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【完結:真選組編】




 血に濡れた掌が、酷く似合わないと感じた。怒りと悲しみが綯い交ぜになった無表情が、酷く心を痛めさせた。酷い目に合わされて、死にかけさえしたというのに、放っておけない、と。泣きそう顔を歪めた少女を想い、そう、感じた。


「また、お前らアルか」

 厭きれたと告げる口調。あの日と同じ漆黒の衣装に身を包んだ少女は、珍しい事に髪の毛を下ろしていた。トレードマークだったお団子頭がないと、年齢よりも大人びて見えるものだと初めて知った。
 光を失った青い瞳。一年前の今頃とあまりに違うその色に、近藤は苦笑する。惚れた相手が気にするから、との理由以上に、どうしようもない程のお人よしの彼は、目の前の少女を放っておけなかった。
 真っ直ぐな瞳は戸惑いに揺れ、まるで親を見失った幼子のようだ。いや、実際彼女は親を失った。
 同情すべき点は多数ある。彼女が殺めてきた政治家達は、武装警察真選組ですら手が出せないほどの大物達だ。それぞれが黒であると知っていても、手をこまねいて見ているしかないような相手。神楽の父親を政治の駒に使うのも大した手間ではなかっただろう。目の前で父親の首をはねられた神楽の感情など、自分には想像もつかない。
 自分達の前では無表情だが、銀髪と自分の惚れた女の前でだけ輝くような笑みを見せる彼女は、本来は感受性が豊かな子供なのだろう。幼い頃、一人で過ごす時間が多かった故に、家族の絆を特別に求めていた。星海坊主の娘と聞いたときには、さぞかし寂しい思いをしたのだろうと考えたものだ。
 ぽつん、と佇む姿は駆け寄って大丈夫だと抱きしめてしまいたいくらいに頼りない。どれだけの力を秘めていたとしても、彼女はまだ子供なのだ。守られてしかるべき存在のはずなのに。彼女の父親が死んだのは、広い視野で見れば真選組も関わっている。悪を悪と知りながら、放置していた自分たちにも問題はあった。選んだものを、失くせない場所を優先させた、己の罪を近藤は知っている。
「死にたくなければ、どくヨロシ。たった三人で、私に勝てると思ってないダロ。それとも、まだ痛い目見なきゃわかんないアルか?」
 静かに傘を構え直す神楽に、自分も刀を構える。それだけの動作で体の節々が痛んだ。実のところ、先日彼女にやられた傷は完治しきれていない。後ろに控える自分の腹心たちもそうだろう。表情こそ変えてないが、額に浮かぶ汗がそれを照明している。
 口火を切ったのは沖田だった。淡々とした眼差しで、けれどこの中の誰よりも彼は神楽に執着している。

「何言ってンでさァ。あんたにオレが殺されるわけねぇだろィ、チャイナ」
「悪いが、3度目の遅れを取る気はないんでな。此処から先に、お前を通すわけにはいかねぇ」

 刀を構えた沖田と土方は不敵に笑う。

「大丈夫だ。オレたちがアンタを止めてやるよ、チャイナさん」

 この場を越えたら天守閣。そこにはまだ江戸の将軍が残っている。この騒動を知った上で、逃げないのは彼なりの矜持なのだろう。だとしたら、尚の事彼女を先に進ませるわけには行かなかった。
 もう、決めたのだ。自分達の命に代えたとしても──。

「これ以上、アンタの手を汚させねぇ」

 近藤も刀を正眼に構えた。痛みを排除するために息を吐き出し呼吸を整える。真剣な眼差しを向ければ、目の前の少女の気配が初めて揺れた。泣き笑いのような笑顔を見せた少女は。

「本当に、銀ちゃんといいお前らといい。エドの侍は馬鹿ばかりアル」

 傘を構えて突進してきた。
 自分の能力を最大限に活かした見事な動き。十代の前半とは信じられないほどの鋭さを秘めたそれに、近藤は目を細める。恐ろしいほどの天賦の才だ。夜兎という種族だからと言うだけでは語れないほどの才能。沖田よりも上の才能を持つ相手を、近藤は初めて目にした。そして、その経験も自分達に勝るとも劣らない。
 勝ち目が多い戦いではない。それでもゼロではないと信じていた。信じなければいけなかった。疑えば勝機はゼロになり、取り戻すチャンスは永遠に消える。
 傘を右手に下げたまま疾走した神楽に、土方の肩が撃ち抜かれた。反動で崩れる体勢を利用し繰り出した右足で首筋に踵を落とすと、そのままの勢いで沖田に飛び掛る。振り上げられた傘に咄嗟に刀を平行に持った沖田に笑いかけ、急角度をつけ傘を左手に持ち変える。目を見開く沖田の腹に傘が打ち込まれた体がくの字に曲がる。吹っ飛ばされた沖田に視界を塞がれた近藤の顔面に、何時の間に距離を詰めたのか、早い拳が打ち込まれた。脳髄を揺さぶる衝撃が体を貫く。落ちそうな意識を必死に保ち、刀をついて立ち上がった。
 数だけ見れば圧倒的に有利な存在。経験も、技術も半端ない手製を揃えているのに、神楽にはほとんど傷をつけれない。
それでも、何度殴られても、蹴られても、諦めず立ち上がる彼らに、神楽の肩が上下し始めた。
 舌打ちした神楽は、手近にいた人間を無造作に殴り意識を沈める。反動を利用しくるりとトンボを切った。

「ほんっと、しつこい、奴らネ。ストーカーされてる姐御の気持ちがよくわかるアル」
「もてねぇ男は工夫しなきゃいけねぇんだ。近藤さんばかりを責めないであげてくだせェ」
「そうだ。苦労せずもてる男なら、ストーカーになってねェ」
「え?ちょ、あの、オレだけの話?しつこいのって、オレだけの話なの?」
「他に誰がいるんでさァ」
「悪いな、近藤さん。オレたちはしつこくする必要がねぇ」
「!?」

 密かに傷ついていると、押し殺したような声が聞こえた。刀を構えたまま前を見れば、華奢な体が震えている。

「あはは!!ホント、お前ら馬鹿ばかりネ」

 久しぶりの笑い声。快活な声を上げた少女は、目に涙して笑っていた。楽しそうに、声を大きく張り上げて。久しぶりに見る光景に、驚いて固まっているのは自分だけではなかった。

「私、お前らの事そんなに嫌いじゃなかったアル。だから、一思いに終わらしてやるネ」

 暫く笑い続けていた少女は、先程までと雰囲気を一転させる。闇が似合うその笑みは、昏く静かなものだった。底知れない雰囲気にごくりと喉がなる。死闘に慣れた近藤たちですら寒気を感じる。
 クスクスと微笑み、そして緩やかな動作で傘を構えた。一分の隙も、迷いもない。その代わり、殺気も感じられない。

「勝負」

 静かな宣言に、彼らは全員獲物を構えた。

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【エピローグ】




 血に塗られた道を好んで歩んできた。ただ一人、尊敬したいた人を理不尽に亡くしてから、誰を信じることもなく。肩を並べるものもなく、誰を信頼するわけでもなく、誰に依存をするのでもなく。
 攘夷戦争の時とは全く真逆の生活。死線を掻い潜る日はいつでも命がけだったけれど、信頼できる仲間がいて、貫き通したい信念があり、守りたいと願う人がいた。
 その存在がなくなって、守るべき信念も踏みにじられ、仲間は死に希望は絶望に変わった。地の中に深く潜り、ただ江戸を破壊する事だけを目的に生きてきた。そこには信念などはない。狂おしいばかりの衝動に突き動かされ生き急ぐ。
 全てを失った晋助には、あの人を自分から奪った世界への復讐しか残っていなかった。だからこそ、あの少女に惹かれたのだろう。
 自分によく似ていて、そして全く似ていなかった神楽に。彼女の大切な相手も、下らない政治の犠牲者になった。目の前で、実の父親の首に刀が振り下ろされるのを見届けるのはどんな気分だったろう。それに同情は欠片もないが、得たであろう感情は想像できた。
 堕ちる、と確信していた。真っ直ぐである物ほど、いざという時に折れやすい。事実、万事屋を去り自分の手の内に転がり込んできた存在は、相手を傷つけることを躊躇しなかった。
 自分と、同じだ。そう、思い笑っていたのは最初の内だけだった。
 神楽は、晋助とは決定的に違う。憎しみに支配され、幕府の連中を憎んでいるくせに、実の父を奪ったこの世界を恨んでいるくせに、憎しみに囚われた自分と違い、神楽は江戸を愛していた。矛盾する感情に折り合いを付け、憎悪と同時に江戸の住人を、愛していたのだ。
 神楽は自分の罪の重さを知っている。血に濡れた手を隠す事もなかったが、誇る事もしなかった。自身の強さを誇らず、驕りもなく、誰を消しても慶ばなかった。殺す相手は殺したが、傷つけない相手は絶対に守った。

『私には、私の正義がアルね』

 ずっと前に、彼女が言った言葉を思い出し晋助は目を細める。神楽の生き様は、その言葉に相応しいものだった。だから、なのだろう。有言実行を潔く成し遂げた彼女だからこそ、自分もここまで惹かれたのだ。自分と良く似て、そして正反対の道を選んだ小さな子供に。

「馬鹿な子供だ」

 紛れもない、本音。嘲るような口調だが、声には優しさすら含まれる。そんなもの、とうに無くしたと思っていたのに。

「だが、それに付き合おうって言うオレも大概馬鹿だな」

 聳え立つ江戸城を見上げて、晋助は唇を歪める。幹部はとうに戦線の離脱をし、城から離れた場所に逃げた。多少の部下は残っているだろうが、助けるつもりなどサラサラない。遅かれ早かれ武装警察たちもここに来る。討伐されようがどうされようが、それは晋助に関係ない。
 この場に残っていてメリットなど何もない。覚悟を決めた眼差しに、生への道は見受けれなかった。
 それでも。彼は、城に向かい歩を進める。目標は天守閣。そこには、己が欲する存在がいる。有終の美を飾るため、神楽が何をするつもりなのか、晋助には痛いほど理解できた。万事屋を、そして仲間を愛しているからこその、彼女の行動の行く末を。だからこそ、神楽の傍に居たいと願う。

「一人で死のうったってそうはいかねぇぞ、じゃじゃ馬。オレからは逃げられないって、教えておいてやっただろう?」

 上機嫌な猫のように咽喉を鳴らすと、自らの望む結末を手にする為彼の姿は消えて行った。江戸のシンボルが焼け崩れたのは、それから僅かに30分後の事だった。

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【完結:高杉編】





 まるで、遅効性の毒を飲んでいるようだった。少しずつ四肢は絡め取られ、身動きできる幅は狭まる。痛みはとっくに麻痺した。それでも、思考だけは冴え冴えと研ぎ澄まされる。変に冴えた頭のどこかが、他人に命令されてしているのではなく自分の意思でしているのだと、はっきりとした自覚を持った。



「・・・・・・これで、終わりアル」

 静かな声。目の前には、嘗て夜の間だけ友達のような関係だった男。待っていたと囁いた彼は、現状を理解しているのかと問いたくなるくらい優しく微笑んでいた。

「また、来ると思っていた」

 真っ赤に飛び散る血の中で、伏して動かない部下の間で。その微笑は、本当に場違いなもの。緩く手首を振り、右手の傘を構えなおした。青かったはずの傘は、血を吸い過ぎて変色し、今では元が何色か判らない。使い込まれたそれは体の延長と同じで、息を吸うのと同じくらい自然に扱える。もう、この傘が青かったのを知っていた存在は随分と減った。

「止まれないアルヨ」
「判っている」
「お前のこと、嫌いじゃなかったネ」
「──それも、判っていた」
「そよちゃんは、傷一つつけずに逃がしたアル。私が一番信頼でいる人たちが助け出したから、絶対安心ヨ」
「そうか。・・・それは、あの万事屋のことか?」

 神楽は返事をしない。返事をしないのが、何よりの返事だった。瞬きすらせず将軍は真っ直ぐな目で神楽を見る。銀時は、この将軍は飾りみたいなものだと言っていたけれど、彼は一本筋の入った男でもあった。命を今まさに刈り取られるのに慌てた様子すら見せない。

「あいつらの、勢力を殺ぐ事も出来、そよも安全。なるほど、一石二鳥だな」
「・・・そうアルネ。でも、本当は一石三鳥ヨ」

 チラリと神楽が微笑む。初めて見た微笑に、将軍が言葉に詰まった。年相応の笑顔に何故と唇を動かす前に、意味は間もなく理解させられた。
 激しい音とともに、城が揺れる。江戸のシンボルとしてなまじの攻撃ではビクともしないこの城が。発信源は足の下。

「まさか・・・」
「そのまさか、ネ。この城は、なくなるアル。パピーを殺した幕府の象徴。天導衆も潰したアル。これで、私の復讐は完結ヨ」
「お主、まさか・・・」
「バイバイ、将軍様」

 手を伸ばしてきた男に、ふっと目を細める。傘のトリガーを引くのに躊躇はない。必死な眼差しで伸ばされた手が届く前に。
パンッ
 響いた音は、一発。けれど、それだけで十分だった。倒れ行く男の目は見開かれ、訴えかけるように神楽を捉える。絶命する間際までも人を心配するのかと、神楽の唇が歪んだ。
 考えに沈む間もなく二度目の振動が神楽を襲う。木造である部分が大半のこの建物だ。火は簡単に燃え広がる。行きに爆弾を数十箇所仕掛けた。時限性のそれは、ちょうどいいタイミングで威力を上げる。一つを引き金に爆発の音は段々と感覚が狭くなった。きっと、この炎の中なら、大丈夫だ。
 全てが終わったと瞼を閉じる。瞑ったそこに映るのは、いつだって銀の鈍い輝き。大好きで、憧れていた存在。死んだ魚の目をしているくせに、馬鹿みたいに懐と器の大きかった男。何度も何度もひどい目に合わされながら、それでも神楽に手を伸ばし続けてくれた、神楽を神楽で居させてくれた人。
 でも。

「もう、必要ないアルヨ、銀ちゃん。私は、初めから終わりを決めてたネ」

 まるで彼が目の前に立っているように、ちょうど彼の目線を見上げ神楽は笑った。そう。始めから終わりなんて決めていた。
 三度目の振動。火の手はまだ下のはずだが、気のせいか室温も上がった気がする。

「私がいなくなっても、銀ちゃんの所為じゃないアル。気にしないでいいのヨ」

 穏やかな微笑みはとても深く、年を取った老人が昔を懐かしむような色をしている。手が届かない過去を見て、諦観に彩られていた。

「悲しまないでね、銀ちゃん。私は、大丈夫なんだから。自分で選んだ道アル。自分のケツは、自分で拭くネ」

 天守閣からも夜空は見える。嘗て将軍と呼ばれた男が立っていた場所に視線を向ければ、神楽の大好きな青白い月。ずっと眺めていたいけど、最後に月を眺めるつもりはなかった。きっと、上空からはヘリが取材をしているはずで、城の消化のための手段もそろそろ講じられるだろう。
 四度目の振動。今度は、すぐ下からのそれに苦笑する。室温は自覚できるほどに上がり、額から汗が吹き出てきた。考える時間は、もう僅かしかない。

「・・・熱い、アルな。汗が止まらないアル」

 一人で、神楽は話し続ける。

「死ぬって、こういうことだったネ。何度も死に掛けてるけど、焼死っていうのは案外とキッツイアル」

 床に胡坐を掻くと傘をクルクルとまわす。幼い仕草は無邪気で、血に塗れたその場所に似つかわしくないものだった。だが、他にする事など何もない。神楽に出来るのは死体に囲まれたこの部屋で、ただ死を待つ、それだけ。

「こいつらと、心中カ。はっきり言って、色気もへったくれもないアル。折角美少女に生まれたのに、王子様は現れなかったネ」

 『オー、ゴット』とおどけた調子で肩を竦めた瞬間。

「なーにが、『オー、ゴット』だ。お前、またオレが買ってやった服、穴だらけにしたな」
「・・・・・・!?」

 聞こえるはずのない声に、神楽の肩がびくりと動く。空耳かと思ったが、それにしてはあまりにもはっきりとした声だった。背後に生まれた気配に、何故、という言葉が頭を廻る。自分の知っている彼なら、この場にいるはずがないのに。

「一人漫才してて楽しいか?」
「・・・晋助?」
「何だよ、じゃじゃ馬姫」

 出会った当初の懐かしい呼び名。今日と同じ青白い月の日に初めて神楽を見た時も、彼は同じ呼び名で神楽を呼んだ。昨日のように鮮やかで、思い出せないくらいに昔に感じる過去に。

「何しに来たアルか・・・?」
「何って・・・自殺しようって言う馬鹿の見物」

 ゆっくりと振り返った先には、脳裏に浮かんだ通りの男の姿。腕を組んで柱にもたれた彼は、うっそりと笑う。間もなく火の手が回る、この天守閣の一角で。心底楽しそうな笑みは、此処が死線であるからだろう。生と死の狭間で、彼は一番生き生きと輝く。

「随分といい趣味してるアル」
「我ながら、そう思うぜ。何てったって、逃げる手段を思いつく前に此処にたどり着いちまったしな」
「・・・何て言ったアル?」
「だから、逃げる手段を考えてないって言ったんだよ」
「・・・・・・」

 晋助の言葉に、神楽は一拍を置いた後。

「ぎゃー!?」

 これ以上ない位の大声で叫んだ。

「いやー!!最後の最後がこんな変態片目と心中だなんて!絶対にイヤー!!」
「・・・何だよ?オレじゃ不満ってのか?」
「不満だらけアル。例えて言うならたこ焼きの中にタコが入っていなかった時くらい不満ネ」
「だから、そのワケのわかんねぇ例えはやめろとけ」
「ごっさ、判りやすいアル!──お前、本気カ!?」

 叫んだ瞬間、最後の仕掛けが爆発した。一拍置き、周りの壁が火に包まれる。熱波が髪を揺らし、晋助のトレードマークである女物の羽織を飛ばす。
 正真正銘、逃げ場は何処にもなくなった。ここは天守閣。飛び降りて助かる、何て奇跡は人には使えない。
 今や汗は止まらず、呼吸も段々と苦しくなってきた。黒い煙が部屋を汚染し、しゃがみ込んでいる神楽にも襲い掛かる。それなのに炎の中に立つ晋助は、息苦しさなど欠片も感じさせない飄々とした態度を崩さず、あまりにも堂々としている彼に、やはり彼は支配する側にいるんだと気づく。

「・・・な?逃げ場も、逃げ道もなくなった」

 ニヤリ、と彼は満足そうに笑った。眼帯に隠されていない隻眼は不可思議な色を湛え、今まさに死に直結する場面であるのにそれすら愉快だと哂っている。狂っている。背筋にぞわりと産毛が逆立つ。死の淵でさえ、こんなに満足そうに笑った相手を神楽は今まで見たことがない。

「お前、頭がおかしいアル」
「はッ・・・そうかも知れねぇな。でなきゃ、他人の自殺に付き合ってやるなんて酔狂なマネできないだろうよ」
「・・・おかしいアル」

 もう一度だけ呟くと、神楽はがくりと腕をついた。視界がくらくらと揺れ、真っ直ぐ体を立てるのすら辛い。煙のまわりが予定より早く、意識が朦朧としてきた。最後の力を振り絞り顔を上げる。平然と立っている男は、やはり変態だ。
 動けない神楽に近づくと、さも当然のように高杉は隣に腰を下ろした。そして、神楽が動けないのをいい事に、ひょいと抱き上げ膝の上に乗せる。

「・・・熱いアル」
「そりゃ、周りが燃えてんだから仕方ねぇな」

 弱々しくもがく神楽を抱きしめた。その力は弱くなく、振り解くのは難しい。晋助の熱が移り、一層熱さが募り呼吸が早くなる。

「な、死ぬまで話してようぜ」
「はァ?」
「話だよ、話。暗い死に方は似あわねぇからな」
「・・・馬鹿アルな、お前。でも、話してもいいアル。昔の銀ちゃんの話を聞かせてヨ」
「銀時?あいつは、昔も今もそうかわらねぇ」
「・・・・・・」
「昔も今みたいな目して、授業はほとんど寝てばかり。剣の修行も人が見てるとこじゃ、手抜いてばかりだったな」
「・・・・・・」

 珍しく穏やかな晋助の声。彼が過去を語るのは初めてだと、薄れる意識で気がついた。物語のように紡がれる話は神楽の知らない銀時を教え、もっともっとと望むのに、段々と瞼が重くなる。篭った煙の所為だろうか。サウナよりも遙かに暑い場所なのに、段々と眠気が襲ってきた。頭ががんがんと痛み視界がぼやける。彼の声を子守唄に、神楽はついに意識を手放した。



「・・・じゃじゃ馬?」

 腕の中の体が力を失ったのに気がついて、晋助は軽く腕を揺らしたが全くの無反応。まるで幼子のような邪気のない姿に、晋助は淡く苦笑した。それは、何時以来からか見せなくなった優しい微笑み。誰も見てないからこそ浮かべた笑みに、自分が笑えるんだと思い出す。随分と長い間忘れていた感覚だった。

「お前は、よくやったよ」

 心からの賞賛の言葉。髪飾りのなくなった髪を緩やかに撫でる。さらり、と熱を持った桃色の髪は晋助の手に留まることなく零れ落ちた。自分のものだと言う印をつけたくて、馬鹿みたいに真っ黒な服を彼女に贈った。初めそれは銀時に見せ付けるためだと思っていたが、最近になって違うという事に気がついた。本当の理由は簡単。独占欲というものだ。
 晋助は、この無鉄砲で馬鹿なまでに自分の正義を貫いた少女を気に入っていた。何時の頃からか目的と手段が入れ替わり、手放さないためならどんな事も出来るくらいに。

「このオレが、女の後追い自殺とはな。中々に笑える結末だぜ」

 江戸の騒乱。神楽の望んだ通りに、幕府は相当な打撃を受けた。復旧には時間がかかるだろうし、新たな象徴を選ぶのに詮議も重ねられるだろう。その間都市は機能せず、政治家達は惑い揺れる。彼女流の復讐は見事に果たしたと言えるだろう。

「本当に、たいしたものだ」

 額にかかる髪を上げ、秀でたそこに唇を落とす。暖かというより熱い肌は、もうほとんど動く事はない。掌を翳せば微かな呼気が感じられ、それだけが神楽の生を実感させる。

「火事、か。火事と喧嘩は江戸の花。花になって死んでくっていうのも、まあ一興なのかもな」

 呟くと同時に、天上の梁が音を立て始める。柱はもう数本焼けて折れていた。天上が落ちてくるのもあと僅かの間だろう。火の爆ぜる音は絶え間なく、舐めるように肌を焼く。

「我が心 焼くも我れなり はしきやし 君に恋ふるも 我が心から」

 焼け崩れた天井に晋助はうっそりと哂った。威勢を誇る炎に飲み込まれ、彼らの姿はすぐに赤い勢力に消えていった。



*我が心焼くも我れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から
【釈】私の心を憎しみの炎で焼くのも自分なら、あなたを愛する心も同じ私の心から

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先ほどから恋次は居た堪れない思いをしていた。
その原因は四掛けの席であるのに何故か前方右斜めに座る親しい相手からの視線である。
針のむしろと言うにはおかしいかもしれないが、多数に見られるよりこの研ぎ澄まされた殺気すら篭る一つの視線の方が堪える。
剣の師でもあったこの人からの覚めた眼差しは精神的にクるものがあり、先ほどから背筋をゾクゾクと駆け上るものがある。
温かかったしょうが焼き御膳もすっかり冷え、ついでに目の前の人の視線もお冷より冷えた。

「───あの。いい加減にしてもらえませんか」
「・・・・・・」
「一角さん!」

手酌できんきんに冷えた酒を口にする男の視線に我慢ならず、ついに大声が出る。
しかし恋次の言葉にたいして感慨も沸かないとばかりに表情一つ変えぬ男は、苛立つ彼を鼻で笑うとくいっと喉を鳴らして酒を呷った。

「一体何なんすか、この間から!俺の何が気に入らないっていうんです!?弓親さんも一角さんも、ずっと苛ついてんのは隠さねぇくせに何で何も言わないんすか!!」

ここ一週間で溜まっていた鬱憤を晴らせとばかりに声を大に張り上げる。
思えば彼らの態度だけじゃなく、他の面々も僅かに変わった気がする。
白哉は普段より一層寒々しい空気を醸し出し、理吉はおずおずと伺うように恋次を見る。
仕事で会った浮竹には笑顔の奥で鋭く睨まれ、書類を届けた京楽にはぽんと肩を叩かれた。
誰も彼も恋次に何か言いたそうなのに、誰一人として肝心な『何か』を口にしない。
腫れ物に触れるような一週間は、検査入院した一日を除き最悪だ。

「うるせぇよ」
「あんたが理由を言わないからでしょう!?」

しかし恋次が熱くなればなるほど一角は冷めていくようで、そこで漸く彼が怒っているのかもしれないと思い当たり瞠目した。
苛立ちに燃える恋次の怒りを赤い炎としたら、一角のそれはより酸素を含み温度を増した青い炎。
恋次の怒りなどとうに超えてしまう怒りがそこに存在し、一気に熱が冷めて首を振る。
どちらにせよ理由は何一つ判らず、八つ当たりされているとしか思えない。
何故って、彼の態度が変わったのは大体一週間ほど前からだが、その後に彼に対し粗相を働いた記憶はなく、入院する前、つまり任務前にも何かした記憶はない。
ならば彼の今の苛立ちは自分と離れた場所にあり、偶々ご飯に誘ったタイミングが悪かったと判断するしかないだろう。

一つため息を落とし、湯飲みから冷めた緑茶を啜る。
渋みばかりが強いそれに眉を顰め、その味にもう一度ため息を吐いた。

「何をそんなに苛立ってるのか知りませんがね。八つ当たりはやめてくださいよ」
「・・・八つ当たり?」
「そうでしょ?俺は、あんたに何かした記憶はないんだから。さっさといつもの一角さんに戻ってください」
「八つ当たり、ねぇ」

冷ややかな眼差しの奥に篭る熱をそのままに、一角はゆるりと口角を上げた。
手に持っていた酒の入った枡が一瞬で砕け、飛び散る雫に眉を寄せる。
ぴりぴりと肌をさす霊圧に、彼の怒りが自分に向けられていたのを嫌でも理解させられた。

「お前、何のために俺に刀を習った。戦い方を師事したんだ」
「え・・・?」
「答えろ、阿散井。何故、お前は俺に師事した」
「───強く、・・・強くなりたかったからです」
「何故だ?」
「朽木隊長に、追いつきたかったからです。けど、それが・・・」

どうしたんですか、との問いは喉奥で消える。
そんな質問を許してくれそうな顔をしていない。
唾を飲み、落ち着けと自分に言い聞かせると背筋を伸ばす。
一瞬でも気を抜いたら、全てを持っていかれそうだった。
今の一角は、悪友であり先輩でもある顔じゃなく、昔彼が師事した男の顔をしている。

「お前は」
「はい」
「何で朽木隊長に追いつきたかった?」
「それは隊長が隊長だからで・・・」
「お前は馬鹿か?俺んとこの更木隊長だって隊長だろうが。隊長なら十三人いる。その中で、『何で』朽木隊長だったかと聞いてるんだ」
「何でって、それは朽木隊長を超えなきゃいけないからで」
「超えなきゃいけない理由を聞いてんだよ、俺は」

苛立たしげに舌打され、恋次は酷く混乱する。
急に胸の奥が落ち着かなくなり、酷く気持ちが急いて来るのに、何故そうなるかが判らない。
心の奥の何かが足りない。
けれど足りない何かがわからず、その欠片すら見つけれない。
仕事帰りの死覇装の胸を部分をぎゅっと握る。
それでも何も思い出せず、もどかしく息苦しく、涙が零れそうになり慌てて瞬きを繰り返した。

判らない。判らないのに胸が疼くのだ。
足りない、思い出せ、欲しろ、と。
思い当たる節のない欲求は抑えられないほど強く、気がつけば想いは油断した瞬間に目尻から零れ落ちた。

「どうやら、全部を忘れてるわけじゃなさそうだな」
「一角さん、俺・・・」
「お前の求めるものは、お前以外も求めてるってのを忘れるな。タイムリミットは着々と近づいている。失くすも取り戻すもお前次第だ」
「何を」
「───いいか、阿散井。お前がぼやぼやしてんなら、俺が横から掻っ攫うぞ」

そうして、この日漸く笑みを見せた一角は、いつもよりも子供っぽく悪戯したばかりの子供みたいだった。

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