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「───影山」


気がつけば帝国サイドのベンチの前に、一人の男が立っていた。
襟首まできっちりと隠れる服を着た長身の男は、長く伸びた髪を一本で結んでいる。
過去の幻影が一瞬過ぎり、痛みを堪えるように奥歯を噛み締めた。
怒りで震えそうになる体を、拳を握ることで必死で耐え顎を引いて顔を上げる。
サングラス越しの視線がこちらに向いているのを感じ、精々ふてぶてしく笑って見せた。


「どうした、守?嘗てのように総帥と呼んではくれないのか?」
「相変わらず俺に執着しているみたいだね。でも残念。俺の守備範囲は年齢プラス一回り上までなんだ。条件を超える相手はイケメン以外は相手にしないようにしてんの。だから俺を自分のもの扱いは止めてくれ」
「お前は私の作品だ。天賦の才を持つ、私の最高傑作品。・・・だが、それももう過去になるがな」
「どういう意味だ」
「お前の弟、鬼道有人がお前を超えるということだ。二年間お前が以前の実力を取り戻そうとどれだけ努力したか知らんが、お前はお前自身の過去を越えられない。その可能性もない。ゴールキーパーを選んだのは少しでも体力を温存させるためだろうが、それも無駄だ。何よりお前の才能が一番活きるポジション、それはミッドフィルダー。私が育てた最高の作品のお前は、そのポジションで始めて真価を発揮する!」
「今の俺はあなたが覚えている俺じゃないんだ。俺は雷門のゴールキーパーだ。あなたが唯一正確に俺の実力を知らないポジションだよ。それに無駄かどうかはやってみないと判らない」
「相変わらず生意気なことだな。その程度のチームで実力を抑えつつプレイするのが楽しいか?お前のサッカーはもっと自由なものだったのではないか。フィールドの中で風を切り、勝気な戦略で敵を翻弄し蝶のように舞う。勝つための私の教えを全て無視して、それでも傲慢に勝ち続けたお前は何処に行った?誰もがお前に惹かれ誰もがお前とプレイしたいと望んだ。そのお前は何処に消えた?」
「何言ってんだよ。あなたが作り上げた天才の『鬼道守』は世界中の何処を探したっていないよ。あれ以上ない証拠を差し出してあげたじゃないか。ここに居るのは『円堂守』。あなたが憎み嫉み怨んだ男の孫だ」
「嘗てのお前は天才だった。何人にも執着せず、誰よりも貪欲に上を目指し下を見下ろして笑っていた。私が愛したのはサッカー以外に執着を持たなかった『鬼道守』だ。『円堂守』などという紛い物ではない。───二年前、自らサッカーに決別したお前が何処まで出来るか見てやろう。その体、抱えている爆弾は『一つではない』だろう?」
「関係ないね。俺のサッカーはあなたのサッカーと違う。俺がしたいサッカーは個人が秀でていれば出来るものじゃない。十一人揃って初めて出来るサッカーだ」
「詭弁だな。だが───それがお前だったな、守」


まるで愛しくて仕方ない相手を見詰めるように微笑んだ影山に瞳を眇める。
クツクツと喉を震わせ愉快だと言外に告げる男は、嘗ては恩師と慕った相手だった。
両親を失い他に肉親の無い円堂にサッカーを教えたのは影山だ。
戦略の立て方も技術も、基礎は全て彼に教えてもらった。
納得いかないことは容赦なく拒否してきたが、それでも彼の技の開発に協力したし盗める技術は全て盗んだ。
砂漠の砂が水を吸収するように、与えられた技術を吸収発展させた。
彼がいなければ現在の円堂は居ない。
憎んでいるが感謝している。
お陰で束の間とは言え色々な舞台に立てた。世界でも有数のプレイヤーとサッカーが出来た。
知識も経験も糧となり、同年代の中学生より遥かに広い世界を見てきた。
だが彼の色に染まる気はない。
根本が違いすぎるのだ、円堂と影山では。

『サッカーを愛する』から楽しい円堂。『サッカーを歪んだ形で愛する』から勝ち続ける影山。


「あなたの生涯の最高傑作は俺ですよ、『総帥』。死ぬ瞬間まであなたは俺という幻想から逃げれない」
「ほう?鬼道に成り代わるとでも言うつもりか?捨てるだけでは飽き足らず、今度は鬼道の居場所を奪うのか?」


にやり、と笑った影山は呆然と突っ立っていた鬼道を指差した。
大袈裟なまでに体を震わせた鬼道は、柳眉を吊り上げる。


「そんなことは・・・そんなことはさせない!俺はもうお前に何も奪わせはしない!絶対に・・・絶対に、だ!!」


影山に屈するということは、すなわち鬼道の将来を摘み取ると同意だ。
円堂としては端から影山の与えるものになど興味はなく、鬼道の位置に成り代わりたいという願望もない。
本来なら頼まれても近づきたい人種ではないし、出来れば二度と関わりたくない。
だが彼の傍には自分に捨てられたと思い込んでいる『有人』が居る。
憎まれても嫌われても、『守』は『有人』を愛している。

一方的にその手を放したが、彼を想わない日はなかった。
一番傍に居なくてはいけない時期に離れたことが一生の傷を残したなら、一生をかけて償おう。
何を購いにすることも厭わないから、彼から『有人』を奪い返さねばならない。
そうでなければ、彼の道を影山と切り離さなければ、勝つ執念に染まりきってしまったなら、もう二度と『有人』は日の当たる道を歩けない。
影山の意思のままに操られる人形となり、歪んだ感情でサッカーに向き合う傀儡となる。
それだけは許してはいけない。
勝手な都合で彼を手放した『守』こそが、責任を持って止めなくてはいけないのだ。

悲痛な声で叫んだ鬼道がマントを翻し帝国のベンチへと向かう。
その姿を見送って服の上から胸の部分を掴むと、深呼吸して背筋を伸ばした。
自分を奇異の眼差しで見詰める雷門中のメンバーを視線でひと撫でし、ひゅっと息を吸い込む。


「・・・円堂」
「ごめん、皆。そしてありがとう。雷門中のサッカー部だったから、俺はこの場所に立てている。俺は本当に、お前らとサッカーがやれて嬉しいんだ。サッカーは楽しいものだと思い出させてくれるお前らと、プレイ出来て嬉しいんだ」
「円堂」


影山の言うとおり、現在のこのチームでは円堂の実力は活かしきれない。
二年前のハンデを負った今でも差がありすぎる。
しかしそれは影山が丹精篭めて育てたらしい帝国の面々に対しても言える言葉だ。
もし万が一あのチームに入っても、円堂の本気のプレイに応えられる相手などいないだろう。
『鬼道守』が居た高みは、この程度の器に収まるものではないのだ。
『円堂守』は『鬼道守』の片鱗しか持っていないが、それでも彼らの上を行く実力を円堂は有している。
鬼道を前にした瞬間だけ僅かに実力を発揮したが、一之瀬と協力して打ったシュートも本来の威力の三分の一もない。
むしろ一之瀬の力を借りない自分一人のシュートの方が遥かな威力を持つものが打てただろう。
その気になれば帝国のプレイヤー程度なら一人でごぼう抜きも出来た。
彼らの中で一番の実力者であろう鬼道ですら、予想以上に実力はあったが想定内の枠を超えなかったのだから。

しかし円堂は一人でプレイする気はない。
『円堂守』の本気のプレイは雷門中サッカー部と協力して戦うことだ。
突出した個人技に全てを頼らせるのではなく、彼らは全員が一丸となって闘うことで個の能力を超える。著しい実力者は現在のこのチームでは障害にしかならず、むしろバランスを崩すだろう。
『守』の望むサッカーは、愛しているサッカーは、自分一人では出来ないのだ。

そして何より円堂の真の力を知り、彼らが潰れるさまは見たくなかった。

昔は相手の実力不足だと、潰れるならそれもまた一興と思っていたが、そんな心を変えてくれたのは弟の存在だった。
だから彼にも思い出して欲しい。
勝つため以外にも、大切なものがあるのだと。
このチームなら、そして鬼道を想う人間が居るあのチームなら、きっと彼に思い出させれる。
彼らの実力を全開まで引き出してプレイする。心を重ねて仲間とサッカーをする。
それが昔からの自分のプレイスタイル。


「昔の俺は鬼道の性を名乗っていた。あそこに居る『鬼道有人』は血の繋がらない兄弟だった。見ての通り俺はあいつに心の底から憎まれている。だか『姉』として、最後の役目を果たしたい。何も話さないで助けてくれって言うのは図々しいって判ってる。けど、頼む。どうか、鬼道の目を覚まさせるために今は力を貸してくれ」


こちらを見詰める仲間たちに深々と頭を下げる。
助けてもらえるなら土下座だって厭わない。
自分は一度サッカーを捨てた身だ。
それでものこのことこの場に帰ってくるほどに、執着があるのだ。


「・・・頭を上げろ、円堂」
「風丸」
「俺たちは誰もお前に利用されたなんて思っちゃいねぇよ」
「染岡」
「俺たちがここまでこれたのは、キャプテンがいたからっす。苦しい時でも辛い時でもキャプテンは俺たちを一回も見捨てたりしなかったっす」
「壁山」
「そうでやんす。だから今度は俺たちがキャプテンを支える番でやんす」
「栗松」
「でも、あとできちんと理由は聞かせてよね。そうじゃなきゃ納得しないから」
「マックス」
「まさか円堂が女の子とはね。だから一之瀬が気を使ってたわけだ」
「あはは、ごめんね皆。俺はこっちの方が見慣れてるんだ」
「邪心がだだもれだからてっきりそっちの道に行ったのかと思ったぜ。でも、漸く判った。こうなりゃ、協力するっきゃないでしょ。お前が俺を信じてくれたように、俺だってお前を信じるよ」
「土門」


顔を巡らせば残りのメンバーもにこりと微笑み、ぐっと親指を立ててきた。
懐かしい感覚。
まだフィールドを自由に駆け回れたときに、同じような仲間がいた。
『サッカーは楽しいものだ』と胸を張って言える、そんな仲間が。
『守』が『有人』に見せたいのは、思い出させたいのは、そんなサッカーなのだ。


「ありがとう」


『鬼道守』はヨーロッパ屈指の天才プレイヤーだった。
対して『円堂守』はその栄光の全てを失い、地べたから這い上がった存在でしかない。
嘗ての名声は今はもう手が届かぬ光の彼方に存在し、二度と立てない場所だと知っている。
毎日に絶望し、取り上げられた全てに涙を飲んだのも一度や二度ではない。
けれどある日唐突に気づいた。
世界の舞台に立てなくても、自分はサッカーが出来る場所があるのだと。
そして自分が弟のためとエゴを振りかざした結果に気づき、愕然とした。
何という恐ろしいことをしてしまったのか。何という愚かな真似をしてしまったのか、と。

無意識に掛けたリミッターを解除するのは、今の円堂には死刑宣告と同じだ。
自分の選んだ道の結末を覆すために、文字通り命を掛ける。

円陣を組んで、こちらに視線を向ける仲間に微笑む。
そしてゆっくりと口を開いた。


「前半に無理をした鬼道の負担を考えると、皇帝ペンギン2号は打ててあともう一発。それさえ凌げばこの試合、必ず勝てる」
「ああ」
「この試合が終わったら、全部話す。だから、頼む。この試合もう一点奪って絶対に勝ってくれ。ゴールは俺が割らせない」
「判った」
「信じてるぜ、キャプテン」
「雷門の守護神として、きちっと活躍してよね」
「そうそう。円堂はあくまでキーパー。俺たちも毎度期待してるわけじゃない」
「・・・サンキュ、皆。───後半は豪炎寺にボールを集めろ、勢いに乗って点を奪うぞ!俺たちは帝国に勝つ!!」
『おう!!』


円堂の実力の片鱗を見せつけても、円堂の力のみを頼りにしないと言い切る彼らが誇らしい。
実力の差があっても、彼らは対等な仲間だ。
組んでいた円陣から離れると、視線を感じて顔を上げる。
そして激しい憎悪を向ける鬼道と目が合い、少しだけ泣きたくなった。

振り切るようにこちらから視線を外し、離れた場所にぽつんと立っている音無へ近づく。
怯えた小動物のようにこちらを見上げた少女に、柔らかく微笑んだ。


「安心しろ、音無。俺たちがこの試合に勝っても帝国はフットボールフロンティアへの参加権は失わない」
「───どういうことですか?」
「勉強不足だな、マネージャー。前年度優勝校は特別枠があるんだよ。だからあいつの望みを挫く訳じゃない。ここで負けても、あいつはきっとお前を得るために優勝を目指す」
「どうして」
「ん?」
「どうして、私にそんなこと言うんです。私は円堂先輩に・・・キャプテンに酷いこと言ったのに」
「簡単だよ、音無。『有人』の妹は、俺にとっても特別だ。なんて言っても可愛い弟の大事な妹なんだからな。───お前の兄貴を取ってごめんな」
「っ・・・ごめんなさい。ごめんなさぃ、ごめんなさい!酷いこと言って、ごめんなさい!」
「泣くなよ。鬼道がお前に自分から全てを話すまで、その涙は取っておいてやってくれ。・・・俺なんかのために、泣いてくれてありがとな」


指先で零れ落ちる綺麗な雫を拭ってやる。
少女は自分と違ってとても綺麗だ。

この子なら、後悔しない。
『有人』が愛するこの少女になら、全てを渡してもきっと後悔しない。

胸の前で手を組み祈るように見詰める音無に微笑むと、首に掛けていたゴーグルとマントを外して渡す。
この行動が、真の意味での過去との決別の瞬間だった。

本当の敵は、『守』に誘われ顔を出した。
戦うべき相手を前に昂ぶる神経をぐっと抑える。

『どんな時でも冷静さを欠くな』

それは影山が最初に叩き込んだ基礎で基盤。
体中に絡みつくねちっこい視線に嘲笑を浮かべる。
高みの見物を気取っていれば良かったのに、のこのこと我慢しきれず同じ土俵に上がってくれた男に感謝を。
お陰様で『影山零治』という人間の有様を余すことなく見せてやれる。

先ほどピッチで確認した違和感は、円陣を組んだ際に仲間には伝えた。
彼がどのタイミングで何をするか、影山の性格を知る円堂には良く判る。

だが少しだけ心配も残った。
普段の冷静さを欠いている鬼道率いる帝国のチームはこの異変に気付いているのだろうか。
熱くなりすぎている鬼道に、円堂は緩く首を振った。

弟を助けるのは姉の役目。
以前は放棄したそれを、今度こそ果たせばいいだけだ。

間もなく吹かれる試合開始のホイッスルに、気を引き締めてピッチへ上がった。

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打ち込まれるボールの重みは、ずしんと体の奥深くまで響く。
一発一発に腰を入れ、全身の力を使わねば止められない。
その感触は何よりも明確に彼の努力を表していて、そんな場合じゃないのについ笑ってしまった。
攻め込む帝国の勢いは素晴らしく、これが自分が入るはずだったチームなのかと感慨深い。


「いいざまだな、円堂守。お前の仲間は防戦一方じゃないか」
「そうだな」
「それでこの俺に勝つと言うのか。お前を超えるために努力し、最強のチームを得たこの俺に!」
「・・・ああ。俺はこのチームでお前に勝つ。今のお前にはないものをこのチームは持ってる。お前は俺には絶対に勝てない」
「っ・・・ふざけるな!!俺は勝ち続けなければならない!お前など、最早目ではない!佐久間、寺門!!」
「はい、鬼道さん!」
「行くぞ、佐久間!」
「ゴッドハンドを破るために編み出した必殺技!!」


鬼道の合図で名を呼ばれた二人が駆け上がる。
勢いに乗った様子を見届け、指を緩い輪にすると口に咥えた。
高らかとなる口笛に、必殺技の予兆を感じて足を開いて腰を落とす。
予備動作で何を使った技かは判るが、どうアレンジしているかは知らない。
来るべき衝撃に備え真っ直ぐに前を睨むと、鬼道の足元から順にペンギンが頭を出した。


「皇帝ペンギンっ」


蹴り上げたボールが高く飛ぶ。
五匹のペンギンを纏わり付かせたボールが、唸るようにして前に出た二人に追いついた。


『二号!!』


タイミングぴったりに左右から足を出した彼らから繰り出されるシュートは、勢いを増し向かってくる。
鋭い眼差しをした鬼道がこちらを睨み付けているのを視界に入れ、ふっと軽く息を吐いた。


「勝負だ、鬼道!!」


体の気を高めて空に片手を掲げる。
覚えたのは随分前だが、実践で使うのは未だに数えるほどしかない。
嘗ての自分はキーパー技は禁じていた。使えなかったのではない。敢えて使わなかった、のだ。
恩師である人の影響ではなく、ミッドフィルダーであった自分にキーパー技は不要だった。
ゴール前に留まるより、風を感じて駆けるのが好きだったから。
だが恩師の思惑に反し、皮肉にも優秀な体は一度覚えた技を忘れることはなかった。


「ゴッドハンド!!」


金色に輝く手のひらが空中に出現し、それを操り体の正面に持ってくる。
飛び込んできたボールを掌の真ん中で受け止めると同時に、ペンギンがそれぞれの指へ向かって飛び掛ってきた。
ぎりぎりと押される力にぎり、と奥歯を噛み締める。
堪えようと力を篭めた瞬間体の中心から激痛が走り、一瞬の気の緩みをつかれそのまま吹き飛ばされた。


「ゴール!!」


声が高々と響き、ネット脇に転がるボールに微笑んだ。
痛む胸に手を置き呼吸を整えながら、転がったボールを視界の端に入れる。
まさか止められないと思ってなかった。


「これが俺の力、お前を超える俺の力だ!!」


高らかとした宣言に倒れた身を起こす。
駆け寄ってきた幼馴染が心配げな顔で差し出した手を断ると、ゆっくりと立ち上がった。


「努力したんだな、有人」
「・・・っ」


呟きは小さなものだったが、すぐ傍に居た風丸には聞こえたらしい。
きゅっと眉を寄せなんとも言えない微妙な表情をしたので、手を伸ばしてポンポンと頭を撫でる。
ジェスチャーで大丈夫だと伝えると、納得いかないまでも引いてくれた彼はポジションへ戻った。

キーパーの守備位置に立つと、間髪入れず横から風きり音を響かせて向かってきたボールに視線も向けず手を伸ばす。

ばしん、と鈍い音が響き右腕にじんじんと痛みが伝わった。
いや、痛いというより熱い、かもしれない。
顔を向ければ怒りに瞳を眇めた豪炎寺が鋭い眼差しでこちらを睨んでいた。


「俺がサッカーにかける情熱の全てを篭めたボールだ」
「・・・ああ」
「それを片手で受け止めれるなら、どうしてさっきのボールが取れない!?俺たちを馬鹿にしているのか!?」
「違う。そうじゃなくて、俺は」
「言い訳はいい。全力のプレイをしろ。それが俺たちに対するお前の責任だ」


心からの憤りを我慢ならないとばかりに叫ぶ豪炎寺に、手の中のボールを見つめる。
豪炎寺の言っていることは正論だ。
どれだけ正当化しようとも、今この瞬間のために彼らを利用した事実は消えない。
こんな時にも容赦なく悲鳴を上げようとする肉体に、そっと苦笑した。

サッカーは楽しいものだ。
サッカーは素敵なものだ。
自分の都合で鬼道の心を歪めたくせに、またも勝手な都合で鬼道に思い出させるために、自分は彼らを利用した。
ならば彼の言うとおり、責任に対する義務は果たさねばならない。

怒りで顔を歪めているのに、どこか泣きそうな目をしている豪炎寺に苦笑する。
素直で真っ直ぐで自分にはない輝きを持つ彼は、円堂が初めからが持ち得ない何かを持っていて、とても羨ましく眩しい。


「豪炎寺」
「・・・何だ」
「ありがとな。目が覚めたよ」


自分の都合で『有人』の心に干渉する権利があるのかと、今更になって心のどこかで迷っていた。
心の反応に体が倣い、全力のプレイを拒絶しようとしていた。
だがそれでは全てに意味がなくなる。
何も話さず巻き込んだ雷門中の皆にも、協力してくれた一之瀬にも不誠実な態度でしかない。

こちらを見ていた一之瀬に頷くと、心得たように彼も頷き返した。
体の隅々まで意識を張り巡らし、動かぬ部位がないか確認する。
負けるわけにはいかない。ここまで来て、負けてはいけない。
体が悲鳴を上げようと、全てを無視してプレイする。
それが自分に向かう鬼道にも、共に戦う仲間にも当然の礼儀だ。
全力のプレイはこの二年一度もしてこなかった。
自分を守るために無意識に掛けたリミッターを排除すると、豪炎寺に微笑む。


「取られた一点は責任持って取り返す」
「守!行くぞ!」
「───頼むぞ、一哉」
「任せろ!」


後ろを振り返り少し笑った一之瀬に、円堂も笑い返した。
そして弾かれるように守備範囲外へ飛び出ると一気にトップスピードに乗って駆け出す。
雷門が持っていたボールは気がつけば帝国に奪われていて、ボールを操る人物に目標を定めた。

全力で走れる時間は限られている。
限られた時間で全てを活かすには、決定的な場面でより効果的に相手の士気を下げなければならない。


「ごめん、風丸、壁山、土門!ゴールは任せた!」
「円堂!?」
「俺はやらなきゃいけない。頼む!」
「・・・判った、ゴールは俺たちに任せて行って来い」
「風丸、本気か!?」
「ああ。悪いな土門。そして壁山。二人とも付き合ってくれ。絶対に円堂はシュートを決める」
「───っ、判ったっす!任せるっす、キャプテン!」
「ありがとう!」


誘う言葉に促されるまま、ゴールから一気に全速で駆け出す。
前からドリブルをしてきた帝国の生徒の正面に立つと、一之瀬の位置を確認してから詰め寄った。


「気を抜くな、佐久間!その女は、総帥の教えを受けている!」
「なっ!?」
「遅いよ、鬼道。教える時間はあっただろうに、お前は詰めが甘い。───キラースライド!!」
「っ!!?」
「プレイが、変わった・・・!?」


瞳を丸くする佐久間と呼ばれた生徒からボールを奪い、弾いたそれを一之瀬に上げる。
一之瀬はそのまま豪炎寺へとボールを回し、三人でパスを続けた。
近寄ろうとする帝国メンバーに、仲間へと指示を飛ばして妨害させる。
格下の相手と油断した彼らを押さえ込むのは今の雷門の実力なら可能で、彼らの動き全てを脳裏に叩き込んだ。
一人、二人とかわしピッチの真ん中ほどまで行くと、ボールを持った豪炎寺に向かって二人の帝国の生徒が近寄りこちらへパスが渡る。
危うげなく受け取りドリブルをしようと前を向いた瞬間、そこにはゴーグルとマントをつけた鬼道の姿があった。

駆け寄ってくる姿が幼い日のものと重なり、少しだけ笑う。
すると憤ったように眉を跳ね上げ、呻るような声を上げスライディングをしてきた。
向けられた『キラースライド』はきっと自分に対抗したものに違いない。

だが、それも読んでいた。
あの場面であの技を使えば、絶対に彼は誘いに乗ると思っていた。
普段の落ち着きがあれば別の技を繰り出しただろうに、冷静さを欠いているおかげで彼の行動は判りやすい。


「本当に甘いよ、鬼道。言っただろう?冷静さを欠くなと」
「何!?」
「・・・真・イリュージョンボール!!」
「なっ!?」
「鬼道さんの技と同じだと!!?」
「同じじゃない。完成度じゃ俺の方が上だ」


鬼道が使う技の二倍のボールを出現させ相手を翻弄し、驚きに声を上げる帝国の面々に笑いかけそのままドリブルで鬼道を抜いた。
すぐ後ろから追ってくる鬼道の気配が近づく前に、目的の位置まで到達する。
こんなに風を感じるのはいつ以来だろう。体は苦痛を訴えるのに、心は開放感で溢れている。
自分の右前に進む一之瀬に合図を送れば、意図を汲み取った彼は一気にスピードを上げて前に進み出た。


「行くぞ、一哉!」
「おう!」


先ほどの鬼道と同じように丸めた指を口に含む。
こちらの様子を窺う周囲の人間が正気に返る前に指笛を高らかに吹き鳴らした。

音に反応し五羽のペンギンが地面から顔を出す。
先ほど鬼道が放った『皇帝ペンギン2号』と同じように半円を描いた彼らに、ボールを空に蹴り上げた。
同時にトップスピードに乗り一之瀬の居る場所まで全力で駆け抜ける。
落ちてきたボールにタイミングを合わせ、左右からシュートの体勢に入った。


『皇帝ペンギンブレイク!!』


鬼道たちの放った皇帝ペンギン2号とよく似た出現方法だが、その後のペンギンの動きはまるで違う。
彼らの動きが五羽同時の力の放出型であるなら、一之瀬と円堂のこの技は一点集中型のもの。
一直線に並んだペンギンたちが押し出すようにボールを順に嘴でつつく。
同じ箇所に圧を掛け、一羽ごとに力を増すのが皇帝ペンギンブレイクだ。
飛び上がった源田がパワーショットで防ごうとしているが、それは無理だ。


「お前の技は何度も見た。そして理解した。その技は力を地面に叩きつけて起こる衝撃波を利用したものだろう。一点集中で同じ箇所に圧を掛ければ穴が開く」
「ぐ・・・うぁぁぁああ!!?」


最後まで見ずに踵を返す。
巻き起こる風でマントが靡き、首に掛かったままのゴーグルも揺れた。
呆然とこちらを見る鬼道は、ぐっと唇を噛み締めて眉間に深い皺を刻み込む。


「・・・嘘だ。何故、お前がペンギンを扱うんだ!?今まで一度だってそんなシュートは打っていなかったはずだ!!」
「俺が影山の教えを受けていると言ったのはお前だろう、鬼道。影山が考案した皇帝ペンギン1号。それを最初に打ったのは誰だと思ってるんだ。それだけじゃない。今の帝国の面々が利用している技。影山が考案したそれらの技を、現実に使えるものにしたのを誰だと思ってる」
「まさか」
「そのまさか、だ。『皇帝ペンギンブレイク』は負担が大きすぎるあの技を改良したものだ。一哉の協力を得て作ったこの技は、皇帝ペンギン1号の威力に劣らない」
「・・・俺はお前を超えたはずだ。家を捨てサッカーを捨て俺を捨てたお前を、俺は超えたはずだ!」
「ゆう・・・」
「そうだ、鬼道。お前はそこの女をもう超えている」


響いた声が前半終了のホイッスルと重なり、円堂はそっと目を伏せた。

拍手[5回]

>>あきら様

初めまして、あきら様!
管理人の国高と申しますw

まず初っ端に雄叫びさせてください。
きやあああ!コメントありがとうございます!
イナイレの連載始めてから初のコメントに感謝感激雨霰ですww
本当にありがとうございます!
明日は閑話の後編と日常篇を一話ずつアップして、明後日に本編更新しようかと思っていたのですが、明日続きをアップさせていただきますね!
際どい設定と理解してるだけに、あきら様のコメント本気で嬉しかったですw

また是非遊びにいらして下さいw
Web拍手、ありがとうございました!

拍手[0回]

「サッカーを捨てられるか、守?」
「何を」
「お前がサッカーを捨てられると言うのなら、私もお前の弟に手出しするのは考えてやろうと言っているんだ」


ゆったりとした椅子に腰掛け足を組む男に、守はきつく唇を噛み締めた。
父の命令で帰国した先で待ち受けていたのは、絶望とも取れる宣告。
病院通いを余儀なくされた挙句の影山の発言に、ぎりぎりと拳を握る。
憎くて憎くて仕方ない。
こんな強い感情を他人に向けるのは初めてで、睨み据える守に影山は楽しそうに笑った。


「お前がそんな顔をするのは初めてだ。そんなに弟が大切か」
「大切だよ。あなたの策略どおり、俺は有人を大切だと思い込んだ。震える掌を、縋りつく体を、矜持が高く綺麗な心を、真っ直ぐな眼差しを、その存在を特別だと認識した。全部あなたの筋書き通りに」
「ならばここからも筋書き通りだ。弟が愛しいなら、サッカーを捨てろ」
「それがあなたの狙いか。初めから、俺にサッカーを捨てさせる気でいたのか」
「私を破滅させた円堂大介の孫。才能豊かなその孫を私自身が破滅させる。いいや、違うな。お前は自分から破滅を選ぶ。・・・お前が弟にのめり込まねばこんな目に合わなかった。昔のままのお前なら、世界へ行かせてやろうと思っていたのに」


まるで有人を選んだから壊すとでも言わんばかりの影山に、反吐が出そうだった。
自分でそう仕向けたくせに、逆らって欲しかったと言わんばかりだ。

有人を愛するのは必然だった。
全身で守の存在を欲し依存した子供は、それまで自分を心から必要とされたことがないと思っている守には斬新で、手放しがたい感情を与えた。
玩具だと認識していたのは始めの数ヶ月だけで、気がつけば本当に弟のように思ってた。

それでも少し前ならサッカーと天秤に掛けられても『応』と即答できなかっただろう。
日本へ帰国し一ヶ月。
イタリアへ帰らず病院通いを始めた守の心の隙を付いた問いかけは、いかにも影山らしく計算されていた。
下種なやり方だがその効果は絶大だ。


「お前の弟は帰ってきたお前は帝国のサッカー部へ編入すると思い込んでいる。引き抜くのは簡単だ」
「あなたの支配が本格的になる帝国になんか入ったら、有人の心が潰れる。あいつは俺とは違って優しいんだ。妹を引き取るために努力している。それを邪魔するのはあなたでも許せない」
「許してもらう必要はないな。お前の弟は勝つ方法を欲している。姉であるお前のように強くなりたいと望んでいる。私の元へ来たなら少なくとも望みには近づけるだろう」
「───だが絶対に俺は超せない。才能の差を誰より理解してるのは、俺にサッカーを教えたあなただろう!?」
「そうだな。お前の弟はお前を超える才能はない。だがお前を苦しめるには絶好の餌だ。そして例えお前を超えなくとも、彼の才能は素晴らしい。時期帝国のキャプテンを任せてもいいほどにな」
「っ」


帝国のキャプテンを任される。
それは常勝無敗のチームの責任を負い、影山の叩き込む全てを受け入れるとの言葉に他ならない。
影山の考案する技は体への負担が半端なく、守ですら滅多に使いたいと思えないものばかりだ。
開発に携わった後の疲労感は大きく、選手のことなど考えていない。
勝つために、とそれを全て会得してきたし協力したが、有人の体では耐え切れるはずがない。


「・・・俺が」
「ん?」
「俺がサッカーを捨てたら、有人を壊さないと約束できるか?サッカーを続けられる体を維持させると約束できるか?」
「───そうだな。私からは手を出さないと誓おう。帝国へ引き抜かない」
「そうか」


確約ではないが信じるしかない。
ふっと息を吐き出し、服の上から心臓のある部分を握り締める。
どうせ全ては限られている。なら選ぶべきものは一つしかない。


『姉さん、俺は必ず帝国でスタメン入りをします。それまで待っててください。三年間全国制覇したら春奈を引き取ると父さんが約束してくれたんです!だからお願いです、姉さん。姉さんの力を俺に貸してください!』


久し振りに会った弟は随分と身長が伸び、大人びた話し方をするようになっていた。
それでもくしゃくしゃと頭を撫でれば照れたように顔を赤らめ、おずおずと手を伸ばし守の服を握ってきた。
甘えるのが恥ずかしく、けれども手を伸ばさずに居られないと、『弟』の顔で笑っていた。
守の帰国は帝国に入学するためのものだと、彼は信じ込んでいた。

絶望の淵にあった守が感情を隠して笑ってられたのは有人が居たからだ。
可愛くて愛しい特別な子供。
どんな願いでも叶えてやりたく、出来れば力になってやりたかった。


「後のフォローはあなたがしてくれるのか?」
「ああ。お前が私に確固とした証明を捧げるのであればな」
「・・・判った」


心は決まった。
この先に待つのが暗闇であり完璧な絶望であるのを知っている。
だが他の道は選べない。選ぶ気もない。


「お前は、ついに私の色には染まりきらなかったな、守」
「当然だ。サッカーは楽しいものだ。俺の才能を心行くまで発揮出来る場所を、そして必要なスキルを叩き込んでくれたあなたには感謝してるけど、俺は他の誰でもなく俺自身にしか染まらない」
「・・・その輝きは、私には憎くて仕方なかった。フィールドで風になるお前は誰よりも才能があり輝いていた。『勝つためになら何をしてもいい』という教えを守らないくせに、『勝ち続けた』お前が憎くて仕方なかったよ」


サングラスの奥からこちらを睨み据える影山に、守は笑った。
それは場違いにも無邪気で、だからこそ無神経な微笑み。
背筋を伸ばし真っ直ぐと彼を見詰め、ゆっくりと唇を開く。


「予言してあげますよ、『総帥』。俺とあなたは今、このときを持って道を分かたれる。あなたの手駒として戦う俺は永遠に居なくなります。でもね」
「・・・」
「この先あなたがどれだけの選手を育てようと、どれだけの才能を発掘しようと、俺を超える選手は一人として居ないでしょうよ。そしてあなたは、俺という幻想に一生囚われる。俺を壊して束の間の満足を得た後、掴みかけた頂上への切符を手放したことを一生後悔するでしょう」


言葉は呪いであり予言であり予測だ。
複雑な心境で守を育てた影山は、丹精篭めて作り上げた自身の作品を忘れない。
影山の愛憎入り混じる言葉は、『有人を選ばなければ』と本心を告げた。
愚かなものだ。
自分を愛しながらも憎む男に、守は優しく微笑みかけた。

そうして踵を返すと一度も振り返らずにドアノブに手を掛けた。


「・・・お前を愛していたよ、守」


消えそうなくらい小さな囁きに心を閉ざし、守はその場を後にした。


ゆったりとした足取りで、病院から離れる。
父に頼んで病院通いは有人へ秘密にしてもらっているが、正門には鬼道家の車が止まっているはずだった。
それを無視して裏門から出ると、滅多に人通りがないため裏道として車が良く利用する道へと足を向ける。
人が居ないので遠慮なくスピードを増す車が多いそこで守は笑った。


「ごめん、有人」


一歩前に踏み出せば、闇に覆われ始めた世界でもライトをつけていなかった車が甲高いブレーキ音を響かせた。
近づく破壊者に頬を涙が伝い落ちる。
どうか何も知らないでくれと願う。
守が取った行動は自己満足でありエゴでしかない。
『どうせサッカーが出来なくなる』のであれば、よりマシな選択肢を選びたかった守のエゴだ。

もっと走りたかった。
もっと強い敵とやりあいたかった。
もっと凄いプレイヤーになりたかった。
もっと仲間とサッカーをしたかった。

全てが叶わなくなるなら、せめて誰かの役に立ったと、そう、思い込みたかった。
それが最愛の存在であれば尚のこと。

どん、と体に激しい衝撃が走り、暫くの浮遊感の後地面へと叩きつけられる。
暗転する意識の中で思い描いたのはやっぱり弟のこと。
これから自分の裏切りにあい、そして妹を今よりもずっと希求するようになるだろう。
それでも憎しみだけでサッカーをして欲しくないと望む自分は傲慢だ。

けれど、とちらりと思う。
守の選択は勝ち続けたいと望む彼の糧になるだろうけれど、それで良かったのだろうか。
サッカーを楽しむものだと教えたのは自分なのに、正反対の道を選ばせることになる。
憎しみは心を強くする。守への恨みを糧に、影山の行為にも心は潰れなくなるだろう。
だがそれが正しいのか判らない。
それでもここで有人からサッカーを取り上げたら、彼の望みは叶えられなくなる。
妹を引き取り一緒に暮らす。
子供の頃から幾度も口にしている彼の夢を、破壊することになる。
それは認められなかった。

自分が居なくなっても、影山が引き抜かずとも、有人は絶対に自分の意思で帝国へ行く。
そこが自分の望みを叶える一番確実な場所で、姉である自分を育て上げた影山の力に縋るだろう。
サッカーを出来る体を維持すると影山は言ったが、有人はどうなってしまうのだろう。
技術のみを磨いて、あの繊細な弟は大丈夫なのだろうか。

自分の存在は影山の手により隠されるだろう。
事故を起こした事実も、守の存在自体を彼の傍に置かないはずだ。
父も上手く言い包め自分に都合よく動かすだろう。

意識が途絶える間際に、会えなくなるのは嫌だな、と。
笑顔の弟を思い描き、最後の一粒の涙を零した。

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「・・・くっ、ひっ」


腕の中で涙を零す有人の髪に、すりと頬を寄せる。
鬼道家にすぐに馴染んだ守とは違い、有人は二年経った今でも時々こうして涙を流す。
来月からイタリアへ渡るのに、これでは心配で仕方ない。
一ヶ月で帰るが、その間一人で大丈夫なのだろうか。

有人は随分と繊細な子供だ。
賢く機転が利きサッカーも上手く才能もあるのに、随分と手のかかる『弟』だった。
放り出してもいいのだが、それが出来ないのはこの腕の中の存在が柔らかくて暖かいから。
有人はまるで、他に味方がいないとばかりに守に縋りつく。
自分が居ないと死んでしまうのではないかと思えるくらいに心を預け懐いていた。
何故有人が守にここまで懐くのか判らないが、きっと相性が良かったのだろう。


「よーしよし。俺がここにいるから、泣かなくていいんだぞー」
「でも、姉さんも、行ってしまう。俺を置いて、行ってしまう。飛行機は、駄目だ」


嗚咽交じりに途切れ途切れで訴えられ、そう言えば彼の両親は飛行機事故で亡くなったのだったと思い出す。
他にも影山から与えられた資料に色々と載っていたが、資料の内容は今の守にはどうでもよかった。
有人の存在は今や玩具から『弟』へと認識が変わっている。
守だけを頼りにする子供を手放すなど考えられなかった。
サッカー以外に執着するのは初めてで戸惑いも覚えるが、震える手でパジャマを掴んで涙する彼を振り払う気にはならない。
きっと父に見られたら鬼道家の子供として相応しくないと糾弾されるのに、この子を傷つけたくなかった。

すくっと立ち上がると、壁に掛けておいたゴーグルと、机の上に放置しておいた先日の家庭科の授業でエプロンを作る際に利用した布の切れ端を手に取る。
突然離れた守に不安そうに瞳を揺らめかす有人に笑いかけると、普段は試合時に利用しているバンダナで一本に髪を結い上げ有人とお揃いの髪型にし、ゴーグルを掛け布を肩口で結んだ。


「ほら、有人」
「・・・何してるんだ」
「見て判らないのか?」
「・・・・・・」


へらりと笑って見せれば渋い顔をした弟はそっと視線を逸らした。
痛々しいものから目を背けるような態度に憤慨すると、マントとして纏った青い布で有人を包んだ。
何するんだと抵抗する子供を布越しに抱きこむと、必死の勢いで顔を出した彼に笑いかける。


「俺は正義のヒーローだ!有人のためのヒーローだぞ」
「・・・・・・」
「正義のヒーローは凄いんだぞ。どんなに離れててもお前のピンチには駆けつけるんだ。俺はイタリアに行く。でも、一ヶ月で帰って来る。一月ごとにイタリアと日本を交互に行き来して暮らすけど、心は有人とずっと一緒だ」
「・・・姉さん。子供じゃないんだから」
「子供だろ。何大人ぶってんだよ。俺たちは大人の庇護がないとどうしようもない子供だ。だから馬鹿やってもいいんだ。そんなのも判んないからお前は馬鹿だって言うんだよ、有人。毎日電話するし、パソコンにメールも送る。だから寂しくないぞ。お前もいつだって連絡してくれればいい。俺はいつだってお前のことを受け入れる」
「───姉さんは」
「ん?」
「姉さんは、本当に仕方ないな」


そうして笑った有人の笑顔はくしゃくしゃで、今にも泣きそうなのに幸せそうだった。




イタリアへ行き来を始めてから、気がつけば変な癖が付いていた。
観客席に父と並んで座る有人に手を振ると、体に纏うマントと首に下げたゴーグルに苦笑する。


「マモル」
「フィディオ」


昔は敵対チームにいたが、ジュニアユースに上がってからは同じチームの彼は気軽に近寄ってきた。
当然だが彼には自分のような変な装飾品はついておらず、淡い苦笑と呆れを交えた微妙な表情になっている。
口を開こうとした彼を制し、軽く嘆息した。


「言うな。何も言うな」
「でもさ、マモル。俺、君との付き合いもそこそこになるけど、そのセンスだけは理解できないよ」
「痛々しいのは自分が一番判ってる。むしろ他人に言われるとむかつく」
「でもそれはないよね。コスプレ?」
「願掛けと言え」
「願掛け?そう言えば昔からここぞという勝負時に、その格好してたね」
「正義のヒーローだからな」
「誰の?」
「弟」
「・・・マモルは相変わらずブラコンだな。今日は弟君来てるの?」
「来てるよ。だから絶対に勝つ」
「一応相手は強豪だよ?前年度のリーグ優勝チームだ」
「関係ないね、俺は勝つ」
「俺は、じゃなくて俺たちは、だろ。今年から仲間なんだから」
「足は引っ張るなよ、『白い流星』。勢いのまま地面に墜落したら爆笑するぞ」
「君こそね、『不屈のポラリス』。北極星が雲に隠れたら旅人は導を失うよ」


にいっと笑い合う。
敵同士であった故に相手の実力は嫌というほど知っている。
フィディオのスピードと感覚、シュート力と観察眼の鋭さを知っているのは守で、同様に守の司令塔としての才能、人を動かすカリスマ性、攻守において優れる技術を知るのもフィディオだ。
そして味方になればこれほど頼もしい存在もないとも、敵であったからこそ理解しあっている。

ハイタッチして隣に並ぶと、歩きながら髪を結う。
普段はバンダナとして扱っているそれでポニーテールを作り、ゴーグルを顔にかければ戦闘準備は万端だ。
影山から送られたゴーグルはここぞという時以外は使用しないが、今日は例外だ。
普段はツインテールにしている守の格好に目を丸めたチームメイトは、守の姿を注視した。
だが向かう視線をさりげなく無視して真っ直ぐと背筋を伸ばす。


「この試合、勝って俺たちが最強の座を奪うぞ」
「大丈夫!いつもの俺たちの実力ならいけるよ」


最年少でありながらチームのムードメイカーである二人の言葉に、周囲にいた仲間はこくりと頷く。
始めこそ年下の二人を認められなかったが、一緒にプレイして彼らの素晴らしい才能に惹きつけられていた。
白い流星と呼ばれるストライカーに、不屈のポラリスと呼ばれる司令塔。
彼らが大丈夫だと言った試合で負けたことなど一度もない。
だから今回も大丈夫。


「行こうぜ、俺たちのフィールドへ」


女でありながらその実力ゆえに男子とチームを組む異質の存在。
ジュニアユースではヨーロッパでも屈指と呼ばれるまでに成長した守は、客席の隅に影山を見つけ少しだけ笑った。

そうして守は、最年少の天才ミッドフィルダーとしてその名をヨーロッパ全域へ轟かせた。
嘗ての彼の予言と、一切違わぬままに。





「帰国する?」


何故、と言わんばかりに不思議そうにこちらを見詰めるフィディオに守は苦笑した。
今はリーグ戦も終わりやや落ち着いている時期だが、それでも違和感を感じずにいられなかったのだろう。
ジュニアユースチームに入ってからそろそろ一年になるが、九歳の頃からライバルとして競い合ってきた間柄だ。
互いに互いを言葉以上に理解している。
それにサッカーでイタリア留学してから、この一年近くは同じ寮生活をしていたのだ。
以前より親しく付き合っているので、余計に突然の行動に疑問を感じるのだろう。
自分自身突然の父からの帰国命令には戸惑いを隠せない。
電話で用件を聞いたが、顔を合わせないと言えないと繰り返され、試合時期でもないので帰国を決意した。


「里帰り?」
「そんなとこ。今なら日本に帰ってもそれほど支障はないだろ」
「試合はないけどマモルがいないと詰まらないな。俺の練習相手はマモルが一番楽しいのに」
「サンキュ、フィディオ。俺もお前と練習するのが一番楽しいよ」
「でも帰っちゃうんだろ?詰まらない」
「一時帰国だって。すぐ戻ってくるさ」
「約束だ、マモル。帰ってきたらまた一緒にプレイしよう」
「おう!約束だな」


笑ったその時は、もう会えないなんて思ってもみなかった。
ずっとずっと一緒に並んでプレイするものと、疑いもしなかった。

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