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*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
海賊王の船は、今日もマイペースに波を乗り越え自由気ままに進んでいく。
風に押されて波にたゆたい穏やかなまでにのんびりと。
しかしながら、残念なことにゆったりとした空気は、甲板の上で睨み合う女性達のお陰で全てが台無しになっていた。
肩や夜を紡いだ黒髪を持つ、気位の高い美貌の海賊女帝。
肩や夏をイメージさせるオレンジ色の髪をした、キュートで計算高い泥棒猫。
そしてそんな二人の対決を間に挟まれたまま笑顔で見守る、誰よりも食えないオリエンタルな悪魔の子。
種類は違うが美女三人が揃い火花を散らしている(若干一名は見学か参戦か良く判らないが)彼女達を見下ろすゾロは、展望台でいつも通りに鍛錬中だ。
片手でダンベル運動をしつつ眺める光景は、うんざりするほど回数を重ねていた。
それこそまだ自分たちがルーキーと呼ばれる時分から繰り返されてきている。
いい加減に学習しろよと突っ込んでやりたいが、その後の仕打ちが面倒なのでやらない。
以前ナミ相手に忠告したら鬱陶しくも小一時間愚痴と説教の間の話を延々と垂れ流され、ロビンに何とかしろと言ったら無理ねとさらりと流された。ちなみにその後懇切丁寧に無理な理由まで説明してくれやはり時間をとられた。
その一件があって以来なるべく関わりを持たないようにしてる。
なので今あの場に普通に馴染んでいるルフィと、喜び勇んで回転しているグル眉野郎と、パンツを見せてもらおうとして甲板に沈みこんだブルックにはある種の尊敬を抱く。
底抜けの馬鹿だ。
「ゾロー。そろそろメシだって」
「んあ?」
「何見てんだ?」
「ああ・・・あいつらだよ。ほれ」
ちょこちょこと寄って来たチョッパーをひょいと掴み上げると頭の上に乗せる。
両手一杯に握ったワタアメは、九蛇海賊団からの戦利品に違いない。
年を経ても彼は未だに可愛いままだ。大きさだってトナカイの形になってる時のサイズは変わらないままで、未だに癖ですぐに担ぎ上げてしまう。
もっとも、本人も慣れているので今更抵抗もしない。
実年齢を考慮すればそろそろ止めなければならないと思うのだが、癖になってしまっているらしく中々止められなかった。
「ルフィたちだ」
「おう」
「なぁゾロ」
「ん?」
「いっつもナミと九蛇の女帝は喧嘩してるけど、一体なんで喧嘩してるんだ?いっつも見てるロビンに聞いても教えてくれねえし、ウソップとフランキーは肩を竦めただけだし、ブルックとサンジは恨めしいと羨ましいを交互に訴えてハンカチを噛んでたぞ」
「ああ、最後の二人は病気だな。駄目に利く薬作ってやれ」
「え?」
「それか女狂いが治る薬。出来るか?」
「う、うん。頑張る」
素直に頷いたチョッパーの頭を撫でてやる。
ちなみにどちらの薬も結構前から開発中だが、未だに完成に到っていない。
実験台になっている人間が欠片も変わらないのだから、完成はまだ遠そうだ。最も彼らから駄目を取ったら何が残るか、ゾロには甚だ疑問ではあったけれど。
「ゾロ」
「あん?」
「ゾロなら判るか?あの二人が喧嘩してる理由」
「・・・・・・」
「二人ともルフィが居なければ無視し合うだけなのに、間にルフィが入ると喧嘩するんだ。ハンコックなんて見下げすぎて見上げてるし、ナミは血管ぶちきれそうだ」
そこまでいってたらもう一息だろうに。
自力で解決できないとは、中々どうして奥手なもんだ。
恋愛関係にこの上なく鈍いチョッパーは、少し純粋培養で育てすぎたかもしれない。
性欲が感じられないのは、元の種が違うからだろうか。
そうであれば教えるのは難しいな、と考えながらゾロはゆっくりと口を開いた。
「あれはな、陣取り合戦みたいなもんだ」
「陣取り合戦?」
「そうだ。・・・ま、お前にもその内わかんだろ」
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、可愛い顔を渋く歪めてチョッパーが首を捻った。
こんな彼がいつか恋愛の機微とか肉体関係において悩む日も来るのだろうか。
それはまだ遠そうだと若干失礼な考えを持ちつつ、窓から下を見下ろす。
女の間に挟まれたルフィは、けれど普段通りの自然体だった。
身構えることもせず、気を使うこともない。
麦藁帽子の後ろで手を組み、しししと聞こえてきそうな全開の笑みを浮かべている。
目の前での美女二人が何で争っているか、それに気づかぬルフィではない。
彼が自分に向けられる好意を間違えることはないし、あれは鼻が利くとか勘が良いとかのレベルではなく本能だろう。
ナミたちがどう思ってるか知らないが、ルフィは判っていてああなのだとゾロは知っていた。
───ゾロのルフィは、底抜けにずるい男だから。
「お前は、ルフィみたいな男に惹かれるなよ」
「どうしたんだ急に?」
「いーや。もっと楽な人生だってあるだろうよって言ってるだけだ」
「?ゾロが言ってる意味、よく判んねぇぞ。それにおれルフィが大好きだからな」
眉間の皺を深めたトナカイは、少し機嫌を損ねたらしい。
むっと唇を尖らせて小さな蹄でゾロの頭を叩く。
「くくっ・・・そうだな。悪い、悪い」
怒るチョッパーを宥めつつ、階下に行くため足を進める。
自分は死んでもルフィについていく気でいるが、さて、彼の覚悟はいかほどなのだろう。
どちらにせよ、あの我侭で独占欲が強い海賊王が、自分の宝を簡単に手放すわけないかと小さく笑った。
甲板に着くまでに女の戦いに決着がついていれば良いと、ミステリアスな考古学者に期待をかける。
「今日の昼飯何だって?」
「肉だぞ、肉ー!」
船長の物まねをした船医が、いつか大人になるんだろうなと微笑ましく思ったある日の午後。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
海賊王の船は、今日もマイペースに波を乗り越え自由気ままに進んでいく。
風に押されて波にたゆたい穏やかなまでにのんびりと。
しかしながら、残念なことにゆったりとした空気は、甲板の上で睨み合う女性達のお陰で全てが台無しになっていた。
肩や夜を紡いだ黒髪を持つ、気位の高い美貌の海賊女帝。
肩や夏をイメージさせるオレンジ色の髪をした、キュートで計算高い泥棒猫。
そしてそんな二人の対決を間に挟まれたまま笑顔で見守る、誰よりも食えないオリエンタルな悪魔の子。
種類は違うが美女三人が揃い火花を散らしている(若干一名は見学か参戦か良く判らないが)彼女達を見下ろすゾロは、展望台でいつも通りに鍛錬中だ。
片手でダンベル運動をしつつ眺める光景は、うんざりするほど回数を重ねていた。
それこそまだ自分たちがルーキーと呼ばれる時分から繰り返されてきている。
いい加減に学習しろよと突っ込んでやりたいが、その後の仕打ちが面倒なのでやらない。
以前ナミ相手に忠告したら鬱陶しくも小一時間愚痴と説教の間の話を延々と垂れ流され、ロビンに何とかしろと言ったら無理ねとさらりと流された。ちなみにその後懇切丁寧に無理な理由まで説明してくれやはり時間をとられた。
その一件があって以来なるべく関わりを持たないようにしてる。
なので今あの場に普通に馴染んでいるルフィと、喜び勇んで回転しているグル眉野郎と、パンツを見せてもらおうとして甲板に沈みこんだブルックにはある種の尊敬を抱く。
底抜けの馬鹿だ。
「ゾロー。そろそろメシだって」
「んあ?」
「何見てんだ?」
「ああ・・・あいつらだよ。ほれ」
ちょこちょこと寄って来たチョッパーをひょいと掴み上げると頭の上に乗せる。
両手一杯に握ったワタアメは、九蛇海賊団からの戦利品に違いない。
年を経ても彼は未だに可愛いままだ。大きさだってトナカイの形になってる時のサイズは変わらないままで、未だに癖ですぐに担ぎ上げてしまう。
もっとも、本人も慣れているので今更抵抗もしない。
実年齢を考慮すればそろそろ止めなければならないと思うのだが、癖になってしまっているらしく中々止められなかった。
「ルフィたちだ」
「おう」
「なぁゾロ」
「ん?」
「いっつもナミと九蛇の女帝は喧嘩してるけど、一体なんで喧嘩してるんだ?いっつも見てるロビンに聞いても教えてくれねえし、ウソップとフランキーは肩を竦めただけだし、ブルックとサンジは恨めしいと羨ましいを交互に訴えてハンカチを噛んでたぞ」
「ああ、最後の二人は病気だな。駄目に利く薬作ってやれ」
「え?」
「それか女狂いが治る薬。出来るか?」
「う、うん。頑張る」
素直に頷いたチョッパーの頭を撫でてやる。
ちなみにどちらの薬も結構前から開発中だが、未だに完成に到っていない。
実験台になっている人間が欠片も変わらないのだから、完成はまだ遠そうだ。最も彼らから駄目を取ったら何が残るか、ゾロには甚だ疑問ではあったけれど。
「ゾロ」
「あん?」
「ゾロなら判るか?あの二人が喧嘩してる理由」
「・・・・・・」
「二人ともルフィが居なければ無視し合うだけなのに、間にルフィが入ると喧嘩するんだ。ハンコックなんて見下げすぎて見上げてるし、ナミは血管ぶちきれそうだ」
そこまでいってたらもう一息だろうに。
自力で解決できないとは、中々どうして奥手なもんだ。
恋愛関係にこの上なく鈍いチョッパーは、少し純粋培養で育てすぎたかもしれない。
性欲が感じられないのは、元の種が違うからだろうか。
そうであれば教えるのは難しいな、と考えながらゾロはゆっくりと口を開いた。
「あれはな、陣取り合戦みたいなもんだ」
「陣取り合戦?」
「そうだ。・・・ま、お前にもその内わかんだろ」
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、可愛い顔を渋く歪めてチョッパーが首を捻った。
こんな彼がいつか恋愛の機微とか肉体関係において悩む日も来るのだろうか。
それはまだ遠そうだと若干失礼な考えを持ちつつ、窓から下を見下ろす。
女の間に挟まれたルフィは、けれど普段通りの自然体だった。
身構えることもせず、気を使うこともない。
麦藁帽子の後ろで手を組み、しししと聞こえてきそうな全開の笑みを浮かべている。
目の前での美女二人が何で争っているか、それに気づかぬルフィではない。
彼が自分に向けられる好意を間違えることはないし、あれは鼻が利くとか勘が良いとかのレベルではなく本能だろう。
ナミたちがどう思ってるか知らないが、ルフィは判っていてああなのだとゾロは知っていた。
───ゾロのルフィは、底抜けにずるい男だから。
「お前は、ルフィみたいな男に惹かれるなよ」
「どうしたんだ急に?」
「いーや。もっと楽な人生だってあるだろうよって言ってるだけだ」
「?ゾロが言ってる意味、よく判んねぇぞ。それにおれルフィが大好きだからな」
眉間の皺を深めたトナカイは、少し機嫌を損ねたらしい。
むっと唇を尖らせて小さな蹄でゾロの頭を叩く。
「くくっ・・・そうだな。悪い、悪い」
怒るチョッパーを宥めつつ、階下に行くため足を進める。
自分は死んでもルフィについていく気でいるが、さて、彼の覚悟はいかほどなのだろう。
どちらにせよ、あの我侭で独占欲が強い海賊王が、自分の宝を簡単に手放すわけないかと小さく笑った。
甲板に着くまでに女の戦いに決着がついていれば良いと、ミステリアスな考古学者に期待をかける。
「今日の昼飯何だって?」
「肉だぞ、肉ー!」
船長の物まねをした船医が、いつか大人になるんだろうなと微笑ましく思ったある日の午後。
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『黒崎一護。お前を倒す男だ。ヨロシク』
片手で持つには正直つらい大太刀を片手で振り回す。それは存外に力仕事で、もやしっ子の一護ではきっと無理だろう。
本来の主役は彼だと言うのに、先ほどから椅子に座って台本を読み込んでいる。
初めから一人二役の予定で引き受けた仕事だが、もう少し体力をつけた方がいいんじゃないかと親切心で思う。
ライブでも一番最初に倒れるのは一護だし、女でしかもあんなに華奢なルキアよりも体力なしとは高校生として微妙すぎる。
もっとも、一護が非力なお陰で出番が増えているのだから、それもよしと考えるべきなのだろう。
双子の兄である彼に対し、とんでもなくコンプレックスを持っている身としては少しばかりきつい役どころかと思っていたが、慣れてみるとルキアを助ける役を演じているのが自分なのは案外いい。
姫を助ける騎士なんて現実では滅多に回ってこない役どころだ。
『死覇装だと?どこの所属だ、テメェ』
地元に蔓延るヤンキーのように低い唸り声を上げた恋次がコンを睨む。
演技だと判ってるが、その似合いすぎる形相に身が引きそうになり、慌てて両足を踏ん張った。
大分ドラマの撮りに慣れたとはいえまだまだ油断は禁物だ。
『そうか』
『っ!?』
『読めたぞ。テメェがルキアから力を奪った人間かよ!!』
恋次が咆哮し憎しみの篭った眼差しを向けた。
その瞳が抱く憎悪は、とても偽者には見えない。
背筋をふるりと震わせ、集中しろと自分に言い聞かせた。
「・・・恋次さん」
「あん?」
「演技怖すぎるんすけど」
休憩に入り、恋次と二人でパイプ椅子に並んで座る。
アクションシーンだけ先に撮ったのでとりあえずドリンクで喉を潤した。
次は一護とルキアと白哉で魅せるこの回のメインなので、彼ら三人は監督と話を詰めている。
額から流れた汗を先ほどルキアから借りたタオルで拭えば、すぐさま洗って返せよとその義兄から突っ込まれた。
「ってか恋次さん以上にこの役に入り込んでますよね?どうしたんすか?」
「何が?」
「何がって・・・何かが?」
「疑問符じゃねぇか。それじゃ何が言いたいか判んねぇだろうが」
「うーん・・・そうっすね」
首を傾げながらもう一口ドリンクを飲む。
冷えたレモネードは中々に美味い。
喉越し爽やかなそれを最後まで一気に飲み干すと、殻になった入れ物を手に立ち上がった。
「何処行くんだ?」
「ルキアさんのとこっす。頑張ってくださいって応援しに」
「お前、本当にルキアにべったりだな。役柄まんまじゃねぇか」
呆れた顔で恋次が言った。
その言葉は確かに身に覚えがあったりするので、ひょいと肩を竦めて肯定も否定もしないでおく。
「『コン』は『姐さん』が世界の中心なんスよ」
「阿呆。少しは隠せ」
ひらひらと追い払うように手を振る恋次に頭を下げると、コンはスキップ交じりで監督との会話を終えたルキアへと近寄った。
『白哉』が先にこちらに気づき、不意に視線を鋭くする。
それに同じように睨み返し、堂々とルキアに声をかけた。
コンは『コン』よりももう少し自己主張が激しい。
『白哉』よりも素直な白哉相手に、立ち向かっていくのは容易だ。
少なくとも、白哉は斬魄刀を利用し千本桜でコンを襲ったりしないのだから。
独占を主張する二人の戦いは、今静かにゴングが鳴らされた。
片手で持つには正直つらい大太刀を片手で振り回す。それは存外に力仕事で、もやしっ子の一護ではきっと無理だろう。
本来の主役は彼だと言うのに、先ほどから椅子に座って台本を読み込んでいる。
初めから一人二役の予定で引き受けた仕事だが、もう少し体力をつけた方がいいんじゃないかと親切心で思う。
ライブでも一番最初に倒れるのは一護だし、女でしかもあんなに華奢なルキアよりも体力なしとは高校生として微妙すぎる。
もっとも、一護が非力なお陰で出番が増えているのだから、それもよしと考えるべきなのだろう。
双子の兄である彼に対し、とんでもなくコンプレックスを持っている身としては少しばかりきつい役どころかと思っていたが、慣れてみるとルキアを助ける役を演じているのが自分なのは案外いい。
姫を助ける騎士なんて現実では滅多に回ってこない役どころだ。
『死覇装だと?どこの所属だ、テメェ』
地元に蔓延るヤンキーのように低い唸り声を上げた恋次がコンを睨む。
演技だと判ってるが、その似合いすぎる形相に身が引きそうになり、慌てて両足を踏ん張った。
大分ドラマの撮りに慣れたとはいえまだまだ油断は禁物だ。
『そうか』
『っ!?』
『読めたぞ。テメェがルキアから力を奪った人間かよ!!』
恋次が咆哮し憎しみの篭った眼差しを向けた。
その瞳が抱く憎悪は、とても偽者には見えない。
背筋をふるりと震わせ、集中しろと自分に言い聞かせた。
「・・・恋次さん」
「あん?」
「演技怖すぎるんすけど」
休憩に入り、恋次と二人でパイプ椅子に並んで座る。
アクションシーンだけ先に撮ったのでとりあえずドリンクで喉を潤した。
次は一護とルキアと白哉で魅せるこの回のメインなので、彼ら三人は監督と話を詰めている。
額から流れた汗を先ほどルキアから借りたタオルで拭えば、すぐさま洗って返せよとその義兄から突っ込まれた。
「ってか恋次さん以上にこの役に入り込んでますよね?どうしたんすか?」
「何が?」
「何がって・・・何かが?」
「疑問符じゃねぇか。それじゃ何が言いたいか判んねぇだろうが」
「うーん・・・そうっすね」
首を傾げながらもう一口ドリンクを飲む。
冷えたレモネードは中々に美味い。
喉越し爽やかなそれを最後まで一気に飲み干すと、殻になった入れ物を手に立ち上がった。
「何処行くんだ?」
「ルキアさんのとこっす。頑張ってくださいって応援しに」
「お前、本当にルキアにべったりだな。役柄まんまじゃねぇか」
呆れた顔で恋次が言った。
その言葉は確かに身に覚えがあったりするので、ひょいと肩を竦めて肯定も否定もしないでおく。
「『コン』は『姐さん』が世界の中心なんスよ」
「阿呆。少しは隠せ」
ひらひらと追い払うように手を振る恋次に頭を下げると、コンはスキップ交じりで監督との会話を終えたルキアへと近寄った。
『白哉』が先にこちらに気づき、不意に視線を鋭くする。
それに同じように睨み返し、堂々とルキアに声をかけた。
コンは『コン』よりももう少し自己主張が激しい。
『白哉』よりも素直な白哉相手に、立ち向かっていくのは容易だ。
少なくとも、白哉は斬魄刀を利用し千本桜でコンを襲ったりしないのだから。
独占を主張する二人の戦いは、今静かにゴングが鳴らされた。
静かに集中し、ただ一点を見詰める。
狙うは中心。そこに固く尖った先端を突き刺せば琥一の勝利だ。
ちらり、と視線をやれば悔しそうに黒目がちの瞳を潤ませた冬姫が、琥一をじっと睨み上げていた。
恨めしそうな、拗ねたような眼差しを送るが、彼女に抵抗する術はない。
何と愉しい状況なのだろう。
知らず知らず口角がゆるりと持ち上がれば、小動物みたいにびくりと体を小さく震わせた。
「悪いな。俺の勝ちだ」
しかしながら勝利を確信し狙い定め投擲したダーツの矢は、狙いよりやや左にそれたがまずまずの場所に突き刺さった。
「よしっ!」
「やったね、琉夏君!」
琥一の狙いが僅かに甘かったことに、琉夏と冬姫は歓声を上げて手を打ち鳴らす。
随分な反応だと思ったが、まぁそれも仕方ないと余裕の表情で考えた。
三人の中で最近密かにブームのダーツ。
そのままするんじゃ面白くないと賭けを始めたのはいつからだったか。ああ、確か二ヶ月ほど前だ。
発端はいつも通り琉夏で、『今日勝った奴が夕食のメニューを決めて敗者二人は勝者にご飯を奢る』と提案したのだが、これがまた中々にいいアイディアだった。
元々冬姫も琉夏も琥一もダーツの腕はほぼ平行線なのだが、最近特についてるらしい琥一が今日で五連勝をかけていた。
先回は焼肉、前々回はステーキ、その前はアメリカンハンバーグと肉が一日おきくらいで続いている。
悔しそうに胸焼けを起こしながらも肉を平らげる二人を見るのは結構愉しい。
むきになった二人から勝負を挑まれるのにも慣れたし、その上で勝利するときの快感といったらない。
「お前ら、言っとくが俺にはもう一回チャンスがあるんだぜ?」
「ふふん。大丈夫。今日は秘策があるんだよな、冬姫」
「うん。もう私達は負けないもんね。それで勝ったらデザートバイキングに繰り出すんだもんね」
「くくくっ・・・俺に勝ったらデザートバイキングだろうが、ケーキバイキングだろうが何処にでも付き合ってやるよ」
「言ったな?その台詞、覚えておけよ」
「そうそう。後で泣き事言っても遅いからね」
にたり、と性質の悪い顔で二人は笑みを交わす。
何か企んでいるのは丸判りだったが、敢えて無視を通すことにした。
所詮は負け犬の遠吠えだ。
HIGHSCOREのゲームを自分たちルールに改変したのだが、連続投擲は琥一に合っていたらしい。
集中力は持続しすいすいと的に当たる。
今日勝ったら肉屋のカレーにしようかと肉食獣らしいことを考えながら構えに入った。
するとその瞬間、すすす、と冬姫が進み出て琥一の視界に入る場所に移動する。
余程暴騰しなければ矢は当たらないだろうが、一体なんだ?と訝しげに眉を顰める。
だがそれでも何をするわけでもなかったので、当たるなよ、と一言忠告を設けてから再び構えに入った。
曲げた腕を伸ばすイメージで投擲フォームへと入ろうとしたその瞬間。
「お色気アタック」
気の抜けた声と共に、冬姫がスカートの裾をチラリと捲り上げた。
「!!!?」
声ならぬ声が悲鳴となって迸る。
今日の冬姫の格好は、琉夏好みのガーリックな女の子らしい衣装だ。
女の服の種類など判らぬ琥一から見ても、一見すると大人しそうな清楚なイメージが浮かぶ可愛らしい格好。
そのいかにも可愛らしいフレアスカートを、よりにもよって腿の辺りまでたくし上げたのだ。
目を僅かに伏せた妖艶な眼差しに、ちろりと唇を舐めた赤い舌。
白い肌が薄暗い照明に艶かしく写り、しらず喉がごくりと鳴った。
ダーツの矢がすっぽ抜けた瞬間に、やられたと悟る。
行く先を見守らずとも大した場所に飛んでいないだろう矢に、頭を抱えて蹲った。
そんな琥一を傍目に、暢気で馬鹿な二人が両手を合わせて勝利!と喜びの声を上げている。
そう言えば、彼らの点数は今日は同点だった。
と言う事は、食べたくもないバイキングに連れて行かれた挙句、琥一が二人分金を払わなければいけない。
最悪だ、と重いため息を吐き出せば、いつの間にか近寄ってきていたシュールな弟が嬉しそうににこりと笑った。
「やーい。コウのスケベ」
「・・・うるせぇ。お前だって同じ立場ならこうなってんだろうが」
「いや、俺はコウみたいに視線は外さない。ガン見する」
「最悪だな」
「健全な男ですから」
「───他の野郎に見られなかったか?」
「当然。見られたら減る」
こくこくと頷く弟に、はあと重いため息を吐き出す。
今日のゲーム代を笑顔で支払いに行った彼女が戻ってきたら、まず説教だ。
それによりどれだけの効果が得られるか判らないが、やらないよりはマシだろう。
否、マシだと信じたい。
疼く下半身を叱咤して立ち上がる。
目に焼きついた鮮烈な白は、当分忘れられそうになかった。
狙うは中心。そこに固く尖った先端を突き刺せば琥一の勝利だ。
ちらり、と視線をやれば悔しそうに黒目がちの瞳を潤ませた冬姫が、琥一をじっと睨み上げていた。
恨めしそうな、拗ねたような眼差しを送るが、彼女に抵抗する術はない。
何と愉しい状況なのだろう。
知らず知らず口角がゆるりと持ち上がれば、小動物みたいにびくりと体を小さく震わせた。
「悪いな。俺の勝ちだ」
しかしながら勝利を確信し狙い定め投擲したダーツの矢は、狙いよりやや左にそれたがまずまずの場所に突き刺さった。
「よしっ!」
「やったね、琉夏君!」
琥一の狙いが僅かに甘かったことに、琉夏と冬姫は歓声を上げて手を打ち鳴らす。
随分な反応だと思ったが、まぁそれも仕方ないと余裕の表情で考えた。
三人の中で最近密かにブームのダーツ。
そのままするんじゃ面白くないと賭けを始めたのはいつからだったか。ああ、確か二ヶ月ほど前だ。
発端はいつも通り琉夏で、『今日勝った奴が夕食のメニューを決めて敗者二人は勝者にご飯を奢る』と提案したのだが、これがまた中々にいいアイディアだった。
元々冬姫も琉夏も琥一もダーツの腕はほぼ平行線なのだが、最近特についてるらしい琥一が今日で五連勝をかけていた。
先回は焼肉、前々回はステーキ、その前はアメリカンハンバーグと肉が一日おきくらいで続いている。
悔しそうに胸焼けを起こしながらも肉を平らげる二人を見るのは結構愉しい。
むきになった二人から勝負を挑まれるのにも慣れたし、その上で勝利するときの快感といったらない。
「お前ら、言っとくが俺にはもう一回チャンスがあるんだぜ?」
「ふふん。大丈夫。今日は秘策があるんだよな、冬姫」
「うん。もう私達は負けないもんね。それで勝ったらデザートバイキングに繰り出すんだもんね」
「くくくっ・・・俺に勝ったらデザートバイキングだろうが、ケーキバイキングだろうが何処にでも付き合ってやるよ」
「言ったな?その台詞、覚えておけよ」
「そうそう。後で泣き事言っても遅いからね」
にたり、と性質の悪い顔で二人は笑みを交わす。
何か企んでいるのは丸判りだったが、敢えて無視を通すことにした。
所詮は負け犬の遠吠えだ。
HIGHSCOREのゲームを自分たちルールに改変したのだが、連続投擲は琥一に合っていたらしい。
集中力は持続しすいすいと的に当たる。
今日勝ったら肉屋のカレーにしようかと肉食獣らしいことを考えながら構えに入った。
するとその瞬間、すすす、と冬姫が進み出て琥一の視界に入る場所に移動する。
余程暴騰しなければ矢は当たらないだろうが、一体なんだ?と訝しげに眉を顰める。
だがそれでも何をするわけでもなかったので、当たるなよ、と一言忠告を設けてから再び構えに入った。
曲げた腕を伸ばすイメージで投擲フォームへと入ろうとしたその瞬間。
「お色気アタック」
気の抜けた声と共に、冬姫がスカートの裾をチラリと捲り上げた。
「!!!?」
声ならぬ声が悲鳴となって迸る。
今日の冬姫の格好は、琉夏好みのガーリックな女の子らしい衣装だ。
女の服の種類など判らぬ琥一から見ても、一見すると大人しそうな清楚なイメージが浮かぶ可愛らしい格好。
そのいかにも可愛らしいフレアスカートを、よりにもよって腿の辺りまでたくし上げたのだ。
目を僅かに伏せた妖艶な眼差しに、ちろりと唇を舐めた赤い舌。
白い肌が薄暗い照明に艶かしく写り、しらず喉がごくりと鳴った。
ダーツの矢がすっぽ抜けた瞬間に、やられたと悟る。
行く先を見守らずとも大した場所に飛んでいないだろう矢に、頭を抱えて蹲った。
そんな琥一を傍目に、暢気で馬鹿な二人が両手を合わせて勝利!と喜びの声を上げている。
そう言えば、彼らの点数は今日は同点だった。
と言う事は、食べたくもないバイキングに連れて行かれた挙句、琥一が二人分金を払わなければいけない。
最悪だ、と重いため息を吐き出せば、いつの間にか近寄ってきていたシュールな弟が嬉しそうににこりと笑った。
「やーい。コウのスケベ」
「・・・うるせぇ。お前だって同じ立場ならこうなってんだろうが」
「いや、俺はコウみたいに視線は外さない。ガン見する」
「最悪だな」
「健全な男ですから」
「───他の野郎に見られなかったか?」
「当然。見られたら減る」
こくこくと頷く弟に、はあと重いため息を吐き出す。
今日のゲーム代を笑顔で支払いに行った彼女が戻ってきたら、まず説教だ。
それによりどれだけの効果が得られるか判らないが、やらないよりはマシだろう。
否、マシだと信じたい。
疼く下半身を叱咤して立ち上がる。
目に焼きついた鮮烈な白は、当分忘れられそうになかった。
彼女は綺麗だと思う。
学校内でも有名な少女達とつるんで自称キューティー3を名乗っているが(それは主に一人の主張で冬姫の意思ではないと彼は知らない)、それに異論を唱える人間が居ないくらいに可愛らしい。
小柄で小動物のようなくりくりしたどんぐり眼の宇賀神みよ。
長身で宝塚の男役のように涼やかな容姿を誇る花椿カレン。
その中間に位置する華奢でありながらもスタイル抜群な茅田冬姫。
一年生の中でも話題の上級生三人は、けれど意外と隙がなく接点も見つけにくい。
所謂高嶺の華と呼ばれる相手だったが、幸か不幸か旬平はその中の二人と割と親しい間柄であった。
「・・・冬姫ちゃん、きつい」
全身を汗まみれにして、ぐでりと畳の上に倒れこむ。
腕立て伏せのセットを漸く終わらしたばかりだが、基礎体力がまだまだ未熟な旬平にとってこの後のスクワットや腹筋は恐ろしい。
知らず知らず嵐との追いかけっこで体力はついていたらしいが、やはり
彼との差はまだ大きい。
事実旬平と同じ量をこなし終えたばかりの嵐は、汗は掻いているがそれほど呼吸に乱れもなく、余裕の表情で差し出されたタオルで顔を拭っている。
化け物と呟いたら、お前がなまってるんだと淡々と突っ込まれた。
へにょりと眉を下げた旬平を哀れに思ったのか、苦笑した冬姫がドリンクを差し出してくれた。
常温より少し冷たいそれは、暑さの篭る部室で飲むには絶好のものだ。
以前この美味しさは風呂上りの牛乳に共通するものがあると訴えたら、先輩二人は顔を見合わせて首を傾げた。
何言ってると声に出さずに問う彼らに、僅かに肩身が狭くなった気がしたものだ。
「・・・あ。また見学者が来てる」
ぽつり、と呟かれた声に視線をやれば、クラスメイトでよく馬鹿をやる友達が、開け放たれたドアの外から中の様子を伺っていた。
ひそひそと話しながら好奇心で目を輝かせる彼らに、暢気なもんだぜと内心で唸る。
彼らの目的が柔道でないのは知っている。
彼らは柔道部の紅一点であり、学校でも上位に入る美少女の冬姫を見に来てるのだ。
普段は桜井兄弟の監視の目が強く中々近寄れない彼女に、接近できるチャンスはとても少ない。
何しろ勇気を持って話しかければ、暫くして必ず兄弟のどちらかが現れるという過保護ぶり。
何処かからか監視してるんじゃないかと思わせるタイミングに、冷や汗を流した男子生徒は一人や二人じゃないだろう。
鉄壁を誇る双璧のお陰で冬姫へ近寄る男は基本皆無だ。
むしろ一年男子からすれば、廊下で擦れ違い様挨拶が出来ればその日一日ラッキーと臆面なくクラスメイトに自慢できるレベルになる。
そんな桜井兄弟の監視の目が唯一緩むのは兄弟がバイトで居ない放課後で、嵐と部活に勤しむ時間だった。
嵐自身最初は近寄り難い人物だが話してみれば気のいい先輩だし、部活の見学に来てくれていると思い込んでる冬姫も、柔道部を除く後輩には優しい。
きっと桜井兄弟からしてみれば、嵐を信頼して冬姫を置いていっているのだろうけど、恋愛面では彼の防御は余り当てにならない。
本人無意識で独占宣言をかます瞬間はあるが、柔道部の見学という建前があれば嵐も自然と甘くなる。
鉄壁を誇る彼らの唯一の盲点が、この柔道部で過ごす時間だといえた。
「中に入ってもらうように言う?嵐くん」
「そうだな。もし興味があるなら嬉しいしな」
暢気に笑顔を交わす彼らに一言忠告してやりたい。
あいつらの目的は柔道ではなく、そこの鈍いお姫様だと。
クラスメイトは気のいい奴が多いが、最近は僅かに鬱陶しくなっていた。
口を開けば冬姫を紹介しろだの、冬姫との合コンをセッティングしろだの不健全極まりない。
去年までナンパ三昧だった自分を棚に挙げ、旬平は上級生二人に見えないように頬を膨らます。
冬姫を誘おうとする輩に腹を立ててるのも事実だが、それと同じくらい柔道を口実に使おうとする彼らに腹が立った。
二人にとってこの柔道部には特別な思い入れがあり、たった二人で部室がないところからスタートさせたものだったから。
それを汚されるのは、とてもとても腹立たしい。
少しずつ息が納まる中で、冬姫に声をかけられ狂喜するクラスメイトを睥睨する。
そして不意に思いついた口実に、にっと口角を持ち上げた。
「嵐さん、嵐さん」
「ん?何だ?」
「あいつら、一回乱取りをやってみたいっていってました。今日は胴着に予備があったスよね?あれ貸してやって、部活動に参加させてやったらどうっスか?」
「そうなのか?・・・そうだな、折角興味を持ってくれたんだし、そうしよう。おーい、マネージャー」
「ん?何?」
くるりと振り返った冬姫の髪が扇状にふわりと広がり、また元の位置へと落ち着く。
その姿にうっとりと見惚れる馬鹿な輩に、旬平は内心で高らかと哂った。
後日、筋肉痛と出来立ての痣に唸るクラスメイトに、一人ぴんぴんした旬平は、無邪気を装いスキンシップしまくった。
触れるたびに奇声を上げた姿に、その先まさか彼らが柔道に味をしめるなんてこの時はまだ想像もしていなかった。
学校内でも有名な少女達とつるんで自称キューティー3を名乗っているが(それは主に一人の主張で冬姫の意思ではないと彼は知らない)、それに異論を唱える人間が居ないくらいに可愛らしい。
小柄で小動物のようなくりくりしたどんぐり眼の宇賀神みよ。
長身で宝塚の男役のように涼やかな容姿を誇る花椿カレン。
その中間に位置する華奢でありながらもスタイル抜群な茅田冬姫。
一年生の中でも話題の上級生三人は、けれど意外と隙がなく接点も見つけにくい。
所謂高嶺の華と呼ばれる相手だったが、幸か不幸か旬平はその中の二人と割と親しい間柄であった。
「・・・冬姫ちゃん、きつい」
全身を汗まみれにして、ぐでりと畳の上に倒れこむ。
腕立て伏せのセットを漸く終わらしたばかりだが、基礎体力がまだまだ未熟な旬平にとってこの後のスクワットや腹筋は恐ろしい。
知らず知らず嵐との追いかけっこで体力はついていたらしいが、やはり
彼との差はまだ大きい。
事実旬平と同じ量をこなし終えたばかりの嵐は、汗は掻いているがそれほど呼吸に乱れもなく、余裕の表情で差し出されたタオルで顔を拭っている。
化け物と呟いたら、お前がなまってるんだと淡々と突っ込まれた。
へにょりと眉を下げた旬平を哀れに思ったのか、苦笑した冬姫がドリンクを差し出してくれた。
常温より少し冷たいそれは、暑さの篭る部室で飲むには絶好のものだ。
以前この美味しさは風呂上りの牛乳に共通するものがあると訴えたら、先輩二人は顔を見合わせて首を傾げた。
何言ってると声に出さずに問う彼らに、僅かに肩身が狭くなった気がしたものだ。
「・・・あ。また見学者が来てる」
ぽつり、と呟かれた声に視線をやれば、クラスメイトでよく馬鹿をやる友達が、開け放たれたドアの外から中の様子を伺っていた。
ひそひそと話しながら好奇心で目を輝かせる彼らに、暢気なもんだぜと内心で唸る。
彼らの目的が柔道でないのは知っている。
彼らは柔道部の紅一点であり、学校でも上位に入る美少女の冬姫を見に来てるのだ。
普段は桜井兄弟の監視の目が強く中々近寄れない彼女に、接近できるチャンスはとても少ない。
何しろ勇気を持って話しかければ、暫くして必ず兄弟のどちらかが現れるという過保護ぶり。
何処かからか監視してるんじゃないかと思わせるタイミングに、冷や汗を流した男子生徒は一人や二人じゃないだろう。
鉄壁を誇る双璧のお陰で冬姫へ近寄る男は基本皆無だ。
むしろ一年男子からすれば、廊下で擦れ違い様挨拶が出来ればその日一日ラッキーと臆面なくクラスメイトに自慢できるレベルになる。
そんな桜井兄弟の監視の目が唯一緩むのは兄弟がバイトで居ない放課後で、嵐と部活に勤しむ時間だった。
嵐自身最初は近寄り難い人物だが話してみれば気のいい先輩だし、部活の見学に来てくれていると思い込んでる冬姫も、柔道部を除く後輩には優しい。
きっと桜井兄弟からしてみれば、嵐を信頼して冬姫を置いていっているのだろうけど、恋愛面では彼の防御は余り当てにならない。
本人無意識で独占宣言をかます瞬間はあるが、柔道部の見学という建前があれば嵐も自然と甘くなる。
鉄壁を誇る彼らの唯一の盲点が、この柔道部で過ごす時間だといえた。
「中に入ってもらうように言う?嵐くん」
「そうだな。もし興味があるなら嬉しいしな」
暢気に笑顔を交わす彼らに一言忠告してやりたい。
あいつらの目的は柔道ではなく、そこの鈍いお姫様だと。
クラスメイトは気のいい奴が多いが、最近は僅かに鬱陶しくなっていた。
口を開けば冬姫を紹介しろだの、冬姫との合コンをセッティングしろだの不健全極まりない。
去年までナンパ三昧だった自分を棚に挙げ、旬平は上級生二人に見えないように頬を膨らます。
冬姫を誘おうとする輩に腹を立ててるのも事実だが、それと同じくらい柔道を口実に使おうとする彼らに腹が立った。
二人にとってこの柔道部には特別な思い入れがあり、たった二人で部室がないところからスタートさせたものだったから。
それを汚されるのは、とてもとても腹立たしい。
少しずつ息が納まる中で、冬姫に声をかけられ狂喜するクラスメイトを睥睨する。
そして不意に思いついた口実に、にっと口角を持ち上げた。
「嵐さん、嵐さん」
「ん?何だ?」
「あいつら、一回乱取りをやってみたいっていってました。今日は胴着に予備があったスよね?あれ貸してやって、部活動に参加させてやったらどうっスか?」
「そうなのか?・・・そうだな、折角興味を持ってくれたんだし、そうしよう。おーい、マネージャー」
「ん?何?」
くるりと振り返った冬姫の髪が扇状にふわりと広がり、また元の位置へと落ち着く。
その姿にうっとりと見惚れる馬鹿な輩に、旬平は内心で高らかと哂った。
後日、筋肉痛と出来立ての痣に唸るクラスメイトに、一人ぴんぴんした旬平は、無邪気を装いスキンシップしまくった。
触れるたびに奇声を上げた姿に、その先まさか彼らが柔道に味をしめるなんてこの時はまだ想像もしていなかった。
【燃え盛る炎に巻かれて】
その人はいつも笑っているイメージの人だ。
貧乏に苦しみ手が水仕事で荒れて血だらけになっても、寒い冬に防寒具が満足に得られず震えながら眠った夜も、親が居ないだけで理不尽に詰られても、それでも微笑みが絶えない人だった。
悠人よりも一つ年上のその人の名前は、小日向かなでと言った。
「かなでさん!」
「・・・あれ、ハルくん?どうしたの、そんなにほっぺ膨らまして」
「どうしたのじゃないです!あなたは力が弱いのに、またそんな無茶をして!」
買い物袋を両手で抱えていたかなでから、無理やりそれを奪い取る。
昔は見上げていた視線も今では見下ろす側に変わった。
かなではもう20歳で、悠人は19だ。
身体的な差が出来始め、強くなりたいと体を鍛えていた悠人は見た目よりも遥かに力があり、大してかなでは華奢で小さな見た目通りにはっきりいって非力だ。
その上どうにもとろ臭く、運動神経もぶつりと切れている。
見た目の年よりも若く見える可愛らしさは近所の若い男性から絶大な支持を得ており、朗らかで愛らしい雰囲気は老若男女問わず人気がある。
数年前から再び同居し始めたこの人は、悠人の血の繋がらない姉でもあるが、同時に酷く手の掛かる妹のような人。
悠人とかなでは幼い頃を同じ孤児院で過ごした。
何処の町でも同じだろうが、孤児院の経営は苦しく質素倹約が掲げられていた。
雨が降れば天井から染み出し、冬でも風が入り込むそこは、家というより掘建て小屋に近かったけれど、家族が居る帰るべき場所だった。
貧乏で生活は常に苦しく困窮に喘いでいても、共に暮らしたシスターは優しく子供達は兄弟だ。
喧嘩もしたし自分を哀れみもした。何故、町の人間は家族がいるのに自分には居ないのかと、シスターを責めたこともある。
けれど彼らはいつでもそんな悠人を見捨てず懇切丁寧に理を説き、そんな悠人の傍にはいつも同じ境遇のかなでが居てくれた。
かなでは孤児院に居るメンバーの中でもマイペースで少し変わり者の女の子だった。
冬場の水仕事も夏場の畑仕事も文句一つ言わずにいつでも笑顔で引き受けて、泣く子があれば宥め、腹を空かせた家族が居れば自分は我慢してでも少ない食事を分け与えた。
彼女の微笑みは絶えることなく、いつか彼女自身が天使かもしれないとしルターが笑い混じりに話していたのを覚えている。
かなではないものを嘆くのではなく、与えられたものに感謝して生きていく少女だったから。
そしてその与えられた少ないものを、惜しげもなく人に分け与えれる人でもあった。
だから何時だって彼女の身なりは孤児院で一番汚くて、何時だって彼女の手から血が流れていた。体は痩せ細り木の枝のようで、発達不良な体は他の家族と比べても著しい。
それでも微笑みの温かさは変わらず魅力的で、かなでが可愛らしい少女であるのは損ねられなかった。
そんなかなでは孤児院にあった楽器に唯一興味を示し、最初はピアノを、次は古びたヴァイオリンを独学で学び、ついには義務として通っていた学校でその腕を教師に買われ音楽学校へ特待生として入学した。
彼女に投資をしたいと申し出た男の誘いにかなでが孤児院を出て行ったのは13の春。
悠人はその時身も世もなく泣きじゃくり、かなでの服から離れなかった。
かなでは悠人が物心ついたときからずっと一緒に居てくれた、本物の姉と変わらぬ存在で、悠人の心の支えであったから。
それでもかなでのためだとシスターに説得され、泣きながら見送った。その後数年は手紙での遣り取りしかしておらず、16を過ぎ悠人も孤児院を卒業する年になった。
そんな折に、かなでからの手紙が再び届いた。
『一緒に暮らさない?』と。
かなでは王都の新進気鋭の音楽家のひとりとなって活躍している最中らしく、ヴァイオリンの腕は王宮に招かれ演奏するまでになったらしい。
パトロンとなった人のお陰だといつでも言っているが、きっとそんなに甘いものな訳がない。
微笑みの裏で血が滲むような努力を繰り返しその地位に辿り着いたに違いないのだ。悠人の最愛の姉は、とても努力家だったから。
嬉しい誘いだったが断った。漸く安定した生活を送り始めたかなでの足を引っ張りたくなかったし、足手まといは嫌だった。
勉強は続けたかったから近所で働きながら学校へ通うと手紙を送ったら、なんとその翌週にはかなで本人が迎えに来てしまった。
久しぶりに会った人は孤児院に居た頃からすると随分と綺麗になった。手に垢切れの後はなく、着ている衣服につぎはぎもない。
浮かべる微笑みは変わらないが、女性らしく曲線を描いた体にさらさらと靡く髪。
大きな瞳を細めて微笑んだ彼女は、『来ちゃった』と昔と変わらない笑顔で悠人に手を差し伸べた。
成り行きで始まった彼女との生活だったが、悠人はとても感謝していた。
かなではややおせっかいな部分はあるが、無条件に悠人を愛してくれる。
本当は勉強を続けたがっていた悠人のために学費を出し、大人になれば返してくれれば良いと面倒を見てくれる。
お金が稼げるようになってすぐから孤児院へ仕送りしているらしい彼女との生活は、けれどあの頃に比べれば天国のようなものだった。
ここ数年で孤児院の暮らしは見違えるようになったが、きっとそれもかなでのお陰だったに違いない。
かなでは恩を着せたりしない。出来るからやる。やりたいからやらせての一点張りで、だから代わりに忙しいかなでの家事を取り仕切るようになった。
幸い細かい作業は苦手ではなかったし、かなでとの生活は波乱万丈に飛んで楽しいものだ。
前線で活躍するかなでの生活は音楽漬けだが、音楽そのものを愛する彼女にその生活は苦にならない。
始めは予想以上に忙しい彼女の生活に目を丸くしたが、2年以上共に暮らせばいい加減慣れる。
大きくはないが住み心地のいい赤い屋根の家は、昔少女が望んだとおりに大きな犬が一匹と、気紛れな猫が一匹住んでいる。
小さな庭には花壇があって、花の手入れは悠人がしていた。
近所の人に挨拶しながら両手が塞がっている悠人の代わりに玄関を開けたかなでは、へらり、と笑って家に入る。
「おかえり、ハルくん」
「ただいま、かなでさん」
こんな些細な遣り取りが、二人にとって幸せだった。
「舞踏会?」
「そう。今日の夜に行くって言ってなかったっけ?」
「言ってないですよ!もう、夕飯の準備済んじゃったじゃないですか!!」
「あ、家に帰ってから食べるよ」
「───?舞踏会なら食事は出るんじゃないんですか?」
「ふふ、ハルくんたら。私は貴族じゃなくて音楽家だよ?舞踏会は参加するんじゃなくてお仕事で行くの」
「ドレスの準備は出来てるんですか?」
「うん。この間今日のためにって準備してもらったから」
「・・・あの、パトロンの男に?」
「うん。凄いよねぇ。私と同じ年なのに、もう領主の仕事をしてらっしゃるんだもの。彼に目をかけてもらえなかったら私もハルくんもこの場所に居られなかったから、感謝しなきゃね」
くすくすといつも通りに微笑んだかなでに、悠人は苦い表情で押し黙った。
確かに悠人とかなでが一緒に暮らせるのも、かなでが孤児院へ支援金を送れるのも彼女のパトロンが彼女の才能を発掘し伸ばしてくれたからだ。
かなでが音楽を愛してるのを知っているから、弟として感謝の念は絶えない。
かなでがほとんどの金を自分ではなく彼らに回しているのを悟り、必要があれば彼女に衣類も準備してくれているのも知っている。
───ありがたいと、思うべきなのだろう。
印象的な赤い髪をした男は、本でしか読んだことがない極寒の地の氷を思い出させる眼差しを持つ人だ。
初めて見えた瞬間、背筋に走った衝撃と恐れは未だに忘れない。
人を治める地位に居るからか、それとも彼が生まれ持ったものなのか。
覇王の気迫とでも言うべきものを彼は持っていた。
雲の上の人物であり、本来なら一生お目にかかれないであろう人物と認識があるのは、一重に悠人がかなでの弟分だからだ。
こちらに引っ越してきた数日後に招かれ、笑顔のかなでに連れて行かれた先が領主館だった。
家で引越し荷物を解いていた悠人は、急に服を着替えろと普段着よりも少し上等なものを手渡され、着替えが終わったと同時に連れ出されたので何がなんだか判らなかった。
見たこともない高級な調度品に囲まれながら、震える手で薄手のティーカップを支え、絶対零度の領主からの視線に耐える。
あれ以上の苦難は、後にも先にもないだろう。
同席していた彼の妹はどちらかと言えばかなでタイプだったのに、どうすればあんなに正反対の兄弟が生まれるのだか。
理解しかねたが、彼がかなでに対して親切なのは確かなので、悠人は胸の奥にある不平不満は飲み込んだ。
本音では、あまり付き合って欲しくないけれど。
渋い顔をしつつも着替えが終わった姉を送り出す。
夜半疲れて帰ってくる姿を思い、苦笑しながら下拵えの終わった料理を仕舞った。
「・・・どういう、ことですか?」
「ですから・・・小日向さんは、もう」
「もう何だと言うんです!かなでさんは、かなでさんは何処に居るんですか」
「まだ、きっと屋敷の中です」
悲愴な表情で俯いた美少女の腕を引っつかみ振り回したくなる衝動を、色が白くなるほど強い力で拳を作り何とか堪える。
食いしばった歯茎から血が流れ鉄錆び臭い味が口中に広がる。
かなでの仕事が終わるのを待ちながら勉強を続けていれば、家の前に四頭立ての馬車が止まった。
そんな高級な移動手段を持つのは貴族以上しかないと知っていたから、嫌な予感はしていたのだ。
けど、これはない。これはないだろう。
目の前で燃え盛る領主館の離れを眺め、絶望感から全身の力が抜け落ちる。
先ほどまで散々暴れまわった体は四方から取り押さえられ、かなでの元に走り寄ることも出来ない。
消火をしているがとても火の手に追いつかない。
炎は益々勢いを増し、夜を焦がさんとせんばかりだ。
見ているだけの自分がもどかしく悔しく悲しい。
「兄様が」
「・・・・・・」
「兄様が居なかったんです。それで、小日向さんが探してくると」
「っ、あなたの兄でしょう!?どうしてかなでさん任せにするんですか!」
「私だって探しに行こうとしました。ですが、かなでさんが引き止めたんです!一人の方が動きやすいと仰ったから、ですから私はっ」
「兄とかなでさんを見捨てたんですか」
少女の瞳が傷ついた色を放つが、悠人の口は止まらない。
普段の悠人からは考えられない台詞だが、溢れる憎悪と言葉は止まらない。
「あなたはかなでさんを見殺しにしたんだ!誰かが助けに行くと勝手に信じて、かなでさんなら大丈夫だと思い込んで」
「違います!」
「じゃあ、何故ここにかなでさんは居ないんですか!!」
悲鳴と変わらない絶叫が喉から迸る。
苦しくて悔しくて仕方がない。
こんなのは八つ当たりだ。彼女は悪くないと判っている。
火事はきっと偶発的なもので、かなでなら取り残された男を捜さずに居られないのも。
それでも目の前で消えていく屋敷に、胸が締め上げられ生きているのが辛くなる。
───かなでを見殺しにするのは自分も同じだ。
腕を捕まれ体を押さえ込まれ、動けないのを理由に、ただ屋敷が燃え落ちるのを眺めるしか出来ない自分も同罪だ。
いっそ自由になる顎の動きで舌を噛み切ってしまおうかと不意に思う。
屋敷は全焼するまで火の手は止まらないだろう。
彼女が死んでしまうなら、自分が生きている意味もない。
そこまで考え、悠人は気づいてしまった。
こんな絶望の中で、もっとも気づかないでいたかった事実に気づいてしまった。
希望の欠片すら見受けられない自体の中で、さらに自分をどん底へ貶める感情に。
愚かにも、悠人はかなでを愛していたのだ。
家族としてではなく、男として。
一人の女性を欲し守りたいと願う、男として愛してたのだ。
悟った瞬間に目の前が真っ暗になった。
どうすればいいのだ、どうしろというのだ。
何故今になって、何で今この瞬間に。
────────────こんな、絶望的な愛に気がついてしまうのだ。
ぼろり、と涙が零れる。
泣いたのはかなでが孤児院を出て行って以来だった。
その後は苛められても苦しくても歯に力を篭め食いしばり、一滴たりとも涙を零したりしたことはなかったのに。
叫び声を上げて涙を流す。
堪えきれない悲しみは悠人の意識を闇へと堕とす。
その時不意に音が聞こえて、涙に濡れた顔を上げる。
「・・・かなで、さん」
燃え盛る炎の奥から聞こえるのは、紛れもないヴァイオリンの音。
柔らかな春の日差しのように、温かくて優しい大好きな音。
聞き違えるわけがない。これは、かなでのヴァイオリンの音だ。
静かに流れるメロディは、悠人の好きな曲だった。
幼い頃幾度も聞かせてもらった、大好きなかなでの曲だった。
「兄様」
かなでの音に新たに別の音が加わる。
どこか冷たさを含んだものなのに、不思議とかなでの音に合った。
絡み合う音楽に、人々の手が止まる。
絶望の中に希望を与えるような、そんな旋律だった。
隣に立っていた少女の頬に、一筋の涙がすっと伝う。
声も出さずに涙を零す彼女も、紛れもなく現状に絶望しているようだった。
「・・・兄様、小日向さんと一緒なんですね?」
ほろほろと涙を零しながらの言葉に、悠人の胸が黒く染まった。
そんなの許せない。死に行くかなでを彼が独占するなんて。
だが嫉妬に顔を歪める悠人に気づかず少女は続ける。
「兄様は小日向さんを愛してました。朗らかで優しく暖かな彼女を、きっと誰よりも、私よりも慈しんでいらっしゃいました。ヴァイオリンを弾けなくなった兄様の代わりに、小日向さんに将来を託すほど。ヴァイオリンを弾かないと決めた兄様が、再びヴァイオリンを奏でるほど」
───兄様は小日向さんを愛してます
再び呟かれた言葉に、悠人は死にたくなった。
あの男はかなでの全てを奪うのだ。
かなでの欲する何もかもを与え、代償にかなでを連れて行くつもりなのだ。
そんなのはどうして許せようか。
悠人はまだ何も返してないのに。
欲する何も鴨を与えられ、彼女の欲する何か一つも返していないのに。
全てを持っているあの男は、かなですら奪っていくというのか。
「くそぉぉぉおおぉぉぉおおお!!!!」
燃え盛る炎は、まるで自分と彼女の境界線だ。
どれほど望んでもその距離は縮まらず、彼女の瞳はいつだって弟を見るもので、優しさは湛えても望んだ熱は得られなかった。
だから気づかずにいたのに。意識的に沈めていたのに。
最後の最後で思い出させた男が憎い。
かなでと共に消えていく彼が、憎くて憎くて仕方ない。
地面に幾度も打ちつけた額から血が流れる。
髪を掴まれ無理やり顔を上げられた先には、炎に巻かれる屋敷の姿。
梁が落ち、天上が崩れる屋敷からは、いつの間にか愛した音色は消えていた。
その人はいつも笑っているイメージの人だ。
貧乏に苦しみ手が水仕事で荒れて血だらけになっても、寒い冬に防寒具が満足に得られず震えながら眠った夜も、親が居ないだけで理不尽に詰られても、それでも微笑みが絶えない人だった。
悠人よりも一つ年上のその人の名前は、小日向かなでと言った。
「かなでさん!」
「・・・あれ、ハルくん?どうしたの、そんなにほっぺ膨らまして」
「どうしたのじゃないです!あなたは力が弱いのに、またそんな無茶をして!」
買い物袋を両手で抱えていたかなでから、無理やりそれを奪い取る。
昔は見上げていた視線も今では見下ろす側に変わった。
かなではもう20歳で、悠人は19だ。
身体的な差が出来始め、強くなりたいと体を鍛えていた悠人は見た目よりも遥かに力があり、大してかなでは華奢で小さな見た目通りにはっきりいって非力だ。
その上どうにもとろ臭く、運動神経もぶつりと切れている。
見た目の年よりも若く見える可愛らしさは近所の若い男性から絶大な支持を得ており、朗らかで愛らしい雰囲気は老若男女問わず人気がある。
数年前から再び同居し始めたこの人は、悠人の血の繋がらない姉でもあるが、同時に酷く手の掛かる妹のような人。
悠人とかなでは幼い頃を同じ孤児院で過ごした。
何処の町でも同じだろうが、孤児院の経営は苦しく質素倹約が掲げられていた。
雨が降れば天井から染み出し、冬でも風が入り込むそこは、家というより掘建て小屋に近かったけれど、家族が居る帰るべき場所だった。
貧乏で生活は常に苦しく困窮に喘いでいても、共に暮らしたシスターは優しく子供達は兄弟だ。
喧嘩もしたし自分を哀れみもした。何故、町の人間は家族がいるのに自分には居ないのかと、シスターを責めたこともある。
けれど彼らはいつでもそんな悠人を見捨てず懇切丁寧に理を説き、そんな悠人の傍にはいつも同じ境遇のかなでが居てくれた。
かなでは孤児院に居るメンバーの中でもマイペースで少し変わり者の女の子だった。
冬場の水仕事も夏場の畑仕事も文句一つ言わずにいつでも笑顔で引き受けて、泣く子があれば宥め、腹を空かせた家族が居れば自分は我慢してでも少ない食事を分け与えた。
彼女の微笑みは絶えることなく、いつか彼女自身が天使かもしれないとしルターが笑い混じりに話していたのを覚えている。
かなではないものを嘆くのではなく、与えられたものに感謝して生きていく少女だったから。
そしてその与えられた少ないものを、惜しげもなく人に分け与えれる人でもあった。
だから何時だって彼女の身なりは孤児院で一番汚くて、何時だって彼女の手から血が流れていた。体は痩せ細り木の枝のようで、発達不良な体は他の家族と比べても著しい。
それでも微笑みの温かさは変わらず魅力的で、かなでが可愛らしい少女であるのは損ねられなかった。
そんなかなでは孤児院にあった楽器に唯一興味を示し、最初はピアノを、次は古びたヴァイオリンを独学で学び、ついには義務として通っていた学校でその腕を教師に買われ音楽学校へ特待生として入学した。
彼女に投資をしたいと申し出た男の誘いにかなでが孤児院を出て行ったのは13の春。
悠人はその時身も世もなく泣きじゃくり、かなでの服から離れなかった。
かなでは悠人が物心ついたときからずっと一緒に居てくれた、本物の姉と変わらぬ存在で、悠人の心の支えであったから。
それでもかなでのためだとシスターに説得され、泣きながら見送った。その後数年は手紙での遣り取りしかしておらず、16を過ぎ悠人も孤児院を卒業する年になった。
そんな折に、かなでからの手紙が再び届いた。
『一緒に暮らさない?』と。
かなでは王都の新進気鋭の音楽家のひとりとなって活躍している最中らしく、ヴァイオリンの腕は王宮に招かれ演奏するまでになったらしい。
パトロンとなった人のお陰だといつでも言っているが、きっとそんなに甘いものな訳がない。
微笑みの裏で血が滲むような努力を繰り返しその地位に辿り着いたに違いないのだ。悠人の最愛の姉は、とても努力家だったから。
嬉しい誘いだったが断った。漸く安定した生活を送り始めたかなでの足を引っ張りたくなかったし、足手まといは嫌だった。
勉強は続けたかったから近所で働きながら学校へ通うと手紙を送ったら、なんとその翌週にはかなで本人が迎えに来てしまった。
久しぶりに会った人は孤児院に居た頃からすると随分と綺麗になった。手に垢切れの後はなく、着ている衣服につぎはぎもない。
浮かべる微笑みは変わらないが、女性らしく曲線を描いた体にさらさらと靡く髪。
大きな瞳を細めて微笑んだ彼女は、『来ちゃった』と昔と変わらない笑顔で悠人に手を差し伸べた。
成り行きで始まった彼女との生活だったが、悠人はとても感謝していた。
かなではややおせっかいな部分はあるが、無条件に悠人を愛してくれる。
本当は勉強を続けたがっていた悠人のために学費を出し、大人になれば返してくれれば良いと面倒を見てくれる。
お金が稼げるようになってすぐから孤児院へ仕送りしているらしい彼女との生活は、けれどあの頃に比べれば天国のようなものだった。
ここ数年で孤児院の暮らしは見違えるようになったが、きっとそれもかなでのお陰だったに違いない。
かなでは恩を着せたりしない。出来るからやる。やりたいからやらせての一点張りで、だから代わりに忙しいかなでの家事を取り仕切るようになった。
幸い細かい作業は苦手ではなかったし、かなでとの生活は波乱万丈に飛んで楽しいものだ。
前線で活躍するかなでの生活は音楽漬けだが、音楽そのものを愛する彼女にその生活は苦にならない。
始めは予想以上に忙しい彼女の生活に目を丸くしたが、2年以上共に暮らせばいい加減慣れる。
大きくはないが住み心地のいい赤い屋根の家は、昔少女が望んだとおりに大きな犬が一匹と、気紛れな猫が一匹住んでいる。
小さな庭には花壇があって、花の手入れは悠人がしていた。
近所の人に挨拶しながら両手が塞がっている悠人の代わりに玄関を開けたかなでは、へらり、と笑って家に入る。
「おかえり、ハルくん」
「ただいま、かなでさん」
こんな些細な遣り取りが、二人にとって幸せだった。
「舞踏会?」
「そう。今日の夜に行くって言ってなかったっけ?」
「言ってないですよ!もう、夕飯の準備済んじゃったじゃないですか!!」
「あ、家に帰ってから食べるよ」
「───?舞踏会なら食事は出るんじゃないんですか?」
「ふふ、ハルくんたら。私は貴族じゃなくて音楽家だよ?舞踏会は参加するんじゃなくてお仕事で行くの」
「ドレスの準備は出来てるんですか?」
「うん。この間今日のためにって準備してもらったから」
「・・・あの、パトロンの男に?」
「うん。凄いよねぇ。私と同じ年なのに、もう領主の仕事をしてらっしゃるんだもの。彼に目をかけてもらえなかったら私もハルくんもこの場所に居られなかったから、感謝しなきゃね」
くすくすといつも通りに微笑んだかなでに、悠人は苦い表情で押し黙った。
確かに悠人とかなでが一緒に暮らせるのも、かなでが孤児院へ支援金を送れるのも彼女のパトロンが彼女の才能を発掘し伸ばしてくれたからだ。
かなでが音楽を愛してるのを知っているから、弟として感謝の念は絶えない。
かなでがほとんどの金を自分ではなく彼らに回しているのを悟り、必要があれば彼女に衣類も準備してくれているのも知っている。
───ありがたいと、思うべきなのだろう。
印象的な赤い髪をした男は、本でしか読んだことがない極寒の地の氷を思い出させる眼差しを持つ人だ。
初めて見えた瞬間、背筋に走った衝撃と恐れは未だに忘れない。
人を治める地位に居るからか、それとも彼が生まれ持ったものなのか。
覇王の気迫とでも言うべきものを彼は持っていた。
雲の上の人物であり、本来なら一生お目にかかれないであろう人物と認識があるのは、一重に悠人がかなでの弟分だからだ。
こちらに引っ越してきた数日後に招かれ、笑顔のかなでに連れて行かれた先が領主館だった。
家で引越し荷物を解いていた悠人は、急に服を着替えろと普段着よりも少し上等なものを手渡され、着替えが終わったと同時に連れ出されたので何がなんだか判らなかった。
見たこともない高級な調度品に囲まれながら、震える手で薄手のティーカップを支え、絶対零度の領主からの視線に耐える。
あれ以上の苦難は、後にも先にもないだろう。
同席していた彼の妹はどちらかと言えばかなでタイプだったのに、どうすればあんなに正反対の兄弟が生まれるのだか。
理解しかねたが、彼がかなでに対して親切なのは確かなので、悠人は胸の奥にある不平不満は飲み込んだ。
本音では、あまり付き合って欲しくないけれど。
渋い顔をしつつも着替えが終わった姉を送り出す。
夜半疲れて帰ってくる姿を思い、苦笑しながら下拵えの終わった料理を仕舞った。
「・・・どういう、ことですか?」
「ですから・・・小日向さんは、もう」
「もう何だと言うんです!かなでさんは、かなでさんは何処に居るんですか」
「まだ、きっと屋敷の中です」
悲愴な表情で俯いた美少女の腕を引っつかみ振り回したくなる衝動を、色が白くなるほど強い力で拳を作り何とか堪える。
食いしばった歯茎から血が流れ鉄錆び臭い味が口中に広がる。
かなでの仕事が終わるのを待ちながら勉強を続けていれば、家の前に四頭立ての馬車が止まった。
そんな高級な移動手段を持つのは貴族以上しかないと知っていたから、嫌な予感はしていたのだ。
けど、これはない。これはないだろう。
目の前で燃え盛る領主館の離れを眺め、絶望感から全身の力が抜け落ちる。
先ほどまで散々暴れまわった体は四方から取り押さえられ、かなでの元に走り寄ることも出来ない。
消火をしているがとても火の手に追いつかない。
炎は益々勢いを増し、夜を焦がさんとせんばかりだ。
見ているだけの自分がもどかしく悔しく悲しい。
「兄様が」
「・・・・・・」
「兄様が居なかったんです。それで、小日向さんが探してくると」
「っ、あなたの兄でしょう!?どうしてかなでさん任せにするんですか!」
「私だって探しに行こうとしました。ですが、かなでさんが引き止めたんです!一人の方が動きやすいと仰ったから、ですから私はっ」
「兄とかなでさんを見捨てたんですか」
少女の瞳が傷ついた色を放つが、悠人の口は止まらない。
普段の悠人からは考えられない台詞だが、溢れる憎悪と言葉は止まらない。
「あなたはかなでさんを見殺しにしたんだ!誰かが助けに行くと勝手に信じて、かなでさんなら大丈夫だと思い込んで」
「違います!」
「じゃあ、何故ここにかなでさんは居ないんですか!!」
悲鳴と変わらない絶叫が喉から迸る。
苦しくて悔しくて仕方がない。
こんなのは八つ当たりだ。彼女は悪くないと判っている。
火事はきっと偶発的なもので、かなでなら取り残された男を捜さずに居られないのも。
それでも目の前で消えていく屋敷に、胸が締め上げられ生きているのが辛くなる。
───かなでを見殺しにするのは自分も同じだ。
腕を捕まれ体を押さえ込まれ、動けないのを理由に、ただ屋敷が燃え落ちるのを眺めるしか出来ない自分も同罪だ。
いっそ自由になる顎の動きで舌を噛み切ってしまおうかと不意に思う。
屋敷は全焼するまで火の手は止まらないだろう。
彼女が死んでしまうなら、自分が生きている意味もない。
そこまで考え、悠人は気づいてしまった。
こんな絶望の中で、もっとも気づかないでいたかった事実に気づいてしまった。
希望の欠片すら見受けられない自体の中で、さらに自分をどん底へ貶める感情に。
愚かにも、悠人はかなでを愛していたのだ。
家族としてではなく、男として。
一人の女性を欲し守りたいと願う、男として愛してたのだ。
悟った瞬間に目の前が真っ暗になった。
どうすればいいのだ、どうしろというのだ。
何故今になって、何で今この瞬間に。
────────────こんな、絶望的な愛に気がついてしまうのだ。
ぼろり、と涙が零れる。
泣いたのはかなでが孤児院を出て行って以来だった。
その後は苛められても苦しくても歯に力を篭め食いしばり、一滴たりとも涙を零したりしたことはなかったのに。
叫び声を上げて涙を流す。
堪えきれない悲しみは悠人の意識を闇へと堕とす。
その時不意に音が聞こえて、涙に濡れた顔を上げる。
「・・・かなで、さん」
燃え盛る炎の奥から聞こえるのは、紛れもないヴァイオリンの音。
柔らかな春の日差しのように、温かくて優しい大好きな音。
聞き違えるわけがない。これは、かなでのヴァイオリンの音だ。
静かに流れるメロディは、悠人の好きな曲だった。
幼い頃幾度も聞かせてもらった、大好きなかなでの曲だった。
「兄様」
かなでの音に新たに別の音が加わる。
どこか冷たさを含んだものなのに、不思議とかなでの音に合った。
絡み合う音楽に、人々の手が止まる。
絶望の中に希望を与えるような、そんな旋律だった。
隣に立っていた少女の頬に、一筋の涙がすっと伝う。
声も出さずに涙を零す彼女も、紛れもなく現状に絶望しているようだった。
「・・・兄様、小日向さんと一緒なんですね?」
ほろほろと涙を零しながらの言葉に、悠人の胸が黒く染まった。
そんなの許せない。死に行くかなでを彼が独占するなんて。
だが嫉妬に顔を歪める悠人に気づかず少女は続ける。
「兄様は小日向さんを愛してました。朗らかで優しく暖かな彼女を、きっと誰よりも、私よりも慈しんでいらっしゃいました。ヴァイオリンを弾けなくなった兄様の代わりに、小日向さんに将来を託すほど。ヴァイオリンを弾かないと決めた兄様が、再びヴァイオリンを奏でるほど」
───兄様は小日向さんを愛してます
再び呟かれた言葉に、悠人は死にたくなった。
あの男はかなでの全てを奪うのだ。
かなでの欲する何もかもを与え、代償にかなでを連れて行くつもりなのだ。
そんなのはどうして許せようか。
悠人はまだ何も返してないのに。
欲する何も鴨を与えられ、彼女の欲する何か一つも返していないのに。
全てを持っているあの男は、かなですら奪っていくというのか。
「くそぉぉぉおおぉぉぉおおお!!!!」
燃え盛る炎は、まるで自分と彼女の境界線だ。
どれほど望んでもその距離は縮まらず、彼女の瞳はいつだって弟を見るもので、優しさは湛えても望んだ熱は得られなかった。
だから気づかずにいたのに。意識的に沈めていたのに。
最後の最後で思い出させた男が憎い。
かなでと共に消えていく彼が、憎くて憎くて仕方ない。
地面に幾度も打ちつけた額から血が流れる。
髪を掴まれ無理やり顔を上げられた先には、炎に巻かれる屋敷の姿。
梁が落ち、天上が崩れる屋敷からは、いつの間にか愛した音色は消えていた。
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