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困ったな、小指一本あげられないとは思わなかった
--お題サイト:afaikさまより--



「久し振り、XANXUS」
「失せろ、ドカス」
「うわっ」

暢気な顔をしてのうのうと室内に足を踏み入れた輩に、手近にあった置物を握り締め全力投球する。音を立てる勢いで目標に迫ったそれは、だが残念にも目標撃破ならずするりと避けられドアに当たって砕け散った。
これが部下のカス鮫なら今の一撃は当たっていたはずだが、腐っても鯛かと彼の国の諺を思い出し益々苦い気分になる。
苛立ちに紛れさらに手元にあるあれそれを投げたが、一つもヒットするものはなく余計にXANXUSを苛立たせた。

情けなく眉を下げ瞳を細めて笑う男は、真っ白なスーツに締められた濃い色のネクタイを指先で整える。その男が誰であるか、XANXUSは良く知っていたが、敬意を表す気など欠片もない。
自分より頭一つ分は低い位置にある琥珀色の瞳を下から覗き込むなど奇異な経験だと思いながら、近づくその男を睨んでいた。

「よくも、のうのうと俺の前に顔を出せたな」
「あれ?何か駄目だった?」
「カッ消すぞ、ドカス」

銃のセーフティを外し照準を男───綱吉の額の真ん中に定める。引き金を引けば終わり。しかも持ち手は残虐で有名なXANXUS。
それなのに余裕の態度を崩さない彼は、ぴくりとも揺れない瞳でXANXUSを眺める。

「逃げないのか?」
「逃げる必要があるの?」
「俺に聞くな」

昔は貧相な子供だった。今も華奢だが、それとは違う次元で小さかった。見た目も軟弱だが中身も軟弱で、XANXUSを見上げては涙目で震える、そんな弱い子供だったのに。
いつの間に、彼は真っ直ぐXANXUSの目を覗き込むようになったのか。どれほど憤怒を籠めようと、どれほど殺気を込めようと、綱吉は正面から全てを受け止めるようになった。XANXUSより一回りは小さな体で背筋を伸ばし、凛とした雰囲気を纏う男になった。
綱吉に負けた事実は今でも屈辱としてXANXUSの中に残っている。彼が隙を見せれば容赦なく喉笛を噛み千切る用意はあるし、殺すのに躊躇いはない。
それをしないのはひとえに綱吉がXANXUSの野望を忠実に実行するからで、だからこそいつでも殺せる彼を今でも生かしてやっている。
認めがたいが、綱吉以上にXANXUSの心を理解できる存在はいない。すぐにでも殺してやりたいが、利用価値を見出せるほど彼の存在は大きい。

綱吉はXANXUSの忠実な部下ではない。忠誠心の厚さでスクアーロに劣る。容赦ない殺戮手段でベルフェゴールに劣る。忠実さではレヴィに劣る。狡猾さではマーモンやフランにも劣る。残酷さではルッスーリアにも劣る。
XANXUSの傍に居る事すらしないくせに、そのくせふと気が付くと寄り添っている。
気に喰わない男だ、沢田綱吉は。

「俺に殺されない自信があるのか」
「そりゃ、なけりゃ間抜けに突っ立ってないでしょ。俺だって若い身空で死にたくないし」
「・・・言っておくが、引き金を引くのに躊躇はない」
「知ってるよ。俺と違ってそんな甘さを認めないのがお前だからね。だからこそ、俺はお前に何も残さなくて済む」
「お前が俺の為に何か残すなら、全部カッ消す」
「あはは!そりゃいい。もし俺が死んだなら、お前は俺の為した何もかもをぶっ壊して俺の場所に立てばいい」
「───馬鹿にしてんのか?」
「本心だよ。俺の色に染まったものは、お前には似合わない」

いつの間にか、目の前の男は軟弱さをかなぐり捨て覇王の気配を纏っていた。
瞳の色が濃くなり口角がゆるりと持ち上がる。伏せ目がちの瞳は油断なく光り、爪を研ぐ獣のような鋭さが生まれた。
ぞくり、と背筋を駆け上るのは、快感にも似た拒絶。この存在を頭から喰らい殺したいと願う自分と、そのまま眺め続けたいと望む自分が対立し、暫し迷った後仕方なしに銃口を下げた。

「もういいの?」
「───煩ぇ。今、消されたいのかドカス」
「いやいやいや。奇跡の生還ってのをしたばかりだから、今すぐは遠慮しておくよ」

ひらひらと手を振り笑った綱吉は、年よりも随分と幼く見えて、そのくせ酷く喰えない雰囲気を醸し出した。あの子供がここまで化けるとは昔は思わなかった。家庭教師がアルコバレーノだったとしても、元の素養がなければ無理だっただろう。
だがこうでなくてはいけない。この喰えない糞餓鬼はこのままでなければいけない。殺しても容易に死なない、化け物じみた存在でなければいけない。

「そろそろ帰るよ」
「結局何しに来たんだ、貴様は」
「何って・・・顔を見せに」
「・・・・・・」
「俺に会いたかったでしょ?」

にっと悪戯っぽく笑う綱吉に、今度こそ迷わず銃を発砲した。
甲高い破裂音が響き、影を打ち抜く。憤怒の炎こそ出さないものの、手加減抜きで狙い撃ちした。それなのにいつの間にかちゃっかりと重厚な扉の影に隠れた彼は、傷一つないまま笑顔を向ける。
腹立たしい。本気で狙ったのに未だにぴんぴんしてる綱吉が。苛立ち、憤怒に似た何かが腹の底から湧き上がるのに、同時に酷く高揚している。

「じゃ、XANXUS。これからも宜しく。あ、仕事の割り振りはお前の机の上に今置いといたから、確認しておいて」
「ふざけるな、ドカス。勝手に置くな」
「ちゃんと破くのも見越してスクアーロの分も用意してあるから無駄だよ。精々ボンゴレの為に身を粉にして働いてくれ」

チャオと彼の元・家庭教師を髣髴とさせる挨拶をして扉を閉める姿が見えなくなり、完全に気配が消えるとどかりと椅子に腰掛けた。

「お前が死んだら、何もかもぶっ壊してかっ消してやる。お前が残した何かなんて、俺には必要ねえ」



くつり、と喉を震わせながら密やかに呟く。
彼がドン・ボンゴレとして君臨し続ける今にこそ意味がある。
死骸は不要だ。残りカスすら必要ない。
目の前に立ち塞がる邪魔者が最強であるために必要だというのなら───彼は死んでも生き続けなければならない。
金も権力も人脈も───何も残す必要なんてない。
生きて最強で居続けることこそ、XANXUSが彼に課した義務なのだから。
最強の象徴である男の帰還に、緩やかに口の端を持ち上げた。

拍手[18回]

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「いけ、オーディンソード」
「・・・マジン・ザ・ハンド!!」


渾身のシュートは宙に浮かんだ黄金色の巨大な掌に受け止められた。
それを当たり前に操って見せた少女は、栗色の瞳を濃くしてフィディオを見詰めると唇を持ち上げる。
オレンジ色のバンダナの上に括られたツインテールがオーディンソードの余波で揺れ、暫くの後落ち着いた。
片腕一本で受け止められたシュートに眉根が寄る。未完であっても威力はお墨付きで、チームメイトのGKも両手で受け止めていたのに。
唇を噛み締めて俯き、ため息と共に気持ちを吐き出す。
顔を上げたときには淡い苦笑が浮べ、目の前の努力家の天才を賞賛した。


「マモル、君俺のチームにGKで移籍しなよ」
「ふはっ、お前にしたらブラックユーモアだなフィディオ。お誘いはありがたいが、俺は今のチームでMFをするのが楽しいんだ。悪いな」
「・・・俺のシュートを片手で受け止めた挙句、袖にするわけ?」
「まあな。って言うか、お前あれじゃん。漸くゴールに入れれるようになったけど、それだけじゃん。コントロールを重視するあまり威力が落ちてんだよ。これじゃ俺じゃなくても止めれるぜ」
「MFの癖に」
「そのMFに止められてどーすんだよ」


ぽんぽんと片手でボールを弄ぶ守は、キーパーとして堂に入っていた。
使い込まれたキーパーグローブと、先日とは違い背中にギャングな顔つきのウサギがプリントされた黒いジャージの守は、顎に手を当てて眉根を寄せる。


「俺もまだまだだ。あと少しって感じなのになー、どうして出ないんだ魔人」
「魔人?さっきから出てるのは巨大な掌だよな?」
「感じが似てる気がしてゴッドハンドから発展させようとしてるんだけど、どうも違うんだよなー・・・」


人差し指にボールを乗せて器用に回転させている守は、考え込むように地下修練場の天上を見る。
幾つも取り付けられた照明を直接目にするのは瞳に悪そうだが、敢えて何も言わずにフィディオも倣った。
何かが足りない。きっと、それは二人の共通認識だ。
コップから溢れる寸前の水のように水面張力で引っ張られている気分だ。

初めて練習をしてから、早10日。今日は平日だが翌日が祝日なので泊まりで特訓に来た。
明日の昼にはチーム練習があるので帰らなくてはいけないが、それまでに何か掴みたい。
切欠を得れるとしたら、観察眼が鋭い彼女のアドバイスは必要だ。
実際回を過ぎるごとに完成度は上がっている。

反して守はイメージどおりの技が出せないらしい。
ゴッドハンド、熱血パンチと幾つも繰り出す技の威力は上がっているが、魔人など出てきていない。


「ちょっと休憩するか、フィディオ」
「───そうだな、水分補給もしなきゃ」


額から出る汗を拭い、休憩用のスペースに移る。
守のために作られたらしい修練場に整えられた一角には、水分補給のためのミネラルウォーターを冷やすクーラーがあり、椅子とテレビも置いてあった。
DVDも設置され、いつでも試合や録画された練習風景を見れるようになっている。

二つある椅子の一つに腰掛けると、タオルで汗を拭きながら水を飲む守はリモコンを操作してテレビをつける。
DVDの電源も入れ、お前もちょっと見てと声を掛けられた。

水を飲みながらテレビを見ていると、不意に映ったのは白熱した試合だった。
背中に日の丸を背負ったチームをメインに撮られた映像は、彼らの際立つ技術力や統率力を捕らえている。
思わず熱中していると、相手チームにシュートチャンスが来た。
一気にゴールまでドリブルで持ち込んだFWの動きに拳を握り息を呑む。

完璧なタイミングと、憧れるほどの威力のシュート。
さすがプロと頷きたくなる鮮やかなシュートがノーマークで放たれた。
受けるのは難しい、となれば弾くのかとGKの動きを見ていれば、彼は不意に左手を握りこんだ。
体から溢れ出した金色のオーラが左の掌に集まっていく。
鼓動するように大きくなったり小さくなったりと蠢く。

そして唐突に膨れ上がったそれはオレンジ色の魔人へと姿を変え、腰だめに掌を突っ張った彼の動きに連動してボールを受け止めた。

あまりの威力に、唖然と空いた口が閉じなくなる。
こんな技、イタリアのプロリーグでも見たことなかった。


「この技は『マジン・ザ・ハンド』。彼、円堂大介が編み出した伝説の必殺技だ」
「・・・凄い、凄いよマモル!この技があれば、止めれないシュートなんてないよ!」
「かもな。けど、俺じゃ何かが足りない。何が足りないか、判らないんだ。分析されたデータも読み込んだ。映像だって脳裏に刻み込まれてる。それでも何かが違う。───なあ、フィディオ。お前は今の技を見てどう思った?」


リモコン操作しながら画面に視線を送り続ける守は、珍しく難しい表情を崩さない。
机に肘を突いて顎を掌に乗せた彼女は、不貞腐れているみたいだ。
瞬きを繰り返して年相応の姿を眺めると、思わず笑ってしまった。
何しろ彼女は普段からどこか食えない部分を常に抱き続けているのに、今は年よりも幼く見える。
噴出したフィディオを睨み付ける姿すら笑いを誘い、けれど慌てて堪えるとむっと唇を尖らせた。


「ごめん、拗ねないでよマモル」
「・・・別に拗ねてない」
「マモルが年相応に悩んでるのが珍しかったんだ。真面目に考えるから、許して」
「・・・・・・さり気無く失礼だな、お前。まるで俺に悩みがないみたいじゃないか」
「ははは」


本格的に拗ね始めたらしい守からリモコンを奪うと、テレビ画面を操作する。
繰り返し繰り返し映像を見て、やはり気になったのは鼓動するように動くオーラだった。


「ね、マモル」
「何だよ」
「あれ、不思議だよね」
「あれって?」
「彼の纏うオーラだよ。まるで、そう、まるで心臓の鼓動みたいに脈動してる」
「・・・心臓の鼓動?」
「そう。ほら、このシーン」


巻き戻しして気になるシーンを再生する。
気を溜めるように左手を握り込むと、体中に蠢くオーラが収束される。
まるで全身の力を練りこみながら左手へ収めているようだ。

無言になった守が幾度も幾度も再生を繰り返し、がたりといきなり椅子から立ち上がった。


「マモル?」
「───悪い、フィディオ。付き合ってくれ。判ったんだ、『マジン・ザ・ハンド』の原理が」
「『マジン・ザ・ハンド』の原理?」
「そう。俺はあの技に利き手である右手を使おうとしてた。けど、そもそもそれが間違ってたんだ。ノートに書かれてたゴッドハンドや熱血パンチと根本から違ったんだ、あの技は」


興奮したように栗色の瞳を輝かせた彼女は、フィディオへ手を差し伸べた。
思わず掌を重ねると引っ張られ、バランスを崩しながらもなんとか立ち上がる。
走り出した守にたたらを踏みながらもついていくと、ボールを手渡された。


「打ってくれよ、オーディンソード。俺の考えが正しけりゃ、今度こそ魔人が出るはずだ」
「・・・判った」


真剣な目をした守に頷くとボールから僅かに距離を取る。
助走をつけると、右足に気を溜めて振りぬいた。


「オーディンソード!!」


コントロールに遠慮していた先ほどまでより思い切りよくキックしたボールは、呻りを上げてゴールへ向かう。
技を開発してから一番の会心の出来に拳を握りガッツポーズすると、風を切って向かボールに守は笑った。
獰猛な獣のような好戦的な眼差しに、背筋をぞくりとしたものが走り抜ける。
まさか、と観察すれば、先ほど映像で見たオレンジ色のオーラが彼女の全身を包み込んだ。
ゴッドハンドを出していたときは、もっと金に近い色だったはずだが、どうしてと小首を傾げる。
すると脈動するように波打ち始めたオーラは、するすると左手へと流れた。


「これが『マジン・ザ・ハンド』だ!!」


腰だめに構えて天に向かい吼えると、守のオーラがオレンジ色の魔人へと変貌する。
驚きで固まったフィディオを尻目に突き出された左手に連動し、魔人も左手を突き出した。
圧倒的な威圧感を篭めた魔人が微動だにせずにボールを受け止める。
立ち消えた後には、左手でボールを受け止め楽しげに笑う守が居た。


「凄いじゃないか、マモル!今まで一回も魔人なんて出せなかったのに、どうやったんだ!?」
「ヒントはお前の言葉だ。『まるで心臓の鼓動みたいに脈動してる』。そりゃそうだ。円堂大介が編み出したあの技は、心臓に溜めた気を使っていたんだ」
「心臓に溜めた気を?」
「そうだ。彼はそれまでの技は右手で出していた。映像にもあったろ?」
「・・・そう言えば」
「けど、『マジン・ザ・ハンド』だけは左手で放ってた。それは溜めた気をダイレクトに左手へ流し込むためだ。心臓から離れた右手より、より近い左手に集める方が容易で早い。短い時間で爆発的に集めた力を解放し、魔人を出現させていたんだ」


駆け寄ったフィディオに嬉しげに笑いながら種明かしを解説してくれた。
言われた原理は理解できるが、ヒントを得ただけで実行に移す才能があるからこそ完成しただろう技に呻り声しかでない。
腕を組んで渋い顔をしていると、不意にボールを投げられ慌てて受け取る。


「これって、お前の技のヒントにもならないか?」
「え?」
「心臓ってのは全身に血流を送るポンプみたいなもんだ。ものすごい力を秘めていて、溜め込んだ気を勢い良く吐き出せば技の威力だって上がる。俺が左手に流し込めたんだ。お前の足にだって、力を流せるんじゃないかな」
「───そうか。今までは漠然と一点集中していた気を、一度心臓に溜めてから送ることで勢いをつけるんだな?」
「そういうこと」


ぱちり、とウィンクした守に頷くと、ボールを地面へと置く。
予想外の発想だが、試してみる価値は十分あった。


「言っとくけど、加減出来ないよ」
「そんなもん、無用だ。俺には『マジン・ザ・ハンド』があるからな」


挑発的に口の端を上げた守に、フィディオも同じような笑みを返した。


「行くよ」
「来い!」


心臓に気を練りこみ、ポンプの力で一気に足へと力を押し出すイメージを明確に脳裏に浮かべ、必殺技を繰り出す。
高らかと声を上げて出現した魔人に、敵として不足なしと元来の負けず嫌いを発揮しつつ、ボールへ足を伸ばした。

拍手[6回]

「・・・で、俺が呼ばれたのか」
「そう!丁度いいだろ?俺はマジン・ザ・ハンドの特訓で、フィディオはオーディンソードの特訓。互いに互いの動きを見てれば何が悪いか見つけあえるし、足りない部分だって補えれるし」
「でもマモルはFWでGKじゃないだろ?何で今更キーパー技の特訓なんだ?」
「それは、ヒ・ミ・ツです」


ウィンクしながら唇に指先を当てた守は、今日はお嬢様スタイルではなく有名メーカーの黒地に白いラインが入ったジャージを着ている。
長い髪をツインテールにしてオレンジ色のバンダナを巻いた姿は、フィディオには見慣れたものだった。
相変わらず器用にボールをリフティングするのを感心して眺めてると、不思議そうに小首を傾げられる。
ノンフレームの眼鏡はサッカーの邪魔だと外されており、フィディオの好きな栗色の大きな瞳がきょとりと瞬きした。

クリスマス前に日本に返るらしい彼女は、どうしても覚えたい技があるとフィディオを呼び出した。
今は11月の頭。クリスマスまで残り一月とちょっとだ。
その期間内で覚えたい技を教えてもらえばキーパー技だし、何がなんだか判らない。
珍しく休みが重なった日曜日、メールで約束してたので早朝からマンションを訪ねれば、地下訓練場なる場所に連れてこられた。
マンションの地下にある場所だが広々としているし、訓練用らしき機器が沢山あった。
筋力トレーニングの器具以外にも、サッカーコート半面を模したものまである。
きょろきょろと物珍しげに見渡していると、キーパーグローブをつけた守は、入念にストレッチを開始する。
体を解し始めた彼女を見て、これ以上聞いても無駄かと一つ息を吐き出すと彼女に並んだ。


「マモル」
「んー」
「クリスマス前には、日本に帰るんだよな?」
「ああ。と言っても、ずっと日本にいるわけじゃないけどな」
「どうしてだ?」
「ほら、俺って一応お嬢様じゃん?面倒だけどパーティー参加義務があるんだよねぇ」
「パーティー参加義務?」
「そう。エドガーんとこが主催してるのや鬼道財閥主催も含めて、多分クリスマス前から連日参加だね。流石に大晦日は家で過ごすだろうけど、その日にもパーティーだろうし」
「連日パーティーか、いいな。俺、楽しいの好きだし羨ましいよ」


フィディオの言葉に肩の筋を伸ばしていた守は、ふうっとわざとらしく嘆息して首を振る。
差し伸べられた手を取ると背中合わせになり、互いの体を持ち上げ背中の筋を伸ばし始めた。


「どうしてさー。毎日パーティーなんて、最高、じゃないかー」
「バーカ。金持ちのパーティーなんて、根っこは怖いぞ。綺麗に着飾ったお嬢さん、たちも、中身は、真っ黒だー」


ぐっぐっとシーソーのようにおんぶ状態で互いに背中を持ち上げたら、次は屈折だ。
上半身を折り曲げて手を地面につけた状態で顔を見合わせる。


「どろどろしてるのか?」
「そう、どろどろしてるんだ。あんなところに本当なら有人を連れてきたくないくらいだ」
「マモルはユウトには過保護だからな。今、一瞬で信憑性が下がった」
「失礼な」


最後にぐーっと息を吐き出しながら限界まで体を折り身を起こす。
次に足を開いて地面に体を伏せる。体が柔らかい守は足も百八十度は開き地面にべったりだが、彼女よりはやや固いフィディオは地面と少しだけ体が離れた。


「でも、本当に憂鬱なんだぜ。午前中は衣装合わせ、午後は勉強で夕方からはパーティー。父さんみたいに最後まで残らなくていいけど、それでも十分に疲れるし」
「けど美味しいものいっぱい食べれるしプレゼントだって沢山もらえるんだろ?」
「プレゼント?」
「え?クリスマスパーティーじゃないのか?」
「ああ、そっか。クリスマスってそんなイメージか。・・・あのな、フィディオ。確かにパーティーはするけどそれは社交だからプレゼントなんて一々貰わないぞ」
「そうなのか!?」


身を起こし、右に体を傾けつつ左手で右のつま先を掴む。腰の筋が伸びるのを感じながら瞬きして問うと、同じ体勢を維持したままそうだよと視線だけこちらにやった守が頷いた。


「ああ、でもクリスマス時期には家の広間にツリーが飾られて、父さんからのプレゼントが大量に並べられるけど。でも貰うのは一つだけだし、屋敷で働いてる全員分だからなー」
「マモルの家はお金持ちなのに、プレゼントは一つだけなのか」
「金持ち別に関係なくね?一人の相手からは一つのプレゼントで十分じゃん」
「それはそうだけどさ。お金持ちってもっと沢山プレゼント貰ってるイメージがあったから」


体を反対側に向けると同じように左も腰の筋を伸ばす。


「そういう家もあるみたいだけどな。ケチとかじゃなくて、父さんの教育方針なんだ。身に過ぎるものは必要としない。沢山の心無きプレゼントより、一つの誠意あるプレゼントを。まあ、勿論誠意を贈る相手は選ぶけどな。俺も必要かどうかすらわからないプレゼントを大量に渡されるより、一つだけ心の篭ったプレゼントをもらった方がいい」
「ユウトとかから」
「そう、有人から。あいつ可愛いんだぜー。去年のプレゼントは手作りのリースだったし。俺と自分の小さい人形作って取り付けてあったんだけどさ、手作りだし裁縫初めてだったからって手が絆創膏だらけだった」


くくくっと首を竦めて嬉しそうに声を漏らすと、ゆっくりと体勢を戻す。
立ち上がった守が背後に来るのに気がつくと、フィディオは足を揃えた。
つま先を立て、臍から体を折るイメージを作ると背中に徐々に圧力がかかる。
ゆっくりと息を吐き出しながら手を前方に伸ばすと、少し息苦しいくらいの場所で止めた。


「はっ、ちょっと柔らかくなった?」
「んー・・・まだ固い気がする」
「マモルと比べるなよ。マモルは軟体生物並みだろ」
「それ、褒めてんの?」
「勿論」


即答したのに背中にかかる圧が強まる。
ぐえっと情けない声を上げると、背後から密やかな笑い声が聞こえて眉を顰めた。


「マモル」
「ふは、ごめんごめん。でも、とりあえず俺は身内以外からはプレゼントは基本的にもらわないな。学校の付き合いなんてそれなりだし、社交界でのプレゼントなんて受け取ったら何を要求されるかわかんねえし」
「身内・・・じゃあ、エドガーは?」
「エドガーもくれるぞ。あいつは基本的に自分で育てた花プラスアルファだな。去年は、確かクリスマスプレゼントに薔薇百本とティーセット貰った」
「薔薇にティーセット?」
「そう。薔薇はあいつご自慢の庭園の朝摘みで、ティーセットはオーダーメイドの一式と、あと有名どころの厳選五十種の茶葉。俺はそんなに紅茶好きじゃないっての」
「・・・なんていうか、エドガーらしいな」
「だろ?仕方ないからあいつが来るたびに淹れて消費してる。あと、有人と父さんにも。薔薇はポプリとジャムにしておすそ分け。エドガーも美味しいって紅茶に入れてたな」
「ふぅん」


体勢を交代しながら、相変わらず報われないなと異国の美少年を脳裏に浮かべる。
彼は一途に許婚を思っているのに、何故ここまで報われないのか。
少々小言が五月蝿い気もするが、彼は性格も見た目も極上なのに。
心のどこかでそれに安堵する自分を無視して肩を竦めると、守の背中をぐいっと押した。
べたりと膝と顔をつけた守は全く痛がる様子もない。これも彼女の才能の一つで、柔軟さがしなやかな動きを作っている。
もっと柔軟もきっちりとこなさなきゃなと考えながら、背中に圧し掛かった。


「重っ、フィディオ重い!」
「えー?俺は重くないよ。平均だよ」
「筋肉ついてる分だけ重いだろ!」
「大丈夫だって。それでマモルは去年ユウトとエドガーに何あげたの?」
「俺?有人にはセーターでエドガーにはマフラー」
「手編み?」
「手編み。毎年恒例みたいなもんだな」


頷いた守の背中から身を起こすと、いいなと呟く。
ん?と振り向いた守と正面から眼が合った。不思議そうに瞬きを繰り返す少女に苦笑すると、指先で頬を掻く。


「だってさ、エドガーと有人はマモルのプレゼントもらえるけど、クリスマス時期に傍に居ない俺は何ももらえないし渡せないだろ」
「それが?」
「寂しいじゃないか。折角マモルと仲良くなったのに、イベントは悉く一緒に過ごせない。ユウトやエドガーが羨ましい」
「ふーん」


腕を組みながら何事か思案するように首を傾げた守は、ぱちんと指を鳴らすと笑顔を浮かべた。


「そしたらさ、郵送するよ」
「何を」
「プレゼント。クリスマス直通便だ。どうせチームメイトにもプレゼント贈ろうと思ってたしな」
「俺はついで?」
「んなわけないだろ、親友」


勢いをつけて首に腕を掛けられ、近づいた距離に息を呑む。
悔しいけれど守の方が少しだけ身長が高いので、視線を少し上向けた。
間近で見る笑顔は、やっぱり南イタリアの太陽みたいに明るくて、胸の奥がとくりと高鳴る。
何故か頬が熱くなり、自分の反応に首を傾げた。


「ま、でもこの技を習得しなきゃプレゼント用意する余裕なんてないけどな」
「だからどうしてキーパー技」
「それは秘密です」


空々しい笑みを浮かべる守を半眼で睨むが、楽しげにスルーされた。
体を温めるためにジョギングをしながら今日のトレーニングの流れについて確認する。
シュート練習とキーパーの練習は最後に残して、行う真新しい練習法の数々にフィディオは目を輝かせた。

最後まで俺の練習に付き合えたのはお前が初めてだと大好きな笑顔で言われた頃には、地べたに寝そべり息を荒げていたけれど。

拍手[5回]

*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。




ぼろり、と大粒の涙が零れる。
全身から力が抜け、自分が今まで生きてきた意味は何もなかったのかと絶望した。

少年の生まれは偉大なる海の片隅にある冴えない島。決して大きくはないが、大きな島と島の中継点にあるためにそこそこ栄えていた。
明るく活気のある表通りから一本奥に入り込んだ、日の差さない路地裏が少年の住処だった。
少年は気がつけばそこで暮らしていた。もっと小さい頃は母親と呼ばれる人が居たが、ある日目覚めると彼女の姿はなくなっていた。
父親は物心付く前になくなっている。毎日父親について話して聞かせてくれた母によると、彼は重罪人らしい。
町で大きな犯罪を犯したために母親も住む場所を追われ、自分という罪の証が生きているから幸せになれないと毎日泣いていたのを覚えている。

生きていることこそ罪だと毎日毎日心に刷り込むように言われ続けた。
それでも死ぬことはできなくて、必死になって働いてその日暮を続けてきた。
生きる意味なんてなかった。誰にも望まれなかった。
屑以下の人生を歩んでいるのに───どうしても死ぬことは出来なかった。

けれど、そんな人生もここまでらしい。

頬を涙が伝う。
自分が死んで、誰か一人でも悲しんでくれるのだろうか。
突然の海賊の襲来で火の手があがる町の中、逃げ遅れた子供を庇って負った傷はじくじくと脳まで響く。
無事だった子供を抱いた母親は、涙を流しながら子供を胸に抱いていた。


「よかった・・・あんな屑じゃなくて、あんたが生きていてよかった」


耳に聞こえた声に、反論すら出来ない。
彼女のいう言葉はきっと真実なのだろう。
振り返りもせずに去っていく背中を瞬きもせずに見送る。
暫くすれば人のざわめく声も徐々に聞こえなくなり、一人きりで死ぬ恐怖に震えた。

このまま失血死するのが早いか。それとも周りの火が燃え移り焼死するのだろうか。
取りとめもなく考えていると、不意に前方に気配が生まれた。

重たい瞼を開くと、最初に目に入ったのはあまり目にしない草履。
町の中でそれを穿く人物なんて最近知り合った一人しか思い浮かばなくて、少年は声を振り絞った。


「逃げて・・・下さい」
「ああ」


頷いたその人は、しゃがみ込むと少年の顔を覗きこむ。予想通りの真っ黒な瞳に、少年は微かに笑った。
赤いベストにデニムのハーフパンツ。さらさらとした黒髪と目元の傷が特徴的な彼は、ぱちりと目を瞬かせる。
しなやかな体つきに精悍な顔。それなのにどこか幼い仕草をする人は、つい二日前に行き倒れていたところを拾った彼だ。
名前はルフィ。

仲間とはぐれて道に迷った挙句に腹をすかせて倒れていた彼は、少年の日常に新しい風を吹き込んだ。
初めてだった。真っ直ぐに目を見て笑いかけてくれた人は。
裏通りで暮らしていても全く気にしない人の笑顔を失いたくなくて、卑怯にも生まれを口に出来なかった。
豪快で奔放な彼と暮らしたのは、今まで生きてきた16年の人生で一番楽しいひと時だったから。

けれど夢の時間は終わりだ。
間もなく死ぬ自分の幸せより、彼に生きて欲しかった。
このままここに居ればいずれ破壊者たちがやってくる。殺戮や押収に躊躇しないならず者が彼を殺しにやってくる。
そんなのは、嫌だった。

ひゅっと息を吸い込んで掠れる声を絞り出す。
もう、十分だ。彼が自分を捜しに来たという事実だけで、自分は笑って死ねる。
誰か一人でも自分を助けに来ようとしてくれた。それで、十分だった。


「逃げて、下さい、ルフィさん」
「ああ。お前も一緒にな」
「無理です。ぼくはもう助かりません。ぼくを背負って逃げたら、あなたも海賊たちに追いつかれます。島に来たのは髑髏に麦藁帽子の海賊団───麦わらの海賊団です」
「そうか。それでもおれはお前を連れてく」
「っ、判ってくださいルフィさん!麦わらの海賊団ですよ!?彼らは海賊王の一味です!あなた一人じゃ死にます!それに・・・ぼくには助けてもらう価値なんてありません!!」
「何でだ?お前はおれを助けただろ?」
「ルフィさんとぼくは違います。ぼくは───ぼくの父は、町で重罪を犯した犯罪者です。だからぼくはずっとスラムで暮らしてきました。泥水をすするような生活でも死にたくなかったから。でも、もういいんです。どうせぼくは町の皆が言うとおり生きる価値なんてないんですから」


ぼろりと涙が零れる。
価値がないと誰もに言われた。
顔も知らぬ他人から。前日まで雇ってくれた知人から。昔から近所に住む人たちから。
誰しもが犯罪者の息子である自分に生きる価値はないといい、どうして死なないんだと言われ続けた。
ここまで生きてこれただけでも幸運なのだ。
自身に言い聞かせるように目を伏せると、ぐいっと体を引っ張られた。


「ルフィさん!?ぼくの話を聞いていたんですか?」
「うるさい、黙れ!」
「!!?」
「お前がなんて言おうとおれはお前を助ける!もう決めた!」
「決めたって・・・」


自分を背負うと走り出した彼に呆れた。
まるで子供の言い分だ。自分がやると決めたからと、こちらの意見は聞いてもくれない。
伝わる温もりに、驚きで収まっていた涙がまた零れ始めた。


「どうして助けようとするんです!ぼくは、犯罪者の子供なんですよ!」
「そんなのお前となんの関係もねえだろ!おれは、犯罪者の息子だろうと、お前を助けてえから助けるんだ!」
「・・・ルフィさん」
「だから、お前は黙って助けられてろ!そんで絶対に生きろ!」
「無茶苦茶だ」


あまりな言葉に笑ってしまった。
今まで自分が背負ってきた重荷など何も知らないくせに、一言で切り捨てるなんて酷すぎる。
どんな想いで生きてきたか、どうやって生きてきたか。何も知らないくせに。

心の奥に巣食っていた何かがすっと消えうせて、変わりに胸に新たな願いが芽生えた。


「ぼくは・・・生きていていいんですか?」
「当然だ!お前はどこの誰とも知れないおれを助けてくれた。お前はいい奴だ」


単純な理屈だ。助けたのだって偶然の産物なのに、それだけでいい奴と決めてもいいのだろうか。
長年積もっていた疑問への答えは簡単で、あっさりとしてるからこそ心に響いた。

『当然だ!』と答えてくれる人なんて初めてだ。

胸が詰まってもう何も話せなくなり、ルフィにしがみ付く手に力を篭める。
すると急に彼の足が止まった。


「ルフィ!あんたこんなとこで何やってんのよ!?」
「探したぞ、ルフィー!」
「ん?誰だそれ」


突然賑やかになり驚く。
ルフィの名前を連呼しているので、彼の知り合いなのだろう。
オレンジ色の波打つ髪を腰まで伸ばした美女と、小さな狸と、顎鬚の金髪男。
びくりと体を強張らせていると、不意に体が浮いた。


「チョッパー、こいつ怪我してんだ。診てやってくれ」
「怪我?って、うわあ!!?」
「っ!!?」


視界が回転し、体に鈍い衝撃が走る。
体を擽るふわふわの感触に驚いて目を見開くと、先ほどまで狸だった生物が巨大化していた。
驚きすぎると声が出ないというのは本当らしい。
オレンジ髪の美女に顔を覗きこまれ赤面して身を縮める。瞬間、全身に痛みが伝わり小さく悲鳴を上げた。


「これ刀傷じゃないか。もしかして、あの海賊にやられたのか?」
「多分な。大丈夫そうか?」
「ああ。これくらいなら大丈夫だ。けど安静にさせたいから、ここで応急手当して船に連れてってもいいか?」
「勿論だ、頼むチョッパー。そいつおれの恩人なんだ。行き倒れてたら飯食わせてくれた」
「ルフィにご飯を?それは迷惑をかけたでしょうね・・・ごめんなさいね」
「いいえ・・・ぼくもルフィさんと一緒に居られて楽しかったですから」


首を振り否定すると、美女は目を丸くして、次いで艶やかに微笑んだ。
ありがとうと礼を言われ、どうして彼女がお礼を言うのだろうと小首を傾げる。


「そんで、ルフィ。お前はあの『麦わらの一味』とやらをどうするつもりだ」
「ぶん殴る」
「そう来ると思った。敵は入江を拠点にして乗り込んできたわ。そっちにはフランキーとロビンとブルックが向かってる。ウソップはゾロと敵さんの船長を探しに行ったわ。多分、そろそろ合図があると思うんだけど」


腕を組んだ美女が言い切るか切らないかくらいで、赤い発炎筒が打ち上げられた。
音と光に驚いていると、丁度のタイミングだなと金髪の男がタバコを燻らせ小さく呟く。


「見つかったみたいね。どうする?」
「ナミ。お前とチョッパーだけで船に戻れるか?」
「・・・まぁ、あの程度なら大丈夫でしょうね」
「何だ、もう当たったのか?」
「ええ。数だけ多い烏合の衆だったわ。だから、サンジ君がいなくても大丈夫よ」
「そうか、ありがとう。なら二人はそのまま船に戻れ。サンジ、お前はおれと一緒にあそこに行くぞ」
「だな。海賊王の一味を騙る奴らを拝んでみてえしな。特に黒足。美形じゃなければオロス。───いいか、チョッパー。心臓が止まってもナミさんを守れ」
「えー!?心臓止まってもぉ!?」


悲鳴を上げながらも律儀に頷いた元狸に、ルフィはしししと笑った。
そうして背を向けて駆け出そうとした彼に、美女が声を掛けると、自身の首にぶら下げていた何かを彼に向かって放った。


「ルフィ、修理終ったわよ」
「おー、さすがナミ!綺麗に縫えてる。ありがとな!」
「どういたしまして。お土産期待してるわ」
「ししし、了解」


美女から受け取ったそれを首に掛けると、ルフィは今度こそ振り返らずに走り去った。
心配げにその様子を見詰めていると、おれたちも行くぞと元狸に声を掛けられ頷く。
余程酷い表情をしていたのだろうか。美女が笑って手を伸ばすと、くしゃりと頭を撫でてくれた。


「大丈夫。ルフィはああ見えて滅茶苦茶強いのよ。それに、ルフィに狙われて無事だった奴なんて、今まで一人も居ないんだから」
「でも」
「信じなさい。彼は海賊の中の海賊よ」
「か、海賊!?」
「あら、何も知らずに助けたの?それとも知らないからこそ助けたのかしら。まあ、どっちでもいいわ。あなたが私たちの船長を助けてくれたことに変わりはないんだから」


軽い口調でウィンクした美女に、少年は忙しなく瞬きを繰り返した。
彼の所有する船へ辿り着きその旗印に気絶して、麦藁帽子を首から提げたルフィこそが海賊王と知るともう一度気絶した。

自分たちの名を騙った海賊を叩きのめした彼らは、船にあった財宝を根こそぎ巻き上げてきたらしく、ついでに食料も奪ったと宴会の準備をし始める。
気絶している間に出航したらしく、船の上で波に揺られて少年は空を見上げた。
島から出るのは初めてで、こんなに笑ったのも初めてだ。
何しろ彼らはお尋ね者とは思えないくらいに陽気で明るく面白い上に優しかった。


「ねえ、ルフィさん。ぼくは生まれてきてよかったんですよね?」
「当然だろ。お前がいなきゃ、おれはのたれ死んでたかも知れねえぞ」


しししっと首を竦めて楽しげに笑う海賊王に、少年は未来を決めた。

それから幾つか季節が流れ、海に新たな海賊団が増えることとなる。
自身の生を肯定してくれた海賊王と生きると誓った少年は、今はもう、生まれてきてよかったかなんて小さなことで悩んだりしない。
彼が憧れた海賊王を守るために、強くなろうと志高く進んでいた。


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