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いろは順お題
--お題サイト:afaikさまより--



『それ』からすると見上げるくらいの体は、人にしては華奢な部類に入るらしい。
癖の強い黒髪を揺らし、釣り目がちの瞳を細めて笑う人に小首を傾げる。
細い腕に抱き上げられた体はだらりと伸びて、尻尾がぶらぶらと揺れた。

視線を下げればそこには先日力を分けてくれた魔獣が一匹。
秋の夕日のような毛並みと瞳を持つ彼は、たしたしと尻尾で床を叩いている。
不満げに鼻をふんふんと鳴らし『それ』の匂いを嗅ごうとするので、拒絶するように足を動かしたら丁度顔の正面に当たった。
虚をつかれ目を丸めた彼は、次の瞬間にぶわりと尻尾を膨らませる。


「ぐるぅぅうウウぅ」
「よさんか、恋次。今のは貴様が悪い」
「どうしてだよ!どう考えてもこいつが悪いだろ!」
「いや、阿散井さん。あなたが悪いですよ。誰だって親しくもない相手に近づかれたくないもんです」
「って、ルキアなんか抱き上げてるじゃねえか!」
「朽木さんは飼い主だから別なんでしょ」


そう言いながら、少女が脇に手を入れて抱き上げていた『それ』の首を掴むと、年齢不詳の男は何食わぬ顔でひょいと持ち上げた。
くぐもった声が上がるが、全く取り合ってもらえない。


「お嬢様。服に毛がつくから抱き上げないようにと言っているでしょ」
「何を言っておる。それこそ今更だ。私の部屋には恋次が居るし、花太郎だっているのだから」
「それとこれとは別です。阿散井さんの毛も花太郎さんの毛も硬くてつきにくいですが、この猫は違うでしょう。ほら見てみなさい。お気に入りのワインレッドのワンピースが毛だらけです」
「別に私は気に入ってない」
「私のお気に入りなんですよ。ったくこれだから動物っていうのは」
「動物ではなく魔獣だ」
「似たようなものですよ」


ふん、と鼻を鳴らし、ぽいっと宙に放り投げられた。
慌てて空中で体制を整え足から着地すると、ぱちぱちと少女が手を鳴らす。
しかしながら感動しているのは少女のみで、彼女の両隣に居る男たちの反応は冷静そのものだった。
特にスーツ姿の男は、一見すると態度は恭しいが行動は乱雑。
丁寧なのは少女に対してのみで、『それ』や狼系の魔獣には一線を画した態度を取っている。
判りやすい位置づけに、この屋敷に来て日が浅い『それ』もなんとなく人間関係が読めた。


「ぶにゃうううなぁん!」
「───ほら見なさい。お嬢様がきっちりと躾をしないからですよ」


不満を訴えて毛が生えている床を爪を立てて掻けば、再び首の後ろを掴まれて持ち上げられた。
また投げられるのかと身を竦めると、柳眉を顰めた少女は一つかつかと距離を詰めると首を掴まれていた『それ』を男から奪い取った。
つり上がり気味の紫紺の瞳を半眼にして、苛立ちを篭めて睨み付ける姿は小さくても勇ましい。
優しく耳の付け根を撫でられ自然と喉が鳴る。


「・・・甘やかしすぎです」
「今は甘やかすことが必要だ。何も鞭ばかりが躾ではないだろう」
「お嬢様」
「しつこいぞ、浦原。こやつは私の魔獣となるのだ。私の好きにさせろ。それに、私には恋次も居るしな」
「俺?」
「ああ。お前は今日からこやつの兄だ。こやつの見本となるよう、兄様のように規律正しくしろ」
「朽木のご当主と同じように?俺に出来ると思ってんのか?」
「出来なくともやれ。契約主としての命令だ」
「───ああ、はいはい。ったく、お前!あんまり世話かけんじゃねえぞ!」
「よし。・・・おい、お前」


呼びかけられて顔を上げる。
紫紺色の瞳がひたりと『それ』を見詰め、綺麗な色に暫し見惚れた。
そんな『それ』の気持ちを見透かすように瞳を細めて喉を鳴らした少女は、『それ』の頭を指先で撫でる。


「お前の名前は『一護』。一つのものを護り抜くと書いて『一護』だ」
「んなぅ?」
「ああ、お前の名だ。私の名は朽木ルキア。こっちは恋次で、そこの胡散臭いのが浦原だ。これから私たちがお前の家族だ」
「なぅぅう?」
「ふむ、そうだな。まずは人語を話せるように練習しろ。丁度いいことに浦原は無駄に知識が深い。教師役には適しているだろう」
「結局私も手を貸すんですか?」
「当然だ。貴様は私に仕えているんだろう?」
「・・・はいはい。その代わりびしばしと教えますから、そのつもりで。甘やかすのは私の担当じゃありません」
「ほどほどにしろよ。そして人に変化する術は恋次から学べ。戦闘においてもこやつなら丁度いい指南役だ」
「きっちりとついてこいよ」
「そして私はお前の母親だ。いつでも甘えてくるがいい」
「・・・母親?」
「ルキアが?」
「何か問題が?」
『いいえ、何も』


鋭い眼差しで睨み据えられた二人が、そっぽを向いて否定する。
突然にいろいろなことが決まり戸惑っている一護の頭に頬を摺り寄せると、『ルキア』は笑った。


「歓迎するぞ、新しい『家族』よ」


心底嬉しそうに目を細めて告げたルキアに、一護の尻尾がふらりと揺れる。
『母親』がどんなものだったか、もう思い出せないけれど、今日から彼女が『母親』らしい。
幾らでも甘えろと胸を張るルキアは、言葉通り甘やかすように一護の喉を指先で擽る。

新しい日常の幕開けに、一護は小さく声を上げた。

拍手[14回]

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「本当にここでいいのか?」


未だに建物が見えない雪原で、降ろしてくれと告げた少年に小首を傾げる。


「うん。すぐそこだから」


そう言われて指差した先を見ても、円堂には何も見つけれない。
だが地元民らしい少年しか知らない場所があるのだろうと、それ以上の詮索は止める。
代わりにポケットを探り目的のものを見つけると放り投げた。


「それ、持ってけよ。まだ効果は数時間持つからさ」


北海道に入ってから密かに持ち続けていたホッカイロ。
欲しいと言われなかったから自分で使い続けていたが、この少年がまだ雪道を行くつもりなら渡しておいた方がいいだろう。
ボールを持っていない手でキャッチしたそれをまじまじと見て、少年はにこりと微笑む。


「ありがとう」
「どういたしまして。んじゃ、またな」
「え?」
「何となく、お前とはもう一度会う気がするんだ。だから、またな」
「・・・うん。またね」


きょとりと瞬きした少年は、次いで破顔した。
頷いたのを確認し、ウィンク一つしてから手を振る。
目の前で閉じられたドアに一歩下がり、進みだしたキャラバンに気をつけながら席に戻る。


「何を話していたんですか?」
「またな、って言っただけだよ。そう焼もちを妬くなよ、有人」
「ッ!?焼もちなんて妬いてません!」
「そ?それならいいけど」


ドレッドヘアをひと撫でして座席に腰を降ろそうとし、視界に入った姿に微かに柳眉を寄せた。
和気藹々としているキャラバンの中でただ一人、無言で隣の座席を睨み続ける少年。
苛立ちや悔しさを何処に収めればいいか見つけられていない染岡に嘆息した。
義理人情に厚く、優しく一本気なのは染岡の魅力だが、逆に言えば融通が利かずに頑固で柔軟性が足りない。
彼の持ちうる優しさを円堂は好んでいたが、他人に苛立ちをぶつけるのは良くない。
染岡の機嫌を損ねぬようにちらちらと視線をやり気を使う仲間たちに、首を振り椅子に座る。


「どうかしたのか、円堂?」
「いや、どうもしてないよ」


小首を傾げた風丸に笑みを向け、少し寝ると断ってから瞼を閉じる。
白恋中までの道のりで何かいいアイデアが浮かべばいいと思いながら。





「うーん・・・漸く着いたか」


雪の中走る仲間たちを見送りつつ、うん、と軽く伸びをする。
長距離のバスは肩が凝る。キャラバンの脇で軽くストレッチをしていると、いつの間にか隣に並んでいた鬼道が同じように伸びをした。


「お前は皆と行かなくていいのか、有人」
「・・・どうせもう見えています。急がなくても、逃げたりしないでしょう」
「確かにな。けど折角だからお前も混じればいいのに。具体的にはあの辺りに」


円堂が指差した先には元気よく雪合戦している年少組みと一之瀬の姿。
ちなみに一之瀬と並んで走っていた土門は、彼の幼馴染により雪玉の標的にされ追い掛け回されている。
悲鳴じみた奇声を上げているが、誰も助けてくれないらしい。
和やかな光景にくつくつと笑うと、小首を傾げた鬼道がしゅるりと首からマントを外す。


「・・・風邪を引くといけません。これを」
「ああ、サンキュ。でもお前も知ってのとおり、俺寒いのも暑いのも慣れてるから。妹にかしてやって来いよ。ほら、くしゃみしてるぜ」


年上のマネージャーに囲われている春奈を指差すと、丁度くしゃみをしているところだった。
息を詰めた鬼道が、マントを片手に走っていく。
慌てて妹の体を青い布で包んでやる弟に目を細めていると、不意に後ろから声を掛けられた。


「あの・・・」
「ん?」
「日本一の、雷門中のサッカー部の皆さんですよね?」


耳当てをした、髪を肩で切り揃えたどこか気弱そうな少年がおずおずと円堂を見詰めている。
彼の背後にはまだ数人、仲間と思しき少年たちが瞳を輝かせてこちらを見ていた。


「そうだけど、君たちは?」
「俺たち、白恋中のサッカー部なんです!こんなところじゃなんですし、良ければ教室まで案内します。どうぞ付いてきて下さい」
「いいの?」
「ええ、勿論」


促されるままに少年の後をついて行く。
瞳子は校長と話しに行くと言ってたが、しばらくは自由時間だと指示は出されていた。
自由時間とはすなわちある程度の秩序を保てば自由にしていていい時間のことだ。
勝手に解釈し、頭の後ろで手を組み足を動かしていたが、少しだけ思案し歩みを止める。


「おーい!白恋中のサッカー部員見つけたから、俺ついて行くなー」


一応一声かけたらあっという間に全員が集合し、ぞろぞろとついてきた。
これで管理しやすくなった。
満足げに一つ頷くと、いきなり増えた人数に目を白黒させる少年たちを促し校舎へ足を踏み入れた。

流石にサッカー部ともなると、フットボールフロンティアもテレビ中継で見ていたらしく、色々と試合について質問される。
きらきらした目で問われるないように、苦笑しながら応えていれば気がつくと教室の前に立っていた。
がらりとドアを開けられた室内には大型のストーブが置いてあり、煙突が天上に沿って外へと続いている。
薪ストーブらしく、ぱちぱちと木が爆ぜる音が聞こえた。
それぞれに交流を深める部員たちを眺めていると静かに入り口のドアが開く。
顔を出したのは校長と話をすると別行動していた監督で、クールな表情で室内を見渡した。


「・・・吹雪士郎君はどこにいるのかしら?」


腕を組み、盛り上がっていた少年たちの間に入って問いかける。
唐突に割り込まれて瞳を丸くした白恋中のサッカー部の面々は、瞳を丸くしながらも互いの顔を見合わせてざわめきだす。


「吹雪君?今頃スキーじゃないかな。今年はジャンプで100m目指すって言ってたもん」
「いや、きっとスケートだよ。三回転半ジャンプが出来るようになったって言ってた」
「おいらはボブスレーだと思うな。時速100kmを超えたって言ってたよ」


口々に語りだした人物像をあわせると、随分と多趣味な少年らしい。
けどそれにあわせて熊殺しだと益々人物像が掴み辛い。
妄想の中に出来たのは筋骨隆々な少年が優雅にフィギュアの衣装を着て三回転半を決めるシーンで、己の妄想に小さく噴出した。
そういえばここの学校は校舎の前に大きなスケートリンクがあった。
久し振りに後で滑らせて貰おうか。


「俺もウィンタースポーツ大好きだぜ。なんかそいつと話が合いそうだ」
「・・・そうかもしれませんね。姉さんはイギリスでしょっちゅうスケートしていましたし」
「ああ。流石にボブスレーは経験無いけど。有人も一通りは出来たよな?」
「姉さんほどじゃありませんけど」


こくりと頷いた弟の頭を撫でていると、誰か人の近づく気配を感じた。
ドアに視線を送れば、あ、帰ってきたんじゃないと少女が声を上げる。
雪ん子みたいに愛らしい姿でドアに駆け寄ると、ガラガラと音を立てて外に顔を覗かせた。


「吹雪君だ!早く早く、何処に行ってたの?お客さんが来てるんだよ」


短い腕を伸ばして何かを掴んだらしい少女は、ぱっと顔を輝かせる。


「・・・お客さん?」
「ん?」


小さいけれど、確かに聞き覚えのある声にぴくりと眉を跳ね上げた。
まさかと思い入り口を注視していれば、予想通りの姿が現れる。

鈍い色の癖が強い髪に、垂れ目がちで優しげな顔立ち。
特徴的なマフラーは屋内でも外さないらしい。
少し大きめな切れ長の丸くした少年は、ふわりと微笑んだ。


「あれ、君たち」
「・・・さっきの。吹雪士郎ってお前だったのか」
「ふふふ、本当にもう一度会えたね。予想より、ずっと早かったけど」
「そりゃこっちの台詞」


肩を竦めると、くすくすと楽しげに目を細めた少年は頷いた。
そんな彼を見ていた染岡が、信じられないとばかりに叫ぶ。
少しだけ彼の勢いに驚いていた吹雪は、けれど宜しくと愛想よく手を差し伸べた。
しかし。


「・・・ふん」


差し出された手を明らかに故意に無視をした染岡は、ジャージのポケットに手を突っ込み教室から出て行った。
あまりの態度に名を呼ぶが、振り返りもせず去っていく。
追いかけようとした瞬間。


「私に任せて」


隣から走りこんだ秋が円堂を制して教室から出て行った。
柳眉を顰めて二人を見送り、きょとんとしている吹雪に深々と頭を下げる。


「ごめん」
「いいよ、僕も何か彼の気に障ったのかもしれないし」
「違う。あれは単なる八つ当たりだ。ちょっと前に色々あってさ。───とにかく仲間の不始末はキャプテンである俺の不始末だ。無礼な態度を許してやってくれると嬉しい。本当に、ごめんな」


両脇に手を揃え、最敬礼に深々と頭を下げる。


「今はツンツンしてるけど、あいつ本当は凄いいい奴なんだ。あれだけで印象を固めないでやってくれ」
「気にしないで」


小さく微笑んだ少年にもう一度謝罪する。
こんなことで誤解されたら勿体無さ過ぎる。
染岡は感情的になりすぎるが、人情味が厚いいい奴だ。

けどだからこそ、これ以上は放っておけない。
彼が納得するまで好きにさせようと思ったが、染岡の中では豪炎寺について一向にけりがつく気配を見せない。
渦巻く感情を持て余し、こんなんじゃ駄目だと本人だって理解してるだろうに、どうしたらいいか判らないみたいだった。

瞳子が吹雪に話しかけたのを切欠に、こっそりと円堂は踵を返す。
声なき声で助けを呼ぶ友人の背中を追いかけて、教室と温度差のある廊下を一気に駆け抜けた。

拍手[2回]

真っ白な雪がそぼ降る中、バスは軽快に前に進む。
途中でスタッドレスにタイヤを替えたから、今のところ旅路は中断されてない。
それでも雪の深さからいつ何処で足止めを喰らってもおかしくないな、と幼馴染の肩越しに外を眺めていると、毛布を纏ったままの壁山が盛大なくしゃみをした。
どうやら寒いのは苦手らしく、他にも数人が暖を取るよう己の体を抱いている。
幸いにして寒いのも暑いのも割りと円堂は平気だが、確かに本島に比べると大分気温は下がっていた。

ぼうっと仲間たちを観察していると、不意に急ブレーキがかかり体が前のめりになる。
シートベルトをしているので腹に僅かに付加が掛かる程度だったが、何事かと前を見た。


「どうしたんですか?」


珍しく慌てた様子の瞳子の言葉に、呆然として古株が答える。


「・・・人がおる」


聞こえた言葉に目を丸くすると、バスの通路に顔を出し前方を覗いた。
すると確かに。
円堂が座っているのと反対側の斜線にある地蔵の脇に、何故か頭に雪を積もらせた少年が一人。


「・・・かさこ地蔵?」
「そんなわけないだろう!どう見ても人だ!」


思わず昔読んだ童話のタイトルを口にすれば、隣の風丸に全力で突っ込まれた。
冗談のつもりだったのに、と嘯きながらシートベルトを外して席を立つと、ジャージの裾を握られる。


「何?」
「何って、何処に行くんだ?」
「決まってるじゃん。少年を助けにだよ。あんな状態だと洒落になんないだろ。構いませんよね、監督」
「ええ。早く行ってあげて」
「はい」


さりげなく風丸の手をジャージから外し、通路を早足に歩く。
心配げな眼差しで見送る幼馴染と、同じような視線を向けてくる弟に手を振ると、ドアから外に飛び出した。
流石にキャラバンの内部と外気温の差は結構あり、吹き付ける風に一瞬身を竦める。
ガラス越しではなく少年を見詰め、益々違和感に眉根を寄せた。

ここに来るまで民家など久しく見ていない。
周りは一面雪景色。雨宿り───ではなく、この場合は雪宿り出来そうな場所も見当たらないし、人通りだって勿論無い。
それなのに少年はジャージにマフラーという軽装で、しかも傘すら持ってない。
何故、と疑問を浮かべながらも、少年に近づき声を掛けた。


「おい、そこの少年」
「ぼぼぼぼぼぼぼくのこと?」
「おう、そう。一体そんなとこで何してんだ?修行?」
「しゅ修行?こここんなところで、修行なんてしないよ。単に雪に呑まれてみみ、道に迷っちゃったんだ」
「なんだ、そうか。俺はてっきり何か悟りでも開いてんのかと思ったぜ。けど、それならキャラバンに乗らないか?ここよりは暖かいぞ」
「あああああありありありがととと」


話している内にも歯の根が合わなくなったのか、最終的に何を言っているか判別は出来なかったが、何が言いたいかは判ったのでにこりと笑う。
頭や肩の上に積もっている雪を退けてやると、もう一度礼を言った少年は足元に置いていた何かを拾った。
雪が保護色になり気がつかなかったが、大事そうに抱いたものはサッカーボールで、少しだけ目を丸くする。
しかし結局何も言わずにキャラバンまで案内すれば、秋が駆け寄り毛布を渡してくれた。


「悪い秋、毛布の前にタオル貸してやってくんない?本当は着替えを渡すのがいいんだろうけど、流石にここじゃ着替えれないだろうし。少しでも水分取ってからじゃなきゃ毛布を巻いても冷えるからな。あ、出来れば三枚」
「あ、ごめんなさい!───えと、はいタオル。でも三枚も何に使うの?」
「こう使うの。ほれ、まずは軽く体を拭いてくれ、少年」
「ううううううん」


がちがちと震える少年は、雪で濡れていたジャージをそそくさと拭い始める。
一枚渡されたバスタオルで拭いているので、大まかな部分は賄えそうだ。
一瞥してから、空いていた塔子の隣にここいいか?と尋ねてから頷いたのを確認してタオルを敷く。


「少年、体は拭き終わったか?」
「うううううん、だだだいたい、終わったよ」
「じゃ、ここ座れ。ほい、毛布」
「あああありがと」


震える体に毛布を巻きつけてやってから、座らせる。
丁度自分の前の位置に少年が着席したところで、古株がゆっくりとイナズマキャラバンを走らせた。


「・・・円堂君、最後の一枚はどうするの?」


濡れたタオルを手早く片付けながら問いかける秋にウィンクすると、後ろの席から体を伸ばす。
本当は運転中に危ないが、高速道路じゃないので多めに見てもらおう。
目の前の鈍い色をした髪にタオルを落とし、わしゃわしゃと拭けば、ぷわっと軽い悲鳴が上がった。


「何だ、その声。変なのー」
「だだだって、突然なんだもん」
「髪を乾かさなきゃ風邪引くだろ。俺が拭いてやるから、お前は暖を取ってろよ」
「あありがとう」


こくりと頷いたのを確認してから、タオルを動かす。
ある程度水を吸ったところで、ポンポンと掌を合わせるような動きに変えた。


「円堂、他人の髪を拭くの慣れてるのか?」
「んー?そう見えるか?」
「ああ」
「そう大した経験は無いんだけどなぁ」


丁寧に髪から水分を取りつつ、ある程度で満足する。
ドライヤーを使えるならいいが、流石に車内では無理だ。
防寒対策にぐるぐるとタオルをターバン巻きにしてやろうかと思ったが、流石にそれは遠慮された。
端整な顔立ちの彼なら割と似合いそうなのに、と少しだけ残念に思っていると、伸びてきた手にタオルを回収される。


「有人?」
「もういいでしょう、姉さん。春奈、これを片付けてもらえるか?」
「うん」


若干不機嫌そうな弟は、低い声で春奈へとタオルを渡した。
強引な態度に少しだけ驚いたが、すぐに苦笑へと変わる。
判りやすい焼もちを妬いた態度に笑うと、自分でも子供っぽいと思っているのか鬼道は顔を赤らめてそっぽを向いた。
くすくすと笑っていたら、ぐるりと少年が顔を上げる。
随分な角度なのでさぞかし首が痛かろうと観察していれば、寒さのためか青白くなっている唇が開いた。


「君たちは兄弟なの?」
「血は繋がってないけどな」
「え?」
「有人は音無と血が繋がった兄弟だ」
「???」


色々と簡略化した説明に少年の顔周りには疑問符が飛び交う。
しかしながら一々他人に全てを説明する気にもならず、笑みを深めて疑問を躱す。


「それよりも少年。雪原の真ん中で何してたんだ?」
「・・・あそこは僕にとって特別な場所なんだ。北ヶ峰って言ってね」
「北ヶ峰?」


話し出した少年の腰を追ったのは、意外にも運転席に座る古株だった。


「聞いたことがあるぞ。確か、雪崩が多いんだよな?」


運転しているためこちらを振り返らずに古株が口にすると、少年の瞳が丸くなる。
そして僅かに顔を伏せた。

ふむ、と少年の反応に円堂は首を傾げる。
知っている地名を告げられただけで、こんな哀しげな反応をするものだろうか。
仲間たちは古株の言葉に気を取られて少年の様子に気づいていないようだが、身を乗り出して少年を見ていた円堂にはどうにも気になった。


「・・・なぁ」
「ところで坊主。どこまで行くんだ」


しかし声を掛けようと発した言葉も、古株にへし折られる。
その時には少年の顔から諦念は失せ、何処かの詩人みたいな言葉を口にした。


「蹴り上げられたボールみたいに、ひたすら真っ直ぐに」


ぶっと噴出しそうになるのを辛うじて堪える。
これは天然なのだろうか。
かなり斬新な表現がツボにはまり、腹筋を総動員して笑わないよう必死になる。
もしかしてこの少年は自作のポエムノートとか持ってるのだろうか。
だとしたら似合いすぎる。

己の妄想により腹筋を更に駆使する羽目になりながら身を捩っていると、ふと視線を感じて顔を上げる。
呆れたような眼差しを向ける風丸にへらりと笑い、深呼吸して息を整えた。


「いいねぇ、その表現。な、お前サッカーやるんだろ?」
「うん」


ふわりと微笑む少年は、嬉しげに頷く。
更に会話を発展させようとしたところで、激しくキャラバンが揺れ、円堂は咄嗟に前の座席に捕まった。

体に響く衝撃に目を眇めて何とか堪える。
気がつけば目の前の座席に少年の姿は無く、地響きがして顔を向ければ『やまおやじ』だか『ゆきおやじ』だかの名を持つ熊が気絶して倒れていた。
吹雪く雪に目を凝らして見れば、腹の部分に何かが当たった痕がある。


「もう出発して大丈夫ですよ」


柔らかな雰囲気でボールを両手に抱えて微笑む少年に、円堂はすっと目を細めた。

拍手[2回]

壁山のいびきが凄すぎて眠れず、土門はむくりと体を起こす。
皆疲れきっているのか、それとも気にならないのか、健やかな寝息を立てている姿に苦笑した。
見た目は土門より遥かに繊細そうでありながら一度寝ると決めたら何処ででも眠れる一之瀬はともかく、鬼道や風丸、神経質そうな目金までもよく寝ている。
どうやって寝てるんだとよく見てみれば、彼ら三人の耳には耳栓が指してあった。
備えあれば憂いなし、を実践する姿に頭を掻く。
きっと先回学校で合宿をしたときに学習したのだろうが、どうせなら土門にも指摘して欲しかった。
先日は壁山と寝床が放れていたので彼のいびきの凄まじさなど土門は欠片も知らなかったのだから。


「・・・こりゃ、ここで寝るのは無理だな」


嘆息すると、寝袋を引き摺って外へ出る。
バスの中より若干寒いが、風邪を引くほどでもないだろう。
さて、どこで寝ようか、と周囲を見渡し、バスの上に意外な人物を認めて目を丸くする。

そこには特徴的なオレンジ色のバンダナをつけた年上の少女の姿があった。
時間的には夜中だろうに、何をするでもなくじっと黙って夜空を見上げている。
確か女性陣は夏未が用意したテントに居たと思ったが、一体どうしたのだろうか。
じっと見詰めても珍しくぼうっとしているのか円堂が土門の視線に気づくことはなく、好奇心のまま寝袋を持ってキャラバンの梯子へ手を伸ばした。


「・・・隣いいか?」
「え?」


きょとり、とした栗色の瞳が無防備に向けられる。
さすがに睡眠時間は眼鏡をとるのか、レンズ越しじゃない瞳が土門の姿を映し出した。
自然な反応に土門の方が驚いてしまう。
何となく、無防備に見えていたけれどこちらに気づいている気もしていたから。

大きな瞳で数度瞬きを繰り返した円堂は、ふっと小さく微笑むと無言でぽんぽんと己の隣を叩いた。
端からここで一緒に寝てもいいか尋ねようとしていたのに、あちらから誘われると躊躇が生まれる。
けれど迷いは一瞬で、普段は独占できない彼女との時間を得るために、願望に忠実な体は勝手に彼女の隣へ向かった。


「壁山か?」
「・・・ああ。円堂、知ってたのか?」
「まあ、ね。この間の合宿で、俺あいつの近くだったし。だから有人や風丸、目金みたいな繊細そうなタイプには予め耳栓を進めといたんだけど、まさか土門まで駄目とはね」
「教えておいてくれよ」
「一哉も知ってるから、放置してもいいかなって思ったんだよ」


けらけらと笑う円堂はいつも通りで、土門は内心で胸を撫で下ろした。
夜空を見上げる彼女は浮世離れして儚げで、今にも消えてしまうんじゃないかと思えたから。
まるで詩人のような自身の妄想に照れながらも、精一杯ポーカーフェイスを保った土門は拗ねたように唇を尖らせた。
そんな土門に笑った円堂は、寝袋にごろりと寝転ぶ。


「ま、お前もここで空を見てれば、そんな小さいこと飛んでくよ」
「小さいって・・・まあ、確かにそうかもな」


彼女に倣って寝袋を敷くと、その上にごろりと横になる。
腕を組んで枕代わりにして、人口の光が入らない夜空を眺めた。

真っ暗な闇に浮かぶ幾つもの光り。
よくよく見れば様々な色合いで、赤、白、青と輝いている。
落書きの星は黄色が多いが、空を探すと意外にに見つからない。
車の通る音や、人の発する騒音は無い。
代わりに虫の音が心地よく広がり、風が葉を擦った音などもよく聞こえた。
ちかちかと瞬きする星々を眺めて、ぽつりと口を開く。


「なあ」
「ん?」
「あの空のどこかに、あいつらの星があるのかな」
「───エイリア学園のか?」


問うた円堂に返さずにいると、円堂はくつりと喉を震わせた。
どうしたのかと訝しく思っていると、そちらを見る前に声を発する。


「どうなんだろうな。俺には、判らないや」


何か含んだような声を不思議に思ったが、気のせいだと流した。
円堂もエイリア学園について何も知らないはずだから、穿った考えを持ちすぎだろう。
意識を再び星へ向ける。


「知ってるか?今見えてる星の光ってさ、何百年とか前の光かもしれないんだぜ」
「・・・・・・」
「宇宙ってさ、光の速度で走っても広すぎるんだ。だから今この地球に到達した光は、何千年前とか、何百年前とかのものかもしれないんだってさ」
「中々博識だな、土門」
「お褒めに預かり光栄です」
「それなら追加で豆知識だ。夜空に浮かぶ星はいろんな色がある。主に分けると赤、青、白、黄。肉眼で捉えられる光もあれば、そうじゃないものもある。・・・さて、じゃあどの色が一番熱量を抱えていると思う?」


唐突な質問に驚きながらも考える。
色で言ったら赤が一番熱そうだが、炎にしても酸素を送り込んだ青い炎のほうが高熱だったりする。
もし宇宙でもその理論が通じるのなら。


「青?」
「ぶー、外れ。正解は白。白い星は白色矮星と言われ、赤い星の中心核だったものなんだ」
「へぇ。じゃあ、赤から白へ進化するんだな」
「違うよ。白い星は、進化の象徴じゃない。退化の表れだ」
「退化?」
「ああ。赤い星となり燃え盛って、エネルギーを放出しきった星が己の核を燃やし続けるのが白色矮星。中心核だったときの余熱と重力による圧力で光と熱を発してる。つまり、自分自身の命を削って存在を主張してるようなものだ」
「そうなのか」


空を見上げて見つけた白い星を指差してされた説明は、どこか物悲しい気がした。
あれほど強く輝きを放っているのに、あれは最後の力を振り絞ったものなのか。
何となくしんみりしながら眺めていると、更に円堂は説明を続けた


「そして数百億年かけて次第に己の熱を失い、最後には黒色矮星に代わる」
「黒色矮星?」
「黒い星」
「黒い星なんてあるのか?」


初めて聞く内容に思わず隣を見ると、視線に気がついたらしい円堂もこちらに首を向ける。
小さく微笑んだ彼女は、ないよ、と一転して否定的な言葉を発した。
結局どちらなのかと首を傾げる土門は、からかわれたのかと眉間に皺を寄せる。
すると手をひらひらと振ってそうじゃないと円堂は訴えた。


「黒色矮星は理論上の存在なんだ」
「理論上?」
「今夜空に浮かぶ星たちが光りを失い黒色矮星になるのは、まだずっと後。少なくとも俺たちが生きている間じゃ確認できないだろうな」
「どうしてだ?」
「この宇宙がまだ若すぎるから。宇宙が出来て初めに浮かんだ白色矮星でも、色を失うには時間がある。だから黒い星は理論上の存在」
「ふーん」


円堂の説明を聞いて改めて星を眺めると、随分と凄いものを目にしている気がした。
夜空なんてほとんど毎日見ているのに、あの綺麗な星にも寿命があって、老いて消えていくのかと思うと不思議だ。
まるで線香花火みたいだ。
最後に一層火花を散らし存在を主張してから消えていく。


「なんか、寂しいな」
「何が?」
「あんなに綺麗な星なのに、命を削って輝いてるっていう事実がだよ」
「そうかもな。けど、命を削って生きているから余計に感慨深いのかもしれないよ。最後が近いからこそ必死に輝く。自分が生きた証を残すために」


まるで星ではなく別の何かを語っている気がして、腕を付いて上半身を起こす。
隣に寝転んでいる少女の顔を覗きこむと、一切の表情を消してガラスのような瞳で空を見上げていた。
違和感にどうしようもなく不安が沸き起こり、思わず手を伸ばす。
通り抜けてしまうのでは、という疑惑は柔らかな癖毛が掌を擽り、くしゃくしゃと動かす。
生きて、彼女がここにいる。
その事実にどうしようもなく安堵して、ほうっと長いため息を吐いた。


「・・・土門?どうしたんだ?」
「は!?あ、いや、なんでもない!」


無意識に伸ばした手を慌てて戻すと、あわあわと両手を振る。
自分でも不振な態度だと思いながら、不自然に首を空へ曲げた。


「と、とにかく!宇宙の広さに比べたら、俺たちなんてちっぽけなものだよ」
「そうかもな。でもそのちっぽけな人が住む地球へと、あの星の光は向かってきてる。宇宙は今も爆発的に広がってる。けど、その収束は、同じ勢いで無へと向かうとも言われてる。どこかを目指して全力で走りぬけて、どこかを目指して全力で帰る。宇宙も人と何も変わらないさ」


普段の飄々とした態度ではなく、年以上に大人びた雰囲気で円堂は言った。
時折見せるこの横顔こそ、もしかしたら彼女の素なのかも知れない。
物静かでどこか老獪した深い眼差しは、子供が持つものじゃない。
諦めなんて言葉が誰より似合わない少女なのに、何かを諦めた目をしていた。


「円堂・・・?」
「宇宙から見たら地球なんてちっぽけで、さらにそこに住む人間なんて小さすぎて目に入らないだろう。けどさ、夜空に瞬く星が全て地球をゴールとして光ってるって考えたほうが、ずっとずっと楽しいだろ」
「・・・そうだな」


いかにも彼女らしい発想の後、円堂はにかっと笑った。
無邪気で幼く見える笑顔はいつも通りで、土門も釣られて微笑んだ。


「宇宙全部の星の光が、地球をゴールにしてるか。なんかそれって、スケールがでかいな」


今にも手に掴めそうな星に向かって腕を伸ばす。
からっぽの手を握り締めれば、それでも何かつかめ取れた気がして、少しだけ愉快な気分に眩しい星を見て目を細めた。
それでもやはり高すぎる場所にある星は掴めたりはしなかったけれど。

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風呂から上がり、頭を拭きながらイナズマキャラバンへ向かうと、積み上げられた木の前で待っていた円堂に迎えられる。
どこから見つけてきたのか大きな丸太を組んで出来たそれは、どこからどう見ても火のついていないキャンプファイヤーだ。
また体に負荷が掛かることを、と呆れ混じりに一之瀬が睨み付けると、彼女はひょいと肩を竦めた。


「うわー・・・円堂一人でこれ作ったのか?」
「いや、古株さんに手伝ってもらった。中々だろ?」


唖然としている土門に胸を張り笑っているが、暗闇に強い目は彼女の顔色が微かに青褪めているのを見て取れた。
夕食だっておにぎり一つも食べ切れていないし、無理をしているのだろう。
笑顔で飄々としているから誰も彼女の態度に疑問を持っていないが、アメリカでどんな状態のときに倒れていたかを見てきた一之瀬は誤魔化せない。


「んじゃ、俺はひとっ風呂浴びてくるから、お前らは先にキャンプファイヤー始めてて」
「いいんすか、キャプテン?」
「勿論!だから風呂を覗きにくるなよー。俺は風呂は裸で入りたいからな」
「ッ!!?わ、わかったっす」


真っ赤になりながら頷いた壁山にウィンクをした円堂は、スポーツバックを片手に、つい先ほどまで一之瀬たちが入っていた温泉方面へと向かう。
無言でその姿を見送った一之瀬は、キャンプファイヤーにはしゃぐ仲間たちの横で唇を噛み締めた。





「・・・やっぱりね」


案の定、暗闇に紛れるようサッカーボールを蹴り続ける姿に、瞳を険しくする。
黒縁眼鏡を掛けない円堂は、闇夜に目を凝らして月明かりだけでボールを蹴っていた。

仲間たちの意識をキャンプファイヤーへと向け、自身は基礎からトレーニングを始める。
努力を他人に見せるのを嫌う円堂は、本当は人の数倍努力している。

アメリカでもそうだった。
ほとんど動かない体をここまで動けるように戻したのを安易に奇跡と人は呼ぶが、そんな生易しいものじゃない。
血の滲むような努力の果てに得た結果だ。
同じ立場にいたからこそ誰よりも彼女の気持ちや努力が理解できる。
円堂が事故に合った事実を知っていても、仲間たちは気づこうともしていない。
彼女がどれだけ努力してるか見ようともしない。
天才と呼ばれても、何も付随せずに今の力を持つわけじゃないのに。


「守」
「・・・一哉。やっぱ、来たのか」
「当然だ。俺は君の父さんから君の監視を言い付かってるって言ったろ?無茶ばかりする君は自分の体を省みようともしない。いつまで続ける気か知らないけど、放っておいたら倒れるまでやってるだろ」
「流石にそこまで無理する気はないけどね。でもサポートしてくれるなら助かる」
「俺が見ててやばいと思ったらすぐに止める。ちゃんと指示に従える?」
「ああ」
「ならいいよ」


どうせ全面的に止めたとしても、隠れて練習するだけなのだ。
それならば、こちらが譲歩して、何かあったとき助けれる距離で見守るほうが数倍ましだ。
木々の間から差し込む月光を頼りにボールを操る彼女は、五感全てでボールを追う。
きっと目を閉じていても、この規則正しい動きは乱れないのだろう。
柔らかでしなやかな天性のバネを活かし、足に吸い付くようにリフティングを続ける。
足元を見ればほとんど彼女が動いていないのを示すよう、小さな円の外にはバッシュの足跡がない。


「999、1000」


信じられないことに、この僅かな時間で千回もリフティングした円堂は、受け止めたボールを膝から足首まで滑らせて近くの巨木に蹴る。
リズムよく打ち出されるそれは、徐々にスピードを上げた。
しかしスピードの割りに音は少ない。どうしているかは知らないが、卓越した技術でなんらかのコントロールをしているのだろう。

近くにある木の麓にしゃがみ込み、黙々とボールを蹴り続ける円堂に見惚れる。
昔、アメリカの空の下で、イタリアにいる彼女に憧れていたころは、ただただ華麗な技術と天才的な統率力に憧れていた。
その下でどれだけ彼女が努力しているか、どれだけサッカーに関して勉強し技術を磨いたかなんて考えたこともなかった。
ただ『マモル・キドウ』は、生まれながらにサッカーをするために存在する天才で、自分たちとは次元の違う世界にいる人間だと、勝手に思い込んでいたのだ。

地道にボールを蹴り続ける円堂は、飽きることなく同じ仕草を繰り返す。
額から流れた汗が頬に伝い、肩を上下させながらも、精密機械のように左右の足を入れ替えながらほぼ同じ位置を動かずに居た円堂は、次に同じ位置に当てながらもボールの跳ねる反射角を変え左右へと走り出す。
丁度テニスの壁打ちと似た動きだ。当てる場所は正確無比な位置でありながら、不規則な位置にボールが跳ね返るよう調整していた。
時にはジャンプし、時にはしゃがみ込みながらボールを蹴っていた円堂は、最後に正面に立つと十分にスピードが乗ったボールをマジン・ザ・ハンドで受け止める。
短い距離で時間も十分に得れなかったろうに、今までより随分と短縮された技に一之瀬は目を見張った。


「・・・凄い。マジン・ザ・ハンドの出現時間が随分と短縮されてる」
「言ったろ。実践に勝る経験はない。監督のお陰であいつらのスピードにも随分と慣れた。とりあえず、先回みたいに猛攻を受けなければ、一、二回なら我慢できる」
「大丈夫。俺たちだってレベルアップしてる。守の成長速度に及ばなくても、着実に。君は俺が守るから」
「───はは、一丁前に言うなぁ。でも期待してるぜ、一哉」


温泉に入るためにと用意しておいた着替えの入っているボストンバックからタオルを取り出すと、額から流れる汗を拭いつつ円堂は笑った。
栗色の瞳がきらきら輝き、素顔の表情は一之瀬に向けられる。
きゅっと胸が締め付けられ、赤らんだ顔を隠すように俯けると持ってきた酸素を差し出した。


「これ、ちゃんと使って。あと薬と水と、桃のゼリーも」
「・・・なんで桃のゼリー?」
「さっき何も食べてなかったろ。食べたくなくても何かお腹に入れてからじゃないと、薬がきつ過ぎる。昨日の今日で無理をしてるから体力だって落ちてるはずだ。君が倒れたら、君がどれだけ喚いても俺は君を病院に連れてく。そうなりたくなければ、最低限の栄養はとって。体調管理もスポーツ選手の嗜みだ」
「仰るとおりで。リョーカイ。お前が持ってきてくれたゼリーはちゃんと食べるよ」
「今、俺の目の前で食べろ」
「はいはい。ご命令どおりに」


パックに入ったゼリーの蓋を開け、口をつけて飲む円堂にようやく一之瀬は胸を撫で下ろす。
あれだけじゃ栄養不足もいいところだが、何も摂らないよりはマシに決まってる。
それに次に向かう北海道には、彼女の父親が検査の予約を取った国立病院があったはずだ。
携帯に送られた地図には白恋中の近くにあったので、夜にでも抜け出して行かなくてはいけない。
そこで点滴なり薬なり足りなくなったものを補給し円堂の状態を確認できなければ、一之瀬も動けなくなってしまう。
病院には彼女の父親も来ると言っていたので、白恋中に着いたら一度メールしなくては。

どうやって抜け目ない瞳子を出し抜こうかと思案している間にも、ゼリーを食べ終えた円堂は薬を水で流し込む。
そして口にスプレー缶に入っている酸素を当てて呼吸を整えると、学校指定のバックを肩に背負い立ち上がった。


「守・・・?」
「今度こそ風呂入ってくる」
「本当に?」
「ああ。心配ならボールを預かっとくか?それとも、一緒に入る?」
「一緒に入る・・・って言いたいとこだけど、見つかったらただじゃすまなそうだし戻るよ。そろそろ一時間は経ってるしね」
「そうだな。俺も体を流したらすぐに行く」
「わかった」


汚れたボールを預かり、左右へ分かれて歩き出す。
本音を言えば急激な運動のつけがきて倒れないか温泉まで着いて行きたいところだが、口ではああ言いながらも着いて行ったら過保護だと言われるだろう。
ボールを渡した意図だって、一之瀬が怪しまれずに仲間の下へ戻れるようにだ。
一人で一時間も姿を消せば当然何をしていたか怪しまれるが、ボールを持っていけば練習していたのかの一言で終るだろうし、円堂に関しては単なる長風呂で押し通せば話は済む。
本当に頭と気が回る人だ。

受け取ったボールをゆっくりとドリブルしつつ、一之瀬は苦笑する。
やがて仲間の騒ぎ声や炎の明かりが見える距離まで近づくと、ぽんと蹴り上げてボールを胸に抱いた。
今日誰が使ったボールより薄汚れて傷がついたそれに、愛しげに瞳を細めて。

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