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「・・・かなでちゃんにてぇださんといて」

むすりと不機嫌に頬を膨らまし、不満を訴える教え子に彼は情けなく眉を下げた。
目の前にはどう見ても年下の高校生くらいにしか見えない可愛らしい少女と、その彼女のスカートにへばりつき後ろから睨みつけてくるクラスの中でも優秀な子供。
たどたどしい口調ながらも明確に意思の伝わる言葉に、彼はどうすればいいかと目の前の少女に助けを求める。
すると春の日差しのように穏やかな笑みを浮かべたその少女は、スカートを握る子供の手をきゅっと上から包み込んだ。

「駄目よ、先生にそんなこと言ったら。いつもお世話になってるでしょう?」
「でも、せんせいかなでちゃんにみほれとった。かなでちゃん、おれのやのに」

子供の癖によく難しい言葉を知っているなと思いつつ、彼は頭をガシガシとかく。
実際見惚れていたのは本当だ。
今日少しだけ迎えが遅れるから直接幼稚園に迎えに来ると告げられた子供の手を引き、バスを見送ったのはつい数十分前。
普段は電話でしか遣り取りしない保護者と対面するのは僅かな緊張感を得たけれど、現れたのは随分と可愛らしい女の子で、てっきり両親のどちらかが来ると思っていた彼はぽかんと口を開けて可愛らしい彼女をじっと見詰めた。
幼稚園に勤めて数年のひよっこ教師は、愛らしい少女にすっかりと魅了されてしまった。
彼女居ない暦=幼稚園づとめ暦というのも不味かったかもしれない。
だが園児がそれと悟れるほど判りやすい顔をしていたのかと思うと、赤面をとめる方法が見つからない。
かかかっとトマトのように顔を赤らめた彼は、保護者の中でも評判の良い爽やかスマイルを浮かべた。

「えと、保護者の方ですか?」
「はい。うちの子がいつもお世話になっています」

うちの子との表現に一瞬首を傾げるも、きっと年の離れた兄弟だろうと納得する。
母親と判断するには彼女は余りにも若く、そして無防備だった。
庇護欲を掻き立てられる華奢な体つきに色白な肌。雛みたいなふわふわの髪に、大きな琥珀色の瞳。
浮かべる表情はあくまで柔らかでおっとりとしている。
はっきり言うと好みのストレートど真ん中で、是非お近づきになりたいと鼻息が荒くなる。
だが足を踏み出そうとした瞬間。

「いた!!?」
「・・・・・・」
「?どうかされました?」
「い、いえ」

爪先を鈍い衝撃が襲い、涙目になりながらも弁解する。
ちらりと視線を下げれば、不機嫌な顔をした教え子が靴のかかとで思い切り足を踏んづけている最中だった。
怒りたい。けれどこの少女の前では怒れない。
複雑なジレンマに頭を悩ます。
いっそ目の前の少女が気づいてくれればいいのだが、すこしばかり鈍いのかほえほえした笑顔を浮かべるだけだ。
それすら可愛いなんて卑怯だと思いながらも、彼はじっと耐え忍ぶ。
だが彼の我慢は実を結ばないものだと、次の瞬間には悟る羽目になった。

「かなでちゃん、坊はまだなん?」
「蓬生さん」
「おとんまできとうたの?」
「そや。かなでちゃん一人で行かせるわけない。見てみ、坊。おとんの心配が判るやろ?」
「・・・・・・」

突然現れた長髪の麗人が、少女の肩を引き寄せると、教え子に顔を近づけて訳知り顔で訴えた。
というより、その距離なら自分の子供が何をしてるか判るだろうに、何故注意しないと彼は内心で激しく突っ込む。
しかも会話の内容は意味深で、背筋を嫌な汗が流れた。

子供は初め嫌そうに父親の登場を眺めていたが、やがて納得したとばかりに一つ頷くと少女の隣へと並ぶ。
そして瑞々しく可愛らしい笑顔でこう言った。

「おかあはん、かえろ?おれ、おやつたべたいわ」
「え?」

その瞬間、世界は逆周りを初め、飛んでいたエンジェルは悉く打ち落とされる。
『おかあはん』?『おかあはん』ってあの『おかあはん』だろうか。
ぐるぐると頭を悩ます彼は、教え子と少女───実は彼の姉でなく母親だった───がいなくなったのにも気づかずに、呆然と立ち尽くす。
そんな彼の肩を、蓬生と呼ばれた美男子がぽんと柔らかく叩いた。

「と言う訳で、俺のかなでちゃんに手ぇ出すの止めてな?俺も坊も独占欲が激しいからきっちりと報復させてもらうで」

男から見てもたいそう魅力的な笑顔だったが、もう二度と見たくないと涙ながらに考えた彼はきっと被害者に違いない。

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