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【4日目】
モニターの映像越しに絡む視線に、獄寺は鼓動を早くする。
彼が獄寺を認識してるのではないと理解してるが、それでも心が昂揚するのは止められない。
熱を持った瞳でじっと彼を見詰め続けていれば、ちょい、と服が引かれ視線を落とした。
膝の上の子供は随分と表情が豊かになり、訝しげに眉を顰めて獄寺を見上げている。
その子供を可愛いと思う気持ちに嘘はないが、彼の頭をひと撫でするとそのまま視線をモニターに向けた。
「隼人・・・?」
鈴を転がしたような耳障りのいい声。
普段の獄寺ならすぐさま表情をとろとろに解かして抱きしめるとこだが、今の彼にはそれは出来ない。
膝の上の存在よりも『遙かに特別』な彼が、命を懸けて戦っている最中だったのだから。
モニターの中の彼に、様々な映像を分析、解析した情報を伝えるのが獄寺の役目だ。
それを果たせるのは自分と、もう一人別室で待機している女しか居ないと知っている。
だからこの役目の最中に他の何かに目を取られるわけにはいかなかった。
いつもの白いスーツの上から黒の外套を羽織った彼の額には、淡く輝くオレンジ色の炎。
彼の存在が何であるかを照明する炎は、夜の闇に良く映える。
静かでありながらも重苦しい存在感。
圧倒的な覇気で部下を従える彼は、普段の百面相も忙しい沢田綱吉ではない。
そこに居るのは、ドン・ボンゴレ。
ボンゴレ十世として世界に名を馳せる沢田綱吉だ。
伏せ目がちになった琥珀色の瞳は、同色の長い睫毛が飾り危うげな色気を醸し出す。
男にしては華奢な体つきに白い肌。
しかし彼は、紛れもなくファミリーを背負うゴッドファーザーで、敬うべきボスで、代えのない存在だった。
それは程度の違いはあれど、彼の部下ならば誰しも持つ想いで、持っていなければいけない感情だ。
右に晴の守護者を、左に雨の守護者を従え堂々と歩く彼を、憧憬の篭る眼差しで見ないファミリーは居ない。
彼は獄寺の最愛のボスで、最高のボスであった。
「オリジナル」
「ええ、そうです。彼はあなたのオリジナル、ボンゴレ十世沢田綱吉さんです」
下から聞こえる声に、視線はやらぬが言葉を返す。
それは常の獄寺からしたら破格の扱いだが、膝の上の子供は淡白な反応に首を傾げるだけだった。
彼が視線を向けているのを知りつつも、モニターとキーボードを操作する手を欠片も止めようと思わない。
そんな自分に少しだけ苦笑した。
「見ていなさい、ウーノさん。彼があなたのオリジナルです。俺が敬愛し、尊敬し、忠誠を捧げ、一生を尽くすと決めた方。誰より尊く優しく強い方」
「・・・隼人の特別?」
「いいえ。───そんな言葉で表せれない、唯一の人です」
目元を紅潮させ、憧れを隠さぬまま綱吉を見詰め続ける獄寺は、当たり前の事実を口にする。
当たり前すぎて、綱吉以外には滅多に口にしない言葉。
今も、膝の上の子供が彼の炎から出来てなければ、返事すらしてないだろう。
それくらい、自分にとって『綱吉』だけが大事。
「あの人は、俺の全てです。俺はあの人のために生き、そして死ぬ。───いつか、一番効果的な時期に、あの人の役に立って死ぬのが俺の夢です」
一般人が聞けば目を剥くような夢だろう。
だが獄寺にとって、それが至上の幸福だ。
過去の出来事により心を閉ざした獄寺の、優しい感情を表に出してくれた人。
無条件で愛せる、愛しいと思わせてくれる人。
困った顔をして、怒り、叫び、悩みながらもずっと獄寺を傍に置いてくれた人。
自分の突拍子ない方向違いの好意も、眉を下げて淡く笑いながら最後には受け止めてくれる人。
傍にいたいから、マフィアのドンになって欲しいと心からずっと望んでいた人。
獄寺が何をしても、最後の最後で捨てれない甘くて馬鹿で、優しい人。
沢田綱吉は獄寺隼人を構成するための代えの利かないピースであり、魂の核でもある。
彼が一分一秒でも自分よりも生きてくれれば、それが獄寺にとって喜び。
「あの人が最強のボンゴレのボスです。ドン・ボンゴレと呼ばれる俺の主。彼の右腕であるのが俺の誇りです」
「隼人の誇り・・・」
「そう。───あの人が必要とするなら、俺はあなたですら簡単に犠牲に出来ます」
「・・・隼人はボンゴレ十世が好き?」
「そんな、甘い言葉で表せる感情は持ってないですよ。───あなたを預かるのが、こんな残酷な男ですみません。ですが、あなたがあの人の一部である限り、俺は自分からあなたを手放せない」
「・・・そう」
「ええ。すみません」
「何が?」
「あなたに俺の想いを押し付けて」
「俺は代わり?」
「・・・いいえ」
───彼の代わりになれるものなど、存在しない。
喉元まで上がった言葉を飲み下すと、もう一度子供の髪を撫ぜた。
「見ていなさい、ウーノさん。彼の戦う姿を。あなたはきっと、自分が彼の炎から生まれたことを誇りに想うでしょう」
「うん」
頷いたらしい子供は、それきり一言も口を利かなかった。
だから獄寺も、それきり口を開かなかった。
モニターの映像越しに絡む視線に、獄寺は鼓動を早くする。
彼が獄寺を認識してるのではないと理解してるが、それでも心が昂揚するのは止められない。
熱を持った瞳でじっと彼を見詰め続けていれば、ちょい、と服が引かれ視線を落とした。
膝の上の子供は随分と表情が豊かになり、訝しげに眉を顰めて獄寺を見上げている。
その子供を可愛いと思う気持ちに嘘はないが、彼の頭をひと撫でするとそのまま視線をモニターに向けた。
「隼人・・・?」
鈴を転がしたような耳障りのいい声。
普段の獄寺ならすぐさま表情をとろとろに解かして抱きしめるとこだが、今の彼にはそれは出来ない。
膝の上の存在よりも『遙かに特別』な彼が、命を懸けて戦っている最中だったのだから。
モニターの中の彼に、様々な映像を分析、解析した情報を伝えるのが獄寺の役目だ。
それを果たせるのは自分と、もう一人別室で待機している女しか居ないと知っている。
だからこの役目の最中に他の何かに目を取られるわけにはいかなかった。
いつもの白いスーツの上から黒の外套を羽織った彼の額には、淡く輝くオレンジ色の炎。
彼の存在が何であるかを照明する炎は、夜の闇に良く映える。
静かでありながらも重苦しい存在感。
圧倒的な覇気で部下を従える彼は、普段の百面相も忙しい沢田綱吉ではない。
そこに居るのは、ドン・ボンゴレ。
ボンゴレ十世として世界に名を馳せる沢田綱吉だ。
伏せ目がちになった琥珀色の瞳は、同色の長い睫毛が飾り危うげな色気を醸し出す。
男にしては華奢な体つきに白い肌。
しかし彼は、紛れもなくファミリーを背負うゴッドファーザーで、敬うべきボスで、代えのない存在だった。
それは程度の違いはあれど、彼の部下ならば誰しも持つ想いで、持っていなければいけない感情だ。
右に晴の守護者を、左に雨の守護者を従え堂々と歩く彼を、憧憬の篭る眼差しで見ないファミリーは居ない。
彼は獄寺の最愛のボスで、最高のボスであった。
「オリジナル」
「ええ、そうです。彼はあなたのオリジナル、ボンゴレ十世沢田綱吉さんです」
下から聞こえる声に、視線はやらぬが言葉を返す。
それは常の獄寺からしたら破格の扱いだが、膝の上の子供は淡白な反応に首を傾げるだけだった。
彼が視線を向けているのを知りつつも、モニターとキーボードを操作する手を欠片も止めようと思わない。
そんな自分に少しだけ苦笑した。
「見ていなさい、ウーノさん。彼があなたのオリジナルです。俺が敬愛し、尊敬し、忠誠を捧げ、一生を尽くすと決めた方。誰より尊く優しく強い方」
「・・・隼人の特別?」
「いいえ。───そんな言葉で表せれない、唯一の人です」
目元を紅潮させ、憧れを隠さぬまま綱吉を見詰め続ける獄寺は、当たり前の事実を口にする。
当たり前すぎて、綱吉以外には滅多に口にしない言葉。
今も、膝の上の子供が彼の炎から出来てなければ、返事すらしてないだろう。
それくらい、自分にとって『綱吉』だけが大事。
「あの人は、俺の全てです。俺はあの人のために生き、そして死ぬ。───いつか、一番効果的な時期に、あの人の役に立って死ぬのが俺の夢です」
一般人が聞けば目を剥くような夢だろう。
だが獄寺にとって、それが至上の幸福だ。
過去の出来事により心を閉ざした獄寺の、優しい感情を表に出してくれた人。
無条件で愛せる、愛しいと思わせてくれる人。
困った顔をして、怒り、叫び、悩みながらもずっと獄寺を傍に置いてくれた人。
自分の突拍子ない方向違いの好意も、眉を下げて淡く笑いながら最後には受け止めてくれる人。
傍にいたいから、マフィアのドンになって欲しいと心からずっと望んでいた人。
獄寺が何をしても、最後の最後で捨てれない甘くて馬鹿で、優しい人。
沢田綱吉は獄寺隼人を構成するための代えの利かないピースであり、魂の核でもある。
彼が一分一秒でも自分よりも生きてくれれば、それが獄寺にとって喜び。
「あの人が最強のボンゴレのボスです。ドン・ボンゴレと呼ばれる俺の主。彼の右腕であるのが俺の誇りです」
「隼人の誇り・・・」
「そう。───あの人が必要とするなら、俺はあなたですら簡単に犠牲に出来ます」
「・・・隼人はボンゴレ十世が好き?」
「そんな、甘い言葉で表せる感情は持ってないですよ。───あなたを預かるのが、こんな残酷な男ですみません。ですが、あなたがあの人の一部である限り、俺は自分からあなたを手放せない」
「・・・そう」
「ええ。すみません」
「何が?」
「あなたに俺の想いを押し付けて」
「俺は代わり?」
「・・・いいえ」
───彼の代わりになれるものなど、存在しない。
喉元まで上がった言葉を飲み下すと、もう一度子供の髪を撫ぜた。
「見ていなさい、ウーノさん。彼の戦う姿を。あなたはきっと、自分が彼の炎から生まれたことを誇りに想うでしょう」
「うん」
頷いたらしい子供は、それきり一言も口を利かなかった。
だから獄寺も、それきり口を開かなかった。
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>>ぴよりん様
こんばんは、ぴよりん様!
体調を崩されていたとのことですが、大丈夫でしょうか!?
どうぞ、お体に無理が行かないようご自愛ください。
残暑が本当に厳しいので、水分補給も忘れないようにお気をつけください!
さて、SSS三篇読んでくださってありがとうございますw
笑ってくださってとても嬉しいです!
剣士視点のあの話、船長も船医も心から悪気なく言ってます。
故に余計に羞恥心を煽られ、尚且つ屈辱を味合わされた彼は相当に悔しかったに違いありません。
しかしながら心のどこかで自分でも認めている話。強気に出れないゾロのジレンマを楽しんでいただけたら幸いです(笑)
ゾロとサンジの話はまさしく映画のDVDをイメージして書きましたw
一部台詞も流用させてもらってます★
あの台詞、超格好よくて使ってみたかったんです!
私の中で彼らは絶対的なプライドを持つ双璧であり、故に色々な意味で互いに譲れないライバルです。
彼らの出る戦闘シーンは書いていて楽しく、自分でもわくわくしながら書いてますw
獄寺君も、彼なりに頑張ってます!
片づけが億劫な彼は山本の部屋を失敬してますが、山本はその度に惨状に悲鳴を上げています。
私的設定で彼は一応一人暮らしの男性が出来るレベルの料理は出来ます。
特に寿司は綱吉が好きなので、いつでも振舞えるように専用の魚包丁まで持ってます。
意外にきっちりと台所を使うタイプの山本は、獄寺に強襲された後密かに落ち込み彼なりに復讐するのですが、その話はいつか書きたいなと思ってますw
ウーノさんに悪気なく賽の河原状態で生クリームを注ぎ続けた獄寺君は最終的に何も出来なかったけれど気にしてません。
彼の幸せメーターは振り切れっぱなしですw
四日目の話は少しシリアスが混じる予定です。
続き、早く書きたいな~と悶々としてます!
『抽選魔王』も感想をありがとうございます!
そうなんです。彼が作っていた藁細工は産業に必要な一品です。
ギャルゲーの番外編も楽しんでくださって嬉しいですw
ちなみに細かい設定は、香夏子ちゃんはツンデレ幼馴染で実は子供の頃から主人公一筋の文武両道のアイドル。響子ちゃんはサッカー部所属のマネージャーで、卑弥呼ちゃんはオカルト大好きな先輩です。
ベッドに潜り込んでくるお兄ちゃん大好きの妹は当たり前に血が繋がっておらず、腹黒ロリっ子です(笑)
そして隠しキャラは対校試合で会う別の高校のキャラクターです。
どうでもいい設定なのに、何故か詳しく決めてしまった内容です★
マイペースな更新なのに、読んでくださって本当にありがとうございますw
また是非遊びに来てやってくださいましw
そしてお体には重々気をつけてください!
Web拍手、ありがとうございました!
>>通りすがり様
こんばんは、通りすがり様!
コルダ3混入SS読んでくださってありがとうございます。
通りすがり様の感想を読んで、続きを書くのが怖くなってしまいました。
一応自分設定があるのですが、日野さんは彼らの気持ちを知っています。
そして彼らも日野さんの気持ちを知ってます(汗)
もしご不快でしたら、次からの更新は要注意かもしれないです・・・。
それでも良ければ続きを読んでくださると嬉しいです。
ちなみに次回は土浦君と火積君の会話です。
Web拍手、ありがとうございました!
こんばんは、ぴよりん様!
体調を崩されていたとのことですが、大丈夫でしょうか!?
どうぞ、お体に無理が行かないようご自愛ください。
残暑が本当に厳しいので、水分補給も忘れないようにお気をつけください!
さて、SSS三篇読んでくださってありがとうございますw
笑ってくださってとても嬉しいです!
剣士視点のあの話、船長も船医も心から悪気なく言ってます。
故に余計に羞恥心を煽られ、尚且つ屈辱を味合わされた彼は相当に悔しかったに違いありません。
しかしながら心のどこかで自分でも認めている話。強気に出れないゾロのジレンマを楽しんでいただけたら幸いです(笑)
ゾロとサンジの話はまさしく映画のDVDをイメージして書きましたw
一部台詞も流用させてもらってます★
あの台詞、超格好よくて使ってみたかったんです!
私の中で彼らは絶対的なプライドを持つ双璧であり、故に色々な意味で互いに譲れないライバルです。
彼らの出る戦闘シーンは書いていて楽しく、自分でもわくわくしながら書いてますw
獄寺君も、彼なりに頑張ってます!
片づけが億劫な彼は山本の部屋を失敬してますが、山本はその度に惨状に悲鳴を上げています。
私的設定で彼は一応一人暮らしの男性が出来るレベルの料理は出来ます。
特に寿司は綱吉が好きなので、いつでも振舞えるように専用の魚包丁まで持ってます。
意外にきっちりと台所を使うタイプの山本は、獄寺に強襲された後密かに落ち込み彼なりに復讐するのですが、その話はいつか書きたいなと思ってますw
ウーノさんに悪気なく賽の河原状態で生クリームを注ぎ続けた獄寺君は最終的に何も出来なかったけれど気にしてません。
彼の幸せメーターは振り切れっぱなしですw
四日目の話は少しシリアスが混じる予定です。
続き、早く書きたいな~と悶々としてます!
『抽選魔王』も感想をありがとうございます!
そうなんです。彼が作っていた藁細工は産業に必要な一品です。
ギャルゲーの番外編も楽しんでくださって嬉しいですw
ちなみに細かい設定は、香夏子ちゃんはツンデレ幼馴染で実は子供の頃から主人公一筋の文武両道のアイドル。響子ちゃんはサッカー部所属のマネージャーで、卑弥呼ちゃんはオカルト大好きな先輩です。
ベッドに潜り込んでくるお兄ちゃん大好きの妹は当たり前に血が繋がっておらず、腹黒ロリっ子です(笑)
そして隠しキャラは対校試合で会う別の高校のキャラクターです。
どうでもいい設定なのに、何故か詳しく決めてしまった内容です★
マイペースな更新なのに、読んでくださって本当にありがとうございますw
また是非遊びに来てやってくださいましw
そしてお体には重々気をつけてください!
Web拍手、ありがとうございました!
>>通りすがり様
こんばんは、通りすがり様!
コルダ3混入SS読んでくださってありがとうございます。
通りすがり様の感想を読んで、続きを書くのが怖くなってしまいました。
一応自分設定があるのですが、日野さんは彼らの気持ちを知っています。
そして彼らも日野さんの気持ちを知ってます(汗)
もしご不快でしたら、次からの更新は要注意かもしれないです・・・。
それでも良ければ続きを読んでくださると嬉しいです。
ちなみに次回は土浦君と火積君の会話です。
Web拍手、ありがとうございました!
リズムを取り体を揺らしながら音に耳を澄ませる。
陽気な音と冷静な音。左右から流れるツインギター。
空気を揺らす勢いで正確なリズムを刻むドラム。
煌びやかに全てをかっさらうような早引きのキーボード。
そして暴走しがちな音を鎮める動きを見せるベース。
それはルキアが一人で奏でることが出来ない音楽で、自分たちだからこそ世界に向けて発信できる音楽。
すう、と胸いっぱいに息を吸い込むと、ルキアが持つ楽器を鳴らす。
高く低く響く歌声。
小さく華奢な体からは考えられない重量感を持つ声は、浪々とコンサート会場の隅々まで行き渡る。
熱狂的な歓声に紛れない彼らの音は、確かに世界にファンを持つアーティストの一員だった。
「いやぁ、お疲れ様です」
細い目を益々細くしてスポーツドリンクを配る市丸に礼をいい受け取ると乾いた喉を潤す。
熱狂的な雰囲気に呑まれ気づかなかったが、体は限界に来ていて脱水症になりかけてるのか頭がくらくらした。
眩暈を堪えて常温の飲み物を飲む。
本当はキンキンに冷えた飲み物が欲しかったが、脱水症状が出かけてる場合は危険だと市丸に禁止されているので我慢した。
額を押さえぼうっと床を見ていると、いきなり視界が暗くなる。
何事かと慌てて顔を上げれば、強引に顔が拭われそれがタオルであると気がついた。
「大丈夫か、ルキア」
「・・・何とか。お前は、恋次?」
「俺は余裕。お前とは体力のつき方が違う」
「はっ・・・私も持久力はあるのは知ってるだろう?」
「ま、な。じゃなきゃ毎日ピアノの練習に取り組めないもんな」
「ああ。お前のヴァイオリンと同じでな」
こつり、と額を合わせた恋次は、くつくつと喉を震わせた。
黒のバンダナにタンクトップとジーパンという至ってシンプルなステージ衣装のままの彼の首には、ルキアと同じ銘柄のタオルが巻かれている。
そう言えばこのメーカーのCMをしてたな、と思い出し律儀に使用する彼に笑った。
CMに起用されていても、そのメーカーを使わない人間も居るのに、恋次は生真面目だ。
だがその見た目に反した生真面目さが恋次の長所だと知っているルキアは、それに対してどうこう言うつもりはなかった。
初めてのフランスでのコンサートは、現地のファンと日本のファンが入り混じってのもので、野太い歓声と黄色い悲鳴が凄まじかった。
脳にはアドレナリンが噴出し、普段からは考えられないくらいテンションが上がった。
コンサート中はいつもそうだが、初のフランス遠征でいつもより気分が昂揚してたらしい。
その分終わってからの疲労感は半端なく、腕一本動かすのすら億劫だ。
だがそれは自分だけではない。
「うわ、マジで、死にそう」
「・・・僕も。きっつ」
「・・・・・・」
「ルキアさん、俺にもドリンク下さい。その、飲みかけでいいですっ」
「お前は無駄に元気余らしてんじゃねぇよ、コン!」
椅子に体を預け天井に向けた顔の上に冷えたタオルを乗せた一角が呟けば、それを皮切りに他の面々からも声が上がった。
ドラムは一番体力を使うので、一角の筋肉は未だに血管がぴくぴく動いている。
彼の隣に居る弓親も、細身であるが鍛えているのに、今にも倒れそうな様子で、斜め前に座る一護にいたっては声すら出せない状態だった。
そして肩を上下させながらも自分を失わないらしいコンの軽口に、恋次がぱしりと頭を叩く。
それが頭に響いたのか、唸り声を上げてコンは蹲った。
コントみたいな遣り取りを笑って見ていた市丸は、スケジュール帳を開くと予定を確認し小首を傾げた。
「この後は一応打ち上げになってるんですけど、出れそうですか?」
「パスしたいが、無理だろ?」
「そうですねぇ。繋がりを作っておきたいから、出て欲しいとこですね」
一角の言葉に対し曖昧な言い方で市丸は返す。
すまなさそうな顔が演技かどうか見分けはつかないが、言ってることは納得できるので一つため息を吐くと身を起こした。
「どちらにせよ、私と恋次は出席は確定してるだろう?」
「そうですね。あなた方が居れば通訳の必要はありませんし助かります」
「言っとくが、もう今日は演奏しねぇぞ。俺もルキアも無理だ」
「判ってます。それに会場にピアノはありませんし、君のヴァイオリンも持ってきてないです。ちなみに同じホテルに部屋を取ってありますから、そのまま眠れますよ」
「マスコミは?」
「入れてないです。チェックも終わってます」
「ルキアさんは俺と相部屋?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ、このクソガキ。ルキアが君と相部屋なわけないでしょ。───ちゃんと部屋は人数分取ってあるの?」
「ええ。一応、警備員もつけてありますから、ファンも入れないようになってます」
「ああ、そりゃありがてぇな。いつぞやはファンに部屋まで押しかけられそうになって辟易した」
「一角さん、押し倒されそうになってましたもんね」
「うるせぇ!」
軽口まで叩ける程度に体が回復し、顔を見合わせて笑いあう。
昂揚していたテンションも先程よりは落ち着き、頭痛も治まってきた。
そうなると汗でべとつく体を早くなんとかしたくなり、回復を求めた体が食への欲求を募らせる。
重たい体を何とか起こせば、ルキアにつられ他の面々も懐いていた椅子から身を起こした。
「じゃ、そろそろ移動しましょうか。予め裏道は教えてもらってますし、そちらから出ましょう。SPの方も待ちくたびれているでしょうし」
「そうだね」
「あ、そうだ、ルキアさん、恋次君。車の中で学校のお話聞かせてくださいね。君達の学校、来月に文化祭があったでしょう」
何気ない市丸の発言に、ルキアと恋次は顔を見合わせる。
先週の頭にあった出来事を思い出し、二人して眉根を寄せれば訝しげに弓親が顔を覗きこんできた。
「厄介ごと?」
「・・・まぁ」
「ちょっとだけ」
流石に鋭い彼に、どうしたものかと困っていると、鮮やかに市丸が間に割り込んだ。
「まあまあ。積もる話は車の中で。さあ、行きましょう」
未だに何か言いたげにしている弓親の肩を一角が押せば、彼も渋々市丸に従った。
いつの間にか隣に来ていたコンが、ルキアの手を引き先導する。
繋がれた手に眉を跳ね上げた恋次が、チョップで二人の手を裂いた。
その所業に文句を言うコンの頭を一護が殴り、通路に騒々しい声が響く。
疲れ知らずな様子に、若いなあと苦笑すれば、君も十分に若いだろうと、即効で突っ込まれた。
陽気な音と冷静な音。左右から流れるツインギター。
空気を揺らす勢いで正確なリズムを刻むドラム。
煌びやかに全てをかっさらうような早引きのキーボード。
そして暴走しがちな音を鎮める動きを見せるベース。
それはルキアが一人で奏でることが出来ない音楽で、自分たちだからこそ世界に向けて発信できる音楽。
すう、と胸いっぱいに息を吸い込むと、ルキアが持つ楽器を鳴らす。
高く低く響く歌声。
小さく華奢な体からは考えられない重量感を持つ声は、浪々とコンサート会場の隅々まで行き渡る。
熱狂的な歓声に紛れない彼らの音は、確かに世界にファンを持つアーティストの一員だった。
「いやぁ、お疲れ様です」
細い目を益々細くしてスポーツドリンクを配る市丸に礼をいい受け取ると乾いた喉を潤す。
熱狂的な雰囲気に呑まれ気づかなかったが、体は限界に来ていて脱水症になりかけてるのか頭がくらくらした。
眩暈を堪えて常温の飲み物を飲む。
本当はキンキンに冷えた飲み物が欲しかったが、脱水症状が出かけてる場合は危険だと市丸に禁止されているので我慢した。
額を押さえぼうっと床を見ていると、いきなり視界が暗くなる。
何事かと慌てて顔を上げれば、強引に顔が拭われそれがタオルであると気がついた。
「大丈夫か、ルキア」
「・・・何とか。お前は、恋次?」
「俺は余裕。お前とは体力のつき方が違う」
「はっ・・・私も持久力はあるのは知ってるだろう?」
「ま、な。じゃなきゃ毎日ピアノの練習に取り組めないもんな」
「ああ。お前のヴァイオリンと同じでな」
こつり、と額を合わせた恋次は、くつくつと喉を震わせた。
黒のバンダナにタンクトップとジーパンという至ってシンプルなステージ衣装のままの彼の首には、ルキアと同じ銘柄のタオルが巻かれている。
そう言えばこのメーカーのCMをしてたな、と思い出し律儀に使用する彼に笑った。
CMに起用されていても、そのメーカーを使わない人間も居るのに、恋次は生真面目だ。
だがその見た目に反した生真面目さが恋次の長所だと知っているルキアは、それに対してどうこう言うつもりはなかった。
初めてのフランスでのコンサートは、現地のファンと日本のファンが入り混じってのもので、野太い歓声と黄色い悲鳴が凄まじかった。
脳にはアドレナリンが噴出し、普段からは考えられないくらいテンションが上がった。
コンサート中はいつもそうだが、初のフランス遠征でいつもより気分が昂揚してたらしい。
その分終わってからの疲労感は半端なく、腕一本動かすのすら億劫だ。
だがそれは自分だけではない。
「うわ、マジで、死にそう」
「・・・僕も。きっつ」
「・・・・・・」
「ルキアさん、俺にもドリンク下さい。その、飲みかけでいいですっ」
「お前は無駄に元気余らしてんじゃねぇよ、コン!」
椅子に体を預け天井に向けた顔の上に冷えたタオルを乗せた一角が呟けば、それを皮切りに他の面々からも声が上がった。
ドラムは一番体力を使うので、一角の筋肉は未だに血管がぴくぴく動いている。
彼の隣に居る弓親も、細身であるが鍛えているのに、今にも倒れそうな様子で、斜め前に座る一護にいたっては声すら出せない状態だった。
そして肩を上下させながらも自分を失わないらしいコンの軽口に、恋次がぱしりと頭を叩く。
それが頭に響いたのか、唸り声を上げてコンは蹲った。
コントみたいな遣り取りを笑って見ていた市丸は、スケジュール帳を開くと予定を確認し小首を傾げた。
「この後は一応打ち上げになってるんですけど、出れそうですか?」
「パスしたいが、無理だろ?」
「そうですねぇ。繋がりを作っておきたいから、出て欲しいとこですね」
一角の言葉に対し曖昧な言い方で市丸は返す。
すまなさそうな顔が演技かどうか見分けはつかないが、言ってることは納得できるので一つため息を吐くと身を起こした。
「どちらにせよ、私と恋次は出席は確定してるだろう?」
「そうですね。あなた方が居れば通訳の必要はありませんし助かります」
「言っとくが、もう今日は演奏しねぇぞ。俺もルキアも無理だ」
「判ってます。それに会場にピアノはありませんし、君のヴァイオリンも持ってきてないです。ちなみに同じホテルに部屋を取ってありますから、そのまま眠れますよ」
「マスコミは?」
「入れてないです。チェックも終わってます」
「ルキアさんは俺と相部屋?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ、このクソガキ。ルキアが君と相部屋なわけないでしょ。───ちゃんと部屋は人数分取ってあるの?」
「ええ。一応、警備員もつけてありますから、ファンも入れないようになってます」
「ああ、そりゃありがてぇな。いつぞやはファンに部屋まで押しかけられそうになって辟易した」
「一角さん、押し倒されそうになってましたもんね」
「うるせぇ!」
軽口まで叩ける程度に体が回復し、顔を見合わせて笑いあう。
昂揚していたテンションも先程よりは落ち着き、頭痛も治まってきた。
そうなると汗でべとつく体を早くなんとかしたくなり、回復を求めた体が食への欲求を募らせる。
重たい体を何とか起こせば、ルキアにつられ他の面々も懐いていた椅子から身を起こした。
「じゃ、そろそろ移動しましょうか。予め裏道は教えてもらってますし、そちらから出ましょう。SPの方も待ちくたびれているでしょうし」
「そうだね」
「あ、そうだ、ルキアさん、恋次君。車の中で学校のお話聞かせてくださいね。君達の学校、来月に文化祭があったでしょう」
何気ない市丸の発言に、ルキアと恋次は顔を見合わせる。
先週の頭にあった出来事を思い出し、二人して眉根を寄せれば訝しげに弓親が顔を覗きこんできた。
「厄介ごと?」
「・・・まぁ」
「ちょっとだけ」
流石に鋭い彼に、どうしたものかと困っていると、鮮やかに市丸が間に割り込んだ。
「まあまあ。積もる話は車の中で。さあ、行きましょう」
未だに何か言いたげにしている弓親の肩を一角が押せば、彼も渋々市丸に従った。
いつの間にか隣に来ていたコンが、ルキアの手を引き先導する。
繋がれた手に眉を跳ね上げた恋次が、チョップで二人の手を裂いた。
その所業に文句を言うコンの頭を一護が殴り、通路に騒々しい声が響く。
疲れ知らずな様子に、若いなあと苦笑すれば、君も十分に若いだろうと、即効で突っ込まれた。
■銀時→神楽
『──また、私を斬るアルか?』
感情のない声。自分を映しているだけで見ていない瞳。鋭利な刃物で傷つけられたように、言葉は心の奥まで入り込んだ。
空に浮かぶ白い月。彼女も今見上げているだろうか。それとも、また隻眼の男の隣に立ち、似合わぬ色の返り血をその身に浴びているのだろうか。目を瞑れば、あの日あの時の情景が浮かぶ。
志村家の広い庭。高杉を庇った神楽は、無表情に己の持つ刀を掴んだ。躊躇ない力で握られたそこからは血が流れ、それだけで、体が震えた。攘夷志士として幾人もの天人を屠って来たこの自分が、ただ一人、幼いといっても過言ではない天人を刺しただけで動けなくなった。
肉を貫く感触が離れない。体に響いた音が忘れれない。──初めて人を殺した時のように、思い出すだけでじっとりと汗が滲む。殺したわけではない。神楽は夜兎で、恐るべき回復力を持っている。大体、力づくで刀を引き寄せたのは向こうの方だ。言い訳は頭の中で限りなく響く。だが。
──刀を放せばよかったのだ。
──向けたからあんなことになった。
──自分じゃない誰かを庇ったから、頭に血が上った所為だ。
否定の声も、同時に響く。カタカタと、手が震えた。それを見て、苦く笑う。白夜叉とも呼ばれた男が、何という体たらく。幾人の天人を屠っても揺れなかった心が、ただ一人を傷つけただけで恐怖に苛まれる。
百戦錬磨の白夜叉ともあろう自分が、情けないことこの上ないがあの日以来志村家に足を踏み込むことすら出来やしない。
「ははっ・・・こんなんじゃ、止められる訳ねぇっての」
自嘲気味に呟いた。先日、真選組の鬼の副長が何者かに瀕死の重態を負わされた。実際後数分でも仲間が駆けつけるのが遅かったら、確実に命を落としていただろう。刀傷はそこかしこにあり、内臓に到達するほどに深く刺された痕があったらしい。失血し一歩手前で身動きすら儘ならない。徹底的に甚振られた男にも驚いたが、何より驚いたのは土方に抵抗のあとが見受けられなかったと聞いたときだ。
まさか、と勘が働いた。機密事項だ、まだ面会謝絶だと言う下っ端を押しのけ、白い病室で変なチューブに繋がれた土方に会いに行った。信じたくないが可能性として消せないそれが頭を巡る。何度か声をかけ、うっすらと目を開いた土方は焦点の合っていない目で、それでも銀時を捉えると口を開いた。
『あいつじゃ・・・ねぇよ』
呼吸音にすらかき消されそうなほど小さな声。一言だけ搾り出し、力尽きたように土方はまたゆっくりと目を瞑った。体中の力が抜け、病室の床にしゃがみ込む。よかった、と我知らず声に出し、震えている掌で顔を覆った。
その後、見舞いに来た近藤と沖田に病室から追い出され、どうやったのか覚えてないが気がついたら家に帰っていた。気配のない家で、ソファに座り込み動けなくなる。一人になると、どうしても彼女を求めてしまう。
『銀ちゃん、今帰ったアルか?』
『銀ちゃん、酒臭いアル~・・・』
『あっちに・・・行けよ、酔っ払い。私は眠いアル』
『クォラ、銀時~!!貴様、何玄関で吐き戻してるアルか!!』
夜帰ると、何だかんだで少女はそこにいてくれた。一人がいないだけで、室温がどっと下がった気がする。家族のいない銀時にとって、神楽は家族そのものだった。妹で、娘で、可愛い──・・・。考え、首を振り思考を中断させる。それ以上は、考えてはいけないと警鐘が鳴った。
先日、万事屋の仕事をしている時に久しぶりに神楽と会った。予定外の再会に始めに己を取り戻したのは桂で、動揺を一切見せずに己の取るべき行動を選んだ桂に神楽は笑った。そして当たり前に迎え撃ち吹っ飛ばした神楽に、銀時は震える己を宥めつつ刀を向けたのだ。だが、刀を向けた銀時に神楽は少し目を伏せ。
『銀ちゃんに、私は斬れないアルよ?』
銀時だけに聞こえるように、小さいが確信を込めた声でそっと囁いた。
それは、奇妙な自信に満ちた言葉。そして実際にその通りだと、銀時は実証してしまった。
神楽は銀時を殺すことが出来るが、銀時には神楽を殺すことはおろか、傷つけることすら難しい。刀を向けるたびに、神楽を貫いた時の記憶がフラッシュバックする。手に響く肉を突き刺す瞬間の鈍い感触。刀身を滴る赤い血の温かさ。神楽の命を握っているどうしようもない恐れ。
「・・・どうすりゃいいんだよ、マジで。なあ、神楽?」
窓越しに月を見た。神楽が好んで見ていた月は、青白い光を放つだけで今日もやっぱり何も教えてくれない。自分を傷つけた瞬間に、彼女の顔に浮かんだ苦痛の表情が、本物であればいいのに。それが真実ならば、また別の意味で傷つくだろう自分を理解しながら、銀時は硬く目を瞑った。
『──また、私を斬るアルか?』
感情のない声。自分を映しているだけで見ていない瞳。鋭利な刃物で傷つけられたように、言葉は心の奥まで入り込んだ。
空に浮かぶ白い月。彼女も今見上げているだろうか。それとも、また隻眼の男の隣に立ち、似合わぬ色の返り血をその身に浴びているのだろうか。目を瞑れば、あの日あの時の情景が浮かぶ。
志村家の広い庭。高杉を庇った神楽は、無表情に己の持つ刀を掴んだ。躊躇ない力で握られたそこからは血が流れ、それだけで、体が震えた。攘夷志士として幾人もの天人を屠って来たこの自分が、ただ一人、幼いといっても過言ではない天人を刺しただけで動けなくなった。
肉を貫く感触が離れない。体に響いた音が忘れれない。──初めて人を殺した時のように、思い出すだけでじっとりと汗が滲む。殺したわけではない。神楽は夜兎で、恐るべき回復力を持っている。大体、力づくで刀を引き寄せたのは向こうの方だ。言い訳は頭の中で限りなく響く。だが。
──刀を放せばよかったのだ。
──向けたからあんなことになった。
──自分じゃない誰かを庇ったから、頭に血が上った所為だ。
否定の声も、同時に響く。カタカタと、手が震えた。それを見て、苦く笑う。白夜叉とも呼ばれた男が、何という体たらく。幾人の天人を屠っても揺れなかった心が、ただ一人を傷つけただけで恐怖に苛まれる。
百戦錬磨の白夜叉ともあろう自分が、情けないことこの上ないがあの日以来志村家に足を踏み込むことすら出来やしない。
「ははっ・・・こんなんじゃ、止められる訳ねぇっての」
自嘲気味に呟いた。先日、真選組の鬼の副長が何者かに瀕死の重態を負わされた。実際後数分でも仲間が駆けつけるのが遅かったら、確実に命を落としていただろう。刀傷はそこかしこにあり、内臓に到達するほどに深く刺された痕があったらしい。失血し一歩手前で身動きすら儘ならない。徹底的に甚振られた男にも驚いたが、何より驚いたのは土方に抵抗のあとが見受けられなかったと聞いたときだ。
まさか、と勘が働いた。機密事項だ、まだ面会謝絶だと言う下っ端を押しのけ、白い病室で変なチューブに繋がれた土方に会いに行った。信じたくないが可能性として消せないそれが頭を巡る。何度か声をかけ、うっすらと目を開いた土方は焦点の合っていない目で、それでも銀時を捉えると口を開いた。
『あいつじゃ・・・ねぇよ』
呼吸音にすらかき消されそうなほど小さな声。一言だけ搾り出し、力尽きたように土方はまたゆっくりと目を瞑った。体中の力が抜け、病室の床にしゃがみ込む。よかった、と我知らず声に出し、震えている掌で顔を覆った。
その後、見舞いに来た近藤と沖田に病室から追い出され、どうやったのか覚えてないが気がついたら家に帰っていた。気配のない家で、ソファに座り込み動けなくなる。一人になると、どうしても彼女を求めてしまう。
『銀ちゃん、今帰ったアルか?』
『銀ちゃん、酒臭いアル~・・・』
『あっちに・・・行けよ、酔っ払い。私は眠いアル』
『クォラ、銀時~!!貴様、何玄関で吐き戻してるアルか!!』
夜帰ると、何だかんだで少女はそこにいてくれた。一人がいないだけで、室温がどっと下がった気がする。家族のいない銀時にとって、神楽は家族そのものだった。妹で、娘で、可愛い──・・・。考え、首を振り思考を中断させる。それ以上は、考えてはいけないと警鐘が鳴った。
先日、万事屋の仕事をしている時に久しぶりに神楽と会った。予定外の再会に始めに己を取り戻したのは桂で、動揺を一切見せずに己の取るべき行動を選んだ桂に神楽は笑った。そして当たり前に迎え撃ち吹っ飛ばした神楽に、銀時は震える己を宥めつつ刀を向けたのだ。だが、刀を向けた銀時に神楽は少し目を伏せ。
『銀ちゃんに、私は斬れないアルよ?』
銀時だけに聞こえるように、小さいが確信を込めた声でそっと囁いた。
それは、奇妙な自信に満ちた言葉。そして実際にその通りだと、銀時は実証してしまった。
神楽は銀時を殺すことが出来るが、銀時には神楽を殺すことはおろか、傷つけることすら難しい。刀を向けるたびに、神楽を貫いた時の記憶がフラッシュバックする。手に響く肉を突き刺す瞬間の鈍い感触。刀身を滴る赤い血の温かさ。神楽の命を握っているどうしようもない恐れ。
「・・・どうすりゃいいんだよ、マジで。なあ、神楽?」
窓越しに月を見た。神楽が好んで見ていた月は、青白い光を放つだけで今日もやっぱり何も教えてくれない。自分を傷つけた瞬間に、彼女の顔に浮かんだ苦痛の表情が、本物であればいいのに。それが真実ならば、また別の意味で傷つくだろう自分を理解しながら、銀時は硬く目を瞑った。
■高杉→神楽
ある日を境に神楽は決して晋助の傍を離れようとしなかった。晋助が行くところには何処にでも付いて行き、晋助の隣で彼の服を掴んでいた。周りが止めなければトイレにも付いて行っただろう。金魚の糞状態だ。迷子の子供が再会した親にする仕草と良く似ていたが、幼い仕草に違和感を感じさせるのは。真剣な色を浮かべるその青い瞳。子供とは違い心細さなど欠片も持ちえぬ強さのそれは、監視するように剣呑な色を漂わせる。
だが、それを見ても晋助は止めようとしなかった。何処か面白そうに唇を持ち上げた男は、神楽の行動を拒絶するでもなく好きにさせている。あの猫のように気まぐれな気質の晋助の行動に、初めは誰もが首を捻った。しかしそれが一日、二日、一週間と過ぎれば本気で嫌なら実力行使に出るだろう事を知っていたので、周りも手を出そうとしなくなった。
「神楽」
「何アルか?」
「そろそろ、厭きたんじゃねぇか?」
女物の羽織を着た男は、歪んだ笑みを隣の存在に向けた。彼の服を掴み、ちょこんと隣に座っていた神楽は真っ直ぐに彼を見る。
月の綺麗な夜で、何時も持ち歩いている傘を神楽は持っていなかった。太陽ほど明るくは無いが十分に視野を確保出来る屋根の上で、隻眼の瞳の感情を探るようにまじまじと見る。
「──別に」
暫くの間探るように目を細めた神楽は、不意に興味をなくしたとばかりに視線を逸らした。そして、月に視線を向ける。満月、というわけではなかったが、月は神楽の好む色だった。綺麗な、綺麗な白に近い青。透けるように発光するそれは、神楽の目を捉えて放さない。
隣で、体が動く感触がした。体温を感じるくらいの距離に居た男に慣れてしまった事実に、表情にこそ出さないが愕然とする。警戒心が無いとは言えないが、それでも彼が自分を襲うはずが無いと、いつの間にか思い込んでいた。
漂う紫煙にタバコを吸い始めたのだと眉をしかめる。この匂いは好きじゃなかった。
「タバコ」
「あん?」
「臭いアル。止めるヨロシ」
視線を月に固定したまま、けど彼に向けて言葉を発した。小さく声が漏れる。くつくつと喉を震わせ酷く愉快そうなそれに、何が面白いのだろうと頭の片隅で考えた。だが、すぐにどうでもいいことだと打ち消す。自分たちの間は干渉し合うものではなく、あくまで利害の一致によるものだ。踏み込む気はさらさらになく、彼の心理を理解したいなんて願望は持ち合わせていない。
だから視線を月に移す。空に輝くそれに手が届くことは無いけれど、綺麗で居てくれるのが嬉しくて自然と表情が綻んだ。
「!?ケヘッ、ケホッ」
いきなり顔に紫煙を浴びせかけられて、涙目になりながら噎せた。この匂いを神楽が苦手と知りつつ、態とこんな所業を行う男をキッと睨みつける。何が楽しいのかにたにたとした笑顔を貼り付けた晋助は、もう一度息を吸い込むと神楽の顔めがけて吐き出した。白く煙る視界を慌てて手で払い、生理的な意味で涙目になった瞳を向ける。
「いきなり、何するネ!?」
「──ボケッと間抜けヅラしてるから、生きてんのかなって思って」
「見て判るだろ、ボケェェェェェ!髪がタバコ臭くなったらどうするアルカ!?」
「一緒に風呂入って洗ってやろうか?」
「お断りアル!ポリゴンは嫌いネ!!」
「ポリゴン・・・?ああ、ロリコンのことな」
「お前を表す代名詞ネ!!」
湯気が出るんじゃないかという勢いで本気で怒っているのに、目の前の男は上機嫌に笑う。それは普段の何処か気だるげで惰性で浮かべているものではなく、まるで子供のように無邪気で嘘が無いように見えて、神楽はぐっと唇を噛み締めた。
こんな雰囲気、彼には似合わない。高杉晋助は、こんな顔をしていい男ではない。常に世に対し怒りを向け、全てを壊すべき破壊衝動を身に飼いならし、狂気と正気の狭間を行きかう、この男が、こんな表情を浮かべていいはずないのだ。
出会った当初では想像も出来なかった笑顔に、神楽は困惑した。殺戮を好み、破壊を欲する。高杉晋助とはそんな男で、それ以外でないのに。
「──お前、最近変ヨ。最近、誰も殺してないアル」
「・・・そうだったか?」
「そうネ。少なくとも、私の前ではしてないアル」
首を傾げる男に神楽は眉を寄せる。最近、神楽は彼にべったりだ。何処に行くのも付いていっているし、片時も離れない。
それなのに、その事実には今気がついた。作戦には参加する。楽しそうに指示もする。殺しに躊躇いは無く、命が散る瞬間には酷く満足げに哂う。
しかしながら、最近の彼は手を下す事はない。以前は良く見た刀についた血糊を拭う仕草すら最近は見ていなかった。首を傾げる神楽の額を、高杉はキセルでちょんと叩く。
「痛いアル!」
本当はそれほどでもなかったが、思わず額を押さえて恨みがましい顔を見せれば、晋助は穏やかとも見える表情を浮かべた。幾度も瞬きを繰り返し、錯覚だと言い聞かす。こんなのは、困る。
「──言っただろ?」
困惑し瞳を揺らす神楽を見ていた高杉が、優しくも聞こえる声で囁いた。変だ、おかしい。違和感をはっきりさせようと神楽は彼の目を覗き込む。しかし遮るようにまたしても煙を吐きかけられ、涙目になって酷く噎せた。
「お前がオレを見てるなら、もう少しの間だけ自粛してやるさ」
声は聞こえた。けど、顔は見えない。噎せた呼吸を整える頃には、もういつもの高杉に戻っていて、感じた違和感は気のせいだったのだろうかと、神楽は首を傾げた。
「そろそろ行くか、じゃじゃ馬姫」
「誰がじゃじゃ馬ヨ。しとやかなお嬢様とは、この神楽のことを表す言葉アル」
文句を言いながらも、反抗するでもなく素直に月に背を向け立ち上がる。
それを見た高杉が酷く上機嫌な顔をして、理由の判らない感情の機微に、益々神楽は首を捻った。
ある日を境に神楽は決して晋助の傍を離れようとしなかった。晋助が行くところには何処にでも付いて行き、晋助の隣で彼の服を掴んでいた。周りが止めなければトイレにも付いて行っただろう。金魚の糞状態だ。迷子の子供が再会した親にする仕草と良く似ていたが、幼い仕草に違和感を感じさせるのは。真剣な色を浮かべるその青い瞳。子供とは違い心細さなど欠片も持ちえぬ強さのそれは、監視するように剣呑な色を漂わせる。
だが、それを見ても晋助は止めようとしなかった。何処か面白そうに唇を持ち上げた男は、神楽の行動を拒絶するでもなく好きにさせている。あの猫のように気まぐれな気質の晋助の行動に、初めは誰もが首を捻った。しかしそれが一日、二日、一週間と過ぎれば本気で嫌なら実力行使に出るだろう事を知っていたので、周りも手を出そうとしなくなった。
「神楽」
「何アルか?」
「そろそろ、厭きたんじゃねぇか?」
女物の羽織を着た男は、歪んだ笑みを隣の存在に向けた。彼の服を掴み、ちょこんと隣に座っていた神楽は真っ直ぐに彼を見る。
月の綺麗な夜で、何時も持ち歩いている傘を神楽は持っていなかった。太陽ほど明るくは無いが十分に視野を確保出来る屋根の上で、隻眼の瞳の感情を探るようにまじまじと見る。
「──別に」
暫くの間探るように目を細めた神楽は、不意に興味をなくしたとばかりに視線を逸らした。そして、月に視線を向ける。満月、というわけではなかったが、月は神楽の好む色だった。綺麗な、綺麗な白に近い青。透けるように発光するそれは、神楽の目を捉えて放さない。
隣で、体が動く感触がした。体温を感じるくらいの距離に居た男に慣れてしまった事実に、表情にこそ出さないが愕然とする。警戒心が無いとは言えないが、それでも彼が自分を襲うはずが無いと、いつの間にか思い込んでいた。
漂う紫煙にタバコを吸い始めたのだと眉をしかめる。この匂いは好きじゃなかった。
「タバコ」
「あん?」
「臭いアル。止めるヨロシ」
視線を月に固定したまま、けど彼に向けて言葉を発した。小さく声が漏れる。くつくつと喉を震わせ酷く愉快そうなそれに、何が面白いのだろうと頭の片隅で考えた。だが、すぐにどうでもいいことだと打ち消す。自分たちの間は干渉し合うものではなく、あくまで利害の一致によるものだ。踏み込む気はさらさらになく、彼の心理を理解したいなんて願望は持ち合わせていない。
だから視線を月に移す。空に輝くそれに手が届くことは無いけれど、綺麗で居てくれるのが嬉しくて自然と表情が綻んだ。
「!?ケヘッ、ケホッ」
いきなり顔に紫煙を浴びせかけられて、涙目になりながら噎せた。この匂いを神楽が苦手と知りつつ、態とこんな所業を行う男をキッと睨みつける。何が楽しいのかにたにたとした笑顔を貼り付けた晋助は、もう一度息を吸い込むと神楽の顔めがけて吐き出した。白く煙る視界を慌てて手で払い、生理的な意味で涙目になった瞳を向ける。
「いきなり、何するネ!?」
「──ボケッと間抜けヅラしてるから、生きてんのかなって思って」
「見て判るだろ、ボケェェェェェ!髪がタバコ臭くなったらどうするアルカ!?」
「一緒に風呂入って洗ってやろうか?」
「お断りアル!ポリゴンは嫌いネ!!」
「ポリゴン・・・?ああ、ロリコンのことな」
「お前を表す代名詞ネ!!」
湯気が出るんじゃないかという勢いで本気で怒っているのに、目の前の男は上機嫌に笑う。それは普段の何処か気だるげで惰性で浮かべているものではなく、まるで子供のように無邪気で嘘が無いように見えて、神楽はぐっと唇を噛み締めた。
こんな雰囲気、彼には似合わない。高杉晋助は、こんな顔をしていい男ではない。常に世に対し怒りを向け、全てを壊すべき破壊衝動を身に飼いならし、狂気と正気の狭間を行きかう、この男が、こんな表情を浮かべていいはずないのだ。
出会った当初では想像も出来なかった笑顔に、神楽は困惑した。殺戮を好み、破壊を欲する。高杉晋助とはそんな男で、それ以外でないのに。
「──お前、最近変ヨ。最近、誰も殺してないアル」
「・・・そうだったか?」
「そうネ。少なくとも、私の前ではしてないアル」
首を傾げる男に神楽は眉を寄せる。最近、神楽は彼にべったりだ。何処に行くのも付いていっているし、片時も離れない。
それなのに、その事実には今気がついた。作戦には参加する。楽しそうに指示もする。殺しに躊躇いは無く、命が散る瞬間には酷く満足げに哂う。
しかしながら、最近の彼は手を下す事はない。以前は良く見た刀についた血糊を拭う仕草すら最近は見ていなかった。首を傾げる神楽の額を、高杉はキセルでちょんと叩く。
「痛いアル!」
本当はそれほどでもなかったが、思わず額を押さえて恨みがましい顔を見せれば、晋助は穏やかとも見える表情を浮かべた。幾度も瞬きを繰り返し、錯覚だと言い聞かす。こんなのは、困る。
「──言っただろ?」
困惑し瞳を揺らす神楽を見ていた高杉が、優しくも聞こえる声で囁いた。変だ、おかしい。違和感をはっきりさせようと神楽は彼の目を覗き込む。しかし遮るようにまたしても煙を吐きかけられ、涙目になって酷く噎せた。
「お前がオレを見てるなら、もう少しの間だけ自粛してやるさ」
声は聞こえた。けど、顔は見えない。噎せた呼吸を整える頃には、もういつもの高杉に戻っていて、感じた違和感は気のせいだったのだろうかと、神楽は首を傾げた。
「そろそろ行くか、じゃじゃ馬姫」
「誰がじゃじゃ馬ヨ。しとやかなお嬢様とは、この神楽のことを表す言葉アル」
文句を言いながらも、反抗するでもなく素直に月に背を向け立ち上がる。
それを見た高杉が酷く上機嫌な顔をして、理由の判らない感情の機微に、益々神楽は首を捻った。
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