忍者ブログ
初回の方は必ずTOPの注意事項をご確認ください。 本家はPCサイトで、こちらはSSSのみとなります。
Calendar
<< 2025/06 >>
SMTWTFS
1234 567
891011 121314
15161718 192021
22232425 262728
2930
Recent Entry
Recent Comment
Category
414   413   412   411   410   409   408   407   406   405   404  
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

*ルフィたちが海賊王になる少し前の設定です。



海賊王。
そう呼ばれる男が率いる海賊団にはずば抜けた金額を持つ賞金首の幹部たちが勢ぞろいしている。
個性的で、強くて、勇敢で、信念を持っている。
誰もかもが一級品の腕を持ち、若くして名声と富を手に入れた。
だが───今から語る話は、まだ彼らがその栄誉ある称号を手に入れる少しだけ前の物語である。





青一色の空の何処かから海鳥の鳴き声が聞こえる。
子供時代、雄大な草原に寝転んで夢想した。空の上には何があるのか。雲の上で走れるのだろうか、と。
それも今ではいい思い出だ。
何しろ、今のウソップは知っている。
空の上にも海があり、そこで暮らす人の生活があると。陸とは違った文化があり、陸とは違う人が居る。
幼い時分には夢物語だったものは現実として触れて、有耶無耶だった夢想はきっちりと形を成した。
つかめないと信じていた雲は、はっきりと握りこめた。
とても不思議でありながら、当たり前となった日常は、どうしようもなく愉快で痛快。

船の縁で海へ釣り針を垂らしていたウソップは、隣で船をこぐ影に目を細める。
春島が近いのか心地よい風や日差しにうとうとするのは理解できたが、二人きりで釣りをする羽目になった原因の暢気な姿に、ぴしりと額に青筋が浮いた。


「おい、ルフィ!お前、寝てんじゃねえ!」
「あ?」
「『あ?』じゃねえよ!誰の所為で飯の材料を釣ってると思ってるんだ!何もかもお前がサンジが作りかけた魚料理を貪り尽くしたからだろうが!!」


昔より精悍な顔をだらしなく緩めた男に怒鳴りつける。
出会った頃より少しだけ色あせた麦藁帽子に、赤いベストとデニムのパンツ。開けられた胸から覗く大きな傷跡だけがあの日にはなかった目立つ違いだ。
それ以外は何も変わらない。ハチャメチャで無茶苦茶で破天荒で飛びぬけた馬鹿で、どこまでも自分勝手で傲慢なウソップの親友であり王様。
夢が叶う間近の今でも緊張感なくいつもどおりで、彼の夢に近づいたと仲間である自分の方が余程緊張している。


「でもよー、ウソップもつまみ食いしたじゃん。だから連帯責任なんだろ?」
「絶対量が違うわ!お前がほぼ全部食っておれは一口だけだろうが!」
「それでもサンジからしたら同じだろ。だから一緒に釣りしてるじゃん」
「いやいや、お前寝てただろ!釣ってたのおれだけだから!」


びしりと胸に突っ込むと、けたけたと楽しそうにルフィは笑った。
長閑な日常。海賊だが略奪行為や侵略に興味がない船長を筆頭に、船員たちは誰かを支配したいと思わない。
ルフィの冒険心に引きずり回される毎日で、気がつけば騒動に巻き込まれて、いつの間にか名のある賞金首。
勇敢な海の戦士になりたいと夢見た過去が懐かしい。
村でほらを吹いて走り回ったのは、いい思い出だ。
可愛いウソップ海賊団の仲間たち。懐かしい初恋の相手。穏やかな空気に清々しい風。人のいい村人たち。
瞼を閉じれば全て色鮮やかに思い出せる心の深い場所にあるが、それらを置いてでも叶えたい夢があった。

海に出て毎日が目まぐるしく過ぎる中、一日は瞬きより早く過ぎていく。
ルフィの行動にうんざりするのは毎日でも、彼についてきて後悔はない。
真っ直ぐな強い意志に、諦めの悪い性格に、輝きを失わない瞳に、折れないしなやかな心に、仲間を想う強さに。
ああ、こいつの仲間になってよかったと、日々感謝する。

島を出た頃には遠いと思っていたのに、変わらない日常を過ごす内にいつの間にか目の前に『夢』がある。
ルフィはもうす自身の夢を掴み取る。
そう考えるといてもたっても居られなくなり、ウソップの口は主を裏切り動いていた。


「なあ、ルフィ」
「ん?」
「もうすぐ最果ての島だな」
「おう!楽しみだな~!ワンピースってどんなんだろうな!」
「・・・お前はワンピースを手に入れる。そして海賊王になる。旅した時間が長かったのか短かったのかわかんねえな」
「しししっ、おれはあっという間だったぞ。いろいろあったからな」
「そのいろいろの主な原因はお前だけどな」


胡乱な眼差しで睨めば、しししっと彼らしい笑顔を浮かべて首を竦めた。
夏島付近の太陽のように明るく輝かしい表情に苦笑する。
ルフィは強くなった。けれど一番いいところは何も変わらない。
無邪気で傲慢で我侭で馬鹿で、大切な親友で、そしてウソップの王様のまま。
彼の所為で死に掛けた回数は両手じゃ収まらないし喧嘩もしたし一味を抜けようとしたときもあった。
けれど今では全てがいい思い出だ。
もっとも破天荒な部分も欠片も変わっていないので、現在進行形で思い出も苦労も増えている。
それでも心底憎めないのが、このモンキー・D・ルフィのずるいとこだろう。
懲りない彼に苦く笑うともう一度空を見上げる。
雲ひとつない空はどこまでも澄んでいて、雲がない空ですらいつか航海する日が来るかもしれないと笑った。


「今だから言えるんだけどさ、おれ、心のどこかでお前は見てるだけで勝手に海賊王になっちまうんだと思ってた」


胸の痞えを吐き出すために、ゆっくりゆっくりと心の奥を暴いていく。
まだルーキーと呼ばれていた頃、確かにウソップはそんな思いを心の片隅に抱いていた。
それはとても傲慢な考え。
仲間と言いながら、自分はルフィの大きさに胡坐を掻いていた。
信頼している、と言えば聞こえがいいが、実際はそんなものじゃない。
何かあっても手を貸す必要がないと、思い込んでいたのと同意だったのだから。


「馬鹿だよな。そんなわけ、ないのに」


自嘲は一生消えない傷を含んでいた。
ウソップはルフィが一番助けを必要としている場面で彼の傍に居られなかった。
仲間散り散りに分かれて誰の助けもない状態で、それでもルフィは兄のために命を掛けた。
『頂上決戦』と呼ばれる世紀の分け目の決戦で彼は兄を失った。
それも目の前で、ルフィを助けて死んだというのだから報われない。
彼の心を思えば苦しくて悔しくて、今でも泣きたくなる。
きっとこの悔しさを持つのは自分だけじゃなくて、仲間たちも同じだろう。
だからたった二年の間に死に物狂いで特訓して自分を高めて集ったのだ。
今度こそ、ルフィが必要とする瞬間に助けるために。


「本当に馬鹿だ。お前はちゃんと言ってたのに。『助けてもらわねえと生きていけねえ自信がある!』って」


ウソップはルフィに救われた。
彼が居なかったら『海賊なんて来ていない』という嘘を村人に信用させられなかった。
きっと今頃暢気な島は蹂躙されつくし、海賊たちに支配されていたか、もしくは最悪生き残りは誰一人居ない状態で潰されていただろう。
ウソップの嘘は島の平穏を守った。守らせてくれたのは、ルフィが助けてくれたから。
それなのに、と己の弱さを悔やむ。
あの日、もっと自分が強ければ。もっと特訓していれば。もっと死に物狂いで戦えば。
もっと、もっと、もっと、もっと。
───望みは尽きず、悔恨は消えない。


「お前は一人じゃ生きていけねえ。剣術も使えねえ、航海術もねえし料理も作れねえ。医術だって持ってねえし、考古学だってわからねえ。船も作れねえし楽器だって弾けねえ───そんでもって、嘘だってつけねえ」
「・・・・・・」
「だからおれたちが必要なんだ。お前が好きに生きてけるように。今度こそ、お前を助けるために」


ずっとずっと願っていた。
そのための力を努力して手に入れた。
守られるだけじゃなく、今度こそ、彼の心を守るために。

釣竿を握る掌が白くなるほど握り締める。
みしみしと音を立てて悲鳴を上げるそれに気づかずに、ウソップは地平線の彼方を見詰めた。
果てがないあの先に、『最果ての島』がある。
そこにはルフィの夢があり、ワンピースを手に入れた彼は『海賊王』として世界に名を馳せるだろう。
これまで以上に命を狙われ、海軍からの賞金も上がるに違いない。

もう二度と後悔したくない。
自分が居ない間に彼の心を砕かれたくない。
ルフィは一言だって仲間を責めないし、何も言わない。
だがあの『頂上決戦』について貝のように沈黙を通す姿こそ、現実だった。
話さないのではない。話せないのだ。
あっけらかんとして後を引かないルフィが、もう何年も前の出来事を未だに話せないでいる。
それくらい負った傷は大きかった。

悔しさに滲んだ涙を飲み込み、不意に思う。
親父が自分たちではなく赤髪の傍で船に乗り続けるのは、同じような気持ちを持っているからかもしれないと。
子供や妻が大切じゃないのではない。
そうではなく、自分の王様を守りたいと願う気持ちが強すぎたのだ。


「おれはお前の傍に居る」
「ウソップ」
「だってそうだろ?お前には、おれ様の力が必要なんだから」


にいっと口の端を持ち上げると、きょとんと黒い瞳を丸めたルフィは次い顔をくしゃくしゃにして笑った。
心底嬉しそうな姿に、ウソップにも嬉しさが伝染する。
彼はあの日のことを責めたりしない。
ただ勝手にウソップたちが悔やんでいるだけだ。
理解していてもずっと赦されたいと願っていた自分は、ルフィと違ってずるい。
それでもけじめをつけたかった。
彼が己の夢を叶える前に懺悔に等しい思いを吐露したのは、けりをつけたかったからだ。
彼が笑い飛ばしてくれると知っているから、ウソップは後悔を口にした。
ルフィと、新しい一歩を歩きたいから、過去に踏ん切りをつけるために。


「お前が海賊王になってもおれたちは何も変わらねえ。お前はおれたちの船長で、おれたちは何があってもお前の味方だ。お前のことだ。海賊王になりました、夢が叶ったからさあお終い、じゃねえだろ?」
「しししっ、当然だ!おれはまだまだ冒険したりねえ。海賊王になったって、何も変わったりしなねえよ。世界にはもっとおれたちが知らないもんがいっぱいある。海賊王になったからって、何も終ったりしねぇよ」
「だろうな。おれもまだまだ足りてねえ。もっとお前と冒険してえ。おれたちには可能性がある。もっともっと強くなれるし、もっともっと前に進める」
「ああ!楽しみだな、ウソップ!早く海賊王になって、お前らと色んなとこに行きてえな」


釣竿を握ったまま笑う彼は、初めての頃と何も変わらない。
少しだけ色褪せた麦藁帽子に、精悍になった顔つきに、しなやかに筋肉のついた体に、伸びた身長。
見た目は変わっても中身は何一つ変わらない船長に悩まされる今は未来へと続く。
ちっとも成長しない船長の突拍子ない行動に叫んで怒って泣いて笑って、そうして日常は過ごされる。

海風を体に感じてウソップは目を細めた。
地平線の彼方に眠る宝など、まだ夢の一部に過ぎない。


「進めサニー号!真っ直ぐ、真っ直ぐだ!!」


立ち上がったルフィが海に向かって叫んだ。
その拍子に釣竿が落ちて、思わず立ち上がり彼の頭を叩く。
騒いでいると騒動を聞きつけて仲間たちが甲板に集まり始めた。

呵呵大笑が蒼穹へ吸い込まれる。
ウソップにとって特別な日常は、彼が海賊王になっても変わらないに違いない。
その時を思い楽しみだとくつくつと喉を震わせて笑った。

拍手[33回]

PR

フリーエリア
Template & Icon by kura07 / Photo by Abundant Shine
Powered by [PR]
/ 忍者ブログ