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『会わせたい子がいます』


守と知り合ってから早三ヶ月。季節はずれの転入生としてフィディオの生活圏から僅かに離れた金持ち学校へ編入した彼女からメールが入り、小首を傾げた。
季節は夏本番へと移り、日差しは益々強くなる。
自室の窓から外を覗けば、ノースリーブで歩く女性の姿と目が合って、知らないけれど笑顔で手を振っておいた。

今は日本へ帰っている守がイタリアへ来るのは、確か今週の日曜日。
来月は日本の学校が夏休みに入るから二ヶ月連続で居られると笑っていたのを覚えている。
しょっちゅう会えるわけではないが、それでも頻繁にメールの遣り取りをしている二人は中々良好な関係を築いていた。
電車で大体往復2時間の距離に互いの住処があるので、月に4、5回は会って練習したり遊んだりしている。

しかしながらサッカーの試合をしたのは最初の一回だけ。
ぎりぎりのラインで北と南に分かれてしまったフィディオと守は、大きいサッカーの公式戦でも顔を合わすチャンスは少なかった。
それでも『マモル・キドウ』の名前は順調に南イタリアのサッカー少年の間では広まりつつあった。

その才能から女でありながら男子と公式にプレイすることを許可された天才。
フィールドの中でも一際高い技術力と、決して諦めない強い精神力を併せ持つ司令塔。
最悪の場面でも彼女の一言があればチームは何度でも向かうと言われる強いカリスマ性。
始めは女として侮っていた相手も一回でも試合をすれば彼女の凄さを理解し、新しく立ち上げたばかりのはずだが、彼女の所属するチームはたった三ヶ月で北のサッカーチームのトップグループに仲間入りしてしまった。

先日学校に遊びに来た守と携帯とパソコンのアドレス交換をしたフィディオは、今や長年の親友のように彼女と付き合っている。
なのでイタリアと日本を行き来して生活する特異な環境なども本人の口から教えてもらっていたが。


「でも、会わせたい奴がいるなんて初耳だ」


日常であった出来事や、サッカーの試合での反省点。果てはテストの点数まで話していたがこの展開は初めてだ。
もしかすると、日本の友人が休みにあわせて遊びに来るのだろうか。
きっと守が会わせたいと言うくらいだからとても親しい間柄なのだろう。


「約束の日付は・・・再来週か」


再来週は夏休みだ。イタリアの夏は長い。
チームのサッカー合宿もあるし、守と二人で遊ぶ約束だって沢山している。


「早く、来ないかな」


指折り数えてカレンダーを確認したフィディオは、満面の笑みを浮かべていた。





「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


先ほどから思い切り威圧感溢れる空気でこちらを睨みつけてくる少年に、フィディオは重く深いため息を落とした。
きちんとした身なりの少年はフィディオよりも頭一つ分はゆうに高く、端正な顔立ちは職人が誂えた彫像のように整っている。
肩を越す青緑色の髪を白いリボンで緩く一本に纏め、左で分けられた前髪が右目をしっかりと隠していた。
だからと言って視線の鋭さが衰えるでもなく、むしろ突き刺さるようだ。
沈黙が痛い。否、視線が痛い。
先ほど守が退席してから一言も口を利かない少年に、フィディオは引きつった笑みを浮かべた。


「あの」
「・・・何か?」
「いえ、何でも・・・」


勇気を振り絞って声を掛けたものの、すぐに撃沈してしまう。
取り付く島もない、とはこのことだ。
何が気に入らないのか知らないが、執事が入れた紅茶を眉間に皺を寄せて、まるで苦い薬でも飲むように口にする少年に苦笑した。
とても同じ年とは思えない落ち着きようだが、機嫌はよくないらしい。

少年の名前は、エドガー・バルチナス。
あの世界的に有名なイギリスのバルチナス財閥の跡取り息子らしい。
本来ならただのサッカー少年であるフィディオと顔を合わせるような階級の人間ではないのだが、守曰く彼は幼馴染らしい。
いかめしい顔つきを崩さないエドガーと、いつだって楽しそうにしている守と良く付き合いが続くな、と思ったが、口に出せばただではすまなそうなので代わりに白いカップにそっと口をつけた。

今日は守の招きにより、彼女の家にお邪魔していた。
イタリアでの守の家は高級マンションの最上階のフロア丸々で、実家の物件だからお金は要らないと笑っていたけれどそれすら驚く一等地に建っている。
5階建てで屋上付きのそこは広々としており風通しも良かった。
普段良く入るリビングには品の良い家具と壮大な景色の描かれた絵画が特徴的で、ベランダにはテーブルセットも置いてある。
片隅には弾かれているのは見たことがないがグランドピアノも鎮座していて、防音設備もしっかりしているらしい。
手入れされた観葉植物もそこかしこに置かれ、窓から差し込む光も豊富な部屋は華美ではない心休まる空間になっていた。

───目の前の少年が居なければ、だが。

幾度も通っているはずの家だがここまで気疲れするのは初めてだ。
初回のときですらこんな無駄に緊張しなかった。
ぴりぴりした空気のエドガーのお陰でお茶の味すらわからない。ここで不味いものを出されたことがないので勿体無いと吐きたくなるため息を飲み込むと、この場に居ない親友に早く帰ってきてくれと心から祈った。

すると。


「遅くなってごめんなさい。今、戻りました」


腰を越える長い髪を今日は緩く三つ網にした守が、淡い色合いのワンピースを纏い現れた。
ピンクを基調にしたそれは穏やかに微笑む少女に良く似合っており、本来のガサツとも言える性格を隠している。
ノンフレームの眼鏡の奥の輝きだけが本質を表しており、相変わらずだなとフィディオは笑った。


「遅いよ、マモル」
「ふふふ、少し説得に時間がかかってしまって」
「説得?」
「ええ。会わせたい子が居るとメールしたでしょう?」


両サイドに残した髪が首を傾げるのに合わせて頬にかかる。それを自然な仕草で直した少女は、どう見ても大人しげな愛らしい少女だ。
顔立ちではなく雰囲気から内面の輝きが滲み出る不思議な人は、その独特の魅力を誰より自分が理解してる。
見られるのに慣れた少女は立ち振舞いも仕草も堂々としたものだ。
ついでに度胸も一級品。
先ほどから獰猛な獣さながらに牙を剥かんとする少年の視線を一身に浴びているのに、はらはらするフィディオとは反対に守は全くのガン無視だ。
その存在すら空気としか感じてないような涼やかさはいっそ見習いたいくらいだが、一生無理な気もした。
雰囲気は穏やかだが随分と手厳しい。


「でも、もうエドガーさんは紹介してもらったよ?」
「呼び捨てで構わない」
「・・・ありがとうございます」


同じ年だと紹介されても敬語以外は許されない気がして、つい丁寧な口調で話してしまう。
するとその様子を見て部屋に居るメイドとは別に、背後に専属の執事を従えた守は笑みを深めた。


「ふふふふ。エドガー様は今日は『たまたま』イタリアにいらしたんです。お約束頂いてないんですけど、お忙しい中合間を縫って『態々』私の顔を見に来てくださったんですって」


お嬢様らしく口元に手を当てて軽やかな声で笑っているが、本心が聞こえるようだった。
曰く『アポなしで急に顔出しやがった、こちらの予定も聞かない奴』と言いたいのだろう。
笑顔の後ろに般若が見える。
心なしかつい今しがたまで威圧感MAXだったエドガーの顔が引きつり、青褪めた顔から冷や汗が流れ出した。
もしかしたらこの少年も素の守を知っているのかもしれない。

ここの家に遊びに来るようになって気がついたが、彼女の使用人たちはサッカーをしているときの守は作られた姿だと考えていた。
巧妙に守が素の姿と普段過ごしている姿を入れ替えているからこそ起こる勘違いだが、どうやらサッカーをする際には男子に囲まれているので虚勢を張っていると思い込んでいるらしい。
使用人すらあちらを仮の姿と思い込んでいるのに対し、エドガーの反応は全く違う。
もしかしたら思うよりもずっと彼らの関係は親しいのかも知れない。
小首を傾げて力関係を見学していると、ふわりと花も恥らうような笑顔を向けられた。


「私が紹介したいのは、私が世界で一番愛している子です」
「世界で一番・・・愛してる?」
「ええ。どうやらあの子も待ちきれなくて来てしまったみたいですし、紹介はこちらでしましょうか。有人、入ってらっしゃい」
『・・・はい、姉さん』
「??」


現れたのは特徴的なドレッドヘアに釣り上がり気味のルビーレッドの瞳をした美少年。
意志が強そうな眉に、警戒心も露な眼差しでこちらを見詰める彼は、守を守ろうとするかのように横に並んだ。
エドガーとはまた違った綺麗な顔立ちの少年は、エドガーを一瞥してからフィディオの瞳をじっと見詰める。
多分同年代だろうが、どうやら彼はイタリア語を話せない。
ラフでありながら高そうな格好をした少年は、黒のパンツの線に合わせて手を置いた。


「ハジめまして、鬼道有人・・・ユウト・キドウでス。姉がいつモお世話になってます」


滑らかとは言いがたいイタリア語で子供らしくなく丁寧な言葉が発せられる。
『姉』と守を指して言ったが、顔立ちは全く似ていない。
しかしながらサッカーをしているとき以外に見せない嬉しそうな柔らかな表情を浮かべる守の反応から、彼らが紛れもなく兄弟であると悟った。
きっちりと腰を曲げて頭を下げた弟の頭を誇らしげに撫でると日本語で何か告げる。
それに嬉しげに笑った有人は、きっと褒められたのだろう。
守の手をきゅっと握ると頬を赤らめて目を細める。
心を許しきって甘える姿は言外に彼がどれだけ守を頼りにしてるか、また彼女を慕っているかを知らせた。


「この子はまだイタリア語はリスニングしか出来ないんです。あと、童話程度なら読めるくらいでまだまだ未熟なんですけど、でもこの年齢なら大したものでしょう?」
「ああ。俺はイタリア語以外なら英語しか出来ないし、本当に凄いと思うよ」
「もし何か話したければ英語なら有人も話せます。でも、この夏休み中に日常会話は覚えたいと言っているので、出来れば顔を合わせたときはイタリア語をなるべく使ってやってくださいな」
「うん。じゃ、折角だし俺も日本語を覚えるよ。マモル、教えてくれる?」
「それは構わないけですけれど、突然どうして?」
「その方がスキンシップ取れて仲良くなれるでしょ?それに、いつかマモルの国に遊びに行った時、二人きりでデートしたいしね」


ぱちり、とウィンクしたらエドガーの視線と、ついでに有人の視線が突き刺さった。
エドガーはともかくどうして有人までと首を傾げるが、そう言えば言葉は理解できるのだったと思い出す。
ならば、と右手を彼に差し出した。


「俺の名前はフィディオ・アルデナ。君のお姉さんとはいいお付き合いをさせてもらってます。これからきっと君とも長い付き合いになると思うから、宜しくね」
「っ!!?」


笑顔を浮かべれば、有人は息を呑んで眉を吊り上げた。
怒りを露にした彼にフィディオは戸惑う。
誘い出した右手は、自分より小さい子供とは思えないほど力強く握られて、きゅっと眉根を寄せた。
曖昧な言葉が彼に尋常ならざる警戒心を抱かせたなど、この時にはまだ想像すらしていなかった。

ちなみに忘れられたがしっかりとその場に居たエドガーが下したフィディオに対する評価は、その数年後に彼本人の口から語られたが最悪の一言に尽きたと言う。

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