×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
マフラーを掴んだ瞬間に雰囲気の変わった少年に目を見張る。
先ほどまでディフェンスをしていたときはおっとりとしていたのに、今では目つきや態度、口調まで違う。
面白い。
緩やかに口角が上がる。
約束どおり染岡は正面からぶつかっているが、熱くなっている状態じゃきっと攻めきれない。
吹雪士郎は予想より遥かに優れた選手らしい。
柔軟な体の動きや、打たれたシュートの軌跡を完璧に読む動体視力。
ディフェンスとしての能力はぴか一だったが、さてオフェンスとしての才能はいかほどか。
一之瀬のショルダーチャージを超え、風丸と鬼道のスライディングタックルも強引に突破した。
その後鮮やかに土門のカットをかわし一直線にゴールへと向かう。
わくわくと鼓動が高鳴る。
体は万全ではないが、充実した気力がそれを補って有り余る。
たった一人で雷門イレブンをごぼう抜きした吹雪が、唇をなめてボールを構えた。
「吹き荒れろ」
挟み込んだボールを中心に回転をかけ、そこから彼の名に相応しく小さな吹雪が現れる。
一度こちらに背を向けた彼は、体を回して勢いをつけて宙に上がった。
「エターナルブリザード!!」
雪の結晶を撒き散らしながら勢いよく向かってくるボールをぎりぎりまで観察する。
風を巻き込み、十分にスピードを乗せたそれは、微かなカーブを描いて円堂に向かった。
真正面。
舐められているのか、それとも様子見のつもりなのか。
どちらにせよ面白い。
拳を脇にためて宙に翳す。
「ゴッドハンド!」
咄嗟に選択した技は、負担は少ないが彼のシュートを完璧に止めるには多少タイミングがずれたらしい。
ボールの軌跡は変えれたがキャッチには至らず、ゴッドハンドが端から凍りついて行く。
ゆるり、と口角が持ち上がる。
甲高い音を立てて破壊された技の咄嗟のカバーもせずに、横を流れるボールを見送った。
ちらり、と視線で瞳子を見れば、一つ頷いた彼女は制止の声を響かせた。
「そこまで!試合、終了よ!」
瞳を見開いた染岡が納得できないとボールを奪い相手ゴールへと責め行く。
瞳子から鋭い視線を向けられたが、そ知らぬ顔で口笛を吹いた。
染岡の足元へボールを戻したのは円堂だ。
鬱憤が溜まっていた染岡は真正面から吹雪に挑み、ボールを宙に上げた。
だが。
「染岡!」
単純な力比べに押し負けたのは、吹雪よりも背丈も体格もいい染岡で、吹っ飛ばされて地面へと彼は叩きつけられた。
受身も取れない状態に流石に心配になり駆け寄る。
地に伏した染岡に嗤いかけた吹雪は、挑発的に雷門の面々を睨んだ。
「この程度じゃ話にならねぇ!もっと楽しませろ!!」
彼の言い草にぴりぴりとした雰囲気を漂わせる仲間たちは、白恋中を格下とみなすのはやめたらしい。
否、白恋中をと言うより、吹雪士郎をと言った方が確実だろうか。
仲間の一人をやられて気を引き締めた仲間を横目に、円堂は吹雪を観察し続けた。
どうもおかしい。
ディフェンダーとして動いていたときと比べ、何もかもが違いすぎる。
基本的な性能はともかく、動き、口調、態度、雰囲気。そして何よりもあの好戦的な目の輝き。
どれをとってもまるで『別人』のようだ。
再び攻め入るのかと身構えた仲間を嘲笑うようにセンターからシュート体勢に入った吹雪は、超ロングシュートを打ってきた。
「井の中の蛙大海を知らず、か」
彼は確かにいいプレイヤーだが、まるで自分が最強と信じ込んでいるようだ。
きっと同年代の相手に負けたことがないのだろう。
負けを知らぬプレイヤーは本当の意味で強くなれない。
今度は様子見ではなく本気で取るつもりで迫りくるボールを睨み付ける。
しかし直接叩き込まれるかと思ったシュートは、間に入った二人に勢いを殺された。
「ザ・タワー!!」
「ザ・ウォール!!」
塔子と壁山の技の出現に目を見張る。
つい先日までならこのタイミングで技を出せたりしなかっただろう。
地道な特訓は実を結び、彼らに確かな実力を与えている。
吹雪のシュートの前に二人の力は及ばないが、大した成長だと円堂は小さく微笑んだ。
おかげさまで吹雪士郎のシュートと、その特徴を十分に観察させてもらえた。
砕けたタワーと土壁を確認し、そこから技の体勢に移行する。
完全に間に合うタイミング。実践により目と体を強制的に慣らしたお陰で、完璧に止められるはずだった。
「マジン───」
ずくり、と心臓が脈動し息が詰まる。
全身が凍りつき、どっと冷や汗が流れた。
嫌な感覚に心臓に集まりかけていた気が僅かに弱まり、技が発動する前に霧散しそうになる。
飛び散りそうな気を無理やりにかき集め、痛みを堪えて開放した。
「ザ・ハンド!!」
黄金色の魔人が円堂の呼び声に応えて出現する。
しかし当然技にはいつもの切れはなく、吹雪のエターナルブリザードに掠めた瞬間魔人は掻き消えた。
それでも軌道をずらすのには成功したらしく、ボールはネットではなくポストの上に逸れて行く。
くっと息を飲み込み片膝をつくと、周囲に気取られないよう心臓を押さえた。
「守!」
「───大丈夫。あーあ、止めれると思ったんだけどな」
駆け寄ろうとした一之瀬を片手で制すると、ゆっくりと体を起こす。
一之瀬だけではなく周囲の視線は集中していて、ことさら余裕を見せるように微笑んだ。
心配そうにこちらを見ていた仲間たちの表情があからさまに緩み、少しだけ驚いたようにしている吹雪にウィンクする。
緩やかに呼吸を整えながら、未だに倒れ付す壁山と塔子に近づき二人の腕を掴んで起こした。
力を篭めた瞬間、一瞬だけ強く胸が痛み、ゆっくりと引いていく。
流した冷や汗をさり気無い仕草で拭い、二人の顔を覗きこんだ。
「二人とも大丈夫か?」
「はい、キャプテン」
「しっかし凄いな。ディフェンス二人がかりでもコースを外させるので精一杯」
「なーに言ってんの。あのシュートのコースを外させたお前らも十分凄いよ。少なくともこの間のエイリア学園戦のお前らなら無理だった。この短期間で大分成長してるぞ」
「え・・・?」
「そうっすか?」
「ああ、そうだ。それにどんな強力なシュートでもゴールに入らなきゃ意味はない。点にならないんだからな」
少しだけ落ち込み気味の二人の頭を撫でれば、褒められて嬉しかったのか目尻を染めて頷いた。
「姉さん、この方法使えませんか?どんな強力なシュートでもこの方法なら」
「ああ。少しばかり消極的だが、それでもいい手だと思う。もっとも、ディフェンスに負担が掛かりすぎるとこは要改良だけどな」
「ですが勝利への足掛けは見えました。───俺たちは、勝てます」
「ああ」
強い眼差しを向けた弟に、小さく微笑む。
そして視線を吹雪へと向けた。
悔しげに睨み付けていた少年は、マフラーに触れるとおっとりとした態度に変わる。
円堂が彼を見ているのに気づくと、小さく微笑んだ。
また雰囲気が一変している。いいや、一変したというより元に戻ったというべきか。
どうやら一癖ありそうな少年を眺め、ずれた眼鏡を指の腹を使い押し上げた。
今度こそ瞳子の終了の合図が響き試合は中断される。
悔しげに地面を蹴りつける染岡を横目に、円堂は吹雪へと近づいた。
「凄いぜ吹雪。あんなびりびり来るシュート久し振りだ」
「久し振り?君は前にも僕と同じくらいの威力のシュートを受けたことがあるの?」
きょとんと瞬きをして問う吹雪に笑顔を浮かべる。
彼よりも円堂の世界はもう少しだけ広い。
しかし『是』と答え過去を露出する気がない円堂は、ただ黙っていた。
そうすれば人は大体自分が知りたい方向へ勘違いするものだ。
「ああ、そうか。君はエイリア学園とやらとプレイしているんだっけ?なら凄いシュートも何発も受けてるんだろうね」
「そうだな」
否定でも肯定でもなく同意をすれば、勝手に納得してくれたらしい吹雪はまた笑顔を見せた。
端整な顔に浮かぶ無邪気な笑顔は、純粋に可愛い。
「でも僕のシュートに触れることが出来たのも君が始めてさ」
「ああ、やっぱりな」
「やっぱり?」
「いーや、こっちの台詞」
不思議そうに小首を傾げる吹雪の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
すると先日頭を拭いてやったときと同じように、『わぷっ』と変な声を上げた。
ぐらぐらと遠慮なく首を揺する勢いで頭を撫でつつ、『吹雪士郎』を観察する。
円堂の考察どおり、彼は『井の中の蛙』だ。
確かに今雷門に居る誰よりシュート力を持ちエースになる期待はあるが、反して危うい気配がする。
受け止められたことがないシュート。
それが止められたとき、彼は今と同じ戦力で居続けるのだろうか。
誘ってもいいものか。否、誘うべきなのか。
監督である瞳子の視線で窺えば、こくりと一つ頷いた。
監督からの合図にほんの一瞬だけ惑うように視線を彷徨わせ、それでも彼女の無言の指示に従った。
先ほどまでディフェンスをしていたときはおっとりとしていたのに、今では目つきや態度、口調まで違う。
面白い。
緩やかに口角が上がる。
約束どおり染岡は正面からぶつかっているが、熱くなっている状態じゃきっと攻めきれない。
吹雪士郎は予想より遥かに優れた選手らしい。
柔軟な体の動きや、打たれたシュートの軌跡を完璧に読む動体視力。
ディフェンスとしての能力はぴか一だったが、さてオフェンスとしての才能はいかほどか。
一之瀬のショルダーチャージを超え、風丸と鬼道のスライディングタックルも強引に突破した。
その後鮮やかに土門のカットをかわし一直線にゴールへと向かう。
わくわくと鼓動が高鳴る。
体は万全ではないが、充実した気力がそれを補って有り余る。
たった一人で雷門イレブンをごぼう抜きした吹雪が、唇をなめてボールを構えた。
「吹き荒れろ」
挟み込んだボールを中心に回転をかけ、そこから彼の名に相応しく小さな吹雪が現れる。
一度こちらに背を向けた彼は、体を回して勢いをつけて宙に上がった。
「エターナルブリザード!!」
雪の結晶を撒き散らしながら勢いよく向かってくるボールをぎりぎりまで観察する。
風を巻き込み、十分にスピードを乗せたそれは、微かなカーブを描いて円堂に向かった。
真正面。
舐められているのか、それとも様子見のつもりなのか。
どちらにせよ面白い。
拳を脇にためて宙に翳す。
「ゴッドハンド!」
咄嗟に選択した技は、負担は少ないが彼のシュートを完璧に止めるには多少タイミングがずれたらしい。
ボールの軌跡は変えれたがキャッチには至らず、ゴッドハンドが端から凍りついて行く。
ゆるり、と口角が持ち上がる。
甲高い音を立てて破壊された技の咄嗟のカバーもせずに、横を流れるボールを見送った。
ちらり、と視線で瞳子を見れば、一つ頷いた彼女は制止の声を響かせた。
「そこまで!試合、終了よ!」
瞳を見開いた染岡が納得できないとボールを奪い相手ゴールへと責め行く。
瞳子から鋭い視線を向けられたが、そ知らぬ顔で口笛を吹いた。
染岡の足元へボールを戻したのは円堂だ。
鬱憤が溜まっていた染岡は真正面から吹雪に挑み、ボールを宙に上げた。
だが。
「染岡!」
単純な力比べに押し負けたのは、吹雪よりも背丈も体格もいい染岡で、吹っ飛ばされて地面へと彼は叩きつけられた。
受身も取れない状態に流石に心配になり駆け寄る。
地に伏した染岡に嗤いかけた吹雪は、挑発的に雷門の面々を睨んだ。
「この程度じゃ話にならねぇ!もっと楽しませろ!!」
彼の言い草にぴりぴりとした雰囲気を漂わせる仲間たちは、白恋中を格下とみなすのはやめたらしい。
否、白恋中をと言うより、吹雪士郎をと言った方が確実だろうか。
仲間の一人をやられて気を引き締めた仲間を横目に、円堂は吹雪を観察し続けた。
どうもおかしい。
ディフェンダーとして動いていたときと比べ、何もかもが違いすぎる。
基本的な性能はともかく、動き、口調、態度、雰囲気。そして何よりもあの好戦的な目の輝き。
どれをとってもまるで『別人』のようだ。
再び攻め入るのかと身構えた仲間を嘲笑うようにセンターからシュート体勢に入った吹雪は、超ロングシュートを打ってきた。
「井の中の蛙大海を知らず、か」
彼は確かにいいプレイヤーだが、まるで自分が最強と信じ込んでいるようだ。
きっと同年代の相手に負けたことがないのだろう。
負けを知らぬプレイヤーは本当の意味で強くなれない。
今度は様子見ではなく本気で取るつもりで迫りくるボールを睨み付ける。
しかし直接叩き込まれるかと思ったシュートは、間に入った二人に勢いを殺された。
「ザ・タワー!!」
「ザ・ウォール!!」
塔子と壁山の技の出現に目を見張る。
つい先日までならこのタイミングで技を出せたりしなかっただろう。
地道な特訓は実を結び、彼らに確かな実力を与えている。
吹雪のシュートの前に二人の力は及ばないが、大した成長だと円堂は小さく微笑んだ。
おかげさまで吹雪士郎のシュートと、その特徴を十分に観察させてもらえた。
砕けたタワーと土壁を確認し、そこから技の体勢に移行する。
完全に間に合うタイミング。実践により目と体を強制的に慣らしたお陰で、完璧に止められるはずだった。
「マジン───」
ずくり、と心臓が脈動し息が詰まる。
全身が凍りつき、どっと冷や汗が流れた。
嫌な感覚に心臓に集まりかけていた気が僅かに弱まり、技が発動する前に霧散しそうになる。
飛び散りそうな気を無理やりにかき集め、痛みを堪えて開放した。
「ザ・ハンド!!」
黄金色の魔人が円堂の呼び声に応えて出現する。
しかし当然技にはいつもの切れはなく、吹雪のエターナルブリザードに掠めた瞬間魔人は掻き消えた。
それでも軌道をずらすのには成功したらしく、ボールはネットではなくポストの上に逸れて行く。
くっと息を飲み込み片膝をつくと、周囲に気取られないよう心臓を押さえた。
「守!」
「───大丈夫。あーあ、止めれると思ったんだけどな」
駆け寄ろうとした一之瀬を片手で制すると、ゆっくりと体を起こす。
一之瀬だけではなく周囲の視線は集中していて、ことさら余裕を見せるように微笑んだ。
心配そうにこちらを見ていた仲間たちの表情があからさまに緩み、少しだけ驚いたようにしている吹雪にウィンクする。
緩やかに呼吸を整えながら、未だに倒れ付す壁山と塔子に近づき二人の腕を掴んで起こした。
力を篭めた瞬間、一瞬だけ強く胸が痛み、ゆっくりと引いていく。
流した冷や汗をさり気無い仕草で拭い、二人の顔を覗きこんだ。
「二人とも大丈夫か?」
「はい、キャプテン」
「しっかし凄いな。ディフェンス二人がかりでもコースを外させるので精一杯」
「なーに言ってんの。あのシュートのコースを外させたお前らも十分凄いよ。少なくともこの間のエイリア学園戦のお前らなら無理だった。この短期間で大分成長してるぞ」
「え・・・?」
「そうっすか?」
「ああ、そうだ。それにどんな強力なシュートでもゴールに入らなきゃ意味はない。点にならないんだからな」
少しだけ落ち込み気味の二人の頭を撫でれば、褒められて嬉しかったのか目尻を染めて頷いた。
「姉さん、この方法使えませんか?どんな強力なシュートでもこの方法なら」
「ああ。少しばかり消極的だが、それでもいい手だと思う。もっとも、ディフェンスに負担が掛かりすぎるとこは要改良だけどな」
「ですが勝利への足掛けは見えました。───俺たちは、勝てます」
「ああ」
強い眼差しを向けた弟に、小さく微笑む。
そして視線を吹雪へと向けた。
悔しげに睨み付けていた少年は、マフラーに触れるとおっとりとした態度に変わる。
円堂が彼を見ているのに気づくと、小さく微笑んだ。
また雰囲気が一変している。いいや、一変したというより元に戻ったというべきか。
どうやら一癖ありそうな少年を眺め、ずれた眼鏡を指の腹を使い押し上げた。
今度こそ瞳子の終了の合図が響き試合は中断される。
悔しげに地面を蹴りつける染岡を横目に、円堂は吹雪へと近づいた。
「凄いぜ吹雪。あんなびりびり来るシュート久し振りだ」
「久し振り?君は前にも僕と同じくらいの威力のシュートを受けたことがあるの?」
きょとんと瞬きをして問う吹雪に笑顔を浮かべる。
彼よりも円堂の世界はもう少しだけ広い。
しかし『是』と答え過去を露出する気がない円堂は、ただ黙っていた。
そうすれば人は大体自分が知りたい方向へ勘違いするものだ。
「ああ、そうか。君はエイリア学園とやらとプレイしているんだっけ?なら凄いシュートも何発も受けてるんだろうね」
「そうだな」
否定でも肯定でもなく同意をすれば、勝手に納得してくれたらしい吹雪はまた笑顔を見せた。
端整な顔に浮かぶ無邪気な笑顔は、純粋に可愛い。
「でも僕のシュートに触れることが出来たのも君が始めてさ」
「ああ、やっぱりな」
「やっぱり?」
「いーや、こっちの台詞」
不思議そうに小首を傾げる吹雪の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
すると先日頭を拭いてやったときと同じように、『わぷっ』と変な声を上げた。
ぐらぐらと遠慮なく首を揺する勢いで頭を撫でつつ、『吹雪士郎』を観察する。
円堂の考察どおり、彼は『井の中の蛙』だ。
確かに今雷門に居る誰よりシュート力を持ちエースになる期待はあるが、反して危うい気配がする。
受け止められたことがないシュート。
それが止められたとき、彼は今と同じ戦力で居続けるのだろうか。
誘ってもいいものか。否、誘うべきなのか。
監督である瞳子の視線で窺えば、こくりと一つ頷いた。
監督からの合図にほんの一瞬だけ惑うように視線を彷徨わせ、それでも彼女の無言の指示に従った。
円堂に連れられて現れた染岡の表情に、風丸はほっと胸を撫で下ろす。
ずっと張り詰めていた空気が緩み、雷門中でサッカーをしていた頃と酷似していた。
何故か頬を赤らめ隣を歩く円堂から不自然に顔を逸らしているし、間に入った秋が何事か言って彼を宥めているように見えたが、円堂があっけらかんと笑っているので大丈夫なのだろう。
グランドで二人を待ちきれなくていつの間にか始まっていた雪遊びの手を止め、彼らの到着を待つ。
少しだけ滑りやすい階段を余裕で降り切った円堂は、ひらひらと手を振った。
「一体何処に行ってたんですか。いきなりいなくなるから、心配したんですよ」
「はは、悪い悪い。でも姿を見たから安心だろ?」
「・・・無断で行動するのは感心しないわ円堂君」
「申し訳ありません、監督。以後注意するよう善処します」
注意する、ではなく注意するよう善処するという言い回しはいかにも円堂らしくて、風丸は小さく笑った。
とどのつまり、気をつけるだけで端から言いなりになる気はないらしい。
一見するとしおらしく言い訳もしないで謝罪しているのに、随分と不遜で彼女らしい。
言質をとらずに要領よく振舞った円堂は、壁山と目金の合作雪だるまを見て目を輝かせる。
「すっげーな、この雪だるま!超特徴捉えててウケる!」
「自信作っす」
「特にここのディティールに僕たちの拘りが出てるんですよ」
胸を張る二人の話を聞き、更に幾つかオプションを付け加える円堂は、監督に名を呼ばれ鎌倉へ向かう。
その様子を見送ってから、風丸は遅れてきた二人に近づいた。
「随分と遅かったんだな。もう少し早ければ、一緒に雪合戦が出来たのに」
「ふふふ、それで皆ずぶ濡れなのね?風邪を引かないようにケアしなきゃ駄目よ」
「ああ、判ってる。ちゃんとタオルも準備万端だ」
そっぽを向いたままの染岡を気にせず話す秋に、風丸は胸を撫で下ろした。
どうやらこんな態度が出来るくらいまで、染岡の気力は回復したらしい。
とげとげしい雰囲気が和らぎ、不機嫌と言うよりどこか拗ねているだけに見えた。
「染岡も、少しはリフレッシュ出来たのか?さっきより随分と雰囲気が柔らかくなってる」
「あのね、染岡君はねぇ」
「ば!木野!止めろ!風丸にその話はやば過ぎる!」
「じゃあ、一之瀬君か鬼道君」
「木野!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る染岡に、風丸の勘がぴんと働いた。
先ほど円堂と染岡と秋の三人でどこかに消えた。
そこで風丸と鬼道と一之瀬に聞かれたらまずい何かがあった。
導き出される共通点なんて一つしかなくて、きりきりと眉がつり上がる。
「・・・染岡?」
「いやいやいやいや、本当に何もなかった!何もなかったって言ってるだろ!?」
「何もないなら何故そこまで慌てるんだ・・・?」
「何もないのに疑うからだろ!」
声を裏返して叫ぶ染岡に、すっと瞳を細める。
白か黒かで考えれば、どう考えてもこれは黒だ。
絶対に、何かあったはず。
ぴりぴりと苛立つ風丸に、流石に憐れに思ったのか秋が間に入った。
「そう言えば!円堂君ってすごくマイペースに見えるけど、面倒見いいよね?昔からああだったの?」
強引な話題変更だったが、あまりにも必死な様子に嘆息した。
もう少し染岡を問い詰めたかったが、話題が円堂がらみなので気が緩む。
吊り上げていた目尻を和らげると、こくりと一つ頷いた。
「円堂は昔からああだ。いつだって我侭でマイペースで自由気ままに動いてるようでいて、本音の部分では他人のためばかり動いてる」
「他人のためにばかり?」
「そう。小さい頃からあの人は変わらないんだ。好き勝手やってるように見えるのに、いつだって俺が足を止めれば手を差し伸べてくれる。困ってる人が居れば最初に気がつくし、それと判らないように絶妙のタイミングで手助けをする。まも姉はさ、凄く器用だけど不器用なんだ。俺はあの人の誰かのためじゃない我侭なんて、一つしか知らないよ」
そう、本当に一つしか知らない。
生まれてから十四年の付き合いがあるのに、彼女が本音の部分で訴えた『我侭』なんて、たった一つだけだ。
『サッカーがしたい』
夕日が沈むまでずっとずっと一人きりでサッカーをしている子供を眺めているくせに、家に帰れば本音の願いすら仕舞いこんで笑ってた。
何かをしたい、なんて自発的に望むことはほとんどなかったのに、一番したいと望んでいた唯一すら、彼女は最後まで両親に我を通せなかった。
風丸は覚えている。
サッカーをしてる誰かを見ていた円堂の横顔を。
ガラス玉みたいな大きな瞳で、ただ黙り込んで静かに座っていたあの姿を。
「上辺だけしか見ない奴は、まも姉を明るくて元気で朗らかでって簡単に言うけど、あの人はそんなに自由じゃない。何でも器用に出来るからこそ多くを望まないし、必要としていない。相手に何かを求めたりしないんだ。必要なことを与えるだけ与えて、与えたことすら知らない顔で笑ってる」
「・・・風丸」
「だから、俺はまも姉を守りたい。まも姉が強がりを言わなくて済むくらい、守られるんじゃなくて守れるくらい強くなりたい」
それはずっと前からの風丸の目標。
物心付いたときには、もう彼女しか見えてなかった。
笑顔の裏で空虚な心を抱える円堂の支えになりたかった
大人たちが円堂の笑顔に騙されて本当の『心』を見つけれないなら、自分が見つけて守ればいい。
誰かお姉ちゃんを守って、という願いは、年を経るごとに自分が守るから、に変化して、それは今でも変わらない。
風丸の言葉に目を丸くしていた二人は、顔を見合わせると緩やかに息を吐き出した。
「風丸君って」
「ん?」
「本当に、円堂君が好きなのね」
しみじみとした秋の言葉に、何故か染岡が顔を赤らめた。
どうして何を言われたでもない彼が恥らうのかと首を傾げながら、微かに笑う。
「俺がまだ赤ん坊だった頃、一番最初に呼んだのは円堂の名前だそうだ」
答えにならない答えを返し、誇らしげに胸を張る。
風丸の言葉にきょとんと瞬きを繰り返した秋は、口を押さえて破顔した。
蒼穹にやさしい笑い声が響く。
寒い空だからこそ澄み切った青に目を細め、風丸も声を上げて笑った。
ずっと張り詰めていた空気が緩み、雷門中でサッカーをしていた頃と酷似していた。
何故か頬を赤らめ隣を歩く円堂から不自然に顔を逸らしているし、間に入った秋が何事か言って彼を宥めているように見えたが、円堂があっけらかんと笑っているので大丈夫なのだろう。
グランドで二人を待ちきれなくていつの間にか始まっていた雪遊びの手を止め、彼らの到着を待つ。
少しだけ滑りやすい階段を余裕で降り切った円堂は、ひらひらと手を振った。
「一体何処に行ってたんですか。いきなりいなくなるから、心配したんですよ」
「はは、悪い悪い。でも姿を見たから安心だろ?」
「・・・無断で行動するのは感心しないわ円堂君」
「申し訳ありません、監督。以後注意するよう善処します」
注意する、ではなく注意するよう善処するという言い回しはいかにも円堂らしくて、風丸は小さく笑った。
とどのつまり、気をつけるだけで端から言いなりになる気はないらしい。
一見するとしおらしく言い訳もしないで謝罪しているのに、随分と不遜で彼女らしい。
言質をとらずに要領よく振舞った円堂は、壁山と目金の合作雪だるまを見て目を輝かせる。
「すっげーな、この雪だるま!超特徴捉えててウケる!」
「自信作っす」
「特にここのディティールに僕たちの拘りが出てるんですよ」
胸を張る二人の話を聞き、更に幾つかオプションを付け加える円堂は、監督に名を呼ばれ鎌倉へ向かう。
その様子を見送ってから、風丸は遅れてきた二人に近づいた。
「随分と遅かったんだな。もう少し早ければ、一緒に雪合戦が出来たのに」
「ふふふ、それで皆ずぶ濡れなのね?風邪を引かないようにケアしなきゃ駄目よ」
「ああ、判ってる。ちゃんとタオルも準備万端だ」
そっぽを向いたままの染岡を気にせず話す秋に、風丸は胸を撫で下ろした。
どうやらこんな態度が出来るくらいまで、染岡の気力は回復したらしい。
とげとげしい雰囲気が和らぎ、不機嫌と言うよりどこか拗ねているだけに見えた。
「染岡も、少しはリフレッシュ出来たのか?さっきより随分と雰囲気が柔らかくなってる」
「あのね、染岡君はねぇ」
「ば!木野!止めろ!風丸にその話はやば過ぎる!」
「じゃあ、一之瀬君か鬼道君」
「木野!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る染岡に、風丸の勘がぴんと働いた。
先ほど円堂と染岡と秋の三人でどこかに消えた。
そこで風丸と鬼道と一之瀬に聞かれたらまずい何かがあった。
導き出される共通点なんて一つしかなくて、きりきりと眉がつり上がる。
「・・・染岡?」
「いやいやいやいや、本当に何もなかった!何もなかったって言ってるだろ!?」
「何もないなら何故そこまで慌てるんだ・・・?」
「何もないのに疑うからだろ!」
声を裏返して叫ぶ染岡に、すっと瞳を細める。
白か黒かで考えれば、どう考えてもこれは黒だ。
絶対に、何かあったはず。
ぴりぴりと苛立つ風丸に、流石に憐れに思ったのか秋が間に入った。
「そう言えば!円堂君ってすごくマイペースに見えるけど、面倒見いいよね?昔からああだったの?」
強引な話題変更だったが、あまりにも必死な様子に嘆息した。
もう少し染岡を問い詰めたかったが、話題が円堂がらみなので気が緩む。
吊り上げていた目尻を和らげると、こくりと一つ頷いた。
「円堂は昔からああだ。いつだって我侭でマイペースで自由気ままに動いてるようでいて、本音の部分では他人のためばかり動いてる」
「他人のためにばかり?」
「そう。小さい頃からあの人は変わらないんだ。好き勝手やってるように見えるのに、いつだって俺が足を止めれば手を差し伸べてくれる。困ってる人が居れば最初に気がつくし、それと判らないように絶妙のタイミングで手助けをする。まも姉はさ、凄く器用だけど不器用なんだ。俺はあの人の誰かのためじゃない我侭なんて、一つしか知らないよ」
そう、本当に一つしか知らない。
生まれてから十四年の付き合いがあるのに、彼女が本音の部分で訴えた『我侭』なんて、たった一つだけだ。
『サッカーがしたい』
夕日が沈むまでずっとずっと一人きりでサッカーをしている子供を眺めているくせに、家に帰れば本音の願いすら仕舞いこんで笑ってた。
何かをしたい、なんて自発的に望むことはほとんどなかったのに、一番したいと望んでいた唯一すら、彼女は最後まで両親に我を通せなかった。
風丸は覚えている。
サッカーをしてる誰かを見ていた円堂の横顔を。
ガラス玉みたいな大きな瞳で、ただ黙り込んで静かに座っていたあの姿を。
「上辺だけしか見ない奴は、まも姉を明るくて元気で朗らかでって簡単に言うけど、あの人はそんなに自由じゃない。何でも器用に出来るからこそ多くを望まないし、必要としていない。相手に何かを求めたりしないんだ。必要なことを与えるだけ与えて、与えたことすら知らない顔で笑ってる」
「・・・風丸」
「だから、俺はまも姉を守りたい。まも姉が強がりを言わなくて済むくらい、守られるんじゃなくて守れるくらい強くなりたい」
それはずっと前からの風丸の目標。
物心付いたときには、もう彼女しか見えてなかった。
笑顔の裏で空虚な心を抱える円堂の支えになりたかった
大人たちが円堂の笑顔に騙されて本当の『心』を見つけれないなら、自分が見つけて守ればいい。
誰かお姉ちゃんを守って、という願いは、年を経るごとに自分が守るから、に変化して、それは今でも変わらない。
風丸の言葉に目を丸くしていた二人は、顔を見合わせると緩やかに息を吐き出した。
「風丸君って」
「ん?」
「本当に、円堂君が好きなのね」
しみじみとした秋の言葉に、何故か染岡が顔を赤らめた。
どうして何を言われたでもない彼が恥らうのかと首を傾げながら、微かに笑う。
「俺がまだ赤ん坊だった頃、一番最初に呼んだのは円堂の名前だそうだ」
答えにならない答えを返し、誇らしげに胸を張る。
風丸の言葉にきょとんと瞬きを繰り返した秋は、口を押さえて破顔した。
蒼穹にやさしい笑い声が響く。
寒い空だからこそ澄み切った青に目を細め、風丸も声を上げて笑った。
「いい加減に甘ったれるのはやめろ、染岡」
低い恫喝に、秋はびくりと体を震わせた。
発したのは普段は朗らかに笑っていることが多い円堂で、柳眉を吊り上げてあからさまに怒る様子に心が怯える。
こんなに怒りを露にしたところなど、彼女が影山に弟の鬼道を貶されたとき以来だ。
あの時も空気を振動させてびりびりとした怒りが肌に伝わるようだった。
こくり、と息を飲み込んだのは、果たして秋か染岡か。
気配を殺しいつの間にか傍に居た彼女が一歩一歩踏み出すたびに、身が竦む。
彼女の怒りは染岡に向けられているのに、腰が抜けそうに怖い。怖くて、仕方ない。
目の前に立つ円堂を呆然とした眼差しで染岡は見詰める。
拳一つ分の極めて近い距離で足を止めた彼女は、体格差から下から睨みあげるようにして染岡を見上げた。
そして普段からかけている黒縁のお洒落眼鏡を外し掌に握る。
「お前、いつから」
「お前が秋に感情をぶつけてるとこからだよ」
「なら、聞いていたならお前だって判るだろう!?お前らは誰一人として吹雪士郎が参入するのに否定的じゃなかった。俺までがあいつを受け入れたら、豪炎寺の居場所はどうなるんだよ!」
「・・・・・・」
「判ってる。あいつが悪いんじゃないってことくらい、俺だって判ってる。でもどうしろって言うんだ!雷門のエースストライカーは吹雪士郎じゃない。豪炎寺修也だ!」
「・・・・・・」
「ずっと一緒にプレイしてきた仲間だろ!?何でお前らはそう簡単に割り切れるんだよ。お前ら皆、冷たすぎる!!!」
どん、と近くにある木を思い切り殴る。
枝に乗っていた雪が落ち、地面に小山を作った。
体全体で苛立ちを表現する染岡のすぐ前に立ちながら、それでも円堂は僅かも怯まない。
腕を組み彼の言い分を聞き、瞼を閉じて重たい息を吐き出した。
「それで?」
「ッ、それでって」
「それでお前の言い分は終わりか?」
「だったらどうだって言うんだ!」
「簡単だ。いつまでも欲しいおもちゃが手に入らない餓鬼みたいに、駄々捏ねてんじゃねえよって言うよ」
「!!?」
静かな声だった。
染岡のように威嚇するのでも怒鳴るのでもなく、落ち着き払って冷静さを保つ声。
けれど心の奥にずしんと響くそれに、秋は目を丸くする。
「吹雪士郎を受け入れただけで、あいつらが冷たいって?ずっと一緒にプレイしてきた仲間なのに、何も感じていないって?ふざけるな」
「・・・円堂」
「お前は豪炎寺のことを考えるつもりでいて、結局何も見えてない。豪炎寺が居なくなって、本当に皆が動じてないとでも思ってるのか?一年坊たちはいつだって落ち着かない。一哉や土門、風丸に有人もいくら練習しても足りないと頑張ってる。そうしないと居なくなった豪炎寺のことが脳裏にちらついて仕方ないからだ。豪炎寺修也はただのエースストライカーじゃない。俺たちの大切な仲間で、雷門の柱の一人だ。だから俺たちは努力してるんだろうが。あいつがいつ帰ってきてもいいように。きっとレベルアップして帰ってくるあいつを信じて」
「・・・っ」
「それなのに染岡、お前の態度はどうだ。気を使う仲間を無視し、制御できない感情を発露し、周囲の気遣いすら気づかない。お前よりも壁山や栗松のほうがずっと大人だ。少なくとも、納得できないからと他人に当たったりしない」
「仕方ねえだろ!お前は豪炎寺が心配じゃねぇのかよ!監督にあんな風に切り捨てられて、キャラバンから追い出されたんだぞ!」
「───本気で豪炎寺が心配なら、あの時お前もついて行けばよかったんだ」
囁きに似た言葉に、染岡は目を見開いた。
驚いたのは彼だけじゃない。秋だって唐突な台詞に動揺していた。
考えたこともなかったのだ。豪炎寺が追い出されたときについて行くなんて、そんな選択肢浮かびもしなかった。
平然と新たな道を示した円堂は、どこまでも落ち着き払っている。
「そうしなかったのなら、お前はもう選んでいるんだ。豪炎寺と一緒に抜けるのではなく、俺たちと戦う選択肢を。それなのにいつまでもうだうだうだうだしつこいったらありゃしない。結局のところ、お前は俺たちも豪炎寺も信じられないだけだろう?」
「違う!俺は豪炎寺もお前らも仲間として」
「信じてる?嘘だね。それならあんな言葉言えないよ。信じるってのはな、相手を四六時中心配してるのと同意じゃないんだぜ?俺たちは誰が来たって雷門のエースは豪炎寺だと信じてる。だから吹雪士郎だって受け入れれる。吹雪士郎と豪炎寺修也が別人だって知ってるから、吹雪が来ても豪炎寺の居場所がなくならないって理解しているからな」
「・・・・・・」
俯いた染岡は、拳を震わせて黙りこんだ。
円堂が言う言葉は一々正論だ。逃げ場がないほど真っ直ぐに、染岡の矛盾を突いている。
ぎりぎりと音が聞こえそうなくらい奥歯を噛み締めた彼に嘆息すると、円堂は瞬き一つで雰囲気を一変させた。
「と言っても、そう簡単に割り切れないとこがお前のいいとこだけどな。俺はお前のそういう不器用なとこ、結構好きだぜ」
「は?」
「どうせこれだけ口で言ったって、お前みたいなタイプは納得できないだろ?ならせめて納得できるまで足掻け」
「円堂君、それってどういう意味?」
「そのままだよ。差し出された手を無視するとか、嫌味ったらしい物言いをするんじゃなく、正面から正々堂々とぶつかれって言ってんの。幸い吹雪は見た目はなよっちいが、度量は大きそうだ。避けてても相手のいいとこなんて見つからない。苦手な人種だからこそ正面から顔を合わせて心をぶつけろ。足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて、それでも納得できないなら。その時吹雪にどう対応するか俺も考えよう」
ぱちり、とウィンクした円堂は、いつもの朗らかな円堂だった。
先ほどまでの肌が痺れるような怒気は消え去り、秋は体中から力が抜け、染岡も呆気に取られている。
緊張感のない態度で笑う円堂に、一体何が起こったのかと脳みそがついていかない。
けらけら笑いながら握りこんでいた眼鏡を掛けた円堂は、吐息が触れ合いそうな距離まで染岡に顔を近づけた。
普段の彼なら慌てて飛びのくだろうに、まだ意識が繋がらないのか呆然として円堂を見下ろしている。
「ちっとは気合入ったか、染岡?」
「っ!!!?円堂、お前まさか・・・!?」
「はは、少しは発散できたろ?お前最近膨れ上がった風船みたいにパンパンに気を張ってたし、もうちょい肩の力を抜いとけ。そんなんじゃいざって時にフットワークを発揮できないぞ?」
「・・・・・・お前と話してると、真剣に悩んでた俺が馬鹿みたいな気になる」
「そりゃ良かった。ぐるぐるとした思考から抜ける切欠が出来たってことだ」
にいっと口角を持ち上げた円堂は一瞬の隙を突いて染岡のジャージを引っ張ると、呆気なくバランスを崩した彼は覆い被さるよう彼女に倒れる。
元々近かった距離が更に近づくのに目を丸くした染岡に、意地悪く微笑むと、自らも距離を縮めた。
チュ
可愛らしいリップ音に、時間が止まる。
いきなりの現実に、染岡だけじゃなく秋も動けなくなった。
何が起きたのか判っていないとぽかんと口を開けた染岡は、それでも無意識に手を頬に当てる。
そして次の瞬間。音を立てるほどの勢いで、がっと顔を赤くした。
「ななななななななな!!!?」
「何をするんだ?」
「っ!!!」
言葉も自由に操れなくなった染岡を楽しげに眺める円堂は、人差し指を唇に当てて綺麗にウィンクをした。
楽しそうに笑う円堂を意味不明な奇声を発しながら追いかける染岡は、顔から湯気が出そうだ。
怒りや恥じらいや他にも色々な感情を混ぜて罵詈雑言を発しているのに、どうしてか少しも怖くない。
挑発するように時折足を止めては染岡を呼ぶ円堂に、秋は静かに微笑んだ。
やはり彼女は凄いキャプテンだ。
秋には絶対に出来ないが、いやらしさのない親愛のキス一つで、あれほど行き詰っていた染岡の心を思わぬ形で解した上に、うやむやにならないよう自分が言いたいことはきっちりと伝えている。
きっと円堂の後押しにより、染岡は彼なりの方法で感情に折り合いをつけるのだろう。
そのときは近いに違いない。
何処までも澄んだ青空を見上げ、居なくなった仲間に思いを馳せる。
誰が来ても彼の居場所はなくなったりなんかしない。
円堂が断言してくれたお陰で、秋自身どこか信じきれていなかった想いを固められた。
秋も円堂と同じく、信じて努力するだけだ。
いつか豪炎寺がパワーアップして帰ってきたとき、彼と対等に肩を並べていられるように。
「円堂ー!!!」
「あはは、染岡、こっちだこっち!」
軽やかに笑う円堂に、いつしか怒声を上げていた染岡も笑顔に変わる。
そんな二人を見て、漸く戻ってきたいつもの雰囲気に、慈しむようひっそりと笑った。
低い恫喝に、秋はびくりと体を震わせた。
発したのは普段は朗らかに笑っていることが多い円堂で、柳眉を吊り上げてあからさまに怒る様子に心が怯える。
こんなに怒りを露にしたところなど、彼女が影山に弟の鬼道を貶されたとき以来だ。
あの時も空気を振動させてびりびりとした怒りが肌に伝わるようだった。
こくり、と息を飲み込んだのは、果たして秋か染岡か。
気配を殺しいつの間にか傍に居た彼女が一歩一歩踏み出すたびに、身が竦む。
彼女の怒りは染岡に向けられているのに、腰が抜けそうに怖い。怖くて、仕方ない。
目の前に立つ円堂を呆然とした眼差しで染岡は見詰める。
拳一つ分の極めて近い距離で足を止めた彼女は、体格差から下から睨みあげるようにして染岡を見上げた。
そして普段からかけている黒縁のお洒落眼鏡を外し掌に握る。
「お前、いつから」
「お前が秋に感情をぶつけてるとこからだよ」
「なら、聞いていたならお前だって判るだろう!?お前らは誰一人として吹雪士郎が参入するのに否定的じゃなかった。俺までがあいつを受け入れたら、豪炎寺の居場所はどうなるんだよ!」
「・・・・・・」
「判ってる。あいつが悪いんじゃないってことくらい、俺だって判ってる。でもどうしろって言うんだ!雷門のエースストライカーは吹雪士郎じゃない。豪炎寺修也だ!」
「・・・・・・」
「ずっと一緒にプレイしてきた仲間だろ!?何でお前らはそう簡単に割り切れるんだよ。お前ら皆、冷たすぎる!!!」
どん、と近くにある木を思い切り殴る。
枝に乗っていた雪が落ち、地面に小山を作った。
体全体で苛立ちを表現する染岡のすぐ前に立ちながら、それでも円堂は僅かも怯まない。
腕を組み彼の言い分を聞き、瞼を閉じて重たい息を吐き出した。
「それで?」
「ッ、それでって」
「それでお前の言い分は終わりか?」
「だったらどうだって言うんだ!」
「簡単だ。いつまでも欲しいおもちゃが手に入らない餓鬼みたいに、駄々捏ねてんじゃねえよって言うよ」
「!!?」
静かな声だった。
染岡のように威嚇するのでも怒鳴るのでもなく、落ち着き払って冷静さを保つ声。
けれど心の奥にずしんと響くそれに、秋は目を丸くする。
「吹雪士郎を受け入れただけで、あいつらが冷たいって?ずっと一緒にプレイしてきた仲間なのに、何も感じていないって?ふざけるな」
「・・・円堂」
「お前は豪炎寺のことを考えるつもりでいて、結局何も見えてない。豪炎寺が居なくなって、本当に皆が動じてないとでも思ってるのか?一年坊たちはいつだって落ち着かない。一哉や土門、風丸に有人もいくら練習しても足りないと頑張ってる。そうしないと居なくなった豪炎寺のことが脳裏にちらついて仕方ないからだ。豪炎寺修也はただのエースストライカーじゃない。俺たちの大切な仲間で、雷門の柱の一人だ。だから俺たちは努力してるんだろうが。あいつがいつ帰ってきてもいいように。きっとレベルアップして帰ってくるあいつを信じて」
「・・・っ」
「それなのに染岡、お前の態度はどうだ。気を使う仲間を無視し、制御できない感情を発露し、周囲の気遣いすら気づかない。お前よりも壁山や栗松のほうがずっと大人だ。少なくとも、納得できないからと他人に当たったりしない」
「仕方ねえだろ!お前は豪炎寺が心配じゃねぇのかよ!監督にあんな風に切り捨てられて、キャラバンから追い出されたんだぞ!」
「───本気で豪炎寺が心配なら、あの時お前もついて行けばよかったんだ」
囁きに似た言葉に、染岡は目を見開いた。
驚いたのは彼だけじゃない。秋だって唐突な台詞に動揺していた。
考えたこともなかったのだ。豪炎寺が追い出されたときについて行くなんて、そんな選択肢浮かびもしなかった。
平然と新たな道を示した円堂は、どこまでも落ち着き払っている。
「そうしなかったのなら、お前はもう選んでいるんだ。豪炎寺と一緒に抜けるのではなく、俺たちと戦う選択肢を。それなのにいつまでもうだうだうだうだしつこいったらありゃしない。結局のところ、お前は俺たちも豪炎寺も信じられないだけだろう?」
「違う!俺は豪炎寺もお前らも仲間として」
「信じてる?嘘だね。それならあんな言葉言えないよ。信じるってのはな、相手を四六時中心配してるのと同意じゃないんだぜ?俺たちは誰が来たって雷門のエースは豪炎寺だと信じてる。だから吹雪士郎だって受け入れれる。吹雪士郎と豪炎寺修也が別人だって知ってるから、吹雪が来ても豪炎寺の居場所がなくならないって理解しているからな」
「・・・・・・」
俯いた染岡は、拳を震わせて黙りこんだ。
円堂が言う言葉は一々正論だ。逃げ場がないほど真っ直ぐに、染岡の矛盾を突いている。
ぎりぎりと音が聞こえそうなくらい奥歯を噛み締めた彼に嘆息すると、円堂は瞬き一つで雰囲気を一変させた。
「と言っても、そう簡単に割り切れないとこがお前のいいとこだけどな。俺はお前のそういう不器用なとこ、結構好きだぜ」
「は?」
「どうせこれだけ口で言ったって、お前みたいなタイプは納得できないだろ?ならせめて納得できるまで足掻け」
「円堂君、それってどういう意味?」
「そのままだよ。差し出された手を無視するとか、嫌味ったらしい物言いをするんじゃなく、正面から正々堂々とぶつかれって言ってんの。幸い吹雪は見た目はなよっちいが、度量は大きそうだ。避けてても相手のいいとこなんて見つからない。苦手な人種だからこそ正面から顔を合わせて心をぶつけろ。足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて、それでも納得できないなら。その時吹雪にどう対応するか俺も考えよう」
ぱちり、とウィンクした円堂は、いつもの朗らかな円堂だった。
先ほどまでの肌が痺れるような怒気は消え去り、秋は体中から力が抜け、染岡も呆気に取られている。
緊張感のない態度で笑う円堂に、一体何が起こったのかと脳みそがついていかない。
けらけら笑いながら握りこんでいた眼鏡を掛けた円堂は、吐息が触れ合いそうな距離まで染岡に顔を近づけた。
普段の彼なら慌てて飛びのくだろうに、まだ意識が繋がらないのか呆然として円堂を見下ろしている。
「ちっとは気合入ったか、染岡?」
「っ!!!?円堂、お前まさか・・・!?」
「はは、少しは発散できたろ?お前最近膨れ上がった風船みたいにパンパンに気を張ってたし、もうちょい肩の力を抜いとけ。そんなんじゃいざって時にフットワークを発揮できないぞ?」
「・・・・・・お前と話してると、真剣に悩んでた俺が馬鹿みたいな気になる」
「そりゃ良かった。ぐるぐるとした思考から抜ける切欠が出来たってことだ」
にいっと口角を持ち上げた円堂は一瞬の隙を突いて染岡のジャージを引っ張ると、呆気なくバランスを崩した彼は覆い被さるよう彼女に倒れる。
元々近かった距離が更に近づくのに目を丸くした染岡に、意地悪く微笑むと、自らも距離を縮めた。
チュ
可愛らしいリップ音に、時間が止まる。
いきなりの現実に、染岡だけじゃなく秋も動けなくなった。
何が起きたのか判っていないとぽかんと口を開けた染岡は、それでも無意識に手を頬に当てる。
そして次の瞬間。音を立てるほどの勢いで、がっと顔を赤くした。
「ななななななななな!!!?」
「何をするんだ?」
「っ!!!」
言葉も自由に操れなくなった染岡を楽しげに眺める円堂は、人差し指を唇に当てて綺麗にウィンクをした。
楽しそうに笑う円堂を意味不明な奇声を発しながら追いかける染岡は、顔から湯気が出そうだ。
怒りや恥じらいや他にも色々な感情を混ぜて罵詈雑言を発しているのに、どうしてか少しも怖くない。
挑発するように時折足を止めては染岡を呼ぶ円堂に、秋は静かに微笑んだ。
やはり彼女は凄いキャプテンだ。
秋には絶対に出来ないが、いやらしさのない親愛のキス一つで、あれほど行き詰っていた染岡の心を思わぬ形で解した上に、うやむやにならないよう自分が言いたいことはきっちりと伝えている。
きっと円堂の後押しにより、染岡は彼なりの方法で感情に折り合いをつけるのだろう。
そのときは近いに違いない。
何処までも澄んだ青空を見上げ、居なくなった仲間に思いを馳せる。
誰が来ても彼の居場所はなくなったりなんかしない。
円堂が断言してくれたお陰で、秋自身どこか信じきれていなかった想いを固められた。
秋も円堂と同じく、信じて努力するだけだ。
いつか豪炎寺がパワーアップして帰ってきたとき、彼と対等に肩を並べていられるように。
「円堂ー!!!」
「あはは、染岡、こっちだこっち!」
軽やかに笑う円堂に、いつしか怒声を上げていた染岡も笑顔に変わる。
そんな二人を見て、漸く戻ってきたいつもの雰囲気に、慈しむようひっそりと笑った。
更新内容
|
(06/28)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(03/31)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/24)
(03/24)
(03/24)
(03/23)
(03/14)
(03/14)
(03/13)
(03/13)
(03/13)
(03/11)
(03/10)
(03/08)
カテゴリー
|
リンク
|
フリーエリア
|