った。
「やっぱ、サンジのメシは最高だな!」
「当然だ」
満足気に目を細めたルフィに背を向け、冷蔵庫から蜜柑を取り出し絞り器で絞った。
コップに流し込めばあっと言う間にフレッシュなオレンジジュースの出来上がりだ。
どうせ一杯では済まないだろうとさらに幾つも取り出し、折角ナミさんから貰ったのにと勿体無く思いながらもジュースを作っていれば、不意にルフィから声を掛けられた。
「───なぁ、サンジ」
「ん?何だ?」
「気持ちは決まったか?」
静かな問いかけに蜜柑を絞る手が止まる。
震えた体が動揺を表し、鋭く舌打ちした。
「何の、話だ?」
「お前の身の振り方についての話」
むぐむぐと篭った声で淡々と話すルフィに、眉間に皺を寄せた。
どう考えても重要な話を振ってきたくせに、この緊張感のなさはどうだろう。
苛立ち、そのままの勢いで振り返れば、予想通りに頬をリスのように膨らませたルフィと目が合った。
「・・・・・・」
黒々とした瞳は、普段と何も変わらない。
だからこそサンジは唇を噛み締めた。
ルフィは時々信じられないほど核心を突く。
平然と、当たり前に。
そんな時のルフィは、酷く凪いだ雰囲気を発し、だからこそ普段通りに簡単にあしらえない。
悔しいが、彼はこの船の船長で、そこに年齢差は関係なかった。
ルフィはこの船の中で一番敬うべき存在で、標となる男。
「お前、オールブルーを見つけてから、ずっと迷ってただろ」
手が自然と煙草を探り、ポケットからライターと共に取り出す。
無性にニコチンが恋しく胸がざわざわと落ち着かない。
こんなに居心地悪い気分でサンジが居るのに、ルフィは平然とサンドイッチを頬張り続ける。
すうっと胸の奥深くまで紫煙を吸い込むと、ぷかっと吐き出した。
何も答えないサンジに、ルフィは再び視線を向ける。
「お前の好きなようにしていいぞ」
「え?」
「船を降りるか旅を続けるか。お前、自分で決めろ」
それは船長としての言葉だった。
ずしり、と響く、重たい言葉だった。
「もうすぐワンピースが見つかる。最果ての島まで数日だってナミが言った。あいつの予想は外れない。───だから、お前それまでに決めろ。船を降りるかどうかを」
「・・・ルフィ」
「お前が居ても居なくてもおれたちは先に進むぞ、サンジ」
きつい言葉に煙草のフィルターを噛み潰す。
紛れもなくそれは真実だ。
ゾロは何処までもルフィとあろうとするだろう。彼は海賊王と並び立つために大剣豪の称号を得た。迷いはなく死が別つまで、否、執念深い彼のことだ、死んでも喰らいつくと決めているに違いない。
ナミもついていくだろう。彼女の夢は世界地図を作ること。まだ所々空いた部分があり、彼女もルフィと共に行く。それに彼女は、自分が居ないとルフィの船が進まないのを、誰よりも理解していた。
ウソップだってそうだ。彼の夢は勇敢なる海の戦士。島に自分を待つ少女が居ると言っていたが、彼が海を、ルフィの傍を永久に離れるとは考え難い。
チョッパーは万能薬になると言っている。世界を見るために出た彼は、これからも世界を回り薬であり続けるに違いない。
ロビンはルフィと同じでラフテルで夢をかなえる。だが彼女は船を降りない。ロビンはルフィの傍を自分の居場所と定めていた。
フランキーもこの船から離れない。海賊王の船に憧れを抱いていた彼は、ルフィの船を常に万全にしているのに誇りを持っている。この船と、ルフィと共に生きていくだろう。
ブルックとて変わらない。彼はワンピースを得た後、友人である鯨に会いに行く。その後はきっとルフィと旅を続けるのだろう。ガイコツである彼を受け入れたルフィに、見た目以上に心酔していた。
自分だけだった。
迷っているのは、サニー号の上でサンジただ一人だ。
だからこそ、そんな自分が悔しくもどかしい。
何故、自分だけ、と歯痒く思う。
だが本人であるサンジが苛立っても、ルフィは平然としたものだ。
「好きな道を選べサンジ。お前の人生はお前のもんだ」
にっと唇を持ち上げたルフィは、悪戯っぽく笑う。
唇についたタレを指先で拭ってぺろりと舐めたルフィの笑顔に気負いはなく、本心から告げていると嫌でも理解させた。
ルフィが選んでくれればいいのに、と甘い考えを持つ自分が悔しい。
選んでもらった人生を歩めば何かあったら自分が後悔すると知っているのに、甘えようとする自分が情けない。
これほど居心地がいい空間なのに、ルフィが選んだ人生を歩めばきっと自分は怨んでしまう。
あの時、ああ言われなければ、と気のいい仲間を憎んでしまう。
そんなのは嫌だ。
自分自身を嫌う生き方をしたくない。
だからこそ、ルフィは自分で選べと言うのだろう。
厳しく優しい気持ちを向けて。
あまり吸わぬ内に短くなった煙草を灰皿に押し付ける。
じじっと音を立てて呆気なく消えた火種に、自分の気持ちもこんなに簡単に処理できればいいのにと、苦い気持ちで考えた。
「サンジ」
「・・・何だよ」
「お前が何処でメシを作っても、おれは絶対に食いに行くぞ」
じゃな、おやすみ。
言いたいことだけ言って席を立ったルフィは、ひらひらと後ろ向きに手を振った。
ばたん、と音を立ててドアが閉まる。
その気配がすっかりと遠ざかるのを確認し、流しに背を預けるとずるずるとしゃがみ込んだ。
「ちっくしょー・・・お前がそんなんじゃなければ、おれも迷わなかったんだよ」
ルフィが好きにしていいと言ったからといって、サンジはこの船で不用な人物だとは思わない。
疑うことなく信じれるのは、ルフィ本人が言った通りに何処で料理をしていようと、彼はきっとサンジのご飯を食べに来ると判っているからだ。
ルフィは全身でサンジの作ったものが好きだと訴える。疑問に思う余地も残さず、全力で。
だからサンジは迷うのだ。
ここではない場所で店を開こうかどうかを。
「全く、敵わねぇ」
掌で顔を覆い、唇を歪めた。
ルフィはこの船の標だ。
船の方針を決め、自分たちの人生の進む道を選択させる。
「サンキュ、ルフィ」
心は随分と軽くなった。
どんな道を選んでも、自分は絶対に後悔しない。
それは、後に海賊王と呼ばれる人物が乗る船が、最果ての島に辿り着く数日前の出来事だった。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。
夜の帳が深くなる時間、波に揺られながら慣れたキッチンの中を動き回る。
明日の朝食と昼食の下拵えをすべく玉葱を微塵切りにしていく。
朝食にパンを出すために捏ねた生地は発酵中で、挟もうと思っているローストビーフはタレにつけて冷蔵庫の中に仕舞ってある。
他にも卵サンド、フルーツサンドを作る予定だが、それはまた明日にしようと決め包丁を止めた。
どれだけ集中していても、絶対に気づく気配がドアの向こうに現れたからだ。
手早く包丁をふき取りエプロンの裾で手を拭く。
腰に手を当て振り返れば、丁度いいタイミングでドアが開いた。
「よう、サンジー!メシくれ!」
「メシくれ!じゃねぇよ!お前晩飯たらふく食ったろうが!」
「もう消化しちまったよ。肉くれ、肉。肉が食いてぇ!」
「アホ!こっちも食料配分っつーもんがあるんだよ!サンドイッチ作ってやるから待ってろ」
「肉か!?」
「ハムとチーズだ。文句言うなよ。作ってやるだけありがたいと思え」
先ほど発酵させていたものではなく、焼いたばかりのパンを手に取るとキッチンに置いておいたチーズとハムを手早く挟みトマトソースで炒めたキャベツを挟む。
マヨネーズも塗り、皿に手早く盛っていった。
「食べても良いか」
「ちったぁ我慢できねぇのか?」
「だってサンジのメシ、マジで美味ぇんだもん!」
「・・・そうかよ。ほれ、一皿目出来上がりだ」
「うひょー!やっぱ美味そうだ!」
「バーカ。美味そうじゃなくて美味いんだよ」
カウンターに座ったルフィの前に、小山になった皿をどんと置けば、涎を垂らさんばかりの笑顔を浮かべた。
キラキラしい笑顔に顔を俯け僅かに口角を上げる。
緩んだ表情などこの奔放な船長に見せるのは癪だった。
───例え、彼のために予め焼きたてのパンを準備していようとも。
例え、始めから食料計算をして、ハムとチーズを捻出していようとも。
それを悟られるには、サンジの低くないプライドが疼く。
今度は同じ材料でもホットサンドにし、味付けも僅かに変える。
それも小山にして並べれば、先に出した一皿を丁度食べ終わったルフィと目が合った。
「やっぱ、サンジのメシは最高だな!」
「当然だ」
満足気に目を細めたルフィに背を向け、冷蔵庫から蜜柑を取り出し絞り器で絞った。
コップに流し込めばあっと言う間にフレッシュなオレンジジュースの出来上がりだ。
どうせ一杯では済まないだろうとさらに幾つも取り出し、折角ナミさんから貰ったのにと勿体無く思いながらもジュースを作っていれば、不意にルフィから声を掛けられた。
「───なぁ、サンジ」
「ん?何だ?」
「気持ちは決まったか?」
静かな問いかけに蜜柑を絞る手が止まる。
震えた体が動揺を表し、鋭く舌打ちした。
「何の、話だ?」
「お前の身の振り方についての話」
むぐむぐと篭った声で淡々と話すルフィに、眉間に皺を寄せた。
どう考えても重要な話を振ってきたくせに、この緊張感のなさはどうだろう。
苛立ち、そのままの勢いで振り返れば、予想通りに頬をリスのように膨らませたルフィと目が合った。
「・・・・・・」
黒々とした瞳は、普段と何も変わらない。
だからこそサンジは唇を噛み締めた。
ルフィは時々信じられないほど核心を突く。
平然と、当たり前に。
そんな時のルフィは、酷く凪いだ雰囲気を発し、だからこそ普段通りに簡単にあしらえない。
悔しいが、彼はこの船の船長で、そこに年齢差は関係なかった。
ルフィはこの船の中で一番敬うべき存在で、標となる男。
「お前、オールブルーを見つけてから、ずっと迷ってただろ」
手が自然と煙草を探り、ポケットからライターと共に取り出す。
無性にニコチンが恋しく胸がざわざわと落ち着かない。
こんなに居心地悪い気分でサンジが居るのに、ルフィは平然とサンドイッチを頬張り続ける。
すうっと胸の奥深くまで紫煙を吸い込むと、ぷかっと吐き出した。
何も答えないサンジに、ルフィは再び視線を向ける。
「お前の好きなようにしていいぞ」
「え?」
「船を降りるか旅を続けるか。お前、自分で決めろ」
それは船長としての言葉だった。
ずしり、と響く、重たい言葉だった。
「もうすぐワンピースが見つかる。最果ての島まで数日だってナミが言った。あいつの予想は外れない。───だから、お前それまでに決めろ。船を降りるかどうかを」
「・・・ルフィ」
「お前が居ても居なくてもおれたちは先に進むぞ、サンジ」
きつい言葉に煙草のフィルターを噛み潰す。
紛れもなくそれは真実だ。
ゾロは何処までもルフィとあろうとするだろう。彼は海賊王と並び立つために大剣豪の称号を得た。迷いはなく死が別つまで、否、執念深い彼のことだ、死んでも喰らいつくと決めているに違いない。
ナミもついていくだろう。彼女の夢は世界地図を作ること。まだ所々空いた部分があり、彼女もルフィと共に行く。それに彼女は、自分が居ないとルフィの船が進まないのを、誰よりも理解していた。
ウソップだってそうだ。彼の夢は勇敢なる海の戦士。島に自分を待つ少女が居ると言っていたが、彼が海を、ルフィの傍を永久に離れるとは考え難い。
チョッパーは万能薬になると言っている。世界を見るために出た彼は、これからも世界を回り薬であり続けるに違いない。
ロビンはルフィと同じでラフテルで夢をかなえる。だが彼女は船を降りない。ロビンはルフィの傍を自分の居場所と定めていた。
フランキーもこの船から離れない。海賊王の船に憧れを抱いていた彼は、ルフィの船を常に万全にしているのに誇りを持っている。この船と、ルフィと共に生きていくだろう。
ブルックとて変わらない。彼はワンピースを得た後、友人である鯨に会いに行く。その後はきっとルフィと旅を続けるのだろう。ガイコツである彼を受け入れたルフィに、見た目以上に心酔していた。
自分だけだった。
迷っているのは、サニー号の上でサンジただ一人だ。
だからこそ、そんな自分が悔しくもどかしい。
何故、自分だけ、と歯痒く思う。
だが本人であるサンジが苛立っても、ルフィは平然としたものだ。
「好きな道を選べサンジ。お前の人生はお前のもんだ」
にっと唇を持ち上げたルフィは、悪戯っぽく笑う。
唇についたタレを指先で拭ってぺろりと舐めたルフィの笑顔に気負いはなく、本心から告げていると嫌でも理解させた。
ルフィが選んでくれればいいのに、と甘い考えを持つ自分が悔しい。
選んでもらった人生を歩めば何かあったら自分が後悔すると知っているのに、甘えようとする自分が情けない。
これほど居心地がいい空間なのに、ルフィが選んだ人生を歩めばきっと自分は怨んでしまう。
あの時、ああ言われなければ、と気のいい仲間を憎んでしまう。
そんなのは嫌だ。
自分自身を嫌う生き方をしたくない。
だからこそ、ルフィは自分で選べと言うのだろう。
厳しく優しい気持ちを向けて。
あまり吸わぬ内に短くなった煙草を灰皿に押し付ける。
じじっと音を立てて呆気なく消えた火種に、自分の気持ちもこんなに簡単に処理できればいいのにと、苦い気持ちで考えた。
「サンジ」
「・・・何だよ」
「お前が何処でメシを作っても、おれは絶対に食いに行くぞ」
じゃな、おやすみ。
言いたいことだけ言って席を立ったルフィは、ひらひらと後ろ向きに手を振った。
ばたん、と音を立ててドアが閉まる。
その気配がすっかりと遠ざかるのを確認し、流しに背を預けるとずるずるとしゃがみ込んだ。
「ちっくしょー・・・お前がそんなんじゃなければ、おれも迷わなかったんだよ」
ルフィが好きにしていいと言ったからといって、サンジはこの船で不用な人物だとは思わない。
疑うことなく信じれるのは、ルフィ本人が言った通りに何処で料理をしていようと、彼はきっとサンジのご飯を食べに来ると判っているからだ。
ルフィは全身でサンジの作ったものが好きだと訴える。疑問に思う余地も残さず、全力で。
だからサンジは迷うのだ。
ここではない場所で店を開こうかどうかを。
「全く、敵わねぇ」
掌で顔を覆い、唇を歪めた。
ルフィはこの船の標だ。
船の方針を決め、自分たちの人生の進む道を選択させる。
「サンキュ、ルフィ」
心は随分と軽くなった。
どんな道を選んでも、自分は絶対に後悔しない。
それは、後に海賊王と呼ばれる人物が乗る船が、最果ての島に辿り着く数日前の出来事だった。
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