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「こんにちは」


ふんわりとした声音で掛けられた言葉に、フィディオは瞬きを繰り返す。
目の前にはノースリーブの白いワンピースに麦藁帽子を被った華奢な少女の姿。
薄手のカーディガンはレースが透けていて、上品な様子がとても似合っていた。
腰元まで伸びる優しい栗色の髪は少し癖が入り内側に巻いていて、緩い風が吹くたびに髪が頬に触れている。
それを白魚のような指で耳に掛けると、眼鏡の奥で瞳を細めて笑った。
取り立てて美人ではないが、穏やかで柔らかな雰囲気の少女だった。
凛としているのに存在が儚げで、庇護欲を掻き立てる。
ふっくらとした頬と大きな瞳。愛くるしい笑顔を控えめに浮かべた少女に、フィディオは小首を傾げた。
初めて見(まみ)える少女のはずなのに、何故か少女に見覚えがある気がしたのだ。


「こんにちは」


校門の前で声を掛けてきた少女に、営業スマイルを浮かべて答えた。
子供ながらサッカー少年として地元では有名なフィディオには、ファンと称した少女たちが居る。
愛想笑いやファンサービスは身に染み付いていて、性格上女の子の相手も苦にならない。
人好きする笑顔を浮かべれば大抵の女の子は頬を赤らめるなりなんなりした反応を返したが、フィディオに会いに来たらしい少女はそれでも笑みを深める以上の反応を見せない。
ニコニコとしている少女の後ろから、執事服を着た初老の男性が近寄り何事かを耳打ちした。
いかにも只者じゃない所作の彼の後ろには、イタリアでも有名な高級車があり、運転手つきのそれに少女の出自のよさを感じた。


「ご無沙汰しています、フィディオ様。私を覚えていてくださっているでしょうか」
「え?」


突然な言葉に驚く。
目の前のいかにもお嬢様な少女にフィディオは全く覚えがない。
上品な振る舞いも、口元に手を当ててころころと笑うような人種にも知り合いはいない。
明るく柔らかで華奢でお淑やかな、美人ではないけど愛らしい人。
知らないはずなのにそう断言できないのは、きらきらと輝いてこちらを見詰める栗色の瞳に覚えがある気がしたからだ。

つい最近、この輝きを目にした。
好奇心一杯に光り、誰より魅力的で面白いと感じた───・・・。


「・・・マモル?」
「ふふふ、正解ですわ。さすがフィディオ様。会いに来た甲斐がありました」
「どうしたんだ、その格好。それに、話し方。本当に君か?」
「あら、これは妙なことを仰りますわね。私は私以外の何者にもなり得ませんわ。でも良かった。気がついてもらえなければ、悲しみで儚くなっていたかもしれませんもの」


うふふふと小首を傾げる姿に違和感はなく、だから一層不思議に感じた。
先日会った『マモル』という少女はボーイッシュで飾らない子供だったのに、今目の前に居るのは海岸沿いの瀟洒な家が似合いそうなお嬢様。
どちらも『マモル』だと言うが、イメージは重ならない。


「・・・そう言えば、『猫を被ってもいい』とか何とか言ってたな。それが君の被ってる猫?」
「あらあら、何のことでしょう?私はいつでも変わりませんわ」


スカートの端を指先で摘むと、流れるような動きで深々と頭を下げた。
顔だけ上げて挑むように真っ直ぐに伸びた視線だけが先日の少女の名残を感じさせ、フィディオは苦笑して肩を竦める。
驚きをすぐに収めたフィディオに満足したらしく、猫のように瞳を三日月にした守は一見すると無邪気な様子を見せた。


「今日はこの後ご予定はあります?」
「今日?今日は、チームの練習はないからいつもの場所で自主トレくらいかな。どうしてさ?」
「お時間があるようでしたら、私と交友を深めませんかとお誘いに参りました。先日お付き合いいただいたお礼もしておりませんし、お話もしたかったものですから」
「つまり、友達になろうってこと?」
「いいえ」


問いかけをすれば、守は心底楽しげに笑った。
友好的な態度をしているくせに、きっぱりと否定され眉間に皺が寄る。


「もう、私たちはお友達でしょう?」
「・・・・・・」


疑問系でありながらも断定する言葉に、フィディオは苦笑した。
その表情すら愉快そうに眺めた少女は、淡く色づく唇にしなやかな指先を当てる。
決められたポーズのように絵になる仕草に見惚れかけ、慌てて首を振った。


「そうではなく、『ライバル』としてあなたを知りたいと思いましたの。私はこれから12になるまで一月ずつ交互でイタリアと日本で暮らします。サッカー留学の前段階ですわ。時が来るまで、きっと私の一番のライバルはあなたであり続ける。だから、知りたいと思いました。サッカー選手としてだけでなく、ただのフィディオ・アルデナを。あなたはどうです?私には興味の欠片も持てませんでした?」


何もかもを見透かすような瞳で問いかけられ、フィディオは鮮やかに笑った。
それは疑問にすらならないものだ。

先日の試合で、目の前の少女はその実力を周囲に知らしめた。
サッカー留学の前段階と言っているが、それでも一年もあればイタリア全土に少女の名は轟くだろう。
男子に混ざりながらも影に埋もれるどころか誰よりも輝き続け、圧倒的な実力を示したプレイヤー。
圧倒的な個人技に上空から監視してるような全体を見る目、さらに人を惹き付けるカリスマ性に鮮やかな統率力。
どれをとっても一級品で、先日のフィディオたち相手の試合が初戦とは信じられない団結力を誇った守の率いるチーム。
新進気鋭とは彼女のためにある言葉で、その『ライバル』に認定されるのはとても誇らしい。

何しろ目の前の人は、同じサッカーを志すものなら羨まずにいられない天賦の才を持っている。
MFとしてプレイしていたが、FWとしても相当な実力を発揮することは想像に難くない。
追い詰められる感覚は精神をすり減らしたが、それよりも何より対等以上の存在に心が躍った。
女の子でも、『マモル・キドウ』は紛れもなく超一流のプレイヤーになる才能がある。

今はまだ敵対していたいと言った少女の気持ちがわかるくらいにその才能に惚れこんで、同時にいつかプレイしたいと望むほどに少女のプレイに憧れた。


「君に興味が沸かないはずがないよ。プレイヤーとしても」


一旦言葉を区切ると、あの日と同じように右手を差し出した。
ウィンクして微笑めば、守も返してくる。
がっちりと握られた手を上下に振り、フィディオは甘く囁いた。


「女の子としても、ね。君はとても魅力的だ」
「ふふふ、フィディオ様はお上手ね。でも、嬉しいですわ。私にとってもあなたはとても魅力的ですもの」


繋がれた手を引かれ、逆らわずについていく。
豪奢な車のドアを潜れば、そこは彼女の住む世界への入り口だった。

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