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*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。





青一色の空の何処かから海鳥の鳴き声が聞こえる。
子供時代、雄大な草原に寝転んで夢想した。空の上には何があるのか。雲の上で走れるのだろうか、と。
それも今ではいい思い出だ。
何しろ、今のウソップは知っている。
空の上にも海があり、そこで暮らす人の生活があると。陸とは違った文化があり、陸とは違う人が居る。
幼い時分には夢物語だったものは現実として触れて、有耶無耶だった夢想はきっちりと形を成した。
つかめないと信じていた雲は、はっきりと握りこめた。
とても不思議でありながら、当たり前となった日常は、どうしようもなく愉快で痛快。

船の縁で海へ釣り針を垂らしていたウソップは、隣で船をこぐ影に目を細める。
春島が近いのか心地よい風や日差しにうとうとするのは理解できたが、二人きりで釣りをする羽目になった原因の暢気な姿に、ぴしりと額に青筋が浮いた。


「おい、ルフィ!お前、寝てんじゃねえ!」
「あ?」
「『あ?』じゃねえよ!誰の所為で飯の材料を釣ってると思ってるんだ!何もかもお前がサンジが作りかけた魚料理を貪り尽くしたからだろうが!!」


昔より精悍な顔をだらしなく緩めた男に怒鳴りつける。
出会った頃より少しだけ色あせた麦藁帽子に、赤いベストとデニムのパンツ。開けられた胸から覗く大きな傷跡だけがあの日にはなかった目立つ違いだ。
それ以外は何も変わらない。ハチャメチャで無茶苦茶で破天荒で飛びぬけた馬鹿で、どこまでも自分勝手で傲慢なウソップの親友であり王様。
夢が叶う間近の今でも緊張感なくいつもどおりで、彼の夢に近づいたと仲間である自分の方が余程緊張している。


「でもよー、ウソップもつまみ食いしたじゃん。だから連帯責任なんだろ?」
「絶対量が違うわ!お前がほぼ全部食っておれは一口だけだろうが!」
「それでもサンジからしたら同じだろ。だから一緒に釣りしてるじゃん」
「いやいや、お前寝てただろ!釣ってたのおれだけだから!」


びしりと胸に突っ込むと、けたけたと楽しそうにルフィは笑った。
長閑な日常。海賊だが略奪行為や侵略に興味がない船長を筆頭に、船員たちは誰かを支配したいと思わない。
ルフィの冒険心に引きずり回される毎日で、気がつけば騒動に巻き込まれて、いつの間にか名のある賞金首。
勇敢な海の戦士になりたいと夢見た過去が懐かしい。
村でほらを吹いて走り回ったのは、いい思い出だ。
可愛いウソップ海賊団の仲間たち。懐かしい初恋の相手。穏やかな空気に清々しい風。人のいい村人たち。
瞼を閉じれば全て色鮮やかに思い出せる心の深い場所にあるが、それらを置いてでも叶えたい夢があった。

海に出て毎日が目まぐるしく過ぎる中、一日は瞬きより早く過ぎていく。
ルフィの行動にうんざりするのは毎日でも、彼についてきて後悔はない。
真っ直ぐな強い意志に、諦めの悪い性格に、輝きを失わない瞳に、折れないしなやかな心に、仲間を想う強さに。
ああ、こいつの仲間になってよかったと、日々感謝する。

島を出た頃には遠いと思っていたのに、変わらない日常を過ごす内にいつの間にか目の前に『夢』がある。
ルフィはもうす自身の夢を掴み取る。
そう考えるといてもたっても居られなくなり、ウソップの口は主を裏切り動いていた。


「なあ、ルフィ」
「ん?」
「もうすぐ最果ての島だな」
「おう!楽しみだな~!ワンピースってどんなんだろうな!」
「・・・お前はワンピースを手に入れる。そして海賊王になる。旅した時間が長かったのか短かったのかわかんねえな」
「しししっ、おれはあっという間だったぞ。いろいろあったからな」
「そのいろいろの主な原因はお前だけどな」


胡乱な眼差しで睨めば、しししっと彼らしい笑顔を浮かべて首を竦めた。
夏島付近の太陽のように明るく輝かしい表情に苦笑する。
ルフィは強くなった。けれど一番いいところは何も変わらない。
無邪気で傲慢で我侭で馬鹿で、大切な親友で、そしてウソップの王様のまま。
彼の所為で死に掛けた回数は両手じゃ収まらないし喧嘩もしたし一味を抜けようとしたときもあった。
けれど今では全てがいい思い出だ。
もっとも破天荒な部分も欠片も変わっていないので、現在進行形で思い出も苦労も増えている。
それでも心底憎めないのが、このモンキー・D・ルフィのずるいとこだろう。
懲りない彼に苦く笑うともう一度空を見上げる。
雲ひとつない空はどこまでも澄んでいて、雲がない空ですらいつか航海する日が来るかもしれないと笑った。


「今だから言えるんだけどさ、おれ、心のどこかでお前は見てるだけで勝手に海賊王になっちまうんだと思ってた」


胸の痞えを吐き出すために、ゆっくりゆっくりと心の奥を暴いていく。
まだルーキーと呼ばれていた頃、確かにウソップはそんな思いを心の片隅に抱いていた。
それはとても傲慢な考え。
仲間と言いながら、自分はルフィの大きさに胡坐を掻いていた。
信頼している、と言えば聞こえがいいが、実際はそんなものじゃない。
何かあっても手を貸す必要がないと、思い込んでいたのと同意だったのだから。


「馬鹿だよな。そんなわけ、ないのに」


自嘲は一生消えない傷を含んでいた。
ウソップはルフィが一番助けを必要としている場面で彼の傍に居られなかった。
仲間散り散りに分かれて誰の助けもない状態で、それでもルフィは兄のために命を掛けた。
『頂上決戦』と呼ばれる世紀の分け目の決戦で彼は兄を失った。
それも目の前で、ルフィを助けて死んだというのだから報われない。
彼の心を思えば苦しくて悔しくて、今でも泣きたくなる。
きっとこの悔しさを持つのは自分だけじゃなくて、仲間たちも同じだろう。
だからたった二年の間に死に物狂いで特訓して自分を高めて集ったのだ。
今度こそ、ルフィが必要とする瞬間に助けるために。


「本当に馬鹿だ。お前はちゃんと言ってたのに。『助けてもらわねえと生きていけねえ自信がある!』って」


ウソップはルフィに救われた。
彼が居なかったら『海賊なんて来ていない』という嘘を村人に信用させられなかった。
きっと今頃暢気な島は蹂躙されつくし、海賊たちに支配されていたか、もしくは最悪生き残りは誰一人居ない状態で潰されていただろう。
ウソップの嘘は島の平穏を守った。守らせてくれたのは、ルフィが助けてくれたから。
それなのに、と己の弱さを悔やむ。
あの日、もっと自分が強ければ。もっと特訓していれば。もっと死に物狂いで戦えば。
もっと、もっと、もっと、もっと。
───望みは尽きず、悔恨は消えない。


「お前は一人じゃ生きていけねえ。剣術も使えねえ、航海術もねえし料理も作れねえ。医術だって持ってねえし、考古学だってわからねえ。船も作れねえし楽器だって弾けねえ───そんでもって、嘘だってつけねえ」
「・・・・・・」
「だからおれたちが必要なんだ。お前が好きに生きてけるように。今度こそ、お前を助けるために」


ずっとずっと願っていた。
そのための力を努力して手に入れた。
守られるだけじゃなく、今度こそ、彼の心を守るために。

釣竿を握る掌が白くなるほど握り締める。
みしみしと音を立てて悲鳴を上げるそれに気づかずに、ウソップは地平線の彼方を見詰めた。
果てがないあの先に、『最果ての島』がある。
そこにはルフィの夢があり、ワンピースを手に入れた彼は『海賊王』として世界に名を馳せるだろう。
これまで以上に命を狙われ、海軍からの賞金も上がるに違いない。

もう二度と後悔したくない。
自分が居ない間に彼の心を砕かれたくない。
ルフィは一言だって仲間を責めないし、何も言わない。
だがあの『頂上決戦』について貝のように沈黙を通す姿こそ、現実だった。
話さないのではない。話せないのだ。
あっけらかんとして後を引かないルフィが、もう何年も前の出来事を未だに話せないでいる。
それくらい負った傷は大きかった。

悔しさに滲んだ涙を飲み込み、不意に思う。
親父が自分たちではなく赤髪の傍で船に乗り続けるのは、同じような気持ちを持っているからかもしれないと。
子供や妻が大切じゃないのではない。
そうではなく、自分の王様を守りたいと願う気持ちが強すぎたのだ。


「おれはお前の傍に居る」
「ウソップ」
「だってそうだろ?お前には、おれ様の力が必要なんだから」


にいっと口の端を持ち上げると、きょとんと黒い瞳を丸めたルフィは次い顔をくしゃくしゃにして笑った。
心底嬉しそうな姿に、ウソップにも嬉しさが伝染する。
彼はあの日のことを責めたりしない。
ただ勝手にウソップたちが悔やんでいるだけだ。
理解していてもずっと赦されたいと願っていた自分は、ルフィと違ってずるい。
それでもけじめをつけたかった。
彼が己の夢を叶える前に懺悔に等しい思いを吐露したのは、けりをつけたかったからだ。
彼が笑い飛ばしてくれると知っているから、ウソップは後悔を口にした。
ルフィと、新しい一歩を歩きたいから、過去に踏ん切りをつけるために。


「お前が海賊王になってもおれたちは何も変わらねえ。お前はおれたちの船長で、おれたちは何があってもお前の味方だ。お前のことだ。海賊王になりました、夢が叶ったからさあお終い、じゃねえだろ?」
「しししっ、当然だ!おれはまだまだ冒険したりねえ。海賊王になったって、何も変わったりしなねえよ。世界にはもっとおれたちが知らないもんがいっぱいある。海賊王になったからって、何も終ったりしねぇよ」
「だろうな。おれもまだまだ足りてねえ。もっとお前と冒険してえ。おれたちには可能性がある。もっともっと強くなれるし、もっともっと前に進める」
「ああ!楽しみだな、ウソップ!早く海賊王になって、お前らと色んなとこに行きてえな」


釣竿を握ったまま笑う彼は、初めての頃と何も変わらない。
少しだけ色褪せた麦藁帽子に、精悍になった顔つきに、しなやかに筋肉のついた体に、伸びた身長。
見た目は変わっても中身は何一つ変わらない船長に悩まされる今は未来へと続く。
ちっとも成長しない船長の突拍子ない行動に叫んで怒って泣いて笑って、そうして日常は過ごされる。

海風を体に感じてウソップは目を細めた。
地平線の彼方に眠る宝など、まだ夢の一部に過ぎない。


「進めサニー号!真っ直ぐ、真っ直ぐだ!!」


立ち上がったルフィが海に向かって叫んだ。
その拍子に釣竿が落ちて、思わず立ち上がり彼の頭を叩く。
騒いでいると騒動を聞きつけて仲間たちが甲板に集まり始めた。

呵呵大笑が蒼穹へ吸い込まれる。
ウソップにとって特別な日常は、彼が海賊王になっても変わらないに違いない。
その時を思い楽しみだとくつくつと喉を震わせて笑った。

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「えーんど!」
「あん?」
「これやるよ!!」


にっと爽やかな笑顔を浮かべた綱海が、どさりと両手一杯の何かを押し付けてきた。
首筋を擽る感覚に目を瞬かせて、一瞬で奪われた視界の焦点をあわせる。
ふんわりと甘い薫りと特徴的な紫がかった小さな花々に、その正体を知った。


「何これ、チェリーパイじゃん」
「チェリーパイ?違うぞ。それは花だ」
「・・・そんなのみりゃ俺だって判る。そうじゃなくて通称だよ。俺が前に暮らしてたとこで、この花はチェリーパイって二つ名があんの」


何言ってんだと不思議そうに訂正した綱海に、ひょいと肩を竦めて教えてやる。
温帯から熱帯に咲くこの花の正式名称は『ヘリオトロープ』。
数多い種類を持つ花だが、その甘い香りから香水草とも言われ、実際に香水の生成に使われたりもする。
基本的に春から秋にかけて咲く花なのだが、気候が暖かなこの島には普通に分布しているらしい。
いかにも手で摘んできたむき出しの花は茎の部分が無残に折れ、ひっそりと眉根を寄せる。
よくよく見れば綱海の手も草の汁で緑色に染まっており、押し付けられた服を覗いたら緑の液体が付着していた。

お気に入りのTシャツに入った新たなラインにため息を吐くと、腰に手を当てた綱海は首を傾げる。


「あれ?嬉しくねぇ?」
「いや、嬉しいよ。嬉しいけどさ・・・どうしたんだよ、唐突に」
「唐突って、今日は特別な日だろ?」
「特別?」
「そ、今日はバレンタインデーだぜ!日本じゃ女からが主流だが、欧米では男から渡すのが普通だってテレビで見たからさ。だから俺から円堂に」
「バレンタインねえ」
「金の掛かってるプレゼントじゃねぇし受け取ってくれよ。あるのは俺の想いと労力だけだ」
「・・・その想いってのが厄介なんだろ」


なんとも確信犯な悪友は、にっと口角を持ち上げた。
仲間の前では滅多に見せない挑発的な笑みに、どうしたものかと眉を下げる。
気が合う友人だけあって綱海のチョイスは的を得ていた。
お金が掛かる高価すぎるプレゼントなら受け取らなかったし、コレが無機物なら突っ返していたかもしれない。
生きている植物を選んだ挙句、使ったのは労力だけなら遠慮する方がおかしい。
だが篭められた想いは紛れもなく厭うもので、それすら理解して手渡した彼に苦笑する。


「まあ、気にすんな。海のように広い心で受け止めろ」
「だから俺の心はミジンコ並にちっちぇえんだってば」
「けど今回はお前の負けだろ?油断してたし、もう受け取っちまってるしな」
「捨てるって選択肢もあるぜ?」
「お前ならそれはしねえだろ。けどまあ、捨てられたっつうんならそれもまた仕方ねぇ。花には悪いが、俺は後悔しないからな」
「───最悪だ」
「何とでも言え」


くつくつと喉を震わせた綱海は、ばんばんと無遠慮に円堂の肩を叩いた。
最早勝敗は決しており、これ以上抗っても何も意味はない。
片方でも手放せばすぐに落ちてしまいそうな花を気遣いつつ肩で綱海をごつくと、諦めて踵を返した。


「何処に行くんだ?」
「宿舎だよ。この花を加工すんの」
「加工?」
「乾燥させてポプリを作る。・・・お前へのお返しはそれに決定だから、期待するなよ」


わざと冷えた目で睨みつけると、瞳を丸くした綱海は嬉しそうに笑った。
思いも寄らぬ反応に小首を傾げる。
『想い』を形にしたそれを突き返すと宣言しているのに、何故彼は嬉しそうなのか。
訝しげな眼差しに疑問を嗅ぎ取ったらしい綱海は、顔をくしゃくしゃにして教えてくれた。


「だってさ、それって来月にしっかりお返しをくれるってことだろ?何も期待してなかったから、嬉しいんだ」


先ほどまでの強張った空気など何処吹く風で、言葉どおり幸せそうな綱海に。
呆れを通り越した何かを感じて、今度こそ背を向けたまま早歩きでその場から脱出を図った。




反比例の方程式

ヘリオトロープの花言葉・・・献身的な愛、熱望

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晴れた太陽が気持ちよくて歩いていたら、目の前に珍しい光景を見つけ目を瞬かせる。
きっちりと背筋を伸ばして歩く少年はよく見知っていたが、無表情に近い顔で淡々と両腕に抱えるものがそぐわない。
いや、目の抱擁になるくらい美少年に花は似合っていたが、少年───豪炎寺が自分から花を求めるタイプではないと知っているだけに意外に思えた。
大胆に花束を持ちながら全く照れが伺えないのが豪炎寺らしいと言えばらしいが、一体どうしたというのだろう。
好奇心がうずうずと沸き起こり、スピードを上げて前を行く少年に追いつくと。


「ごーうえんじー」


どん、と思い切り背中に圧し掛かった。
不意打ちされたことでたたらを踏んだ豪炎寺は、それでも何とか体勢を戻すと首だけをこちらに向ける。
切れ長の瞳で幾度か瞬きすると、ふわりと彼独特の淡い微笑を浮かべた。


「円堂。どうかしたのか?」
「いや、どうかしたのはお前だろ?どうしたんだよ、その両手いっぱいの花束」
「これか?これは夕香へのバレンタインプレゼントだ」
「バレンタイン?俺の記憶だと日本じゃ女から渡すのがメインじゃなかったか?」
「別に男から渡しても構わないだろう?最近では逆チョコが流行るくらいだ、花束くらい普通だ」
「そうか?」
「そうだ」


こくり、と頷く豪炎寺は心持ち楽しそうだった。
最愛の妹に贈り物が出来るのが嬉しいに違いない。円堂とて彼の気持ちはよくわかる。
目に入れても痛くない可愛い弟妹を口実をつけて構いたいと思うのは長子の特権だろう。
それに彼の場合は夕香が不幸に見舞われて、その原因は自分の所為だと思い込みながら抑圧した生活を送っていただけに反動が大きいのかもしれない。
どちらにせよ妹にプレゼントすると言う豪炎寺が嬉しそうなので、まあ別に理由はどうでも構わないかと円堂も笑った。

豪炎寺の両腕いっぱいに抱え込まれた花束には、季節を問わず可愛らしい花が並んでいる。
温室のお陰で最近の花屋では色々な種類の花を扱っているが、赤、白、ピンク、黄と目に鮮やかで可愛らしい様子は同じ女として喜ばれるのは間違いないと確信できた。


「夕香ちゃん、喜んでくれるといいな」
「ああ」
「そうだ、後で俺も友チョコ持ってくから。夕香ちゃんはケーキと生チョコとどっちが好きだ?」
「多分、円堂からもらえるなら、どちらでもいいと思う」
「そか。じゃあ、お前は?」
「え?」
「お前はって聞いてるんだよ、豪炎寺。今日はバレンタインでーだろ?日本じゃ女の子が男の子にチョコをやる日のはずだ。違う?」
「いや、違わないが」
「俺、女の子。豪炎寺、男の子。それで、お前はどっちがいい?」
「───生チョコで」
「ん、了解」


瞳を大きくしながらも、呆然とした様子で答えた彼に頷いた。
用意してあるチョコは包むだけなので、包装紙は何色にしようかと思案する。
豪炎寺のイメージカラーはオレンジがかった赤だろうか。それともイナズマジャパンにあわせて青にしようか。
プレゼントを贈った時の反応を想い喉を震わせると、いつの間にか立ち止まっていた豪炎寺からすっと何かを差し出された。


「ん?」
「・・・本当は、渡そうか迷っていたが」
「俺に?」
「ああ。イメージを伝えたら、花屋が作ってくれた」
「夕香ちゃんのより小さいな。やっぱ、愛の違い?」
「なっ!!?」
「冗談、じょーだんだって。本気にすんなよ、豪炎寺」


軽口にかっと頬を赤らめた豪炎寺に、ぱちりとウィンクをする。
クールな見た目と違い、中身は初心で生真面目な彼は素直で可愛い。
同年代の少女には近寄りがたい空気を発しているが、果たして彼の素顔を見つけるのはどんな女の子なのだろうか。

見た目ではなく、彼の中身を好む円堂は、手渡された花束を腕に抱くと微笑んだ。
中心に置かれ目を引く鮮やかなアネモネは、ほんのりと甘い香りがした。




自覚のない想いの色は


アネモネの花言葉・・・はかない恋、清純無垢、無邪気
赤のアネモネ・・・君を愛す
白のアネモネ・・・真心
紫のアネモネ・・・あなたを信じて待つ

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「ね、姉さん!」


呼びかけられ、足を止める。
数多い知り合いの中から自分を『姉さん』と呼ぶ人間なんて一人しか覚えがなく、右の踵を機転に振り返れば予想通りの姿があった。

幼い頃刷り込みをしすぎて多少奇抜な趣味に走ってしまった弟は、今日はマントはないがそれでもきっちりとゴーグルはつけたままだ。
嘗て同じものをつけていた身としてはどうしてか理由は判るが、いい加減日常では外した方が良いとアドバイスすべきなのだろうか。
姉として思案していると、何処から走ってきたのか少しだけ息を上がらせた弟は、後ろ手に持っていたものを差し出した。


「・・・苺?」
「はい。今日はバレンタインデーなので」
「ああ、バレンタインのプレゼントか。さすが有人!気が利くなあ」


微かに頬を染めながら差し出した彼に、円堂はにこりと微笑んだ。
周囲の人間に呆れられるくらいにブラコンの自覚がある円堂は、昔よりマシになったとはいえ現在でも彼に十分甘い。
バレンタインのプレゼントに苺の鉢植えなんて普通ないだろ、と他の誰かなら突っ込んだが、弟の鬼道からなら何でも嬉しいに変換された。

日本ならではのイベントに興味はないが、可愛がっている弟からとなれば別だ。
彼の想いが何処にあるか理解していて残酷だと、気の合う友人なら言うかもしれないがそこには目を瞑った。
誰に何と言われようと嬉しいものは嬉しいし、伝えずにいるには目の前の子供は特別すぎた。
どうせこんな遣り取りが一生続くはずもない。

淡雪のような初恋は、春が来たら解けてなくなる。
熱病に冒されているのと同じで、離れていた時間が自分に執着させているだけなら、彼が大人になれば自然と距離は開くだろう。

その時を思い一抹の寂しさを感じると、訝しげに目の前の弟の顔が曇る。
慌てて取り成すように彼の頭に手をやり昔と同じ仕草で撫でれば、もう子供ではないですと頬を膨らませながらも享受した。


「そうだな。お前も、もう子供じゃないな」
「・・・姉さん?」
「なぁ、有人。俺はお前が大切だよ。特別で可愛い弟だからな」


素知らぬ顔で釘を刺せば、一瞬前までの喜色を消し去り俯いて唇を噛み締める。
傷ついた顔を隠さぬ鬼道に、それでも差し伸べる手を持たない。
その役目は、いつか鬼道の隣を歩む女性が担うべきもので、早々に彼の人生から姿を消す自分では役不足だ。
運命論など語りたくもないが、傲慢なる神様に、出会った瞬間から先は決められていたのかもしれない。

何も言わぬ鬼道に手を伸ばし、きゅっと掌を握る。
漸く顔を上げた弟は、不思議そうに小首を傾げた。


「お礼にフォンダンショコラをプレゼントだ。もう宿舎に準備出来てるから、焼いて一緒に食べようぜ」
「・・・いいのか?」
「勿論」


油断するとすぐに昔の話し方に戻る鬼道に、円堂は儚げに微笑んだ。
砂上の城と同じ優しさは、果たして優しさと言えるのだろうか。




時間が進まぬ時計が欲しい 歪なそれが壊れるだけでも



苺の花言葉・・・尊重と愛情

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*ずっと以前に投稿した学パロアリスの再録です。





高校の制服を、何食わぬ顔で着こなす二人を見て、アリスは眉をしかめた。

またか、と思った。

アリスが彼らに気がつくよりもずっと早くアリスの存在に気がついていたらしい双子は、嬉しそうに駆け寄ってきた。

そして、そのまま勢いを殺す事無く。

全力でアリスに抱きついた。

「ぐっ!」

悲鳴を堪える。

尻から倒れこみ、下が柔らかい芝生でよかったと思った。

そうでなければ、今頃もっと痛い思いをしたに違いない。

涙目になりながら、首にしがみつく二人を睨んだ。

「ディー、ダム」

「何、お姉さん?」

「どうかしたの、お姉さん」

ステレオで声が聞こえた。

どっちがどっちの声か混乱しそうだ。

だが、頭を軽く振ると嬉しそうに目を輝かす彼らに。

「全力で抱きつくのは止めてって言ってるでしょう?」

苛立ちを隠さずに、きつく睨みながら伝えた。

だが。

「でも、僕たちお姉さんを見つけると嬉しくなっちゃうんだ」

「そうそう。自分達でも止められないんだ」

心持ち頬を染めて、嬉しそうに言う彼らに。

気力がどかっと奪われる。

悪気がないのが性質が悪い。

嘘でないから、嫌えない。

決して、いい子ではないと知っているのに。

甘いな、と自分でも思う。

罪のない笑顔の裏に、何があるか理解できないほど純粋でもないのに。

「ねえ、お姉さん。怒ったの?」

「もう、僕たちのこと、嫌いになっちゃった?」

何故、此処まで好意を抱いてくれるのかわからない。

けど、贈られる好意は本物で。

「お姉さん、嫌わないで」

「お姉さん、僕たちちゃんといい子に出来るよ」

「お姉さん、お願い」

「お姉さん、嫌いにならないで」

交互に囁かれ、ため息を殺した。

昼休みもほとんど終わった中庭には、生徒は他にはいない。

こんな光景を他人に見られなくて、本当に良かった。

目立つ事無く、地味に学園生活を送りたいアリスは、それを妨げる存在を見る。

睨む事はもう出来なかった。

「──嫌いになんて、なる訳がないじゃない」

年下の少年達の頭を優しく撫でた。

思ったより声が甘くなり、眉根を寄せる。

それに気づいたのか、気がつかなかったのか。

どちらにしても、素知らぬ顔で、彼らは笑いあった。

そして、囁くような声で。

似たような笑みを浮かべて。

「ねえ、お姉さん」

「僕たち、本当にお姉さんが大好きだよ」

思いもかけないほど強い力で、アリスを抱きしめ。

断言するように、そう言った。

「はいはい」

流すようにそれに頷いたアリスが。

彼らの本気を実感するのは、もう少し後のこと。

拍手[3回]

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