×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
えらくタイムリーな形で入った情報に従った先の奈良で出会った少女は、自信満々に胸を張って挑戦的に睨んできた。
幾度もテレビで見かけた少女は、きっちりとした黒のスーツにミスマッチな帽子を被り、きりきりと柳眉を吊り上げている。
赤みがかった癖のある髪を肩を越すくらいまで伸ばし、じっとこちらを見詰める眼差しはとても強い。
「お前ら、宇宙人だろ!」
腰に手を当てて強気な発言をするその少女のつり上がり気味のアーモンドアイが不安に揺れているのを敏感に察すると、円堂は小さく笑って宇宙人だ、いや違うといい合いをしている彼らの間に入った。
唐突な行動に驚き戸惑っている仲間たちを尻目に、少女───総理大臣財前の娘の塔子相手ににっと笑いかけた。
「随分とご慧眼じゃない、財前塔子ちゃん」
「!!?お前、なんであたしの名前をっ」
「中学生だってテレビくらい見るよ。財前総理に付き従ってる姿を何回か見たことがある。名前だって少し時事に詳しけりゃ知ってる奴なんて五万と居る有名人だろ?」
「───そう。あたしを知ってるなら、どうしてあんたたちを問い詰めるのかも理解できるよね?」
「まぁね。父親が浚われたら実の娘なら平静でいられない。───で?君は君が宇宙人であると決めた俺たちと何をしたいわけ?」
唇を噛み締めている塔子に問いかける。
仲間は気づかなかったようだが、目の前の少女が円堂たちを『宇宙人』とやらに仕立て上げてまで何かをさせようとしているのは、少し離れた場所で遣り取りを観察して理解した。
そもそもサッカー好きの財前総理の娘である塔子が、こちらの正体を知らないとは考えにくい。
後ろの大人たちならともかく、子供である塔子は同年代のサッカー情報は詳しそうだ。
それを踏まえた上で試すように『宇宙人』と口にするからには、目的があるはず。
腕を組んで塔子の様子を観察していると、俯きがちだった少女は顔を上げてびしりと円堂を指さした。
人に指を向けるのは礼儀違反だぞ、なんて心の中で暢気に考える。
こちらの心中など一切察しない少女は、凛と背筋を伸ばして宣言した。
「お前たちが宇宙人じゃないって、証明してもらおうか」
「証明?」
想像通りの展開に一応小首を傾げると、深々と頷いた塔子はついて来いと手を振った。
「・・・で?なんでサッカーなんだ、守?」
「いや、俺に聞かれても。証明方法を指定したのはあっちだし」
胡乱な眼差しを向ける一之瀬に苦笑して肩を竦めると、意味が判らないと仲間たちも首を傾げる。
正直、どうしてサッカーなのかと言われれば、『腕試し』が一番しっくりくるだろうが、別に口に出して言うほどのことでもない。
騒ぎ立てる仲間を宥めつつ、ちらりと視線を瞳子に送る。
「監督は今回の試合は許可を下さるんですか?」
「───そうね。やって損はないわ。大人相手に何処まであなたたちが通用するか見てみたいもの」
「そうですか」
相変わらず辛辣でいながら的を得た発言に頷く。
監督の許可があるなら、自分たちは挑まれた勝負にいつもどおりにプレイすればいいだけだ。
もっとも、それが出来ればの話だけれど。
少しだけ難しい表情をしている数人の仲間を視線でひと撫ですると、何も言い出さないのに嘆息する。
自分自身のコンディションを過失しているのに気づいていないのかそれともあえて無視しているのか。
とりあえずは様子見だなと決めると、仲間たちを呼び集めた。
「相手が大人だってやることは変わらない。俺たちは俺たちのサッカーをするだけだ」
「ああ、どんどんゴールを決めてやる」
「でも相手が相手だけに、体力的に差がある。ペース配分には注意しなきゃな」
「しかもこっちは一人足りないしな」
「足りないものを嘆いても仕方ねぇよ。全員で空いてる分をカバーするだけだ」
「あっさり言ってくれるよなぁ、ホント。円堂が言うと大変なことも簡単に聞こえるぜ」
「お得感があるだろ?」
「言ってろ」
シリアスな表情をしていた面々は、冗談交じりの言葉に小さく笑う。
どんな緊迫した場面でも、笑う余裕があるなら大丈夫だ。普段の自分たちのプレイも出来る。
パソコンで情報を検索していた春奈が顔を上げた。
「相手はSPフィクサーズ。大のサッカーファンである財前総理のボディーガードでもあるサッカーチームです」
大体の予想はしていたが、ぴたりと当てはまる回答に腕を組む。
彼らが財前総理のSPと名乗った瞬間からチームの予想は出来ていた。
ある程度の地位がある人間の間で彼らの存在は有名で、総理大臣のSPを勤める傍らサッカーで己とチームプレイを鍛える特殊な部隊だ。
自身を鍛える目的でプレイしているので他チームとの対戦経歴はないが、それでも相当な腕前の持ち主だろう。
パソコンで調べたデータを読み上げる声を右から左に流しつつ、情報を得たことで大人相手だと実感したのか不安が過ぎったらしい後輩組みが瞳子へ詰め寄る。
だが必死の表情の二人は呆気なく袖にされた。
「とりあえず、君たちの思うようにやってみて」
「えぇ~?」
「そんなぁ」
情けなく眉根を下げた壁山と栗松に苦笑する。
大体予想できた結果だが、ある意味彼らのめげない態度は天晴れだ。
初日にあれだけ辛辣に評価されたのに、未だに彼女のあり方がわかっていない。
「どうする?」
そんな二人の様子を静かに眺めていた風丸が問いかける。
しかしその問いに答えたのは円堂ではなく、弟の鬼道だった。
「あの人は俺たちがどんなサッカーをするのか見たいんだろう。そう思いませんか、姉さん」
「うん、俺も有人の意見に同意。初めて指揮する試合だしね。多分、あの人俺たちの情報を前もって得てないんじゃないかな」
「───どうしてそう思うんだ?」
「わかんない?豪炎寺。俺たちの特徴を知ってるなら、それにあった戦略を打ち立ててると思うよ、あの人なら」
「そうか?」
「そうだよ」
大人との対戦で実力を測らずともある程度の情報を持っていたなら、勝つため、成長するための戦略を立てようとするだろう。
しかし彼女はきっと円堂たちがどう動くのか、どんなサッカーをするのかは知らない気がする。
推測と言うより直感に近いが、外れていないだろう。
何も言わずに傍観の位置を取った瞳子は、フィールドが見渡せる場所に立ち静かに見物を始めている。
自由にプレイしろとは、各々の個性を見せろと言われたも同意だ。
彼女がこちらを試す気ならば、円堂も彼女を試させてもらうまでの話。
仲間たちを預けてもいい監督か、見極めさせてもらうだけ。
「それじゃ十人でのフォーメーションはどうする?」
「・・・ミッドフィルダーに風丸と土門をあげて、オフェンスを強化する」
「有人?」
「なるほど、攻撃型の布陣にする気か」
「こういうときこそ先取点が大事なんだ」
「そうか。守りに入っていては点を取るチャンスは減るってわけか」
「ああ。それに俺たちのゴールは姉さんが守ってるんだ。安心して攻撃に集中できる。そうだろ、皆!」
鬼道の声に、先ほどまで不安げな表情をしていた後輩たちも含めて頷いた。
力強く活気が戻った瞳は煌いて、始まる試合を心待ちにしているようだった。
だが、それでは勝てない。
弟の立てた戦略は通常なら有効なものだが、大きな落とし穴がある。
天才ゲームメイカーとして名を馳せる鬼道の言葉だからと頷く仲間も含め、彼らは少しばかり己を過信しているらしい。
気がつかない方も気がつかない方だが、言い出さない方も言い出さない方だ。
己の不調を隠している数名を眺めてから緩く首を振ると、今の状態で勝つつもりらしい彼らに苦笑した。
「どうかしたんですか、姉さん?」
「いいや。別にどうもしていない」
彼らの不調によるプレイの乱れはすぐに明らかになるだろう。
戦略を立てる前からのミスだと指摘するのは容易だが、試合を外れろと今言ったところで聞く耳は持たないに違いない。
口で言うより身を持って実感するほうが早いと決めると、いつの間にか円陣を組んでいた仲間たちに笑いかけた。
「よし、皆!やるぞ!」
『おう!!』
鬨の声を勢い良く上げると、それぞれのポジションに散った。
痛みや自己管理も成長へ必要だからと知っているからこその判断は、果たして吉と出るか凶と出るか。
高らかに鳴らされたホイッスルを耳に、円堂はすっと笑顔を消した。
幾度もテレビで見かけた少女は、きっちりとした黒のスーツにミスマッチな帽子を被り、きりきりと柳眉を吊り上げている。
赤みがかった癖のある髪を肩を越すくらいまで伸ばし、じっとこちらを見詰める眼差しはとても強い。
「お前ら、宇宙人だろ!」
腰に手を当てて強気な発言をするその少女のつり上がり気味のアーモンドアイが不安に揺れているのを敏感に察すると、円堂は小さく笑って宇宙人だ、いや違うといい合いをしている彼らの間に入った。
唐突な行動に驚き戸惑っている仲間たちを尻目に、少女───総理大臣財前の娘の塔子相手ににっと笑いかけた。
「随分とご慧眼じゃない、財前塔子ちゃん」
「!!?お前、なんであたしの名前をっ」
「中学生だってテレビくらい見るよ。財前総理に付き従ってる姿を何回か見たことがある。名前だって少し時事に詳しけりゃ知ってる奴なんて五万と居る有名人だろ?」
「───そう。あたしを知ってるなら、どうしてあんたたちを問い詰めるのかも理解できるよね?」
「まぁね。父親が浚われたら実の娘なら平静でいられない。───で?君は君が宇宙人であると決めた俺たちと何をしたいわけ?」
唇を噛み締めている塔子に問いかける。
仲間は気づかなかったようだが、目の前の少女が円堂たちを『宇宙人』とやらに仕立て上げてまで何かをさせようとしているのは、少し離れた場所で遣り取りを観察して理解した。
そもそもサッカー好きの財前総理の娘である塔子が、こちらの正体を知らないとは考えにくい。
後ろの大人たちならともかく、子供である塔子は同年代のサッカー情報は詳しそうだ。
それを踏まえた上で試すように『宇宙人』と口にするからには、目的があるはず。
腕を組んで塔子の様子を観察していると、俯きがちだった少女は顔を上げてびしりと円堂を指さした。
人に指を向けるのは礼儀違反だぞ、なんて心の中で暢気に考える。
こちらの心中など一切察しない少女は、凛と背筋を伸ばして宣言した。
「お前たちが宇宙人じゃないって、証明してもらおうか」
「証明?」
想像通りの展開に一応小首を傾げると、深々と頷いた塔子はついて来いと手を振った。
「・・・で?なんでサッカーなんだ、守?」
「いや、俺に聞かれても。証明方法を指定したのはあっちだし」
胡乱な眼差しを向ける一之瀬に苦笑して肩を竦めると、意味が判らないと仲間たちも首を傾げる。
正直、どうしてサッカーなのかと言われれば、『腕試し』が一番しっくりくるだろうが、別に口に出して言うほどのことでもない。
騒ぎ立てる仲間を宥めつつ、ちらりと視線を瞳子に送る。
「監督は今回の試合は許可を下さるんですか?」
「───そうね。やって損はないわ。大人相手に何処まであなたたちが通用するか見てみたいもの」
「そうですか」
相変わらず辛辣でいながら的を得た発言に頷く。
監督の許可があるなら、自分たちは挑まれた勝負にいつもどおりにプレイすればいいだけだ。
もっとも、それが出来ればの話だけれど。
少しだけ難しい表情をしている数人の仲間を視線でひと撫ですると、何も言い出さないのに嘆息する。
自分自身のコンディションを過失しているのに気づいていないのかそれともあえて無視しているのか。
とりあえずは様子見だなと決めると、仲間たちを呼び集めた。
「相手が大人だってやることは変わらない。俺たちは俺たちのサッカーをするだけだ」
「ああ、どんどんゴールを決めてやる」
「でも相手が相手だけに、体力的に差がある。ペース配分には注意しなきゃな」
「しかもこっちは一人足りないしな」
「足りないものを嘆いても仕方ねぇよ。全員で空いてる分をカバーするだけだ」
「あっさり言ってくれるよなぁ、ホント。円堂が言うと大変なことも簡単に聞こえるぜ」
「お得感があるだろ?」
「言ってろ」
シリアスな表情をしていた面々は、冗談交じりの言葉に小さく笑う。
どんな緊迫した場面でも、笑う余裕があるなら大丈夫だ。普段の自分たちのプレイも出来る。
パソコンで情報を検索していた春奈が顔を上げた。
「相手はSPフィクサーズ。大のサッカーファンである財前総理のボディーガードでもあるサッカーチームです」
大体の予想はしていたが、ぴたりと当てはまる回答に腕を組む。
彼らが財前総理のSPと名乗った瞬間からチームの予想は出来ていた。
ある程度の地位がある人間の間で彼らの存在は有名で、総理大臣のSPを勤める傍らサッカーで己とチームプレイを鍛える特殊な部隊だ。
自身を鍛える目的でプレイしているので他チームとの対戦経歴はないが、それでも相当な腕前の持ち主だろう。
パソコンで調べたデータを読み上げる声を右から左に流しつつ、情報を得たことで大人相手だと実感したのか不安が過ぎったらしい後輩組みが瞳子へ詰め寄る。
だが必死の表情の二人は呆気なく袖にされた。
「とりあえず、君たちの思うようにやってみて」
「えぇ~?」
「そんなぁ」
情けなく眉根を下げた壁山と栗松に苦笑する。
大体予想できた結果だが、ある意味彼らのめげない態度は天晴れだ。
初日にあれだけ辛辣に評価されたのに、未だに彼女のあり方がわかっていない。
「どうする?」
そんな二人の様子を静かに眺めていた風丸が問いかける。
しかしその問いに答えたのは円堂ではなく、弟の鬼道だった。
「あの人は俺たちがどんなサッカーをするのか見たいんだろう。そう思いませんか、姉さん」
「うん、俺も有人の意見に同意。初めて指揮する試合だしね。多分、あの人俺たちの情報を前もって得てないんじゃないかな」
「───どうしてそう思うんだ?」
「わかんない?豪炎寺。俺たちの特徴を知ってるなら、それにあった戦略を打ち立ててると思うよ、あの人なら」
「そうか?」
「そうだよ」
大人との対戦で実力を測らずともある程度の情報を持っていたなら、勝つため、成長するための戦略を立てようとするだろう。
しかし彼女はきっと円堂たちがどう動くのか、どんなサッカーをするのかは知らない気がする。
推測と言うより直感に近いが、外れていないだろう。
何も言わずに傍観の位置を取った瞳子は、フィールドが見渡せる場所に立ち静かに見物を始めている。
自由にプレイしろとは、各々の個性を見せろと言われたも同意だ。
彼女がこちらを試す気ならば、円堂も彼女を試させてもらうまでの話。
仲間たちを預けてもいい監督か、見極めさせてもらうだけ。
「それじゃ十人でのフォーメーションはどうする?」
「・・・ミッドフィルダーに風丸と土門をあげて、オフェンスを強化する」
「有人?」
「なるほど、攻撃型の布陣にする気か」
「こういうときこそ先取点が大事なんだ」
「そうか。守りに入っていては点を取るチャンスは減るってわけか」
「ああ。それに俺たちのゴールは姉さんが守ってるんだ。安心して攻撃に集中できる。そうだろ、皆!」
鬼道の声に、先ほどまで不安げな表情をしていた後輩たちも含めて頷いた。
力強く活気が戻った瞳は煌いて、始まる試合を心待ちにしているようだった。
だが、それでは勝てない。
弟の立てた戦略は通常なら有効なものだが、大きな落とし穴がある。
天才ゲームメイカーとして名を馳せる鬼道の言葉だからと頷く仲間も含め、彼らは少しばかり己を過信しているらしい。
気がつかない方も気がつかない方だが、言い出さない方も言い出さない方だ。
己の不調を隠している数名を眺めてから緩く首を振ると、今の状態で勝つつもりらしい彼らに苦笑した。
「どうかしたんですか、姉さん?」
「いいや。別にどうもしていない」
彼らの不調によるプレイの乱れはすぐに明らかになるだろう。
戦略を立てる前からのミスだと指摘するのは容易だが、試合を外れろと今言ったところで聞く耳は持たないに違いない。
口で言うより身を持って実感するほうが早いと決めると、いつの間にか円陣を組んでいた仲間たちに笑いかけた。
「よし、皆!やるぞ!」
『おう!!』
鬨の声を勢い良く上げると、それぞれのポジションに散った。
痛みや自己管理も成長へ必要だからと知っているからこその判断は、果たして吉と出るか凶と出るか。
高らかに鳴らされたホイッスルを耳に、円堂はすっと笑顔を消した。
PR
--お題サイト:afaikさまより--
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【響也】
深い眠りに落ちていたはずなのに、ぱちりといきなり目が覚めて、上半身を起こしつつ頭を掻く。
何かとてもいい夢を見ていた気がしたが、生憎と思い出せなかった。
夏の終わりを告げるヒグラシの声が開けられた窓から聞こえてくる。
くあっと一つ欠伸をすると、響也は立ち上がって窓辺まで歩いていった。
しゃっと軽快な音を立てカーテンが引かれる。
薄っすらと感じていた紅色に近い光が室内を照らし、思わず目を眇めた。
寝起きの瞳には痛いくらいに眩しい太陽は、心に秘めた想い人を何故か髣髴とさせ、あんなに静かなもんじゃねえな、と苦笑しながら呟く。
一度思い出してしまうとどんどんと思考が少女に締められ、重傷だなと首を振った。
会いたい、と思ったところで、ねぼすけな幼馴染が目を覚ましているはずがない。
大体夏の日の出は早いので、この時間に起きだしているほうが不思議だろう。
早起きな至誠館の面々の声だってまだ聞こえないし、絶対に起きているはずがない。
そう考える思考と裏腹に、主の意思を無視した腕が携帯電話に伸びる。
「あー・・・絶対、怒るよな」
判っていながら止まらない。
静かな部屋に響く呼び出し音に、第一声はどうしようかと首を捻った。
■い 椅子に残った温もりは【律】
食堂に入り、ぷりぷりと頬を膨らませている幼馴染と、頭を掻きながら必死に何か言い訳している弟を見つけ、律は首を傾げた。
普段から何かと仲がいい二人のじゃれ合いと少しだけ空気が違っている。
珍しく唇を尖らせながらも一方的に謝罪している様子の響也は、キッチンへかなでが姿を消すと同じようについていった。
「おはよう、如月」
「おはよう。・・・東金、あれはどうかしたのか?」
「ああ。何でもお前の弟が常識はずれの時間に小日向の携帯へモーニングコールをしたらしい。おかげで睡眠を邪魔された小日向がご立腹ってわけだ」
「そうか」
確かに、若干寝起きの悪いかなでなら睡眠を邪魔されるとむくれるくらいはするだろう。
本気で怒っているようには見えなかったし、どうせ何か手伝いをさせてチャラにするのだろう。
放っておいても大丈夫だ。
そう結論付けたのに勝手に体が動いた。
「何処に行く気だ?」
「───仲裁をしてくる」
「ふうん?」
物言いたげに腕を組んで鼻を鳴らした東金を無視すると、徐々に大きくなる遣り取りに耳を済ませた。
下手な言い訳だと自分でも判っているので、自然と浮かぶ苦笑は堪え切れなかった。
■し 神域でないかと思えるような【東金】
学生寮の庭でヴァイオリンを取り出したかなでに、たまたま通りかかった東金は足を止めた。
朝一から幼馴染と喧嘩をしその兄に仲裁されたかなでの機嫌はもうすっかり元通りらしく、愛器を手に取り微笑んでいる。
まろい頬に浮かぶ無邪気な笑みに、こちらまで釣られて微笑んでしまう。
小さくて華奢なかなではどちらかと言わなくとも童顔で、つい構いたくなる雰囲気を発していた。
だがその衝動を何とか堪えると、柱に背を凭れさせて傍観する。
すると予想通り、そのままヴァイオリンを構えたかなでは、手早く調律を済ますとすっと姿勢を正した。
「───やはり、いい音だな」
うっとりと鳴り響く音に酔いしれながら誰ともなしに囁く。
見た目は子供子供した雰囲気なのに、演奏するとがらりと印象は変わった。
金色に輝くオーラを放ちながら、滑らかに柔らかに、柔軟な少女そのものの演奏をするかなでは美しい。
内面から放たれる美、とても言うのだろうか。
地味だ地味だといい続けていた過去が嘘のような輝きは眩しく、そして少しだけ悔しい。
彼女を繋いでいた鎖は、今回の大会で完全に断ち切れたのだろう。
演奏するのを怖がっているように見えたのに、伸び伸びと気持ち良さそうに奏でられるヴァイオリンは耳に心地よくいつまでも聞いていたいと思わせる。
いつの間にか一曲が引き終わり、夢幻の世界が断ち切られた。
かなでのマエストロフィールドは圧倒的な世界観を持っている。
本人が無意識なところが怖いが、それも含めて東金はかなでを欲していた。
「───全く。演奏するごとにライバルを惹き付けるなんて性質が悪い相手に惚れたものだ」
自嘲気味に囁くと、先に惚れた方が負けかと嘯き柱から体を離した。
■て 低気圧が残していったもの【土岐】
柔らかな調べが止まり、自然と瞼が持ち上がる。
あちらからは死角になっていたのか、寮の木陰でチェアに寝転んでいた土岐はのっそりと身を起こした。
きょろきょろと視線を動かすが、もうヴァイオリンを奏でていた主の姿はなく、一つ嘆息する。
どうやら思ったよりも長い時間まどろんでいたらしい。
緩く首を振りながら一つ欠伸を漏らす。
随分と贅沢な時間を過ごしたな、ともう一度瞼を閉じながら夏の温い風を頬に感じる。
気持ち悪いばかりだった夏の暑さも終わりだと思えばなんとなく物悲しい。
ヒグラシの鳴く声に耳を顰めつつ、緩く呼吸を繰り返す。
輝かしい夏は時期に終わりを向かえ、夢のような時間は幕を下ろす。
「こんなに嵌まるつもりはなかったんやけどねぇ」
出来てしまった執着は自分でも驚くほど強く、本音で言えば想いの強さが少しだけ怖い。
本気で誰かを好きになるのも、これほど求めるのも初めてで、変化する自分に戸惑いを覚えた。
けれど。
「小日向ちゃんを特別に想わない自分を思い出せないなんて、どうかしとるわ」
苦笑しながら零れた本音に、自分自身で納得する。
恋はするものじゃなく落ちるものだと名言を残した誰かに、拍手したい気分だった。
■る 流転する万物の中の一片【火積】
ひょこひょこと門を出て行く山吹色の髪に、火積は目を瞬かせた。
買い物袋を確認しながらちょろちょろと歩く姿はまるで小動物そのものだ。
小さくて華奢で、守りたくなる存在は、財布を片手に楽しげに笑っている。
何が楽しいのか知らないが、常に笑顔が絶えない少女に、うっかりといつの間にか伝染していたのに気がついて火積は苦笑した。
どうにもペースを乱される相手だが、もう慣れた。
抗おうにもかなでは独特のペースでこちらを巻き込んでくるので、逆らいようがないと言うのが本音だ。
怖くはないのか、と問うてもどうしてだと問い返されるくらいだ。
見た目以上に強心臓で、肝が据わっている。
普通、かなでみたいに小さくてかわいい少女は火積の外見を見て怯えたり怯んだりするものだが、彼女にはそれが理解できないらしい。
思えば最初から今と同じ態度で、見た目で判断しない彼女のだからこそここまで入れ込んだのだろうと自分を分析する。
のっぴきならないところまで落とされてから自覚した想いは、鎖のように火積を束縛した。
今ではかなでを心配するのは日常になってしまっていて、これからどうするんだ俺は、と自嘲する毎日を送っている。
何しろずっと一緒にいられる星奏の面々とは違い、火積はもうすぐ自分の故郷に帰る。
そうすれば会うのは難しく、もしかしたらひと夏過ごしただけの自分は忘れられてしまうかもしれない。
けどそうなったとしてもずっと彼女を想い続ける自信があり、強すぎる想いの行き場に困っていた。
「・・・ああ、もう本当に」
少しばかし距離を置こうと考えていたのに、目の前で小石に躓いた姿に思わず駆け出す。
どうにも放っておけない。
無意識に火積の庇護欲を煽る少女の元まで辿り着かねば、この不安な気持ちは消えないのだ。
離れてからのことは離れてから考えればいい。
無限ループに陥りがちな思考を無理やりに留めると、座り込むかなでを助けるべく全力を出した。
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【響也】
深い眠りに落ちていたはずなのに、ぱちりといきなり目が覚めて、上半身を起こしつつ頭を掻く。
何かとてもいい夢を見ていた気がしたが、生憎と思い出せなかった。
夏の終わりを告げるヒグラシの声が開けられた窓から聞こえてくる。
くあっと一つ欠伸をすると、響也は立ち上がって窓辺まで歩いていった。
しゃっと軽快な音を立てカーテンが引かれる。
薄っすらと感じていた紅色に近い光が室内を照らし、思わず目を眇めた。
寝起きの瞳には痛いくらいに眩しい太陽は、心に秘めた想い人を何故か髣髴とさせ、あんなに静かなもんじゃねえな、と苦笑しながら呟く。
一度思い出してしまうとどんどんと思考が少女に締められ、重傷だなと首を振った。
会いたい、と思ったところで、ねぼすけな幼馴染が目を覚ましているはずがない。
大体夏の日の出は早いので、この時間に起きだしているほうが不思議だろう。
早起きな至誠館の面々の声だってまだ聞こえないし、絶対に起きているはずがない。
そう考える思考と裏腹に、主の意思を無視した腕が携帯電話に伸びる。
「あー・・・絶対、怒るよな」
判っていながら止まらない。
静かな部屋に響く呼び出し音に、第一声はどうしようかと首を捻った。
■い 椅子に残った温もりは【律】
食堂に入り、ぷりぷりと頬を膨らませている幼馴染と、頭を掻きながら必死に何か言い訳している弟を見つけ、律は首を傾げた。
普段から何かと仲がいい二人のじゃれ合いと少しだけ空気が違っている。
珍しく唇を尖らせながらも一方的に謝罪している様子の響也は、キッチンへかなでが姿を消すと同じようについていった。
「おはよう、如月」
「おはよう。・・・東金、あれはどうかしたのか?」
「ああ。何でもお前の弟が常識はずれの時間に小日向の携帯へモーニングコールをしたらしい。おかげで睡眠を邪魔された小日向がご立腹ってわけだ」
「そうか」
確かに、若干寝起きの悪いかなでなら睡眠を邪魔されるとむくれるくらいはするだろう。
本気で怒っているようには見えなかったし、どうせ何か手伝いをさせてチャラにするのだろう。
放っておいても大丈夫だ。
そう結論付けたのに勝手に体が動いた。
「何処に行く気だ?」
「───仲裁をしてくる」
「ふうん?」
物言いたげに腕を組んで鼻を鳴らした東金を無視すると、徐々に大きくなる遣り取りに耳を済ませた。
下手な言い訳だと自分でも判っているので、自然と浮かぶ苦笑は堪え切れなかった。
■し 神域でないかと思えるような【東金】
学生寮の庭でヴァイオリンを取り出したかなでに、たまたま通りかかった東金は足を止めた。
朝一から幼馴染と喧嘩をしその兄に仲裁されたかなでの機嫌はもうすっかり元通りらしく、愛器を手に取り微笑んでいる。
まろい頬に浮かぶ無邪気な笑みに、こちらまで釣られて微笑んでしまう。
小さくて華奢なかなではどちらかと言わなくとも童顔で、つい構いたくなる雰囲気を発していた。
だがその衝動を何とか堪えると、柱に背を凭れさせて傍観する。
すると予想通り、そのままヴァイオリンを構えたかなでは、手早く調律を済ますとすっと姿勢を正した。
「───やはり、いい音だな」
うっとりと鳴り響く音に酔いしれながら誰ともなしに囁く。
見た目は子供子供した雰囲気なのに、演奏するとがらりと印象は変わった。
金色に輝くオーラを放ちながら、滑らかに柔らかに、柔軟な少女そのものの演奏をするかなでは美しい。
内面から放たれる美、とても言うのだろうか。
地味だ地味だといい続けていた過去が嘘のような輝きは眩しく、そして少しだけ悔しい。
彼女を繋いでいた鎖は、今回の大会で完全に断ち切れたのだろう。
演奏するのを怖がっているように見えたのに、伸び伸びと気持ち良さそうに奏でられるヴァイオリンは耳に心地よくいつまでも聞いていたいと思わせる。
いつの間にか一曲が引き終わり、夢幻の世界が断ち切られた。
かなでのマエストロフィールドは圧倒的な世界観を持っている。
本人が無意識なところが怖いが、それも含めて東金はかなでを欲していた。
「───全く。演奏するごとにライバルを惹き付けるなんて性質が悪い相手に惚れたものだ」
自嘲気味に囁くと、先に惚れた方が負けかと嘯き柱から体を離した。
■て 低気圧が残していったもの【土岐】
柔らかな調べが止まり、自然と瞼が持ち上がる。
あちらからは死角になっていたのか、寮の木陰でチェアに寝転んでいた土岐はのっそりと身を起こした。
きょろきょろと視線を動かすが、もうヴァイオリンを奏でていた主の姿はなく、一つ嘆息する。
どうやら思ったよりも長い時間まどろんでいたらしい。
緩く首を振りながら一つ欠伸を漏らす。
随分と贅沢な時間を過ごしたな、ともう一度瞼を閉じながら夏の温い風を頬に感じる。
気持ち悪いばかりだった夏の暑さも終わりだと思えばなんとなく物悲しい。
ヒグラシの鳴く声に耳を顰めつつ、緩く呼吸を繰り返す。
輝かしい夏は時期に終わりを向かえ、夢のような時間は幕を下ろす。
「こんなに嵌まるつもりはなかったんやけどねぇ」
出来てしまった執着は自分でも驚くほど強く、本音で言えば想いの強さが少しだけ怖い。
本気で誰かを好きになるのも、これほど求めるのも初めてで、変化する自分に戸惑いを覚えた。
けれど。
「小日向ちゃんを特別に想わない自分を思い出せないなんて、どうかしとるわ」
苦笑しながら零れた本音に、自分自身で納得する。
恋はするものじゃなく落ちるものだと名言を残した誰かに、拍手したい気分だった。
■る 流転する万物の中の一片【火積】
ひょこひょこと門を出て行く山吹色の髪に、火積は目を瞬かせた。
買い物袋を確認しながらちょろちょろと歩く姿はまるで小動物そのものだ。
小さくて華奢で、守りたくなる存在は、財布を片手に楽しげに笑っている。
何が楽しいのか知らないが、常に笑顔が絶えない少女に、うっかりといつの間にか伝染していたのに気がついて火積は苦笑した。
どうにもペースを乱される相手だが、もう慣れた。
抗おうにもかなでは独特のペースでこちらを巻き込んでくるので、逆らいようがないと言うのが本音だ。
怖くはないのか、と問うてもどうしてだと問い返されるくらいだ。
見た目以上に強心臓で、肝が据わっている。
普通、かなでみたいに小さくてかわいい少女は火積の外見を見て怯えたり怯んだりするものだが、彼女にはそれが理解できないらしい。
思えば最初から今と同じ態度で、見た目で判断しない彼女のだからこそここまで入れ込んだのだろうと自分を分析する。
のっぴきならないところまで落とされてから自覚した想いは、鎖のように火積を束縛した。
今ではかなでを心配するのは日常になってしまっていて、これからどうするんだ俺は、と自嘲する毎日を送っている。
何しろずっと一緒にいられる星奏の面々とは違い、火積はもうすぐ自分の故郷に帰る。
そうすれば会うのは難しく、もしかしたらひと夏過ごしただけの自分は忘れられてしまうかもしれない。
けどそうなったとしてもずっと彼女を想い続ける自信があり、強すぎる想いの行き場に困っていた。
「・・・ああ、もう本当に」
少しばかし距離を置こうと考えていたのに、目の前で小石に躓いた姿に思わず駆け出す。
どうにも放っておけない。
無意識に火積の庇護欲を煽る少女の元まで辿り着かねば、この不安な気持ちは消えないのだ。
離れてからのことは離れてから考えればいい。
無限ループに陥りがちな思考を無理やりに留めると、座り込むかなでを助けるべく全力を出した。
注:オリジナル技が発動してます。大丈夫な方のみお進みください。
久方ぶりに見かけた姿に、フィディオはこくりと首を傾げた。
確か、今月一杯は実家のイベントが目白押しなので、顔を出すのは二月からだと聞いていたのに。
幻かと幾度目を擦って見直しても消えなくて、本物だと漸く納得した。
「・・・マモル?」
肩口に白い小さな星が印字されている赤いユニフォームを身に着けた守は、長い髪を一つに結い上げ首からゴーグルを提げている。
オレンジ色のバンダナを額に巻き、仲間に囲まれてストレッチをしている彼女はフィディオを見つけるとゆるりと口角を上げた。
「新年明けましておめでとう、フィディオ」
「え?」
「日本式の挨拶だよ。久し振り、元気にしてた?」
「ああ。クリスマスプレゼント届いたよ、ありがとう。今日は試合に参加しないって聞いてたから、俺は何も持ってきてないんだけど」
「いいよ、また今度で。むしろ気持ちだけでも嬉しいし」
薄手の手袋をした守はいつもどおり笑っているのだが、何かがおかしい。
笑顔も話し方も雰囲気も変わりなく見えるのに、どうしてだろうと小首を傾げた。
だが幾ら話しても違和感の元は見つからず、代わりの疑問を口にする。
「今回の試合、出ないんじゃなかったのか?6日は親戚周りって言ってた気がするんだけど」
「すっぽかした。親戚周りは有人に頼んで代わってもらったんだ。こっちにもっと重要な用事が出来たからさ」
「用事?それなら余計に試合に出てていいの?今日の試合はトーナメント形式だから、勝ち進んだら今日一日は確実に潰れるよ」
「いいんだ。俺の用事はこの試合に参加してこそ意味があるからな」
何が言いたいのかわからないが、目に入れても痛くない弟と離れてまでイタリアに来なければいけない用事があるのだけは理解した。
今日はイタリア全土で選抜されたジュニアユース未満によるチームからなる大会が開かれる。
新年が明けて始めの一回目の試合は、どちらかと言えばイベント性が高い。
各地域代表で十チームが選ばれて出場するのだが、本来のリーグ戦と違いチーム内の参加は有志だ。
守のチームも実績から早い段階で枠は勝ち取っていたが、キャプテンである彼女は家の都合がつかないからと欠席の予定だった。
丸一日使って終るトーナメント形式でも、日本からイタリアへ来て更にとんぼ返りしたとしても一日以内には纏まらない。
年明けは忙しいから折角いろんな選手とプレイする機会が奪われて残念だとぼやいていたのは記憶に新しいのだが。
きっちりとユニフォームを着こなした守は上半身のストレッチをしながら笑う。
正月のイベントは面倒だが、有人と一緒に過ごせるのは嬉しいと喜んでいたはずなのに、彼に身代わりを頼んでまでの用事とはなんだろうか。
少なくともフィディオの知る守は、実家の重要イベントはサッカー留学させてもらっているからと必ず顔を出していたのに、普段からは考えれない優先順位に瞳を丸くしていると、彼女の背後から身長の高い痩身の男が姿を現した。
真っ黒な衣服に身を包み、表情を隠すようにサングラスをしている。
「守、もう間もなく試合が始まる」
「総帥、上に居たんじゃないの?」
「お前の許婚が到着したのを教えてやろうと思ってな。指定どおりの最前列に座っている」
「そっか、ありがと総帥。忙しいのに保護者役頼んでごめん」
「───お前に振り回されるのは慣れている。私がここまで協力したんだ、久し振りのポジションだとしても無様な姿は見せるなよ」
「当然!俺はあなたの最高の教え子だからね。高みの見物を気取っててよ」
くすくすと喉を震わせて笑った守は、彼を屈ませるとリップ音を立てて頬に口付けた。
教え子、と言うことは彼が守のコーチなのだろうか。
それにしてはイタリアに来て初めて見る姿だと警戒心も露に観察していると、視線に気がついたらしい彼が身を起こして笑った。
「あれが、フィディオ・アルデナか」
「そうだよ。どんなプレイをするかは自分で確認してな。じゃあ、俺は行くよ。───フィディオ」
「何?」
「会うとしたら頂上だな。負けるなよ」
「・・・守も」
こつりと拳を当てあいにっと笑う。
挑戦的に煌く瞳はいつもの守そのもので、気のせいだったのかと疑問は心の奥へと蓋をした。
「やっぱり、決勝の相手はお前か」
「・・・マモル?」
予想通りの決勝の対戦相手は、驚くべきフォーメーションを組み立てていた。
否、フォーメーション自体はそれほど珍しくないFWのツートップの形だが、そのポジションに立つ人間にこそ意外性があった。
長い栗色の髪を一本に結いオレンジ色のバンダナを額に巻いた少女は、つければ顔の半分を隠すゴーグルを首から提げて好戦的に笑う。
腕を組みボールに足を置いている守が立っていたのはFWで、相手チームは彼女を忠心として攻撃的なフォーメーションを組んでいた。
守のチームが出来てから幾度も対戦してきたし、応援に駆けつけた中で彼らのチームプレイを観察してきたが、このフォーメーションは初めてで、こくりと息を呑む。
普通ならいきなりポジションを替えても活かしきれないと思うだろう。
だが相手はあの『マモル・キドウ』だ。
天才MFとして世間に名を轟かす彼女だが、実力はその幅に収まらないと知っている。
守の仲間を除けば、きっとフィディオが一番良く理解しているだろう。
何しろプライベートタイムが出来ると一緒に特訓を繰り返してるのだ。
MFとしてだけじゃない身体能力の高さに舌を巻いたのは一度や二度じゃない。
対面する形で近づくと、栗色の瞳をじっと見詰めた。
余裕を持った表情を崩さぬ守は、こてりと微かに首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「君がFWをすると思ってなかったから驚いてるんだ」
「ふふ、今回だけだ。今日の俺のプレイは、見て欲しい相手に捧げるものだからな」
「・・・どういう意味だ?」
「さてな。ま、どこのポジションだって関係ないさ。やるべきことをきっちりとこなす。全力でプレイするのが俺のスタイルだ」
「───知ってるよ。けど急遽ポジションがえをして勝てる相手だと思わないで欲しいな」
「そうだな。お前らの強さは知ってる。でも、俺の今日の目的は試合に勝つことじゃない」
「『勝つことじゃない』?」
あまりにもらしくない言い草に瞳を眇めると、話しすぎたかと苦笑した彼女は首に下げていたゴーグルを手に取った。
自然な仕草に益々驚く。普段の守は基本的にあのゴーグルをつけて試合をしたりしない。
それこそ弟の有人や父親の鬼道が来ているときにマントとセットでつけるくらいなのに、一体どうしたのだろうか。
単なる願掛けの意味でつけていると思っていたが、違うのだろうか。
首を捻るフィディオを他所に、審判がフィールドに現れて腕時計を確認した。
ホイッスルを加える姿に、慌てて首を振り意識を切り替える。
勝利を望んでいるのはこちらも同じだ。ライバルだと思うからこそ、負けたくない。
冬の空に高らかと吹き鳴らされた笛の音が吸い込まれる。
試合に集中してしまえば、疑問は全て吹き飛んだ。
試合が動いたのは始まってすぐだった。
最初のボールを隣へ回し、すぐに守へ返される。
「全員、上がれ!!」
『おう!!』
守の一声に一斉に彼女の仲間たちが駆け上がる。
序盤からそんな展開になると思っていなかったフィディオたちは、驚きで瞳を丸くした。
さすがにGKはその場を動かなかったが、試合開始と同時に全員で攻めあがるなんて聞いたことない。
反応が遅れたフィディオたちFWをあっさりと抜くと、慌てて駆け寄ったMFやDFも鮮やかなパスワークでかわしていく。
追いついて一度だけボールを奪ったが、もう近くまで上がっていたDF三人に囲まれてあえなくボールは奪われた。
完全に相手のペースだった。
いつの間にか守を忠心に内側から包囲網が築かれ、否応がなくGKと一騎打ちの形が取られる。
一気に攻め込むかと思われた守だが、一度だけ足を止めるとちらりと視線を客席に向けた。
釣られて視線をやると、そこには彼女の許婚であるエドガーが居て、瞳を丸めてこの光景を見ていた。
「行くよ、俺の必殺シュート。止められるなら止めてみな」
「舐めるなっ!俺はいつもフィディオのボールを受け止めてる!イタリア一のシュートを受けてるんだ!俺に止められないはずがない!」
「上等!!」
叫ぶ仲間に必死になって走り寄る。
その考えは甘い。相手が守では分が悪すぎる。
「皆、フォローに入るんだ!」
「・・・遅いよ、フィディオ」
大きな声じゃないけれど、背中を向けた人の声ははっきりと届いた。
とん、と軽くつま先で蹴り上げたボールは高い位置まで飛んでいく。
真上に上げられたボールについで飛び上がった守が、オーバーヘッドキックのフォームに入った。
景色が暗くなっていく。冬の夜空に座す青を微かに交えた銀色に光る月が背に現れ、ふわりと光が零れ落ちる。
「ムーンダスト」
囁きと同時に、バネのように動いた右足がボールを蹴った。
背後の月が割れ砕け、青白い銀から紫がかった色まで濃く変色して降り注ぐ。
欠片はまるで花弁のように優美でありながら、残酷なまでの威力を有していた。
「っ、うわぁぁぁああぁ!!?」
結晶と呼ばれるサイズまで砕けた月の欠片がボールに纏い長い線を引く。
そしてボールの軌跡を隠すようヴェールを作ると、視界を奪った一瞬の後にはボールはゴールに突き刺り、紫がかった光はボールを中心に集まりはじけて消えた。
その様はまるで艶やかな花のようで、プレイヤーも観客も、果ては審判までもが見惚れていた。
『ゴール!!マモル・キドウの鮮やかな新技が炸裂しました!威力も素晴らしいが、美しすぎる華麗な技です!!』
一拍の後、慌ててホイッスルが鳴ると解説の声が響いた。
動けずに居るフィディオたちの間を縫った守はつけていたゴーグルを外すとそのままフィールドの外へと歩いていく。
向こうのチームの監督は突然の行為にも驚かずに審判に選手交代の申請をし、彼女はそのままベンチから何かを取り出した。
フィールドの上に居る選手だけでなく観客までも動きを注視している中堂々とエドガーの傍まで歩いていくと、手に持っていた何かを差し出した。
「・・・カーネーション、なのか?」
差し出された花に瞬きをし、エドガーは問う。
半分無理やりに連れてこられた先のイタリアで捧げられた花に戸惑いは隠せない。
本来ならエドガーも守も今日はバルチナス財閥主催の新年会に出席予定で、朝から準備が詰め込まれていた。
なのに何を考えたのか、守からのメールで無理やりに連れ出され、自家用機で着いた先はイタリア。
しかも試合に出場した守は、決勝戦なのに中退してきた。
普段の彼女らしからぬ思慮に欠ける行為に驚いていると、ゴーグルを外した栗色の瞳がすっと細められ、小さな声で告げられた。
「今日、この会場に吉良財閥の総帥が来ている」
「・・・何?だが、そんな情報は私は得ていない」
「ヒロトからのメールで教えてもらってたんだ。イタリアの試合を観に行くって。俺がこの試合に出ないのは残念だけど、フィディオ・アルデナの試合に興味あるからって」
「何処に・・・」
「お前の後ろだよ」
教えられ、慌てて後ろを振り返る。
眼鏡を掛けて帽子を目深に被っているが、確かに吉良財閥の総帥その人で、エドガーは慌てて姿勢を正した。
「だから、これを用意した。ちょっと無礼になるけど仕方ないな」
「何を・・・」
するつもりだ、と問う前に彼女は行動をして見せた。
両腕に抱えられるほどの花束を、宙に向かって放り投げたのだ。
再開された試合に夢中になっていた観客の間を縫い丁度いい位置に落ちた花束は、狙い違わず吉良その人の手に収まった。
驚き戸惑う様子の彼に向かい笑顔を向けた守は、何気ない口調で言い放つ。
「おじさんにお願いがあるんだ」
「・・・何だね?」
「私の友達にその花を贈って欲しいんだ。それは改良されたブルーカーネーション。さっきの私の技と同じ名前なんだよ。それを私と同じでサッカーが大好きだった、私の友達に渡して」
「っ・・・君は」
「『あなたと会えてよかったよ、ヒロト』、そう伝えてください」
声を殺して涙を流す人に、エドガーは視線を逸らしその場を離れた。
試合は続いているが、守も同様に監督に頭を下げるとユニフォーム姿のままでついてくる。
それも当然だろう。今、この時間にイタリアにいるだけで随分と無理をしていた。
だが理由が判れば何てことない。これは彼女なりの弔いだったのだろう。
いつもの守なら中途半端なことはしたくないと、中退するくらいなら初めから試合に参加したりしない。
それなのにその方針を曲げてまで試合に参戦したのは、ヒロトの父親が居たからだ。
「君は馬鹿だ。こんなに忙しい中私まで連れまわして試合に参加し、しかも途中放棄した」
「ああ」
「ユウトにまで仕事を押し付けたと聞いた。日本から単独で来るために、専任のコーチを護衛代わりに使ったとも」
「ああ」
「これからイギリスに渡っても新年会までは時間がない。どこで準備するつもりだ」
「実は適当に用意しておいた。勿論お前の分も」
「・・・変に気を回すなら、最初からっ」
言葉が中途半端なところで詰まる。
観客席からフィールドまで飛び降りると、堪らずに彼女の手を引いて裏口まで駆けた。
選手用の通路は人通りがなく静まり返っている。
誰も居ないのを確認すると、小さな体を思い切り抱きこんだ。
「・・・この花はヒロトのために用意したのか?」
「そうだよ。吉良さんは大掛かりな葬式は行わないらしいし、俺は行かなくていいって父さんに念押しされてるから行けなかったし」
「献花のつもりか」
「ああ。鮮やかな花だけど、ヒロトには似合うだろう?この花な、花言葉を『永遠の幸福』って言うんだ」
ぴったりだろうと囁いた守の声は震えていた。
指先で弄ぶカーネーションは、目にも鮮やかな色合いだ。
白やピンク、赤が一般的はずなのに、守が一輪だけ差し出したそれは紫がかった薄い青。
先ほどの技のイメージそのもので、このタイミングのために作ったような花だった。
「来世でもし会えたらさ、今度こそ一緒にサッカーしたいな」
「・・・ああ」
どうしようもなく愛しい少女を抱きしめると、エドガーはひっそりと頷いた。
脳裏に浮かぶのは親しき友の姿。
微笑んだ彼が手を振っている気がして、『さよなら』と心の中で小さく呟き、最後の涙を一粒だけ落とした。
久方ぶりに見かけた姿に、フィディオはこくりと首を傾げた。
確か、今月一杯は実家のイベントが目白押しなので、顔を出すのは二月からだと聞いていたのに。
幻かと幾度目を擦って見直しても消えなくて、本物だと漸く納得した。
「・・・マモル?」
肩口に白い小さな星が印字されている赤いユニフォームを身に着けた守は、長い髪を一つに結い上げ首からゴーグルを提げている。
オレンジ色のバンダナを額に巻き、仲間に囲まれてストレッチをしている彼女はフィディオを見つけるとゆるりと口角を上げた。
「新年明けましておめでとう、フィディオ」
「え?」
「日本式の挨拶だよ。久し振り、元気にしてた?」
「ああ。クリスマスプレゼント届いたよ、ありがとう。今日は試合に参加しないって聞いてたから、俺は何も持ってきてないんだけど」
「いいよ、また今度で。むしろ気持ちだけでも嬉しいし」
薄手の手袋をした守はいつもどおり笑っているのだが、何かがおかしい。
笑顔も話し方も雰囲気も変わりなく見えるのに、どうしてだろうと小首を傾げた。
だが幾ら話しても違和感の元は見つからず、代わりの疑問を口にする。
「今回の試合、出ないんじゃなかったのか?6日は親戚周りって言ってた気がするんだけど」
「すっぽかした。親戚周りは有人に頼んで代わってもらったんだ。こっちにもっと重要な用事が出来たからさ」
「用事?それなら余計に試合に出てていいの?今日の試合はトーナメント形式だから、勝ち進んだら今日一日は確実に潰れるよ」
「いいんだ。俺の用事はこの試合に参加してこそ意味があるからな」
何が言いたいのかわからないが、目に入れても痛くない弟と離れてまでイタリアに来なければいけない用事があるのだけは理解した。
今日はイタリア全土で選抜されたジュニアユース未満によるチームからなる大会が開かれる。
新年が明けて始めの一回目の試合は、どちらかと言えばイベント性が高い。
各地域代表で十チームが選ばれて出場するのだが、本来のリーグ戦と違いチーム内の参加は有志だ。
守のチームも実績から早い段階で枠は勝ち取っていたが、キャプテンである彼女は家の都合がつかないからと欠席の予定だった。
丸一日使って終るトーナメント形式でも、日本からイタリアへ来て更にとんぼ返りしたとしても一日以内には纏まらない。
年明けは忙しいから折角いろんな選手とプレイする機会が奪われて残念だとぼやいていたのは記憶に新しいのだが。
きっちりとユニフォームを着こなした守は上半身のストレッチをしながら笑う。
正月のイベントは面倒だが、有人と一緒に過ごせるのは嬉しいと喜んでいたはずなのに、彼に身代わりを頼んでまでの用事とはなんだろうか。
少なくともフィディオの知る守は、実家の重要イベントはサッカー留学させてもらっているからと必ず顔を出していたのに、普段からは考えれない優先順位に瞳を丸くしていると、彼女の背後から身長の高い痩身の男が姿を現した。
真っ黒な衣服に身を包み、表情を隠すようにサングラスをしている。
「守、もう間もなく試合が始まる」
「総帥、上に居たんじゃないの?」
「お前の許婚が到着したのを教えてやろうと思ってな。指定どおりの最前列に座っている」
「そっか、ありがと総帥。忙しいのに保護者役頼んでごめん」
「───お前に振り回されるのは慣れている。私がここまで協力したんだ、久し振りのポジションだとしても無様な姿は見せるなよ」
「当然!俺はあなたの最高の教え子だからね。高みの見物を気取っててよ」
くすくすと喉を震わせて笑った守は、彼を屈ませるとリップ音を立てて頬に口付けた。
教え子、と言うことは彼が守のコーチなのだろうか。
それにしてはイタリアに来て初めて見る姿だと警戒心も露に観察していると、視線に気がついたらしい彼が身を起こして笑った。
「あれが、フィディオ・アルデナか」
「そうだよ。どんなプレイをするかは自分で確認してな。じゃあ、俺は行くよ。───フィディオ」
「何?」
「会うとしたら頂上だな。負けるなよ」
「・・・守も」
こつりと拳を当てあいにっと笑う。
挑戦的に煌く瞳はいつもの守そのもので、気のせいだったのかと疑問は心の奥へと蓋をした。
「やっぱり、決勝の相手はお前か」
「・・・マモル?」
予想通りの決勝の対戦相手は、驚くべきフォーメーションを組み立てていた。
否、フォーメーション自体はそれほど珍しくないFWのツートップの形だが、そのポジションに立つ人間にこそ意外性があった。
長い栗色の髪を一本に結いオレンジ色のバンダナを額に巻いた少女は、つければ顔の半分を隠すゴーグルを首から提げて好戦的に笑う。
腕を組みボールに足を置いている守が立っていたのはFWで、相手チームは彼女を忠心として攻撃的なフォーメーションを組んでいた。
守のチームが出来てから幾度も対戦してきたし、応援に駆けつけた中で彼らのチームプレイを観察してきたが、このフォーメーションは初めてで、こくりと息を呑む。
普通ならいきなりポジションを替えても活かしきれないと思うだろう。
だが相手はあの『マモル・キドウ』だ。
天才MFとして世間に名を轟かす彼女だが、実力はその幅に収まらないと知っている。
守の仲間を除けば、きっとフィディオが一番良く理解しているだろう。
何しろプライベートタイムが出来ると一緒に特訓を繰り返してるのだ。
MFとしてだけじゃない身体能力の高さに舌を巻いたのは一度や二度じゃない。
対面する形で近づくと、栗色の瞳をじっと見詰めた。
余裕を持った表情を崩さぬ守は、こてりと微かに首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「君がFWをすると思ってなかったから驚いてるんだ」
「ふふ、今回だけだ。今日の俺のプレイは、見て欲しい相手に捧げるものだからな」
「・・・どういう意味だ?」
「さてな。ま、どこのポジションだって関係ないさ。やるべきことをきっちりとこなす。全力でプレイするのが俺のスタイルだ」
「───知ってるよ。けど急遽ポジションがえをして勝てる相手だと思わないで欲しいな」
「そうだな。お前らの強さは知ってる。でも、俺の今日の目的は試合に勝つことじゃない」
「『勝つことじゃない』?」
あまりにもらしくない言い草に瞳を眇めると、話しすぎたかと苦笑した彼女は首に下げていたゴーグルを手に取った。
自然な仕草に益々驚く。普段の守は基本的にあのゴーグルをつけて試合をしたりしない。
それこそ弟の有人や父親の鬼道が来ているときにマントとセットでつけるくらいなのに、一体どうしたのだろうか。
単なる願掛けの意味でつけていると思っていたが、違うのだろうか。
首を捻るフィディオを他所に、審判がフィールドに現れて腕時計を確認した。
ホイッスルを加える姿に、慌てて首を振り意識を切り替える。
勝利を望んでいるのはこちらも同じだ。ライバルだと思うからこそ、負けたくない。
冬の空に高らかと吹き鳴らされた笛の音が吸い込まれる。
試合に集中してしまえば、疑問は全て吹き飛んだ。
試合が動いたのは始まってすぐだった。
最初のボールを隣へ回し、すぐに守へ返される。
「全員、上がれ!!」
『おう!!』
守の一声に一斉に彼女の仲間たちが駆け上がる。
序盤からそんな展開になると思っていなかったフィディオたちは、驚きで瞳を丸くした。
さすがにGKはその場を動かなかったが、試合開始と同時に全員で攻めあがるなんて聞いたことない。
反応が遅れたフィディオたちFWをあっさりと抜くと、慌てて駆け寄ったMFやDFも鮮やかなパスワークでかわしていく。
追いついて一度だけボールを奪ったが、もう近くまで上がっていたDF三人に囲まれてあえなくボールは奪われた。
完全に相手のペースだった。
いつの間にか守を忠心に内側から包囲網が築かれ、否応がなくGKと一騎打ちの形が取られる。
一気に攻め込むかと思われた守だが、一度だけ足を止めるとちらりと視線を客席に向けた。
釣られて視線をやると、そこには彼女の許婚であるエドガーが居て、瞳を丸めてこの光景を見ていた。
「行くよ、俺の必殺シュート。止められるなら止めてみな」
「舐めるなっ!俺はいつもフィディオのボールを受け止めてる!イタリア一のシュートを受けてるんだ!俺に止められないはずがない!」
「上等!!」
叫ぶ仲間に必死になって走り寄る。
その考えは甘い。相手が守では分が悪すぎる。
「皆、フォローに入るんだ!」
「・・・遅いよ、フィディオ」
大きな声じゃないけれど、背中を向けた人の声ははっきりと届いた。
とん、と軽くつま先で蹴り上げたボールは高い位置まで飛んでいく。
真上に上げられたボールについで飛び上がった守が、オーバーヘッドキックのフォームに入った。
景色が暗くなっていく。冬の夜空に座す青を微かに交えた銀色に光る月が背に現れ、ふわりと光が零れ落ちる。
「ムーンダスト」
囁きと同時に、バネのように動いた右足がボールを蹴った。
背後の月が割れ砕け、青白い銀から紫がかった色まで濃く変色して降り注ぐ。
欠片はまるで花弁のように優美でありながら、残酷なまでの威力を有していた。
「っ、うわぁぁぁああぁ!!?」
結晶と呼ばれるサイズまで砕けた月の欠片がボールに纏い長い線を引く。
そしてボールの軌跡を隠すようヴェールを作ると、視界を奪った一瞬の後にはボールはゴールに突き刺り、紫がかった光はボールを中心に集まりはじけて消えた。
その様はまるで艶やかな花のようで、プレイヤーも観客も、果ては審判までもが見惚れていた。
『ゴール!!マモル・キドウの鮮やかな新技が炸裂しました!威力も素晴らしいが、美しすぎる華麗な技です!!』
一拍の後、慌ててホイッスルが鳴ると解説の声が響いた。
動けずに居るフィディオたちの間を縫った守はつけていたゴーグルを外すとそのままフィールドの外へと歩いていく。
向こうのチームの監督は突然の行為にも驚かずに審判に選手交代の申請をし、彼女はそのままベンチから何かを取り出した。
フィールドの上に居る選手だけでなく観客までも動きを注視している中堂々とエドガーの傍まで歩いていくと、手に持っていた何かを差し出した。
「・・・カーネーション、なのか?」
差し出された花に瞬きをし、エドガーは問う。
半分無理やりに連れてこられた先のイタリアで捧げられた花に戸惑いは隠せない。
本来ならエドガーも守も今日はバルチナス財閥主催の新年会に出席予定で、朝から準備が詰め込まれていた。
なのに何を考えたのか、守からのメールで無理やりに連れ出され、自家用機で着いた先はイタリア。
しかも試合に出場した守は、決勝戦なのに中退してきた。
普段の彼女らしからぬ思慮に欠ける行為に驚いていると、ゴーグルを外した栗色の瞳がすっと細められ、小さな声で告げられた。
「今日、この会場に吉良財閥の総帥が来ている」
「・・・何?だが、そんな情報は私は得ていない」
「ヒロトからのメールで教えてもらってたんだ。イタリアの試合を観に行くって。俺がこの試合に出ないのは残念だけど、フィディオ・アルデナの試合に興味あるからって」
「何処に・・・」
「お前の後ろだよ」
教えられ、慌てて後ろを振り返る。
眼鏡を掛けて帽子を目深に被っているが、確かに吉良財閥の総帥その人で、エドガーは慌てて姿勢を正した。
「だから、これを用意した。ちょっと無礼になるけど仕方ないな」
「何を・・・」
するつもりだ、と問う前に彼女は行動をして見せた。
両腕に抱えられるほどの花束を、宙に向かって放り投げたのだ。
再開された試合に夢中になっていた観客の間を縫い丁度いい位置に落ちた花束は、狙い違わず吉良その人の手に収まった。
驚き戸惑う様子の彼に向かい笑顔を向けた守は、何気ない口調で言い放つ。
「おじさんにお願いがあるんだ」
「・・・何だね?」
「私の友達にその花を贈って欲しいんだ。それは改良されたブルーカーネーション。さっきの私の技と同じ名前なんだよ。それを私と同じでサッカーが大好きだった、私の友達に渡して」
「っ・・・君は」
「『あなたと会えてよかったよ、ヒロト』、そう伝えてください」
声を殺して涙を流す人に、エドガーは視線を逸らしその場を離れた。
試合は続いているが、守も同様に監督に頭を下げるとユニフォーム姿のままでついてくる。
それも当然だろう。今、この時間にイタリアにいるだけで随分と無理をしていた。
だが理由が判れば何てことない。これは彼女なりの弔いだったのだろう。
いつもの守なら中途半端なことはしたくないと、中退するくらいなら初めから試合に参加したりしない。
それなのにその方針を曲げてまで試合に参戦したのは、ヒロトの父親が居たからだ。
「君は馬鹿だ。こんなに忙しい中私まで連れまわして試合に参加し、しかも途中放棄した」
「ああ」
「ユウトにまで仕事を押し付けたと聞いた。日本から単独で来るために、専任のコーチを護衛代わりに使ったとも」
「ああ」
「これからイギリスに渡っても新年会までは時間がない。どこで準備するつもりだ」
「実は適当に用意しておいた。勿論お前の分も」
「・・・変に気を回すなら、最初からっ」
言葉が中途半端なところで詰まる。
観客席からフィールドまで飛び降りると、堪らずに彼女の手を引いて裏口まで駆けた。
選手用の通路は人通りがなく静まり返っている。
誰も居ないのを確認すると、小さな体を思い切り抱きこんだ。
「・・・この花はヒロトのために用意したのか?」
「そうだよ。吉良さんは大掛かりな葬式は行わないらしいし、俺は行かなくていいって父さんに念押しされてるから行けなかったし」
「献花のつもりか」
「ああ。鮮やかな花だけど、ヒロトには似合うだろう?この花な、花言葉を『永遠の幸福』って言うんだ」
ぴったりだろうと囁いた守の声は震えていた。
指先で弄ぶカーネーションは、目にも鮮やかな色合いだ。
白やピンク、赤が一般的はずなのに、守が一輪だけ差し出したそれは紫がかった薄い青。
先ほどの技のイメージそのもので、このタイミングのために作ったような花だった。
「来世でもし会えたらさ、今度こそ一緒にサッカーしたいな」
「・・・ああ」
どうしようもなく愛しい少女を抱きしめると、エドガーはひっそりと頷いた。
脳裏に浮かぶのは親しき友の姿。
微笑んだ彼が手を振っている気がして、『さよなら』と心の中で小さく呟き、最後の涙を一粒だけ落とした。
*ルフィたちが海賊王になった後の設定です。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
■優しくて残酷な人
彼は最高に優しくてユニークだ。
光りを紡いだような金色の髪に、端正な顔立ちを彩るワイルドな髭。
徹底したフェミニストで、強い上に料理も上手い。
「お待たせしました、レディ」
「ありがとう」
恭しく手の甲に唇を落とす真似をした彼は、ひざまづいた格好で瞳だけを上げる。
村にある広場を貸切にした海賊王の一行のコックであるサンジに振舞われる料理もさることながら、彼の対応も人気があり簡易レストランは混んでいた。
村に巣食っていた海賊を一掃した上に、歓迎会でも尚且つ料理を振舞うなどとは不思議だが、サンジに言わせると置いてある食材を自由にしていいというだけで十分に礼になっているらしい。
レディに奉仕するのを好むと口にして憚らない彼は、言葉どおりに一人一人に丁寧に料理を盛り付ける。
そして甘く優しい言葉を囁いて、うっとりとした空間を作り上げた。
「もう行ってしまうの?」
「ええ。まだ料理の続きが残ってますから」
黒縁眼鏡の奥から苦笑したサンジは、指先だけで簡易キッチンを示すと肩を竦めた。
山のような食材はまだまだ残っており、超人的な速度で繰り出される彼の料理すら追いつかないスピードで消費されてる。
村からも何人か手伝いが出ているのだが、それでは全然追いつかない。
原因は、サンジ目当てに集まった村の女たちではなかった。
「おーい、サンジ。飯まだかー?」
「まだだよ!そこ!食材をそのまま食うな!」
「って言ってもよ~、おれ腹が減っちまって。お、お前!その料理美味そうだな!!?」
「こらルフィ、まだおれの料理が残ってんだろうが!!そっちから先に食え!!」
暢気な声に先ほどまでの端整な顔を盛大に崩した彼は、黒足の名に相応しく右足を主であるはずの海賊王へと奮った。
ゴムで出来てる海賊王がなすすべもなく吹っ飛ぶのを見送ると、舌打ちしながらものすごい勢いで肉を引っつかんで料理を始める。
それは自分たちに出されたような繊細さには掛けているが、十分に美味しそうなシンプルな料理を大皿に盛ると吹っ飛んだ方向へ声を掛けた。
「ほれ、お前はそれ食って暫く待ってろ!もうすぐ激ウマ料理が出来るから、あんまナミさんたちに迷惑掛けるんじゃねぇぞ」
どんと机に乗せられた料理に、瓦礫を頭に乗せながら飛びついた海賊王を見て、サンジは呆れたとため息を吐き出して苦笑した。
その笑顔は自分たちに向けられるほど甘いものじゃない。
優しくムードに溢れたものとは百八十度反対で、作り物じゃないふとした瞬間に零れた本物の笑みだった。
「すみません、レディたち。うちの船長が迷惑掛けます」
金色の髪に手を潜らせて謝罪したサンジは、相変わらず綺麗な顔をしていた。
その事実はとても切なく胸を締め付け、酷い人ね、と知らず言葉が唇から漏れた。
彼の特別がどちらかなんて、子供にだって判ってしまう。
せめて上手に騙して欲しいと望むほどに本気なのに。
■アルカイック・スマイル
ニコ・ロビンはどんな人かと聞かれて、自分ならきっと『笑顔の絶えない人』だと答えるだろう。
絶世の美人で、スリルが好きで、見た名以上に冷静で、世界で知らぬ者は居ない考古学者で、オハラ唯一の生き残りと言われていた人。
子供の時分にバスターコールで家族や住処を奪われた彼女の人生は綺麗なものばかりじゃない。
本人の口から直に語られることはないけれど、少し世の中を見れば生き辛い世界を歩いていた人だとわかる。
例えば彼女は仲間が居ない船の上では、絶対に船室に入ろうとしない。
ごめんなさいね、と微笑みながら、癖なのと告げながら、柔らかい当たりと反してその信条を曲げたりしない。
結局彼女が本当に信頼し無防備になれるのは麦わら海賊団の誰かが居るときで、彼らが心の核なのだろう。
当然と言えば、当然だ。
何しろ麦わらの一味と言えば仲間を大切にし、第一に考える。
長い付き合いの中対立だってあったろうが、自分よりは仲間を取る部分だけは個性豊かな麦わら海賊団の船員でも共通する事項だった。
まだ彼らがルーキーと呼ばれる時分、ニコ・ロビンは政府に捉えられたことがある。
世界中に『麦わらのルフィ』の名が知れ渡る切欠になった大事件だ。
たった一人の仲間を救うために、生きて帰れない確率が高いエニエス・ロビーに彼らは全員で乗り込んだ。
海兵たちの前で世界政府の象徴を打ち抜き、堂々と彼女を救い出した。
彼らは生きる伝説だ。
無理だと言われたことを現実にし、尚且つそれぞれが我侭に自分の望む道を歩いている。
一人として欠けることなく、自分という軸の上に立った彼らは、麦わらの一味との誇りを胸に抱いて立っていた。
そしてある意味、『麦わら海賊団』に一番執着しているのが、ニコ・ロビンその人だろう。
「・・・そろそろかしら?」
「そうですね、そろそろです」
今回、ニコ・ロビンは一人で属船の船に乗り込んでいた。
考古学の教えを乞うた自分の要望に彼女と、彼女の船長が応えてくれた形だが、幾度目かになる遣り取りでもやはりニコ・ロビンの心は解せなかったらしい。
日中だけと言う約束で甲板で教材を広げて授業をしてもらい知識を譲り受けたのだが、お茶やお菓子を出しても礼は言われても何一つ口にしてもらえなかった。
もう一年近い付き合いになるのに、微塵も緩まない警戒心が彼女の生きてきた人生を窺わせ、気づかれないようそっと息を吐き出す。
「ごめんなさいね」
「え?」
「いつも美味しそうなお茶やお菓子を用意してもらっているのに残してばかりで」
船の縁に腕を凭れさせて地平線の彼方を見ていた彼女は、振り返りもせずに告げた。
ため息が聞こえたのだろうかと泡を食っていると、ふふっと彼女独特の笑い声が聞こえる。
思わず顔を赤らめて小さくなると、もう一度謝られた。
「本当に癖なの。今は何があっても大丈夫って知っているのだけれど、駄目ね」
「い、いえ・・・」
「感謝しているのは本当よ。だから、ありがとう。あなたたちの知識を増やす手伝いが出来るなら光栄だわ」
「そんな!こちらこそ、高名なニコ・ロビンさんに直接教えを請う機会を得れるなんて、あなただけじゃなくあなたのお仲間にも感謝いたします」
「ふふふ、ありがとう。ルフィたちにもお礼は伝えておくわ。───そうね、そのお菓子お土産にしてもいいかしら?」
「お土産、ですか?」
「ええ。うちの船長が出されるお菓子の話をすると、いつも羨ましいって言うものだから。彼に持っていってあげたいの」
つい先ほどまでとはまるで違う、子供みたいな無邪気な笑みを浮かべた人に、思わず苦笑した。
いつだって笑っている印象のニコ・ロビンだが、この笑顔を彼女に浮かべさせられる人間はごく僅かだ。
悔しいけれど自分じゃ無理で、なのにこの笑顔が一番綺麗だと裏表なく思えた。
だから。
「なら、用意させて頂きます。うちの船自慢のお菓子なんですよ」
彼女の遥か後ろに見える船の姿に目を細め、船首に胡坐を掻いているだろう彼を脳裏に浮かべる。
太陽みたいに明るい海賊王だからこそ、彼女の暗い闇すら照らすのだろう。
男としてそれはとても悔しいけれど、笑顔が綺麗なこの人を好きになったのだから仕方ない。
「ルフィがきっと喜ぶわ」
自分こそ余程嬉しそうな顔をしていると教えてあげたかったが、それは言わぬが花だろう。
海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
■優しくて残酷な人
彼は最高に優しくてユニークだ。
光りを紡いだような金色の髪に、端正な顔立ちを彩るワイルドな髭。
徹底したフェミニストで、強い上に料理も上手い。
「お待たせしました、レディ」
「ありがとう」
恭しく手の甲に唇を落とす真似をした彼は、ひざまづいた格好で瞳だけを上げる。
村にある広場を貸切にした海賊王の一行のコックであるサンジに振舞われる料理もさることながら、彼の対応も人気があり簡易レストランは混んでいた。
村に巣食っていた海賊を一掃した上に、歓迎会でも尚且つ料理を振舞うなどとは不思議だが、サンジに言わせると置いてある食材を自由にしていいというだけで十分に礼になっているらしい。
レディに奉仕するのを好むと口にして憚らない彼は、言葉どおりに一人一人に丁寧に料理を盛り付ける。
そして甘く優しい言葉を囁いて、うっとりとした空間を作り上げた。
「もう行ってしまうの?」
「ええ。まだ料理の続きが残ってますから」
黒縁眼鏡の奥から苦笑したサンジは、指先だけで簡易キッチンを示すと肩を竦めた。
山のような食材はまだまだ残っており、超人的な速度で繰り出される彼の料理すら追いつかないスピードで消費されてる。
村からも何人か手伝いが出ているのだが、それでは全然追いつかない。
原因は、サンジ目当てに集まった村の女たちではなかった。
「おーい、サンジ。飯まだかー?」
「まだだよ!そこ!食材をそのまま食うな!」
「って言ってもよ~、おれ腹が減っちまって。お、お前!その料理美味そうだな!!?」
「こらルフィ、まだおれの料理が残ってんだろうが!!そっちから先に食え!!」
暢気な声に先ほどまでの端整な顔を盛大に崩した彼は、黒足の名に相応しく右足を主であるはずの海賊王へと奮った。
ゴムで出来てる海賊王がなすすべもなく吹っ飛ぶのを見送ると、舌打ちしながらものすごい勢いで肉を引っつかんで料理を始める。
それは自分たちに出されたような繊細さには掛けているが、十分に美味しそうなシンプルな料理を大皿に盛ると吹っ飛んだ方向へ声を掛けた。
「ほれ、お前はそれ食って暫く待ってろ!もうすぐ激ウマ料理が出来るから、あんまナミさんたちに迷惑掛けるんじゃねぇぞ」
どんと机に乗せられた料理に、瓦礫を頭に乗せながら飛びついた海賊王を見て、サンジは呆れたとため息を吐き出して苦笑した。
その笑顔は自分たちに向けられるほど甘いものじゃない。
優しくムードに溢れたものとは百八十度反対で、作り物じゃないふとした瞬間に零れた本物の笑みだった。
「すみません、レディたち。うちの船長が迷惑掛けます」
金色の髪に手を潜らせて謝罪したサンジは、相変わらず綺麗な顔をしていた。
その事実はとても切なく胸を締め付け、酷い人ね、と知らず言葉が唇から漏れた。
彼の特別がどちらかなんて、子供にだって判ってしまう。
せめて上手に騙して欲しいと望むほどに本気なのに。
■アルカイック・スマイル
ニコ・ロビンはどんな人かと聞かれて、自分ならきっと『笑顔の絶えない人』だと答えるだろう。
絶世の美人で、スリルが好きで、見た名以上に冷静で、世界で知らぬ者は居ない考古学者で、オハラ唯一の生き残りと言われていた人。
子供の時分にバスターコールで家族や住処を奪われた彼女の人生は綺麗なものばかりじゃない。
本人の口から直に語られることはないけれど、少し世の中を見れば生き辛い世界を歩いていた人だとわかる。
例えば彼女は仲間が居ない船の上では、絶対に船室に入ろうとしない。
ごめんなさいね、と微笑みながら、癖なのと告げながら、柔らかい当たりと反してその信条を曲げたりしない。
結局彼女が本当に信頼し無防備になれるのは麦わら海賊団の誰かが居るときで、彼らが心の核なのだろう。
当然と言えば、当然だ。
何しろ麦わらの一味と言えば仲間を大切にし、第一に考える。
長い付き合いの中対立だってあったろうが、自分よりは仲間を取る部分だけは個性豊かな麦わら海賊団の船員でも共通する事項だった。
まだ彼らがルーキーと呼ばれる時分、ニコ・ロビンは政府に捉えられたことがある。
世界中に『麦わらのルフィ』の名が知れ渡る切欠になった大事件だ。
たった一人の仲間を救うために、生きて帰れない確率が高いエニエス・ロビーに彼らは全員で乗り込んだ。
海兵たちの前で世界政府の象徴を打ち抜き、堂々と彼女を救い出した。
彼らは生きる伝説だ。
無理だと言われたことを現実にし、尚且つそれぞれが我侭に自分の望む道を歩いている。
一人として欠けることなく、自分という軸の上に立った彼らは、麦わらの一味との誇りを胸に抱いて立っていた。
そしてある意味、『麦わら海賊団』に一番執着しているのが、ニコ・ロビンその人だろう。
「・・・そろそろかしら?」
「そうですね、そろそろです」
今回、ニコ・ロビンは一人で属船の船に乗り込んでいた。
考古学の教えを乞うた自分の要望に彼女と、彼女の船長が応えてくれた形だが、幾度目かになる遣り取りでもやはりニコ・ロビンの心は解せなかったらしい。
日中だけと言う約束で甲板で教材を広げて授業をしてもらい知識を譲り受けたのだが、お茶やお菓子を出しても礼は言われても何一つ口にしてもらえなかった。
もう一年近い付き合いになるのに、微塵も緩まない警戒心が彼女の生きてきた人生を窺わせ、気づかれないようそっと息を吐き出す。
「ごめんなさいね」
「え?」
「いつも美味しそうなお茶やお菓子を用意してもらっているのに残してばかりで」
船の縁に腕を凭れさせて地平線の彼方を見ていた彼女は、振り返りもせずに告げた。
ため息が聞こえたのだろうかと泡を食っていると、ふふっと彼女独特の笑い声が聞こえる。
思わず顔を赤らめて小さくなると、もう一度謝られた。
「本当に癖なの。今は何があっても大丈夫って知っているのだけれど、駄目ね」
「い、いえ・・・」
「感謝しているのは本当よ。だから、ありがとう。あなたたちの知識を増やす手伝いが出来るなら光栄だわ」
「そんな!こちらこそ、高名なニコ・ロビンさんに直接教えを請う機会を得れるなんて、あなただけじゃなくあなたのお仲間にも感謝いたします」
「ふふふ、ありがとう。ルフィたちにもお礼は伝えておくわ。───そうね、そのお菓子お土産にしてもいいかしら?」
「お土産、ですか?」
「ええ。うちの船長が出されるお菓子の話をすると、いつも羨ましいって言うものだから。彼に持っていってあげたいの」
つい先ほどまでとはまるで違う、子供みたいな無邪気な笑みを浮かべた人に、思わず苦笑した。
いつだって笑っている印象のニコ・ロビンだが、この笑顔を彼女に浮かべさせられる人間はごく僅かだ。
悔しいけれど自分じゃ無理で、なのにこの笑顔が一番綺麗だと裏表なく思えた。
だから。
「なら、用意させて頂きます。うちの船自慢のお菓子なんですよ」
彼女の遥か後ろに見える船の姿に目を細め、船首に胡坐を掻いているだろう彼を脳裏に浮かべる。
太陽みたいに明るい海賊王だからこそ、彼女の暗い闇すら照らすのだろう。
男としてそれはとても悔しいけれど、笑顔が綺麗なこの人を好きになったのだから仕方ない。
「ルフィがきっと喜ぶわ」
自分こそ余程嬉しそうな顔をしていると教えてあげたかったが、それは言わぬが花だろう。
|
更新内容
|
(06/28)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(03/31)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/24)
(03/24)
(03/24)
(03/23)
(03/14)
(03/14)
(03/13)
(03/13)
(03/13)
(03/11)
(03/10)
(03/08)
|
カテゴリー
|
|
リンク
|
|
フリーエリア
|
