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「顔を上げろよ、豪炎寺」


場に似合わぬ笑いを含んだ声に、咄嗟に言われるがままに顔を上げて横にいる彼女を眺めた。
いつの間に取得したのか、口に駄菓子のドーナツを咥えた円堂は、面白そうに瞳を細めて武方三兄弟を観察した。
まじまじとした遠慮ない視線が気に食わなかったのか、真ん中の勝が唇を歪める。
だが彼女は全く気にせず、同じく駄菓子を口に含んだ一之瀬がぱちぱちと瞬きをした。

「誰あれ?守の知り合い?」
「んーにゃ。でも情報は持ってるぞ。木戸川清修のストライカー武方三兄弟。三つ子ならではの息の合ったプレイでゴールを狙う、最近になって頭角を現した奴らだな。一度試合を見に行ったが、トライアングルZは中々の威力だったぜ」
「へぇ・・・運だけで勝ち抜いた弱小サッカー部にも俺たちのこと知ってる奴がいるんだな」
「それだけ俺たちの知名度が上がってきたみたいな?お前なんか超えたって証明だな、豪炎寺」


自慢気に胸を張った勝を横目に、円堂は手に持っていたドーナツをまた一口齧る。
お嬢様だったにしては豪炎寺ですら足を踏み入れたことがない駄菓子屋に異常に馴染んでいたが、子供とも仲が良い様子からもしかしたらたびたび足を運んでいるのかもしれない。
彼女の隣に立っている一之瀬も口に大きな飴を入れて頬を膨らませてるのに違和感もないし、しかも両手にはちゃっかりと袋一杯に駄菓子を持っている。
もしかして普段円堂家に置いてある山積みのお菓子は、学校での差し入れ以外はここで購入しているのかもしれない。
ころころとリスのように頬の中で飴を転がす一之瀬は暢気に円堂の肩へ手を置いた。
それにより鬼道の視線が鋭くなったが、彼は全く気にしない。


「・・・てか何でそんなに豪炎寺に拘るわけ?」
「ああ、そっか。一哉は知らないんだっけ?豪炎寺はな、サッカーの名門木戸川清修からの転校生なんだぜ」
「ふーん。じゃ、こいつら元チームメイトってことか。それにしては嫌われてるなあ」


にこにこと無邪気な笑顔で辛辣な言葉を吐く一之瀬に、武方三兄弟がやや引きつった表情になる。
そしてそれを態々煽るように円堂が付け足した。


「そりゃそうだろ。去年のあいつらはただの補欠メンバーだったからな。一年生にしてレギュラー、さらにエースストライカーの名を欲しいままにしていた豪炎寺は憧れで、ついでに夢も託してたんだろ。自分たちは出場できなくとも、誰よりも輝いてるあいつならってな」


くつくつと喉を奮わせた円堂は、無邪気に見えるが確信犯に違いない。
こういうとき経験の差を見せ付けられる気がした。武方三兄弟の憤怒の視線を一身に浴びてもぶれることない胆の据わり方は尋常じゃない。
むしろ怒りの激しさに円堂を庇うように前に出た鬼道の方が敏感に空気を察知していて、きょとりとした表情の一之瀬は状況を理解してるのかどうかわからない。
笑顔で円堂を見た一之瀬は、ぽんと手を打つと晴れやかに頷いた。


「ああ、じゃこいつらは俺と同じってこと?」
「んー・・・まあ、そうなるのかな?」
「俺たちはっ」


だが暢気に会話する二人の間に、勝が割り込んだ。
怒りで紅潮した顔を盛大に歪めて豪炎寺を指差した。


「俺たちはこいつに憧れてない!こいつは俺たちの期待を裏切った臆病者だ」
「そうだ!豪炎寺のせいで、去年の俺たちがどれだけ屈辱を味わったか・・・」
「豪炎寺。君は最悪な敗者だ。敵に恐れをなし、仲間を見捨てて逃げ出した負け犬でしかない」
「そんな奴に、俺たちが憧れる!?有り得ない妄想みたいな」


吐き出すように告げられた言葉は一つ一つが心に突き刺さった。
彼らの言葉は全て嘘がなく、円堂が言うように自分に憧れているとか云々抜きにして仲間をおろそかにした行為に映っただろう。
実際罵られて仕方ないと思っているので反論など出来ようはずもなく、唇を噛んで視線を落とした。


「だから顔を上げろって言ってんだろ、豪炎寺。俯く必要はない。お前は自分の行動を恥じてなんかないだろう?」
「・・・何を言ってるんだ?」


円堂は不思議そうに首を傾げる鬼道に微笑むと、彼の頭を優しく撫でた。
その手つきは妹を前にしたときの嘗ての自分を思い出させ、豪炎寺はぐっと歯を食いしばる。
優しさや慈しみを惜しみなく注ぎ、瞳で愛しいと語っていた。
血の繋がりがなくとも円堂が鬼道に向ける親愛は本物で、春の日差しのように暖かく柔らかだ。
面白くなさそうに頬を膨らませる一之瀬の頭も同様に撫でると、小動物にするよう頬を擽って笑った。
そうしてると確かに少女は年上の貫禄を出していて、一気に機嫌がよくなったらしい一之瀬はほにゃりと満足げに緩んだ顔になる。
今度は鬼道が眉を吊り上げ、最近では定番になっている遣り取りに飽きが来ないのを不思議に思った。
そんな豪炎寺に悪戯っぽく微笑んだ円堂は、眼鏡のつるを指の腹で押し上げると口角を持ち上げる。


「例え時間を巻き戻しても、お前は同じ行動をするはずだ。なら俯くな。真っ直ぐに前を見て、あいつらを受け止めるのがお前の役目だ」
「円堂・・・」
「後悔なんて好きなだけしろ。けれど自分を恥じようとするな。お前はただ、自分の大切なものを選んだだけだ」


ふわりと微笑んだ円堂は、豪炎寺の中に沈殿していた黒くて重たい何かを掬い上げた。
それはきっと彼女が言う後悔や、それに付随する苦しみや悲しみ、そして悔しさなどの負の感情。
ずっと、ずっと豪炎寺を苦しめてきたもので、吐き出す先すら見つけれなかった心の叫び。
いつもと変わらぬ何食わぬ笑顔のままであっさりと人の心を照らす彼女の苦笑する。
今にも泣きそうに歪んでいたが、それは確かに笑顔だった。


「ああ、判ってる。───俺は、幾度時間を巻き戻しても絶対に同じ道を選ぶ。誰に何を言われても、責められても嘲られようとも、絶対に」
「そうだろうよ。俺も同じだ。だからお前の気持ちはよく判る」


豪炎寺の肩を抱いた円堂の目には嘘がない。
それに背中を押されるように、こちらを睨む武方たちの視線を真っ向から受け止めた。
彼女が言うとおりだ。
後悔なんて幾らでもした。何故、どうしてと幾度も考えた。
けど出せる結論はいつだって一つで、それを恥じる気は絶対にない。


「お前たちが俺に言いたいことが山ほどあるのは判っている。怨み辛み、憎しみ悲しみ。それらを全て俺は受け止める」
「豪炎寺・・・」
「言葉で語りつくせぬ想いはサッカーで聞く。俺たちには結局それが一番だから」


嘗ては仲間として戦い、今は自分を憎んでいる彼らに返せる精一杯の誠意で最低限の礼儀だ。
そのときは全力で挑み正面からぶつかる。
自分が居なくなったことで彼らに与えた影響は計り知れず、その想いが彼らを強くした。
今の木戸川清修は例年以上に強豪に違いない。
言い訳はしない。理解してもらいたいなんて望まない。
ただ本気のサッカーを。


「俺たちはお前なんかに絶対に負けない」
「勝つのは俺たち武方三兄弟だ」
「フィールドで敗北を噛み締めるといい、豪炎寺修也」


先ほどの嘲笑を含んだ声でなく、より一層真剣な色を宿した彼らに頷いた。


「っ!見つけた、武方三兄弟!!」
「え?」
「お前、西垣!!?」
「ん?一哉、西垣知ってるの?」
「ああ。アメリカで昔同じチームでプレイしてた幼馴染だよ。って、守こそどうして知ってるんだ?」
「言ったろ、試合を一度見たって。いい動きしてたから名前を覚えといたんだ。木戸川清修の西垣守、二年生。ポジションディフェンスの背番号2。カットが上手いよな」
「・・・良く、知ってるな」


驚きに瞳を丸めた西垣に円堂が綺麗にウィンクした。


「俺も守って言うんだ。宜しくな」


笑顔で差し出された右手を、咄嗟に掴んだ西垣は小首を傾げた。


「・・・男、だよな?」


訝しげに眉間に皺を寄せて問う西垣に、円堂は悪戯っぽく笑った。
唐突な西垣の疑問に武方三兄弟が馬鹿にしたように鼻を鳴らし、その問いに答える前に邪魔が入った。


「西垣、武方たちは見つかったか?」
「はい、監督。やっぱり雷門へ来てました」
「ったく、仕方がないなお前らは」
「・・・ご無沙汰してます、二階堂監督」
「おう、豪炎寺。元気にしてるか?」
「はい」
「そうか」


変わらぬ笑顔を向けてくれる人から視線を逸らすと、どんと背中を力強く叩かれたたらを踏んだ。
驚いて顔を背後に向けると、円堂が立っていた。


「格好いい監督じゃん、豪炎寺」
「ああ。それだけじゃなく指導力も素晴らしいんだ」
「へえ、じゃあ凄くお世話になったんだな。んじゃ、俺も挨拶しなきゃ。今、豪炎寺が所属する雷門サッカー部のキャプテンを務める円堂守と申します。ご高名な二階堂監督にお会いできて嬉しいです」
「高名?」
「ええ。プロリーグで活躍され、中学サッカー界でも名監督として名高い方です。今の豪炎寺の基礎を作ったのは、彼の努力もあるでしょうが監督の力も大きいはずです」
「・・・参ったな」


中学生らしからぬ円堂の物言いに困ったように眉を下げて頭を掻いた二階堂は、彼女の顔を正面から見て不意に眉間に皺を寄せた。
まじまじと顔を見詰め、まさかな、と呟くと首を振る。


「どうかしたんですか、監督?」
「いや・・・円堂君の顔が知っている子に似てたものでね。と言っても、こちらが一方的に知っているだけなんだが、彼女がこんなところに居る訳がないか」


後半は独り言のように呟いた二階堂はもう一度豪炎寺を見て、嬉しそうに表情を綻ばせた。
そして隣にいる円堂、鬼道、一之瀬の順に視線をやると顎に手を当てる。


「───いい仲間を得たようだな、豪炎寺」
「はい」
「次の試合、楽しみにしている。お互いベストを尽くそう」


楽しみだと笑った彼に、体の力が抜けた。
緊張していたのだと始めて気がつき、支えるように肩に円堂の手が触れる。
振り返らなくてもそこに居てくれる存在に、豪炎寺は心から感謝した。


「全力で戦います。俺の、今の持てる力全てで勝ちに行きます」
「勇ましいな。けれど俺たちも負ける気はない。試合、楽しみにしてる」


行くぞと告げた二階堂に、四人は着き従った。
去っていく背中を視線で見送り、ぐっと拳を握り締める。
彼らと顔を合わせるまで常に心に落ちていた悔恨と言う名の闇は拭い去られ、いつもと同じ高揚感に包まれた。


「ありがとう、円堂」


振り返らずに囁けば、くくくっと小さく声が聞こえた。


「どーいたしまして」


笑いを含んだ声音の彼女の表情は見ずとも脳裏に鮮やかに浮かび、釣られたように豪炎寺も笑った。

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