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「お前の祖父、円堂大介を殺したのは影山だ」
大きくはないが、良く響く朗々とした声で告げた響木に瞳が丸くなる。
周囲に居る仲間たちが息を呑む音が聞こえた気がした。
驚愕でものも言えずに静まり返る彼らを尻目に、僅かに顔を俯ける。
震える体を気力で押さえ込み、緩やかに十数えながら呼気を吐き出した。
「・・・そうですか」
発した声が掠れ、体の脇で握る掌が込み上げる感情に抗いきれず揺れる。
沸いた感情は恐怖でも怒りでもなく───単純に、笑いだった。
何を今更、というのが本音だが、彼らは知らないのだと思い出す。
恩師である影山こそが祖父を死に追いやったなど、そんなのとうの昔から知っている。
何もかもを知った上で円堂は影山に師事していた。
随分と幼い頃に知ったので憎しみはわかなかった。ただ、一つ判っていたのは、血の繋がっている誰かより、影山の方が遙かに円堂の近くにいてくれた現実だけだ。
彼はサッカーを欲する円堂が望むままに技術や知識を与えてくれた、紛れもない恩師だった。
こちらを見詰める響木の眼差しはサングラスに隠れてどんなものか見えない。
だがきっと、今の円堂より遥かに悲しみを湛えているのだろう。
気を緩めれば発露しそうな笑いの発作を拳に爪を食い込ませることで堪えた円堂は、ぽんと肩に置かれた掌に顔を上げた。
絡んだ視線の先には、酷く物憂げな表情の豪炎寺が居て、ああ、こいつは違ったと眉を下げる。
円堂と豪炎寺は身内を彼に傷つけられているという点では酷似しているが、置かれた状況は百八十度以上に差がある。
最愛の妹を手に掛けられた彼が影山に抱くのは怒りや恨み、そして憎悪に近いものだろう。
一般的に考えると、豪炎寺が抱く感情こそが正常なものだと思う。
彼の怒りは正当なもので、影山が取った手口は侮蔑されるだけで済まない。
それでも円堂は違う。似た状況に置かれながら、彼に抱く感情は全く反対だ。
心配げに柳眉を顰めてこちらを窺う彼には申し訳ないが、同じように影山を憎めなかった。
影山を憎むには、傍近くに居すぎた。
悪い部分を理解しつつ、彼の優しさも知ってしまっているのだ。
影山について深く知らない彼らのように、憎悪するには大切にされ過ぎていた。
円堂大介に依存しているのは、むしろ響木の方だろう。
血が繋がっているだけの円堂と違い、彼は監督として直接指導を受けている。
感銘を受ける箇所も多くあったろうし、今の彼の人生の基礎にも円堂大介が居るのだろう。
ただ血縁関係であるだけの自分より、余程強い絆がある。
祖父を無心に慕うには、円堂は少しばかり捻くれていた。
純粋に同じサッカーを志すものとして技術や指導力は尊敬しても、彼個人を何も知らないのだ。
両親が死んで行く当てがない円堂を拾い、鬼道家に預けてサッカーを教えてくれたのは影山だ。
血が繋がっていただけの他人じゃなく、血の繋がらない身内こそ価値があった。
感謝、しているのだ。
円堂大介の孫としての自分に価値を見出しただけだとしても、与えてくれた技術も知識も経験も全てが糧となっている。
広い世界を見れたのも、可愛い弟が出来たのも、心を預けれる相棒や協力者として信頼していた許婚を得れたのも、全て影山が居たからだ。
弟を利用されなければ彼に対して一生憎悪など沸かなかったし、鬼道を取り戻せた今となっては影山に対する憤りも消えていた。
胸を占めるのは懐かしさに似た想い。
瞼を閉じれば思い出せる、決別した日々への哀しみ。
「・・・俺は大丈夫です、監督」
眉を下げて笑えば、響木はほっと息を吐き出した。
仲間たちの呼びかけに頷くと、真っ直ぐにフィールドを見詰める。
憎しみに塗れたサッカーをするには、サッカーを愛しすぎていた。
その想いを誰より理解するのは、長きに渡り円堂を育てた影山本人だろう。
目の前に立つ雷門中の監督よりも、共にプレイする仲間よりも、貪欲にサッカーを欲する自分を正確に知るのはいまや敵対関係となった彼だけだ。
「俺は俺のサッカーをする。いつ、どんなときだって」
「そうか。・・・やっぱりお前は大介さんに似てるな」
万端の想いが篭められた言葉に、小さく笑うだけで何も返せなかった。
円堂大介の教えを受けていた彼が言うのなら、そうかもしれない。
会ったこともない人間に似ているといわれるのは少しばかり不思議だが、拒絶するほどでもなかった。
こちらを見詰める仲間の視線に微笑むと、すっと手を差し出した。
「俺たちは勝つ」
「・・・ああ」
「当然」
「ここまで来たら、優勝しかないっしょ」
「勝てますかね?」
「バーカ、勝つんだよ」
思い思いの言葉を吐きながら、円堂の掌の上に幾つもの掌が重なっていく。
自然と円陣を組むと、一人一人の顔を覗いてにっと笑った。
「狙うは優勝ただ一つ。フットボールフロンティアを制するのは、俺たち雷門中だ。行くぞっ!」
『おうっ!!』
勢い良く手を振り上げる。
姿こそ見せなくとも必ず試合を見ているはずの人に向け、全力のプレイをするために。
愛しているからこそ方向性を誤った彼に、想いが届くようにと願いながら。
一陣の風が吹き、相手チームのベンチに世宇子中の面々が現れる。
長い髪を靡かせて微笑んだ少年に、円堂もにいっと猫のように笑った。
大きくはないが、良く響く朗々とした声で告げた響木に瞳が丸くなる。
周囲に居る仲間たちが息を呑む音が聞こえた気がした。
驚愕でものも言えずに静まり返る彼らを尻目に、僅かに顔を俯ける。
震える体を気力で押さえ込み、緩やかに十数えながら呼気を吐き出した。
「・・・そうですか」
発した声が掠れ、体の脇で握る掌が込み上げる感情に抗いきれず揺れる。
沸いた感情は恐怖でも怒りでもなく───単純に、笑いだった。
何を今更、というのが本音だが、彼らは知らないのだと思い出す。
恩師である影山こそが祖父を死に追いやったなど、そんなのとうの昔から知っている。
何もかもを知った上で円堂は影山に師事していた。
随分と幼い頃に知ったので憎しみはわかなかった。ただ、一つ判っていたのは、血の繋がっている誰かより、影山の方が遙かに円堂の近くにいてくれた現実だけだ。
彼はサッカーを欲する円堂が望むままに技術や知識を与えてくれた、紛れもない恩師だった。
こちらを見詰める響木の眼差しはサングラスに隠れてどんなものか見えない。
だがきっと、今の円堂より遥かに悲しみを湛えているのだろう。
気を緩めれば発露しそうな笑いの発作を拳に爪を食い込ませることで堪えた円堂は、ぽんと肩に置かれた掌に顔を上げた。
絡んだ視線の先には、酷く物憂げな表情の豪炎寺が居て、ああ、こいつは違ったと眉を下げる。
円堂と豪炎寺は身内を彼に傷つけられているという点では酷似しているが、置かれた状況は百八十度以上に差がある。
最愛の妹を手に掛けられた彼が影山に抱くのは怒りや恨み、そして憎悪に近いものだろう。
一般的に考えると、豪炎寺が抱く感情こそが正常なものだと思う。
彼の怒りは正当なもので、影山が取った手口は侮蔑されるだけで済まない。
それでも円堂は違う。似た状況に置かれながら、彼に抱く感情は全く反対だ。
心配げに柳眉を顰めてこちらを窺う彼には申し訳ないが、同じように影山を憎めなかった。
影山を憎むには、傍近くに居すぎた。
悪い部分を理解しつつ、彼の優しさも知ってしまっているのだ。
影山について深く知らない彼らのように、憎悪するには大切にされ過ぎていた。
円堂大介に依存しているのは、むしろ響木の方だろう。
血が繋がっているだけの円堂と違い、彼は監督として直接指導を受けている。
感銘を受ける箇所も多くあったろうし、今の彼の人生の基礎にも円堂大介が居るのだろう。
ただ血縁関係であるだけの自分より、余程強い絆がある。
祖父を無心に慕うには、円堂は少しばかり捻くれていた。
純粋に同じサッカーを志すものとして技術や指導力は尊敬しても、彼個人を何も知らないのだ。
両親が死んで行く当てがない円堂を拾い、鬼道家に預けてサッカーを教えてくれたのは影山だ。
血が繋がっていただけの他人じゃなく、血の繋がらない身内こそ価値があった。
感謝、しているのだ。
円堂大介の孫としての自分に価値を見出しただけだとしても、与えてくれた技術も知識も経験も全てが糧となっている。
広い世界を見れたのも、可愛い弟が出来たのも、心を預けれる相棒や協力者として信頼していた許婚を得れたのも、全て影山が居たからだ。
弟を利用されなければ彼に対して一生憎悪など沸かなかったし、鬼道を取り戻せた今となっては影山に対する憤りも消えていた。
胸を占めるのは懐かしさに似た想い。
瞼を閉じれば思い出せる、決別した日々への哀しみ。
「・・・俺は大丈夫です、監督」
眉を下げて笑えば、響木はほっと息を吐き出した。
仲間たちの呼びかけに頷くと、真っ直ぐにフィールドを見詰める。
憎しみに塗れたサッカーをするには、サッカーを愛しすぎていた。
その想いを誰より理解するのは、長きに渡り円堂を育てた影山本人だろう。
目の前に立つ雷門中の監督よりも、共にプレイする仲間よりも、貪欲にサッカーを欲する自分を正確に知るのはいまや敵対関係となった彼だけだ。
「俺は俺のサッカーをする。いつ、どんなときだって」
「そうか。・・・やっぱりお前は大介さんに似てるな」
万端の想いが篭められた言葉に、小さく笑うだけで何も返せなかった。
円堂大介の教えを受けていた彼が言うのなら、そうかもしれない。
会ったこともない人間に似ているといわれるのは少しばかり不思議だが、拒絶するほどでもなかった。
こちらを見詰める仲間の視線に微笑むと、すっと手を差し出した。
「俺たちは勝つ」
「・・・ああ」
「当然」
「ここまで来たら、優勝しかないっしょ」
「勝てますかね?」
「バーカ、勝つんだよ」
思い思いの言葉を吐きながら、円堂の掌の上に幾つもの掌が重なっていく。
自然と円陣を組むと、一人一人の顔を覗いてにっと笑った。
「狙うは優勝ただ一つ。フットボールフロンティアを制するのは、俺たち雷門中だ。行くぞっ!」
『おうっ!!』
勢い良く手を振り上げる。
姿こそ見せなくとも必ず試合を見ているはずの人に向け、全力のプレイをするために。
愛しているからこそ方向性を誤った彼に、想いが届くようにと願いながら。
一陣の風が吹き、相手チームのベンチに世宇子中の面々が現れる。
長い髪を靡かせて微笑んだ少年に、円堂もにいっと猫のように笑った。
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陳腐だと嗤う、それだって笑顔だったから
--お題サイト:afaikさまより--
「───首の皮一枚で繋がったようですね」
相変わらず寝入りばなを強襲した男の首元に無遠慮に三叉槍を突きつける。
下種を見るような冷え切った眼差しに嘲笑を浮かべた酷薄な唇。
オッドアイを眇めて笑顔と酷似した表情で憤怒を向けると、寝入りばなの半眼で深く息を吐き出した彼は怯えもみせずにうんざりと息を吐き出した。
「・・・寝かせろ」
「僕が寝てないのに寝かせるわけないでしょうと何度言えば理解できるのです。起きなさい。くっつきそうになっている瞼こじ開けて素早く目覚めなさい」
「どんなジャイアニズム!?どんだけ自分勝手なの、お前は」
ばんばんと最高級の布団を叩いて身を起こした綱吉に、ぐっと顔を近づける。
見れば見るほど間抜け面だった。
昔と比べて限りなく金に近づいた癖のある髪はぴょんぴょんとはね、蜂蜜色の瞳は怒りで煌いている。
だがよくよく見ると睫毛に寝癖が付いてるし、パジャマの襟が片方立っていた。
はっきり言ってこれがマフィア界の最大勢力であるボンゴレファミリーを率いている男には見えない。
幼さを隠し切れない顔立ちに、生ぬるい雰囲気。
今まさに喉元に武器を突きつけているのに、警戒心を欠片も抱かない愚か者。
吐き気がするほど甘ったるく、嫌気が差すほど馬鹿馬鹿しく、憎悪が沸くほど憎い男。
世界に存在する何よりも嫌悪するマフィアの、頂点に立っているといっても過言じゃない彼は、今なら簡単に殺せそうだった。
吐息が触れ合う距離で見詰めあい、それでも視線は逸らさない。
昔の彼は何かと言うと怯えて叫んでいたのに、これも成長なのだろうか。
「君があまりにもとろいので、自分で脱獄してしまいましたよ」
「───それに関しては悪いと思ってる。俺が手伝う約束だったからな」
「初めから当てにしてませんよ、マフィアなんて。特にどうにも間抜けな君に手助けされるほど僕は落ちぶれてません」
「あっそ。まあ、それでもお前が無事ならそれで良かったよ。・・・初めまして、になるのかな?」
「何を今更」
ほにゃりと気が抜けるような、眉を下げた情けない笑顔を晒され瞳を眇める。
有幻覚ではなく実態での顔合わせは初めてだが、それこそ今更というものだ。
彼のこういう部分が嫌いだ。武器を喉に突きつけられながらも、無防備に振舞うさまが嫌いだ。
どんなに凄んでも脅しても、絶大の信頼を向ける彼が忌々しくて仕方ない。
何故───、と思う。
何故、自分は彼を殺せないのだろうか。
三叉槍を奮うことに躊躇いはない。傷つけるのも、利用するのも必要なら迷わない。
それなのに、最後の一押しが出来ない。
男にしては白く滑らかな肌。僅かに力を篭めれば、先端が突き刺さり皮膚が破れて鮮血が流れるはずだ。
人体の急所である喉。鍛えようがないここは、血液の循環も担っている。
僅かな傷でいい。それで綱吉は二度と骸の前で間抜け面を晒さず、愚かな発言をしない死骸へと成り果てる。
綱吉が傷ついても骸は平気だ。
これまでもそうだったし、これからもそうだ。
弾丸に撃たれようと、腕をもがれようと、無駄に生命力が強い彼が呻きながら生き延びる様を眺める。
彼に忠誠を誓う他の守護者と違う。やられたからとやり返そうとは思わない。
愚かなマフィアが仲間割れをした。それだけで済む。
けど。
「骸?」
「・・・どいてください」
「どいてって、お前・・・」
呆れを含んだ声に、黙れと枕を押し付ける。
彼のベッドには無駄に幾つも高級枕が置かれているので、口封じに事欠かない。
むがむがと足掻く彼の顔に全力で枕を当て、ふかふかとしたベッドに身を沈ませた。
「おい、お前!一体何するんだよ!」
「何って───睡眠を取ろうとしてるだけです。君が馬鹿みたいに寝こけている間、僕はほとんど睡眠を取っていませんでしたのでね」
嫌味交じりの嘲笑を浮かべれば、ぐっと蕩けるような色合いの琥珀色の瞳に近づいた。
吐息すら触れ合う近距離で、にこりと微笑んでみせる。
渋面を浮かべる彼の上に乗ると、最高級の布団を目も留まらぬ速さで剥ぎ取った。
「!!?何、何だ?何だよっ!?」
「五月蝿いです」
泡を食って慌てる綱吉を布団から蹴りだすと、程よく温まったそれに体を滑り込ませる。
人肌に温もった布団は肌触りや寝心地もよく、柔らかな枕は首にフィットして心地よい。
さすが寝汚い男だと感心しながら瞼を閉じてほうっと息を漏らす。
オーダーメイドのベッドや布団はここ最近遠ざかっていた安眠をゆっくりと連れてきた。
「え?ちょ、まさかお前、人の寝入りばな急襲した挙句布団奪って寝る気か?」
「ちょっと静かにしてくれませんか?僕は眠たいんですよ。君のおかげでここ最近安眠できなかったんですから、ゆっくりと寝せてください」
ここ最近はらしくもなく活発に動きすぎた。
水牢から出たばかりの体はまだ体力が追いつかず、睡眠を必要としても眠れる場所がなかった。
だが最高級揃いのこの場所なら安眠するのに最適だ。
ドン・ボンゴレの私室まで侵入できる輩など居ないし、入室を許されるものなら事前に連絡が来る。
仮に侵入者がいたとしても、綱吉が警報機代わりになるだろう。
段々と闇に落ちていく意識の端で、布団が捲られるのを感じた。
近づく体温を拒絶しないのは、彼の体温が高くて安価代わりになるからだ。
それ以外の理由なんて、絶対にない。
髪に触れる何かを無視して瞼を閉じていれば、くすりと笑う声が聞こえた。
「───お疲れ様、骸。ありがとな」
必要としてない謝礼は、沈黙を通して拒絶した。
自分はただ、眠るための安眠スペースを取り戻しただけだ。
彼のために動いたなんて、馬鹿な想いは微塵もない。
再び得た寝床に、骸は小さく唇を上げた。
--お題サイト:afaikさまより--
「───首の皮一枚で繋がったようですね」
相変わらず寝入りばなを強襲した男の首元に無遠慮に三叉槍を突きつける。
下種を見るような冷え切った眼差しに嘲笑を浮かべた酷薄な唇。
オッドアイを眇めて笑顔と酷似した表情で憤怒を向けると、寝入りばなの半眼で深く息を吐き出した彼は怯えもみせずにうんざりと息を吐き出した。
「・・・寝かせろ」
「僕が寝てないのに寝かせるわけないでしょうと何度言えば理解できるのです。起きなさい。くっつきそうになっている瞼こじ開けて素早く目覚めなさい」
「どんなジャイアニズム!?どんだけ自分勝手なの、お前は」
ばんばんと最高級の布団を叩いて身を起こした綱吉に、ぐっと顔を近づける。
見れば見るほど間抜け面だった。
昔と比べて限りなく金に近づいた癖のある髪はぴょんぴょんとはね、蜂蜜色の瞳は怒りで煌いている。
だがよくよく見ると睫毛に寝癖が付いてるし、パジャマの襟が片方立っていた。
はっきり言ってこれがマフィア界の最大勢力であるボンゴレファミリーを率いている男には見えない。
幼さを隠し切れない顔立ちに、生ぬるい雰囲気。
今まさに喉元に武器を突きつけているのに、警戒心を欠片も抱かない愚か者。
吐き気がするほど甘ったるく、嫌気が差すほど馬鹿馬鹿しく、憎悪が沸くほど憎い男。
世界に存在する何よりも嫌悪するマフィアの、頂点に立っているといっても過言じゃない彼は、今なら簡単に殺せそうだった。
吐息が触れ合う距離で見詰めあい、それでも視線は逸らさない。
昔の彼は何かと言うと怯えて叫んでいたのに、これも成長なのだろうか。
「君があまりにもとろいので、自分で脱獄してしまいましたよ」
「───それに関しては悪いと思ってる。俺が手伝う約束だったからな」
「初めから当てにしてませんよ、マフィアなんて。特にどうにも間抜けな君に手助けされるほど僕は落ちぶれてません」
「あっそ。まあ、それでもお前が無事ならそれで良かったよ。・・・初めまして、になるのかな?」
「何を今更」
ほにゃりと気が抜けるような、眉を下げた情けない笑顔を晒され瞳を眇める。
有幻覚ではなく実態での顔合わせは初めてだが、それこそ今更というものだ。
彼のこういう部分が嫌いだ。武器を喉に突きつけられながらも、無防備に振舞うさまが嫌いだ。
どんなに凄んでも脅しても、絶大の信頼を向ける彼が忌々しくて仕方ない。
何故───、と思う。
何故、自分は彼を殺せないのだろうか。
三叉槍を奮うことに躊躇いはない。傷つけるのも、利用するのも必要なら迷わない。
それなのに、最後の一押しが出来ない。
男にしては白く滑らかな肌。僅かに力を篭めれば、先端が突き刺さり皮膚が破れて鮮血が流れるはずだ。
人体の急所である喉。鍛えようがないここは、血液の循環も担っている。
僅かな傷でいい。それで綱吉は二度と骸の前で間抜け面を晒さず、愚かな発言をしない死骸へと成り果てる。
綱吉が傷ついても骸は平気だ。
これまでもそうだったし、これからもそうだ。
弾丸に撃たれようと、腕をもがれようと、無駄に生命力が強い彼が呻きながら生き延びる様を眺める。
彼に忠誠を誓う他の守護者と違う。やられたからとやり返そうとは思わない。
愚かなマフィアが仲間割れをした。それだけで済む。
けど。
「骸?」
「・・・どいてください」
「どいてって、お前・・・」
呆れを含んだ声に、黙れと枕を押し付ける。
彼のベッドには無駄に幾つも高級枕が置かれているので、口封じに事欠かない。
むがむがと足掻く彼の顔に全力で枕を当て、ふかふかとしたベッドに身を沈ませた。
「おい、お前!一体何するんだよ!」
「何って───睡眠を取ろうとしてるだけです。君が馬鹿みたいに寝こけている間、僕はほとんど睡眠を取っていませんでしたのでね」
嫌味交じりの嘲笑を浮かべれば、ぐっと蕩けるような色合いの琥珀色の瞳に近づいた。
吐息すら触れ合う近距離で、にこりと微笑んでみせる。
渋面を浮かべる彼の上に乗ると、最高級の布団を目も留まらぬ速さで剥ぎ取った。
「!!?何、何だ?何だよっ!?」
「五月蝿いです」
泡を食って慌てる綱吉を布団から蹴りだすと、程よく温まったそれに体を滑り込ませる。
人肌に温もった布団は肌触りや寝心地もよく、柔らかな枕は首にフィットして心地よい。
さすが寝汚い男だと感心しながら瞼を閉じてほうっと息を漏らす。
オーダーメイドのベッドや布団はここ最近遠ざかっていた安眠をゆっくりと連れてきた。
「え?ちょ、まさかお前、人の寝入りばな急襲した挙句布団奪って寝る気か?」
「ちょっと静かにしてくれませんか?僕は眠たいんですよ。君のおかげでここ最近安眠できなかったんですから、ゆっくりと寝せてください」
ここ最近はらしくもなく活発に動きすぎた。
水牢から出たばかりの体はまだ体力が追いつかず、睡眠を必要としても眠れる場所がなかった。
だが最高級揃いのこの場所なら安眠するのに最適だ。
ドン・ボンゴレの私室まで侵入できる輩など居ないし、入室を許されるものなら事前に連絡が来る。
仮に侵入者がいたとしても、綱吉が警報機代わりになるだろう。
段々と闇に落ちていく意識の端で、布団が捲られるのを感じた。
近づく体温を拒絶しないのは、彼の体温が高くて安価代わりになるからだ。
それ以外の理由なんて、絶対にない。
髪に触れる何かを無視して瞼を閉じていれば、くすりと笑う声が聞こえた。
「───お疲れ様、骸。ありがとな」
必要としてない謝礼は、沈黙を通して拒絶した。
自分はただ、眠るための安眠スペースを取り戻しただけだ。
彼のために動いたなんて、馬鹿な想いは微塵もない。
再び得た寝床に、骸は小さく唇を上げた。
青嵐
--お題サイト:afaikさまより--
ふ、と顔を上げて空を見上げる。
夜勤帰りの青空は、目に痛くなるほど澄んでいた。
早朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでゆったりと吐き出す。
清々しい朝、とはこんな日を指して言うのだろう。
尸魂界を巻き込んでの崩玉騒ぎ。
深い爪あとも漸く落ち着き始め、死神としての生活も日常に近くなってきた。
修兵が所属する九番隊は今回の件で隊長不在となり、他の隊よりもまだ混乱が続いている。
副隊長である雛森すら倒れた五番隊に比べればマシだろうが、それでも油断ならない。
隊長と副隊長の仕事プラス編集局長としての仕事もあり連続徹夜状態で、辛くないかと問われれば返答に困る。
けれど忙しさに紛れ考えたくないことを考えなくていいという利点はあった。
雛森と種類は違うが、修兵も己の隊長を心から尊敬し、信頼していたから。
詮無いことだ、とわかっている。
己の正義を信じた彼が裏切ったなら、以前から心に決めていて曲げる気がない信念があったのだろう。
修兵が死神として戦うのを誇りに思うように、彼にも譲れぬ何かがあったのだ。
誇り高い隊長を知っているからこその妙な確信は外れていないだろう。
もっとも、今となってはそれを確認する術はないけれど。
「・・・檜佐木副隊長殿?」
戸惑うような声に、膨らんだ思考はぱちんと弾けた。
気がつけば目の前に小柄な死神の姿があり、端麗な顔立ちを訝しげに顰めた彼女は、精一杯手を伸ばして修兵の眼前で手を振っていた。
焦点が合わない近距離で振られる小さな白い手を思わず握りこむ。
取り立てて何かを考えての行為ではなかったが、捕まれた死神───ルキアは、びくりと面白いくらいに体を震わせた。
仕事着である死覇装ではなく、派手ではないが上品な小袖を纏う彼女はきっと非番だろう。
猫のように釣りあがっている大きな視紺色の瞳を忙しなく瞬きさせるルキアに、修兵はにっと笑った。
「どうした、朽木?漸く俺に口説かれる気になったのか?」
「っ!?違います!ただ、私は───」
「そうか、そりゃ残念だ。お前、今日非番か?」
「は?そうですが、それが?」
「なら、今から俺に付き合え。俺も今日はこの後休みだからな」
「ええ!?」
瞳をまん丸にしたルキアの手に、小さく音を立てて口付けた。
慌てるように引っ込んだ手に、くすくすと喉を震わす。
心配してくれたようだが、心配したと口にされるのはなんだか矜持が許さない。
男として、惚れた女には見栄を張りたいものなのだ。
目を白黒させる少女が可愛くて、小さく笑った。
猫、猫、子猫。
小さな黒猫。
可愛く愛しい君の前では、どんなにやつれても格好つけたいものなのさ。
--お題サイト:afaikさまより--
ふ、と顔を上げて空を見上げる。
夜勤帰りの青空は、目に痛くなるほど澄んでいた。
早朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでゆったりと吐き出す。
清々しい朝、とはこんな日を指して言うのだろう。
尸魂界を巻き込んでの崩玉騒ぎ。
深い爪あとも漸く落ち着き始め、死神としての生活も日常に近くなってきた。
修兵が所属する九番隊は今回の件で隊長不在となり、他の隊よりもまだ混乱が続いている。
副隊長である雛森すら倒れた五番隊に比べればマシだろうが、それでも油断ならない。
隊長と副隊長の仕事プラス編集局長としての仕事もあり連続徹夜状態で、辛くないかと問われれば返答に困る。
けれど忙しさに紛れ考えたくないことを考えなくていいという利点はあった。
雛森と種類は違うが、修兵も己の隊長を心から尊敬し、信頼していたから。
詮無いことだ、とわかっている。
己の正義を信じた彼が裏切ったなら、以前から心に決めていて曲げる気がない信念があったのだろう。
修兵が死神として戦うのを誇りに思うように、彼にも譲れぬ何かがあったのだ。
誇り高い隊長を知っているからこその妙な確信は外れていないだろう。
もっとも、今となってはそれを確認する術はないけれど。
「・・・檜佐木副隊長殿?」
戸惑うような声に、膨らんだ思考はぱちんと弾けた。
気がつけば目の前に小柄な死神の姿があり、端麗な顔立ちを訝しげに顰めた彼女は、精一杯手を伸ばして修兵の眼前で手を振っていた。
焦点が合わない近距離で振られる小さな白い手を思わず握りこむ。
取り立てて何かを考えての行為ではなかったが、捕まれた死神───ルキアは、びくりと面白いくらいに体を震わせた。
仕事着である死覇装ではなく、派手ではないが上品な小袖を纏う彼女はきっと非番だろう。
猫のように釣りあがっている大きな視紺色の瞳を忙しなく瞬きさせるルキアに、修兵はにっと笑った。
「どうした、朽木?漸く俺に口説かれる気になったのか?」
「っ!?違います!ただ、私は───」
「そうか、そりゃ残念だ。お前、今日非番か?」
「は?そうですが、それが?」
「なら、今から俺に付き合え。俺も今日はこの後休みだからな」
「ええ!?」
瞳をまん丸にしたルキアの手に、小さく音を立てて口付けた。
慌てるように引っ込んだ手に、くすくすと喉を震わす。
心配してくれたようだが、心配したと口にされるのはなんだか矜持が許さない。
男として、惚れた女には見栄を張りたいものなのだ。
目を白黒させる少女が可愛くて、小さく笑った。
猫、猫、子猫。
小さな黒猫。
可愛く愛しい君の前では、どんなにやつれても格好つけたいものなのさ。
あどけないつまさきで、きみはぽっかりとあいた闇にふれる
--お題サイト:afaikさまより--
「ツナ」
「・・・山本」
久し振りに近くで見る綱吉は、別れた当初と何も変わっていなかった。
最後に『彼』と言葉を交わしたのは、彼がミルフィオーレに向かう直前で、今とは違う『ドン・ボンゴレ』としての笑顔だった。
死ぬ気の炎を額に宿した時と同じ覚悟を秘めた眼差しに、何もかも背負うと決めた静謐な迫力。
そんな時の彼を目にすると心が酷く揺れるのに、いつだって綺麗だと見惚れてしまった。
次に彼の顔を見たのは彼が棺に入ってからで、白すぎる肌に同色の花々がとても鬱陶しく感じられたものだ。
美しいからこそ踏み躙りたい、見惚れてしまうからこそ壊してしまいたい。
物言わぬ彼は人形のように精巧で、話しかけても笑い混じりの声は返らない。
幾度試しても変わらぬ結末に、どれほど絶望したか判っているのだろうか。
情けなく眉を下げ苦笑に近い笑みを浮かべる彼は、確かに中学生の頃の面影を色濃く残していた。
今や山本の記憶にもはっきりと残る『過去』の戦い。
それで全て上書きしてくれれば楽なのに、同時に死に絶えたと思い込んだ絶望の記憶も残っている。
いつか記憶は薄れるのだろうか。
綱吉の為に戦った記憶と、彼を見殺しにしたに等しい罪悪感。
脳は処理に混乱し、どう反応していいか判断できない。
あれほど会いたいと願い、声を聞きたいと祈り、世界が壊れればと怒り、神の不在に絶望したのに。
いざ望みが叶った今、限りなく金色に近くなった柔らかな髪を風に揺らす彼に何と声を掛ければいいのか言葉が出てこなかった。
そんな山本の躊躇を感じ取ったらしい綱吉が、一歩前に足を踏み出す。
反射的に腰に据えた時雨金時に手をやって、腰矯めに構えた。
何故、と理性が違和感を叫ぶのに、本能が刀を手放さない。
止めたいのか止めたくないのか、今にも刃を抜きそうな己を留めながら、どちらを為したいか判らない。
もうこれは条件反射に過ぎない。
己を深く傷つけるものから、身を護るための反射運動だ。
鍔を握る手が震える。汗で今にも滑り落ちそうで、それでも血が滲むほど力を込めて掴んでしまう。
「俺を、殺したい?山本」
「ツナ・・・」
違う、違う、違う、違う!
殺したいなんてありえない。彼の姿を目にしただけでこれほど鼓動が早鐘を打ち、心が、魂が歓喜で震えてるというのに。
ああ、でも全て否定できない。憎い、憎い憎い憎い。彼がとても愛しいから、だからこそとても憎いのだ。
「おいで、山本。相手をするよ」
「ツナ」
「おいで」
声に誘われるまま、刀が鯉口を切る。
金属が擦れる音を響かせた渾身の一刀は、柔らかなオレンジの炎を宿した彼に真っ直ぐ向かった。
手加減はしない。迷いもない。心は澄んで、目の前の『沢田綱吉』以外見えていない。
「・・・はは、俺の勝ち、だ」
「ツナ・・・」
身を捻り残像すら見える勢いの一太刀を避けた綱吉は、刀の側面に添えた手から冷気を放出して持ち手ごと凍らせた。
いつの間にやら足まで同時に凍らせられて、自由に動かせる部分は顔だけだ。
「容赦ないのな」
「そっちもね。俺はまだ、殺されるわけにいかないから。山本相手に手加減は無理でしょ」
「はははっ、さすがだ」
近づいたオレンジの炎は先ほどと違って暖かかった。
少しずつ融ける氷と共に、山本の心のしこりも解ける。
何も相談してくれなかった苛立ち、彼が死んだと思った瞬間の絶望、頼ってもらえなかった悲しみ、取り残された苦しみ。他の何もかもの負の感情が、触れる炎の暖かさに少しずつ融けて流れてく。
腕の氷が融けると同時に、華奢な体を抱きしめる。
融けた氷が服に滲みこみ肌を水滴が伝って落ちる。腕の中の綱吉のスーツすら濡らしたそれを、気に留める余裕はもうなくなった。
「ツナ」
腕の中の温もりは彼の生を感じさせ、じわりと目尻に涙が浮かぶ。
絶対に見られないようにと顔を首筋に埋め、嗚咽を殺して擦り寄った。それは大型犬が飼い主に甘える仕草と酷似した行動だった。
声を殺し涙を零す山本は、腕の中の存在が夢でないのを確かめるよう繰り返し繰り返し幾度も名前を呼び続ける。
律儀に一回一回返事をする綱吉は、山本の短い黒髪をくしゃくしゃと掻き乱した。判りやすい親愛の情に、本物の彼の存在に、心が壊れるんじゃないかと思えるくらい歓喜した。
こんな幸せ、初めてだ。心の奥深くに刀をぶっさしてぐらぐらに根底から揺らされてる。傷も血も何もかも含めて煮えたぎり、オーバーヒートして死んでしまいそうだ。
「二度目は、勘弁して欲しいのな」
万端の思いを込めて囁けば。
「あは、善処します」
「確約して」
情けなく眉を下げて目を細めて笑った彼を、腕の中で抱き潰した。
狭い世界の中で、それだけが真実だった。
心の中に存在する闇を暖かな腕で抱きしめた綱吉に、その幸福に山本は『おかえり』と呟いた。
『ただいま』とすぐに返る声に、へらり、と気の抜けた柔らかな笑みが自然と浮かんだ。
--お題サイト:afaikさまより--
「ツナ」
「・・・山本」
久し振りに近くで見る綱吉は、別れた当初と何も変わっていなかった。
最後に『彼』と言葉を交わしたのは、彼がミルフィオーレに向かう直前で、今とは違う『ドン・ボンゴレ』としての笑顔だった。
死ぬ気の炎を額に宿した時と同じ覚悟を秘めた眼差しに、何もかも背負うと決めた静謐な迫力。
そんな時の彼を目にすると心が酷く揺れるのに、いつだって綺麗だと見惚れてしまった。
次に彼の顔を見たのは彼が棺に入ってからで、白すぎる肌に同色の花々がとても鬱陶しく感じられたものだ。
美しいからこそ踏み躙りたい、見惚れてしまうからこそ壊してしまいたい。
物言わぬ彼は人形のように精巧で、話しかけても笑い混じりの声は返らない。
幾度試しても変わらぬ結末に、どれほど絶望したか判っているのだろうか。
情けなく眉を下げ苦笑に近い笑みを浮かべる彼は、確かに中学生の頃の面影を色濃く残していた。
今や山本の記憶にもはっきりと残る『過去』の戦い。
それで全て上書きしてくれれば楽なのに、同時に死に絶えたと思い込んだ絶望の記憶も残っている。
いつか記憶は薄れるのだろうか。
綱吉の為に戦った記憶と、彼を見殺しにしたに等しい罪悪感。
脳は処理に混乱し、どう反応していいか判断できない。
あれほど会いたいと願い、声を聞きたいと祈り、世界が壊れればと怒り、神の不在に絶望したのに。
いざ望みが叶った今、限りなく金色に近くなった柔らかな髪を風に揺らす彼に何と声を掛ければいいのか言葉が出てこなかった。
そんな山本の躊躇を感じ取ったらしい綱吉が、一歩前に足を踏み出す。
反射的に腰に据えた時雨金時に手をやって、腰矯めに構えた。
何故、と理性が違和感を叫ぶのに、本能が刀を手放さない。
止めたいのか止めたくないのか、今にも刃を抜きそうな己を留めながら、どちらを為したいか判らない。
もうこれは条件反射に過ぎない。
己を深く傷つけるものから、身を護るための反射運動だ。
鍔を握る手が震える。汗で今にも滑り落ちそうで、それでも血が滲むほど力を込めて掴んでしまう。
「俺を、殺したい?山本」
「ツナ・・・」
違う、違う、違う、違う!
殺したいなんてありえない。彼の姿を目にしただけでこれほど鼓動が早鐘を打ち、心が、魂が歓喜で震えてるというのに。
ああ、でも全て否定できない。憎い、憎い憎い憎い。彼がとても愛しいから、だからこそとても憎いのだ。
「おいで、山本。相手をするよ」
「ツナ」
「おいで」
声に誘われるまま、刀が鯉口を切る。
金属が擦れる音を響かせた渾身の一刀は、柔らかなオレンジの炎を宿した彼に真っ直ぐ向かった。
手加減はしない。迷いもない。心は澄んで、目の前の『沢田綱吉』以外見えていない。
「・・・はは、俺の勝ち、だ」
「ツナ・・・」
身を捻り残像すら見える勢いの一太刀を避けた綱吉は、刀の側面に添えた手から冷気を放出して持ち手ごと凍らせた。
いつの間にやら足まで同時に凍らせられて、自由に動かせる部分は顔だけだ。
「容赦ないのな」
「そっちもね。俺はまだ、殺されるわけにいかないから。山本相手に手加減は無理でしょ」
「はははっ、さすがだ」
近づいたオレンジの炎は先ほどと違って暖かかった。
少しずつ融ける氷と共に、山本の心のしこりも解ける。
何も相談してくれなかった苛立ち、彼が死んだと思った瞬間の絶望、頼ってもらえなかった悲しみ、取り残された苦しみ。他の何もかもの負の感情が、触れる炎の暖かさに少しずつ融けて流れてく。
腕の氷が融けると同時に、華奢な体を抱きしめる。
融けた氷が服に滲みこみ肌を水滴が伝って落ちる。腕の中の綱吉のスーツすら濡らしたそれを、気に留める余裕はもうなくなった。
「ツナ」
腕の中の温もりは彼の生を感じさせ、じわりと目尻に涙が浮かぶ。
絶対に見られないようにと顔を首筋に埋め、嗚咽を殺して擦り寄った。それは大型犬が飼い主に甘える仕草と酷似した行動だった。
声を殺し涙を零す山本は、腕の中の存在が夢でないのを確かめるよう繰り返し繰り返し幾度も名前を呼び続ける。
律儀に一回一回返事をする綱吉は、山本の短い黒髪をくしゃくしゃと掻き乱した。判りやすい親愛の情に、本物の彼の存在に、心が壊れるんじゃないかと思えるくらい歓喜した。
こんな幸せ、初めてだ。心の奥深くに刀をぶっさしてぐらぐらに根底から揺らされてる。傷も血も何もかも含めて煮えたぎり、オーバーヒートして死んでしまいそうだ。
「二度目は、勘弁して欲しいのな」
万端の思いを込めて囁けば。
「あは、善処します」
「確約して」
情けなく眉を下げて目を細めて笑った彼を、腕の中で抱き潰した。
狭い世界の中で、それだけが真実だった。
心の中に存在する闇を暖かな腕で抱きしめた綱吉に、その幸福に山本は『おかえり』と呟いた。
『ただいま』とすぐに返る声に、へらり、と気の抜けた柔らかな笑みが自然と浮かんだ。
円堂の様子がおかしい。
いつもどおり笑顔を浮かべているが、付き合いの長さから敏感に感じ取れる怒りの波動に鬼道は眉を顰めた。
彼女にしては珍しく、苛立ちや焦りを隠しきれていない態度に小首を傾げる。
鬼道が知る『姉さん』はいつだって笑顔で居ながら、そのくせ上手に感情をコントロールし本心を読ませない人だった。
移動教室ですれ違い、中途半端に手を上げた状態で止まる。
どう声を掛ければいいか、一瞬惑った。
『円堂』ではなく、『姉さん』と無意識に出てしまいそうになり、唇を噛み締めて喉奥で言葉を殺す。
ぐっと眉間に皺を寄せ柳眉を顰めた。ゴーグルの下の瞳は眇められ、俯きがちな視線の先に薄汚れた廊下が映る。
時折、とてももどかしくて仕方なくなる。
雷門中学に転校し、姉である円堂の傍にいるための条件として彼女に突きつけられたのは、サッカー部の面々が居る場所以外では『兄弟』としての顔を見せないこと。
従って往来で『姉さん』は完璧なNGワードになり、未だに『円堂』呼びに慣れない鬼道はこうして彼女に声を掛けるチャンスを棒に振っている。
無意識が表に出そうな練習中なら大丈夫なのに、理性が働く状態だと駄目というのは自分の心理状態を明確に表してるようで嫌だった。
本当は、『円堂』なんて他人行儀に呼びたくない。
彼女に抱く感情は『姉』に対するものより複雑だけれど、『姉さん』と呼びたい自分を自覚していた。
『姉さん』は『有人』にとって幼い頃から唯一特別な扱いの人だ。
家族であったから優先されていたのに、限りなく他人に近い今は、円堂の特別である自信は微塵もなかった。
気がつけば遠くでチャイムの音が響いて、クラスメイトの声に誘われるよう教室へ入ると自席に着いた。
用意してある教科書を開き準備したら丁度いいタイミングで教師が室内に現れる。
学級委員の号令に合わせて立ち上がり、ぐらりと視界が揺れた。
「鬼道!!?」
遠くで土門の声が聞こえる。
そう言えば彼に敬称付けされないのは初めてだな、と頭の片隅で考えながら、鬼道の意識はふつりと途切れた。
『姉さん、頑張れ!!』
声を限りに叫べば、遠いフィールドで風のように駆ける人が軽く手を上げてくれた気がした。
VIP席から外に出た場所は、ガラス窓で区切られていないが彼女が立つ場所から遥かに距離がある。
豪快でありながら針に糸を通すような繊細なプレイをする彼女にはファンが多く、男女合わせて声援が送られている。
こんな声援に紛れてしまえば有人の声が届くはずはない。子供でもわかるのに、おかしいがこの声が届かないはずがないと信じ込めた。
彼女が上げた絶妙のパスが相手チームの足元を縫い、相棒とする彼の元へと辿り着く。
スクリーンにアップで映し出された彼は、彼女に頷くと白い残像を作りながら駆け出した。
息の合ったコンビネーション。互いの位置を確認しなくても分かり合う、彼らの関係が羨ましかった。
『・・・中に入りたまえ、ユウト。父上が心配している』
『・・・・・・』
『そこに居てもマモルの元でプレイは出来まい』
『確かに今の俺では一緒にプレイなんて出来ないけれど、でも、例え手が届かなくたって───』
「・・・姉さん」
「何だ?」
呟きに返る声に、急速に意識が覚醒する。
閉じていた瞼を開き、初めて眠っていた自分を知った。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す鬼道の顔を覗きこむのは円堂で、背後には僅かに色あせた白い天上。
きょろりと視線だけで周囲を伺い、仕切られたカーテンやスプリングが固いベッド、鼻に付く薬品臭でここが何処だか判った。
「保健室?」
「そ、お前授業開始と同時に倒れたんだって。泡食って土門が運んできたぞ。後でちゃんと礼を言っておくように」
「・・・うん」
「頭が痛いとか体調に違和感は?」
「大丈夫だ。ただ少しふわふわしてる」
瞼を閉じるとヒヤリとした掌が額に当たり、微かに身を震わせる。
怪我の手当て以外で自分じゃない誰かの体温が素肌に触れるのは久し振りだ。
他人に体を触れられるのは苦手だが、相手が円堂なら別だった。
昔からスキンシップ過多な『姉』の行動には慣れていたし、不思議と初対面から接触を厭う気持ちは持ったことがない。
「もうすぐフットボールフロンティアの決勝だってのに、このタイミングで風邪か?体調不良ならお前がどれだけ戦力になろうとも俺はお前を試合に出す気はないぞ」
「───・・・大丈夫、ただの知恵熱だ」
「知恵熱?お前が?まーた何か無駄に考え込んでたのか?」
笑いを含んだ声にゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
クリアな視界にゴーグルが取られているのだと今更ながらに気がついた。
熱で潤む瞳が鬱陶しいが、揺れる視界の先に居る人を何とか見ようと目を細める。
体内に篭る熱を呼吸をして吐き出しながら微笑んだ。
「あなたのことを、考えてた」
「俺のこと?」
「うん。再会した姉さんは俺に触れようとしないだろう?どうしてかずっと考えてたんだ」
「・・・お前、他人に触れられるの嫌いだろ?昔からパーティー会場で会う大人や、俺の許婚とか相棒に触れられるの嫌がったじゃん」
「姉さんは違う。姉さんは特別だからいいんだ。姉さんは俺の姉さんだろう?」
額に触れる手に掌を重ねて握りこめば、至近距離にある顔が眉を下げて笑った。
今よりもっと幼い時分に良く見せてくれた懐かしい笑顔。
再会してから初めて見る表情に、嬉しくて破願したら、ついっと空いてる方の手で額を突かれた。
突然の衝撃に瞳を丸めると、そのまま視界を遮るように掌で目を覆われる。
「姉さん?」
「もう寝ちまえ、有人。どうやらお前は思ってるより熱が高いらしい。話し方も含め昔の甘ったれに戻っちまってるぞ」
「・・・寝ても」
「ん?」
「目を覚ましたときには、傍に居てくれるか?」
熱に浮かされて問いかければ、返事の代わりに頭を撫でられた。
もしかすると、本当に熱が高いのかもしれない。
雲の上を歩くような心地で瞼を閉じる。
「Ninna nanna mamma tienimi con te nel tuo letto grande solo per un po' una ninna nanna io ti cantero e se ti addormenti, mi addormentero」
柔らかい旋律が降り注ぎ、体がゆっくりと弛緩していく。
いつか聞いた歌は、胸を締め付ける懐かしさと、泣きたくなるくらいの愛しさを与えた。
心が開放され優しい気持ちに満たされる。
やっぱりこの声が届かないはずがないんだと、妙な確信を抱きながら、唇が緩やかな孤を描いた。
降り積もった不安や不満は、与えられた一時に消え去る。
授業中であるにもかかわらず彼女が保健室に留まる理由や、感情を制御できずに居る理由すら、熱に浮かされた頭では至福にかき消され残らなかった。
規則正しく上下する胸を確認するとゆっくりと視界を覆っていた掌を退ける。
普段の眉間に皺を寄せたものではなく、子供らしいあどけない寝姿の鬼道に苦笑した。
こんなに無防備でいいのかと、傷つけたくなる気持ちを辛うじて堪える。
昔の刷り込みが激しすぎたのか、多少離れても慕う気持ちを損なわない彼に苦笑いしか浮かばない。
それでも最近は進歩した方だろう。昔ならチームメイトにも心を許そうとしていなかった。
今の彼は円堂以外にもちゃんと笑ったり怒ったりできる、感情が欠けた人形ではなく生身の人間だ。
「───もっと、もっと仲間を作れ有人。俺が居なくても笑えるように、俺が居なくとも前に進めるように」
寝顔を晒せるほどに心を許せる相手を、挫けそうになったとき支えてくれる誰かを見つけて欲しい。
どんな苦難も乗り越えれる、心を共有できる仲間の輪を作って欲しい。
自分が居なくても、彼の心が砕けたりしないように。
ずくりと痛む胸を抑え、襲う発作を体を縮めて乗り越える。
血管が脈動するたびに痛みが循環するようだ。
仕切りの向こうに置いておいた酸素を手に取り供給する。
整い始めた呼吸に、歪んだ視野を戻そうと目を眇めた。
「もう暫く壊れるのは持ってくれよ。約束したんだ、こいつが俺以外の誰かを見つけるまでは傍に居るって。大丈夫だと思えるまでは、傍に居るって。父さんにまで我を通して、約束したんだ」
ひゅうひゅうと喉を鳴らして、ここに居ない誰かに懇願する。
救いの手は差し伸べられないのに、惨めな自分を嘲笑う気力すら奪われて、床に這い蹲りただ弟の目が覚めないのだけを祈った。
いつもどおり笑顔を浮かべているが、付き合いの長さから敏感に感じ取れる怒りの波動に鬼道は眉を顰めた。
彼女にしては珍しく、苛立ちや焦りを隠しきれていない態度に小首を傾げる。
鬼道が知る『姉さん』はいつだって笑顔で居ながら、そのくせ上手に感情をコントロールし本心を読ませない人だった。
移動教室ですれ違い、中途半端に手を上げた状態で止まる。
どう声を掛ければいいか、一瞬惑った。
『円堂』ではなく、『姉さん』と無意識に出てしまいそうになり、唇を噛み締めて喉奥で言葉を殺す。
ぐっと眉間に皺を寄せ柳眉を顰めた。ゴーグルの下の瞳は眇められ、俯きがちな視線の先に薄汚れた廊下が映る。
時折、とてももどかしくて仕方なくなる。
雷門中学に転校し、姉である円堂の傍にいるための条件として彼女に突きつけられたのは、サッカー部の面々が居る場所以外では『兄弟』としての顔を見せないこと。
従って往来で『姉さん』は完璧なNGワードになり、未だに『円堂』呼びに慣れない鬼道はこうして彼女に声を掛けるチャンスを棒に振っている。
無意識が表に出そうな練習中なら大丈夫なのに、理性が働く状態だと駄目というのは自分の心理状態を明確に表してるようで嫌だった。
本当は、『円堂』なんて他人行儀に呼びたくない。
彼女に抱く感情は『姉』に対するものより複雑だけれど、『姉さん』と呼びたい自分を自覚していた。
『姉さん』は『有人』にとって幼い頃から唯一特別な扱いの人だ。
家族であったから優先されていたのに、限りなく他人に近い今は、円堂の特別である自信は微塵もなかった。
気がつけば遠くでチャイムの音が響いて、クラスメイトの声に誘われるよう教室へ入ると自席に着いた。
用意してある教科書を開き準備したら丁度いいタイミングで教師が室内に現れる。
学級委員の号令に合わせて立ち上がり、ぐらりと視界が揺れた。
「鬼道!!?」
遠くで土門の声が聞こえる。
そう言えば彼に敬称付けされないのは初めてだな、と頭の片隅で考えながら、鬼道の意識はふつりと途切れた。
『姉さん、頑張れ!!』
声を限りに叫べば、遠いフィールドで風のように駆ける人が軽く手を上げてくれた気がした。
VIP席から外に出た場所は、ガラス窓で区切られていないが彼女が立つ場所から遥かに距離がある。
豪快でありながら針に糸を通すような繊細なプレイをする彼女にはファンが多く、男女合わせて声援が送られている。
こんな声援に紛れてしまえば有人の声が届くはずはない。子供でもわかるのに、おかしいがこの声が届かないはずがないと信じ込めた。
彼女が上げた絶妙のパスが相手チームの足元を縫い、相棒とする彼の元へと辿り着く。
スクリーンにアップで映し出された彼は、彼女に頷くと白い残像を作りながら駆け出した。
息の合ったコンビネーション。互いの位置を確認しなくても分かり合う、彼らの関係が羨ましかった。
『・・・中に入りたまえ、ユウト。父上が心配している』
『・・・・・・』
『そこに居てもマモルの元でプレイは出来まい』
『確かに今の俺では一緒にプレイなんて出来ないけれど、でも、例え手が届かなくたって───』
「・・・姉さん」
「何だ?」
呟きに返る声に、急速に意識が覚醒する。
閉じていた瞼を開き、初めて眠っていた自分を知った。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す鬼道の顔を覗きこむのは円堂で、背後には僅かに色あせた白い天上。
きょろりと視線だけで周囲を伺い、仕切られたカーテンやスプリングが固いベッド、鼻に付く薬品臭でここが何処だか判った。
「保健室?」
「そ、お前授業開始と同時に倒れたんだって。泡食って土門が運んできたぞ。後でちゃんと礼を言っておくように」
「・・・うん」
「頭が痛いとか体調に違和感は?」
「大丈夫だ。ただ少しふわふわしてる」
瞼を閉じるとヒヤリとした掌が額に当たり、微かに身を震わせる。
怪我の手当て以外で自分じゃない誰かの体温が素肌に触れるのは久し振りだ。
他人に体を触れられるのは苦手だが、相手が円堂なら別だった。
昔からスキンシップ過多な『姉』の行動には慣れていたし、不思議と初対面から接触を厭う気持ちは持ったことがない。
「もうすぐフットボールフロンティアの決勝だってのに、このタイミングで風邪か?体調不良ならお前がどれだけ戦力になろうとも俺はお前を試合に出す気はないぞ」
「───・・・大丈夫、ただの知恵熱だ」
「知恵熱?お前が?まーた何か無駄に考え込んでたのか?」
笑いを含んだ声にゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
クリアな視界にゴーグルが取られているのだと今更ながらに気がついた。
熱で潤む瞳が鬱陶しいが、揺れる視界の先に居る人を何とか見ようと目を細める。
体内に篭る熱を呼吸をして吐き出しながら微笑んだ。
「あなたのことを、考えてた」
「俺のこと?」
「うん。再会した姉さんは俺に触れようとしないだろう?どうしてかずっと考えてたんだ」
「・・・お前、他人に触れられるの嫌いだろ?昔からパーティー会場で会う大人や、俺の許婚とか相棒に触れられるの嫌がったじゃん」
「姉さんは違う。姉さんは特別だからいいんだ。姉さんは俺の姉さんだろう?」
額に触れる手に掌を重ねて握りこめば、至近距離にある顔が眉を下げて笑った。
今よりもっと幼い時分に良く見せてくれた懐かしい笑顔。
再会してから初めて見る表情に、嬉しくて破願したら、ついっと空いてる方の手で額を突かれた。
突然の衝撃に瞳を丸めると、そのまま視界を遮るように掌で目を覆われる。
「姉さん?」
「もう寝ちまえ、有人。どうやらお前は思ってるより熱が高いらしい。話し方も含め昔の甘ったれに戻っちまってるぞ」
「・・・寝ても」
「ん?」
「目を覚ましたときには、傍に居てくれるか?」
熱に浮かされて問いかければ、返事の代わりに頭を撫でられた。
もしかすると、本当に熱が高いのかもしれない。
雲の上を歩くような心地で瞼を閉じる。
「Ninna nanna mamma tienimi con te nel tuo letto grande solo per un po' una ninna nanna io ti cantero e se ti addormenti, mi addormentero」
柔らかい旋律が降り注ぎ、体がゆっくりと弛緩していく。
いつか聞いた歌は、胸を締め付ける懐かしさと、泣きたくなるくらいの愛しさを与えた。
心が開放され優しい気持ちに満たされる。
やっぱりこの声が届かないはずがないんだと、妙な確信を抱きながら、唇が緩やかな孤を描いた。
降り積もった不安や不満は、与えられた一時に消え去る。
授業中であるにもかかわらず彼女が保健室に留まる理由や、感情を制御できずに居る理由すら、熱に浮かされた頭では至福にかき消され残らなかった。
規則正しく上下する胸を確認するとゆっくりと視界を覆っていた掌を退ける。
普段の眉間に皺を寄せたものではなく、子供らしいあどけない寝姿の鬼道に苦笑した。
こんなに無防備でいいのかと、傷つけたくなる気持ちを辛うじて堪える。
昔の刷り込みが激しすぎたのか、多少離れても慕う気持ちを損なわない彼に苦笑いしか浮かばない。
それでも最近は進歩した方だろう。昔ならチームメイトにも心を許そうとしていなかった。
今の彼は円堂以外にもちゃんと笑ったり怒ったりできる、感情が欠けた人形ではなく生身の人間だ。
「───もっと、もっと仲間を作れ有人。俺が居なくても笑えるように、俺が居なくとも前に進めるように」
寝顔を晒せるほどに心を許せる相手を、挫けそうになったとき支えてくれる誰かを見つけて欲しい。
どんな苦難も乗り越えれる、心を共有できる仲間の輪を作って欲しい。
自分が居なくても、彼の心が砕けたりしないように。
ずくりと痛む胸を抑え、襲う発作を体を縮めて乗り越える。
血管が脈動するたびに痛みが循環するようだ。
仕切りの向こうに置いておいた酸素を手に取り供給する。
整い始めた呼吸に、歪んだ視野を戻そうと目を眇めた。
「もう暫く壊れるのは持ってくれよ。約束したんだ、こいつが俺以外の誰かを見つけるまでは傍に居るって。大丈夫だと思えるまでは、傍に居るって。父さんにまで我を通して、約束したんだ」
ひゅうひゅうと喉を鳴らして、ここに居ない誰かに懇願する。
救いの手は差し伸べられないのに、惨めな自分を嘲笑う気力すら奪われて、床に這い蹲りただ弟の目が覚めないのだけを祈った。
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