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「ただいま、有人!!」
「!?」


ベッドが大きく軋み、驚きで目が覚める。
体の丁度隣が凹み右へと転がった。そして何かに軽くぶつかり、勢いが止まる。
ぱちぱちとルビーアイを瞬きさせた有人は、次第に焦点を結ぶ先にある人影に、徐々に顔が喜色に染まった。


「姉さん?」
「そうだよ!おはよう」


まだ転がったままの有人に抱きついてきた姉は、そのままぎゅうぎゅうと遠慮のない力を篭める。
すりすりと寄せられる頬に眉根を寄せながらも拒絶せずに享受していたら、守の背後からこほんとわざとらしい咳払いが聞こえた。


「・・・はしたないぞ、マモル」
「あっそ」
「あっそ、じゃない!君は鬼道財閥の娘なんだぞ!?もう少し慎みを持て!!」
「五月蝿いなぁエドガーは。ついこの間自分から俺に抱きついて離れなかったくせに」
「!!?マモル!」


聞こえた声は随分と覚えがあるもので、軽快な遣り取りにひっそりと眉根を寄せる。
姉以外は進んで居れたことがない寝室で叫ぶ男に不機嫌に唇を尖らせた。


「・・・どうしてエドガーが俺の部屋に?」
「ごめんな、有人。あいつどうしてもついていくって聞かなくてさ。自分を一緒にいれなければ、有人に会わせないって言うんだ。酷いよな」
「酷くない。君のブラコンは行き過ぎている。私は許婚として当然の」
「・・・焼もち妬いただけの癖に」


ぼそりと響いた守の一言で、白皙の美貌を真っ赤に染め上げたエドガーは、言葉につまり視線を逸らした。
言葉より余程有言な態度に益々機嫌が降下する。
どうして自分の家なのに守を独占できないのか全くわからない。


「バルチナス財閥の跡取りともあろうものが、部屋の主の許可を得ないどころか挨拶もなしとは、一体どういう了見ですか?いくら姉さんの許婚とは言え、無礼ではないですか?」
「───すまない、軽率だった。おはよう、ユウト。気分はどうだ?」
「おはようございます、エドガー。つい先ほどまでは良かったですよ」


守の腕に抱かれたまま、にこりと微笑む。
射抜いた青緑色の瞳が眇められ、仮面を被るように彼の顔から表情が消えた。
ばちばちと見えない火花が散る。
そんな二人の空気など知らぬとばかりに有人を抱きしめたままの守が、ちゅっと頬にキスをしてきて、一瞬で顔が赤く染まった。
会えない時間がそうさせるのか、スキンシップ過多になりつつある姉は、凄い勢いで睨み付けるエドガーを鮮やかに無視する。
普通の人間なら大人でも震え上がるだろう絶対零度の視線をスルーする姿に、さすがだと感心しながら、エドガーに見えるよう勝ち誇った笑みを浮かべた。
だが口はあくまでも守を窘めるように自然と言葉がついて出る。


「姉さん。許婚のエドガーの前で、いいんですか?彼は俺たちの家族じゃないですよ?」


さりげなく棘を交えると、エドガーの柳眉が釣りあがる。
彼が西洋の魔物なら、きっとメデューサのように髪が蛇となりうねっていただろう。
ただならぬ殺気を撒き散らすエドガーは、つかつかと長いリーチであっという間に詰め寄ると、守の襟首を掴んで引っ張った。
蛙が潰れたような声をだしながらも有人を放さなかったお陰で、一緒にバランスを崩す。
二人分の体重を難なく受け止めたエドガーは、眉間の皺を深めながら薄情な許婚の顔を覗きこんだ。


「・・・マモル、いつまでそうしてるつもりだ。今日は、恩師と会うのだろう?スケジュールは分刻みだ。弟に一目会いたいと言う願いは叶えたと思うが?」
「・・・あーあ。折角有人に会えたのにもうタイムアップ?」
「仕方あるまい。明日の夜には君の父上の生誕パーティーだろう?ただでさえぎりぎりのスケジュールを組んでいた挙句、イタリアまで行き二日もロスした」
「ロスとは思ってないけどね。俺には必要な時間だった。お前もだろ、エドガー」
「言葉を選び違えた。すまない」
「謝罪は必要としてない。ああ、でも有人にはお礼を言わなきゃな。お前が俺の代わりを勤めてくれたお陰で、俺は時間を作れたんだから。ありがとうなー、有人」


再び腕の力を強められ、目を白黒させる。
抱擁は痛いくらいだが嫌じゃない。むしろ体温に包まれて安心できる。
守の腕の中は、有人が世界で唯一無防備に甘えれる場所だ。
いつだって自分を特別扱いしてくれる姉のためになら、大抵の事ならなんでも出来た。


「少しでもお役に立てなら嬉しいです」
「お礼は何がいい?」
「───姉さんの、時間がいいです。忙しいのは判ってますけど、少しだけ、駄目ですか?」
「いいに決まってるだろー!もうお前は本当に世界一可愛い弟だな!!」


すりすりと高速で頬を摺り寄せられて、恥ずかしさと嬉しさで黙り込んでいると、また守の襟首が引っ張られた。
一緒に倒れこみながら上目遣いでこちらを睨みつけてくる男を睨み返すと、ぐいと眼前に何か突き出された。
白地にバラが描かれた紙袋を訝しげに見ていると、押し付けるようにして手放される。
慌てて受け止めると、守の腰に手を回したままのエドガーが不機嫌に口を開く。


「それは私からの礼だ」
「・・・何故俺があなたに礼を言われるんです?」
「君がマモルに与えてくれた時間は、私にとっても掛け替えのないものだったからだ。確か君はマモルと違いコーヒーよりも紅茶が好きだったな?」
「ええ」
「中身はスコーンだ。お茶請けにでもしてくれ。一応、私の手作りだ」


エドガーの手作りと聞いて流石に驚きで瞳を丸めた有人は、まじまじと渡された袋を眺めた。


「それ、本当にエドガーの手作り。あ、俺からはクッキーね。有人が好きなバタークッキーだぞ」
「ありがとうございます、姉さん!!──エドガーも」
「・・・とってつけたような言い草だな」
「そんなことはないです。少し神経過敏になっているんじゃないですか?」
「それならどれだけいいか。・・・そろそろ本当に時間だ。行くぞ、マモル。午前中は衣装合わせとパーティーの流れの説明だろう?」
「ああ。・・・全く、名残惜しいなぁ。夜は一緒に過ごせるからな、有人」
「はい」


優しい掌で頭を撫でられ目を細める。
心地よい感触は暖かな体温と共に離れ、ベッドから降りると部屋を出て行く二人を見送った。


「あのな、有人。離れがたくなるからそんな顔は止めろ」
「そんな顔?」
「捨てられた子犬が主を探してるときの顔。大丈夫。夜なんてすぐに来るよ」


ぱちり、とウィンクをした守は、もう一度だけ有人の頭を撫でると苦笑した。
その襟首をエドガーが掴む。まるで飼い猫を引っつかむような仕草に苛立ち視線を鋭くさせると、ひょいと肩を竦めた彼は退出の意を告げるとささと姉を連れて行ってしまった。

手元に残った白い袋をじっと見詰める。
あのプライドが高いエドガーの手作り料理をいただくなど、考えもしなかった。
彼に協力した覚えはないが、それくらい何か重要なことでもあったのだろう。

かさり、と音を立てて袋を開けると、行儀悪くも立ったまま一つを口に入れる。
見た目は完璧な出来栄えだったスコーンは、作り主のように激辛で、有人は涙目になり水分を探した。
もう当分は辛いものはみたくなくなりそうだ。

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