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「・・・何、その格好」


ぽかんと間抜けに口を開けたフィディオは、有り得ない格好の守を思わず指差した。
するときゅっと眉間に皺を寄せた守は、驚きの根本である布を体から払う。


「って言うか、本当にマモル?別人がコスプレしてるの?」
「・・・正真正銘マモル・キドウだよ。見て判るだろ」
「見て判らないから質問したんだ。ゴーグルは普段から下げてるからまだわかるとして、何そのマント。意味が判らない」
「五月蝿い。今日の俺は絶対に負けないヒーローだからな」
「いやいやいやいや、ヒーローって」


北のリーグの決勝戦なので応援に駆けつけたが、最早関心は試合から逸れている。
それくらい今の守の格好はフィディオに衝撃を与えていた。
身に着けるユニフォームは赤をベースに肩口に白い小さな星が印字されているいつもどおりのものなのだが、それに付随する青い布が不思議さを醸し出している。
彼女が言うヒーローは日本ではマントを纏うものなのだろうか。
普段は首から提げているゴーグルでしっかりと顔を覆っているのもインパクトが凄いのかもしれない。
せめてどちらか一方なら、フィディオもここまで驚かなかったはずだ。
しかもそれが堂々としていて無駄に似合っているのがなんともコメントし辛かった。
サッカー中はいつも二つで結んでいる髪は一本で結い上げられ、オレンジ色のバンダナで結ばれている。
愛らしい顔は半分以上が隠れていて、背番号すら見えないし、それ以上の目印があっても彼女のファンもさぞかし戸惑うだろうと苦笑した。
隣で無言を通していたエドガーも同じ気持ちらしく、苦々しい表情でうっそりとため息を吐き出した。


「本気でその格好で試合に出るつもりか、マモル」
「そうだよ。つーか、何でエドガーまでいるわけ?お前忙しいんだろ」
「・・・私が婚約者の応援に来て何が悪い」
「婚約者じゃねえし。単なる許婚だし」
「同じようなものだろう」
「違う」


つん、と顎をそらした守にエドガーは黙り込んだ。
上下関係、あるいは力関係がはっきりした姿に口を手で覆いこっそりと笑う。
第一印象の通りにエドガーは取り澄まして年齢以上に落ち着いた少年だったが、ただ一人、守の前ではそのペースも崩れるようだった。
普段のエドガーはイギリス男性らしく女性には紳士に振舞うのに、じゃじゃ馬の守にだけはその態度も型崩れだ。
今だって眉間に皺を寄せて渋い顔をしているが、内心ではへそを曲げたように見える守に気を揉んでいることだろう。
フィディオからすれば喜劇のようだが、本人が至って真面目なのがまた笑いを誘う。
困りきったエドガーがこちらに視線をやり助けを求めたのに慌てて笑いを引っ込ませると、こほんと一つ咳払いをして姿勢を正した。


「でも、今日の試合は地元のテレビも来るんだよ?一応イタリア全土に放映されるのに、本気でいいのか?」
「いいよ。録画して送ればどれが俺か有人もすぐに判るしな」
「ユウト、ユウト、ユウト、ユウト。君はいつも弟のことばかりだ。たまには自分自身のことを考えて行動したらどうだ?」
「俺自身のことを考えて行動した結果だ。俺は有人に俺を見つけて欲しいからな」


嬉しげに笑う彼女は本気で言っているに違いない。
何しろ先月顔を合わせた弟を心から可愛がっているのは一月で理解できた。
猫可愛がりを絵に描いたらこんなのだろうと感心してしまう仲良し兄弟だったのだから。
何でも器用にこなす守の弱点を敢えて上げるなら、弟の有人だろう。
いつか彼女に何かあるとしたら、彼が原因なんじゃないかと危惧してしまうほどに、守は弟を溺愛していた。
エドガーの言葉は嫉妬も含まれるが、その心配も多分にあるのだと思う。
フィディオもその気持ちが良く理解できた。
彼にとっても自分にとっても認めたくないけれど、ある意味、フィディオとエドガーは良く似ている。
苦笑すると、もう仕方ないとフィディオは肩を竦めた。


「マモルがいいなら、もういいけど」
「フィディオ!」
「だって仕方ないじゃないか。マモルが一度言い出したら聞かないって君も知ってるだろ」


出会った当初からすれば考えられないほど砕けた口調で告げれば、何とも言えない渋い表情でエドガーは黙り込んだ。
見た目や態度や身分からとっつきにくい奴かと思えば、守の前では形無しの苦労性。
多大に同情も含み、今では彼は年相応の少年として認識している。
生真面目な彼にしては随分と性質が悪い相手に恋をしたものだ、と苦笑せずに居られないほど心の距離は近くなっていた。
エドガーの方も素の守を知っているフィディオを友人として認識し始め、たまに焼もちを妬くこともあるが概ね寛大な気持ちで見てくれている。
今回もフィディオとの二人掛りの説得で駄目だったのだから、と許婚の権限が公式の場以外限りなく低い彼は、重苦しいため息を吐き出して妥協した。


「・・・せめて毎回は止めてくれ」
「当たり前じゃん。毎回こんな格好してたら、俺ただの変人じゃん。有人が見てない試合でこんなわけのわかんない格好する必要なんてないし」
「───そこまで思いながらどうして今これを着るんだ」
「俺が有人のヒーローだから。姉として、格好いいとこ見せたいんだよ」


ぷくっと頬を膨らませて子供っぽい表情を見せた守に、思わずとばかりにエドガーが笑った。
慌てて咳払いをして表情を隠したが、あれは可愛いものを見た女の子と同じような反応だった。
懸命にもそれに突っ込みを入れなかったフィディオは、頑固に腕を組む彼女の肩をぽんと叩いた。


「まあ、俺としてはこの試合勝ってくれれば文句ないよ。この試合に勝てばマモルたちのチームが北の代表。そうしたら俺たちとイタリア一を争うのはマモルのチームだ」
「勝者の余裕か、フィディオ?俺がこの試合に勝ったら、お前たちのイタリア一の夢は潰えるけど、俺の応援してていいのか?」


漸く普段どおりに少しばかりの意地の悪さを含んだ笑みを見せた守に、フィディオは会心の笑みを浮かべた。


「大丈夫。君たちが勝っても、俺たちのイタリア優勝の夢は叶えられるからね」
「言ってろ」


くつりと喉を奮わせた守は、仲間の呼び声に手を上げると背中を向けた。
振り返らずにマントを翻して去っていく親友の姿を見送ると、ちらりと視線だけで隣を窺う。
きっちりとVIP席を場所取りさせているエドガーは、沈痛な顔で首を振った。


「全く・・・本当に頑固だ」
「仕方ないさ。あれがマモルだし」
「判ってるがな。もう少し、自分を優先してもらいたいものだ」


嘆いているエドガーの気持ちがフィディオはきっちりと理解できた。
本人は気にしないようだが、どう考えても奇抜な格好だとやはり思う。
確かにテレビに映っても一目で誰か理解できるだろうが、それでもあれはないんじゃないだろうか。
マントにゴーグル姿が地味に似合っているからまた複雑な気分にさせられる。

堂々とフィールドに上がった守は、物怖じしない態度で敵対チームの前に立った。
流石に面食らっているが、仲間たちは何も気にしていない。
あのチームは要である守に対して一種宗教的な崇拝でもしてるのだろうか、と失礼な疑問を抱きつつフィディオは座席に向かおうとエドガーを促した。


絶好調で司令塔として活躍した守は、チーム優勝へと導いた貢献者として北リーグのMVPを受賞した。
その頃になれば観客含めて奇抜な格好も見慣れ、盛大な拍手で彼女は迎えられていた。
人間の順応力の凄さに、この日ほど感心したことはないとフィディオは後に語ることになるが、今はまだ苦笑を湛えて観客の一人として笑うだけ。

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