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注:オリジナル技が発動してます。大丈夫な方のみお進みください。
出逢いはいつだって突然だ。
フィディオが人生で一番最高の相棒と出遭った時も、その例に漏れることはなく何の前触れもないものだった。
暖かな海風が頬を擽る季節。海沿いの道をサッカーボールを操りながら駆け抜ける。
白い石で舗装された道は思わぬ方向へボール跳ねさせるが、それをいかに上手く操りスピードを維持するかがフィディオの腕の見せ所だ。
思わぬタイミングですり抜けようとするボールを操れば、気がつけば両脇には露店の集まる場所へと来ていた。
店の準備をしている大人たちは子供の頃から同じように駆けるフィディオと顔見知りばかりで、陽気に声を掛けてくれる。
「おはよう、フィディオ!」
「おはよう、おばさん!」
「今日も練習かい?」
「ああ!再来週、新しく出来たばかりのチームと対戦するんだ。ばんばん点を入れて勝つから応援宜しくね!」
「はははは、相手チームも運がないな。フィディオのチームはここらじゃ負けだしだからな」
「次も期待してるよ、フィディオ!」
「任せてくれよ!」
露店の間を少しだけスピードを緩めて大人たちへ手を振ると、投げキッスを送ってそのまままた背中を向ける。
南イタリアへ注ぐ日差しは暖かい、と言うより少し暑く、吹き抜ける潮風に目を細めた。
白い道が途切れた先には、少しだけ開けた空き地がある。丁度フィールドの半面ほどの敷地には芝生はなく土がむき出しだが、幼少の砌から使っている場所は愛着もあり知り尽くしている。
大きな木には幾つものタイヤが連なるように吊るされ、端には砂利を敷き詰めたエリアもあった。
一面にあるコンクリートの壁にはところどころ剝がれた白ペンキでかかれたゴール。そして消せないボールの後。
この場所はフィディオの起源であり、サッカーを始めてから幾年もたったが今も変わらぬ特別だった。
日当たりも良く海岸がすぐ近くにあるが、入り組んでいる道を幾つも曲がらなければ辿り着かないそこはフィディオだけの宝物だった。
そのはずだった。
「・・・女の子?」
栗色の髪を二つで分けて目に鮮やかなオレンジ色のバンダナを巻き、首にゴーグルを下げた少女がそこに居た。
デフォルメされたキャラクターが印字された黒地のフード付きパーカーに同色のデニムのハーフパンツ。さらに靴もスニーカーとどちらかと言えばボーイッシュな格好の少女は、凛と伸びた背筋に垢抜けした空気を醸し出していて、どこか人と違う雰囲気を漂わせていた。
白いイヤホンが形のいい耳から伸び、手が入っているポケットへと繋がっている。
顔は丁度逆光でわからない。だが何故かその口元が緩んだのだけははっきりと感じられた。
一際強い潮風が吹き、ボールが転がる。
しまったと思うよりも先にころころと進んだボールは、手作りのゴールを見ていた少女の足もとへと転がった。
こつり、と踵に当たる音がした気がした。実際は距離を考えるとそんなこと有り得ないのに。
足に伝わる感触に気づいた少女がこちらを振り返る。
くりっとした大きなどんぐり眼とふくふくの頬が特徴的な子は、フィディオを認めるとにこりと微笑んだ。
それはイタリアの太陽のように輝かしく、カラッとした魅力的な笑顔だった。
性格と顔とサッカーのお陰で女の子に慣れているフィディオからすれば、少女は可愛かったが特別な美人ではない。
けれど内面から滲み出る独特の魅力があり、緩く持ち上げた口角から見て取れた隠しきれない含みに好奇心がそそられる。
栗色の瞳をこちらに向ける少女は一見すると愛くるしい笑顔を見せているが、それだけじゃないと訴える本能にフィディオは従った。
そう、気分はまるで羊の皮を被った狼の前にいるようだ。
「こんにちは」
顔立ちからするとアジア系の少女に言葉が通じるか判らなかったが、単なる日系イタリア人かもしれない。
ここら辺で見ない顔なのに変わりはないが、友達になりたいと心から思った。
近寄り右手を差し出すと、意味を理解してくれたらしい少女も耳に嵌めていたイヤホンを取ってから右手を差し出してくれる。
どうやら言葉は通じるらしい。
それに内心で安堵しながら、相手の警戒心を緩めると知っている笑顔を浮かべると同じように少女も笑う。
「こんにちは。これは君のボール?」
「そう。・・・俺の名前はフィディオ・アルデナ。君は?」
「俺?俺の名前は鬼道守。ああ、こっち流に言うならマモル・キドウか。宜しくな」
きゅっと握った手は同じくらいの大きさで、身長はフィディオの方が僅かに低い。
だが近づいて判ったその情報よりも、見かけを裏切る口調にこそ驚いて瞳を丸めると、栗色の眼が悪戯っぽく光った。
当たる角度により虹彩の色が変わるそれに見惚れると、見られるのに慣れているらしい守はそのまま肩を竦める。
「言葉遣いはこれが素なんだ。猫を被っても良かったけど、お前とはこれから長い付き合いになりそうだし、面白そうだったからやめた」
「どういう意味だ?」
「俺、実はお前のこと知ってたんだ。と言っても、イタリアへ来たのはつい一週間前だし、別にストーカーってわけはない。ついでに住んでるのもこの町と離れてる」
「それなのに俺との付き合いが長くなるって言うのか?」
「ああ。なあ、折角だし俺と遊ばないか?今日は時間あるんだ」
「遊ぶって、何をして?ここには女の子と遊ぶものなんてないよ」
「あるだろ、これが」
「ボール?」
「そう。な、フィディオ。サッカーやろうぜ!」
くつくつと喉を震わせて笑った守は、踵を使ってボールを蹴り上げると器用に頭の上で静止させる。
一見簡単にやってのけたが、それがどれだけ難しい技術かフィディオは知っており目を見開いた。
フィディオの驚きがつぼにはまったのか面白そうに目を細めた守は、ぴたりと止めていたボールを頭から下ろすとリフティングを始める。
頭、腿、踵、足の甲、背中、踝、そしてさらに全身のバネを利用して踊るように動く守の技術は素晴らしく、もしかするとフィディオより上かもしれなかった。
少なくとも、申し訳ないがチームメイトの誰よりもボール捌きは上手いと断言できた。
腿に乗せたボールを足を伸ばして流れるように甲まで滑らし、そのまま放り投げるように足のバネを使ってゴールへシュートを放ち、響きのいい音を立てて当たったそれは計算されたように守の手の中に戻る。
「ど?女だからって舐めてもらっちゃ困るね。なあ、新進気鋭の選手さん」
「・・・君は何者だ?」
「単なるサッカー好きの少女だよ。だからサッカーが上手い奴や同じようにサッカーが好きな奴が居るとつい声を掛けたくなっちゃうわけ」
「じゃあ、ここで態々俺を待ってたのか?」
「そうだよ。折角イタリアに来たんだ。上手い奴と遊びたいって思うだろ?」
手に持っていたボールを放り投げるとそのまま寄越されたダイレクトパスをゴールへ向けてシュートする。
まだ未完成の必殺技『オーディンソード』。
完成すれば神の名を冠したとおりの威力を誇るはずだが、途中で勢いを失くしたそれは白い線をすれすれに越えた部分に当たり弾かれた。
「それ、何?」
「俺の新しい必殺技。ずっと練習してるんだけどさ、上手くいかないんだ」
「へぇ、そりゃ凄いな。溜め込んだ気をボールにぶつけて勢いを閉じ込めて放つ。完成すればスピード、威力共に類をみないようなものになりそうだな」
「本気でそう思う?」
「ああ。GKじゃなくて良かったと思える程度にはな」
茶化しながらも真剣な色を瞳に宿した守の賞賛に嬉しくなる。
まだまだ完成には程遠いが、それでも技を褒められて嬉しくないはずがない。
腕を組んで考えこむようにしていた守は、もし良かったら、と前置きをして提案した。
「マンツーだけど、実戦形式で試してみないか?ルールは単純。ボールを奪ってゴールするだけ。ただし奪ったボールは必ず10秒口に出してカウントしてからじゃないとゴールしてはいけない」
「どうしてだ?」
「そうしないと、すぐにゴールが決めれちゃうからさ」
そうか、と言葉に納得したが、このときは真の意味を理解してなかった。
ただ単純に互いの攻守交替への距離が近いと不利になるのだろうと思いこんでいたが、それが過ちだと気づくのはそれからもう少し経ってからで、今のフィディオには知りようがない。
パーカーを脱いでTシャツ姿になると、守はにっと笑った。
「お前が必殺技を見せてくれたから、先に俺も自分の未完成の技を披露するよ」
「へぇ・・・君にも必殺技が?」
「ああ。一応シュート技。ボールくれるか?」
少しセンターラインよりへ走って距離を空けた守が手を振るのに頷くと、走るスピードを見て力をコントロールしながらパスを渡した。
スピードを一切緩めずにボールをドリブルして進んだ守は徐に右手の親指と人差し指で輪を作ると唇に挟む。
高らかに指笛が鳴ると地面からオレンジ色をしたペンギンが半円を描くように五羽順番に顔を出した。
ゴールを見据えた守の動きに合わせまるでロケットのように天空へ飛び上がった彼らは、滑空しながら降嫁する。
「分身ペンギン」
言葉を溜めた守の姿がペンギンの前方へも出現する。
笛を吹いた本人を含めると三人に増えた守は、ペンギンと共に流れたボールへ向かい両サイドからシュート体勢に入る。
その姿はアニメで見た日本の『忍者』の分身の術のようで、フィディオは瞳を輝かせた。
「ブレイク!!」
掛け声と共にシュートが繰り出される。
地面すれすれに滑空したペンギンが一列に並び、嘴を突き出してボールを押した。
勢いも回転力もあり、ペンギン一羽ごとに力も増す。
しかし。
「っ、惜しい!!」
僅かに上に反れたボールは白いゴール線を越し、壁に跡を残して弾かれた。
いつの間にか彼女の姿は一人に戻り、あーあとため息を吐きながら頭を掻いている。
苦い笑みを浮かべた守は跳ね返ったボールを拾うとフィディオの元へ戻ってきた。
「マモルのシュートこそ凄いじゃないか!」
「けど、まだ未完成なんだよな~。失敗する理由は判ってんだけど、補正が難しくってさ」
「理由が判ってる?どんな理由なんだい?」
「コントロールとタイミングの悪さ、だよ。ボールが分身した俺の間に入ってシュートするじゃんか。多分そのタイミングがずれてて、ついでに扱うペンギンの嘴がボールに当たる角度もまずいんだと思う。同じ箇所に圧を掛けて飛ばしたいんだけど、どうにもずれるんだよな。理想は無回転のボールを押し出す形なんだ」
「・・・凄いな。マモルはFWなのか?」
「いーや、MF」
「勿体無い。あれほどの実力なら、FWでも十分、いいや、男子と混ざっても負けないだろうに」
心底残念だと首を振るフィディオは、もし同じ性別ならばと考えずに居られない。
どうしたって公式戦では力量差が出てしまうので異性とプレイするのは難しい。
年齢が上がるほど開く差は、いつかこの才能も埋めてしまうのだろう。
こんなに凄い実力を持つプレイヤーを同年代で見るのは初めてで、だからこそ悔しく思ってしまう。
「君が男なら、一緒のチームでプレイ出来たのにな」
「それはないな」
「どうしてだい?俺とプレイするのは嫌?」
「ああ。───お前くらい凄い選手と初めから同じチームなんて勿体無さ過ぎるぜ。仲間としてプレイするのはこの先でもいい。けど、ダイレクトにお前の力を感じるには違うチームの方がいいだろ?」
「そういう考え方もあるだろうけど、でもやっぱり俺は君とプレイしたかったよ。君のサッカーは俺を惹き付ける。君は違うのかい?」
「内緒だ。女は秘密が多いほど魅惑的らしいぜ?」
「・・・ずるいの」
面白くないと年相応の顔で唇を尖らせると、守は楽しそうに笑った。
その後夕日が沈むまで一緒にサッカーをプレイしたフィディオは、守の連絡先を聞かずに分かれた。
何故か知らないが、このミステリアスな少女とは再び顔を合わせる気がし、その心を信じたかったのだ。
次があれば、その次もある。ある種の願掛けにも近い想いは、彼の予想よりも遥かに早く叶えられた。
「よ、フィディオ!先日ぶり」
にこり、と笑顔を浮かべた少女は、二本の指を揃えて指を動かすとイタリア男のようにウィンクを決めた。
あの日と違いオレンジ色のバンダナできっちりと一本に結われたポニーテールと、あの日と同じ首から下げられたゴーグル。
ぴんと背を伸ばして独特の雰囲気で相手方のチームの一員として立っていた守は、悪戯が成功した子供みたいに楽しそうだ。
新しく設立されたばかりのチームの男子に混じる唯一の紅一点に唖然としていると、隣からチームメイトが耳打ちしてきた。
「あいつ、日本からサッカー留学してきたらしい。女子だけど実力が秀で過ぎていて相手にならないから、特例で公式でも男子の試合に出れるようになったって奴だ。けどその実力は未知数だし、どうせ噂だけだ。今日もばんばん点を取って勝って行こうぜ」
暢気に告げられた言葉に、フィディオはとても頷けなかった。
数ヶ月ぶりに与えられた敗北は、今まで経験した中で一番悔しくて、一番清々しかった。
出逢いはいつだって突然だ。
フィディオが人生で一番最高の相棒と出遭った時も、その例に漏れることはなく何の前触れもないものだった。
暖かな海風が頬を擽る季節。海沿いの道をサッカーボールを操りながら駆け抜ける。
白い石で舗装された道は思わぬ方向へボール跳ねさせるが、それをいかに上手く操りスピードを維持するかがフィディオの腕の見せ所だ。
思わぬタイミングですり抜けようとするボールを操れば、気がつけば両脇には露店の集まる場所へと来ていた。
店の準備をしている大人たちは子供の頃から同じように駆けるフィディオと顔見知りばかりで、陽気に声を掛けてくれる。
「おはよう、フィディオ!」
「おはよう、おばさん!」
「今日も練習かい?」
「ああ!再来週、新しく出来たばかりのチームと対戦するんだ。ばんばん点を入れて勝つから応援宜しくね!」
「はははは、相手チームも運がないな。フィディオのチームはここらじゃ負けだしだからな」
「次も期待してるよ、フィディオ!」
「任せてくれよ!」
露店の間を少しだけスピードを緩めて大人たちへ手を振ると、投げキッスを送ってそのまままた背中を向ける。
南イタリアへ注ぐ日差しは暖かい、と言うより少し暑く、吹き抜ける潮風に目を細めた。
白い道が途切れた先には、少しだけ開けた空き地がある。丁度フィールドの半面ほどの敷地には芝生はなく土がむき出しだが、幼少の砌から使っている場所は愛着もあり知り尽くしている。
大きな木には幾つものタイヤが連なるように吊るされ、端には砂利を敷き詰めたエリアもあった。
一面にあるコンクリートの壁にはところどころ剝がれた白ペンキでかかれたゴール。そして消せないボールの後。
この場所はフィディオの起源であり、サッカーを始めてから幾年もたったが今も変わらぬ特別だった。
日当たりも良く海岸がすぐ近くにあるが、入り組んでいる道を幾つも曲がらなければ辿り着かないそこはフィディオだけの宝物だった。
そのはずだった。
「・・・女の子?」
栗色の髪を二つで分けて目に鮮やかなオレンジ色のバンダナを巻き、首にゴーグルを下げた少女がそこに居た。
デフォルメされたキャラクターが印字された黒地のフード付きパーカーに同色のデニムのハーフパンツ。さらに靴もスニーカーとどちらかと言えばボーイッシュな格好の少女は、凛と伸びた背筋に垢抜けした空気を醸し出していて、どこか人と違う雰囲気を漂わせていた。
白いイヤホンが形のいい耳から伸び、手が入っているポケットへと繋がっている。
顔は丁度逆光でわからない。だが何故かその口元が緩んだのだけははっきりと感じられた。
一際強い潮風が吹き、ボールが転がる。
しまったと思うよりも先にころころと進んだボールは、手作りのゴールを見ていた少女の足もとへと転がった。
こつり、と踵に当たる音がした気がした。実際は距離を考えるとそんなこと有り得ないのに。
足に伝わる感触に気づいた少女がこちらを振り返る。
くりっとした大きなどんぐり眼とふくふくの頬が特徴的な子は、フィディオを認めるとにこりと微笑んだ。
それはイタリアの太陽のように輝かしく、カラッとした魅力的な笑顔だった。
性格と顔とサッカーのお陰で女の子に慣れているフィディオからすれば、少女は可愛かったが特別な美人ではない。
けれど内面から滲み出る独特の魅力があり、緩く持ち上げた口角から見て取れた隠しきれない含みに好奇心がそそられる。
栗色の瞳をこちらに向ける少女は一見すると愛くるしい笑顔を見せているが、それだけじゃないと訴える本能にフィディオは従った。
そう、気分はまるで羊の皮を被った狼の前にいるようだ。
「こんにちは」
顔立ちからするとアジア系の少女に言葉が通じるか判らなかったが、単なる日系イタリア人かもしれない。
ここら辺で見ない顔なのに変わりはないが、友達になりたいと心から思った。
近寄り右手を差し出すと、意味を理解してくれたらしい少女も耳に嵌めていたイヤホンを取ってから右手を差し出してくれる。
どうやら言葉は通じるらしい。
それに内心で安堵しながら、相手の警戒心を緩めると知っている笑顔を浮かべると同じように少女も笑う。
「こんにちは。これは君のボール?」
「そう。・・・俺の名前はフィディオ・アルデナ。君は?」
「俺?俺の名前は鬼道守。ああ、こっち流に言うならマモル・キドウか。宜しくな」
きゅっと握った手は同じくらいの大きさで、身長はフィディオの方が僅かに低い。
だが近づいて判ったその情報よりも、見かけを裏切る口調にこそ驚いて瞳を丸めると、栗色の眼が悪戯っぽく光った。
当たる角度により虹彩の色が変わるそれに見惚れると、見られるのに慣れているらしい守はそのまま肩を竦める。
「言葉遣いはこれが素なんだ。猫を被っても良かったけど、お前とはこれから長い付き合いになりそうだし、面白そうだったからやめた」
「どういう意味だ?」
「俺、実はお前のこと知ってたんだ。と言っても、イタリアへ来たのはつい一週間前だし、別にストーカーってわけはない。ついでに住んでるのもこの町と離れてる」
「それなのに俺との付き合いが長くなるって言うのか?」
「ああ。なあ、折角だし俺と遊ばないか?今日は時間あるんだ」
「遊ぶって、何をして?ここには女の子と遊ぶものなんてないよ」
「あるだろ、これが」
「ボール?」
「そう。な、フィディオ。サッカーやろうぜ!」
くつくつと喉を震わせて笑った守は、踵を使ってボールを蹴り上げると器用に頭の上で静止させる。
一見簡単にやってのけたが、それがどれだけ難しい技術かフィディオは知っており目を見開いた。
フィディオの驚きがつぼにはまったのか面白そうに目を細めた守は、ぴたりと止めていたボールを頭から下ろすとリフティングを始める。
頭、腿、踵、足の甲、背中、踝、そしてさらに全身のバネを利用して踊るように動く守の技術は素晴らしく、もしかするとフィディオより上かもしれなかった。
少なくとも、申し訳ないがチームメイトの誰よりもボール捌きは上手いと断言できた。
腿に乗せたボールを足を伸ばして流れるように甲まで滑らし、そのまま放り投げるように足のバネを使ってゴールへシュートを放ち、響きのいい音を立てて当たったそれは計算されたように守の手の中に戻る。
「ど?女だからって舐めてもらっちゃ困るね。なあ、新進気鋭の選手さん」
「・・・君は何者だ?」
「単なるサッカー好きの少女だよ。だからサッカーが上手い奴や同じようにサッカーが好きな奴が居るとつい声を掛けたくなっちゃうわけ」
「じゃあ、ここで態々俺を待ってたのか?」
「そうだよ。折角イタリアに来たんだ。上手い奴と遊びたいって思うだろ?」
手に持っていたボールを放り投げるとそのまま寄越されたダイレクトパスをゴールへ向けてシュートする。
まだ未完成の必殺技『オーディンソード』。
完成すれば神の名を冠したとおりの威力を誇るはずだが、途中で勢いを失くしたそれは白い線をすれすれに越えた部分に当たり弾かれた。
「それ、何?」
「俺の新しい必殺技。ずっと練習してるんだけどさ、上手くいかないんだ」
「へぇ、そりゃ凄いな。溜め込んだ気をボールにぶつけて勢いを閉じ込めて放つ。完成すればスピード、威力共に類をみないようなものになりそうだな」
「本気でそう思う?」
「ああ。GKじゃなくて良かったと思える程度にはな」
茶化しながらも真剣な色を瞳に宿した守の賞賛に嬉しくなる。
まだまだ完成には程遠いが、それでも技を褒められて嬉しくないはずがない。
腕を組んで考えこむようにしていた守は、もし良かったら、と前置きをして提案した。
「マンツーだけど、実戦形式で試してみないか?ルールは単純。ボールを奪ってゴールするだけ。ただし奪ったボールは必ず10秒口に出してカウントしてからじゃないとゴールしてはいけない」
「どうしてだ?」
「そうしないと、すぐにゴールが決めれちゃうからさ」
そうか、と言葉に納得したが、このときは真の意味を理解してなかった。
ただ単純に互いの攻守交替への距離が近いと不利になるのだろうと思いこんでいたが、それが過ちだと気づくのはそれからもう少し経ってからで、今のフィディオには知りようがない。
パーカーを脱いでTシャツ姿になると、守はにっと笑った。
「お前が必殺技を見せてくれたから、先に俺も自分の未完成の技を披露するよ」
「へぇ・・・君にも必殺技が?」
「ああ。一応シュート技。ボールくれるか?」
少しセンターラインよりへ走って距離を空けた守が手を振るのに頷くと、走るスピードを見て力をコントロールしながらパスを渡した。
スピードを一切緩めずにボールをドリブルして進んだ守は徐に右手の親指と人差し指で輪を作ると唇に挟む。
高らかに指笛が鳴ると地面からオレンジ色をしたペンギンが半円を描くように五羽順番に顔を出した。
ゴールを見据えた守の動きに合わせまるでロケットのように天空へ飛び上がった彼らは、滑空しながら降嫁する。
「分身ペンギン」
言葉を溜めた守の姿がペンギンの前方へも出現する。
笛を吹いた本人を含めると三人に増えた守は、ペンギンと共に流れたボールへ向かい両サイドからシュート体勢に入る。
その姿はアニメで見た日本の『忍者』の分身の術のようで、フィディオは瞳を輝かせた。
「ブレイク!!」
掛け声と共にシュートが繰り出される。
地面すれすれに滑空したペンギンが一列に並び、嘴を突き出してボールを押した。
勢いも回転力もあり、ペンギン一羽ごとに力も増す。
しかし。
「っ、惜しい!!」
僅かに上に反れたボールは白いゴール線を越し、壁に跡を残して弾かれた。
いつの間にか彼女の姿は一人に戻り、あーあとため息を吐きながら頭を掻いている。
苦い笑みを浮かべた守は跳ね返ったボールを拾うとフィディオの元へ戻ってきた。
「マモルのシュートこそ凄いじゃないか!」
「けど、まだ未完成なんだよな~。失敗する理由は判ってんだけど、補正が難しくってさ」
「理由が判ってる?どんな理由なんだい?」
「コントロールとタイミングの悪さ、だよ。ボールが分身した俺の間に入ってシュートするじゃんか。多分そのタイミングがずれてて、ついでに扱うペンギンの嘴がボールに当たる角度もまずいんだと思う。同じ箇所に圧を掛けて飛ばしたいんだけど、どうにもずれるんだよな。理想は無回転のボールを押し出す形なんだ」
「・・・凄いな。マモルはFWなのか?」
「いーや、MF」
「勿体無い。あれほどの実力なら、FWでも十分、いいや、男子と混ざっても負けないだろうに」
心底残念だと首を振るフィディオは、もし同じ性別ならばと考えずに居られない。
どうしたって公式戦では力量差が出てしまうので異性とプレイするのは難しい。
年齢が上がるほど開く差は、いつかこの才能も埋めてしまうのだろう。
こんなに凄い実力を持つプレイヤーを同年代で見るのは初めてで、だからこそ悔しく思ってしまう。
「君が男なら、一緒のチームでプレイ出来たのにな」
「それはないな」
「どうしてだい?俺とプレイするのは嫌?」
「ああ。───お前くらい凄い選手と初めから同じチームなんて勿体無さ過ぎるぜ。仲間としてプレイするのはこの先でもいい。けど、ダイレクトにお前の力を感じるには違うチームの方がいいだろ?」
「そういう考え方もあるだろうけど、でもやっぱり俺は君とプレイしたかったよ。君のサッカーは俺を惹き付ける。君は違うのかい?」
「内緒だ。女は秘密が多いほど魅惑的らしいぜ?」
「・・・ずるいの」
面白くないと年相応の顔で唇を尖らせると、守は楽しそうに笑った。
その後夕日が沈むまで一緒にサッカーをプレイしたフィディオは、守の連絡先を聞かずに分かれた。
何故か知らないが、このミステリアスな少女とは再び顔を合わせる気がし、その心を信じたかったのだ。
次があれば、その次もある。ある種の願掛けにも近い想いは、彼の予想よりも遥かに早く叶えられた。
「よ、フィディオ!先日ぶり」
にこり、と笑顔を浮かべた少女は、二本の指を揃えて指を動かすとイタリア男のようにウィンクを決めた。
あの日と違いオレンジ色のバンダナできっちりと一本に結われたポニーテールと、あの日と同じ首から下げられたゴーグル。
ぴんと背を伸ばして独特の雰囲気で相手方のチームの一員として立っていた守は、悪戯が成功した子供みたいに楽しそうだ。
新しく設立されたばかりのチームの男子に混じる唯一の紅一点に唖然としていると、隣からチームメイトが耳打ちしてきた。
「あいつ、日本からサッカー留学してきたらしい。女子だけど実力が秀で過ぎていて相手にならないから、特例で公式でも男子の試合に出れるようになったって奴だ。けどその実力は未知数だし、どうせ噂だけだ。今日もばんばん点を取って勝って行こうぜ」
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数ヶ月ぶりに与えられた敗北は、今まで経験した中で一番悔しくて、一番清々しかった。
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