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「ほい、有人。熱々だから火傷しないように食べろよー」
とん、と目の前に置かれた皿に、ゴーグルの下で目が輝く。
鬼道家で出される料理と違いシンプルな皿に盛られたホットクレープにいそいそと箸を伸ばす。
本来ならナイフとフォークを使って、と行きたいが、そんな上品な食べ方はここでは必要ないだろう。
事実壁山や栗松など、マナーも関係なく美味い美味いとかっ喰らっている。
顔のそこかしこに食べかすをくっつけながら満面の笑みを浮かべる彼らは、とても嬉しそうだ。
大なり小なり反応に差はあるが、彼女の作ったデザートは好評で、鬼道は弟としても鼻が高い。
林檎とクレープに生クリームとカスタードが乗るよう苦心して切り、ぱくりと頬張る。
ふわりと香るシナモンに、しゃりしゃりとした林檎の食感。生クリームとカスタードの味付けも絶妙で、久し振りの懐かしい味に、じんわりと笑みが浮かんだ。
「美味い」
「そっか、良かった。有人は甘いもの好きだもんな」
「姉さんが昔からよく手作りしてくれたから。でもやっぱり姉さんの手作りが一番美味しい」
「ふふ、もう刷り込まれてるのかもな」
「そうかもしれない」
もう一口、とクレープに箸を伸ばしながら、言い得て妙だなと苦笑する。
まだ鬼道がほんの子供の頃から料理上手だった円堂は、よく色々なお菓子を手作りしてくれた。
料理の練習も兼ねていると言っていたが、今思えば鬼道に気を使ってくれていたのだろう。
春奈と暮らしていたときも両親はほとんど家におらず、施設に預けられてからも配られるのは既製品のおやつばかりだった。
手作りのおやつの味を知ったのは、大金持ちの財閥である鬼道の家に行ってからだ。
円堂が日本にいる間は、どれだけ忙しくても一日に一回は手作りのおやつを出してくれて、その味が鬼道は大好きだった。
懐かしさに目を細めていると、隣の風丸が口を開いた。
「まも姉が初めて作ったお菓子は、確か蒸しパンだったよな」
「おう。───ってか、よく覚えてるな。お前まだ3歳だったろ?」
「まも姉だって覚えてるじゃないか。おばさん直伝の黒糖蒸しパン。懐かしい感じの味だったよな」
「今度作ってやろうか?まだレシピは覚えてるし」
「ああ。そのときは、俺も手伝うよ」
突然幼馴染の会話を始めた二人に、林檎を租借しながらむっと柳眉を寄せた。
風丸と円堂は鬼道が知り合う前からの幼馴染らしいが、こうあからさまに過去を髣髴とさせる会話をされると面白くない。
何しろ鬼道はずっと昔から円堂を一番知っている気でいた。
自分以上に姉を理解する人間は居ないと自負していたのに、風丸が口を開くと知らなかった円堂の姿が見えてきて嫌だった。
子供っぽい独占欲だと判っているが、それを許されていた過去があるだけにすぐには切り替えられない。
唇を尖らせて無言でクレープを食べていると、優しい掌が降って来る。
「ほら、そんなにすぐに拗ねるなよ」
「───拗ねてない」
「そ?ならいいんだけど。・・・そういや、さっき監督が言ってたんだけど、近くに温泉があるから入って来いってさ」
「温泉?」
「ああ。天然温泉だってよ。混浴になるから、ちゃんと水着も持ってけな」
「・・・姉さんは行かないのか?」
「何?俺と一緒に風呂に入りたいの?」
「ッ!!?何を!!?」
「冗談だよ、冗談。俺はこっちを片付けてから行くよ。後片付けまでが料理だからな」
「なら俺も手伝おう」
「俺も」
「いらないよ。お前らは皆を連れて先に行ってな。マネージャーたちに場所を教えてるから、彼女たちも連れてってよ」
「・・・判った」
「明日は俺たちが片づけをするから」
「よし、いい子。ありがとな」
にこり、と微笑んだ円堂は、風丸と鬼道の頭を撫でると、どこからともなく取り出したトレイに食べ終わった皿をどんどんと乗せて行く。
よくよく見れば、それは先ほどおにぎりが山積みになっていたものだと気がつき、鬼道は柳眉を顰めた。
「・・・姉さん」
「ん?」
「姉さんは、きちんと食べたのか?」
よく考えれば、鬼道は円堂が食事を摂っている姿を見ていない。
山積みになっていたおにぎりは全て消えているが、自分たちが食事をしている最中に彼女はすでにデザートを作っていた気がする。
「何を言うかと思えば。当然だろ?動いた分食べないと体がもたない」
「・・・そうか」
さらりと肯定され、ほっと胸を撫で下ろした。
要領のいい姉のことだ。鬼道が気がつかない間に、食事を摂っていたのだろう。
「そんなことより、さっさと皆を風呂に連れてってやってくれ。ユニフォームの洗濯だってしなきゃならないし、早め早めの行動が望ましい。夜の内に干して乾かしたいだろ?」
「そうだな。結構、汗を掻いたし」
「だろ?俺も後から行くから、皆の引率を頼むな」
からりとした笑顔で促した円堂に、鬼道と風丸は頷いた。
その様子を確認して、トレイに載せた皿を器用にバランスを取りつつキッチンへと歩いていく。
さくさくと歩く姿を見送っていると、隣の風丸がぽつりと呟いた。
「・・・エプロンでも、プレゼントしようかな」
「俺がするから、風丸はしなくていい」
「俺が先に言い出したんだぞ。鬼道こそ余計なことはするな」
青緑色の瞳を色濃くして睨みつけてくる風丸を睨み返しながら、極めて子供っぽい喧嘩をしている自覚はあるのに全くやめる気はない。
ばちばちと火花を散らした二人は、ふんと鼻を鳴らすと顔を背けた。
男には、負けられない戦いがあるのだ。
とん、と目の前に置かれた皿に、ゴーグルの下で目が輝く。
鬼道家で出される料理と違いシンプルな皿に盛られたホットクレープにいそいそと箸を伸ばす。
本来ならナイフとフォークを使って、と行きたいが、そんな上品な食べ方はここでは必要ないだろう。
事実壁山や栗松など、マナーも関係なく美味い美味いとかっ喰らっている。
顔のそこかしこに食べかすをくっつけながら満面の笑みを浮かべる彼らは、とても嬉しそうだ。
大なり小なり反応に差はあるが、彼女の作ったデザートは好評で、鬼道は弟としても鼻が高い。
林檎とクレープに生クリームとカスタードが乗るよう苦心して切り、ぱくりと頬張る。
ふわりと香るシナモンに、しゃりしゃりとした林檎の食感。生クリームとカスタードの味付けも絶妙で、久し振りの懐かしい味に、じんわりと笑みが浮かんだ。
「美味い」
「そっか、良かった。有人は甘いもの好きだもんな」
「姉さんが昔からよく手作りしてくれたから。でもやっぱり姉さんの手作りが一番美味しい」
「ふふ、もう刷り込まれてるのかもな」
「そうかもしれない」
もう一口、とクレープに箸を伸ばしながら、言い得て妙だなと苦笑する。
まだ鬼道がほんの子供の頃から料理上手だった円堂は、よく色々なお菓子を手作りしてくれた。
料理の練習も兼ねていると言っていたが、今思えば鬼道に気を使ってくれていたのだろう。
春奈と暮らしていたときも両親はほとんど家におらず、施設に預けられてからも配られるのは既製品のおやつばかりだった。
手作りのおやつの味を知ったのは、大金持ちの財閥である鬼道の家に行ってからだ。
円堂が日本にいる間は、どれだけ忙しくても一日に一回は手作りのおやつを出してくれて、その味が鬼道は大好きだった。
懐かしさに目を細めていると、隣の風丸が口を開いた。
「まも姉が初めて作ったお菓子は、確か蒸しパンだったよな」
「おう。───ってか、よく覚えてるな。お前まだ3歳だったろ?」
「まも姉だって覚えてるじゃないか。おばさん直伝の黒糖蒸しパン。懐かしい感じの味だったよな」
「今度作ってやろうか?まだレシピは覚えてるし」
「ああ。そのときは、俺も手伝うよ」
突然幼馴染の会話を始めた二人に、林檎を租借しながらむっと柳眉を寄せた。
風丸と円堂は鬼道が知り合う前からの幼馴染らしいが、こうあからさまに過去を髣髴とさせる会話をされると面白くない。
何しろ鬼道はずっと昔から円堂を一番知っている気でいた。
自分以上に姉を理解する人間は居ないと自負していたのに、風丸が口を開くと知らなかった円堂の姿が見えてきて嫌だった。
子供っぽい独占欲だと判っているが、それを許されていた過去があるだけにすぐには切り替えられない。
唇を尖らせて無言でクレープを食べていると、優しい掌が降って来る。
「ほら、そんなにすぐに拗ねるなよ」
「───拗ねてない」
「そ?ならいいんだけど。・・・そういや、さっき監督が言ってたんだけど、近くに温泉があるから入って来いってさ」
「温泉?」
「ああ。天然温泉だってよ。混浴になるから、ちゃんと水着も持ってけな」
「・・・姉さんは行かないのか?」
「何?俺と一緒に風呂に入りたいの?」
「ッ!!?何を!!?」
「冗談だよ、冗談。俺はこっちを片付けてから行くよ。後片付けまでが料理だからな」
「なら俺も手伝おう」
「俺も」
「いらないよ。お前らは皆を連れて先に行ってな。マネージャーたちに場所を教えてるから、彼女たちも連れてってよ」
「・・・判った」
「明日は俺たちが片づけをするから」
「よし、いい子。ありがとな」
にこり、と微笑んだ円堂は、風丸と鬼道の頭を撫でると、どこからともなく取り出したトレイに食べ終わった皿をどんどんと乗せて行く。
よくよく見れば、それは先ほどおにぎりが山積みになっていたものだと気がつき、鬼道は柳眉を顰めた。
「・・・姉さん」
「ん?」
「姉さんは、きちんと食べたのか?」
よく考えれば、鬼道は円堂が食事を摂っている姿を見ていない。
山積みになっていたおにぎりは全て消えているが、自分たちが食事をしている最中に彼女はすでにデザートを作っていた気がする。
「何を言うかと思えば。当然だろ?動いた分食べないと体がもたない」
「・・・そうか」
さらりと肯定され、ほっと胸を撫で下ろした。
要領のいい姉のことだ。鬼道が気がつかない間に、食事を摂っていたのだろう。
「そんなことより、さっさと皆を風呂に連れてってやってくれ。ユニフォームの洗濯だってしなきゃならないし、早め早めの行動が望ましい。夜の内に干して乾かしたいだろ?」
「そうだな。結構、汗を掻いたし」
「だろ?俺も後から行くから、皆の引率を頼むな」
からりとした笑顔で促した円堂に、鬼道と風丸は頷いた。
その様子を確認して、トレイに載せた皿を器用にバランスを取りつつキッチンへと歩いていく。
さくさくと歩く姿を見送っていると、隣の風丸がぽつりと呟いた。
「・・・エプロンでも、プレゼントしようかな」
「俺がするから、風丸はしなくていい」
「俺が先に言い出したんだぞ。鬼道こそ余計なことはするな」
青緑色の瞳を色濃くして睨みつけてくる風丸を睨み返しながら、極めて子供っぽい喧嘩をしている自覚はあるのに全くやめる気はない。
ばちばちと火花を散らした二人は、ふんと鼻を鳴らすと顔を背けた。
男には、負けられない戦いがあるのだ。
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掻き乱す
--お題サイト:afaikさまより--
■か 寛容にも叱ってみせる
馬鹿なんじゃないかと本気で思う。
仮にも一国の、しかもアリスの国からしてみたら足を向けて眠れないほどの大国の王子の、厚かましくも図々しい仕草にアリスは目が半眼になる。
「ちょっと」
「ん?」
「ん?じゃないわよ。何優雅にお茶飲んでるの」
「私は好きなときに好きな場所でお茶を飲むと決めている」
「好きなときに好きな場所?」
かちん、ときた。
一応初対面から暫くは丁寧語を使っていたはずだが、今ではもうお山の彼方だ。
いらりとした雰囲気を隠しもせず、額に青筋を浮かべて堂々とした王子様に微笑んだ。
「知ってるかしら?ここは私の国の私の私室なのよ?」
糠に釘と理解しつつも、学習しないのは果たしてどちらだろうか。
■き 切られるように痛いはずの
例えば、コレがもう少し謙虚な性格をしていたら、アリスの対応も変わったかもしれない。
それが駄目でももう少し体面を気にして欲しい。
どれだけアリスが怒っても馬耳東風とばかりに右から左へ流す男は、ある意味大国の後継者らしいのかもしれない。
下々の言葉に耳を傾けず、どこまでもあくまでも自分本位。
彼には絶対王政を敷きそうだ。
しかも堂々と何故逆らうんだと小首を傾げながら。
勝手にセッティングされたテーブルの上のティーカップを弄び、至極楽しそうに微笑む男にアリスは苦い表情を浮かべた。
せめて、彼の顔がいつかの面影に重ならなければと考えながら。
■み 満ちてゆく煌めきはきっと
「君はもう少し私に甘えるべきだ」
当たり前の権利を主張するように、優雅に紅茶を嗜みながらされた発言に眉を上げる。
何のつもりかしらないが、いきなり何を言い出すのか。
整った顔立ちを美しく笑みへと変えて、余裕たっぷりに囁く男の膝を蹴る。
まさかの暴行だったのか、綺麗に脛に入ったらしく、少しだけ涙目でこちらを睨んで来た。
いい気味だと王女らしからぬ様子で嘲笑すれば、すいっと器用に眉を上げた。
「これが君の甘え方か?」
「そんなわけないでしょ。私は別にサドじゃないわ」
「それはよかった。私もマゾとは言い難い。上手く付き合っていけそうだ」
「無理よ」
「試す前からそんな弱気でどうする?」
「試したいと思えないの。恋愛なんてこりごりよ」
「こりごりと言える経験でもしたのか?」
「あなたには関係ないわ」
だから権利を主張しないで。
聡いはずの男が、言外の言葉に気付かないはずがないのに。
■だ ダーク・シークレットも今や
誰にだって言いたくない過去の一つや二つあると思う。
アリスにとってのそれは、過去の恋愛経験だ。
今となってはあれを恋愛と読んでもいいのか判らないが、アリスは恋をしていた。
優しくて、素敵で、穏やかな人。
好きになって、好きになって欲しいから、ほんの少しだけ無理をした。
今思えば、なんて無駄なことだったのか。
彼が好きなのはアリスではなく、アリスが一生かかっても超えられない人なのに。
苦い経験はアリスを学習させた。
傷つきたくないの。気付きたくないの。
唇を噛み締めて俯いて。きつく瞼を閉じたとしても。
失くせない過去は今も鮮やかに脳裏に刻まれ消えやしない。
■す 摺り寄せるそれは桜色
「忘れろ」
「え?」
唐突な言葉に遠くに行っていた意識が戻る。
気がつけば目と鼻の先に端整な顔があり、同じに見えるのに全く違う表情を浮かべた『ブラッド』に目を見張る。
本来ならこんな距離を許される関係じゃないのに、垣根などないように彼はアリスへ近づく。
それは目で見える距離だけじゃなく、見えないものについてもいえて、それが嫌で仕方ない。
それなのに、そんなアリスを知ってるはずの彼は、緩やかに口の端を持ち上げて実に彼らしく皮肉げな笑い方をした。
「私以外の記憶は留めておかなくていい」
「何を」
「君が気にしなくてはいけないのは、私だけだ。私だけを見て、私だけを意識していろ」
「無理よ」
「無理じゃない。なんなら協力してあげようか?私の城へ連れ帰り、私の所有する塔に幽閉させ、私てずから飼ってやろう。私が居なければ君は一日たりとも生きていけない。どうだ?」
「───最悪ね」
誰かに飼われる気はない。
しかも相手が彼なんて、最悪の極みだ。
彼は絶対に口にした通りに実行する。
自分以外にあわせずに、自分が居なければ生きていけないようにアリスを閉じ込める。
でもきっと飽きるに違いない。
アリスに飽きて、置いていくのだ。
自分が居なければ生きてけないように作り変え、興味がなくなれば捨ててしまう。
そんなの、絶対に御免だ。
「お断りよ」
「・・・そうか。いいアイデアだと思ったんだがな」
「やめて頂戴。そんなことする気なら、もう二度とあなたとお茶は飲まないわ」
アリスの言葉に虚をつかれたように目を丸めた青年は、くつくつと喉を震わせて笑った。
「なら駄目だな。私は君とのこの時間を大切にしている」
楽しげな笑みは嘘じゃない。
この表情は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけれど、それだけだ。
誰に言い聞かすでもなく、アリスは苦々しい表情を浮かべる。
その顔を見て笑みを深める男を前に、思い切り深いため息を吐き出しても、嫌味すら流す彼は無駄に余裕たっぷりだ。
「早く飽きて」
「何にだ?」
「このお茶会よ」
全てを篭めて囁いた言葉に、ブラットは破顔した。
「無理だな」
--お題サイト:afaikさまより--
■か 寛容にも叱ってみせる
馬鹿なんじゃないかと本気で思う。
仮にも一国の、しかもアリスの国からしてみたら足を向けて眠れないほどの大国の王子の、厚かましくも図々しい仕草にアリスは目が半眼になる。
「ちょっと」
「ん?」
「ん?じゃないわよ。何優雅にお茶飲んでるの」
「私は好きなときに好きな場所でお茶を飲むと決めている」
「好きなときに好きな場所?」
かちん、ときた。
一応初対面から暫くは丁寧語を使っていたはずだが、今ではもうお山の彼方だ。
いらりとした雰囲気を隠しもせず、額に青筋を浮かべて堂々とした王子様に微笑んだ。
「知ってるかしら?ここは私の国の私の私室なのよ?」
糠に釘と理解しつつも、学習しないのは果たしてどちらだろうか。
■き 切られるように痛いはずの
例えば、コレがもう少し謙虚な性格をしていたら、アリスの対応も変わったかもしれない。
それが駄目でももう少し体面を気にして欲しい。
どれだけアリスが怒っても馬耳東風とばかりに右から左へ流す男は、ある意味大国の後継者らしいのかもしれない。
下々の言葉に耳を傾けず、どこまでもあくまでも自分本位。
彼には絶対王政を敷きそうだ。
しかも堂々と何故逆らうんだと小首を傾げながら。
勝手にセッティングされたテーブルの上のティーカップを弄び、至極楽しそうに微笑む男にアリスは苦い表情を浮かべた。
せめて、彼の顔がいつかの面影に重ならなければと考えながら。
■み 満ちてゆく煌めきはきっと
「君はもう少し私に甘えるべきだ」
当たり前の権利を主張するように、優雅に紅茶を嗜みながらされた発言に眉を上げる。
何のつもりかしらないが、いきなり何を言い出すのか。
整った顔立ちを美しく笑みへと変えて、余裕たっぷりに囁く男の膝を蹴る。
まさかの暴行だったのか、綺麗に脛に入ったらしく、少しだけ涙目でこちらを睨んで来た。
いい気味だと王女らしからぬ様子で嘲笑すれば、すいっと器用に眉を上げた。
「これが君の甘え方か?」
「そんなわけないでしょ。私は別にサドじゃないわ」
「それはよかった。私もマゾとは言い難い。上手く付き合っていけそうだ」
「無理よ」
「試す前からそんな弱気でどうする?」
「試したいと思えないの。恋愛なんてこりごりよ」
「こりごりと言える経験でもしたのか?」
「あなたには関係ないわ」
だから権利を主張しないで。
聡いはずの男が、言外の言葉に気付かないはずがないのに。
■だ ダーク・シークレットも今や
誰にだって言いたくない過去の一つや二つあると思う。
アリスにとってのそれは、過去の恋愛経験だ。
今となってはあれを恋愛と読んでもいいのか判らないが、アリスは恋をしていた。
優しくて、素敵で、穏やかな人。
好きになって、好きになって欲しいから、ほんの少しだけ無理をした。
今思えば、なんて無駄なことだったのか。
彼が好きなのはアリスではなく、アリスが一生かかっても超えられない人なのに。
苦い経験はアリスを学習させた。
傷つきたくないの。気付きたくないの。
唇を噛み締めて俯いて。きつく瞼を閉じたとしても。
失くせない過去は今も鮮やかに脳裏に刻まれ消えやしない。
■す 摺り寄せるそれは桜色
「忘れろ」
「え?」
唐突な言葉に遠くに行っていた意識が戻る。
気がつけば目と鼻の先に端整な顔があり、同じに見えるのに全く違う表情を浮かべた『ブラッド』に目を見張る。
本来ならこんな距離を許される関係じゃないのに、垣根などないように彼はアリスへ近づく。
それは目で見える距離だけじゃなく、見えないものについてもいえて、それが嫌で仕方ない。
それなのに、そんなアリスを知ってるはずの彼は、緩やかに口の端を持ち上げて実に彼らしく皮肉げな笑い方をした。
「私以外の記憶は留めておかなくていい」
「何を」
「君が気にしなくてはいけないのは、私だけだ。私だけを見て、私だけを意識していろ」
「無理よ」
「無理じゃない。なんなら協力してあげようか?私の城へ連れ帰り、私の所有する塔に幽閉させ、私てずから飼ってやろう。私が居なければ君は一日たりとも生きていけない。どうだ?」
「───最悪ね」
誰かに飼われる気はない。
しかも相手が彼なんて、最悪の極みだ。
彼は絶対に口にした通りに実行する。
自分以外にあわせずに、自分が居なければ生きていけないようにアリスを閉じ込める。
でもきっと飽きるに違いない。
アリスに飽きて、置いていくのだ。
自分が居なければ生きてけないように作り変え、興味がなくなれば捨ててしまう。
そんなの、絶対に御免だ。
「お断りよ」
「・・・そうか。いいアイデアだと思ったんだがな」
「やめて頂戴。そんなことする気なら、もう二度とあなたとお茶は飲まないわ」
アリスの言葉に虚をつかれたように目を丸めた青年は、くつくつと喉を震わせて笑った。
「なら駄目だな。私は君とのこの時間を大切にしている」
楽しげな笑みは嘘じゃない。
この表情は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけれど、それだけだ。
誰に言い聞かすでもなく、アリスは苦々しい表情を浮かべる。
その顔を見て笑みを深める男を前に、思い切り深いため息を吐き出しても、嫌味すら流す彼は無駄に余裕たっぷりだ。
「早く飽きて」
「何にだ?」
「このお茶会よ」
全てを篭めて囁いた言葉に、ブラットは破顔した。
「無理だな」
イナズマキャラバンの後ろに取り付けられキッチンを見て、円堂は瞳を輝かせた。
まるでサッカーをしているときと同じ表情に、夏未は訝しげに眉根を寄せる。
他の面々は食事に貪りついているのに同じくらい疲れているだろう彼女は、食事を摂るでもなく夏未を振り返った。
「なあ、夏未」
「何かしら?」
「これ、俺使っていい?」
「これって・・・もしかしてキッチンのこと?」
「そうそう!結構いい感じのキッチンじゃん。使わないなんてもったいないだろ」
ふふふっと楽しげに笑い、黒縁のお洒落眼鏡を指の腹で持ち上げた円堂はにかっと笑った。
オレンジ色のバンダナは珍しく外され手首に巻かれている。
返事を聞く前にキッチンの前に立った円堂に、夏未は慌てた。
「ちょ、あなた料理は出来るの?」
「───守は雷門より遥かに料理上手だと思うよ」
「!!?」
円堂に問いかけたはずなのに、後ろから返事が来てびくりと体を竦ませる。
慌てて振り返れば、おにぎりを両手に握った一之瀬が、リスのように頬を膨らませて立っていた。
彼の隣には幼馴染の土門も同じようにおにぎりを握って立っている。
初めて聞く事実に驚いていると、ん?と不思議そうに一之瀬が首を傾げた。
「何?」
「いえ・・・円堂君が料理をするなんて初めて聞いたから」
「守の料理は絶品だよ。和洋中何でもござれだし、お菓子も美味しい。な、土門」
「・・・まあ、かなりの腕前ってのは本当だよな。振舞われる料理は円堂の気分次第だけど」
にこにこと教えてくれた一之瀬に、やや疲れ気味に土門が相槌を打つ。
反応の差に首を傾げていると、ひとしきりキッチンの何処に何があるか確認し終わったらしい円堂が振り返った。
こちらの会話など一切気にしない図太い神経に呆れていると、すっと眼鏡を外して襟首に差し込む。
珍しく素顔を曝した彼女に驚いている夏未を気にする様子もなく、ぐっと顔を近づけてきた。
栗色の大きな瞳がきらきらと輝き、まろい頬は興奮に染まっている。
同性でありながらも、『あ、可愛い』と思える雰囲気に、夏未は苦笑した。
普段は掴みどころない飄々とした態度の癖に、まるで玩具を前にした子供みたいだ。
「夏未、林檎ある?」
「林檎?・・・確かあったと思うわ」
「じゃ、シナモンとバニラビーンズは見つけたから、小麦粉と卵と生クリームは?」
「えっと、確かそっちの棚に・・・。卵と生クリームは保冷庫にあると思うわ」
「んじゃ、持ってきて。一品デザート作ってやるよ」
「デザート?何を作るつもりなの?」
「それは出来てのお楽しみ」
ぱちりとウィンクした円堂は、用意された素材を持っていくと手馴れた仕草で調理を始める。
林檎の皮を器用に剥くと、薄切りにしてフライパンの中に入れる。
調味料と一緒に傷める間にフライパンに鍋をかけて卵や生クリーム、小麦粉を使い何かを作り始めた。
鍋とフライパンを同時に操る円堂は、途中で一之瀬の名を呼ぶと鍋の中身を、土門を呼ぶと彼の口にフライパンで炒めた林檎を突っ込んだ。
「ど?美味い?」
「うん、美味しい!でも、俺はもうちょっと甘くてもいいかな」
「了解。土門は?」
「・・・突っ込まれて咽たけど、味は絶妙」
「ならよし。んじゃこっちは完成。土門、これそっちに置いてくれる?」
「はいはい」
「んでついでに空いてるボール頂戴。生地作るから」
「はいよ」
「林檎フランベしたいけど、やっぱ未成年だしあれか。今回は止めとこう。代わりに生クリームにお菓子用の香りつけを入れよ」
炒めた林檎を強請る一之瀬の口に一つ放り込みながら、平たい皿の上に移していく。
空いてない新しい生クリームの封を開け、秤で計った砂糖を篩いに掛けてから別に準備した。
「一哉、生クリームの泡立て頼んでいい?」
「任せて!代わりに香りつけは俺の好きなの選んでいい?」
「おう、いいぞー。出来上がる前に一度味見はさせてな」
「うん。じゃ、土門頑張ろうか」
「はぁ?俺もやるのか?」
「生クリームの泡立ては大変だからね。腕に筋肉がついて女の子にもてるようになるよ」
「嘘付け。ったく、お前は本当に」
ぶつぶつと言いながらも手伝う土門を同情の眼差しで見詰めていると、ひょいと口元に押し込まれた。
目を白黒させながらも租借すると、しゃりしゃりした食感と甘さが絶妙な林檎に瞳を丸める。
いつの間にか目の前で一之瀬たちに渡したのとは別のボールをかき混ぜる円堂は、にこにことした笑顔を浮かべていた。
「美味いだろ」
「ええ」
断定系なそれに疑問も湧くことなく頷く。
喉越しもよく、もう一つ欲しくなるほどに美味だった。
無意識に視線が林檎が盛り付けられている皿の上に行き、楽しげな笑い声で我に返る。
かかっと頬を赤らめて睨み付けると、素顔の円堂の栗色の瞳と視線がぶつかった。
「そう言えば・・・どうして眼鏡を外したの?」
「ん?変?」
「別に変じゃないけど、いつも練習中でも外さないじゃない。何故かしらと思うのは普通でしょ?」
フライパンを再び暖めて、カットしたバターを乗せた円堂に問う。
バターのいい香りが漂い始める頃にボールから混ぜていた何かを掬いフライパンに広げた。
薄く延ばされたそれはあっという間に色づき、器用に円堂の手により剥がされる。
「俺、料理中に眼鏡が曇るの嫌いなんだよね。それだけ」
「ふぅん。・・・・・・ねえ」
「まだなんかあるの?」
「・・・あなた、気がついていたのでしょう?」
何を、とは口に出さない。
言わなくても、見た目以上に遥かに聡い彼女なら判るだろう。
レンズ越しではない栗色の瞳が夏未を見てひとつ瞬きをする。
先ほどのトレーニングメニューが白紙だったのを知っていたか、明確に答えはなかったが、無言こそが答えだ。
ひょいと肩を竦めた円堂は、器用にフライ返しを使いフライパンの上の物体を近くの皿に移動させた。
皿の上に乗せられた薄い生地を見て、夏未も漸く彼女が何を作っていたか気がつく。
「ホットクレープ?」
「うん。かなりオリジナル入ってるけど、簡単で美味いんだぜ。夏未は盛り付け担当な。中身は林檎と生クリームとカスタードね」
「どこにカスタードなんてあるのよ?」
「最初の鍋の中。早くしないと飢えた獣たちが匂いを嗅ぎ付けてやってくるぞ」
円堂の言葉に思わず視線をおにぎりを喰らい続ける仲間たちに向ける。
気がつけば鬼道と風丸の視線はしっかりとこちらに向いており、夏未はたらりと冷や汗を流した。
「はい、次の出来上がり」
「守、生クリームの味見して」
「リョーカイ。・・・ん、美味い!じゃ、一哉はこのまま生クリームを作りきって、土門は夏未と一緒にクレープの作成な」
「・・・お前といい一之瀬といい、人使いが荒すぎるぞ。言っとくけど、生クリーム混ぜたの八割俺だから」
「んじゃ、頑張り屋の土門くんには林檎一個追加ね。取り分を確保するためにも、頑張ったほうがいいぞー」
暢気な声に促されて隣に並んだ土門に、夏未は小さく笑った。
お菓子作りをするのも、こんな風に友達と並ぶのも初めてだ。
少々掴みどころがなく、女性らしいのかそうじゃないのか判らないユニセックスな存在は、いつだって夏未を飽きさせない。
彼女が男だったら、若しくは女性と知らなければ、恋をしていたかもしれない。
それくらい、夏未にとって円堂は魅力的な存在だった。
「楽しそうだな、雷門」
「・・・ええ、そうね。楽しいわ」
疲れた土門に微笑みかけると、夏未は次々と出来上がる生地にせっせとトッピングを詰めていく。
最後に円堂特製のシロップをかける頃には、仲間は全員こちらに気づいていて涎を垂らさんばかりの表情で期待の篭った眼差しを向けていた。
その日食べたクレープは、今まで食べたどんなおやつよりも甘くて美味しい味がした。
まるでサッカーをしているときと同じ表情に、夏未は訝しげに眉根を寄せる。
他の面々は食事に貪りついているのに同じくらい疲れているだろう彼女は、食事を摂るでもなく夏未を振り返った。
「なあ、夏未」
「何かしら?」
「これ、俺使っていい?」
「これって・・・もしかしてキッチンのこと?」
「そうそう!結構いい感じのキッチンじゃん。使わないなんてもったいないだろ」
ふふふっと楽しげに笑い、黒縁のお洒落眼鏡を指の腹で持ち上げた円堂はにかっと笑った。
オレンジ色のバンダナは珍しく外され手首に巻かれている。
返事を聞く前にキッチンの前に立った円堂に、夏未は慌てた。
「ちょ、あなた料理は出来るの?」
「───守は雷門より遥かに料理上手だと思うよ」
「!!?」
円堂に問いかけたはずなのに、後ろから返事が来てびくりと体を竦ませる。
慌てて振り返れば、おにぎりを両手に握った一之瀬が、リスのように頬を膨らませて立っていた。
彼の隣には幼馴染の土門も同じようにおにぎりを握って立っている。
初めて聞く事実に驚いていると、ん?と不思議そうに一之瀬が首を傾げた。
「何?」
「いえ・・・円堂君が料理をするなんて初めて聞いたから」
「守の料理は絶品だよ。和洋中何でもござれだし、お菓子も美味しい。な、土門」
「・・・まあ、かなりの腕前ってのは本当だよな。振舞われる料理は円堂の気分次第だけど」
にこにこと教えてくれた一之瀬に、やや疲れ気味に土門が相槌を打つ。
反応の差に首を傾げていると、ひとしきりキッチンの何処に何があるか確認し終わったらしい円堂が振り返った。
こちらの会話など一切気にしない図太い神経に呆れていると、すっと眼鏡を外して襟首に差し込む。
珍しく素顔を曝した彼女に驚いている夏未を気にする様子もなく、ぐっと顔を近づけてきた。
栗色の大きな瞳がきらきらと輝き、まろい頬は興奮に染まっている。
同性でありながらも、『あ、可愛い』と思える雰囲気に、夏未は苦笑した。
普段は掴みどころない飄々とした態度の癖に、まるで玩具を前にした子供みたいだ。
「夏未、林檎ある?」
「林檎?・・・確かあったと思うわ」
「じゃ、シナモンとバニラビーンズは見つけたから、小麦粉と卵と生クリームは?」
「えっと、確かそっちの棚に・・・。卵と生クリームは保冷庫にあると思うわ」
「んじゃ、持ってきて。一品デザート作ってやるよ」
「デザート?何を作るつもりなの?」
「それは出来てのお楽しみ」
ぱちりとウィンクした円堂は、用意された素材を持っていくと手馴れた仕草で調理を始める。
林檎の皮を器用に剥くと、薄切りにしてフライパンの中に入れる。
調味料と一緒に傷める間にフライパンに鍋をかけて卵や生クリーム、小麦粉を使い何かを作り始めた。
鍋とフライパンを同時に操る円堂は、途中で一之瀬の名を呼ぶと鍋の中身を、土門を呼ぶと彼の口にフライパンで炒めた林檎を突っ込んだ。
「ど?美味い?」
「うん、美味しい!でも、俺はもうちょっと甘くてもいいかな」
「了解。土門は?」
「・・・突っ込まれて咽たけど、味は絶妙」
「ならよし。んじゃこっちは完成。土門、これそっちに置いてくれる?」
「はいはい」
「んでついでに空いてるボール頂戴。生地作るから」
「はいよ」
「林檎フランベしたいけど、やっぱ未成年だしあれか。今回は止めとこう。代わりに生クリームにお菓子用の香りつけを入れよ」
炒めた林檎を強請る一之瀬の口に一つ放り込みながら、平たい皿の上に移していく。
空いてない新しい生クリームの封を開け、秤で計った砂糖を篩いに掛けてから別に準備した。
「一哉、生クリームの泡立て頼んでいい?」
「任せて!代わりに香りつけは俺の好きなの選んでいい?」
「おう、いいぞー。出来上がる前に一度味見はさせてな」
「うん。じゃ、土門頑張ろうか」
「はぁ?俺もやるのか?」
「生クリームの泡立ては大変だからね。腕に筋肉がついて女の子にもてるようになるよ」
「嘘付け。ったく、お前は本当に」
ぶつぶつと言いながらも手伝う土門を同情の眼差しで見詰めていると、ひょいと口元に押し込まれた。
目を白黒させながらも租借すると、しゃりしゃりした食感と甘さが絶妙な林檎に瞳を丸める。
いつの間にか目の前で一之瀬たちに渡したのとは別のボールをかき混ぜる円堂は、にこにことした笑顔を浮かべていた。
「美味いだろ」
「ええ」
断定系なそれに疑問も湧くことなく頷く。
喉越しもよく、もう一つ欲しくなるほどに美味だった。
無意識に視線が林檎が盛り付けられている皿の上に行き、楽しげな笑い声で我に返る。
かかっと頬を赤らめて睨み付けると、素顔の円堂の栗色の瞳と視線がぶつかった。
「そう言えば・・・どうして眼鏡を外したの?」
「ん?変?」
「別に変じゃないけど、いつも練習中でも外さないじゃない。何故かしらと思うのは普通でしょ?」
フライパンを再び暖めて、カットしたバターを乗せた円堂に問う。
バターのいい香りが漂い始める頃にボールから混ぜていた何かを掬いフライパンに広げた。
薄く延ばされたそれはあっという間に色づき、器用に円堂の手により剥がされる。
「俺、料理中に眼鏡が曇るの嫌いなんだよね。それだけ」
「ふぅん。・・・・・・ねえ」
「まだなんかあるの?」
「・・・あなた、気がついていたのでしょう?」
何を、とは口に出さない。
言わなくても、見た目以上に遥かに聡い彼女なら判るだろう。
レンズ越しではない栗色の瞳が夏未を見てひとつ瞬きをする。
先ほどのトレーニングメニューが白紙だったのを知っていたか、明確に答えはなかったが、無言こそが答えだ。
ひょいと肩を竦めた円堂は、器用にフライ返しを使いフライパンの上の物体を近くの皿に移動させた。
皿の上に乗せられた薄い生地を見て、夏未も漸く彼女が何を作っていたか気がつく。
「ホットクレープ?」
「うん。かなりオリジナル入ってるけど、簡単で美味いんだぜ。夏未は盛り付け担当な。中身は林檎と生クリームとカスタードね」
「どこにカスタードなんてあるのよ?」
「最初の鍋の中。早くしないと飢えた獣たちが匂いを嗅ぎ付けてやってくるぞ」
円堂の言葉に思わず視線をおにぎりを喰らい続ける仲間たちに向ける。
気がつけば鬼道と風丸の視線はしっかりとこちらに向いており、夏未はたらりと冷や汗を流した。
「はい、次の出来上がり」
「守、生クリームの味見して」
「リョーカイ。・・・ん、美味い!じゃ、一哉はこのまま生クリームを作りきって、土門は夏未と一緒にクレープの作成な」
「・・・お前といい一之瀬といい、人使いが荒すぎるぞ。言っとくけど、生クリーム混ぜたの八割俺だから」
「んじゃ、頑張り屋の土門くんには林檎一個追加ね。取り分を確保するためにも、頑張ったほうがいいぞー」
暢気な声に促されて隣に並んだ土門に、夏未は小さく笑った。
お菓子作りをするのも、こんな風に友達と並ぶのも初めてだ。
少々掴みどころがなく、女性らしいのかそうじゃないのか判らないユニセックスな存在は、いつだって夏未を飽きさせない。
彼女が男だったら、若しくは女性と知らなければ、恋をしていたかもしれない。
それくらい、夏未にとって円堂は魅力的な存在だった。
「楽しそうだな、雷門」
「・・・ええ、そうね。楽しいわ」
疲れた土門に微笑みかけると、夏未は次々と出来上がる生地にせっせとトッピングを詰めていく。
最後に円堂特製のシロップをかける頃には、仲間は全員こちらに気づいていて涎を垂らさんばかりの表情で期待の篭った眼差しを向けていた。
その日食べたクレープは、今まで食べたどんなおやつよりも甘くて美味しい味がした。
「狭いバスに乗ってばかりじゃ体が鈍るわ。トレーニングをしましょう」
唐突な言葉にひょいと片眉を持ち上げる。
バスが走るのは山道で、サッカーをするほどの空き地は見当たらない。
特別なトレーニング施設も見当たらないし、山中をジョギングでもさせるのだろうか。
今までにないいい笑顔を見せる瞳子を観察していると、彼女はちらりと視線を動かす。
慌てて立ち上がった春奈が、『トレーニングメニュー』とやらを片手で持ち上げて歪な笑みを浮かべた。
その仕草にピンと来る。
視線を周囲へやれば、暢気に喜んでいるのは塔子くらいで、他の面々はしらっとした態度だ。
あからさまにやる気がない態度に、春奈からトレーニングメニューを取り上げて瞳子は投げ捨てた。
からん、とプラスチックの下敷きが床に当たって音を立てる。
「いいわ。だったら自主トレをしてもらうわ。この山の自然を相手に」
好戦的に光る眼差しに、最初に乗っかったのは、やはりと言うか案の定染岡だった。
彼の勢いに釣られ、一人、また一人と仲間たちはバスを降りていった。
過保護な風丸や、シスコン気味の鬼道も何か考えがあるのかバスを降りていく。
のんびりとその光景を眺めていた円堂に、恐る恐ると声が掛けられた。
「あの・・・キャプテンは行かないんですか?皆、行っちゃいましたけど」
「俺?俺は別に監督のトレーニングメニューで文句ないもん。折角監督が用意してくれたものだし、それ俺にくれる?」
黒縁眼鏡を指の腹で押し上げながら、春奈へ手を差し出す。
すると息を呑んだ少女は、正直にも視線を彷徨わせた後、瞳子を見詰めた。
春奈の様子を黙って見物していた瞳子は、呆れた、とため息を吐いて肩を竦める。
「円堂君。あなたはイナズマイレブンのキャプテンなのよね?」
「ええ、そうですけど?」
「それならば自らトレーニングをするという気概くらいみせたらどうなの?」
「変な事を言いますね、監督。俺たちのトレーニングメニューを用意したって春奈に言わせたのに、態々組んでくださったトレーニングをさせたくないみたいだ」
「・・・何が言いたいの?」
柳眉を顰めた瞳子に微笑みかけると、バスに戻ってきたらしい塔子が入り口から顔を見せる。
車内の微妙な空気に気がつかずにつかつかと円堂に歩み寄ると、にこっと笑った。
「な、円堂。あたしと一緒にトレーニングしない?」
「おう、いいぜ!丁度俺も今から行こうと思ってたとこ」
「え?でも、キャプテン、今監督の・・・」
「ごめん、音無。実は俺も反骨精神に溢れる年齢なんだ。っつーわけで皆のとこに行ってくる。あ、晩飯の準備宜しくな!」
戸惑う春奈に微笑みかけると、塔子に腕を掴まれて歩き出す。
すれ違いざま、彼女にしか聞こえない声量でぼそりと囁いた。
「あれ、白紙だったんだろ?」
「ッ!!?」
「ビンゴか」
「───何話してんだ、円堂?」
「何でもない。さてさて、出遅れちゃったし行こうか塔子」
「うん!」
ポーカーフェイスを保つ瞳子の横を通り抜け、外へと出る。
仲間たちの姿はなく、どうやらもうそれぞれ自主トレを開始したらしい。
先日の試合で負けてしまったからこそのポテンシャルなのだろう。
負けを経験する人間は強くなれる。
負けたくない、と思うからこそもっと己を磨くし高みを目指すのだ。
視線を彷徨わせ、声がする方向に見当をつけてから少し開けた場所まで歩くとストレッチを開始した。
何事も基礎は大切だ。
しっかりと体の隅々を解していると、隣で同じようにストレッチをする塔子が好奇心に輝く瞳を向けてくる。
「なな、円堂」
「ん?」
「特訓を始める前にさ、皆がどんなトレーニングしてるか見てこないか?」
「お、そりゃいいね。面白そうだし、参考になる部分もあるかもしれないし」
「だろ!」
それに人間関係も見えてくる。
笑顔で頷く塔子に内心で付け加えると、何食わぬ顔でストレッチを終える。
手首と足首を軽く回してから、とんとんとつま先を地面につけて馴染ませた。
「んじゃ、ジョギングがてらに行くか。そしたら俺たちが自主トレ始める頃には体も温まってるし」
「円堂、あったまいい!それならすぐに行こ!」
踵を返して走り出した塔子の隣で並走していると、一番最初に見つけたのは一之瀬と土門の幼馴染ペア。
目隠しをした一之瀬に向かい土門がボールを蹴る。
木の間をバウンドしながら動くボールを、目隠ししたまま一之瀬はオーバーヘッドで蹴り返した。
勢いのあるボールが木にぶち当たる様を見て、思わず口笛を吹き鳴らす。
「さすが一哉。フィールドの魔術師って言われるだけはあるな」
「うん。やっぱり一之瀬の技術は凄いね。目隠ししても正確にボールの芯を捉えてる」
「土門も凄いな。蹴ったボールがどうやれば一哉に届くか計算できなきゃああはいかない。ナイスアシスト、とでも言うべきかな」
「適当に蹴ったのが一之瀬に向かったんじゃないのか?」
「ふふ、どうだろうな」
二発目も正確に空気を切り裂いて一之瀬へ向かうのを見送りながら応えると、そのまま先へ進む。
次に見かけたのは山道を走る一年生コンビ。
壁山も栗松もジョギングは好きじゃないはずだが、山道を地道に走っていた。
愚痴りながらも必死に体力づくりをする彼らに苦笑した。
どんな理由であれ必死になるのはいいことだ。
彼らに足りないのはスタミナ。無意識でもそれを身に着けるための努力をしているなら、口出しは不要だろう。
「・・・あいつら息を切らしながらも話しながら走ってるな」
「ふふ、くっちゃべりながら走る方がきついだろうにね」
あれはあれで肺活量が鍛えられそうだ、と塔子と笑いあっていると、次に見つけたのは鬼道と染岡の二人組み。
どうやら弟は先走りがちな染岡のストッパーになるのを選んだらしい。
滝の前に立ち何をするのかと思えば、ボールを滝へ蹴りこんだ。
キック力アップの練習でもしているのだろう。
鯉の滝登りを思い出させる勢いで上がったボールを見て、隣の塔子がぽつりと呟く。
「あのボール、どうやって取りに行くんだ?」
「ははは・・・」
本当にどうするのか判らないが、豪炎寺が抜けた事実に対して鬱憤を晴らすには丁度良さそうだ。
豪炎寺がいないのは、思ったより弟にも堪えていたらしい。
一石二鳥な特訓に目を細めると、先に走っていた塔子の背を追いかける。
「やっぱ、弟は気になるのか?」
「どうして?」
「家族だから。円堂は染岡も心配してるけど、鬼道のことも心配してるみたいに見えた」
「───塔子は鋭いなぁ。でも、心配してるのは有人だけじゃないぜ?塔子のことも心配してる」
「へへ、ありがと。でもあたしなら大丈夫。あいつらに絶対に勝とうな、円堂」
「ああ」
素直に礼を告げてくる塔子の頭を撫でる。
はにかんだ笑みを浮かべた少女は、話をすりかえられたのに気づいていないらしい。
だが思わぬ鋭さを見せられ、もう少し自嘲しなくてはと円堂は改めて気を引き締めた。
イナズマイレブンのメンバーは誰も大切な仲間だが、その中でもやはり鬼道は特別だ。
あちらが円堂を特別視するのと同じで、ある意味刷り込まれているようなものだ。
円堂が鬼道を大事だと思うのは息をするのと同じくらい自然で、自分の人生の一部になっている。
いい加減弟離れしなければ、と思うのだが、こればかりは上手くいかない。
内心で自嘲する円堂に気づかずに、塔子は新しい人物を見つけたらしく走り出した。
「あれ、風丸じゃない?」
「どれどれ?」
木々の隙間から見える姿に目を凝らすと、ロープから吊り下げられたボールを走って追う幼馴染の姿を発見した。
坂道を転げ落ちるようなスピードで足を動かす姿は、さすが、の一言。
本来なら陸上部に入りたいと言っていた彼らしい走りっぷりだ。
スピードを上げて行く風丸に塔子が声を上げる。
凄い、と褒める彼女の言葉に頷きながら、円堂は嫌な違和感を感じていた。
風丸はあんな顔で走る少年だっただろうか。
ボールに追いつき蹴り返した風丸の表情は晴れない。
思いつめた雰囲気に足を踏み出しかけ、袖を引かれてたたらを踏んだ。
「何処行くんだよ、円堂。あたしたちも特訓を始めよう!!」
「・・・ああ」
笑顔で促され、引かれるままに風丸に背を向けた。
この判断を後に後悔することになるが、今の円堂は知る由もなかった。
唐突な言葉にひょいと片眉を持ち上げる。
バスが走るのは山道で、サッカーをするほどの空き地は見当たらない。
特別なトレーニング施設も見当たらないし、山中をジョギングでもさせるのだろうか。
今までにないいい笑顔を見せる瞳子を観察していると、彼女はちらりと視線を動かす。
慌てて立ち上がった春奈が、『トレーニングメニュー』とやらを片手で持ち上げて歪な笑みを浮かべた。
その仕草にピンと来る。
視線を周囲へやれば、暢気に喜んでいるのは塔子くらいで、他の面々はしらっとした態度だ。
あからさまにやる気がない態度に、春奈からトレーニングメニューを取り上げて瞳子は投げ捨てた。
からん、とプラスチックの下敷きが床に当たって音を立てる。
「いいわ。だったら自主トレをしてもらうわ。この山の自然を相手に」
好戦的に光る眼差しに、最初に乗っかったのは、やはりと言うか案の定染岡だった。
彼の勢いに釣られ、一人、また一人と仲間たちはバスを降りていった。
過保護な風丸や、シスコン気味の鬼道も何か考えがあるのかバスを降りていく。
のんびりとその光景を眺めていた円堂に、恐る恐ると声が掛けられた。
「あの・・・キャプテンは行かないんですか?皆、行っちゃいましたけど」
「俺?俺は別に監督のトレーニングメニューで文句ないもん。折角監督が用意してくれたものだし、それ俺にくれる?」
黒縁眼鏡を指の腹で押し上げながら、春奈へ手を差し出す。
すると息を呑んだ少女は、正直にも視線を彷徨わせた後、瞳子を見詰めた。
春奈の様子を黙って見物していた瞳子は、呆れた、とため息を吐いて肩を竦める。
「円堂君。あなたはイナズマイレブンのキャプテンなのよね?」
「ええ、そうですけど?」
「それならば自らトレーニングをするという気概くらいみせたらどうなの?」
「変な事を言いますね、監督。俺たちのトレーニングメニューを用意したって春奈に言わせたのに、態々組んでくださったトレーニングをさせたくないみたいだ」
「・・・何が言いたいの?」
柳眉を顰めた瞳子に微笑みかけると、バスに戻ってきたらしい塔子が入り口から顔を見せる。
車内の微妙な空気に気がつかずにつかつかと円堂に歩み寄ると、にこっと笑った。
「な、円堂。あたしと一緒にトレーニングしない?」
「おう、いいぜ!丁度俺も今から行こうと思ってたとこ」
「え?でも、キャプテン、今監督の・・・」
「ごめん、音無。実は俺も反骨精神に溢れる年齢なんだ。っつーわけで皆のとこに行ってくる。あ、晩飯の準備宜しくな!」
戸惑う春奈に微笑みかけると、塔子に腕を掴まれて歩き出す。
すれ違いざま、彼女にしか聞こえない声量でぼそりと囁いた。
「あれ、白紙だったんだろ?」
「ッ!!?」
「ビンゴか」
「───何話してんだ、円堂?」
「何でもない。さてさて、出遅れちゃったし行こうか塔子」
「うん!」
ポーカーフェイスを保つ瞳子の横を通り抜け、外へと出る。
仲間たちの姿はなく、どうやらもうそれぞれ自主トレを開始したらしい。
先日の試合で負けてしまったからこそのポテンシャルなのだろう。
負けを経験する人間は強くなれる。
負けたくない、と思うからこそもっと己を磨くし高みを目指すのだ。
視線を彷徨わせ、声がする方向に見当をつけてから少し開けた場所まで歩くとストレッチを開始した。
何事も基礎は大切だ。
しっかりと体の隅々を解していると、隣で同じようにストレッチをする塔子が好奇心に輝く瞳を向けてくる。
「なな、円堂」
「ん?」
「特訓を始める前にさ、皆がどんなトレーニングしてるか見てこないか?」
「お、そりゃいいね。面白そうだし、参考になる部分もあるかもしれないし」
「だろ!」
それに人間関係も見えてくる。
笑顔で頷く塔子に内心で付け加えると、何食わぬ顔でストレッチを終える。
手首と足首を軽く回してから、とんとんとつま先を地面につけて馴染ませた。
「んじゃ、ジョギングがてらに行くか。そしたら俺たちが自主トレ始める頃には体も温まってるし」
「円堂、あったまいい!それならすぐに行こ!」
踵を返して走り出した塔子の隣で並走していると、一番最初に見つけたのは一之瀬と土門の幼馴染ペア。
目隠しをした一之瀬に向かい土門がボールを蹴る。
木の間をバウンドしながら動くボールを、目隠ししたまま一之瀬はオーバーヘッドで蹴り返した。
勢いのあるボールが木にぶち当たる様を見て、思わず口笛を吹き鳴らす。
「さすが一哉。フィールドの魔術師って言われるだけはあるな」
「うん。やっぱり一之瀬の技術は凄いね。目隠ししても正確にボールの芯を捉えてる」
「土門も凄いな。蹴ったボールがどうやれば一哉に届くか計算できなきゃああはいかない。ナイスアシスト、とでも言うべきかな」
「適当に蹴ったのが一之瀬に向かったんじゃないのか?」
「ふふ、どうだろうな」
二発目も正確に空気を切り裂いて一之瀬へ向かうのを見送りながら応えると、そのまま先へ進む。
次に見かけたのは山道を走る一年生コンビ。
壁山も栗松もジョギングは好きじゃないはずだが、山道を地道に走っていた。
愚痴りながらも必死に体力づくりをする彼らに苦笑した。
どんな理由であれ必死になるのはいいことだ。
彼らに足りないのはスタミナ。無意識でもそれを身に着けるための努力をしているなら、口出しは不要だろう。
「・・・あいつら息を切らしながらも話しながら走ってるな」
「ふふ、くっちゃべりながら走る方がきついだろうにね」
あれはあれで肺活量が鍛えられそうだ、と塔子と笑いあっていると、次に見つけたのは鬼道と染岡の二人組み。
どうやら弟は先走りがちな染岡のストッパーになるのを選んだらしい。
滝の前に立ち何をするのかと思えば、ボールを滝へ蹴りこんだ。
キック力アップの練習でもしているのだろう。
鯉の滝登りを思い出させる勢いで上がったボールを見て、隣の塔子がぽつりと呟く。
「あのボール、どうやって取りに行くんだ?」
「ははは・・・」
本当にどうするのか判らないが、豪炎寺が抜けた事実に対して鬱憤を晴らすには丁度良さそうだ。
豪炎寺がいないのは、思ったより弟にも堪えていたらしい。
一石二鳥な特訓に目を細めると、先に走っていた塔子の背を追いかける。
「やっぱ、弟は気になるのか?」
「どうして?」
「家族だから。円堂は染岡も心配してるけど、鬼道のことも心配してるみたいに見えた」
「───塔子は鋭いなぁ。でも、心配してるのは有人だけじゃないぜ?塔子のことも心配してる」
「へへ、ありがと。でもあたしなら大丈夫。あいつらに絶対に勝とうな、円堂」
「ああ」
素直に礼を告げてくる塔子の頭を撫でる。
はにかんだ笑みを浮かべた少女は、話をすりかえられたのに気づいていないらしい。
だが思わぬ鋭さを見せられ、もう少し自嘲しなくてはと円堂は改めて気を引き締めた。
イナズマイレブンのメンバーは誰も大切な仲間だが、その中でもやはり鬼道は特別だ。
あちらが円堂を特別視するのと同じで、ある意味刷り込まれているようなものだ。
円堂が鬼道を大事だと思うのは息をするのと同じくらい自然で、自分の人生の一部になっている。
いい加減弟離れしなければ、と思うのだが、こればかりは上手くいかない。
内心で自嘲する円堂に気づかずに、塔子は新しい人物を見つけたらしく走り出した。
「あれ、風丸じゃない?」
「どれどれ?」
木々の隙間から見える姿に目を凝らすと、ロープから吊り下げられたボールを走って追う幼馴染の姿を発見した。
坂道を転げ落ちるようなスピードで足を動かす姿は、さすが、の一言。
本来なら陸上部に入りたいと言っていた彼らしい走りっぷりだ。
スピードを上げて行く風丸に塔子が声を上げる。
凄い、と褒める彼女の言葉に頷きながら、円堂は嫌な違和感を感じていた。
風丸はあんな顔で走る少年だっただろうか。
ボールに追いつき蹴り返した風丸の表情は晴れない。
思いつめた雰囲気に足を踏み出しかけ、袖を引かれてたたらを踏んだ。
「何処行くんだよ、円堂。あたしたちも特訓を始めよう!!」
「・・・ああ」
笑顔で促され、引かれるままに風丸に背を向けた。
この判断を後に後悔することになるが、今の円堂は知る由もなかった。
「エドガー遅い」
「・・・すまない」
ピアノの鍵盤を滑るように動かしていた指を止め、横で睨んでいる許婚に謝罪する。
ノンフレームの繊細な眼鏡の奥から栗色の瞳を不機嫌そうに眇めた守は、嘆息すると手をピアノから下ろした。
「お前が自分から連弾をするって言ったんだろ?どうしてそんなに集中できないんだよ」
「・・・悪いと思っている」
「謝罪は結構だ。曲も希望通りに『水の戯れ』に変えたんだ。ラヴェルがお得意なら、ちゃんと俺の演奏について来い」
愛らしい桜色のシフォンドレスに身を包んだ守は、砂糖子のような見た目と反して辛辣な言葉をぶつけた。
苛立ちを露にする守にもう一度謝罪すると、エドガーは再び鍵盤の上に指を置く。
二人きりの防音室にメトロノームの音が響き、守の合図で指を動かした。
エドガーが守の不興を買いながらもピアノの連弾の練習をしているのは訳がある。
今日この日、守と連弾を披露すると、彼女の許可も得ず勝手に父と約束してしまったのだ。
彼女がピアノを好まぬ上に、他人と合わせるのを嫌っているのを知りつつの強行に守は気分を害していた。
しかもつい先ほど恩師の勤める学校から帰宅してから伝えたので、最愛の弟との約束も果たせずにいる。
有人に関してベタ甘な守はその事実に特に立腹していたが、それでもエドガーと時間を取り僅かな時間で練習を続けていた。
もっとも理由が先日のバルチナス家主催新年会の衣装合わせの代償と知っているから、突っぱねたり出来ないと理解している筈だ。
自分の我侭が原因と理解していて、だからこそ普段なら笑顔であれこれとかわす内容を請け負ったのだろう。
父のリクエストとして幾度かエドガーとの共演を望まれていたが、今までの守ならのらりくらりと流していたのに、今回ばかりは観念せざるを得なかった。
繊細で水が跳ねるように軽やかな音を奏でる腕前は流石の一言。
エドガーとてピアノの腕に覚えがあるのだが、正直ついていくのがやっとだ。
サッカーや勉強の合間のいつピアノの練習をしているか知らないが、出会った当初ですら素晴らしい以外表現しようがなかったのに、また腕を上げている。
ついていくのがやっとな情感豊かな鮮やかな演奏に楽譜を確認した瞬間、またエドガーの指がもつれた。
「・・・エドガー」
「すまない」
「すまない、じゃない。まだ一回も成功してないぞ?あと一時間もないっていうのに、本気で間に合わせる気があるのか?」
鋭い言葉を厳しいと感じるのは筋違いだ。
守が言っているのは一々がもっともで、足を引っ張っている自覚がある。
それでもこれが弟の有人であれば、守もここまでは責めないだろう。
むしろ楽しめばいいと適当なレベルで有人のフォローをしながら鮮やかに演奏するはずだ。
エドガーに対して辛辣なのは、彼女が自分を認めてくれているから。
対等として見ているからこそ求められるレベルに、エドガーも否はない。
「・・・集中力が切れてる。休憩入れる?」
「いいのか?」
「そっちのが効率よくやれるだろ。ついでにお前の髪も俺とおそろにしてやるよ」
「おそろ?」
「お揃いってこと。今日の俺の髪型は三つ編みだから、お前のもやってやるよ。あー、と確かブラシはあそこだったよな」
部屋の奥にある棚の前に進むと、上から二段目を開けて漁る。
暫くして探し物を見つけたらしく、ついでに近くにあった冷蔵庫から冷えているペットボトルのミネラルウォーターを二つ取り出すと、手を拱いて用意してある小さなテーブルセットの椅子の一つにエドガーを座らせた。
手渡されたミネラルウォーターのキャップを外すと喉を潤す。
ごくごくと勢いよく半分を一息にのみ、ふうと一息ついた。
どうやら自分で思っていたよりずっとのどが渇いていたらしい。
エドガーがミネラルウォーターをテーブルの上に置いたのを見計り、守が今日は下ろしていた髪にブラシを通す。
手馴れた様子で繊細に動く手に目を細めていると、ぽそりと後ろから声が聞こえた。
「ごめんな」
「・・・マモル?」
「お前が親父さんと約束したの、俺の立場を守るためだろ?あの人のことだから俺の行動なんてお見通しのはずだ。子供っぽい我侭で我を通した俺にお前を巻き込んだだけなのに、お前の立場も悪くした」
今彼女はどんな顔をしているのだろう。
普段からは考えられないくらい意気消沈した声に、エドガーは驚愕する。
確かに、先日守が行った行動は『子供っぽい我侭』と父には取られていた。
彼は守とヒロトの繋がりを知らず、だからこそエドガーまで連れまわしてサッカーの試合に参加したと、表面的な部分だけを見ている。
守らしくない浅慮な行動だ。
それが彼の第一声で、厳しい眼差しは彼女の行動を享受したエドガーにも向けられた。
守の我侭を聞き入れるだけが優しさじゃない。
真摯な眼差しで向けられた言葉は本心だったろう。
しかし父とて守が考えなしに行動すると心から考えてるわけではない。
だからこそ今回挽回の機会を与え、短い時間でも成果を上げれる有能さを発揮しろと言外に示した。
自分の所為だと落ち込む珍しい姿に、エドガーは瞳を綻ばせる。
思わず口を掌で覆い笑うと、何がおかしいんだと拗ねた声が聞こえた。
「いいや・・・君のそんな愁傷な態度は珍しいと思ってな」
「・・・俺が愁傷だとおかしいのか」
「そんなことは言っていないだろう?」
「ならなんなんだよ。笑ってるだろうが」
「───君が、どうしようもなく愛しいと感じただけだ」
ぽろり、と素直に言葉が零れる。
普段は意地を張って口にしない想いは、常にエドガーの心の中心にあるものだ。
悔しいけれど、彼女が一目惚れした偶像と正反対の活発な性格でも、世界の中心が弟とサッカーでも、何でも器用にこなして飄々としているくせに実は結構プライドが高くて完璧主義者なとこだとか、笑顔で負けず嫌いな部分も、天才と言われてても影で常人の数倍努力しているとこも、好きなのだ。
そうじゃなければ誰がこんなに面倒な相手に付き合い、ついていくものか。
自由奔放な守が好きだ。
しがらみの中でも楽しみを見つけれる彼女が大切だ。
たった七歳で将来を決めてしまうほどに、惚れ抜いてしまってる。
「・・・くさい」
「何がだ?」
「お前が。普段はツンデレてるくせに、変に素直になるから嫌だ」
「───マモル」
「何だよ」
「照れてるのか?」
「照れてないよ!」
早すぎる返答に、エドガーはまた笑った。
どうやら珍しくもこの許婚の上手を取れたらしい。
一年に一度あるかなしかの快挙だが、きゅっと髪が引っ張られて喜びに浸っていられない。
「リボン」
「準備してないのか?」
「お前、髪を結んでなくても俺がプレゼントしたリボンを手首に巻いてるだろ。それで結ぶ」
「・・・そうか」
一度も教えたことないのに、気がつかれていたらしい。
慧眼な守に込み上げる喜びが押さえきれない。
そんなにしょっちゅう会えるわけではないのだが、彼女はちゃんとエドガーを見てくれている。
タキシードの下で結んでいた真っ白のリボンをしゅるりと外す。
蝶が飛ぶ様をレースで描いたそれは、誕生日プレゼントとして彼女から貰った一品だ。
きゅっと後ろ髪が引っ張られる感じがして、よしと声が聞こえる。
「はい、お終い。俺のは緩やかな感じだから、お前のはスタイリッシュに纏めた。鏡はいるか?」
「いいや。君が結んでくれたのなら、確認は不要だろう」
「とんでもない髪形になってるかもよ?」
「君がしたならそれも一興」
「・・・いきなりデレ期到来?マジウザッ」
素直じゃない言葉だが今日は傷つかない。
感情を隠すのが上手い彼女らしくなく、声に照れが滲み出ていた。
「次の一回で決めるぞ」
「ああ」
「そんで空いた時間は有人とラブラブする。有人が俺を待ってるぜ」
「・・・本当に、君はそればかりだ」
椅子から立ち上がり、ドレス姿でありながらのしのしと椅子に向かう守の背中を見て苦笑する。
一番が別にある相手に惚れるのは楽じゃない。
それでも手放せないのだから、もう本当に仕方ない。
馬鹿な己に呆れるばかりだが、諦めるしかないのだろう。
先に座った守の隣に腰掛けると、再びメトロノームを鳴らす。
彼女の合図で始まった演奏は、エドガーの心を潤す繊細で愛らしい響きを奏でた。
「・・・すまない」
ピアノの鍵盤を滑るように動かしていた指を止め、横で睨んでいる許婚に謝罪する。
ノンフレームの繊細な眼鏡の奥から栗色の瞳を不機嫌そうに眇めた守は、嘆息すると手をピアノから下ろした。
「お前が自分から連弾をするって言ったんだろ?どうしてそんなに集中できないんだよ」
「・・・悪いと思っている」
「謝罪は結構だ。曲も希望通りに『水の戯れ』に変えたんだ。ラヴェルがお得意なら、ちゃんと俺の演奏について来い」
愛らしい桜色のシフォンドレスに身を包んだ守は、砂糖子のような見た目と反して辛辣な言葉をぶつけた。
苛立ちを露にする守にもう一度謝罪すると、エドガーは再び鍵盤の上に指を置く。
二人きりの防音室にメトロノームの音が響き、守の合図で指を動かした。
エドガーが守の不興を買いながらもピアノの連弾の練習をしているのは訳がある。
今日この日、守と連弾を披露すると、彼女の許可も得ず勝手に父と約束してしまったのだ。
彼女がピアノを好まぬ上に、他人と合わせるのを嫌っているのを知りつつの強行に守は気分を害していた。
しかもつい先ほど恩師の勤める学校から帰宅してから伝えたので、最愛の弟との約束も果たせずにいる。
有人に関してベタ甘な守はその事実に特に立腹していたが、それでもエドガーと時間を取り僅かな時間で練習を続けていた。
もっとも理由が先日のバルチナス家主催新年会の衣装合わせの代償と知っているから、突っぱねたり出来ないと理解している筈だ。
自分の我侭が原因と理解していて、だからこそ普段なら笑顔であれこれとかわす内容を請け負ったのだろう。
父のリクエストとして幾度かエドガーとの共演を望まれていたが、今までの守ならのらりくらりと流していたのに、今回ばかりは観念せざるを得なかった。
繊細で水が跳ねるように軽やかな音を奏でる腕前は流石の一言。
エドガーとてピアノの腕に覚えがあるのだが、正直ついていくのがやっとだ。
サッカーや勉強の合間のいつピアノの練習をしているか知らないが、出会った当初ですら素晴らしい以外表現しようがなかったのに、また腕を上げている。
ついていくのがやっとな情感豊かな鮮やかな演奏に楽譜を確認した瞬間、またエドガーの指がもつれた。
「・・・エドガー」
「すまない」
「すまない、じゃない。まだ一回も成功してないぞ?あと一時間もないっていうのに、本気で間に合わせる気があるのか?」
鋭い言葉を厳しいと感じるのは筋違いだ。
守が言っているのは一々がもっともで、足を引っ張っている自覚がある。
それでもこれが弟の有人であれば、守もここまでは責めないだろう。
むしろ楽しめばいいと適当なレベルで有人のフォローをしながら鮮やかに演奏するはずだ。
エドガーに対して辛辣なのは、彼女が自分を認めてくれているから。
対等として見ているからこそ求められるレベルに、エドガーも否はない。
「・・・集中力が切れてる。休憩入れる?」
「いいのか?」
「そっちのが効率よくやれるだろ。ついでにお前の髪も俺とおそろにしてやるよ」
「おそろ?」
「お揃いってこと。今日の俺の髪型は三つ編みだから、お前のもやってやるよ。あー、と確かブラシはあそこだったよな」
部屋の奥にある棚の前に進むと、上から二段目を開けて漁る。
暫くして探し物を見つけたらしく、ついでに近くにあった冷蔵庫から冷えているペットボトルのミネラルウォーターを二つ取り出すと、手を拱いて用意してある小さなテーブルセットの椅子の一つにエドガーを座らせた。
手渡されたミネラルウォーターのキャップを外すと喉を潤す。
ごくごくと勢いよく半分を一息にのみ、ふうと一息ついた。
どうやら自分で思っていたよりずっとのどが渇いていたらしい。
エドガーがミネラルウォーターをテーブルの上に置いたのを見計り、守が今日は下ろしていた髪にブラシを通す。
手馴れた様子で繊細に動く手に目を細めていると、ぽそりと後ろから声が聞こえた。
「ごめんな」
「・・・マモル?」
「お前が親父さんと約束したの、俺の立場を守るためだろ?あの人のことだから俺の行動なんてお見通しのはずだ。子供っぽい我侭で我を通した俺にお前を巻き込んだだけなのに、お前の立場も悪くした」
今彼女はどんな顔をしているのだろう。
普段からは考えられないくらい意気消沈した声に、エドガーは驚愕する。
確かに、先日守が行った行動は『子供っぽい我侭』と父には取られていた。
彼は守とヒロトの繋がりを知らず、だからこそエドガーまで連れまわしてサッカーの試合に参加したと、表面的な部分だけを見ている。
守らしくない浅慮な行動だ。
それが彼の第一声で、厳しい眼差しは彼女の行動を享受したエドガーにも向けられた。
守の我侭を聞き入れるだけが優しさじゃない。
真摯な眼差しで向けられた言葉は本心だったろう。
しかし父とて守が考えなしに行動すると心から考えてるわけではない。
だからこそ今回挽回の機会を与え、短い時間でも成果を上げれる有能さを発揮しろと言外に示した。
自分の所為だと落ち込む珍しい姿に、エドガーは瞳を綻ばせる。
思わず口を掌で覆い笑うと、何がおかしいんだと拗ねた声が聞こえた。
「いいや・・・君のそんな愁傷な態度は珍しいと思ってな」
「・・・俺が愁傷だとおかしいのか」
「そんなことは言っていないだろう?」
「ならなんなんだよ。笑ってるだろうが」
「───君が、どうしようもなく愛しいと感じただけだ」
ぽろり、と素直に言葉が零れる。
普段は意地を張って口にしない想いは、常にエドガーの心の中心にあるものだ。
悔しいけれど、彼女が一目惚れした偶像と正反対の活発な性格でも、世界の中心が弟とサッカーでも、何でも器用にこなして飄々としているくせに実は結構プライドが高くて完璧主義者なとこだとか、笑顔で負けず嫌いな部分も、天才と言われてても影で常人の数倍努力しているとこも、好きなのだ。
そうじゃなければ誰がこんなに面倒な相手に付き合い、ついていくものか。
自由奔放な守が好きだ。
しがらみの中でも楽しみを見つけれる彼女が大切だ。
たった七歳で将来を決めてしまうほどに、惚れ抜いてしまってる。
「・・・くさい」
「何がだ?」
「お前が。普段はツンデレてるくせに、変に素直になるから嫌だ」
「───マモル」
「何だよ」
「照れてるのか?」
「照れてないよ!」
早すぎる返答に、エドガーはまた笑った。
どうやら珍しくもこの許婚の上手を取れたらしい。
一年に一度あるかなしかの快挙だが、きゅっと髪が引っ張られて喜びに浸っていられない。
「リボン」
「準備してないのか?」
「お前、髪を結んでなくても俺がプレゼントしたリボンを手首に巻いてるだろ。それで結ぶ」
「・・・そうか」
一度も教えたことないのに、気がつかれていたらしい。
慧眼な守に込み上げる喜びが押さえきれない。
そんなにしょっちゅう会えるわけではないのだが、彼女はちゃんとエドガーを見てくれている。
タキシードの下で結んでいた真っ白のリボンをしゅるりと外す。
蝶が飛ぶ様をレースで描いたそれは、誕生日プレゼントとして彼女から貰った一品だ。
きゅっと後ろ髪が引っ張られる感じがして、よしと声が聞こえる。
「はい、お終い。俺のは緩やかな感じだから、お前のはスタイリッシュに纏めた。鏡はいるか?」
「いいや。君が結んでくれたのなら、確認は不要だろう」
「とんでもない髪形になってるかもよ?」
「君がしたならそれも一興」
「・・・いきなりデレ期到来?マジウザッ」
素直じゃない言葉だが今日は傷つかない。
感情を隠すのが上手い彼女らしくなく、声に照れが滲み出ていた。
「次の一回で決めるぞ」
「ああ」
「そんで空いた時間は有人とラブラブする。有人が俺を待ってるぜ」
「・・・本当に、君はそればかりだ」
椅子から立ち上がり、ドレス姿でありながらのしのしと椅子に向かう守の背中を見て苦笑する。
一番が別にある相手に惚れるのは楽じゃない。
それでも手放せないのだから、もう本当に仕方ない。
馬鹿な己に呆れるばかりだが、諦めるしかないのだろう。
先に座った守の隣に腰掛けると、再びメトロノームを鳴らす。
彼女の合図で始まった演奏は、エドガーの心を潤す繊細で愛らしい響きを奏でた。
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