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「私がいき遅れたら絶対に二人の所為だ」


今は懐かしい体育座りで琥一のベッドを占拠する冬姫に、琉夏は目を瞬かせる。
困ったように頭を掻いて助けを求める兄の視線に、こてり、と首を傾げた。

高校卒業後三年間住処にしていたWestBeachを引き払ったのは今年の四月。
実家に戻った兄弟二人は、現在は各々の道を歩きつつもよくお互いの部屋を行き来する。
そして身内以外で唯一彼ら二人の部屋を自由に出入り出来る特権を持つ女性が、現在琉夏の唯一の兄を参らせているらしい。
基本的に琥一の眉を情けなく下げれるのは冬姫くらいなものだ。
両親公認で兄弟の片思いの相手と認識されてる冬姫は、ある意味桜井家の権力者で同時に父母のお気に入りだった。
どれ位気に入られているかというと、部屋の主が居ようが居まいが部屋の中に案内された挙句お茶菓子まで用意されるくらい気に入られている。
琉夏としては疲れて帰ってきた先で待ち受ける冬姫は誕生日に贈られるプレゼントに等しく、琥一にとってはお化け屋敷で受け取るびっくり箱と同じ感覚らしい。

だが勝手に部屋に入られたとしても、これほど琥一が困っている姿を見たのは初めてだ。
もしかしたら、健全な男なら必ず持っているバイブルでも見つかったのかもしれない。

「・・・何、ニヤニヤ笑ってやがんだ」
「べっつにー?」
「別にっつー顔じゃねぇだろ。お前、こいつなんとかしろ」
「へ?コウのバイブルが見つかったんじゃないの?」
「バイブル?」
「健全な男なら持ってるあれだよ」
「───っ!?アホ!こいつの言葉聞いてなかったのか!『二人の所為だ』っつってたろうが!!」

普段なら照れずにする遣り取りだが、間に冬姫が居るのを意識してか琥一の顔が赤くなる。
勢いよく頭を叩かれ、衝撃で視界がぶれた。
結構な痛みに頭を押さえてしゃがみ込んだ琉夏の背中を、さらに足蹴にしつつ琥一が口を開く。

「家に帰ったらこいつがベッドを占拠しててよ。もうかれこれ一時間ずっとこんな感じだ」
「ずるい、コウ。据え膳じゃん」
「お前の頭にはそれしかないのか!」

踏まれていた背中の圧力が増し、ぐえっと変な声が漏れた。
男として到って普通の思考だと思うが彼の気に召さなかったらしい。
散々踏みつけられた後しゃがみ込んだ琥一が、内緒話をするような距離で耳に囁きかける。

「おい、ルカ。理由を聞き出せ」
「え?一時間もあんな状態なのに、コウ何も聞いてないの?」
「・・・ウルセー。何か言ったら泣きそうで、下手に聞けなかったんだよ」
「・・・・・・」

ヘタレ、という文字が脳裏で点滅したが、兄の沽券に触るだろうと心の内に収める。
代わりに肩を竦めると、体育座りした膝に頭を埋める冬姫へと近づくと、ベッドに足を掛け隣に並んだ。

「おい、ルカ」

威嚇するように声を上げた琥一を無視すると、頭を冬姫に預ける。
ふわっと甘い香がして、癒されるなぁと口元が緩んだ。

「ね、冬姫。どうしたの?」
「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だ」

くぐもった声が聞こえる。
聞き取り辛いが泣いてるわけではなさそうなので、琉夏は話を続けることにした。

「どうしてそんなこと言うんだ?」
「───今日、大学で告白された」
「何!!」

話を促した琉夏より先に反応した琥一は、いきり立ってベッドまでの距離を詰めると琉夏とは反対隣に座る。
眉間に皺がくっきりと寄せられて、その表情は現役時代と何も変わらない。
一般人が見たら尻尾を巻いて逃げ出す顔だが、その余裕のなさを笑う気は琉夏にはなかった。

「誰?」
「え?」
「誰に告白されたんだ?」
「大学の、同級生。学科は別だけど、友達が私と同じゼミを取ってるんだって」
「どんな男だ?」
「───覚えてない」
「覚えてない?」
「あんまり、見た目は印象に残らない感じの人だった」

冬姫の言葉は残酷だ。
告白した相手からすれば、付き合いたいと思えるくらい好いていたのに、彼女の中には覚えておく価値がないと言ってるのと同然だった。
けれどその冷たさを滲ませる言葉に安堵する琉夏が居る。
そしてきっと、琥一も同じ気持ちだ。

先ほどまできりきりと釣り上がっていた眉は、気が緩んだとばかりに普段通りに戻っている。
琉夏の視線に気づくと気まずそうに頭を掻いて視線を逸らした。

「見た目が印象に残らなかったけど、言葉は印象に残った」
「・・・何て言ったの?」
「私、理想が高すぎるんだって。『お前みたいにお高くとまった女、絶対にいき遅れるね。見た目だけじゃん』って言われた」
「んだとぉ?」
「冬姫。そいつ、何処に居るんだ?俺がお前に土下座させてやる」
「俺が、じゃなく俺らが、だ」

冬姫の見た目しか見てなかったくせに、その男はなんて暴言を吐くのだろう。
一瞬で沸点を超えた怒りに、目の前が真っ白になる。
幼馴染を傷つけられた怒りで、琥一も犬歯を剥き出しにして物騒な顔で嗤った。
今にも盗んだバイクで駆け抜けそうだ。
そうなったら琉夏も便乗させてもらおう。
密かに決めて唇を噛むと、ついっと服の裾が引っ張られた。

「仕返し、しなくていいから」
「・・・・・・」
「琉夏君と琥一君が張り合うほど、いい男じゃなかったよ」
「・・・そうかよ」
「うん。だから、あんな男と対等にならないで」
「判った。冬姫がそう言うなら」

立ち掛けていた腰をもう一度ベッドへ据える。
掴まれた裾はそのままだ。
琥一も同じ状態らしく、無碍に振り払えないらしい。
居心地悪そうに腰を落ち着けた。

「私って見た目だけ?」
「ううん。俺は冬姫の見た目も好きだけど、中身がもっと好き」
「私ってお高くとまってる?」
「いいや。んなら俺たちと付き合いが続いてねぇだろ」
「───やっぱり、私がいき遅れるたら二人の所為だ」

服を掴んでいた手が離れ、二人の手をきゅっと握った。
男と比べると遥かに弱い力だが、縋りつくようなそれを振り払う気にはならない。
壊さないよう気をつけて握り返せば、漸く冬姫の顔が上がった。

少しだけ目元が赤く、その姿に胸が締め付けられる。
ここに来る前に泣いていたのかもしれない。
まだ見ぬ男に苛立ちを募らせると、同じ心境の琥一が苛立たしげに舌打した。

そんな琉夏と琥一を交互に見ると、冬姫は一つため息を吐く。
そしてゆっくりと、花が綻ぶように綺麗な微笑みを見せた。

「私がいき遅れたら、絶対に二人の所為だよ。───だって、私の理想って二人が基準だもの」



構える間もなく落とされた核爆弾に、意味を理解した男二人が、瞬く間に顔を赤らめたのは一拍置いてすぐだった。

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