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太陽が中天に昇る時間帯、一郎太は鉄塔の麓に座り空を見上げる。
商店街にクリスマスイルミネーションが着き始めた季節、身を刺すような冷たい風に体をふるりと震わせた。
少しだけ小さくなった青色のミトンの手袋をすり合わせ、同色のマフラーに顔を埋める。
左端だけ白い毛糸が使われてアクセントになっている、ミトンと同じ毛糸で作られたそれは一郎太の宝物だ。
大好きな幼馴染のお姉ちゃんが作ってくれたプレゼント。去年のクリスマス時期に貰ったのだが、『カシミアの毛糸』とやらで編まれたミトンとマフラーは肌触りも良く心地いい。
何よりも、一郎太のために作られた気持ちが嬉しかった。

大好きなお姉ちゃんとあまり会えないのは寂しいが、その分手紙を良くもらえる。
大きくなったら迎えに行くと決めているし、それまでの我慢だ。
寒さだけではなく赤らむ頬に目を伏せ、きょろきょろと周りを見る。
約束の時間まであと五分。時間を過ぎてもこないようなら待たずに家に帰るという約束だが、今まで一度も間に合わなかったことはなかったから心配していない。
地べたに体育座りをして町並みを眺めていると、頬に暖かい何かが当てられた。
びくり、と条件反射で体が震え顔を上げる。切れ長の瞳が見開かれ、徐々に綻んだ。


「まも姉!!」
「よっす、ちろた。久し振り。元気でいい子にしてたか?」
「うん!」


紺色のダッフルコートを着てキャスケットの中に長い髪を纏めている少女は、栗色の綺麗な瞳を猫のように細める。
コートの下から伸びるのは黒のパンツで、同色のブーツもきっちりと履きこなしていた。長いマフラーが風に揺れると、胸元に収まる。
お洒落な格好で悪戯っぽく微笑んでいる幼馴染に伸び上がって抱きつくと、ぎゅっと抱きしめ返された。
先回会ったのはまだひぐらしが鳴いていた頃なので、もう三ヶ月近くぶりに顔を見て話すことになる。
手紙はよく貰うが吐息を感じる距離がやっぱり嬉しい。守の両親が生きていた頃は毎日のように一緒に遊んだのに、それを思うと少しだけ不満だ。
けど、あのときの彼女を覚えているから、笑ってくれている今が大切だった。
寂しいけれど、笑顔で居てくれる方がずっとずっと大事だったから。


「んー?前に会った時より背が伸びたか?」
「2cm伸びた!俺、成長期なんだ!まも姉なんかすぐに抜いちゃうよ」
「そっか、ちろたは成長期か。そりゃ俺も頑張って背を伸ばさなきゃな」
「それじゃ追いつけないじゃないか。まも姉は伸びなくていいんだ」
「ははっ、それだと俺も困るだろ。チビのまんまじゃサッカーが上手くなれない」
「・・・でも、大きくなったら俺が追いつけないよ」


頬を指先で擽られ、首を竦めて上目遣いに訴える。
追いつけなかったら『お嫁さんになって』といつまで経っても言えない。
一郎太の夢は、いつか守よりも大きくなって、彼女を守れるくらいに強くなって、結婚してずっと一緒に暮らすこと。
守が遠くに行ってしまい毎日泣いていた自分に、『お嫁さんになってもらえばずっと一緒に居られる』と教えてくれたのは、娘が欲しいと言っていた母だ。
お気に入りの守が来てくれれば、きっと喜んでくれるに違いない。


「まも姉は、俺よりサッカーが大事なんだ」
「───あのな、比べれるようなもんじゃないだろ。サッカーはサッカー、ちろたはちろた。俺にとってはどっちも大事だ」
「嘘だ。だって、まも姉前よりも会いに来てくれなくなった。弟が出来たから、俺はいらなくなったんだ」
「ちろた」
「まも姉はずっと俺だけのお姉ちゃんだったのに、ずるい」


目の前のコートを握り唇を噛んで俯く。肩口に額を乗せると、優しい手が伸びてきてゆっくりと髪を梳かれた。
懐かしい感覚に瞳を細めて甘やかされた猫のようにうっとりとする。本物の猫だったら、きっとごろごろと喉を鳴らしていただろう。
苛立ちや不安や、とげとげしい気持ちが解けていく。
本当は嫌な部分なんて見せたくない。覚えていて欲しいのは笑顔の自分だ。
鬼道家の娘である彼女から手紙をもらえるだけで特別だと母に教えられた。
今の守は昔の近所に住んでいたただの幼馴染じゃなく、世界に名を響かせる財閥のお嬢様で、稽古や付き合いや色々と制限があって忙しいのだと。
昔から賢く、教えれば何でも出来た守だが、どんなに優れていたとしても一日の時間は増やせない。
会いに来てくれるだけで我慢しなくてはいけないのに、時折どうしても苦しくて仕方なくなる。
本当ならずっと傍に居たのは一郎太のはずなのに、どうして自分じゃない誰かが守の傍に居るのだろうか。
視界がゆらゆらと揺れ、ぽろりと涙が零れ落ちる。
冷えた頬を伝ったそれは、地面に痕を残してく。


「泣くなよ、ちろた。なあ、頼むから」
「うっ、・・・ふ」
「寂しがらせてごめんな。傍に居てやれなくてごめんな。それでも、お前のことを忘れたわけじゃないよ。ちゃんとお前は、俺の大切な幼馴染だよ」
「うー・・・」
「綺麗な髪。俺の大好きなさらさらなこの髪が、肩につくほど伸びる前にまた会いに来る。約束するから」
「本当?俺の髪が伸びる前に、きっと会いに来てくれる?」
「ああ。可愛いちろたの髪が伸びたら、女の俺より可愛くなっちまうからな」
「可愛いって言うな。俺は男だ」
「判ってるよ、ちーろた」


こつりと額を突き合わせ、自分より高い位置にある栗色の瞳と目を合わせる。
綺麗な瞳に嘘はないか、探るように見詰めてこくりと頷く。
抱きついていた体から距離を取ると、すっと右手を差し出した。


「約束」
「ん、リョーカイ。約束だ」
「ゆーびきりげんまん嘘ついたら針千本のーます」
「指切った」


昔、よく繰り返した約束の方法。
夕日が沈むたびにまだ遊びたいとぐずる一郎太にこれを教えたのは守だ。
涙で引きつる顔に笑みを浮かべると、嬉しそうに守も笑った。


「そうだ!これ、プレゼントだ。手袋と、あと今年は帽子。マフラーはまだ使えるだろうから、これにしたんだ」


守の目の色と同じ栗色のミトンの手袋を手渡され、両手でぎゅっと握りこむ。
瞳を輝かせた一郎太の頭に同色の帽子を被せるとよく似合うと守は笑った。


「やっぱちろたには垂れた犬耳だな。可愛い可愛い」


何を言っているのか良く判らなかったが、褒められているので頬を染めて照れると、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられた。


「まも姉、苦しい」
「ふふふ、我慢しろ。会えない分だけチャージしなきゃな」
「チャージ?」
「ちろたをいっぱい記憶しておくの。そしたら離れててもすぐに思い出せるだろう?」
「うん!じゃあ、俺もいっぱいまも姉をチャージする」
「おう、しろしろ」


ぎゅうぎゅうに抱きしめあうと、冬の日でも寒くない。
心も体も温かくて、誕生日よりクリスマスより、ずっとずっと楽しくて嬉しい。
どんなプレゼントよりも、彼女の存在が一番の贈り物。


「さあ、ちろた、聞かせてくれよ。俺が居ない間に、お前はどんな風に暮らしてたんだ?学校はどうだ?楽しいか?」
「あのね───」


守のロングマフラーに二人で包まると、伝えたかったことを拙いながらも必死に口にする。
いつだって受け取るばかりの一方通行の言葉が重なるこの時間は、一郎太の宝物だった。

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