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かりかりかりと静かな部室にシャープペンの走る音がする。
雨により部活中止の連絡が入ったので、部室の中は静かなものだ。
ゆったりした空気は久々で、鬼道の胸を甘く締め上げる。
トタンを叩く雨音すら極上のクラシックに匹敵するBGMで、目の前で分厚い本を捲る姿は一枚の絵画のようだった。
懐かしさすら覚える光景に、すっと目を細める。
昔、まだ彼女が鬼道の家に住んでいる頃、良く勉強を見てもらっていた。
普段は家庭教師に学んでいたが、姉が日本にいる間はいつでも彼女に勉強をみてもらっていた。
利発な姉はともすれば家庭教師より余程上手に勉強を教えてくれて、姉を独占できる唯一の手段である勉強はお陰で好きになれた。
彼女が勉強してる姿は一度として目にしたことはないが、全国模試でも常に一位で、一度覚えたことを忘れない彼女は神童として扱われてた。
「・・・どうかしたか、有人。わからない問題でもあったか?」
いつの間にかまじまじと見詰めすぎていたのだろう。
本から顔を上げた円堂と視線が正面から絡み、こくりと喉を鳴らす。
らしくなく動揺してしまうのは、相手が円堂だから。
昔はノンフレームの眼鏡だったが、今は黒縁のお洒落眼鏡の奥から栗色の大きな瞳が覗いている。
太めのフレームだけで印象は随分と変わり、夢破れてからも儚げな雰囲気の姉を好んでいた幼馴染を思い出し、この姿を見せてやりたいと意地悪く笑った。
もっともそれは本心ではなく、どんな姿でも愛しい人をライバルに晒す気はなかったけれど。
じっとこちらを眺めながら小首を傾げて返事を待つ円堂に口を開きかけた瞬間、最近では通例になる邪魔が入った。
「守、俺ここが判んない」
横から顔を出して甘えるように円堂にすりつく一之瀬の姿に、鬼道はぎりぎりと奥歯を噛み締める。
帰国子女である彼はどうしてか姉と同居しているらしいが、鬼道には未だにそれは承服しかねた。
何しろ鬼道自身は姉が何処に住んでいるかすら知らないのだ。
父からもたらされた限りある情報の一つに、目付け役として一之瀬一哉の名前が入っていたときの衝撃は忘れられない。
聞くところによると、彼はアメリカ時代の円堂の恩人らしい。
廃人同様に無気力になった彼女にもう一度サッカーをさせ、そして笑顔を取り戻させた。
彼女の過去を知りつつそれでも現在の姿に失望せずに一心に慕い、裏表ない態度に彼を信頼した父が直々に円堂の目付けを頼んだそうだが、そんなのは納得できない。
以前ならともかく今はもう完全とは言えなくとも姉との関係は随分と緩和されていた。
どうせなら鬼道自身が彼女と同居した方がずっとずっと安心できるはずだ。
けれどそれを訴えれば父は苦い顔をして許可をくれなかった。
否、正確には『守がいいと言うなら』と許可をくれたが、姉は未だに在宅の許可どころか自宅のありかすら教えてくれない。
思い余って後を付けようとしたら、そんなことしたら絶交だと言い渡された。
一之瀬と並んで帰る姿を震える拳を握り締め怒りに堪えていたら、横から豪炎寺に慰められた。
一瞬だけ心が慰められたが、あいつも円堂の自宅を知っていると言われた瞬間から一切の慰めは不要だと手を振り払ったのは記憶に新しい。
やっぱり受け入れてもらえないのだろうかと落ち込んでいると、何処からともなく現れた妹に慰められた。
それがまた一層情けない気分だと嘆息すると、『いざとなったら泣き落としだよ』と拳を握って宣言された。
妹がどうやって自分のところへ円堂を送り出したか思い出したが、それをしても動いてくれないだろう姉の厳しさを知ってるだけに苦笑しか浮かばない。
今では学校の限られた時間をなるべく傍に居ることで何とか心を慰めているが、その内絶対に家に向かうと心に決めていた。
そしてそうなったとき、一番のお邪魔虫は目の前の一之瀬だろうと確信している。
一之瀬自身も鬼道を嫌いだと断言したが、彼の実力を認めつつも鬼道も彼が好きじゃない。
特に、今みたいに甘える姿を見ると、怒りを堪えるだけで精一杯だった。
「・・・姉さんは俺に聞いたんだ、一之瀬」
「何で未だに姉さんて呼んでるんだよ。守はもう鬼道の姉じゃないだろ」
「苗字が違っても姉さんは姉さんだ。公私は分けて事情を知ってる人間の前以外では口にしてないんだ、放っておいてくれ」
「放っておけないね。俺は守が大事だ。今の守の生活を、お前なんかに乱して欲しくない」
「俺が姉さんの邪魔になると言いたいのか?」
「それ以外にどう聞こえるって言うんだ?」
可愛らしい顔をしているくせに、欧米仕込のはっきりした態度で睨む一之瀬に舌打ちする。
どんなときでも冷静であれ。
そう教えられてきたが、鬼道とて逆鱗はある。
触れられれば理性など消失し、怒りで全身が支配される。
未熟だと思うがこればかりはどうしようもない。
もう子供の頃から刷り込まれた条件反射なのだから。
「俺は姉さんを傷つけたりしない」
「どうだか。───守のこと、何も知らないくせに」
「・・・お前こそ。姉さんのこと、何も知らないくせに」
ぎらぎらとした目をする彼から一切視線を逸らさぬままに睨み返した。
彼は鬼道が知らないこの二年間の円堂を知っている。
けど同じように、この二年間以外の過去を彼は知らない。
円堂に対する情報は鬼道の方がずっと上で、ずっとずっと知っている。
一触即発とばかりに睨み合っていると、呆れたような声で仲裁が入った。
「はいはい、もうやめ。ったく、お前らは本当に相性が悪いな~。これが試合に影響しないのが心底不思議だ、俺は」
「俺も円堂の言葉に納得。そもそも二人と円堂に教えを請うてるけど、円堂ってそんなに勉強できるの?帰国子女の一之瀬はともかく、鬼道さんなんて勉強教わる必要ないだろ」
「・・・何言ってるの、土門。守はダブってるけど、勉強はむちゃくちゃ出来るよ」
「そうだ。姉さんは鬼道の長子だ。何をしても一番を取れと言われる生活をしていたんだぞ?俺なんか足元にも及ばない知識量だし、基本的に何でも出来る。料理、裁縫、ダンス、音楽、武芸、語学、日舞にお茶やお花も何でもござれだ」
「───マジ?」
「マジだぞ、土門。前も言ったろ?俺って見た目よりお嬢様」
一之瀬と鬼道の言葉を円堂が肯定すれば、今まで息すら殺すように自分の勉強を進めていた土門は驚きで目を丸めた。
一応転校生の鬼道と、帰国子女である二人のために開かれた勉強会だが、土門が発言したのは一時間経って始めてだ。
人の感情の機微に聡い彼が遠慮していたのに気づくと恥じ入るばかりだが、それでも目の前のあからさまなライバルに牙を剥かずにいられない。
漸く普通の空気に戻ったことに安堵したらしい彼に苦笑すると、一瞬だけ視線を一之瀬に送ってから円堂を見た。
「姉さん、俺は古典が少し苦手なんで教えてもらえますか?」
「古典なら俺も苦手。帰国子女だから」
もう一度空気を立て直そうとしたところで、また絶妙の邪魔を入れた一之瀬を睨む。
その様子を眺めて呆れたと苦笑した円堂は肩を竦めると土門を見た。
「なら、お前も同条件だな、土門。確か、お前んとこも俺のとこと担当教師は同じだったよな?課題のプリント出てるだろ。教えてやるからノート広げてみ」
「っ、ああ。ありがと、円堂」
頷いた土門は鞄からプリントとノートを取り出した。
一之瀬と睨み合いながらも、同じようにプリントとノートを取り出す。
円堂もプリントを手に持つと、そのまま文章を一通り長し読みして解説を始めた。
久し振りに受ける姉の授業は相変わらず判り易く、するすると入る内容に土門は次の授業を予約していた。
「姉さん」
「ん?」
「今度は二人きりで教えてください」
一之瀬と土門が話してる隙に耳元で囁けば、苦笑した円堂は否とも是とも言わずにプリントを振った。
けれど曖昧に誤魔化されてなるものか、と彼女の手を取ると無理やりに小指を絡める。
「約束です」
にこり、と微笑めば仕方ないな、と苦笑された。
弟としての経験は、今でもやっぱり活かされていて、その様子を見た土門は存外に甘え上手な鬼道に感心し、一之瀬は頬を膨らませて不服をあらわにした。
雨により部活中止の連絡が入ったので、部室の中は静かなものだ。
ゆったりした空気は久々で、鬼道の胸を甘く締め上げる。
トタンを叩く雨音すら極上のクラシックに匹敵するBGMで、目の前で分厚い本を捲る姿は一枚の絵画のようだった。
懐かしさすら覚える光景に、すっと目を細める。
昔、まだ彼女が鬼道の家に住んでいる頃、良く勉強を見てもらっていた。
普段は家庭教師に学んでいたが、姉が日本にいる間はいつでも彼女に勉強をみてもらっていた。
利発な姉はともすれば家庭教師より余程上手に勉強を教えてくれて、姉を独占できる唯一の手段である勉強はお陰で好きになれた。
彼女が勉強してる姿は一度として目にしたことはないが、全国模試でも常に一位で、一度覚えたことを忘れない彼女は神童として扱われてた。
「・・・どうかしたか、有人。わからない問題でもあったか?」
いつの間にかまじまじと見詰めすぎていたのだろう。
本から顔を上げた円堂と視線が正面から絡み、こくりと喉を鳴らす。
らしくなく動揺してしまうのは、相手が円堂だから。
昔はノンフレームの眼鏡だったが、今は黒縁のお洒落眼鏡の奥から栗色の大きな瞳が覗いている。
太めのフレームだけで印象は随分と変わり、夢破れてからも儚げな雰囲気の姉を好んでいた幼馴染を思い出し、この姿を見せてやりたいと意地悪く笑った。
もっともそれは本心ではなく、どんな姿でも愛しい人をライバルに晒す気はなかったけれど。
じっとこちらを眺めながら小首を傾げて返事を待つ円堂に口を開きかけた瞬間、最近では通例になる邪魔が入った。
「守、俺ここが判んない」
横から顔を出して甘えるように円堂にすりつく一之瀬の姿に、鬼道はぎりぎりと奥歯を噛み締める。
帰国子女である彼はどうしてか姉と同居しているらしいが、鬼道には未だにそれは承服しかねた。
何しろ鬼道自身は姉が何処に住んでいるかすら知らないのだ。
父からもたらされた限りある情報の一つに、目付け役として一之瀬一哉の名前が入っていたときの衝撃は忘れられない。
聞くところによると、彼はアメリカ時代の円堂の恩人らしい。
廃人同様に無気力になった彼女にもう一度サッカーをさせ、そして笑顔を取り戻させた。
彼女の過去を知りつつそれでも現在の姿に失望せずに一心に慕い、裏表ない態度に彼を信頼した父が直々に円堂の目付けを頼んだそうだが、そんなのは納得できない。
以前ならともかく今はもう完全とは言えなくとも姉との関係は随分と緩和されていた。
どうせなら鬼道自身が彼女と同居した方がずっとずっと安心できるはずだ。
けれどそれを訴えれば父は苦い顔をして許可をくれなかった。
否、正確には『守がいいと言うなら』と許可をくれたが、姉は未だに在宅の許可どころか自宅のありかすら教えてくれない。
思い余って後を付けようとしたら、そんなことしたら絶交だと言い渡された。
一之瀬と並んで帰る姿を震える拳を握り締め怒りに堪えていたら、横から豪炎寺に慰められた。
一瞬だけ心が慰められたが、あいつも円堂の自宅を知っていると言われた瞬間から一切の慰めは不要だと手を振り払ったのは記憶に新しい。
やっぱり受け入れてもらえないのだろうかと落ち込んでいると、何処からともなく現れた妹に慰められた。
それがまた一層情けない気分だと嘆息すると、『いざとなったら泣き落としだよ』と拳を握って宣言された。
妹がどうやって自分のところへ円堂を送り出したか思い出したが、それをしても動いてくれないだろう姉の厳しさを知ってるだけに苦笑しか浮かばない。
今では学校の限られた時間をなるべく傍に居ることで何とか心を慰めているが、その内絶対に家に向かうと心に決めていた。
そしてそうなったとき、一番のお邪魔虫は目の前の一之瀬だろうと確信している。
一之瀬自身も鬼道を嫌いだと断言したが、彼の実力を認めつつも鬼道も彼が好きじゃない。
特に、今みたいに甘える姿を見ると、怒りを堪えるだけで精一杯だった。
「・・・姉さんは俺に聞いたんだ、一之瀬」
「何で未だに姉さんて呼んでるんだよ。守はもう鬼道の姉じゃないだろ」
「苗字が違っても姉さんは姉さんだ。公私は分けて事情を知ってる人間の前以外では口にしてないんだ、放っておいてくれ」
「放っておけないね。俺は守が大事だ。今の守の生活を、お前なんかに乱して欲しくない」
「俺が姉さんの邪魔になると言いたいのか?」
「それ以外にどう聞こえるって言うんだ?」
可愛らしい顔をしているくせに、欧米仕込のはっきりした態度で睨む一之瀬に舌打ちする。
どんなときでも冷静であれ。
そう教えられてきたが、鬼道とて逆鱗はある。
触れられれば理性など消失し、怒りで全身が支配される。
未熟だと思うがこればかりはどうしようもない。
もう子供の頃から刷り込まれた条件反射なのだから。
「俺は姉さんを傷つけたりしない」
「どうだか。───守のこと、何も知らないくせに」
「・・・お前こそ。姉さんのこと、何も知らないくせに」
ぎらぎらとした目をする彼から一切視線を逸らさぬままに睨み返した。
彼は鬼道が知らないこの二年間の円堂を知っている。
けど同じように、この二年間以外の過去を彼は知らない。
円堂に対する情報は鬼道の方がずっと上で、ずっとずっと知っている。
一触即発とばかりに睨み合っていると、呆れたような声で仲裁が入った。
「はいはい、もうやめ。ったく、お前らは本当に相性が悪いな~。これが試合に影響しないのが心底不思議だ、俺は」
「俺も円堂の言葉に納得。そもそも二人と円堂に教えを請うてるけど、円堂ってそんなに勉強できるの?帰国子女の一之瀬はともかく、鬼道さんなんて勉強教わる必要ないだろ」
「・・・何言ってるの、土門。守はダブってるけど、勉強はむちゃくちゃ出来るよ」
「そうだ。姉さんは鬼道の長子だ。何をしても一番を取れと言われる生活をしていたんだぞ?俺なんか足元にも及ばない知識量だし、基本的に何でも出来る。料理、裁縫、ダンス、音楽、武芸、語学、日舞にお茶やお花も何でもござれだ」
「───マジ?」
「マジだぞ、土門。前も言ったろ?俺って見た目よりお嬢様」
一之瀬と鬼道の言葉を円堂が肯定すれば、今まで息すら殺すように自分の勉強を進めていた土門は驚きで目を丸めた。
一応転校生の鬼道と、帰国子女である二人のために開かれた勉強会だが、土門が発言したのは一時間経って始めてだ。
人の感情の機微に聡い彼が遠慮していたのに気づくと恥じ入るばかりだが、それでも目の前のあからさまなライバルに牙を剥かずにいられない。
漸く普通の空気に戻ったことに安堵したらしい彼に苦笑すると、一瞬だけ視線を一之瀬に送ってから円堂を見た。
「姉さん、俺は古典が少し苦手なんで教えてもらえますか?」
「古典なら俺も苦手。帰国子女だから」
もう一度空気を立て直そうとしたところで、また絶妙の邪魔を入れた一之瀬を睨む。
その様子を眺めて呆れたと苦笑した円堂は肩を竦めると土門を見た。
「なら、お前も同条件だな、土門。確か、お前んとこも俺のとこと担当教師は同じだったよな?課題のプリント出てるだろ。教えてやるからノート広げてみ」
「っ、ああ。ありがと、円堂」
頷いた土門は鞄からプリントとノートを取り出した。
一之瀬と睨み合いながらも、同じようにプリントとノートを取り出す。
円堂もプリントを手に持つと、そのまま文章を一通り長し読みして解説を始めた。
久し振りに受ける姉の授業は相変わらず判り易く、するすると入る内容に土門は次の授業を予約していた。
「姉さん」
「ん?」
「今度は二人きりで教えてください」
一之瀬と土門が話してる隙に耳元で囁けば、苦笑した円堂は否とも是とも言わずにプリントを振った。
けれど曖昧に誤魔化されてなるものか、と彼女の手を取ると無理やりに小指を絡める。
「約束です」
にこり、と微笑めば仕方ないな、と苦笑された。
弟としての経験は、今でもやっぱり活かされていて、その様子を見た土門は存外に甘え上手な鬼道に感心し、一之瀬は頬を膨らませて不服をあらわにした。
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