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「どーもんくん」
「あーそびましょっ」
「おわっ!!?」


どん、と背中に激しい衝撃を受け、土門はバランスを崩す。
たたらを踏みながらも顔面から地面にダイブするのだけは必死で堪えると、人を窮地へ追い込みながらも全く悪びれることなく笑っている二人を首を回して睨み付けた。
細いが身長がある土門の首にぶら下がるようにしてしがみ付く問題児は、案の定円堂と一之瀬で、締め付けられる首に敗北ししゃがみ込んだ。
すると遠慮を知らない彼らは背中にぼふんと覆いかぶさる。
一之瀬はともかく円堂の柔らかな感触に、普段つけているサポーターを外していると気がついて慌ててもう一度立ち上がりぐえっと惨めな声を漏らした。


「おー、良く締まるな」
「うんうん、動き回って元気だね」
「暢気な感想言い合ってないでさっさと手を放してくれ!特に円堂!お前、胸、胸!!」
「んー?胸がどうした、青少年?」
「胸が背中に当たってるんだよ!お前女の子なんだからちょっとは配慮してくれ!!」


恥を忍んで悲鳴に近い叫びを上げれば、一瞬黙り込んだ二人は爆笑した。
思わぬ反応に身じろぐ体を止めると、首を絞めるようにしていた二人が地面へ降りる。
にやにやと性質の悪い顔で笑う二人に、土門は一歩あとずさった。


「おいおい一之瀬君、聞いた?土門君の破廉恥な発言」
「聞いた聞いた。いやぁ、親友の彼がこんな発言するなんて、彼の成長に感動ですね」
「胸、胸と連呼するなんて、欲求不満なのかねぇ」
「本当だよねぇ。当たってたのは単なるメロンパンなのにねぇ」


口元を手で押さえながら、ご近所のおばちゃんたちがするヒソヒソ話のようにこれ見よがしにちらちらと視線を寄越しながらの会話に、土門の顔に徐々に血の気が上ってきた。
つまり、彼らの会話を整理すると、先ほどまで土門の背中に当たってたのは円堂の胸ではなく、メロンパンと言うことか。
それにしてはそれらしいものはないと注視してると、円堂がジャージの中に手を突っ込んでひょいとそれを取り出した。


「んなっ!!?」


両手に持ったそれは、確かにメロンパン。
しかし態々胸に詰める意味なんて見出せず、最初から引っ掛けるつもりだったのかと顔を真っ赤にして睨み付けると、してやったりと悪戯好きの二人は顔を見合わせた。


「俺の胸元でほかほかに温もったメロンパン。欲しい?」
「いるか!!」


笑いを堪えるようにして差し出されたそれを拒絶すると、そのまま袋を開けて齧り付いた。
もう一つを一之瀬に渡すと、彼も躊躇せずに袋を開けて齧り付く。


「一之瀬!?お前、何食べてんの!?」
「え?メロンパン」
「そうじゃなくて、どうして今それを普通の顔で食えるんだよ!?」
「だってこれ普通のパンだし」
「そうそう。やましい気持ちを持ってなければ、単なるパンだし」
「円堂っ!!」
「分厚いサポーターの上においてただけだし、別に温もってもないよコレ。変な妄想しなきゃな」
「うん。土門をからかうために仕込んだだけだし、食べなきゃ勿体無いしな」


可愛い顔してえげつい二人に顔を引きつらせると、多大に諦めを含んだため息を吐き出した。
一之瀬一人でも手に負えないのに、円堂まで加われば土門に勝ち目はない。

突然の合宿宣言で学校に泊まり気にたのだが、これが終るまであと何回引っ掛けられるだろうか。
夕食が終わって僅かな休憩を楽しんでいたはずなのに、どっと疲れを覚えて首を振った。
この場に彼女の過保護な弟と幼馴染が居なくてよかった。
抱きつかれるなんて現場を見られれば、言い訳を重ねても有罪判決が下ってしまう。


「それで?俺に何の用だ?」
「用事がなきゃ構っちゃいけないのか?」
「この場面で用もないのに構いに来る性格してないだろ」


円堂はアフロディのシュート程度なら止めれると断言した。
力強い宣言だったが、同時に彼の言葉を否定しなかった。
幾らシュートを止めても点を入れられなければ勝つことは出来ない。
この合宿は、彼女のためにと言うより、自分たちの基礎を上げるためのものと考えるのが妥当だった。
ならばこの場に円堂が居るのは不自然だ。
勝つための士気が向上している今、豪炎寺や鬼道のように後輩たちの指導に当たるのが普通だろうに、イナビカリ修練場に消えた彼らを追うでもなく一人グランドに佇んでいた土門の元へ来ている。
土門がここに居るのは懐かしい親友からメールを受けたからだが、もしかして休憩時間を早めて練習を再開するつもりだろうか。

小首を傾げた土門に、にこりと一見すると無邪気で可愛い笑顔を浮かべた円堂と一之瀬は、何処からともなくボールを取り出した。


「よう、土門。それと円堂に一之瀬も先日ぶり」
「こんばんは、西垣。突然の呼び出しなのに、承諾してくれてありがとな」
「やあ、西垣!いきなりごめんな」
「いいよ、どうせ暇してたしな。それにお前らの役に立てるなら、俺も嬉しいしな」


円堂と一之瀬と順に握手をした西垣は、夜の中でも判るほどにこりと笑った。
上下が揃ったスウェットで動きやすい格好をした待ち人の突然の行動に目を白黒させていると、種明かしするように円堂が口を開いた。


「実は俺が一哉に頼んで呼び出してもらったんだ。どうしても覚えたい技があったから、練習相手になって欲しくてな」
「覚えたい技?」
「俺たち三人の技って言ったらあれでしょ。『トライペガサス』だよ」
「『トライペガサス』だって!?けど、あの技は俺たちが苦労して編み出した技で、一朝一夕で覚えれるようなもんじゃないぞ?」
「だから西垣に来てもらったんだよ。理屈を云々講釈されるより、実物を見るのが一番早い」


頭の後ろで腕を組んだ円堂は、にひっと不思議な声で笑った。
確かに理屈を言うより実物を見た方が解釈は早いかもしれない。
だが幾ら幼い頃に編み出した技でも威力は本物だ。
彼女と一緒に技を決めたいと思う心と相反し、むくむくと負けん気が育っていく。
簡単に盗まれて堪るかと、土門の中のサッカー選手としての意地が顔を覗かせた。


「西垣はいいのか?」
「いいよ。俺たちで編み出した技が必要と言われるのは嫌じゃない。もっとも───本当に自分のものに出来るならだけどな」


にっと勝気な笑顔を見せた西垣に土門も頷いた。
一之瀬と円堂と三人で扱う必殺技が出来るのは嬉しいが、西垣の気持ちも一プレイヤーとしてよく判る。
とん、とボールを投げて寄越した円堂は、楽しげに手を叩いた。


「キーパーは必要か?」
「いいや、不要だ。明かりがないのがちょっと辛いけどね」
「暗闇は今回の課題において必須なもんでな。体で距離を覚えるのに闇は感覚を鋭くさせるから丁度いいんだ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ。もっとも見るだけの立場だと少々辛いけどね。じゃ、始めてくれ」


片手を上げた円堂に、ボールから距離を均一に保つと二人の様子を窺う。
こくりと頷きあい、一之瀬の合図で一気にボールへと走りこんだ。

三人の力を一点で交差させると、気流により空高くボールが跳ね上がる。
渦巻く気の流れが空を翔る天馬へと姿を変え高らかに嘶いた。


『トライペガサス!!』


空に舞うボールに順に足を当て圧を掛ける。
三人の力を合わせて放たれたボールは、空気を裂いてゴールへ突き刺さる。
すたりと地面へ降りると、おおーと暢気な声で拍手する円堂が居た。
心なしか先ほどよりも笑顔が深まり楽しそうだ。


「超格好いいな~、その技。威力も迫力も凄いし、技が綺麗だ。三人の力を一点で交差させ練り上げた気でボールを上げる。天空へ跳ねたボールを、上から押さえつけるようにして順に力を溜め込み、一瞬の後同時に炸裂させる。空気を縫って進むボールはペガサスのごとく美しく壮麗だ。うん、いい技だな」


拍手しながら褒める円堂に、西垣が眉根を寄せた。


「たった一度でそこまで判ったのか?」
「───底知れないな」


唖然とする西垣に、土門が呻るように呟いた。
彼女がイタリアで天才として名を馳せているのは知っていたが、暗闇の中一度確認しただけの技をここまで解析されると思ってなかった。
全く驚いていない一之瀬と違い、彼女に関する情報は少ない。
『天才』の言葉でひと括りにしていたが、見せ付けられる才能に戦慄した。


「でもやっぱ一回じゃ駄目だな。悪い、もうちょっと見せてもらえるか?」
「うん、任せてよ。西垣、土門、準備はいいか?」
「・・・ああ」
「・・・いつでも、大丈夫だ」


ぐうっと喉を鳴らし、息を吐き出すとボールへ意識を集中させた。


ペガサスが夜空へ舞う。
青い白く輝く誇り高いその姿が、不死を語るフェニックスへと変化したのは月が中天を僅かに超えた時間帯だった。

拍手[6回]

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「こら、有人。動いちゃ駄目だろ」
「・・・ごめん」


長い髪を梳る姉の言葉に、有人はそわそわと落ち着かなく動いていた体を止める。
だがまた暫くしてうずうずと動き出し、頭上から笑いを堪えた吐息が漏れる音が聞こえて身を竦めた。
きゅっと後頭部が引っ張られる感覚の後、掌を置くようにして撫でられる。
慈しむような優しい仕草は覚えてる頃と何も変わらず、安堵に肩の力を抜いた。


「ほれ、おしまい。こっち向いてみ」
「ん」
「久々にしては綺麗に纏まってるな。うん、俺の有人は凄く可愛い」


色取り取りの花が咲き乱れる庭園のような甘い香りを身に纏わせた人は、ぎゅうぎゅうと無遠慮に有人の体を抱きしめる。
パーティー用にとサイドを残しアップに纏められた髪型や、折角ドレスアップした服が着崩れてしまうのではないかと心配したが、守相手ではそれも不要かと遠慮ない力を享受した。
ただ愛しさを伝える抱擁は今となっては無条件に与えてくれる人は守だけで、唯一無二の存在にはにかむように笑いかける。
有人の笑顔に益々笑みを深めると、公式の場で掛けることが多いノンフレームの眼鏡もない状態で頬を擦り合わせた。


「一月ぶりか。元気にしてたか、有人」
「ああ。姉さんが居ない間もちゃんと勉強してたし、サッカーだって練習して上手くなった」
「そうか。頑張ってるんだな」


頬にそっと手を当てられ、暖かな温もりに瞼を綴じで浸る。
鬼道有人が甘えれる場所はこの腕の中だけで、甘えたいと思える人もこの人だけだ。

試合が終わり、可愛い娘の勝利に内々でパーティを開くと宣言した父の言葉に兄弟揃ってドレスアップしているが、公の場に出るほど大袈裟なものではない。
普段を考えれば本当に微々たる規模のパーティは、出席者は守のチームメイトと相手チームからの有志、あとは彼女の許婚であるエドガーくらいだ。
単なるホームパーティなので屋上にコックを呼ぶ形の立食でのものとされた。
集まる人間が大人でなく子供が多いのも理由に上げられるが、窓からも続々と集まる姿が確認できる。
その中に夏休み中に親しくなった相手を見つけ、有人は姉に知られぬようむっと剣呑な眼差しを向けた。

白いワイシャツの上に黒のベストを纏う彼の名はフィディオ・アルデナ。
イタリアのラテンの血を濃く継いだ、陽気で気持ちがいいさっぱりした美少年だ。
きゅっと上がる凛々しい眉や、海よりも濃い蒼い瞳。回転の早い頭に、抜群のサッカーの才能。
守がイタリアへ渡ってから出来た最初の友人だと紹介されたが、彼の視線はそれだけじゃない熱が篭っているように見えた。
幼くとも無駄に他人と関わる経験を積んだ有人は、そこらの大人よりも観察眼があると自負している。
あんな焦がれるような眼差しを向ける相手が単なる友人であるはずがない。
決して鈍い人じゃないのにそれに反応しない守にも不安が募った。

何しろそれまで彼女にあからさまに好意を寄せる相手なんてエドガー以外に知らなかったし、知る必要もないと思っていた。
エドガーは有人が知り合う以前からの守の知人であり、彼らの関係は一応理解している。
鬼道の娘である以上どれだけ嫌だと抗っても結婚は宿命として義務付けられているし、義務以上の感情で彼女を支えようとする彼の態度も評価していた。
公式の場で並んで立つ二人に苛立ちは沸いても、嫌だと癇癪を起こして姉を独占したくなろうとも、理解できる以上理性で制御できた。
鬼道財閥と並ぶバルチナス財閥の跡取りにして、容姿端麗、冷静沈着、文武両道の彼は、常に自分を研磨し続ける男だ。
凄く凄く悔しいけれど。お互いの立場も苦渋も理解し合える全てにおいて姉の隣に並んでも遜色ない完璧な許婚。

けれどフィディオは違う。
自分たちと違う世界に生きていて、違う面で守の傍に立っている。
有人や守やエドガーの世界とは違う世界を見ていて、それを承知で彼女の隣で笑っている。
それが言いようなく有人の心を不安で覆い、息が出来ないほどの嫉妬で苦しめた。

ぎゅっと手が白くなるほど拳を握れば、眉間に指先が押し当てられる。
ぐりぐりと押される感触に瞬きして目の前にあるものに焦点を合わせれば、にこりと笑う姉の顔が至近距離にありかっと顔が熱を持った。


「ね、姉さん?」
「眉間の皺。すぐに難しい顔するのはお前の癖だな。考えるのはいいが考え過ぎるなって言ったの、忘れたのか?」
「忘れてはない。俺が姉さんの言葉を忘れるはずがない」
「ならなんだ?俺の言葉を無視するほど、重要な何かがあったのか?」
「・・・・・・」


小首を傾げる守に複雑な思いを伝える術を持たなくて、きゅっと唇をへの字に曲げると頬を両手で押さえられた。
どうするのかと上目遣いに見上げれば、身に着ける淡い桜色のドレスが似合わない乱暴な仕草で頭を上下左右へとシャッフルされる。
がくがくと揺れ動く視界にふらふらになると、楽しそうな笑い声が二人きりの室内に響いた。


「何するんだ、姉さん!」
「はははははっ、有人ふらふらだな!」
「当然だ!あんなことされれば三半規管が混乱する!」
「まーた小難しいこと言ってるよ、このチビ」


千鳥足でバランスを取っていると、発言が気に入らなかったらしい守の手によりまた視界がシャッフルされる。
先ほどまでの思考は粉々に砕け散り何を考えていたかすら忘れてしまった。
そうすると極限状態に追い込まれた精神だけが残り、思考となんの関連もなく強く残った思いをついぽろりと口にする。


「遊園地のコーヒーカップを全力で回すとこうなるのか?」
「ん?有人遊園地行きたいの?」


倒れる寸前で両腕に抱きこまれ、上から見下ろしてくる栗色の瞳に瞬きを返す。
まじまじと見詰める守に返したのは反射だった。


「行きたい。俺は姉さんと行ってみたい」


物心付いてから実の両親と出かけた回数は限られていて、遊園地なんて行ったかどうかすら覚えてない。
養子として貰われた先の鬼道家は資産家だが、だからこそ遊園地などと縁はなかった。
お金持ちと言えば裕福な暮らしをしていると世間は考えがちだが、それに付属する責任と義務がある。
毎日勉強やお稽古事で過ごすのは嫌じゃないが、たまには普通の家庭のように思い切り遊びたい。

自由を得れないのは姉である守も同じはずだが、もしかして彼女は遊園地に行ったことはあるのだろうか。
普通に考えると不可能なのに彼女ならあるいはと思わせる何かがあり、興奮に瞳を輝かせて顔を近づけた。
勢いに驚き瞳を丸くしていた守は、珍しく年相応に好奇心を発揮してきらきらと期待の眼差しを向ける有人に笑う。
いつものように声を上げてではなく、二人きりのときだけ見せる酷く優しい目をして微笑すると、こつりと額を突き合わせた。


「それなら、姉さんと一緒に行くか?」
「本当か?でも、俺は明日には家に帰るんだぞ?」
「だから次に俺が日本に帰ったらの話だよ。実は今回試合で優勝したら一つだけ頼みを聞いてくれるって『総帥』と約束してたんだ」
「『総帥』?」
「お前を鬼道の家に連れてきた男だよ。背が高くてひょろっとしてて、顎が長くてサングラスしてる奴」
「・・・姉さんの恩師の?」
「そう!そんで顔は出してないけど今のお前の練習メニュー考えてる人」


いつもサングラスを掛けてスーツを着こなす男を脳裏にかべるときゅっと眉根を寄せた。
確かに知っているが、親しい相手ではない。
守の恩師として日本に居る間は付きっ切りで技術を教えているが、直接話をしたのは施設に入って以来ほとんどなかった。
姉と一緒に練習しているときに動きを指摘されるくらいで、普段の練習メニューを彼に組み立てられていたのすら初耳だった。
鬼道の家に来訪しても得体の知れない笑みを浮かべる男を苦手としていたのだが、守は彼に懐いている。
大人に甘えないこの人が甘えに近い態度を取るくらいだ、もしかしたらいい人なのだろうか。
影山への評価をどうすべきか悩む有人に、くすりと微笑んだ守は頭一つ高い位置から背を屈めて顔を覗きこむと、ちゅっと音を立てて頬に口付けた。


「姉さん!?」
「だーかーら、癖になるっつってんだろ。にこってしろ、にこって」
「・・・姉さん」
「俺の可愛い自慢の弟。世界で一番愛してやるからいつもにこにこ笑ってな。日本でも言うだろ?笑う門には福来るって。いっぱい笑っていっぱい幸せになってくれ」


不意打ちのキスになす術もなく赤くなっていると、それ以上に甘ったるい言葉に撃沈した。
元々スキンシップの激しい人だったけれど、イタリアに来てから益々磨きがかかった気がする。
もっともそれが発揮されるのはごく一部の親しい人間に対してと知っているが、それでも不安が募ってしまう。
自分を抱きしめる守の背中に腕を回してぎゅうっと抱きつくと、どうしたんだと更に甘やかそうと優しい声が降ってきた。


「俺は、姉さんが一緒ならいつだって幸せだし笑顔でいれる。だから、ずっと傍に居てくれ」
「───あー、もう。可愛いな、コンチクショウが」


抱きしめた力以上で抱きしめ返され、息苦しさにくうと喉を鳴らす。
荒っぽい口調で可愛いと告げられながら困ったように眉を下げる。
今日はきっちりと化粧をしていなくてよかった。そうじゃなければリップと違い色鮮やかな口紅が顔についてるところだ。
例えリップじゃなく口紅つきでも姉のキスを拒絶できない自分を知る有人は、ほうっと吐息を漏らした。



-おまけ-

「マモル?まだ準備は出来ないのか?───っ、マモル!はしたない真似はやめなさいっ」


ノック二回のあと、部屋の主の小さな返事の後に何気なくドアを潜る。
部屋の主との付き合いもあり、鍵も貰っているが、最低限の礼儀を尽くしたエドガーはすぐさま己の配慮を後悔した。

中に居たのは子供が二人。
淡いピンク色のプリンセスドレスを着て髪をアップに纏めた守と、彼女の弟の有人。
仲がいい兄弟の彼らが二人で居るのはいつも同じだが、その体勢はいただけなかった。
頭一つ分ほど低い弟の頭を胸に抱きこみ機嫌よさげに笑う守にエドガーはきりきりと眉を吊り上げる。
公の場では完璧な令嬢を演じて見せるくせに、素の彼女は奔放で弟を溺愛する姉でしかなかった。
許婚としての嫉妬心と、令嬢としての彼女への配慮から思わず口をついて出た言葉に、守は形のいい眉を顰める。


「何処がはしたないんだよ、失礼な。普段からはしたない妄想ばっかりしてるからそんな言葉がすぐに出てくるんじゃないのか?」
「そんなわけないだろう!私を誰だと思っているんだ」
「誰って、俺の許婚のむっつりエドガー」
「むっつりじゃない!」
「じゃ、オープンエドガー」
「変な修飾語をつけるのは止せ!」


つん、と形のいい顎を逸らした姉の腕の中で大人しくしている弟の有人と眼が合う。
口の端を緩く持ち上げどこか勝ち誇った表情をする彼に、エドガーの神経は益々逆撫でされた。
仲がよすぎる兄弟を持つ許婚を持つと、本当に苦労が耐えないものだ。

拍手[5回]

私なんかに一途では、君が濁ってしまうじゃないか
--お題サイト:afaikさまより--


「そんなに泣くと目が落ちちゃうよ」
 
ぼろぼろと声を失くして涙を零し続ける獄寺に、スーツの裾で目元を拭ってくれた綱吉が苦笑した。

最後に会ったのは中学生時代の彼だった。
薄茶色の髪に琥珀色の大きな瞳。疑問符を一杯に並べて驚きながら獄寺を見ていた彼は、あの後どうなったのだろう。
記憶が平行して存在していて、テレビを見るように過去が影像として浮かぶ。
これは自分が経験したものではない『過去』だが、確かに獄寺の中に根付くものだった。
 
白いスーツに緋色のワイシャツ、紺色のネクタイの彼は、過去の彼が着た黒のスーツよりも様になっている。
あの頃は、着るより着られる、といった愛らしさが前面に出ていたが、今の綱吉は着こなしていて、とても格好よく綺麗だった。
 
「・・・もう、貴方に会えないかと思いました」
 
涙が頬を伝う。
『過去』の自分は、やはり命がけで彼を守った。
十代目命でそれまで逆らったことはなかったのに、彼に反論し自分を押し通して、全てをかけて戦った。
それは自分の過去ではないのに、確かに獄寺の指には失ったはずの嵐の指輪があって、完成されたそれは当たり前に鈍い色で輝いている。
 
綱吉が生きていたと知り、彼の策を理解した。
これから徐々にミルフィオーレの惨劇の記憶は薄れ、いずれこの世界では存在しなくなるのだろう。
しかし自分は二つの記憶を両方とも失くすと思えない。彼を守って戦った中学生の自分も、彼を失ったと絶望を覚えこまされた自分も、両方とも獄寺の中で薄れないだろう。
 
戦った記憶は構わない。痛みはあったがそれは名誉の負傷で、自分が伸びる切欠になった。
あの過去があるから新しい武器を使いこなせるし、完成したリングの意味を知っている。
戦い方も身についているし、ありがたいとさえ思える。
 
だがもう一つの記憶。
彼が、綱吉が死んでしまった時の記憶は、一生掛かっても消せないトラウマとなるだろう。
棺の中で白い花に囲まれて眠る彼はとても綺麗で、今にも目を覚ましそうなのに、手を組んだまま動かなかった。
泣いて泣いて泣いて泣いて、生き返ってくれと叫んでも、苦く笑って窘めてくれる彼は居なかった。
握った掌の冷たさを忘れない。触れた肌の色を忘れない。こちらを見ない、声を発しない、動かない彼を忘れない。
 
ほろほろほろと涙が零れる。
眉を八の字に下げた綱吉が、困ったように涙を拭う。
触れた手は暖かくて、慰める声は懐かしくて、一瞬たりとも見逃したくないのに、涙で視界が滲んでしまう。
噛んでも殺しても嗚咽が止まらず、ぐるぐると回る思考は纏まらない。
ただ一つ言えるのは。
 
「あなたがっ」
「ん?」
「あなたがっ、死んでしまったかとっ思いっました」
 
震える声で訴える。
こんな情けない姿、一生見せたくなかったのに。
誰よりも格好つけたくて、誰よりも弱いと思われたくない人の前で、獄寺はただ涙を零す。
『綺麗な顔』と綱吉に褒められたこともあるのに、きっと今の自分は世界で一番みっともない顔をしているに違いない。
鼻を真っ赤にして目を泣き腫らす男なんて、獄寺も見たら速攻で果たす。
嫌われたくなくて、引かれたくなくて、何とか落ち着こうとするのに、努力すればするほど空回りした。
 
「・・・本当に、君は俺が好きだね」
「・・・は、いっ」
 
飽きれを含んだ綱吉に、けれど躊躇なく頷けば、彼は益々苦笑を含めた。
そして不意に真面目な表情になると、頬に掌を沿わせる。
指先で涙を拭った彼は、酷く真剣な目をしていた。
 
「ごめんね、獄寺君」
「じゅ、代目?」
「ごめんね。君がこうなるのを判ってて、俺は何も教えなかった。信用してなかったんじゃない、信頼してなかったんでもない。それでも俺は何も伝えなかった。だから、ごめんね。いっぱい泣かせて、ごめんね」
 
幾度もごめんと繰り返す彼を、癇癪を起こした後の子供のようにしゃくり上げながらじっと見詰める。
綱吉が自分に何も言わなかったのを、責める気持ちはないのに、それでも彼は謝罪を続けた。
だから頬に合わされた掌に擦り寄ると、瞼を閉じて彼の暖かさに集中する。
生きている。彼は生きている。それだけが重要で、それだけが全て。
 
「謝らないでください、十代目。俺っは、貴方が生きててくれれば、それでいいんですっ。それだけでっ、いいんです」
「───うん。そんな君だから謝るんだよ。俺なんかの為に綺麗な顔ぐしゃぐしゃにして泣いちゃう君だから、普段の冷静さやツンツンした態度をかなぐり捨てて身も世もなく泣いちゃう君だから、ごめんねって言うんだよ」
「・・・じゅうだいめ」
「君は本当に綺麗だね、獄寺君。・・・帰ってくるのが遅れてごめん。次はないから、もう泣かないで」
「約束して下さいますか・・・」
「うん。約束するよ。もう、君を置いていかないって。君が死ぬのを見届けてから、俺は死ぬよ。君を絶対に一人にしない」
「約束です、十代目。・・・俺はっ、信じますから」
「うん」
「だから、もうっ、二度と俺の前で、死なないで下さい」
 
しゃくり上げながら訴えれば、綱吉はこくりと頷いた。
両腕を広げた彼に抱かれて、壊れた涙腺を直す作業は放棄する。
綱吉のスーツに染みがじんわりと染みが出来て、クリーニングに出さなければと冷静な脳裏が囁いた。
 
「俺が死ぬのを、見届けてください」
「・・・うん」
 
 
 
困ったように笑った綱吉に、酷な願いをしていると理解している。
それでも俺は一生撤回しないし、するつもりもない。
俺なんかにどうして、と彼は言うけれど、もう理屈じゃなく彼が特別なのだ。
インプリティングと笑われたが、それでも傍に居られればそれが幸せ。
手に届く場所に戻った大空に、その暖かさにまた涙が零れた。
それはとても、幸せな涙だった。

拍手[22回]

木戸川清修との準決勝からどうにも調子が悪い体に、柔らかなウォーターベッドに顔を埋めつつ舌打ちした。
最近少々無理をし過ぎたのかも知れない。
理事長にだけ全ての事情を話しレポートや課題で出席しなかった分の授業を特例で免除してもらっているが、代わりとして全国模試は必ず上位三位まで入り学校の実績を伸ばしている。
全国模試の結果は学校内で張り出されないし、そもそも受けるかどうかすら有志だ。
円堂からすれば今更中学二年生の内容程度模試のトップを取ることは容易で、鬼道の父が三年生になるまで弟に全国模試を受けさせる必要がないと考えているからこそ得れる成果だった。

どちらにしよ、最近はサッカーもプライベートも楽しくて調子に乗っていたかもしれない。
授業をサボっているのは体調の調節に必要だと知りつつ、ついノリで一緒に体育に出たりしたのもまずかった。
動かない体を呪いつつ、布団の中で小さくなってガタの来た体を抱きしめる。
今日は豪炎寺は家に泊まっていない。
お陰で最悪の醜態を見られずに済みそうだが、薬を飲んでもご飯時までに不調が収まらなければ病院直行コースだ。
脳天に長い釘を打ち込まれ無遠慮に抉りまわされるような不快感を堪え嘆息した。
こんな日は、いつだって嫌な予感が当たるのだ。




「私たちは、神だ」


薄い色をした髪を靡かせて微笑む少年は、確かにその美貌から神を語っても過言じゃない気がした。
不可思議な空気を持つ子だ、とゴール際から腕を組んで観察した円堂は、ぎりりと奥歯を噛み締める。
豪炎寺と鬼道、そして風丸が彼らの前で対峙しているが、口を挟まずにそれを見ながらも消化不良な感情が胸中に渦巻いていた。
普段と様子の違う円堂の態度を敏感に察した一之瀬が駆け寄り耳ともで囁く。


「大丈夫、守」
「・・・ああ、なんとかな」


吐息交じりの掠れ声で苦笑を浮かべるのが精一杯だ。
自身を律しきれない未熟さに情けなくなるが、それでも腸から沸いて出る憤怒に己を忘れそうだ。

目の前に居る少年は『神』を語る。
それは『円堂守』が、いいや、『鬼道守』が憎むべき敵。
『守』から全てを搾取し遥かな天上で笑っている、哀しき簒奪者。
渦巻く感情は今にも破裂してしまいそうで、胸を押さえて身を凝らせた。


「君」
「・・・俺か?」
「そう、君だよ。円堂守。雷門の守護神であり、───『総帥』が固執する唯一の存在。私は世宇子中のアフロディ、初めまして」
「どうやら、自己紹介は不要のようだな。やっぱりあの人の差し金か?相変わらず悪趣味だ」
「余裕だね」


風丸とはまた種類の違う綺麗な顔に笑みを浮かべた少年は、世離れした仕草で首を傾げた。
さらり、と靡く髪を淡々として眺めながら眼鏡のつるを指で押し上げる。
ずくずくと痛む胸と頭を無視し、己の矜持をこれほど擽るものも居ないとゆったりと笑顔を浮かべた。

相変わらず悪趣味な人に嗤ってしまう。
他の誰に屈したとしても、『神』を名乗る相手につく膝はない。
態々円堂のためだけに『神』を名乗る少年を寄越すなど、捻くれた愛情に反吐が出そうだ。
憎しみの相手を実体化させ、彼は自分に何をさせたいのか。

くつりと喉を震わすと、雰囲気を僅かに変えて小首を傾げた。
無邪気に見えても付け入る隙のない、修羅場に慣れた堂々とした態度。
ごくりと喉を鳴らしたのは、果たして仲間の誰だったのか。


「人間は『神』には勝てないよ」
「どうかな?『神』が勝ち続けているなら、人は奇跡を信じないんじゃないのか?」
「奇跡すら『神』の気紛れで起こるものだ」
「そうかい。奇跡すら『神』の気まぐれと言うのなら、俺は───ふんぞり返る神様の頭をぶん殴ってでも奇跡を起こしてやるよ」


目の前に居るのは憎むべき『敵』を形にした相手。
円堂は『本物』がどれだけ無情で無慈悲か知っている。
奴は絶対的な力を行使して、人智の及ばぬ至高の場所で胡坐を掻いてこちらを見下ろしてるのだ。
だからこそ、目の前の『偽者』を恐ろしく思う気持ちなど微塵もない。
少年には『守』を自由にする権限はなく、支配される無力さも押さえ込まれる無念さも与える術を持っていないのだ。


「残念だな、少年。俺は神様がキライなんだ」
「私は君に興味がある。君ならこんな弱小の部を捨てて私たちの仲間に入る資格があるのに、何故そうしないんだい?」
「いらねえよ、そんなもん。神様をぶちのめしたい、と思ったことはあっても、神様になりたい、なんて考えたことはないからな」
「君は神の力に怯えているだけじゃないのかい?この力を、好きなだけ執行したいと思わないのか?」


豪炎寺の前にあったボールをトラップすると、アフロディはそのままシュートを放つ。
空気を切り裂いて円堂の体すれすれにゴールに収まったそれは、ネットを破り土を抉って破裂した。
息を呑んでその様子を見守る仲間たちすら無視して、真っ直ぐに射抜くようにして視線を向けるアフロディに微笑む。


「・・・どうしたんだい?手加減したシュートだ。『今の』君でも取れたと思うけれど?」
「そうだな。この程度なら、『今の』俺でも取れる」


馬鹿にしたような発言だが、仲間たちの目は驚きで見開かれた。
今放たれたシュートは日本の中学生にしては超一級のもので、きっと帝国の面々はこの一本で敗れたのだろう。
しかしこの程度のものは経験したことがある。むしろもっと凄いシュートを見てきた。
目の前の少年もきっとそれを知っている。
だから、『今の』と小ばかにしたように告げたのだろう。


「けど君は動かなかった。どうしてだ?」
「お前に関係あるのか?どちらにしろ、今は試合でもない。俺の技を見せてやる必要はないだろう」
「君の技、ね。見せてもらえなくとも、私たちの勝利に翳りはない。楽しみにしてるよ、君との試合を」
「ああ。俺も楽しみにしてるぜ。───『神』を名乗る相手をひざまづかせるのは気分が良さそうだ」
「ふふふ、大胆不敵な態度だね。でも覚えておくといい。いくら君一人が抜きん出ていても勝てない。サッカーはチーム戦だ。点が取れなきゃ勝利はないよ」


楽しげに笑って姿を消した少年に、溜め込んだ怒りを流すようゆるゆると息を吐き出した。
深呼吸を繰り返し新しい酸素を心臓へ送る。
怒りは体調にいい影響を与えない。さっさと忘れて感情を制御下に置く必要があった。


「守・・・?」


顔を覗き込んできた一之瀬の頭を撫でると、心配そうにこちらを窺う仲間に微笑んだ。
その笑顔はいつもと変わらぬもので、雷門の面々はほっと安堵の息を漏らす。
ただ彼女を良く見ている数名だけが微かな違和感を感じたが、それを口に出す前に円堂が先手を打った。


「夏未」
「・・・何かしら」
「俺の申請した内容、許可は得れたか?」
「ええ」
「サンキューな、夏未。響木監督、大丈夫だそうです」
「そうか」
『監督!!?』


のそりと姿を現した響木に驚く仲間に、円堂はにっと笑いかけた。
きょとんとした表情でこちらを窺う彼らは年相応で随分と可愛い。

先ほど現れたアフロディと名乗った少年。
彼の言葉は的を付いている。
サッカーはチーム戦。一人の力が飛びぬけていても、それだけじゃ勝てない。
なら勝つためにどうすればいいか。

答えは一つで、手段はあった。


「皆、合宿だ!」
『合宿~!!?』


きょとりと瞬きを繰り返した彼らに、にひっと笑って頷いた。
相手が『神』を名乗るなら、『神』をも下して進むだけだ。

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注:オリジナル技が発動してます。大丈夫な方のみお進みください。




「言っておくが、今日の俺に敗北はないぞ」
「ふふふ。その自信、最後まで続くといいね?」


不適な笑みを交わして手を握り合う。
互いにチームのユニフォームを着て対立するのは、もう半年振りだった。
北と南の代表チームとして立つフィールドは、ジュニアユース以下の試合としては最大規模のものになる。
先日と違い来ているテレビ局はローカルでも全国ネットだし、会場の広さや観客の多さも比べ物にならない。
この間の北の代表選抜戦と同じようにユニフォームの上に青いマントを纏う守は、首から提げたゴーグルを顔に嵌めた。


「またその格好?ってことは、ユウトがこの試合を見るのか?」
「当然。しかも今日は生だ。俺の始めての晴れ姿だからって、学校休んで父さんと見に来てる」
「え?何処?」
「あそこ」
「VIP席?あのおじさんがマモルのお父さんなんだ?あ、キドウファミリーに混じってエドガーも居る」
「え?エドガー居るの?」
「気づいてなかったのか?薄情な許婚だな」


驚いて瞳を丸めた彼女に突っ込むと、悪びれずにひょいと肩を竦めた。
彼の存在に気づかなかった守を口で言うほど責めているわけでもないフィディオは、まあいっかと呟きながら取り合えず守の隣で手を振ってみる。
すると良好な視野を確保する瞳には、じっとりと苛立たしげに顔を歪めたエドガーが映り苦笑した。


「あ、俺じゃ駄目だった」
「当たり前だろ」


ひょいと手の甲で突っ込んだ守が同じように手を振ると、きょろきょろと視線を彷徨わせた彼はおずおずと手を振り返した。
自信なさげな仕草に思わず噴出すと、堪えろと横から声を震わせた守が囁く。
たったこれだけの行為が自分に向けられたかどうかすら自信が持てず、周りに誰か居ないかを確認してから嬉しそうに笑ったエドガーはある意味可愛い。
普段の彼がどれだけ取り澄ましているか知ってるだけに、余計に。
距離が離れている所為で詳細な表情の変化までは見て取れないが、今ここに双眼鏡があればいいのにと痛切に願った。


「ああいうとこは可愛いんだけどな~」
「・・・何だかんだ言って、マモルはエドガーのこと結構好きだからね」
「まあね。立場上俺たちの関係に感情は立ち入れないものだが、俺は、まぁラッキーだと思うよ。こうるさいけどエドガーは俺自身を見てくれてるからな」


頭の後ろで腕を組んだ守の表情は大きなゴーグルの所為で読み取れないが、それでも言葉に嘘がないのは判った。
生憎フィディオは一般人なのでエドガーや守のような立場の人間の気持ちは判らない。
けれど彼らとの付き合いから、お金持ちは裕福なだけでなく色々と自由を奪う縛りがあるのだと気がついていた。
口に出せば彼らとの距離を明確にされそうで言えないけれど、きっとそれは重たいものなのだろう。
守が普段は本当の自分を隠してお嬢様で居るのも、エドガーが感情を見せずに取り澄ましているのも立場を理解してるからだ。
だから自分は対等で居たいと思った。
公式の場では無理だとしても、プライベートでは友達として同じ位置に立って居たかった。

しんみりとした空気を打ち払うように顔を上げると、ゴーグル越しに視線を合わせる。
口の端を持ち上げて掌を上げれば、同じように手を上げた守が景気良く叩き合わせた。


「いい試合をしよう」
「ああ。お互いに、悔いのない試合を」


きゅっと一瞬だけ掌を握りこむと、同時に離して背を向ける。
試合開始の時間はもう間近に迫っていた。





試合開始のホイッスルが鳴り響き暫くの拮抗の後に展開が動き出した。

FWからバックパスを受けた守が、トンとボールを宙に上げる。
普通に上げたはずなのにボールは何故か勢い良く回転を始めた。
ちらりとコースを確認するように顔を上げた守は、真っ直ぐにゴールを見て唇を持ち上げる。


「レインボードロップ!!」


叫び声と同時に放たれたシュートは、複雑な軌跡を描いてゴールネットに吸い込まる。
上空まで蹴り上げられたそれは確実に外れたと誰もが確信を抱いたはずなのに、野球のシュートのように急下降してキーパーの足元へと突き刺さった。
GKの実力を知るフィディオからすれば、そのシュートは彼が取れないほど速くなかった。
けれど彼は全く反応が出来ず、気がつけば後ろに転がっていたボールを眺め、口を開けたまま守へと視線を移した。


『ゴール!!先取点はマモル・キドウが新必殺技でもぎ取ったぁ!!上空から急下降したボールがキーパーの足元へ滑り込むミラクルシュートだ!』


解説の男が興奮したように叫び、掲示板の点数が一点追加された。
元のポジションに戻ろうとする守がすれ違いざまに微笑を浮かべる。
悔しさに唇を噛み締めると、彼女はこてりと小首を傾げた。


「あの技の真価はあんなもんじゃねぇぞ。出来るもんなら引き出してみな」


愉快そうに笑う彼女の挑発に、フィディオは落ち着こうと深呼吸した。
全く嫌になるくらい手強い人だ。
同年代ではすでに敵なしと言われた自分たちのチームを前に、彼女が率いるチームは新星のごとく現れ圧倒する。
けど、こちらもそうそう負けていられない。
一度目は出来たばかりのチームと油断して手痛い敗北を期したが、今の自分たちは以前と違う。
重なる勝利で知らず積まれた驕りは彼女相手に叩き潰され、再戦を望んで努力した。
そう簡単に負ける気はない。
いいや。絶対に、勝ってみせる。


「出し惜しみしてるなら君たちが敗北するだけだ。俺たちだって努力したんだ。あの頃と同じと思わないことだね」


ホイッスルと同時に回ってきたパスに、フィディオは笑う。
向かってくるFWをかわし、白く残像が見えるほどの速さでボールを捌く。
司令塔として指示を出した守の裏を掻くようにバックパスを味方に渡し、自身は彼女にマンツーでつくと近距離で微笑んだ。


「油断大敵だね、守。俺を誰だと思ってるんだ。君のライバルのフィディオ・アルデナだぞ」
「っ!!」


フィディオと名を呼ばれ、体を翻してゴールへ向かう。
入れ替わりに四人の仲間が守を取り囲み、身動きできなくなった彼女は舌打ちしてDFに指示を出した。
だがすべては遅い。

受け取ったボールをドリブルして、ゴールへの道筋を探す。
そうして見つけたMFとDFの隙に、フィディオの口角がゆるりと持ち上がった。


「いくぞ!オーディンソード!!」
「何!!?」


驚きの声を上げる守に気分が高揚する。
この技はまだ三本打って一本しか成功しない、未完成の技。
それを決勝で放つのは大きな賭けだったが、話を聞いた仲間は誰もが賛成してくれた。
彼女の率いる強豪チーム相手にリスクのない勝利はないと、そう思ったから。
一直線に突き刺さるシュートに会心の笑みを浮かべる。
ウィンクして親指を立てると、やられたと苦笑した守は秀でた額に手を当てて空を仰いだ。


「まさか、完成してない技で勝負をかけると思ってなかった。ついでに四人がかりで妨害にあうともな」
「ははっ、君の危険度は俺たちは一度経験済みだからね。大袈裟と思われるくらいの妨害にあうのは始めてかい?」
「そうだな。今までは精々が二人くらいまでだったから、四方から固められたらこうなんのかってよく判った」


ポジションに戻りながら肩を竦める守にウィンクすると、近距離ゆえに確認できたゴーグルの奥の瞳が楽しそうに笑っていた。


「それでも勝つのは俺たちだ」
「いいや。俺たちだよ」


自分のポジションで足を止めた守に手を振ると、フィディオは自分の位置へと戻った。
再びホイッスルが高々と鳴る。
センターサークルに居た選手がパスを送り、試合が再開された。


「アンジェロ、パスだ!」
「了解、マモル!!」


MFの守が攻め上がり、FW2人の間に入るとすれ違いざまにパスを受ける。
FWの二人は右翼と左翼へ散り、守を中心に円を描くようにしてMFも上がった。
前方に三人、後方に二人。
DFとGKを残した全員が彼女を真ん中に一斉に走り出す。
鋭くそれらを見渡すと、即座にフィディオは判断を下した。


「このチームの要はマモルだ!さっきと同じようにマモルを封じ込めれば手出しは出来ない!」


叫ぶ自身も彼女のマークへ付くべく駆け寄ると、すでにその場に居た仲間たちに加わった。
歯噛みしたくなる技術力を持つ彼女は、それでも華麗なテクニックでボールを操り主導権を握っている。
不敵な笑みを浮かべて余裕を崩さずに楽しそうにしていた。


「マモル!」
「俺たちは大丈夫だぞ!」
「全員配置についた!」
「シュミレーション通りだ!!」


前方、後方から掛けられる声に、フィディオは顔を上げる。
気がつけば守を包囲する自分たちを囲うように、相手チームが詰めていた。


「!?しまった!!」


守に気を取られるあまりDFの形が崩れ、ゴール前は隙だらけだ。
迂闊さに気がついたときにはもう遅かった。


「残念、フィディオ。俺たちの、勝ちだ」


くすくすと囁いた彼女は、ボールの側面を擦るようにして回転をつけそのまま宙に上げた。
不思議な回転を維持したボールは顔の前面まで持ち上がる。


「レインボードロップ」


ぽつりと告げられた技名に、仲間たちは戦慄した。
空気を巻き込んでうねるボールを横から蹴ると、先ほどとは違いフィディオたちの足の間を右から抜けて蛇のように這いずった。
同じ技名だが全く違う動きに目を見張り、慌ててわれに返るとボールを追いかける。
だが、すべては遅かった。


「このチームはマモルだけのものじゃない!俺たちだって、北の代表だ!!」


意地を見せるようにパスを受けた少年がゴール前までボールを持ち込み、鋭いシュートでネットを揺らした。
悔しさで呻るように喉を鳴らすと、ふっふっふと自慢気に指先を振って腰に手を上げる。


「俺たちのチームは北イタリアの代表だぜ?俺だけ抑えりゃ勝てるとか、見通し甘すぎだろ」
「・・・そうだな。甘く見ていたよ」
「ははっ、残りはロスタイムだな。追いつく自信は?」
「あるさ。PK戦まで持ち込めば、俺たちが勝つ」


剣呑に睨んでやれば、飄々とした笑みを浮かべてウィンクしてきた。
煽られそうになる悔しさを深呼吸一つで抑える。


「あのボールは変則的なシュートだね。一回目の蹴りで急回転を掛けて、次の蹴りで角度を与える」
「さすが、フィディオ。二回見ただけでほとんどのからくりを言い当てるなんてな。補足するなら二回目の蹴りは角度だけじゃなく回転も与えてる。それにより不可思議な軌跡を描くのが『レインボードロップ』。七色の変化球だ。ちなみに、あれはシュートじゃなくてパスの技ね」
「でも、さっき」
「あんなんただの応用だろ。今はまだ大したスピードも威力もないから、シュートには向いてないんだ」
「『今は』、ね」
「おう、『今は』、だ。必殺技に完成なしだぜ」


仲間の呼ぶ声に手を振ってから身を翻した守に、フィディオは苦笑した。
あれだけ確かな技術を持ちながらも向上心に衰えはなく、自分だけじゃなく仲間とサッカーを続ける守。
同じフィールドに立ちながら、一歩先を歩く人。
憧れずにはいられない、異国から来たプレイヤー。
凛と背筋を伸ばして真っ直ぐに立つ彼女は、ポニーテールとマントを揺らして堂々と自分のポジションに陣取った。
ちらりと客席に視線を上げ、そのまま真っ直ぐにフィディオと対峙する。


「姉さん、頑張れ!!」


何処かから聞こえた小さな声に面映そうに笑った少女は、マントを靡かせ風になった。

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