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自分を家族として迎えたい相手が居る。
黒服にサングラスをかけた長身の男は、不適な笑みを浮かべてそう告げた。
それは両親を事故で亡くし自動養護施設に預けられてから数ヶ月したある日のことだった。


鬼道財閥。
子供の有人は知らないが、とてもお金持ちの家が自分を欲したと聞いてはじめに浮かんだのは疑問だった。
有人には妹が居る。だが彼は女児は欲しておらず、男児である有人だけを引き取りたいらしい。
金持ちであるなら二人同時に引き取ってくれればいいのに、と思ったが、先方は跡取りとなりうる男児を望んでいた。
迷ったのは僅かな時間。
男が囁いた一言で有人の心の天秤は傾いだ。

『いつか、妹を迎えに行けばいい。鬼道家ならばもう一人くらい十分養う余裕はあるし、お前が実力を示せば妹も引き取ってくれるかもしれない』

一抹の望みに縋り付いたのは、施設の子供たちがどのように養子縁組されていくか見てきたからだろう。
兄弟全員を一度に引き取る、なんて短い期間で一度もなかった。
だがもしかしたら、裕福であるらしい鬼道家なら努力しだいで引き取ってくれるかもしれないと男は言った。
その一言はとても大きく抗いようがないほど魅力的だった。

こくり、と一つ喉を鳴らす。
心配げに施設の管理人が見守る中、有人はゆっくりと口唇を持ち上げた。
答えは勿論、『是』だった。



黒塗りの大きな車に乗せられ、ソファのような座り心地の真紅の椅子に身を沈める。
座る、と言うより埋もれるという表現がぴったりな様子で有人は両膝に手を当てて座っていた。
両脇にはあの日有人を迎えに来た男ではなく、同じ黒服であるがドラマの中の執事のような格好をした白髪交じりの男だった。
大よそ有人が知っている車とは違う広い車内の真ん中に座り、ひたすらに俯きながら高鳴る緊張感に耐える。
窓は外から覗けないよう薄暗くなっていて、膝の上に白く握られた拳だけをじっと見詰める。


「もうすぐつきます」
「・・・はい」


丁寧で物腰が柔らかい態度だが一部の隙もない身のこなしは益々有人を萎縮させたが、それを悟られたくなく必死に歯を食いしばり顔を上げた。
向かっている鬼道家には娘が一人いるらしい。
有人より一つ年上で、彼女が女であるから今回有人が引き取られることになった。
どんな相手か知りたかったが、『賢い方です』の一言しか情報は与えられず、優しげな風貌の執事はそれきり口を開かない。
気がつけば車は止まっており、家よりは屋敷と表現したほうがぴったりの見上げるばかりの建築物の前に居た。
唖然と口を開ける有人を促すと木でできた大きな門を開きロビーに案内される。
ふかふかの毛足の長い絨毯が敷かれたそこには十人を軽く超す人数の男女が恭しく頭を下げて有人を迎えた。
どう反応すればいいか戸惑ううちに車から一緒の初老の男に廊下を案内される。
有人が二人並んで手を広げて漸く端に届くくらいの広さの廊下をいくばくか歩き、男は足を止めた。
ノックを四回の後入室の許可を得ると扉の外から頭を下げる。
一礼の後ノブに手を伸ばすと、重厚なドアは音もなく開いた。


「有人様、こちらへ」
「はい」


促されるままに室内に入室すると、広々とした部屋は一度だけ足を踏み入れた小学校の校長室のように整っていた。
幾つも置かれた本棚に、観葉植物、壁にかけられた絵画や、足の低い机とソファ。それとは別にある正面の大きな机に両肘をつき顎を乗せた男が、じろりと観察するように有人を見下ろす。
震えそうになる体を必死に宥め乾いた唇を無理やりに動かす。


「ゆうとです、よろしくおねがいします」
「ふむ。私が今日から君の父親となる鬼道だ。判っていると思うが君は今日から鬼道家の一員となる。鬼道家の人間は常に優秀であるのを求められる」
「はい」
「幼い君には酷だろうが鬼道家の一員としての自覚を持ち、日々を過ごすよう勤めてくれ。なにすぐに慣れるだろう」


椅子に座っていた彼は立ち上がると、そのまま有人を目の前のソファへ腰掛けるよう誘導した。
そうして自分は有人の正面に腰を落ち着けると、丁度いいタイミングで紅茶が出される。
今まで使ったことがない繊細なカップにいい香りの紅茶が注がれていた。

緊張の続く中暫く会話を続けていると、思い出した、とばかりに彼が手を打ち鳴らす。
先ほどまでは顰められていた眉間の皺を解き笑みらしき表情を見せ、有人にクッキーを勧めながら話を続けた。


「そうそう、言い忘れていたが家にはもう一人子供が居る。君の姉になるのだが聞いているか?」
「ええ、少しだけ・・・」
「そうか。彼女の名前は『守』と言う。漢字ではこう書く。誰かを守る、守護するという意味だ。気遣いも出来るいい子だから、きっと君とも仲良くなれるだろう」


鬼道家の人間としての心得や、基本的な過ごし方を淡々と話していたときと違い、娘の話をする彼は常に笑顔が耐えない。
子供の有人にも態度でどれだけ娘を可愛がっているか知れ、内心で渋面を作る。
正直年上と折り合いが悪い自分を知っているので、『姉』との付き合いが難関だと自覚していた。
どうやらまだ見ぬ『姉』は、父親の鬼道の心をがっちりと掴んでいるらしい。
もし彼女に気に入られなかったら、この家での居場所はなくなる。
そうなれば妹の春奈を引き取るなんて夢のまた夢で、なんのために態々離れたのか判らない。
だがどうすれば年上と仲良くなれるかも判らなかった。

何しろ有人の世界は今までとても狭かった。
両親が生きているときは家に居る家政婦と付き合うくらいで、施設に預けられてから妹を苛める年上の相手との喧嘩ばかりだった。
長男として年上気質の自分がすんなりと馴染めるか全く自信がない。
心密かに焦っていると、不意に部屋がノックされた。
機嫌よく返事をした鬼道の仕草でそれが誰か悟り、こくりと喉を鳴らす。
室内に姿を現したのは白のワンピースを着た、表情の薄い少女だった。
大きな栗色の瞳にはノンフレームの眼鏡がかけられ、少しばかり癖のある長い栗色の髪はツインテールにしてオレンジのゴムで結んである。
少しばかり低い鼻とまろい頬は幼さを強調させ、美しい、と言うより可愛いという言葉が似合う上品な仕草の少女。
今まで対応したこともない種類の人種に自然と顔が強張る。
何しろ有人の周りに居たのは年相応の子供だ。
一つ年上だろうともっと元気で明るく活発な雰囲気を持っていた。
それこそ施設の中で殴り合いの喧嘩もするくらいに。
どうしようと混乱する頭で必死に考えながら、とりあえず挨拶をと震える唇を開く。


「・・・ゆうとです」


何とか搾り出した声は掠れ、けれど必死に瞳だけは反らすまいと真っ直ぐに前を見た。
瞬きすら惜しむようこちらを覗き込む栗色の瞳に、体の脇で握った掌が緊張で震える。
やがて印象的な目を閉じた彼女は、次いで瞼を開けたときには、今しがたまでの雰囲気を一新する魅力的な笑みを浮かるとそのまま右手を差し出した。


「私の名前は守。君と同じで、お父さんに貰われてきました。だから緊張することはないですよ。私も君と同じです」
「守は一年ほど前に君と違う施設で引き取った子供だ。優秀な子で勉強もスポーツも何でもこなす。有人、君も何か判らないことがあれば守に聞けばいい。守、影山さんに君がいる間は有人の面倒を君に任すよう言われている。頼めるか?」
「はい、お父さん。宜しくね、有人君」
「・・・」


無表情でいたときとの第一印象とは違い、はきはきとした口調で挨拶する。
いかにもお嬢様といった格好だったが、もしかしたら本人はもっと活発なのかもしれない。
名乗りを上げた守の補足を相貌を崩した鬼道がし、自慢気に胸を反らす。
自分の面倒を彼女が見ると言われ瞳を見開く有人を他所に、にこにことした笑みの守は父親に頷いていた。
反応出来ずにいると、そのまま守が話を進める。


「父さん、有人君の部屋に案内してきていいですか?」
「構わない。だが夕食までにきちんと戻ってきなさい」
「はい!有人君、行きましょう」


再び声を掛けられ差し出されたままの右手をじっと見詰めてから、ゆっくりと手を伸ばした。
重なった掌はすぐに力を篭めて握られる。
誰かと手を繋ぐなんて経験妹以外とはほとんどなくて戸惑っていると、笑顔を浮かべた守は父親に挨拶をするとさっさと室内から出てしまった。
釣られて有人も外へ出る。
途中黒服の男とすれ違ったが顔を見る余裕はなかった。
絶えず話し続ける彼女はそのままの勢いで歩き続け、唐突に足を止める。


「ここが有人君の部屋です」


一言告げてからドアノブをあけると、広がる世界に唖然と口を開いた。
大きな窓には木の枠が嵌めてあり、小さな花が飾られている。
本棚に専用テレビ、ソファに机。鬼道の部屋には劣るが、施設なら子供の集まる視聴覚室と同じかそれ以上の大きさだった。
毛足の長い絨毯が広がり、スリッパを脱げば床でそのまま横になってもすぐに眠れそうだ。
鬼ごっこをしてもすぐに捕まえられそうにない広い部屋は、今まで暮らしてきた場所と雲泥の差だった。


「ひろい」


無意識の内に口から言葉が漏れる。


「そんで豪華だろ?判るぜ、戸惑うの。俺も最初そうだったもん」


そして思わぬ部分で肯定を受け、ぐるりと顔を回した。
腕を組み立っている守は、入り口のドアをきっちりと閉めて背を預けた形でこちらを見ている。
服装も髪型も顔も変わっていない。
それなのに器用に雰囲気だけ一変させ、まるで男のような口調で話している。
何が起きたのか理解できず警戒して眉間に皺を寄せると、背をドアに持たせていた守がぽんと手を打った。
訝しげに見上げる有人の頭を撫でるとその顔を覗き込む。


「悪い。俺、こっちが素なんだ」
「・・・・・・」
「父さんの前では流石にしないけどな。お前の前ではこのままだから、慣れてくれよ」
「・・・・・・」


ぱちりと綺麗にウィンクをした人は、飄々と告げる。
騙していたのかと思ったが、それにしては態度は柔らかい。
一体どういうことかと見ていると、視線を合わせた守は楽しそうに破顔した。


「あ、苛めようとかそんなのは別にない。むしろお前が可愛くて嬉しいぞ、有人」


言葉通りに優しげな笑顔を浮かべた人は、にこにこと笑顔を振りまく。
可愛いと面と向かって言われたのは何年ぶりだろう。
両親がしょっちゅう海外へ行くお陰で有人は必要以上に大人びた子供に育った。
妹に手を出す輩を追い払う内に気がつけば施設でも問題児だったし、持て余されたお陰で可愛いなんて称する大人は居なかった。
それに他人に馴れ馴れしくされるのも苦手で、テリトリーに無断で入られるのは嫌いだ。
警戒心が強すぎるのも可愛くないと称される一端を担っていた。
それなのに。


「なまえ」
「呼び捨ては嫌か?」
「・・・、いや、じゃない」


初対面でいきなり名前を呼び捨てにされたのに、全く嫌じゃなかった。
近距離で顔を覗かれても緊張しないし、嫌悪感はない。
どうしてと自分に疑問を抱いている有人を他所に守は笑顔で問いかける。


「そっか。あ、お前は俺を何て呼ぶ?お姉ちゃん?お姉さま?守さん?」
「ねえさん」
「・・・地味に可愛くないな。お前子供の癖に」
「・・・だめ?」
「お?今の顔は可愛い。よし、可愛いから許してやるぞ、有人!」


上から目線の言葉なのに腹も立たない。
きっと問いかける守があまりにも楽しそうに、本当に可愛いものを見る瞳で有人を見るからだろう。
初対面なのに警戒心を抱けない。
守は不思議な空気の持ち主で、有人の心の壁をたやすく乗り越えて内まで入り込む。
けれど嫌悪が沸かない。きっと彼女は距離を測るのが上手いのだろう。
久し振りに感じる優しい眼差しに照れて俯くと、いきなり抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうに遠慮のない力の抱擁に硬直する。
固まった有人に頬を摺り寄せた守にそのままひょいと抱き上げられた。
一つしか違わないが頭一つ分は身長差があるので成すがままにされていると、意外と力があるらしい守はお嬢様らしからぬさかさかした足取りで部屋の隅に進む。
大きな本棚がある一点で足を止めると、真新しい本の中にある少しだけ古びた本の中から一つを掌で押し込んだ。


「これは・・・?」
「俺の部屋への直通ドア。ほら」


音もなくスライドした棚に驚いていると、その裏から現れたドアを引く。
すると有人が居る部屋とが違いベッドが置かれた部屋にはサッカー雑誌やDVDが数多く見れた。
言葉通りならここは守の部屋なのだろう。
作りが違う部屋にきょろきょろと瞳を動かしていると、柔らかなベッドの上に宝物のようにそっと置かれた。
そしてそのまま守は壁に向かい歩き、掛かっていたサッカーボールを手に取った。

ぽん、とリフティングをする。
大よそ動くのには不向きなワンピース姿なのに器用に頭でリフティングを繰り返した技術に自然と瞳が輝いた。

サッカーは有人にとって特別なものだった。
両親が残してくれた唯一の形見がサッカー雑誌で、サッカーをしていると両親を感じられた。
施設にいる誰より上手い自信があったが、彼女と比べたらどうだろう。
ぽんぽんと安定して繰り返される仕草を眺めていたら、不意にボールがこちらに飛ばされた。
慌てて立ち上がろうとしてベッドの上でバランスを崩し、ふわふわの布団に埋もれてしまい、ついでにボールは頭に当たって跳ねる。
あまりの失態に自分でも驚いていると、頭上で軽快な笑い声が響いた。


「あはは、有人だっせぇ!」
「ちがう!ばしょがわるいだけだ!おれはもっとうまい!」
「ふーん。でも、俺のが上手いけどな」
「おれのがうまい!」
「じゃ、勝負してみるか?どっちが長くリフティング続けれるか」
「・・・でもそのスカートじゃまそう」
「ハンデだよ、ハンデ。俺はヘディングだけでやるしー」
「っ、ならおれも!ヘディングだけでする?」
「あーん?生意気、有人。んじゃ、勝った方の部屋で今日は一緒に寝るんだぞ」
「わかった!」


からからと笑う守に悔しくなって、顔を真っ赤にして訴える。
すると余裕の表情を浮かべた彼女はにっと意地の悪い笑顔で腰に手を当てて聞いてきた。
ムキになって返事をすると、嬉しげに頷いた彼女はまた手を差し伸べてきた。

今度は迷いなくその手を握る。
きゅっと握り返された手を繋ぐのに、不思議と迷いも戸惑いもなかった。

ハリネズミみたいだと言われた警戒心が消えていたのに気がついたのは、彼女のベッドで一緒に眠った翌朝だった。

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