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「言っておくけど」
「あん?」
「貸してあげてるだけだから」

唐突な言葉を心底嫌そうな顔で吐き出した長身のクラスメイトに、琥一はひっそりと眉根を寄せる。
学校でも有名な人間の一人である花椿カレン。
彼女は確かにクラスメイトであったが、話をするほど親しくはなかったはずだ。
疑問ゆえに元々不機嫌に見える顔を尚更歪めつつ琥一はカレンを眺める。

「貸してるだけよ」

渋い琥一の表情をどう読み取ったのか知らないが、カレンはもう一度丁寧に告げる。
それが親切心からではないくらい琥一だって理解できたが、何故彼女が自分に敵愾心を抱くかは理解できなかった。
少なくとも、琥一とカレンはそれほど接点があるとは言い難い。
二年生になって初めて同じクラスになったが、五月を過ぎる今日まで意識して会話したことはなかったし、これからも挨拶か世間話程度をする間柄だと信じていた。
それを態々授業時間の貴重な休憩の間に他のクラスメイトの視線も無視して声をかけてくるなど、正直驚き以外のなにものでもない。
カレンの人気は知っていたが、女の間で騒がれるそれに興味も感心もなかったし、これからもそうだから。
なので折角彼女が言い直してくれたのに、皮肉だということ以外は判らない琥一は、重たい唇を持ち上げた。

「・・・何のことだ」
「バンビのことよ」
「バ・・・?」

有名なネズミの国の住人の一人が頭に浮かび、そんなわけないだろうと首を振る。
少なくともその『バンビ』と琥一は縁がない。むしろ縁があったら絶対に何が何でも隠し通す。
ならば何を指しているのか。
考えに考え、漸く彼女と自分との共通点を見つけた。

「・・・冬姫のことか?」

バンビの愛称に若干引きつつ確認すれば、カレンの柳眉がきりりと上がる。
そう言えば冬姫の話題で彼女と、あともう一人の名前が良く上がるなと思っていたのだ。
下での呼び名に縁がないので、彼女が冬姫の『カレンさん』とはぴんと来なかったが、確かに彼女なのだろう。
女が憧れる女。強そうで案外脆くて繊細。
冬姫の観察によると大好きな親友はガラス細工のような柔な部分を持つらしいが、琥一にはとてもそうは見えない。
腰に手を当てて鋭い眼差しを向けてくる彼女は、まるで憎い恋敵を睨みつけているようだ。
男が相手だったら速攻で因縁をつけているが、カレンはこれでも女だ。更に言えば冬姫の親友で、琥一はどう対処していいか暫し迷う。

「冬姫なんて馴れ馴れしい。バンビと呼びなさい」
「いや、意味が判んねぇから」

琥一がいきなりバンビ呼びを始めたら、シュールな弟と真っ直ぐな幼馴染に頭の中身を心配されるだろう。
そんな屈辱絶対に嫌だ。
なまじ可哀想な何かを見る目がリアルに想像できるだけあって、じっとりと眉間に皺を刻む。

「つかお前何が言いてえんだよ?」

さっぱり要領が得ない遣り取りに、余り長くない堪忍袋にちりちりと灯がともる。
女相手にどうこうする気はないが、席を離れて授業をサボるくらいは簡単だ。
苛立った琥一の言葉を正面から受けたのに、カレンはいやに堂々としていた。
強面を顰める琥一を前にした女にしては、珍しいタイプかもしれない。
少なくとも冬姫の親友を務めるだけあって、度胸だけは据わっているらしい。
離れぬ相手に初めて関心を持ち、じっと見上げる。
すると、琥一の心境の変化を読み取ったのか、カレンは先ほどまでとは違う好戦的な笑みを浮かべた。

「つまり、簡単に言えば宣戦布告よ」
「はぁ?」
「私の可愛いバンビを狼の毒牙にかけさせるつもりはないから。覚えておいて」

唐突な発言に目を瞬かせる。
いいたいことを言って気が済んだらしいカレンは、授業開始のチャイムに悠々と席に戻っていった。
モデル張りの歩き方を呆然と見送り、彼女の言葉の意味を考える。
そして噛み砕いて意味を理解すると、今までで一番渋い顔をして見せた。

「・・・・・・勘弁しろよ」

一方的に宣戦布告をされた琥一は、教師が入ってくるのを視界に入れながらも机に突っ伏す。
隠していたはずの感情は、どうやら女の勘とやらで見抜かれているらしい。

「・・・本当に、勘弁しろ」

誰にともなくぽつりと呟く。
顔を俯けているので誰にも見られないだろうが、浮かべた表情は複雑で年相応の少年のものだった。
言い当てられたくない、自覚したくない感情を無理やり引っ張り出され目の前に突きつけられるのは気分がいいものではない。
いっそ消してしまいたいと願っているから尚のこと。

『起立』と聞こえる号令に、体を渋々机から引き離す。
結局授業をサボるタイミングも逃したし、精神的ダメージは貯蓄されただけだった。

拍手[10回]

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自分にだけ貞節を誓った穴に指を突っ込む。
しっくりとサイズの合うそこに指を絡め、琉夏は口の端を持ち上げた。
滑らかな曲線を描くボディが光に照らされ艶やかに輝く。
適度な重みにゆっくりと腕を曲げ、顔に近くまで持ってきた。

「琉夏、いっきまーす」

気の抜けた声と、それに反する気合で腕を振りかぶる。
時代はダーツからボウリングへと移行していた。



琉夏のイメージした通りの道筋を描いてマイボールが転がっていく。
高校を卒業してすぐに通っていたボーリング場でつい作ってしまったそれだったが、現在は割りと活用されていた。
手に馴染んだ重さに自分のサイズで開けられた穴。
別にマイボールでなくともそこそこ点数は稼げるのだが、やはり専用となると調子は上がる。
悔しげに唇を噛み締める冬姫と、不機嫌そうに眉間に皺を刻み込む琥一というギャラリーが居れば尚更だ。
ハンデありの対戦だが冬姫が首位を奪取する回数は少なく、琥一も僅かに及ばずという感じで勝負が続いていた。
ちなみに現在戦績は十一試合七勝一敗三分けだ。自分で言うのもなんだが、結構好調で愉しすぎる。
前回のダーツ対決は琥一が無残な敗北に喫して終えたので、もしかしたらボウリングも琉夏を派手に嵌める作戦で来るかと警戒していたが、今のところそれもなかった。
前回の琥一みたいなお色気攻撃ならいつでも来いと意気込んでいるのだが、ボウリング場では前方に立つのは無理だしついでにギャラリーも多すぎる。
そんな中で過保護な琥一が琉夏と同じ作戦に出るとは考えられなかった。
少しばかり残念だが、勝利に犠牲はつきものかと斜め上方向で納得する。
どうせ心の中の会話には誰も突っ込んだりしないだろう。

そうこうしている間に、あっという間に第八フレームへと突入する。
前回の優勝者が最後に投げる自分たちルールに乗っ取って、冬姫から最初にアプローチ場所へ立った。
最近めきめきと腕を上げている冬姫は、意外にもストライクとスペアで点を伸ばした。
琥一は一ピン残しでガーターだが、それでも十分に逆転の範囲内だ。
今のところ琉夏がトップだが油断は許されない状態だ。もっともこのギリギリのラインが楽しい。純粋に混じり気なく。
中学時代に愉しんだ危うさを含んだ享楽ではなく、子供っぽい無邪気な楽しさは数年前から琉夏のお気に入りだ。


「・・・これ、決められちゃうと不味くない琥一君」
「だな。俺らこれで何連敗だ?」
「四連敗。・・・どうする?」
「仕方ねぇ、やるか」
「了解」

ぼそぼそと聞こえてくる会話に、自然と唇が緩む。
やはり彼らには腹芸は向いていない。そこが愛しくある二人だけれど。

さて、何をするのやらと考えながら、ゆっくりとフォームを整える。
一歩二歩と歩を進め、腕を後ろに振り上げる。
その瞬間。

「ルカくん、だいすき」

たどたどしい口調で告げられた台詞は、決して大きくなかったのにするりと耳に辿り着く。
まるで子供時代を髣髴とさせる普段より少し高めの声に、体は正直に反応した。

「あ!?」

ボールは指からすっぽ抜け、マナー違反も著しい音を立ててガーターへ。
だがそれを視線で見送りつつも、琉夏は固まった姿勢から動けない。

「おしっ、成功だな」
「さすが琥一君!琉夏くんのこと良く判ってるね」
「当たり前だ。あいつは正面切っての色仕掛けは喜ぶだけだからな。動揺させるなら気を衒わねぇと」
「琥一君はストレートに弱かったけどね」
「っ!うるせぇ!」

背後で流れる緊張感のない会話を一切振り返らず、琉夏はその場でしゃがみ込む。
顔を両手で覆ったがその熱さに自分でもびっくりだ。
髪から覗く耳まで真っ赤に違いない。下手をしたらタンクトップから覗く腕も首もかもしれない。
恥ずかしくて胸が苦しくて仕方ない。
何だろう、何ていえば良いのか・・・ああ、そうだ。
今なら照れくささに悶え死んでしまいそうだ。
胸がきゅっと締め付けられて、甘酸っぱい感情で走り出してしまいたい。

「───今日は、覚悟しなきゃ駄目かも」


ガーターを連発させる作戦を考えているらしい二人に、振り回されるのかと財布の中身を計算する。
今日のところはむず痒くなる幼馴染のささやきに振り回されてあげようと、彼らに見えないようにへにゃりと表情を崩した。
レコーダー代わりに携帯で代用できないかと、頭の中で算段をたてるところが琉夏らしい部分だろう。

拍手[7回]

>>スイミー様

こんばんは、スイミー様!
また遊びに来てくださって嬉しいですw

今回またまた未来篇アップしましたが、気に入ってくださって嬉しいです。
かなり妄想と欲望が入り混じり始めてます。
萌えが続く限り頑張る所存ですが、彼らの決着は果たしてつくのでしょうか(笑)
書きながら最後は決めているものの、もともとが単品SSの繋がりなので最後を書く機会があるかな?と自分でも疑問視しております。
桜井兄弟△だとどうしても琥一君を弄りたいんですよね、私。
二人とも大好きなんですが、琥一君に僅かに流れておりますもので・・・ww
適度にヘタレつつ、確信犯の琉夏に対抗し頑張って欲しいです!

ではまた是非遊びにいらしてくださいませ。
Web拍手、ありがとうございました!!

拍手[1回]

細い腕、白い肌。
琉夏よりも更に小さい華奢な体に、反比例した大きな目。
その子は人形みたいな愛くるしい顔なのに、見た目よりも遙かに厳しい性格をしているらしい。
三人揃って初めて一緒に遊びに来た公園で、早々に絡まれた琉夏を勇ましく助けに入った冬姫に、琥一は頭を抱えたくなった。

「やめてっていってるでしょ!」

きりりと眉を吊り上げた冬姫は、ふわふわのワンピースの腰元に手を当てて怒りに頬を染める。
背後に庇われた琉夏はぽかんと口を開け、いきなり目の前に割り込まれた悪がきどもも似たり寄ったりの間抜け面。
それはそうだろう。
琉夏も大概な女顔だが、それ以前に冬姫はれっきとした女だ。
しかもかなり可愛い部類に入り、見た目だけなら大人しそうな儚い雰囲気すらある。
その美少女が生んだばかりの子を背に庇う母犬さながら(昔一度だけ見たが、それはもう怖かった)、歯をむき出さんばかりに怒っているのだ。
可愛い顔は怒ると妙な迫力があり何となく近寄り難い。
その迫力に、冬姫よりも上背のある男たちはたじたじだ。
そしてよくよく見てみれば、冬姫と琉夏に絡んでいる男たちは、クラスメイトだったりした。

はぁ、と一つため息を落とす。
冬姫に悪気がないのは判るが、あれは男の立場を理解していない。
どんな男だって、惚れた女に庇われるなんて真っ平御免だ。
付け加えるなら、琉夏は見た目以上にプライドが高い。
面倒ごとになる前に間に入った方がいいかと、琥一は苛立ちで目を細めながら険を篭める。
クラスメイトの馬鹿どもとやりあうのは慣れていたし、今更複数相手でも負ける気はなかった。
自分の可愛い弟と妹に手を出したのだ。覚悟くらいはして貰わないと割に合わない。
しかし。

「きゃっ!」

琥一が冬姫の勢いに押され行動を起こすのが遅れたために、運悪く手を上げた男の腕が冬姫の顔に当たった。
華奢な体では踏ん張りが利かず、為す術もなく砂場へ崩れ落ちる。
背中から落ちる前に慌てて間に入った琉夏が辛うじて抱きとめたが、白いまろやかな頬が真っ赤になっていた。
それを見た瞬間、琥一の頭の中が怒りで真っ白になる。
───あの馬鹿は、自分の目の前で、一体何をしてくれた?
拳を握り駆けだそうとした瞬間。

「あやまれ」
「・・・え?」
「冬姫に謝れって言ってるんだ!何、女に手を出してんだよ!殴りたいなら、俺を殴れば良いだろ!!ふざけるな!」

初めて聞いた怒声が、公園中を震わせた。
進もうとした足が思わず止まる。
その怒声の主は、あのいつもへらへらして怒りを流す琉夏が発したものだったから。
苛められても殴られても、抵抗一つしないで笑っていた琉夏のものだったから。

空気が凍ったようになり、弾けるように一人が踵を返せば、釣られて他の面々も転がるように走り出す。
冬姫を抱いているから追いかけこそしなかったが、彼らを追う琉夏の眼差しから怒気が拭われることはない。
始めて見る本気の怒りは、先ほどの冬姫の比でなく怖かった。

公園から駆け抜けた背中が消えるのを待って、心配そうに琉夏は冬姫を覗き込む。
その顔は自分が知るいつもの弟のもので、体から力が抜けそうになった。

「ごめん、冬姫。大丈夫?」
「こんなの掠り傷だよ。ルカくんこそ大丈夫だった?」
「うん。冬姫が、庇ってくれたから。・・・俺、格好悪いな」
「どうして?」
「だって、俺、女に庇ってもらった」
「・・・それ、『さべつはつげん』って言うんだよ」
「?」
「ルカくんだって私を助けてくれたじゃない」
「───それは、でも。お前、顔赤くなってるし。俺の所為だ」
「違うよ。ルカくんのおかげでこれだけで済んだんだよ。ルカくん、凄く格好よかったもん」
「俺が、格好いい?」
「うん。私を抱きしめて悪者に怒鳴ってくれたじゃない。王子様みたいだった」
「───王子様か。・・・どうせなら、ヒーローが良いな」
「正義の味方の?」
「そう。お前専用。どう?」
「ふふふ。じゃあ、コウくんより強くならないとね」
「どうして?」
「だって今はコウくんが私達のヒーローだもの」
「・・・そっか。そうだな。じゃあ、俺も強くなる」
「うん。ルカくんは強くなる」

へへへ、と頬を赤くしたままの冬姫が微笑めば、照れたように琉夏も笑った。
まるでテレビ画面の奥で放映されているヒーローと同じで、この場所から伸ばしても琥一の手は彼らに届かない気がした。

拍手[6回]

【私が私であるために】


*の元フリー創作【本気の恋をしています】【そのとき世界の切っ先が見えた】の続編です。

*注:パラレル設定です。望美が年上で銀・重衡は別人格の双子です。





生まれる前から決まっていた。

あなたは、私のただ一人の人。




「望美」



名を呼ばれ振り返る。

圧倒的な存在感を誇示されなくとも、望美は声をかけて来た人物が誰か判った。

名門高校の制服を着崩した、ワイルドでありながらも端整な貴族的な顔立ちの男。

気だるげに持ち上げられた唇にうっとりとしたため息を漏らす女性との数は知れない。

掛けてい伊達眼鏡のつるを指の腹で持ち上げると、望美は僅かに頭を下げる。



彼の名は平知盛。

名門平家の御曹司であり、将来は平家一門の一端を担うのを定められた人でもある。

望美はその彼の腹心となるべく教育され、将来は右腕になることを約束されている。

それに疑問を抱いた記憶はないし、きっとこれからも疑問は抱かない。



「───どうかなさいましたか、知盛様」



一歩控えた有能な秘書のように淡々と返事をした。

普段の望美は友人相手なら冗談も言うし朗らかな表情もする。

だが知盛の前では違う。

例え学校という同年代の友人が集う場所でも、彼と対等であると態度では示せない。

親しい友人が傍にいたとしても、だ。



先ほどまで望美と発売されたばかりの雑誌の内容を話していた親友は、またねと小さく声をかけ去って行った。

それは気を使ったのともう一つ別に理由があるのに気づいていたが、望美はそれを言及する気はなかった。



「仕事が入った。早退するぞ」

「はい」



廊下の真ん中で対面した主の一言に躊躇なく頷く。

まだ授業は二時間目までしか終わっていなかったし、学生の本分を妨げる結果になるのは理解しているが
それは優先順位が高いものではない。

望美は彼の補助をするために存在する。

高校に入学してから徐々に仕事を任されるようになった知盛は、現在支社を数社任されている。

学校側もそれを理解していて大体を多めに見てくれた。

当然だ。

二人の通う学校は文武両道の一貫教育で有名だったが、それ以前に平家の運営しているものでもある。

親族経営の強みで融通は利いた。



知盛の言葉に頷いた望美は、携帯電話を取り出すと徐に電話を掛ける。

お付の運転手に連絡を取ると、置いてあるスーツを取りに知盛名義で作った部室の部屋に入る。

後からゆっくり来るだろう主のために掛けてあった濃い色のスーツを取り出し、それに見合う
Yシャツとネクタイを準備する。

箱から革靴を取り出したところでがらりと部屋のドアが開いた。



「知盛様」

「今は二人だ。知盛でいい」

「そう。じゃあ知盛。着替えは置いておいたから早く着替えて」



先ほどまでの素っ気無いほど淡々とした態度を捨てるとカーテンを閉める。

準備しておいた服に手を掛けるのを確認してから、自身もツイードのスーツを取り出した。

部屋は閉まっているのでその場で服を脱ぐ。

今更知盛の前で恥じらいを感じる筈がなく、手早く下着になるとシャツを着る。

スカートのホックを締め上着を着れば大体の準備は完了だ。



つ、と振り返れば予想通り。

お坊ちゃま育ちの知盛はYシャツに手を通し始めたところだった。

暫し考え全身鏡の前に行くと近くに置いておいた鞄からブラシとバレッタを取り出し髪をアップに上げる。

さらにポーチを取り出しファンデーションから順にごく薄い化粧を施した。

口紅を塗った唇を合わせると全体の出来を確認する。

合格の判断を下し振り返れば、案の定ネクタイで詰まった知盛がいた。



「お願いだからネクタイくらい一人で結べるようになって」

「───お前が居るから必要ない」

「いつでも私が居られるわけじゃないでしょう?」

「くっ・・・俺がお前を手放すはずがないだろう?」



くつくつと喉を震わして上機嫌に瞳を細めた知盛が言う。

あっけらかんとした、当然だとでも言うような声音に望美は情けなく眉を下げた。

知盛の言葉は幼馴染としても育った自分たちの関係に相応しいかもしれないが、主従として
成り立つ自分たちには相応しくない。

だが泣きたくなる感情に気づかないふりをして望美は精一杯に微笑んだ。



「我侭なご主人様だね」

「仕え甲斐があるだろう?」

「ものは言いようだよ。───はい、出来た」



ぽん、と胸を叩き上着を着るように促すと彼は素直に従った。

彼の分の鞄も取り出口へと近づきドアを開け放つ。

このドアを開ければ二人は再び主従へ戻る。



「行きましょう、知盛様」

「ああ」



望美の手渡した黒ぶち眼鏡を掛けた知盛に微笑みかけると、進み出た彼の後に続く。

彼にどんな感情を抱こうと、彼は生まれる前から定められた望美の自慢の主であった。

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