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注:オリジナル技が発動してます。大丈夫な方のみお進みください。





久方ぶりに見かけた姿に、フィディオはこくりと首を傾げた。
確か、今月一杯は実家のイベントが目白押しなので、顔を出すのは二月からだと聞いていたのに。
幻かと幾度目を擦って見直しても消えなくて、本物だと漸く納得した。


「・・・マモル?」


肩口に白い小さな星が印字されている赤いユニフォームを身に着けた守は、長い髪を一つに結い上げ首からゴーグルを提げている。
オレンジ色のバンダナを額に巻き、仲間に囲まれてストレッチをしている彼女はフィディオを見つけるとゆるりと口角を上げた。


「新年明けましておめでとう、フィディオ」
「え?」
「日本式の挨拶だよ。久し振り、元気にしてた?」
「ああ。クリスマスプレゼント届いたよ、ありがとう。今日は試合に参加しないって聞いてたから、俺は何も持ってきてないんだけど」
「いいよ、また今度で。むしろ気持ちだけでも嬉しいし」


薄手の手袋をした守はいつもどおり笑っているのだが、何かがおかしい。
笑顔も話し方も雰囲気も変わりなく見えるのに、どうしてだろうと小首を傾げた。
だが幾ら話しても違和感の元は見つからず、代わりの疑問を口にする。


「今回の試合、出ないんじゃなかったのか?6日は親戚周りって言ってた気がするんだけど」
「すっぽかした。親戚周りは有人に頼んで代わってもらったんだ。こっちにもっと重要な用事が出来たからさ」
「用事?それなら余計に試合に出てていいの?今日の試合はトーナメント形式だから、勝ち進んだら今日一日は確実に潰れるよ」
「いいんだ。俺の用事はこの試合に参加してこそ意味があるからな」


何が言いたいのかわからないが、目に入れても痛くない弟と離れてまでイタリアに来なければいけない用事があるのだけは理解した。
今日はイタリア全土で選抜されたジュニアユース未満によるチームからなる大会が開かれる。
新年が明けて始めの一回目の試合は、どちらかと言えばイベント性が高い。
各地域代表で十チームが選ばれて出場するのだが、本来のリーグ戦と違いチーム内の参加は有志だ。
守のチームも実績から早い段階で枠は勝ち取っていたが、キャプテンである彼女は家の都合がつかないからと欠席の予定だった。
丸一日使って終るトーナメント形式でも、日本からイタリアへ来て更にとんぼ返りしたとしても一日以内には纏まらない。
年明けは忙しいから折角いろんな選手とプレイする機会が奪われて残念だとぼやいていたのは記憶に新しいのだが。

きっちりとユニフォームを着こなした守は上半身のストレッチをしながら笑う。
正月のイベントは面倒だが、有人と一緒に過ごせるのは嬉しいと喜んでいたはずなのに、彼に身代わりを頼んでまでの用事とはなんだろうか。
少なくともフィディオの知る守は、実家の重要イベントはサッカー留学させてもらっているからと必ず顔を出していたのに、普段からは考えれない優先順位に瞳を丸くしていると、彼女の背後から身長の高い痩身の男が姿を現した。
真っ黒な衣服に身を包み、表情を隠すようにサングラスをしている。


「守、もう間もなく試合が始まる」
「総帥、上に居たんじゃないの?」
「お前の許婚が到着したのを教えてやろうと思ってな。指定どおりの最前列に座っている」
「そっか、ありがと総帥。忙しいのに保護者役頼んでごめん」
「───お前に振り回されるのは慣れている。私がここまで協力したんだ、久し振りのポジションだとしても無様な姿は見せるなよ」
「当然!俺はあなたの最高の教え子だからね。高みの見物を気取っててよ」


くすくすと喉を震わせて笑った守は、彼を屈ませるとリップ音を立てて頬に口付けた。
教え子、と言うことは彼が守のコーチなのだろうか。
それにしてはイタリアに来て初めて見る姿だと警戒心も露に観察していると、視線に気がついたらしい彼が身を起こして笑った。


「あれが、フィディオ・アルデナか」
「そうだよ。どんなプレイをするかは自分で確認してな。じゃあ、俺は行くよ。───フィディオ」
「何?」
「会うとしたら頂上だな。負けるなよ」
「・・・守も」


こつりと拳を当てあいにっと笑う。
挑戦的に煌く瞳はいつもの守そのもので、気のせいだったのかと疑問は心の奥へと蓋をした。





「やっぱり、決勝の相手はお前か」
「・・・マモル?」


予想通りの決勝の対戦相手は、驚くべきフォーメーションを組み立てていた。
否、フォーメーション自体はそれほど珍しくないFWのツートップの形だが、そのポジションに立つ人間にこそ意外性があった。

長い栗色の髪を一本に結いオレンジ色のバンダナを額に巻いた少女は、つければ顔の半分を隠すゴーグルを首から提げて好戦的に笑う。
腕を組みボールに足を置いている守が立っていたのはFWで、相手チームは彼女を忠心として攻撃的なフォーメーションを組んでいた。
守のチームが出来てから幾度も対戦してきたし、応援に駆けつけた中で彼らのチームプレイを観察してきたが、このフォーメーションは初めてで、こくりと息を呑む。
普通ならいきなりポジションを替えても活かしきれないと思うだろう。
だが相手はあの『マモル・キドウ』だ。
天才MFとして世間に名を轟かす彼女だが、実力はその幅に収まらないと知っている。
守の仲間を除けば、きっとフィディオが一番良く理解しているだろう。
何しろプライベートタイムが出来ると一緒に特訓を繰り返してるのだ。
MFとしてだけじゃない身体能力の高さに舌を巻いたのは一度や二度じゃない。

対面する形で近づくと、栗色の瞳をじっと見詰めた。
余裕を持った表情を崩さぬ守は、こてりと微かに首を傾げる。


「どうかしたのか?」
「君がFWをすると思ってなかったから驚いてるんだ」
「ふふ、今回だけだ。今日の俺のプレイは、見て欲しい相手に捧げるものだからな」
「・・・どういう意味だ?」
「さてな。ま、どこのポジションだって関係ないさ。やるべきことをきっちりとこなす。全力でプレイするのが俺のスタイルだ」
「───知ってるよ。けど急遽ポジションがえをして勝てる相手だと思わないで欲しいな」
「そうだな。お前らの強さは知ってる。でも、俺の今日の目的は試合に勝つことじゃない」
「『勝つことじゃない』?」


あまりにもらしくない言い草に瞳を眇めると、話しすぎたかと苦笑した彼女は首に下げていたゴーグルを手に取った。
自然な仕草に益々驚く。普段の守は基本的にあのゴーグルをつけて試合をしたりしない。
それこそ弟の有人や父親の鬼道が来ているときにマントとセットでつけるくらいなのに、一体どうしたのだろうか。
単なる願掛けの意味でつけていると思っていたが、違うのだろうか。

首を捻るフィディオを他所に、審判がフィールドに現れて腕時計を確認した。
ホイッスルを加える姿に、慌てて首を振り意識を切り替える。
勝利を望んでいるのはこちらも同じだ。ライバルだと思うからこそ、負けたくない。
冬の空に高らかと吹き鳴らされた笛の音が吸い込まれる。
試合に集中してしまえば、疑問は全て吹き飛んだ。



試合が動いたのは始まってすぐだった。
最初のボールを隣へ回し、すぐに守へ返される。


「全員、上がれ!!」
『おう!!』


守の一声に一斉に彼女の仲間たちが駆け上がる。
序盤からそんな展開になると思っていなかったフィディオたちは、驚きで瞳を丸くした。
さすがにGKはその場を動かなかったが、試合開始と同時に全員で攻めあがるなんて聞いたことない。
反応が遅れたフィディオたちFWをあっさりと抜くと、慌てて駆け寄ったMFやDFも鮮やかなパスワークでかわしていく。
追いついて一度だけボールを奪ったが、もう近くまで上がっていたDF三人に囲まれてあえなくボールは奪われた。

完全に相手のペースだった。
いつの間にか守を忠心に内側から包囲網が築かれ、否応がなくGKと一騎打ちの形が取られる。

一気に攻め込むかと思われた守だが、一度だけ足を止めるとちらりと視線を客席に向けた。
釣られて視線をやると、そこには彼女の許婚であるエドガーが居て、瞳を丸めてこの光景を見ていた。


「行くよ、俺の必殺シュート。止められるなら止めてみな」
「舐めるなっ!俺はいつもフィディオのボールを受け止めてる!イタリア一のシュートを受けてるんだ!俺に止められないはずがない!」
「上等!!」


叫ぶ仲間に必死になって走り寄る。
その考えは甘い。相手が守では分が悪すぎる。


「皆、フォローに入るんだ!」
「・・・遅いよ、フィディオ」


大きな声じゃないけれど、背中を向けた人の声ははっきりと届いた。
とん、と軽くつま先で蹴り上げたボールは高い位置まで飛んでいく。
真上に上げられたボールについで飛び上がった守が、オーバーヘッドキックのフォームに入った。
景色が暗くなっていく。冬の夜空に座す青を微かに交えた銀色に光る月が背に現れ、ふわりと光が零れ落ちる。


「ムーンダスト」


囁きと同時に、バネのように動いた右足がボールを蹴った。
背後の月が割れ砕け、青白い銀から紫がかった色まで濃く変色して降り注ぐ。
欠片はまるで花弁のように優美でありながら、残酷なまでの威力を有していた。


「っ、うわぁぁぁああぁ!!?」


結晶と呼ばれるサイズまで砕けた月の欠片がボールに纏い長い線を引く。
そしてボールの軌跡を隠すようヴェールを作ると、視界を奪った一瞬の後にはボールはゴールに突き刺り、紫がかった光はボールを中心に集まりはじけて消えた。
その様はまるで艶やかな花のようで、プレイヤーも観客も、果ては審判までもが見惚れていた。


『ゴール!!マモル・キドウの鮮やかな新技が炸裂しました!威力も素晴らしいが、美しすぎる華麗な技です!!』


一拍の後、慌ててホイッスルが鳴ると解説の声が響いた。
動けずに居るフィディオたちの間を縫った守はつけていたゴーグルを外すとそのままフィールドの外へと歩いていく。
向こうのチームの監督は突然の行為にも驚かずに審判に選手交代の申請をし、彼女はそのままベンチから何かを取り出した。
フィールドの上に居る選手だけでなく観客までも動きを注視している中堂々とエドガーの傍まで歩いていくと、手に持っていた何かを差し出した。






「・・・カーネーション、なのか?」


差し出された花に瞬きをし、エドガーは問う。
半分無理やりに連れてこられた先のイタリアで捧げられた花に戸惑いは隠せない。
本来ならエドガーも守も今日はバルチナス財閥主催の新年会に出席予定で、朝から準備が詰め込まれていた。
なのに何を考えたのか、守からのメールで無理やりに連れ出され、自家用機で着いた先はイタリア。
しかも試合に出場した守は、決勝戦なのに中退してきた。
普段の彼女らしからぬ思慮に欠ける行為に驚いていると、ゴーグルを外した栗色の瞳がすっと細められ、小さな声で告げられた。


「今日、この会場に吉良財閥の総帥が来ている」
「・・・何?だが、そんな情報は私は得ていない」
「ヒロトからのメールで教えてもらってたんだ。イタリアの試合を観に行くって。俺がこの試合に出ないのは残念だけど、フィディオ・アルデナの試合に興味あるからって」
「何処に・・・」
「お前の後ろだよ」


教えられ、慌てて後ろを振り返る。
眼鏡を掛けて帽子を目深に被っているが、確かに吉良財閥の総帥その人で、エドガーは慌てて姿勢を正した。


「だから、これを用意した。ちょっと無礼になるけど仕方ないな」
「何を・・・」


するつもりだ、と問う前に彼女は行動をして見せた。
両腕に抱えられるほどの花束を、宙に向かって放り投げたのだ。
再開された試合に夢中になっていた観客の間を縫い丁度いい位置に落ちた花束は、狙い違わず吉良その人の手に収まった。
驚き戸惑う様子の彼に向かい笑顔を向けた守は、何気ない口調で言い放つ。


「おじさんにお願いがあるんだ」
「・・・何だね?」
「私の友達にその花を贈って欲しいんだ。それは改良されたブルーカーネーション。さっきの私の技と同じ名前なんだよ。それを私と同じでサッカーが大好きだった、私の友達に渡して」
「っ・・・君は」
「『あなたと会えてよかったよ、ヒロト』、そう伝えてください」


声を殺して涙を流す人に、エドガーは視線を逸らしその場を離れた。
試合は続いているが、守も同様に監督に頭を下げるとユニフォーム姿のままでついてくる。
それも当然だろう。今、この時間にイタリアにいるだけで随分と無理をしていた。
だが理由が判れば何てことない。これは彼女なりの弔いだったのだろう。
いつもの守なら中途半端なことはしたくないと、中退するくらいなら初めから試合に参加したりしない。
それなのにその方針を曲げてまで試合に参戦したのは、ヒロトの父親が居たからだ。


「君は馬鹿だ。こんなに忙しい中私まで連れまわして試合に参加し、しかも途中放棄した」
「ああ」
「ユウトにまで仕事を押し付けたと聞いた。日本から単独で来るために、専任のコーチを護衛代わりに使ったとも」
「ああ」
「これからイギリスに渡っても新年会までは時間がない。どこで準備するつもりだ」
「実は適当に用意しておいた。勿論お前の分も」
「・・・変に気を回すなら、最初からっ」


言葉が中途半端なところで詰まる。
観客席からフィールドまで飛び降りると、堪らずに彼女の手を引いて裏口まで駆けた。
選手用の通路は人通りがなく静まり返っている。
誰も居ないのを確認すると、小さな体を思い切り抱きこんだ。


「・・・この花はヒロトのために用意したのか?」
「そうだよ。吉良さんは大掛かりな葬式は行わないらしいし、俺は行かなくていいって父さんに念押しされてるから行けなかったし」
「献花のつもりか」
「ああ。鮮やかな花だけど、ヒロトには似合うだろう?この花な、花言葉を『永遠の幸福』って言うんだ」


ぴったりだろうと囁いた守の声は震えていた。

指先で弄ぶカーネーションは、目にも鮮やかな色合いだ。
白やピンク、赤が一般的はずなのに、守が一輪だけ差し出したそれは紫がかった薄い青。
先ほどの技のイメージそのもので、このタイミングのために作ったような花だった。


「来世でもし会えたらさ、今度こそ一緒にサッカーしたいな」
「・・・ああ」


どうしようもなく愛しい少女を抱きしめると、エドガーはひっそりと頷いた。
脳裏に浮かぶのは親しき友の姿。
微笑んだ彼が手を振っている気がして、『さよなら』と心の中で小さく呟き、最後の涙を一粒だけ落とした。

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