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「お前は勝ち続けねばならない」
「判ってる。俺は負けない」
「お前はサッカーの才能がある。だがキーパーだけは許さん。お前が力を解放した瞬間、それは私との別離と思え」
「別離?俺を手放すことなんで出来ないくせに」
「お前にキーパー技は必要ない。覚えた技は、今日限り忘れろ」
「いいよ。俺はキーパーじゃなくてもいい。サッカーが出来れば、それでいいから」


栗色の髪を撫でる手の感触に目を細め、そっと頷く。
キーパー技を忘れろと言うこの人にこそ覚えさせられた技は、きっとこのまま自分の中で未消化なまま埋もれていくのだろう。
是、と答えた自分に満足げに目を細めた影山は、膝の上に抱いた守を床に降ろした。

両親を事故で失い孤児となった自分の才能に目をつけて鬼道家へ引き取らせた男。
自分の祖父を殺したこの男こそ両親を消したのではないかと考えたこともあるが、どうやらそれはなく本当に偶然だったらしい。
両親の記憶として残っているのはサッカーをしたいと望む自分を諌める姿だけ。
だから今自由にフィールドを駆け巡る羽を得た守は、むしろ影山に拾われたことに感謝していた。
自分を復讐の道具としてしか見てなくとも、彼の与えてくれたものは大きい。

サッカーを望む自分にサッカーを教えてくれた。
勝つための手段、そして能力を与えてくれた。
自身の力を解き放てる場と、仲間を用意してくれた。
水を得た魚のように伸びやかに動けるのは、生まれて物心付いてから希求し続けたサッカーをプレイできるからだろう。
サッカーをしていれば全てがどうでもよくなる。
鬼道家の長子として様々な分野でのナンバーワンが求められたが、何もかも受け入れられた。

幸いにして守はサッカー以外の才能も溢れていたらしく、勉強も他のスポーツに関しても他人に遅れを取ったことはない。
アメリカでスキップ制度を利用してはどうかと家庭教師に薦められるほど全てにおいて秀でていた。
だが義理の父がそれとなく意思を問いかけてきた際に諾と答えなかったのは、やはりサッカーがあるからだ。
まだまだ日本で吸収できるものはある。
いずれ海外留学は視野に入れているが、今はまだ時期じゃなかった。


「お前が九歳になったら、イタリアにサッカーで渡らせてやろう」
「本当!?イタリアって言ったら、サッカー大国じゃん」
「本当だ。ただし、お前が私の求めるレベルまで上ってこれたらの話だ。数年は日本とイタリアを行き来し、最年少でジュニアユースに入れ」
「イタリアのジュニアユースか・・・。それって、やっぱ凄くレベルが高いの?」
「当然だ。今のお前が行っても歯が立たない程度には、な」
「そっか。そっかぁ!」


馬鹿にしたように鼻を鳴らした影山に、嬉しくなって笑う。
もう日本での一対多で高学年の相手をしてもプレイに面白みを感じていない守が、それでもまだ歯が立たないという。
更なる高みへの可能性を示され、サッカーに関してだけ貪欲な自分の心が喜ぶ。
まだまだ上がある。まだまだ上手くなれる。
何かを志すものであれば誰だって秘めている望みは、勿論守の中にだってある。
やるからには負けたくない。世界に認められるプレイヤーになりたい。


「イタリアでの経験で、お前はヨーロッパに名を轟かすだろう。そして、次は世界へ」
「うー・・・楽しみだな、総帥!ポジションはどうしようか?何でも出来るけど、絞った方がいいよな!」
「ミッドフィルダーだ。攻守に優れるお前に一番合うだろう。───円堂大介の孫が、私のサッカーで世界に羽ばたく。私も、今から楽しみだよ」
「誰の孫だろうが俺は俺だ。でも利用していいよ。俺も総帥を利用するから。俺をもっともっと強くしてよ。あなたが望む場所の、遥かな上まで行きたいんだ」
「クククっ・・・相変わらず貪欲なことだ」
「まあね」


くすりと笑って壁に掛けておいたボールを取る。
ネットから取り出すと、白と黒が交差するそれを膝に当てた。
ピアノやパソコンを操るのにタッチブラウンドがあるが、サッカーに関してもあると思う。
蹴り上げたボールが何処に飛んでくか正確に計算し目も向けずにリフティングをすれば、上機嫌な猫のように影山の唇が孤を描いた。


「そうだ、守。朗報がある」
「何?」
「お前に弟が出来るぞ」
「弟?そいつ、サッカー出来るの?」
「ああ。荒削りだが才能がある。お前の遊び相手になるだろう」
「ふーん、遊び相手ね。総帥が言うなら、可能性はあるんだろうな。でも、ちょっと嬉しいかも」
「嬉しい?お前が?珍しいな、サッカー以外に興味を持つなど」
「俺って一人っ子だったからさ、弟欲しいって前から思ってたんだよね!サッカーが上手ければ尚いい!」
「・・・ククク。精々才能を潰さないことだな。お前の才能は秀で過ぎていて勝手に周りが潰れていく」
「大丈夫!俺、年下の面倒見はいいんだぜ。近所に年下の幼馴染がいたからな」
「まぁ、好きにしろ。お前のための玩具だ」


リフティングしていたボールを影山めがけて軽く蹴る。
それを簡単に受け止めると、のそりと椅子から立ち上がった。


「あれ?今日はもう帰るの?」
「ああ。お前の父親に新しく引き取らせる子供について話があるからな」
「ふーん。ま、いっか。俺もサッカーの練習してこよう。そこまで一緒に行ってあげようか?」
「・・・好きにしろ」
「おう!」


拒絶されないのをいいことに、ネットを片手に追いかける。
ボールを持ってない方の手を握ると、にっと笑いかけた。
そんな自分の行動に、仕方ないとばかりにため息を吐き出した影山は、それでも手を振りほどかずに部屋を後にした。




「・・・ゆうとです」


緊張した面持ちでこちらを見上げてくる子供は、綺麗なルビーアイをしている。
顔立ちも整っていて少しつり上がり気味の瞳が勝気な気性を表していた。
特徴的なドレッドヘアを頭の高い位置で結い上げ、アーモンド形の瞳を瞬かせる。
必死に怯えを隠そうとしているのか、体の脇で握られた拳はぷるぷると震えていた。
無表情でその姿を眺めていた守は、にっと口の端を持ち上げる。
朗らかでありながら悪戯っぽさを残すコケティッシュな笑顔を浮かべると、さっと掌を差し出した。
影山に渡された資料に添付された写真より、実物の方がずっと惹きつけられた。


「私の名前は守。君と同じで、お父さんに貰われてきました。だから緊張することはないですよ。私も君と同じです」
「守は一年ほど前に君と違う施設で引き取った子供だ。優秀な子で勉強もスポーツも何でもこなす。有人、君も何か判らないことがあれば守に聞けばいい。守、影山さんに君がいる間は有人の面倒を君に任すよう言われている。頼めるか?」
「はい、父さん。宜しくね、有人君」
「・・・」


こくり、と頷いた姿に、むずむずと心の奥から不思議な感情が沸きあがってくる。
少し勝気そうで、小さくて可愛い『弟』。
瞳を輝かせて父を見ると、何を言いたいか判ったのかこくりと頷いた。


「父さん、有人君の部屋に案内してきていいですか?」
「構わない。だが夕食までにきちんと戻ってきなさい」
「はい!有人君、行きましょう」


じっと差し出した掌を見詰めたままだった有人は、漸くそろそろと手を伸ばしてきた。
重なったのを感じ、きゅっと掌に力を入れる。
確かこの子には妹が居た筈だが、もしかしたら年上との接触は慣れていないのかもしれない。
妹は苛められっ子だったと資料にあったので、きっと苛めていた相手は年上だったのだろう。
戸惑いを隠せない姿に自然と顔が綻ぶ。

部屋までの道のりを暖かな掌にご満悦になりながら歩けば、あっという間に目的地に到着した。
守の部屋の隣の部屋を改装したのが有人の部屋だ。
扉を開ければ中を覗いた有人は、目をまん丸にしてきょときょとと部屋を見渡した。


「ひろい」
「そんで豪華だろ?判るぜ、戸惑うの。俺も最初そうだったもん」


手を放して部屋を好きに歩かく有人を眺め、うんうんと頷くと、ルビーアイがこちらを向いた。
純粋な驚愕に染まった顔に、こてりと首を傾げる。
そして彼が自分の何に驚いてるか気づくと、緩く口角を持ち上げた。
今の守は典型的なお嬢様ルックだ。
上品な印象の白のワンピースを着て、長い栗色の髪はツインテールにしてオレンジのゴムで結んでいる。
サッカーをする時はズボンだが、基本的に父が女の子らしい姿を好むので家ではいかにも女の子の格好をしている。
この姿で『俺』口調は、確かに違和感があるだろう。
訝しげに見上げる有人の頭を撫でるとその顔を覗き込む。


「悪い。俺、こっちが素なんだ」
「・・・・・・」
「父さんの前では流石にしないけどな。お前の前ではこのままだから、慣れてくれよ」
「・・・・・・」
「あ、苛めようとかそんなのは別にない。むしろお前が可愛くて嬉しいぞ、有人」
「なまえ」
「呼び捨ては嫌か?」
「・・・、いや、じゃない」
「そっか。あ、お前は俺を何て呼ぶ?お姉ちゃん?お姉さま?守さん?」
「ねえさん」
「・・・地味に可愛くないな。お前子供の癖に」
「・・・だめ?」
「お?今の顔は可愛い。よし、可愛いから許してやるぞ、有人!」


照れたように目元を染めて俯く有人に、にいっと笑いかける。
小さい体を抱きしめれば、高い体温が心地よかった。
可愛い可愛いと顔を摺り寄せるたびに、有人の顔が赤くなる。
これはいいプレゼントを貰ったと、有人を抱き上げた。

そして気に入らなかったら教えないでいようと思っていた場所まで歩くと足を止める。
大きな本棚には辞書や辞典がいくつも並び、真新しい本の香りを楽しみつつ少し古びた本を押す。
すると僅かな軋み音も出さずして本棚がスライドし、そこから隣室への扉が現れた。


「これは・・・?」
「俺の部屋への直通ドア。ほら」


ドアを引けば呆気なく開き、隣室への通路ができる。
驚く有人を抱いたまま向かった先は、言葉通り守の部屋だ。
有人の部屋とほとんど同じだが、サッカー雑誌やDVDが多く見られた。
きょろきょろと不思議そうな顔で眺めるのは、有人の部屋だと案内したそこと違い寝室だったからだろう。
勉強机や本棚もあるが、先ほどの応接室のような部屋を想像していたのかもしれない。
奥にあるドアから向かえば同じようなものがあるが、とりあえず案内したいのはこの部屋だったので気にしない。
抱き上げたままの有人を天蓋つきのベッドの上に置くと、壁にかけたサッカーボールを手に取った。

ぽん、とリフティングをする。
スカートなので頭だけを使い器用にしてみせると、有人の瞳がきらきらと輝き始めた。
その顔を眺めて嬉しくなる。
この子供はサッカーが好きだ。
頭上のサッカーボールを強くヘディングし、有人へと飛ばす。
立ち上がろうとしてベッドの上でバランスを崩した彼は、ふわふわの布団に埋もれてしまい、ついでにボールは頭に当たって跳ねた。


「あはは、有人だっせぇ!」
「ちがう!ばしょがわるいだけだ!おれはもっとうまい!」
「ふーん。でも、俺のが上手いけどな」
「おれのがうまい!」
「じゃ、勝負してみるか?どっちが長くリフティング続けれるか」
「・・・でもそのスカートじゃまそう」
「ハンデだよ、ハンデ。俺はヘディングだけでやるしー」
「っ、ならおれも!ヘディングだけでする」
「んじゃ、勝った方の部屋で今日は一緒に寝るんだぞ」
「わかった!」


負けるなど有り得ないが、この場合どちらに転んでも守に損はない。
鬼道家の人間はナンバーワンであり続けなければならない。
まだそれを明確に理解してなさそうな子供に、予め逃げ場を用意してやりたかった。
何しろ久し振りに気に入った相手なのだ。

大切な玩具は大事にするのが守のモットー。
影山に与えられた『弟』がどれだけの才能を持つのか。
今から楽しみで仕方なかった。

拍手[8回]

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「あなたがお兄ちゃんを私から奪ったのね!?鬼道の家に引き取られてからお兄ちゃんは人が変わってしまった。一度も会いに来てくれなかったし、手紙一つくれなかった。───私を忘れてしまった。私が、邪魔だったから」


誰も居ない帝国の廊下に響いた声に、そっと目を伏せる。
悲痛な叫び声を上げる少女を前に、円堂は何も言わず成すがままだ。
涙を流しながら幾度も胸を叩く音無は、ただ兄を請うる小さな女の子に見えた。
兄としての鬼道を愛し、欲し、望んでいた少女。
世界にただ二人しか居ない兄弟と思っていたのに、兄に別の兄弟がいたと知り混乱しているのだろう。
殴られるままになっていた円堂は、小さな体をきゅっと抱きしめた。

裏切られたと絶望する少女に、教えてやらなくてはならない。
何故鬼道が努力し続けたのかを。
それは『守』を超えるためでもなければ、鬼道の家に相応しくなるためでもない。
根本にあるのは妹への強い執念。
一人っ子の円堂にはきっと本当に理解できない情念があったから。


「音無」
「いや、放して!」
「俺のことはいくら嫌ってもいい。だが有人のことは否定しないでやってくれ」
「有人なんて呼ばないで!───血の繋がらない、他人の癖に!」


言った瞬間しまったと口を押さえた音無に、円堂は苦笑した。
自分自身が傷ついたように瞳を潤ませて俯いた音無の頭を緩く撫でる。
僅かに体が震え、彼が守りたかったのはこの少女かと改めて思った。


「そう。俺は他人だ。鬼道の家を捨てた俺は、もう有人と兄弟でもない」
「・・・円堂先輩」
「だがそれでも『弟』だったんだ。だから最後に『姉』として弁明させてくれ。あいつがお前に会いに行かなかったのは、それが父さんとの約束だったからだ。あいつが鬼道の家で努力し続けたのは、いいや今も努力し続けているのは、お前を鬼道の家に引き取るためだ。もう一度一緒に暮らすために、あいつは何年も努力し続けた。『フットボールフロンティアで三年間優勝し続けること』。それがお前を引き取る条件だ」
「私を・・・引き取る?お兄ちゃんは、私を捨てたんじゃ」
「捨てるわけないだろ。俺と違ってお前らは本当の兄弟だぞ。いつだってあいつはお前を気に掛けてたし、一日としてお前の話題が出ない日はなかったぜ?」
「嘘」
「本当だ。だから、そうあいつを嫌わないでやってくれよ。一度、正面からぶつかってみてやってくれ」
「・・・信じられない」
「ならあいつのプレイを見ればいい。あいつの本気を感じてやってくれ」


くしゃり、ともう一度頭を撫でると立ち尽くす音無から身を離す。
青いマントを揺らししばらく歩き、いくつか角を曲がったところで足を止めた。


「立ち聞きは、趣味がよくないんじゃない?」
「───すまない」


振り返れば困ったように眉を下げた豪炎寺がいて、揺れる瞳から動揺を感じると円堂は笑う。
無口で威圧感がある雰囲気を持っているため勘違いされやすいだろうが、豪炎寺は根本がとても素直だ。
他の面々に比べれば表情が豊かに変化するわけじゃないが、それでも見ていれば僅かな変化で感情が悟れる。
きゅっと寄せられた眉根だとか、揺らいでいる瞳だとか、口元を押さえる指先の震えだとか、呆れるくらいに正直だ。


「俺が女だって黙っててくれてありがとうな」
「黙っていたのは鬼道に知られず近づくためか」
「ああ。それともう一つ。言ったろ?お前にとっての夕香ちゃんみたいな存在が俺にも居るって」
「俺にとっての夕香が、お前にとっての鬼道だったんだな」


肯定する代わりにくしゃりと笑う。
頬を指先で掻いて照れ隠しするように瞳を細めた。


「今はあんなだけどさ、小さい頃は可愛かったんだぜ。何処に行くにもカルガモの子供みたいにちょこちょこちょこちょこ後ろをついてきてさ。二言目には姉さん、姉さんって満面の笑みを浮かべて俺の服を掴むんだ。身長は高くなった、態度はでかくなった。小生意気で何処の三流悪役だよ、って突っ込みたくなる態度だけど、どうしてかな。俺には昔のあいつのままに見えるんだ。俺が一人で出かけるときに見せた、今にも泣きそうな顔を思い出しちまう。・・・馬鹿だよな。あいつはあんなに俺を嫌ってるのに」
「───そんなものだろう、兄弟の上は。どうしたって下に甘くなる」
「そうだな」


ふっと口元を綻ばせた豪炎寺に、円堂も頷く。
そして高く結った髪の下で腕を組むと、へらり、と笑った。


「ところで、一哉。いつまで隠れてるつもり?」
「あれ?気づいてたの?」
「当たり前だ。豪炎寺の後ろで堂々と立ち聞きしてただろうが」
「あはは!呼んでくれないから気づいてないのかと思った。・・・それにしても、やっぱそのスタイルが守には似合うね」
「マントにゴーグル?自分で言うのもあれだけど、これは俺の趣味じゃないぞ」
「違う違う。髪だよ。ポニーテール。短い髪も可愛かったけど、やっぱり風に靡く長い髪の方が俺は好きだな」
「あー、はいはい」


エクステをつけた頭をかき混ぜれば、機嫌よさそうに一之瀬が笑った。
あっという間に距離を詰めると首にかじりつく。
昔と違い身長差もほとんどないので、肩の上に顔を置いた彼はそのまま頬を摺り寄せてきた。
大型犬に懐かれたみたいだと苦笑すると、むっと眉間に皺を寄せた豪炎寺と目が合う。
へらりと笑いかければ、つんと視線を逸らされた。


「弟の目を覚まさせるんでしょ、守。二年間待ってやっと巡って来た機会だ。ちゃんとものにしなよ」
「ああ」


耳元で囁かれた言葉に力強く頷く。
鬼道も努力したかもしれないが、円堂とてこの二年間ただアメリカに渡っていた訳ではない。
機嫌が降下したらしい豪炎寺に苦笑し、抱きついたままの一之瀬の頭を撫でて体を離す。


「豪炎寺も、協力してくれよ」
「───一之瀬が居れば俺は要らないんじゃないか?」
「何、拗ねてんだよ。ばっかだなぁ、豪炎寺は。俺にはお前の力も必要だし、頼むよ」


はははと笑いかければ、綺麗な澄んだ瞳で瞬きを繰り返した豪炎寺はため息を一つ落として頷いた。
何だかんだ言って人がいい豪炎寺に微笑む。

ピッチへ向かう入り口を瞳を眇めて睨みつける。
首に下げられたゴーグルに、体に纏わりつく青いマント。
懐かしい感覚だ。
マントが体に纏わり付く感覚も、首に下げられたゴーグルの感触も。
今の鬼道と同じように与えられたゴーグルをしっかりと顔につけ、このマントを風に靡かせて幼い鬼道とサッカーをした。


『俺は正義のヒーローだ!有人のためのヒーローだぞ』


そう言って笑えば、彼もくしゃりと笑ってくれたから。

外されたゴーグルは首で心もとなく揺れる。
もう二度と使うつもりはないのに、捨てれないのはこれに篭められた想いがあるからだ。
怨んでも怨みきれない、憎んでも憎みきれないのは、与えられた思い出が辛いものだけではないがゆえ。
だからこそ正さなければならない。
捨てれないからこそ、新しく始めたい。


「俺は帰って来ました、総帥。弟は、必ず返してもらいます」


嘗ての恩師に牙を剥く。
譲れないものを、得るために。
凝り固まった闇を、溶かすために。


「何か言ったか?」
「いや、何にも」


不思議そうな顔をして振り返った豪炎寺に笑いかけると、一之瀬の手を取り彼に続いた。

拍手[7回]

一人遅れてピッチに姿を現した存在は、雷門のユニフォームを着ながらもありえない格好をしていた。

下ろせば随分と長いだろう栗色の髪を、オレンジ色の太目の布で高い位置で結っている。
顔を隠していた黒縁のお洒落眼鏡はごついデザインのゴーグルと変わり、ユニフォームの上から青いマントを纏っていた。
その格好だけでも十分に驚くべきなのに、さらに驚かせたのはその体型。
すらりとした体型は変わらず、胸は男ならありえないほど膨らんでいた。

ゴールキーパーのユニフォームを着た自分と瓜二つな格好の相手に、鬼道の唇がゆるりと持ち上がる。
現れた相手に息を詰めるチームメイトを尻目に、こみ上げる感情が抑えきれずに笑いとなって現れた。

考えてみれば全てが納得できた。
どうして『彼』が気になったのか。
声、雰囲気、動き。何もかもが一致するのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。

声を上げて笑う鬼道に、傍に居た佐久間が恐る恐る近づく。


「・・・鬼道さん、あいつは一体?」
「あいつは『円堂守』だ」
「円堂!?どうして円堂が鬼道さんを真似るような格好を・・・」
「違う」
「え?」
「真似ているのは円堂ではない」
「どういう意味ですか?」


きょとんとした顔で瞬きをする佐久間を尻目に、腹の奥底から湧き上がる憎悪で鬼道の表情が歪む。
常に冷静であれと教わっているのに、とてもそんな教えは守れそうになかった。
何しろ二年間ずっと憎み続けている存在が目の前に居るのだ。
腸が煮えくりそうな怒りに辛うじて身を任せない分だけの制御をし、目の前で止まる相手に笑いかけた。
きっとその笑顔は酷く凶悪なものだったのだろう。
隣に立つ佐久間が息を呑む音が聞こえ、彼は数歩後ずさった。
だが普段なら佐久間の様子を気に掛ける余裕があるが、今はそんな生易しい感情が入る余地はない。
ずっと待っていたのだ、『彼女』に会える日を。

『彼女』自身のチームメイトも何も聞かされていなかったのだろう。
鬼道と瓜二つの格好で現れた『彼女』に戸惑うよう展開を見守っている。
もしかしたらその性別すら知らされていなかったのかもしれない。
否、実際に知らされていなかったのだろう。
必要とあれば味方すら騙すのが『彼女』の流儀なのだから。

自分と同じように騙されていた雷門イレブンに一瞬同情が沸くがその感情もすぐに消えた。
揃いのゴーグル越しにこちらを見ていた『彼女』が、そのゴーグルを顔から外し首へ落とした。
推測が確信に変わり、あまりの怒りに目の前が真っ赤に染まる。


「・・・久し振りだな、有人」
「俺の名前をまだ覚えていてくれたんですね、『姉さん』」
『姉さん!!?』


異口同音の響きが帝国のグランドに響く。
驚愕に満ちた雰囲気に剣呑に瞳を細め、ゴーグルを取り素顔を曝した円堂に嗤った。


「『円堂守』の情報を調べた際、名前と『円堂大介』の孫ってこと以外詳しい経歴は一切わからなかった。情報を操作したのか?」
「操作する必要もない。実際俺には日本での大した経歴はないからな。お前も知ってるだろ?」
「確かにお前にはその生い立ちから日本の大会に出た経歴はない。だがその実力を含め噂にならない方がおかしい。実力を抑えてたのか?」


覚えている『彼女』は、どれだけ努力しても悠々と鬼道の上を行くプレイヤーだった。
どのポジションも器用にこなし、特に今鬼道が担当しているミッドフィルダーとしての実力は秀でていた。
チームの司令塔として攻守を担当し、どちらをしても最高の実力を持っていて、鬼道はいつだって『彼女』の背中を追い続けていた。
気がつかなかったのは、『彼女』がゴールキーパーをしていたからだ。
何処かで見たような動きだと思ったが、完全にイメージが重ならなかったのはその先入観の所為だろう。
キーパー技など一度も見たことがなかったし、そもそもゴールキーパーをしているところを見たことがなかった。
鬼道に質問に肩を竦めることで答えを流した『彼女』に、自然と握り締めた拳が震える。
すぐにでも立ち消えそうな理性を繋ぎ止めているのは、虚勢に近いプライドだった。


「今更何故姿を現した?もう、お前の居場所はないというのに」
「俺は別に帝国に入りに来たんじゃない。お前も知っているとおり、俺は帝国を選ばなかったからな」
「正直に『捨てた』、と言えばいい。鬼道の家も、約束された帝国のキャプテンの座も、そして俺さえも捨てたお前が、何故俺の前に姿を現した!?のこのこと現れ俺から全てを奪うつもりか!?だがそれこそ今更だ!俺はもうお前を超えた!勉強も運動も───そして、サッカーでも!今の俺はお前の背中を追い続けていた餓鬼じゃない!」
「・・・そうか。だが悪いな有人。お前がどれだけ努力しても、今のお前じゃ俺に勝てない」
「何をっ!?」
「影山についているお前じゃ、俺には勝てないよ」


真っ直ぐに鬼道を見詰めて微笑んだ『彼女』は、どこか寂しげだ。
自分を捨てて行ったくせに、今だって敵対宣言をしているくせに、何故こんなに悲しそうな顔で笑うのか。
心の奥深くで眠らせていた感情が揺さぶられそうになり、唇を噛んで堪える。
相手は鬼道の信頼を裏切り捨てて入った『彼女』だ。同情など不要だ。
勝つ、と宣言しているが、今の『彼女』が鬼道に勝てるはずがないのだ。

彼女が居なくなってから、鬼道は死に物狂いでサッカーの特訓をした。
自分を捨てた姉を忘れるために。そして、自分が大切にしている妹を引き取るために。


『姉さん、俺は必ず帝国でスタメン入りをします。それまで待っててください。三年間全国制覇したら春奈を引き取ると父さんが約束してくれたんです!だからお願いです、姉さん。姉さんの力を俺に貸してください!』


妹を引き取るためにどれだけ努力していたか、彼女は知っていたはずだ。
それなのに鬼道の願いも想いも何もかも裏切り、ある日唐突に姿を消した。
父に問い詰めても何も知らないと言われ、どれだけ探しても手紙一つ見つからなかった。
まるで存在しないかのように姿を消した彼女を、慕った分だけ深く怨んだ。

もう世界の何処にも大好きだった『鬼道守』は存在しない。
今目の前に居るのは憎むべき敵、『円堂守』だ。

憎悪を隠しもせずに瞳に篭めれば、一つ息を吐いた『円堂』は踵を基点に背を向けた。
青いマントが風を孕んでふわりと揺れる。
こちらを見ない彼女に、また胸の奥で憎しみが膨らんだ。


「俺はお前を許さない。この試合に勝ち、俺の実力をお前に見せてやる」
「精々楽しませてくれ、『鬼道』。この二年間でお前がどれだけ成長したか知れないが、口先だけではないのを祈るよ」


『有人』ではなく、『鬼道』と呼んだ円堂に息が出来ないくらい激しい感情の奔流が押し寄せる。
長年押さえ込んでいた憎しみを開放し、乱れた呼吸を整えながら自身も踵を返した。
過去の亡霊を振り払うために、絶対に勝つと心に誓って。

拍手[9回]

「それにしても一昨日の対戦相手は凄かったな。あれがジャパニーズオタクか」
「うんうん、凄かった。でもメイドさんは可愛かったよね。守も着てみなよ」
「いや、遠慮する。動き難そうだし。それより近場には執事喫茶なるものもあるらしいぜ?お前こそ着てみたらどうだよ、一哉」
「あはは。守のお願いなら聞いてあげる。それじゃあ、俺は守専用の執事ね」
「・・・冗談だよ。さらりと流すなんてこれだからアメリカ男は面白くないね。なぁ、豪炎寺」
「俺にふるな」


フライパンを振りチャーハンを作りながらため息混じりに訴える。
最近実家よりも居る時間が増えている気がする円堂のマンションで、手馴れた仕草で料理する豪炎寺の後ろでサラダをトレイに並べている二人に苦笑した。
ほとんど一人で食事を取る実家と違い、この家での食事は喧しく騒がしい。
円堂と一之瀬の途切れない会話がほとんどだが、聞いているだけでもコントみたいで面白かった。
二人とも帰国子女だからか、豪炎寺が思いもよらない切り口から会話が弾む。
話に加わらなくとも一人だとは思わずに居られるのは、彼らが何かと言うと豪炎寺に話をふってくれるからだろう。
平時であれば誤解されやすい豪炎寺の冷たくも見える態度だが、二人は全く気にしない。
どころか反応を面白がってさらに絡んでくるほどだ。
初めての空気だが、それはとても居心地がよく安心感がある。


「てか執事なら豪炎寺の方が似合いそうだな。一哉童顔だし、ドレスコードしても七五三だろ」
「むっ!?守だってそうだろ!ドレス着たってつんつるてんなんだからな!」
「残念ー。俺、ドレスくらい着こなせるもん。似合ってるってイタリア男にも言われたもんー」
「イタリア男って誰だよ!」
「一哉には秘密ー。なー、豪炎寺」
「・・・だから、俺にふるな」


ため息混じりに突っ込んで、フライパンを火から降ろす。
少し味見をしたが、醤油の香ばしい香りと生姜の絶妙なハーモニーが中々の一品だ。
カウンターに用意されていた皿に中華用のお玉で三人分よそうと、フライパンはそのまま水を入れて火を消したコンロの上に置いた。
後で洗い物をする時に水につけておくと楽なのだ。
妹に料理を作ってやる際に覚えた手際で軽く流しを綺麗にし、エプロンを脱ぐ。
ちなみに豪炎寺用として用意されたエプロンは黒字に赤のラインつきだ。
一之瀬は淡いピンクで、円堂はオレンジだ。
何故か一之瀬のエプロンが一番可愛いのだが、円堂が購入して半強制的に着せているらしいが、これがまた地味に似合っていた。
壁のネックに並んで掛けられているエプロンの一番端に豪炎寺もエプロンを掛け、そのままリビングへと向かう。
晩御飯はすっかりと並べられていて、子供みたいに目を輝かせた二人がチャーハンを前によだれを垂らさんばかりにして待っていた。


「豪炎寺、今日の晩飯も超美味そう!」
「うんうん。やっぱ、人が作ったものの方が食欲がそそるよね。豪炎寺ありがとう!守じゃあこうはいかないからね」
「失礼な。俺はやれば出来る子だぞ」
「滅多にきちんとやらないくせに。むしろ色々な意味でやり過ぎるくせに」
「何言ってんだ。新しい出会いは挑戦でこそ生み出せるものだぜ!な、豪炎寺」
「・・・もういい。早く食べるぞ。チャーハンが冷える」
「おっと、いけねぇ。冷えたらもったいないよな」
「そうだね。それじゃあ、いただきます!」
「いただきます!!」
「・・・いただきます」


手を合わせてぺこりと頭を下げ、先ほどの騒がしさが嘘のように凄い勢いで食べ始める二人に豪炎寺は目を細めた。
ハムスターのように頬が膨らなんとも間抜けで愛嬌のある姿だ。
成長期である一之瀬はもとより、同じ運動量の円堂も良く食べる。
手料理を美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいことだ。
あっという間に減っていく料理を前に、密かに満足しつつも豪炎寺も食事を始める。


「美味いな、このチャーハン!」
「本当、美味しいよ。これ、おかわりない?」
「ないな。そもそもご飯も後は炊かねばないぞ」
「・・・ぶー。仕方ない、あるところから奪うか」
「そうだね、守」
「っ」


同時に左右から襲い掛かってきたスプーンを、皿を持ち上げることで回避する。
いきなりの無体な行動に瞳を眇めて二人を見れば、ハイエナのように瞳を眇めた円堂と一之瀬はにいっと唇を持ち上げた。


「往生際悪いぞ、豪炎寺!」
「俺たちにそのチャーハンを渡せ!」
「何故作り手の俺がまだ半分も食べてないチャーハンを渡さなければならない!俺も腹が減っている」


ほとんど治っているが、一応念を入れて足に負担が掛からぬよう体勢を崩していた豪炎寺は、それでもバランスを保ちつつ襲い来るスプーンを避ける。
左右からスプーンを繰り出す二人は、視線を絡ませると今度は時間差攻撃を仕掛けてきた。
息を乱しながら必死に皿を死守し、ぎっと睨みつける。


「大体二人とも行儀が悪いぞ!食事中はもっと大人しくするべきだ!」
「だって腹が減ってんだよ!足りないの!な、一哉」
「そうそう。俺たち育ち盛りだよ?少しくらい分けてくれてもいいじゃない」
「俺も育ち盛りだ!絶対にやらんと言ったらやらん」


きっぱり言い切れば、暫くの睨み合いの後、ふうっと二人はため息を吐いた。


「どうする、一哉」
「本当にどうしようか、守。豪炎寺は我侭だな」
「俺が我侭なんじゃなくて、お前らが自分勝手なんだ!」


あまりと言えばあまりな言い草に、さすがにカチンと来て怒りも露にすれば、それでも飄々として受け流した二人は仕方ないと席を立った。
唐突な行動は多い二人だが、驚いて瞳を丸くする。
もしかして怒ったのだろうか。
自分は全く悪くないと思うのに、背を向けられると不安になる。
それでも何も言えずに戸惑いで瞳を揺らしつつ何処かに行こうとする二人を見ていれば、不意に円堂が振り返った。


「どうせ豪炎寺もそれだけじゃ足りないだろ?ミックスラーメン作るけど、お前も食う?」
「ミックスラーメン?」
「いろんな種類のインスタントラーメンを混ぜて作るラーメンだよ。守と何回か試してるんだけど、これが意外と色々な発見があって面白いし美味しいんだ。この間はテレビでやってた牛乳で作る味噌ラーメンを試したんだけど、びっくりなことに美味しかったよ」
「牛乳で味噌ラーメン・・・」
「お、その顔は信じてないな?よし、それじゃあメニューは決まりだ。あと、ビザトーストも作るか」
「そうだね!じゃあ、俺はミックスラーメン担当で、守がピザトーストね」
「さりげなく簡単なの押し付けたろ、お前」
「楽な方を回しただけだよ。つまり、フェミニスト」
「あっそ。まぁいいけど。んじゃ俺はピザトーストな」
「待ってろよ、豪炎寺。美味いもん用意してやるからな」


にかっとそっくりな笑顔を浮かべた二人は、姦しく去っていく。
リビングからカウンター越しに見えるキッチンに、豪炎寺はチャーハンの入った皿を置いた。
そのままキッチンへ入ると、トーストにチーズを乗せていた円堂が不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんだ、豪炎寺?」
「・・・別に」
「何だ、寂しくなったのか?しょうがないな~」
「別に、そんなこと言ってない」
「言わなくても判るって。俺、弟が居たからな」
「弟?」
「そ!素直じゃなくて素直で可愛いんだぜ!豪炎寺も可愛いぞ」
「俺は?」
「お前は小生意気」
「・・・ぶー。納得いかない、その分類。俺、こんなに尽くしてるのに」
「うそうそ。一哉も可愛いって!可愛いからさっさとミックスラーメン作ってくれな」


ぐしゃぐしゃと一之瀬の頭を掻き乱した円堂は、言葉通りに弟扱いをしているように見えた。
乱暴な仕草なのに嬉しげに目を細めた一之瀬は機嫌よくラーメン作りに戻る。
それを見送った彼女は、今度は豪炎寺の頭もぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
遠慮のない力にがくがくと首が揺れ焦点がぶれる。


「お前はオーブントースターのスイッチ入れて暖めておいて。こっちはもうほとんど準備できたからな。あとはケチャップとマヨネーズかけるだけー」
「随分こってりしてそうだな」
「こってりがいいんだよ。チーズとろりで、ささみはかりっとして、ケチャップとマヨネーズの絶妙なハーモニー。生トマトやベーコンにピーマンもいいけど、面倒だからな。よし、んじゃ乗せるぞ」
「ああ・・・大丈夫か?落ちそうだぞ」
「アルミホイルしくから大丈夫!これでトースト3枚でセットオッケーだな。一哉、そっちは?」
「オッケー!あとは粉末スープを投入するだけだよ」
「じゃあ、もう準備終わりだな。先に座っとけよ、豪炎寺。すぐに持ってくからさ」
「・・・ああ」


逆らえばまたからかわれる気がして、頷くとその場を後にした。
さきほど感じた寂寥感は嘘みたいに消えていて、騒がしいキッチンからの声に瞳を細め、少し冷えてしまったチャーハンへスプーンを差し込んだ。







「・・・良かったの、守。弟の話なんかだして」
「いいさ。どうせあれだけじゃ何も判らない。それにもうすぐ知れることだ」
「弟が『居た』か。嘘じゃないけど、本当じゃないな。でも」
「一哉、それ以上はもう止めだ。豪炎寺が待ってるしな」
「・・・・・・俺は。俺は、・・・それでも、守の味方だよ」
「───サンキュ」


小さく微笑んだ円堂は、いつもよりずっと儚く見えた。




『サッカーしようよ!』
『・・・断る。俺はもう、サッカーはしない。一之瀬、お前はもう俺のところに来るな』
『嫌だ!俺は君とサッカーがしたい!元・イタリアジュニアユース代表の鬼道守。ヨーロッパ屈指のミッドフィルダーで、不屈のポラリスと呼ばた君と』


真っ白な部屋で暗い瞳をした少女に、一之瀬は自分を重ね合わせる。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされ辛うじて動く首を振ると、ゆっくりと瞼を閉じた。
そのまま呼吸を止めてしまうんじゃないかと思えるくらい儚い印象に、一之瀬はぞくりと背を奮わせる。
ベッドの上に広がる栗色の髪を握ると、眠る少女の傍らで夕日が落ちてもずっと佇み続けた。

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『サッカーしようぜ、有人!』
『・・・いやだ。サッカーはあそびでするものじゃない。だから、ねえさんとはしない』
『何意味わかんねぇこと言ってんだよ、お前は。チビの癖に生意気だなー』
『・・・・・・』
『サッカー、好きなんだろ?』
『まえは、すきだった。でも、いまはわからない』
『判らない?何でだよ』
『まいにちまいにちうまくなるためだけにボールをけってる。ひとりでするさっかーに、たのしみなんて、ない』


俯いて訴えれば、くしゃくしゃに頭を撫で回された。
がくがくと揺れる首に痛みを覚えて顔を上げて睨めば、お日様よりも明るい笑顔とぶち当たる。
楽しくて楽しくて仕方ない、とばかりに満開の微笑を向けた姉は、鼻が触れ合う距離で囁いた。


『馬鹿だなぁ、有人は。サッカーは楽しむもんだ』
『けど・・・』
『楽しいのがサッカーだ!俺と一緒にプレイしたら判る。ほら、一緒にサッカーするぞ』
『・・・・・・』
『言っとくが、俺のプレイはお前より上だ。併せてやるよ、お前のレベルに』
『・・・おれのほうがうまい』
『上手くないね。なんなら勝負してみるか?勝った方が次の父さんの土産を先に選ぶ権利をもらうんだぜ』
『じゃあ、ねえさんはあまりものだ』
『くくっ───バーカ。百年早いよ、有人』


サッカーボールを器用にリフティングした姉からボールを奪おうと飛び掛るが、ぴょんぴょんと移動するそれにたたらを踏んで芝生へ転がる。
何度飛び掛っても地面にボールを落とすことなくリフティングを続ける姉に、むっと唇を尖らせた。
いつもなら同じ年代のやつらは自分のプレイについて来ることすら出来ないのに、余裕たっぷりの姉は意地の悪い表情で見下ろしてくる。
必死に飛び掛っても、吸い付いたように離れないボールにいつの間にか久し振りに真剣にサッカーをプレイした。
絶対勝てない実力差に自然と唇が緩む。
一方的な展開なのに、悔しくて腹立たしくて負けたくなくて、───そして、とても楽しい。


『やーい、有人の下手っぴ』
『うるさい!』
『取れるもんなら、取ってみろー』
『くっ・・・!』


華奢な体で華麗にボールを操る姿は、どうしようもなく格好いい。
姉が居れば独りでないと信じられた。
闇を照らす光を具現化したような姉は、どれだけ全力で走り続けても追いつけない先に居て、その癖距離が出来ると立ち止まって手を差し伸べてくれる、道標のような人だった。





ぱちりと瞳を開いた先の闇に、鬼道は驚いて身を起こす。
幾度も瞬きを繰り返し、そうして自分が光射す庭ではなく、自室のベッドの上に居たのだと気がついた。
心臓は鼓動を早め、どくどくと全身に血流を送る。
眉間の血管が疼いた気がして、上半身を屈めて布団に顔を埋めた。


「何故、今更こんな夢を見る」


陽だまりの中笑っている過去は、紛れもない悪夢だ。
憎んで怨んで仕方ない存在が現れるなど許しがたい。

もう囚われていないはずだ。
もう恐れていないはずだ。
もう怯えていないはずだ。
もう忘れたはずだ。

震える拳を力づくで押さえ込み、荒くなる呼吸に瞳を細めた。


「今の俺はあなたを超えている。超えている、はずだ」


次に再会した時は、いつだって追いかけていた背中は遥か後方へとあるはずなのだ。
憧れ、尊敬し、前を走り続けていた背中は、もう見なくていいはずだ。
振り返って微笑んだ姿など、手を差し伸べる幻想など思い出さずに済むはずだ。


「サッカーは手段でしかない。試合に勝ち続け、妹を取り戻す手段でしか」


楽しいと教えた彼女自身に裏切られたのだ。
利用する術以外を考える必要もない。

所詮自分の兄弟は一人だった。
気を許し、懐き、心の柔らかい部分を捧げた自分が馬鹿だった。


「俺はもう傷ついてない。恨みしか抱いてない。憎しみしか持ってない。もう、惑わされたりしない」


幾度も幾度も繰り返す。
口にした言葉が耳に入るたび、少しずつ落ち着きを取り戻し呼吸が楽になってきた。

額に浮いていた汗を乱暴に拭い、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


「俺は強い。あなたなど必要ない」


篭めた想いは本心だ。

それなのに。

痛みを訴える胸をぎゅっと服の上から掴み取り、鬼道は固く瞼を閉じた。
頬を冷たい感触が流れているのは、絶対に気のせいだと体を震わせて。

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